不規則に、そして荒々しく脈打っている心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら胸を押さえ、廃ビルの壁にもたれながら座り込んでいる。
作戦は上手くいった。アサシンがこの場所までランサーを誘導出来るかどうかが心配だったが予定通りに事は運ばれた。形振り構わずに逃げに徹されたらその時点でご破算だったが、結果はご覧の通り。ランサーの性格なら危険物を見せつければ自身よりも優先して排除しに掛かると分かっていた。
ランサーは消滅し、その霊基は
この声さえなければ、だが。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「黙ってくれないかなぁこのクソ野郎が……!!」
声の正体は聖杯の中身。悪であれと望まれたが故にこの世全ての悪性を背負わされた男が聖杯に還った事で、無色の願望器に悪意の方向性を与えた。そのありかた故にどんな願いであっても人に対する果てない悪意を介した結果を持って叶えようとする最低最悪の願望器と成り果てた。
臓硯によって汚染された聖杯の欠片を埋め込まれたこと事により、俺は聖杯と擬似的に契約を結んでいる。
聖杯の望みは〝産まれたい〟。
俺の望みは〝かの王に認められたい〟。
互いの望みを叶えるために協力し合うステキな関係。だが、聖杯は汚染が酷いのか協力者である俺でさえ害を成そうとしてくる。バーサーカーの時はそれ程でも無かったが、二つ目のサーヴァントの霊基が焚べられた事で活性化したのか、より酷くなっている。それだけならまだ良い。俺が耐えれば良いだけの話なのだ。
問題があるとすれば、飢餓感が強過ぎる事。
アサシンの全力戦闘に宝具開帳、〝汚泥の貴婦人〟の行使により、魔力不足は倦怠感では無くて飢餓感となって襲い掛かってきたのだ。まるで何年もの間、食べる事も飲む事もしなかったのでは無いかと錯覚してしまいそうな程に酷く飢え、酷く渇く。油断すれば、意識を緩めてしまえば、無意識のうちに人を襲って魔力を得ようとするだろう。
魔力不足は問題だったので苦肉の策としてイリヤから血液を幾らか貰っていた。その全てを飲み干しても、飢えや渇きは治らず、それどころか酷くなっているような気さえする。
応急処置として蟲を呼び出してそれを貪っても自体は好転しない。外殻を噛み砕き、体液を啜り、全てを飲み込んでも飢えと渇きは強くなるばかり。
かくなる上はーーーイリヤをこの場に呼び寄せるか。ランサーを狙っていることは彼女にも伝えてあり、万が一の為にいつでも魔力供給出来る様に備えておけと伝えてある。電話で場所さえ伝えれば彼女はここに駆けつけてくれるだろう。
彼女の白く、柔らかな肌に歯を突き立てて温かな血を啜りたい。
彼女の華奢な肢体を欲望に身を任せて犯し、穢し、蹂躙したい。
美しく、神秘的な彼女の全てを否定して絶望させ、辱めて愉悦に浸りたい。
「いや、それは駄目だろ」
懐からナイフを取り出し、それを手のひらに突き立て、抉じ開けるように捻り抉る。そこから走る激痛が沸き上がってきた悪意に水を差し、飢餓感を誤魔化して理性を保つ。
初っ端の魔力供給で媚薬を飲ませて理性を溶かしてレイプしたわけだが、だからと言って俺に強姦趣味がある訳ではない。俺がしたいのは互いが快楽を得られるセックスであり、一方だけが快楽を得るそれはどちらかというと嫌いなのだ。そんなものは自慰と何の違いがあると言うのか。
ナイフによって出来た傷は酷く痛むものの、それによって飢餓感は誤魔化せ、煩いほどに聞こえていた声は聞こえなくなった。倦怠感はあるものの、先ほどに比べればだいぶ楽になった。今のうちに工房に戻ろうとフラつきながら立ち上がる。
「ほう?貴様、中々に面白い中身をしているな?」
