深夜、気紛れに冬木市に散らばらせている蟲達の視界を共有していたら、それを見つけた。
「あ?」
視界に映ったのが一瞬だったので気のせいかと思ったが、真実だとしたら洒落にならないと考えて別の蟲に視界を変える。
捉えたのは真紅の主従。赤い外套を身に纏った男性と、彼に抱えられながら夜の街を駆ける少女の姿。間違いない、遠坂凛と彼女のサーヴァントであるアーチャーだ。
蟲の視界に映ったことは、まぁいい。遠坂邸を燃やして散々煽ったのだ。多少は治まっているにしても、彼女の中では未だに怒りの感情がのたうち回っているのは間違いない。アーチャーが止めなかったのは気になるが、あれはあれで皮肉屋だがマスターを立てるサーヴァントだ。
問題なのは、彼らの姿を確認したのが工房から然程離れていない場所だという事だ。
まさかと思い、彼らの姿を追う様に蟲に指示を出す。現在の彼らの場所は直線距離でここから数Km程の距離。遠坂を抱えたアーチャーはビルの屋上を足場にしながら夜闇に紛れるように、着実にこの廃ビルへと向かって来ていた。
「バレたか」
バレていない、偶々近くに来ているだけだ、などとは考えない。俺はこの聖杯戦争に参加している誰よりもマスターの素質に恵まれず、魔術師としても劣っているのだ。自己評価を違え、現実から目を逸らした瞬間に負けだという強迫観念を持たなければ立ち回る事など出来る訳がない。
本音を言えばどうしてこの場所がバレたのかという考察をしたかったのだが、彼らの速度を考えるとそんな悠長な事をしている暇など無い。遠坂という足手まといが居るから遅いが、後十分もすれば彼らはこの廃ビルの屋上に辿り着くだろう。
それまでにここから離れなくてはならない。
『アサシン』
『魔術師殿、アーチャーとそのマスターの姿を確認しました。ご指示を』
『無論、撤退だ。逃げの一手以外あり得ない。俺が安全圏に逃げるまで、奴らをビルの中に誘い込んで時間を稼げ。出来る事なら威力偵察も兼ねてくれると助かるけどな』
問答無用で破壊される事を考えたが、そうであるのなら遠くからアーチャーにビルを狙撃させれば良いだけの話だ。それをせずに、遠坂を連れてこちらに向かっているという事は彼女と一緒に乗り込むつもりなのだろう。
そうであるのならまだ楽だ。開発途中で放棄された廃ビルとは言え、ここは新都なのだ。サーヴァント同士が戦闘を行えばその音から騒ぎになるのは目に見えている。固有結界が張られれば話は変わるが、アサシン相手に使うとは考えられず、そもそも遠坂には記憶が無いと偽っている筈なので彼女の前で使用するとは考えにくい。直接戦闘が不得手であるアサシンでも逃げに徹すれば問題ないだろう。
『負けるな、そして
『御意』
アサシンと蟲、そして隠し札を切ればアーチャーをこの場で倒せる可能性はある。だが、確実に殺せるとは断言出来ず、どちらかといえば痛み分けに終わるのが予想出来る。情報の漏洩と消耗をして倒せるかどうか分からないのなら、素直にこの場では逃げに徹した方が良い。
それに、もしもアーチャーを倒してしまえばライダーを倒すまでが面倒になる。
先にアーチャーを倒せば、残るのはライダー。そうなった場合、ライダーのマスターである桜は衛宮士郎と共に行動する。そうなれば、ライダーはセイバーと共に行動することになる。自主性があるとは言えない桜では衛宮士郎のそばを離れるとは考えられず、衛宮士郎も俺の事を警戒して桜の側から離れないだろう。
今もそうなのだが、アーチャーが倒れれば今よりも強く警戒されるのが目に見えている。それならば現状維持が好ましい。
それでも時間をかければ警戒されるのには変わらないのだから早いうちにライダーを殺しておきたい。遅くとも明日の内に、出来るのならば朝までに。
片目で蟲の視界を見ながら、寝室に向かう。今日は魔力供給をするつもりは無かったのでイリヤは寝かせているのだ。
