開幕は静謐に、されども衝突は苛烈に。
電灯の点滅により一瞬だけ訪れた暗闇。それが晴れた瞬間にはアサシンとアーチャーは赤と黒の軌跡を残しながら斬り合いを始めていた。短刀と夫婦剣がぶつかり合い火花が飛び散る。手数は二刀流であるアーチャーの方が上。しかし、アサシンはその不利をアーチャーの背後に立つ遠坂凛を狙う素振りを見せる事で相殺する。
マスターをこの場に連れているアーチャーからすれば、遠坂の存在は守らなければならない存在である。例え、アサシンが言っていた通りにこちらの実力を見定める事が目的であったとしても、それを律儀に守る保証などどこにも無いのだ。
自身とマスターを守らなければならないアーチャーに対して、自身の身だけを気にすれば良いアサシン。三騎士の一角で弓兵でありながらランサーと打ち合えるアーチャーを前にして、自身の本領である暗殺の気配を漂わせる事により、強引に状況を互角へと持ち込む。
アサシンからすれば戦いの結果などどうでも良い。マスターである誠一からのオーダーは彼とイリヤが逃げるまでの時間を稼ぐ事と、自分が生き残る事である。第一に、第二に優先するのはその二つ。そして同時にアーチャーを倒すなとも言われている。
出来る事ならば、アーチャーはこの場で倒したい相手だ。聖杯戦争の現段階での勢力図は把握している。把握しているからこそ、サーヴァントを三騎も有している敵勢力の戦力を少しでも減らしておきたいと思っている。
何せ、敵のサーヴァントは誰もが厄介だ。ステータスならばライダーが、宝具という一撃必殺の点ならばセイバーが危険であるとマスターである誠一は言っていた。それはアサシンも同意している。その上、セイバーは前回の聖杯戦争から現界しているとあるサーヴァントの機嫌取りの為に生かしておかなければならない。
しかし、誠一とアサシンが最も危険視しているのはアーチャーである。
確かにセイバーとライダーは強敵である。だが、彼らのマスターたちは魔術師としての視点を持たない一般人と変わりない。倫理観、道徳観から犠牲を出しての成果を許す事はせず、それがそのまま彼らを縛る枷となる。
その点、アーチャーには何ら縛りは無い。マスターである遠坂凛は正道を良しとする人物ではあるが、魔術師であるが故に非道な手段を取る事も厭わない。そしてアーチャーもその事に対して嫌悪感を抱く事は無く、彼女の命令を即座に実行出来る。その上、アーチャーは〝◾️◾️の守護者〟なのだ。最悪、〝◾️◾️◾️〟からのバックアップを受ける可能性があるのだ。
本音を言えばこの場でアーチャーか、それが不可能であるのならマスターを殺してしまいたい。それは誠一も同じであるはず。だが、それを理解した上で彼はアーチャーを殺す事を禁じた。
ならば、己はそれに従うだけだとアサシンは意識を切り替える。暗殺者としての本領から脱し、アーチャーの戦闘能力を削ぎ落とす事に注力する。
踏み込んで放たれた蹴りを自ら後ろへと飛び退く事で無力化しながらアーチャーから距離を取り、空中で体勢を整えながら後方に立つ遠坂凛へと
「フーーーッ!!」
遠坂凛の前に移動していたアーチャーが一息の間に全てをはたき落す。その結果にアサシンは動じない。寧ろ予想通りの行動だと受け入れて、柄に括り付けていたワイヤーを使い、撃ち落とされた短刀を回収する。
アサシンに殺意など無い。しかし、今の行動により、アーチャーはマスターの殺害を意識せざるを得ない。これによりアーチャーの思考のリソースは遠坂凛の守護に割かれ、アサシンの生存確率の上昇に繋がることになる。
「ふん、所詮は暗殺者風情か。実力を図るなどと口にしながらもマスターを狙うとはな」
「ククッ、世迷言を。ここは既に殺し合いの場なのだぞ?殺して欲しいと言わんばかりに隙を晒している者を殺しにかかって何が悪いというのだ?」