そして暗がりから掛けられた声に身体を硬直させた。その声を〝識っている〟。その声の主を〝識っている〟。まさか、どうして、何故このタイミングでと、困惑しながら声のした方向へと顔を向ける。
「この世界の住人とは異なる魂を持ち、聖杯の中身に身を浸しながらも己を保つ程に強靭な自我を持つか」
暗がりから現れたのは〝王〟だった。くすみの一切ない金髪を靡かせながら、燃え盛るような紅い双眼を俺に向ける一人の男。
原初の王、最古の英雄。第四次聖杯戦争でアーチャーとして召喚され、聖杯の中身を飲み干すことで受肉した存在しないはずの八騎目のサーヴァント。
「どうして、貴方がここに……」
「何、此度の器を検分する為によ。アインツベルンの物ではなく、醜悪極まる妖怪が作り上げた物だと聞いてつまらないのであれば砕こうかと思っていたのだが……よもや貴様のような珍種であったとはな」
「珍種」
呆然として口を聞いてしまったが、ギルガメッシュは機嫌が良いようで笑いながらこの場にいる理由を語ってくれた。助かった。機嫌が悪かったり、彼の機嫌を損ねれば即座に殺されてもおかしくは無かった。
それにしても珍種ときたか。いや、転生しているから珍種なのは分かるのだが。
「さて、面白いものを見せた褒美だーーー
「えーーー」
何も反応することは許されなかった。ギルガメッシュの背後に黄金の波紋が浮かび上がり、そこから高速で射出された物が俺の身体に突き刺さる。その勢いの強さのあまりに背後の壁を壊しながら、ビルに囲まれた空き地に放り出される。
「それが馴染み過ぎれば楽には死ねまい。今のうちに死ねる幸福を噛み締めよ」
視線を動かして確認すれば、身体に突き刺さっているのは現代ではあり得ない程の神秘を内包した複数の武器。武器その物はギルガメッシュの宝具でも何でもない。
彼が生前に収集した材を納めた宝物庫。その逸話故に今もなお、現在進行形で財が増え続けているという
俺なんかに財を使ってくれた事を喜ぶべきか、それとも問答無用で殺しに来た事を悲しむべきなのか。どちらにしても、ギルガメッシュはこちらに対して殺意を有しているのは変わらない。だからこそ、こうして宝具を使っているのだ。
常人なら即死の、運が良くとも致命傷の傷を負った。だが、
激痛に苦悶の声をあげながら、身体を起こして立ち上がる。
「何だと?よもや、貴様そこまで成っているのか?」
「はぁ、はぁ……その通りだよ。この程度じゃあ
身体に突き刺さった武器が一人でに抜け落ちる。そのままの形を保ったままではなく、腐ったかのようにドロドロに溶けた断面図を晒しながら。そして傷口からは聖杯の泥が流れ出している。
ランサーを喰らって聖杯との接続は遮断した。それなのにこうして泥が滲み出ているのは、それ程に俺と聖杯が同調しているという証左。
現に聖杯は傷ついた俺の身体を現在進行形で修復している。とはいってもそれは外見を取り繕う程度の物でしかなく、中身はデタラメに繋がれているだけなのは感覚的にわかる。あとでイリヤに治して貰わなくては。
何かしらの対策を考えておかないといけないなぁ、っと考えながら、ビルに空いた穴からこちらを見下しているギルガメッシュを見上げる。
「ふぅ……王様、一つ提案がある。俺を見逃してくれない?」
現状、たかだか武器が数本刺さった程度では死ねない。だが、ギルガメッシュがより強力な財を使うか、射出する本数を増やすだけで俺は簡単に死ねるのだ。戦おうにも今の俺では相手にならないのが目に見えている。幸いにも会話を許してくれる程の懐の深さを見せてくれているのだ。誠心誠意、言葉を尽くしてこの場を乗り越えるしかない。
大丈夫、俺なら出来る。だって我様の反応しそうなワード分かってるし。
「ほぅ?それで、貴様を見逃して
「代わりにと言ってはなんだけど、セイバーとの結婚式の会場を用意してあげよう!!」
「良し!!許す!!何処へと行くがいい!!フハハハッ!!」
一言でこれである。我様、セイバーの事大好き過ぎるでしょ。