「夜だけどグッドモーニング!!」
「ふぇっ!?な、なにごと!?」
寝室の扉を蹴破りながら入れば、それに驚きながらイリヤが飛び起きる。言動が辿々しく、顔が寝ぼけているが。
「さて、イリヤ。ここに遠坂が向かって来ている」
「リ、リンが……?」
「あぁ、そこで聞きたいことがある。お前はどうしたい?」
「どうしたいって……」
「マスターで魔術師だが、人間として甘ちゃんな遠坂の事だ。例えお前だとしても保護を申し出れば受け入れてくれるだろうよ。そうすれば、こんな魔力目的で犯される日々から解放される事になる」
「そうだとしても、魔力はどうするつもり?元々そういう目的で私を攫ったのでしょ?」
「今日、遠坂の家を本能寺した時に思わぬ収穫があったんだよ」
タンクローリーで突っ込んだアサシンが遠坂の家からいくつかの上等な宝石を盗み出した。軽く見たところでは、どれもが俺の魔力を簡単に回復する事が出来るだけの質と量を兼ね備えている。
これさえあれば、イリヤとセックスをしなくても魔力を回復する事が出来る。それも、手間も時間もかからない。
つまり、イリヤは不要になる訳だ。
故に、これが彼女にとっての分水嶺となる。この場で俺と別れて遠坂に保護されれば、彼女には自由が約束される。が、俺とこの先、行動を共にすればどうなるのか分からない。最悪、死ぬ可能性だってあるのだ。
イリヤの事を思えば、彼女とはここで別れるべきだ。しかし、内心では彼女と一緒に居たいと考えている。イリヤと契約を交わした時からこの事を考えていて、今日まで答えを出す事は出来なかった。なので、彼女に選択を委ねることにした。
もしもイリヤが別れたいと言ったのなら、その通りにしよう。悲しくはあるが、これも彼女の為だと思い、遠坂に保護させるように行動するつもりだ。
だが、もしもイリヤが一緒に居たいと言うのならば、その時は俺が死ぬまで一緒に居てもらおう。俺が目的を果たし、ギルガメッシュに認められ、気分が良いと死に果てるその瞬間まで、全てを余さずに見届けてもらおう。
全てはイリヤ次第、彼女がどちらを選ぶのかで決定する。
まぁ、間違いなく前者を選ぶだろうが。
「どっちが良い?逃げなきゃいけないから早めに決めて欲しいんだけど」
「……つまり、別れるのかついて行くのか、って言うことよね?自分で決められなかったの、この意気地無し」
「返す言葉も無い」
耳が痛い話だが、彼女の言う通りに俺が意気地無しなだけなのだ。
一緒に来いと言って、手を掴んで引っ張れれば良かったのだ。
付いて来るなと言って、突き放してやれたら良かったのだ
そのどちらも、俺は選ぶ事が出来なかった。
意気地無しと罵られても受け入れるしか無いだろう。結局のところ、俺は自分で決める事が出来なくて、イリヤに任せっきりにしているのだから。
だからこそ、どんな選択でも受け入れるつもりでいるのだが。
「はぁ……セーイチは私と一緒に居たくないのかしら?」
「……一緒に居たいな。だけど、これからの事を考えると俺と一緒に居たら危ないからな」
「あら、それなら問題ないわよ」
だって、と言いながらイリヤは笑う。
「セーイチが私の事を守ってくれれば、それで解決でしょ?ほら、何も問題ないじゃない」
それは出会った当初の妖精を思わせる幻想的な微笑みでは無い。俗物的で、活発な、どこにでもいる普通の少女の笑顔だった。
俺と一緒に居ると危ないと言っているのに、俺が守ってくれるから大丈夫だと、彼女は笑っている。
あぁ、こんな物を見せられたら、俺も腹をくくらなければならないでは無いか。
「……くっそ、見た目ロリータなのになんでそんなに肝が太いんだよ。自分が惨めに思えて来るぞ」
「フフン、これでもお母様の娘なんだから。一度こうだと決めたらそれ一直線よ」
