目を覚ますと、セーイチの寝顔が視界いっぱいに広がっていた。
「ーーー」
不意打ちに近い、思わぬ光景を目覚めの一番で見せつけられた事で叫びそうになるが、声を出す寸前でなんとか堪える。彼は眠っている様だ。三白眼で、どこか悪戯小僧の様な印象を受ける笑みを浮かべずに、穏やかな表情で静かに寝息を立てる。
呼吸を整えながら状況を確認する。どうやら私は彼に抱きかかえられている様だ。とは言っても力強さは感じず、壊れ物でも扱う様にそっとなのだが。そして服は着ている。これにより、魔力供給をしていたという線は無くなった。もしもそうであれば、私は裸で布団の中で眠っているから。
セーイチを起こさない様に注意して彼の腕から抜け出し、起き抜けで働いていない頭を必死になって働かせて寝る前に何があってこの状況になったのかを思い出す。
確か……そうだ、セーイチがランサーを仕留めてくると言っていて、帰ったら魔力供給をするから起きていてくれと言われていたから起きていた。すると夜明けごろになって、彼はアサシンに担がれながら帰って来たのだ。
服はボロボロで、血の匂いを漂わせていた。でも、服の下から見える肌は傷一つない。念の為と思って彼の身体を調べたところ、無事なのは外見だけ。中身はデタラメに繋ぎ合わせたかの様に酷い状態になっていた。
それを必死になって治した頃には外が明るくなっていて、このまま魔力供給をするのかと思ったら、彼は私の事を抱き締めて寝ると言ったのだ。私も私で一晩中起きていたのと治療の疲れから、抵抗する事なく成すがままで一緒に寝たのだ。
眠っているセーイチを、正確には身体を見る。治療してすぐに眠ったからか、彼は上半身裸。外見では傷一つ無く、内部を調べてもおかしなところは見当たらない。しっかりと治せていた。命の危険を心配する様な状態ではない。
「良かったぁ……」
無意識の内に口に出した言葉に首を傾げる。
良かった?何が良かったなのか。私と彼との関係は魔力供給を行うだけのもののはず。寧ろ、死んでくれたら解放されて都合が良いというのに、何故良かったなどと口にしたのだろうか。
腕を組んで唸って見ても答えは見つからない。正解を知っているはずなのにそれが思い出せない様な感じがして非常にもやっとする。
そうやって暫く考えていると、部屋の外から音が聞こえる事に気がついた。それに気がつき、思わず身体を硬直させる。ここにいるのは私とセーイチだけのはず。それなのに物音が聞こえるという事は、侵入者しか有り得ない。
本当ならばセーイチを起こして一緒に確かめに行くのが正しいのだろう。だが、彼の状態を考えると、少しでも長く休ませてあげたい。
そう結論付けて、私は一人で確かめに行く事にした。
この工房の案内はされていて、間取りは把握している。聞こえた方向にあるのはキッチンだ。外見は廃ビルなくせに、内部は割と新しいのはセーイチの趣味らしい。キッチンだって簡易の物ではなく、アインツベルンほどではないがそこそこの物が揃えられていた。
ゆっくりと、慎重に。音を立てない様に気をつけながら部屋を出て、キッチンの方へ進み、壁越しに確認する。
そこには、エプロンの様な物を着たアサシンの姿があった。
顔を戻し、目をこすり、もう一度確認する。
エプロンの様な物を着た、アサシンがいた。
「何してるのよッ!?」
「ん?おぉ、お嬢様。お目覚めですかな?」
アサシンが喋っている様な気がするが気にならない。それよりもエプロン姿のアサシンのインパクトが強過ぎる。
エプロンに加えてバンダナらしき物を頭に巻き、アサシンは異様に長く、赤い右手で食材を抑えながら左手に持った包丁で切っていた。バーサーカーと戦っていた時は拘束具を着けていたのでわからなかったが、あぁいう風になっていたのか。
「何で、アサシンが、料理、してるの!?」
「お二人共、明け方に眠りにつかれたでしょう?目覚めた時の為にと思いましてな。あぁ、直に出来上がるので魔術師殿がお目覚めになられたら食事に致しましょう」
「んもぉ……!!」
違う、そういう意味じゃない。というよりもアサシンって料理が出来たのか。いや、サーヴァントは現界の時に聖杯から知識を与えられるから、そこから得たのだと言われれば一応は納得出来るのだが。
そうだとはいえ、それは所詮知っているだけの状態のはず。それなのにアサシンの手つきは妙に手馴れていた。食材を微塵切りにして鍋の中に入れ、塩と胡椒で味を整えながらフライパンの上のオムレツを返している。完全に熟練のそれだった。
「はぁ……もう良いわ。出来たら教えてね」
