──戦闘自体は、そう長くはかからなかった。
元より、私は後衛職。誰かに守って貰いながら、魔法を撃つのがその役割だ。
対して、彼はパーティでは遊撃を務める前衛職。魔法系統にステータスを特化させている私と違い、
そんな冒険者同士が戦えば、どちらに軍配が上がるかなど言うまでもなかった。
……元より、相性の面では私の不利は明らかだった。
当然だ。私は確かに【他のエルフの魔法を使用出来る】というレアスキル、【エルフ・リング】を持っているが、その使用には詠唱と効果の完全把握を行い、
故に当然、強力な魔法を使う為には相応の詠唱時間が必要であり、それまでの時間を前衛のベル相手に一人で稼げるかと言われれば……即答は、出来なかった。
無論、私とてアイズさんやフィルヴィスさんとの練習によって【平行詠唱】を会得し、魔法使いとしての弱点を補強している。
かつての私と比べれば単独での戦闘もある程度こなせるようになっているし、事実私が牽制で放った魔法によってベルの動きを制限する事は出来た。
……しかし、ベルはその悉くを見事に回避し、私の懐に飛び込んで杖を弾いてしまった。
決闘なのだから、蹴りや拳の一発でも入れられるかと思っていた分拍子抜けではあった。
私も彼に当てるつもりで魔法を使っていたのだから、殺すのはやり過ぎとしても勝負の結果私に攻撃を当てるくらいは当然と思っていたのだが……どうやら彼は女性である私を極力傷付けたくはなかったらしく、杖を弾いて決着としたようだ。
杖をなくしてしまった上に背後を取られたのだから、私にもう勝ち目はない。
私は大人しく降参の意を伝え、ベルはそれを聞いて心底安堵した表情を浮かべて戦闘態勢を解いた。
それを見て私は力を抜き、そのままダンジョンの床に寝転がって溜め息を吐いた。
デコボコした岩肌が正直痛いが、今はこうしていたい気分だったので仕方がない。
「……はぁ、負けちゃいましたか……」
「……その、大丈夫でしたか……? 怪我はさせないようにしましたけど……」
ベルは寝転がった私を見て心配そうに声をかけて来る。
自分との戦闘が原因で私が負傷したのではとでも思ったのだろう。つくづく、お人好しなヒューマンだといっそ感心してしまう。
「大丈夫ですよ。どっかの誰かさんは私を傷付けずに見事に制圧してくれちゃいましたし、怪我なんかしようがないですってば」
「う……その、怒ってます……?」
私の言葉に刺々しさを感じたのだろう。ベルはそう言っておずおずとこちらの顔色を窺って来る。
戦闘中の、凛々しい顔立ちとはまるで違うその表情を見て、私は思わず苦笑した。
「……いいえ、貴方に私を傷付けないようにする程の
実際、私の力が足りず彼から余裕を奪えなかったのは事実なのだ。
私はそう考えて半ば捨て鉢な気持ちでそう告げたが、不意に手をがしっと掴まれたのでベルの方に目を向ける。
そこには真剣な眼でこちらを見つめる、ベルの赤い双眸があった。
「……レフィーヤさんは、弱くなんかないですよ。僕だって必死で躱さなきゃ、危なかったです」
「そんな、慰め……」
要らない、と告げようとした刹那、ベルは首を振って私の言葉を否定した。
「慰めなんかじゃありません。レフィーヤさんは僕には出来ない特技を持っていますし、あのロキ・ファミリアでアイズさん達と肩を並べて戦っている冒険者です。だから、レフィーヤさんは僕の憧れの冒険者の一人なんです」
「……私が、憧れ……?」
呆然と呟く私に対し、ベルはええ、と告げる。
「僕には僕の、レフィーヤさんにはレフィーヤさんの役割があります。もしもレフィーヤさんが一人だけで戦えるように鍛えていたら、勝負は分からなかったと思います。けど、レフィーヤさんがパーティで求められている役割はなんですか?」
「私の、役割は……」
そこで、傍と気付く。
私の役割は、前衛に守って貰いながら大火力の魔法を叩き込む事……つまり、私の力は仲間の力あってこそ生きる代物なのだ。
頼れる前衛の皆がいるからこそ、私は後衛として最大限に皆をサポートする事が出来る。
それは、単騎で戦場を掻きまわす事を求められているベルとは真逆の役割だ。
しかし、その
彼には彼の、私には私の
ベルはその事を、私以上に理解していたのだ。
──恐らくはあの、一度きりの共闘だけで。