しかし、セイバーのお陰で俺はこの場を見逃されて生を掴む事が出来た。ありがとう、セイバー。お礼にブリテン罰ゲームネタで弄るのはやめておいてあげよう。
「ありがとね!!ついでにセイバーとウチのアサシン以外のサーヴァント脱落させてとくから!!セイバーとの逢瀬を楽しんでね!!」
「まぁ待て、珍種。貴様が聖杯に掛ける望みは何だ?そのような姿に成り果ててまで、一体何を求めている?」
サムズアップをして立ち去ろうとした時、ギルガメッシュから問いを投げかけられた。彼からすれば些細な気紛れ程度の質問だろう。他のマスターに同じ質問をされたとしても、適当にお茶を濁してはぐらかしている。
しかし、尋ねてきたのはギルガメッシュなのだ。俺が憧れ、敬意を抱いている偉大な英雄。たとえ臓硯に聞かれるかもしれないリスクを犯してでも、彼からの問いには真剣に答えなければならない。
「俺の望みは一つだけーーー貴方に認められたい。それだけだ」
現代に生きる有象無象の一つとしてではなく、俺個人としてその存在を認めて欲しい。今こそ珍種として区別されたが、それだけでは足らない。出来る事ならば、彼の口から名前で呼ばれたいのだ。
「だから俺は貴方の前に立つ。引き出物代わりに聖杯を持って行くから、その時は是非とも相手をして欲しい」
「セイバーとの婚儀の前の余興にはなるか。良い、その不遜を許そう。その時が来たのならば、全身全霊で
相手を見下している笑みと、心底愉快だと言わんばかりの笑い声をあげながらギルガメッシュは夜闇に紛れて姿を消した。威圧感が無くなり十秒、二十秒と時間を開けてから、止めてしまっていた呼吸を再開して肺の中に溜まった淀んだ空気を全て吐き出す。
まさかこのタイミングでギルガメッシュに出会うなんて予想外もいいところだ。動くのなら中盤か終盤頃だと考えていたのに、良い意味で予想を裏切られてしまった。
「アサシン、動けないから連れて行ってくれ」
気配も存在感も感じない。しかし、契約により近くにいることは感覚的に分かっている。アサシンの名を呼べば、暗がりから姿を現した。
ランサーの心臓を食べたからなのか、以前よりも人らしい所作に近づいているような気がする。まだ馴染みきっていないのか所々はぎこちないし、言葉も話せない様だが、それも時間の問題だろう。
アサシンは俺の首根っこを掴むと地面を蹴り、高く飛び上がった。
「違う、そうじゃない。もっと優しくしてくれない?一応怪我人なんだからさ」
アサシンは俺を米俵を担ぐ様に肩の上に乗せた。
「だから違うって……あぁ、もう良いよ」
一見すれば乱雑に扱われている様だが、その状態で着地しても身体は全く痛まない。恐らくは着地した時の衝撃を完全にコントロール出来ているのだろう。凄い技術だと感心は出来るのだが、なんか釈然としない。
だが、まぁいい夜であったと胸を張って言える。
当初の目的通りにランサーを倒し、その心臓をアサシンに食わせる事が出来た。予期せぬギルガメッシュとの邂逅を果たす事が出来た。そして、どさくさに紛れてギルガメッシュとの対戦を取り付ける事が出来た。
これで後はセイバー以外のサーヴァントを脱落させるだけだ。今後の行動については考えなくてはならないが、四日間でサーヴァントを三騎も一人で脱落させたのだ。
二、三日はダラダラ魔力供給しながら休んでもバチは当たらないだろう。
マコニキは小聖杯になったからね、サーヴァントが脱落する度にどんどん人間の機能が削られていくぞ!!その上、アンリマユからの汚染で倍プッシュだ!!
ギル様登場、青トリアとの結婚会場の支度をしてもらえ、ゴミ掃除までしてくれる上に、余興を用意してくれるとあってご満悦。きっとこの聖杯戦争じゃ一番のエンジョイ勢。
ちなみにギル様は十年前にマコニキと会ったことは覚えてない。十年前は有象無象の一つとしてしか認識してなかったからね。やったねマコニキ!!珍種として認識されたよ!!