「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」
『ほぅ、枯れたと思っておったがこやつは見込みがあるようじゃな。回路こそは数少ないが……今の間桐からすれば高望みというものか』
自分というものを知覚した時に見えたのは小柄な老人の姿。目の奥に怪しい光を宿しながら、その老人は自分の事を人間としてではなく道具として見ていた。
彼の事を知っていた。間桐という名前を知っていた。創作物の中でしか登場しないはずのそれらを知っていたからこそ、これから先の未来を想像して絶望を覚えた。
嘘だと思いたくて、この現実が夢であってほしいと願って、付いてくるように言った老人の後をついて行き、
「降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
常識では考えられないサイズの蟲達に身体のありとあらゆる部位を犯されて泣き叫んだのは半日程だったか。助けて、助けてと叫びながら自分をこの地獄へと突き落とした老人に向かって手を伸ばす。が、返ってくるのは愉悦に満ちた渇いた笑い声のみ。どれだけ泣き叫んでもそれ以上は何も無かった。
そして、これが現実だと理解して発狂したーーーいや、したかった。
笑う、笑う。ケタケタとけたたましく、声が枯れても、喉が裂けて血が出ても笑った。この狂気じみた世界こそが現実であると認識して、この家の事情を知ってるからこそ救いが無いことを理解して。
時間の感覚が失うくらいに蟲達に犯され続け、犯され続けている間笑い続けていた。
狂え、狂え、狂っちまえ、と想像しているような狂人のように振る舞いーーー狂えない事に気が付いた。前世の記憶があるせいなのか廃人となる事なく、そのまま生きる事が出来た。
世界に絶望した、家に絶望した、これからの未来を想像して絶望した。発狂するほどの絶望を突きつけられ、それでもなお正気である事を強制させられた。
「
繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する」
初めて蟲蔵に入れられてから時が経ち、臓硯が妹だという少女を連れてきた。
その少女を助けると言って、叔父を名乗る男性が現れた。
だが、それでも変わらない。妹だと言う少女が、叔父を名乗る男性が蟲の蠢く地下へと送り込まれたが、頻度が減っただけで俺があの地獄へと行く事には変わりなかった。
あの老人の事を憎んだ事はある。だが、老人は地獄へと送る割には俺の事を可愛がっているように見えた。日が沈めば俺の苦しんでいる姿を見え愉快愉快とカラカラ笑い、日が登れば孫のように俺に対して接する。
その二面性が理解できず、知ってはいけないと本能で理解していたものの、地獄の日々で精神を擦り減らしていたからかある日に馬鹿正直に老人にどうしてかと尋ねたーーー尋ねて、しまった。
曰くーーー老人にとって、俺は
その老人の正体を俺は〝識っていた〟。
老人の肉体は人間の物ではなくなっている。魂を蟲に移して、他者の肉体を乗っ取って生きながらえる妖怪であると識っている。
次の身体に相応しいーーーつまり、俺は妖怪の次の身体として育てられているのだと分かった。
「告げるーーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ」
それを聞いてからどうしたのかは記憶が無い。気がついた時には夕暮れ時、公園のベンチに防寒着も着ないで座っていた。
自分の未来を知った。蠢く蟲達の中に放り込まれたのも、あの妖怪の都合の良いように調整する為なのだろう。〝識っている〟限りでは、その役割は妹だと言う少女が担っていたはずだが、よく考えればあの少女とは違い、俺と妖怪は血の繋がりがある。そこがあの妖怪からすればあの少女よりも価値があるのだろう。
絶望を感じた。無気力になり、寒さで身体が震えていると言うのにそれ以上の虚無感を覚える。
だと言うのに、俺は正気だった。狂う事が出来なかった。
いっその事、自殺でもしてしまおうか。そう考えても行動に移そうとは思えない。それは生きたいという生存欲求では無い。何もしたく無いという虚無感だった。
ただただ何もせずに時間を消費する。夜が深くなるにつれて寒さが厳しくなって体温が下がっていく。このままじっとしていれば死ねるのかな、などと考えていると、
『どうした?貴様のような幼子が何故この場にいる?』
金髪で赤目の、日本人では無い風貌の男性が聞き覚えのある声で話しかけて来た。
その声を〝識っていた〟。
彼の顔を〝識っていた〟。
彼の正体を〝思い出した〟。
原初の英雄。神代の時代において神々と決別し、人の時代を始めた最古の王。
そしてーーー俺が憧憬と敬意を抱いている偉大なる英雄だった。
『ぬっ!?何故だ!!何故泣くのだ!?えぇい泣き止まぬか!!』
彼に指摘されて自分が涙を流している事に初めて気がついた。最後に泣いたのは何時だったか。妖怪に地獄に叩き込まれ、蟲に嬲られる日々を送っているうちに何時しか泣かなくなっていたのだ。
泣いている事に慌てている彼の姿に新鮮味を、久し振りに泣いている事に何故か嬉しさを感じてしまってしばらくの間、声を出さずに泣き続けた。
そこから先の事は今も思い出せない。気がつけば俺は自分の部屋のベッドの上で起きた。叔父を名乗る男性が言うには、神父の男が俺を連れて来たと言う。泣き疲れて寝ていたところを運んでもらったのだろうか。
今その光景を想像したら割と笑えるので困る。
「誓いを此処にーーー我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
だが、その出会いは決して無駄にはならなかった。狂気に晒されても狂う事が出来ず、虚無感に苛まれていた俺に一つの目標が出来たのだ。
彼に、原初の英雄に、最古の王に、俺の事を認めてもらいたい。
現代に生きる有象無象の1人ではなく、どんな形であっても良いから一個体として彼に認められて欲しいという望みが出来た。
その為に今日まで備えて来た。
霞んで消えそうになっていた記憶を必死になって思い返して、どうすれば彼に認められるのかと知恵を巡らし、妖怪の悪趣味にも耐え続けた。
「汝三大の言霊を纏う七天ーーー抑止の輪より来たれッ!!天秤の守り手よーーーっ!!」
全ての詠唱を終えた瞬間、地面に刻まれていた魔法陣から暴力的な閃光と暴風のような魔力の本流が生まれる。思わず片手で覆い隠し、それらが治った頃合いを見計らって退ける。
すると誰も居なかった筈の魔法陣の上には一つの影があった。ボロボロになった黒い外套を身に纏い、片腕を拘束具で縛り上げ、髑髏を模した仮面を付けた人間と思わしき存在。だが、見ただけでそれは俺たち人間とは異なる、高次元の存在なのだと理解出来た。
「サーヴァント、アサシン。参上シタ。オマエガ、オレノ、主カ?」
知性を感じさせないような声でアサシンは語り掛けてくる。それを聞いて漸くスタートラインに立つ事が出来たと、口角を持ち上げて笑みを浮かべながらその問いに肯定で返した。
「あぁーーー
間桐の生まれの転生者君、目的がギル様に認められるとか言うハードモード。
まぁどう頑張ってもマトモな方法じゃ達成できないからマトモじゃない方法で挑むんだけどね!!