「ご心配なさらず、このアサシンのサーヴァントにお任せを」
実はアサシンじゃなくて
「お味の方は如何ですかな?」
「うん、美味い美味い」
「美味しいわよ……えぇ、本当に美味しいわ……」
コンソメのスープを啜りながらアサシンの問いに頷いて答える。目覚めの事を意識しているのか、スープの中身は野菜オンリーで脂っこさを感じさせない。オムレツは中が半熟、トーストはバターのみとシンプルだったが、それが良かった。
イリヤも美味しいと口にしているが、その顔は浮かない。まるで知りたくなかった事を知ってしまった様な、どこか気落ちしている様に見える。
「何かあったのか?」
「さて、私には心当たりは御座いませぬが……」
「ッ!!セーイチは、これを見ても、何も思わないの!?」
テーブルを叩きながら立ち上がったイリヤの指差した先にいるのはアサシンーーー割烹着に頭巾を装備したアサシンの姿だった。どうやら俺が眠っている間にランサーの心臓が馴染み、知性を得たらしい。人の言葉を話し、家事をしてくれていた。
ふむ、と首を傾げながら空になったカップを差し出せば、アサシンがコーヒーメーカーの中身を注いでくれる。
「別に?」
「馴染みすぎよぉッ!!どうしてアサシンが家事をしてるのよ!!それに、昨日まで喋れてなかったわよね!?」
「昨夜の戦闘でランサーの心臓を取り込んだ事で知性を得ましてな。家事に関してですがお二人共お疲れの様子でしたので空いている私がやる事にしました」
「マジかよ、サンキュー」
「軽過ぎよぉッ!!」
サーヴァントに家事をさせていることがそんなに信じられないのか、半ば半狂乱になっているイリヤ。その姿を見て笑いながら
「そんなに驚く様な事か?」
「サーヴァントに家事をさせるなんて前代未聞よ……多分、貴方が初めてのマスターだわ」
いや、先駆者はいるぞ。あかいあくまとか。
そういったところで余計に混乱しそうなので言葉にはせず、イリヤを落ち着かせて食事を再開させる。アサシンの料理が美味しかったからなのか、それとも現実逃避がしたかったのか、食事は数分で終わった。
「はぁ……もうそういうものだって思う事にするわ」
「それが良い。無理に理解するよりも、分からないままに受け入れる方が良い時もあるもんな」
「もうそれで良いわ……」
朝一番からどうやらお疲れの様だ。因みに原因であると思われるアサシンは食器を洗いにキッチンに行ったのでこの場にいない。
「それで、今日はこれからどうするの?魔力供給するのかしら?」
「いや二、三日の間はダラダラ過ごすつもりだからそんなに積極的にはしない」
「……そうなの?セーイチの事だからまた今夜にでも動くと思ったのだけど」
「俺の事なんだと思ってるの?」
「……聖杯戦争ガチ勢?」
「間違ってないんだけどなぁ……」
必要に駆られたとはいえ、四日の間に三騎のサーヴァントを倒しているのだからその評価は間違いでは無い。でも、だからといってサーヴァント絶対殺すマスター的な扱いをされるのは納得がいかない。
これは今夜にでも魔力供給して、たっぷり虐めてやらなければ。
「サーヴァントが三騎脱落した事で残りはアサシンを含めて四騎。それで、セイバーのマスターの衛宮士郎とアーチャーのマスターの遠坂凛がほぼ一緒に行動中。さらに衛宮士郎と元から関係があったライダーのマスターの間桐桜が正体を隠して一緒にいる。どういう事か分かるよな?」
「うわぁ……ほとんど三対一の状況じゃない」
臓硯がこのまま行動していれば、いつか衛宮士郎と遠坂凛と敵対するだろう。その時に臓硯がバラすか、桜が自分の口からマスターである事を明かすことが予想出来る。まぁ、遠坂は桜がマスターであると気付いているだろうけど。
その結果、出来上がるのはセイバーとアーチャーとライダーの同盟だ。マトモに相手をしようと思いたくない。
だが、それは逆を言えば俺から行動を起こさない限りはサーヴァントは脱落しない事に等しい。
聖杯戦争が始まってから、ほとんど休む間もなく戦い続けて来たのだ。二、三日くらいは休み、英気を養ってもバチは当たらないだろう。
臓硯が余計なことをするか、衛宮と遠坂が俺の工房に直接乗り込んでもしない限りはであるが。
最後になるかもしれない休息期間だ。ダラダラと、存分に満喫させてもらおう。
割烹着姿のアサシンにイリヤちゃん半狂乱。でもね、あかいあくまはサーヴァントを召使いにしてるんだよ……
イリヤちゃんゲット、ランサーの心臓確保と当初の目標は達成出来たので、マコニキはしばらくダラダラして過ごすそうです。
取り敢えず、イリヤちゃんとの魔力供給かなぁ?