アーチャーの挑発じみた言葉にアサシンは応じる事なく、それどころか遠坂凛が愚かだと逆に挑発を投げ掛ける。アーチャーもその真意を理解しているからか、無言で夫婦剣を構える。
「それにしても、我が主の言葉を疑うわけでは無いがこれ程だとは驚きだぞアーチャー」
「……さて、一体何の話だね?」
愉快だと笑い声を交えながら投げ掛けられた言葉の意味をアーチャーは理解している。
アーチャーの戦闘スタイルとアサシンのそれは、非常に良く似通っていたのだ。
アーチャーの戦闘は打ち合いの中で態と隙を曝け出す事で相手からの攻撃を誘導し、限定するスタイル。正規の英霊では無いアーチャーは、正面からの戦闘ではアサシンとキャスターを除く、この聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントたちと比較して二歩は劣る。だが、その戦闘スタイルと生涯を掛けて得た経験則からその差を埋め、正面からの白兵戦を成立させていた。
対するアサシンの白兵戦も、アーチャーと似ていた。打ち合いの最中で極自然に隙を作り出し、そこへと攻撃させる様に誘導していたのだ。
アーチャーとアサシン。二人とも、生前には白兵戦に関しての才能を持ち合わせていなかった者同士。故に、格上との白兵戦を成立させる為の手段は隙を曝け出して攻撃を誘導するという同じ物となっていた。
「惚けるか、それも良いだろう。だが、その手の内の全てを曝け出してもらうぞーーー
「ーーーッ」
正義の味方。アサシンがアーチャーをそう呼んだ瞬間、彼の纏う気配が一変した。表情は強張り、目は驚いた様に見開かれている。
「貴様……何処でそれを」
「ククッ、ククク……ッ!!」
これまで冷静沈着であったアーチャーが激昂した。誠一から教えられた情報の中にあった呼び名を出しただけでこれなのだ。余程アーチャーの中では地雷なのだろうが、その隙を見逃せる程にアサシンは甘くは無い。
笑いながら短刀を天井に向けて投擲する。向かう先にあるのは不定期に点滅する蛍光灯。無機物であるそれがアサシンの投擲を避けられるはずが無く砕け散り、唯一の光源が失われた事で暗闇が訪れる。
「チィ……ッ!!凛、私から離れるな!!」
「分かってるわよ!!」
一切光源の無い暗闇はアサシンの独壇場。常人よりも目の効くアーチャーや、魔術により視界を確保出来る遠坂凛であっても、今この瞬間はアサシンに狩られる獲物でしか無い。
背中合わせになりながらアサシンを警戒するが、気配は感じられず、四方八方からこちらの事を嘲笑う様な笑い声が聞こえるだけ。アーチャーたちが絶対的不利な立場に追い詰められた以上、アサシンは無理をする必要は無くなったのだ。
警戒を続け、いつか訪れる限界を待つだけで良い。それに、アサシンの目的はあくまで誠一の逃走を成功させる事である。この膠着状態はアサシンに取って利しか無かった。
アーチャーも、遠坂凛も、その事を理解している。故に、念話で短い会話を済ませ、即座にこの状況を打破するために動き出した。
遠坂凛の手から小振りな宝石が零れ落ちる。重力に引かれて床に落ちた宝石が、宿していた魔力を消費して発光し、光源となって暗闇を照らした。
「アーチャー!!」
視界を確保する事は出来たが、暗闇に慣れたせいで宝石の光に目を眩ませた遠坂凛はアーチャーに指示を出す。この光はアサシンに取っても予想外のはず。その隙を逃さずに仕留めろという意味だったが、
「ーーー伏せろ、凛!!」
帰って来たのは焦りを感じさせるアーチャーの叫ぶ様な声だった。その必死さに思わず何故などと考える間もなく、倒れる様にその場にしゃがみ込む。
そして、遠坂凛の頭上スレスレをアーチャーが薙いだ。
その一閃に、髑髏の面が宙を舞う。