「説得力があり過ぎる」
イリヤの母親、アイリスフィールの事を引き合いに出されたら納得するしか無い。彼女は、衛宮切嗣の理想にその身命を捧げてまでも殉じようとしていた。一言、彼女が衛宮切嗣にその理想は間違っていると、そんな事よりも家族と一緒に居たいと言えば、衛宮切嗣はそれを受け入れていたかもしれない。正義の味方を諦めて、彼女たちだけの味方になっていたかもしれない。
アインツベルンの女はそういうタイプなのかもしれない。
「はぁ……分かった、分かったよ。ここから離れるから生活レベル下がるけど、文句言うなよ。出来る限りの努力はするけど」
「頑張ってくれるのなら文句は言わないわよ。あぁ、それと……」
ベッドから降りて、逃げる支度をしようとしていた時、イリヤは何かを思い出しかなの様に振り返り、
「ーーー私を傷物にした責任、しっかりと取ってもらうんだから」
そう、花が咲く様な笑顔で言った。
「……ハハッ、あぁ、もう……本当に良い女だなぁ」
あぁ、これはもうダメだ。完全に惚れてしまった。初めて出会った時の様な一目惚れでは無く、心の底から彼女に惚れてしまった。
ギルガメッシュに認められたら死んでも良いと考えていたのに、聖杯戦争が終わっても生きたいと思ってしまった。無理だと分かっているのに、マキリの杯の役割を与えられた時から、臓硯の次世代の肉体だと告げられた時からそんな事は微塵も考えた事が無かったというのに。
全てが終わっても、彼女と一緒に居たいと思ってしまった。
成る程、これが人を好きになると言う事か。
「……そろそろ遠坂が来る。早く支度をしてくれ」
「分かったけど、どうやって脱出するつもりなのかしら?普通に出ていったところで見つかるだけだと思うのだけど」
「大丈夫だ、こう言う時に備えて脱出経路はちゃんと確保してある。具合的に言うと、蟲に穴を掘らせてある」
「地下から脱出するのね。少しワクワクしてきたわ」
地下道はそのまま下水道に繋がっている。街の規模に比例して広大になるそれは一種の異界と言えるほどに複雑化している。下水道を使うと決めた時から把握に努めているが、まだ完全に把握し切れていないほどの規模なのだ。仮にアサシンを引かせてから追われたとしても、前知識無しでは迷う事間違い無しだ。
まぁ、それだけでは心配なのでもう一手打つのだが。
『魔術師殿、アーチャーのそのマスターが屋上に辿り着きました。どうやらそのまま侵入する様子です』
『予定通りで頼む。俺たちが安全圏に脱出出来たと判断したら連絡するから、その後はそちらの判断で離脱してくれ』
『承知しました』
杞憂であればよかったが、どうやら遠坂は完全にこの工房の事を捕捉していたらしい。魔術で探索されたか、或いは臓硯辺りが何か企んで案内した可能性も捨て切れない。どちらにしても、ここを捨てなくてはならない事には変わりない。
「準備出来たわよ」
「よし、それじゃあ出るぞ」
寝室から談話室に移動し、敷いていたカーペットを引き剥がす。現れたのは粗末な木の板で、それをズラせば削られた跡の目立つ穴が現れる。
「ところでイリヤ、秘密基地に必要な物ってなんだか分かるか?」
「脱出用の通路じゃないの?」
「そう、脱出口だ。追い詰められて逃げ場が無いなんて笑い話にもならないからな」
あと、と付け加え、笑う。悪戯を企んでいる悪ガキの様に、悪事を考えている小悪党の様に、邪悪な笑みを浮かべる。
「あわよくば、自爆装置とかな」
マコニキ、自分の心境を再認識&イリヤちゃんに惚れ直す。信じられるか、コイツ、今襲撃されてるんだぜ?
アインツベルンの女は割と一途で重たいイメージ。ほら、ZEROのアイリとかHF√のイリヤちゃんとか見てるとね?
これによりマコニキのグッドエンド解放。もしもここでイリヤちゃんが付いてこなかったらノーマルエンドかバッドエンドで終わってた。