(……ああ、なんだ……私、もうとっくに……彼に、認められてたんだ……)
その事を理解した瞬間、苦笑いではない……満面の笑みが、私の顔に浮かぶのを自覚した。
彼に認められていた事が嬉しくてたまらなくて、油断すると泣き出してしまいそうだ。
……ああ、もう誤魔化せない。私は、彼の、ベルの事が好きなんだ。
彼の事で頭が一杯になっていたのも、なんてことはない……彼に対する恋慕の情を、私自身が認めていなかっただけなのだ。
自覚してしまえば、後は早かった。彼の姿を見るだけで動悸が苦しくなり、強烈な愛おしさが沸き上がって来る。
早く、早く彼に触れたい、触れて貰いたい……そんな想いが、私の身体を支配していた。
「……あの、そうやってると痛みますし……取り敢えず、立ちませんか?」
そんな私の変化を知ってか知らずか、ベルがおずおずと手を差し出して来る。
私は躊躇いなくその手を取り、そして──そのまま彼の腕を引き寄せ、唇を重ねた。
「ん……っ!? んんん……っ!?」
「ん……」
そこから先は、本能に身を任せた。
彼の背中に手を回して、とにかく強く強く唇を押し付けた。
それだけでは物足りなくなって、私は彼の唇に自分の舌を差し入れた。
私の舌が彼の口内を舐め取り、味なんてしない筈なのに、舌が甘味に痺れた気がした。
私はそのまま夢中になってベルの唇に吸い付き、思う存分彼の唾液を啜ってから唇を離した。
「ぷは……っ!」
「ぅ……っ!」
キスに夢中で呼吸を忘れていた為か、唇を離した私とベルは互いに思い切り空気を吸い込んだ。
そうして呼吸が落ち着いた後、真っ赤な顔でこちらを見つめるベルの姿が視界に入った。
「い、いいい、いきなり何をするんですか……っ! れ、れれ、レフィーヤさん……っ!? い、いいい、今のは……っ!?」
「……何って、私のファーストキスですよ? もしかして、もう誰かとキスは経験済みでした?」
「い、いやその、僕も初め……じゃなくて……っ! こ、ここ、これはどういう……っ!?」
慌てふためくベルの様子がおかしくて、私は笑みを零した。
女の方からキスをしたのだから、その意味くらいわかりそうなものだが……どうやらこの少年の純朴具合は、私の予想の遥か上を行っていたらしかった。
「だから、私は貴方が好きなんですよ。勿論、異性としてです。だから、キスしました。それだけの事ですよ」
「……え、あ……」
私の言葉をようやく飲み込んだのか、ベルは一瞬呆然となり……そして、私の目を見詰め返した。
「……その、本当に僕の事を……?」
「だから、そう言っています。それとも、ご迷惑ですか?」
「い、いえ、とんでもありません……っ! 凄く嬉しいです、はい……っ!」
ベルは私の問いかけに慌ててそう答え、その様子を見て私はくすりと笑みを浮かべた。
「……まあ、突然キスなんてされれば驚きますよね。でも、我慢出来なかったんです」
実は、と私は前置きして話し始めた。
「貴方と勝負したかったのは、私の力を貴方に認めて貰いたかったからでした。有り得ない程のスピードで成長した貴方に、私の力を見て貰いたい……最初の動機は、そんなものでした」
でも、と私はベルの目を見詰める。
「──私は、好意を抱いている貴方に自分を見て欲しかっただけなんだって、先程気付いたんです。私は、貴方というヒューマンに女性としての好意を抱いている……その事を自覚して、貴方に触れたいと……そう、思ったんです」
そうしたら、と言いながら私は苦笑いを漏らす。
「気付けば、貴方にキスをしていました。告白の前にキスなんて、はしたないのは分かっていますが……どうしようもなく、貴方が愛おしかったんです」
だから、と私は告げる。
「──私は、貴方が好きです。貴方の女に、してくれませんか?」
私の言葉を最後に、その場には沈黙が満ちる。
……そして、私は返事を待った。
数秒、もしくは数十秒か。彼が返答するまでの時間がいやに長く感じられた。
そして、ベルはひたすら考え込んだ後……ゆっくりと、口を開いた。
「──僕でよければ喜んで。その、よろしくお願いします」
「はい……っ!」
──その返事を聞いた瞬間、私は思い切り彼に抱き着いていた。
彼はそんな私を優しく抱き返し、私は再び彼と唇を重ねた。
まさかこれで終わらないとは……次でようやくエロとなります。