アーチャーが視界を確保した瞬間、アサシンは凛の真横に立っていた。これ程までに接近され、それでも気配を感じさせる事の無かった絶技に驚愕しながらもアーチャーは即座にマスターを守る為に、アサシンを討つ為に行動を起こして見事にアサシンの首を刎ねた事に成功したのだ。
しかし、アーチャーの心中にあるのはアサシンを倒したという達成感では無く、不信感であった。
黒いボロ切れを纏ったアサシンの首を刎ねた、外套の一部と共に髑髏の面が宙を舞っているのがその証左。
だというのに、剣から伝わってくる手応えはあまりにも軽かった。
天井から落ちた影が、剣を振るう為に伸ばされたアーチャーの右腕を断ち切った。
「な、にーーー」
「ククッ、浅はかよなぁ」
アーチャーの右腕を左手で、宙に舞う髑髏の面を拘束具を外した異形の右手で回収したアサシンは二人の無様を笑う。
暗闇に紛れたアサシンは即座に天井に張り付き、そして外套と右腕の拘束具、仮面をワイヤーで吊るす事でダミーを作り上げた。事前に誠一から教えられていた遠坂の魔術を使えば、簡易の光源を確保する事など容易く予想出来た。後は光源を作ったのと同時にダミーを遠坂凛の側に配置するだけ。マスターを守らなければならないアーチャーならば、即座に反応するのは明確。
最も隙を晒す瞬間は攻撃をした直後である。一流の暗殺者であるアサシンは、それを理解していた。
その結果がこれだ。アサシンは宝具である異形の右腕を見せる事になったが無傷。アーチャーは片手を失った。環境や制約によってもたらされていたはずの擬似的な優位が、この瞬間に絶対的な優位となった。
『待たせた。避難は完了した』
『承知しました、それでは今から三十秒後に脱出致します』
『目の前に遠坂とアーチャーがいる?それなら言伝頼みたいんだけど』
出来る事ならば、この場でアーチャーを仕留めたい。心臓を食らう事で自身の霊基を強化したいのだが、マスターである誠一の命令は絶対だ。優位を確保しておきながら撤退する事に異存は無い。
「さて、この場は引かせて貰おう」
「ッ!!……逃げるというのか?」
「私の目的は主が逃げるまでの時間稼ぎだ。それを果たした以上、この場に留まる理由は無い」
そう言うとアサシンは上へと続く階段へと向かって行く。霊体化をする事なく実体化したままで去ろうとしている事からこれ以上の交戦の意思は無いらしい。
それを見てアーチャーは警戒を続けながらも内心で安堵する。今回の戦闘はあまりにもアーチャーたちに取って不利過ぎた。片腕を失ったとはいえ、仕切り直すと言うのであれば引き留めるはずもない。目を眩ませながらも念話で状況を把握している遠坂凛も、悔しそうな顔をしながらもアサシンを止めようとしない。
「あぁ、主からの言伝だーーー茶釜を抱いて爆死しろ!!」
主、誠一からの言葉を残してアサシンは去って行った。
途端、アーチャーと遠坂凛を悪寒が襲う。
「……アーチャー、私、どうしてだか物凄ぉぉぉく嫌な予感がするのだけど」
「奇遇だな、私も同感だ」
誠一が遠坂邸を放火した時、彼は電話越しに本能寺という言葉を使っていた。そしてアサシンの言った茶釜と爆死、茶釜というのが茶器の事を指すのならば、思い当たる人物が一人だけいる。
松永弾正。本能寺の変で死んだ織田信長の配下で、平蜘蛛という名器に火薬を詰めて壊し、自害した武将。
そこから導き出される、茶釜を抱いて爆死しろという言葉の真意は間桐誠一という人間のこれまでの行動を鑑みれば、大凡ではあるが察しがついてしまう。
そして彼らが感じた嫌な予感を肯定するようにビルが揺れ、浮遊感に襲われる事になる。
「殺す。あいつら絶対に殺してやるわ」
「同感だ」
ビルが崩れた事で降り注ぐコンクリートの豪雨を目の当たりにしながら、アーチャーは遠坂凛の殺意を静かに肯定した。