「下、脱がすね」
「わ、わかった……」
彼の手がショーツを掴み引き摺り下ろす。湿っていたショーツが腿を抜け、膝を抜け、爪先を通り抜ける。そして、身にまとっていたものを全て剥がされ生まれたままの姿になった。
「は、恥ずかしいから、あまり見ないでくれ……」
足を閉じて自身のそれを隠す。今更隠す意味なんてないけれど、見せつけるようなものでもない。
「そういう臼井さんもさっきからずっと俺のあれ見てない?」
「う……」
図星を突かれ思わず目を逸らす。事実私の視線はカルマの顔と下半身を行ったり来たりしていた。
「けっこう、大きいな」
「まあ、身体もでかいほうだしね」
これが今から私の身体に入るのかと思うと、少しだけ戸惑いを感じた。でも、不思議と怖いとは思わない。だって怖がる理由なんてないからだ。
「ゴムつけるからちょっと待ってて」
「ゴム? ああ、避妊具のことか」
「知ってるの? って臼井さんならそれくらい知ってるか」
「まあな、何かと便利だからいつも持ち歩いてたよ」
銃口に被せて防水防塵は勿論のこと紐代わりにして止血帯。挙げ句の果てには石油製品特有の燃えやすさを利用し着火剤代わりにするなど、元が避妊具だとは思えないほど応用が効くので戦場では重宝していた。
まさか本来の用途で使う日が来るなんて思いもしなかったけれど。
「というかちゃっかり持ってきてるじゃないか」
「そりゃあね、もしかしたらってこともあるし」
かくいう私も持ってきているのだが、それは秘密にしておこう。言ったら絶対からかわれるだろうし。
「あっち、向いててくれない?」
「あ、すまない」
凝視していたのが堪えたらしく、カルマが既に赤くなっていた顔を更に赤くした。普段はかっこいいのに、こういう時は妙に可愛いんだよなあ。
「……はぁ」
目を瞑り息を吐き、包装を破る音と互いの荒い息遣いを聴きながら期待と緊張感に胸を膨らます。荒れ狂っていた心臓は少しだけ落ち着きを取り戻し、代わりに燃えるような熱さが身体を蝕む。
自分達が今何をしようとしているのかなんて、とっくの昔に理解している。でも、今更止められないし、止めたくもない。目の前の男の愛がほしい。頭の中にあるのはただそれだけ。
「……臼井さん」
カルマの手が私の肩に触れた。ゆっくりと目を開ける。欲に濡れた琥珀色の瞳が私を見つめていた。この瞳に映る私は今いったいどんな顔をしているのだろうか。きっと目の前の男と大した違いはないだろうな。
「本当に、いいの?」
最終確認。これを承諾すれば、本当に後戻りはできなくなる。だが、覚悟なんてあの夏の夜、屋根の上でキスした時に決まっている。返事の代わりに頬に手を伸ばし軽くキスをする。
「じゃあ、行くよ」
膝に手を置かれゆっくりと広げられる。その間に入り込むように彼の身体が沈み込み、私を抱き締める。薄暗くてよく見えないが、下半身に何か途轍もなく熱いものが当たっているのがわかった。
目を瞑り、やってくるだろう刺激に備える。私は遂に初めてを奪われてしまうのか。不意にそんな考えが頭をよぎった。
でも、こいつが相手なら、別にいいか……
「…………ぅっ!」
最初に感じたのは痛みだった。肉を裂く感覚と共に、焼けた鉄のようなものが入り込んでくる。その痛みに耐えきれず目を見開きカルマの身体を抱き締めた。
「大丈夫、臼井さん?」
「想像してた、よりも、痛く、ないな……」
「え、もしかして初めてだったの?」
「…………は?」
おかしなことを言われ思わず我に返る。私を抱き締めているこの男は、もしやとんでもない勘違いをしているのではないだろうか。私は下腹部に感じる痛みを無視しカルマを睨みつけた。
「今、思っていることを素直に吐いてくれないか」
「……ごめん、てっきり戦場で経験済みかと思ってた」
こ、こいつ……下衆の勘繰りにもほどがあるぞ。確かにそういう経験があったっておかしくはないけれど、いくらなんでもあんまりだ。そう思うと腹が立ち私は背中に回していた腕に力を籠めささやかな抗議を行った。
「う、臼井さん? い、痛いんだけど」
「知るか、しばらくこのままにさせてくれ」
下腹部に感じる熱さと、彼から感じる熱さを堪能する。髪から感じるシャンプーの匂い、耳元で聞こえる荒い息遣い、私以上に荒れ狂った心臓の鼓動、その全てが愛おしい。
「命の安売りはしても、魂の安売りまではしなかったよ」
身体と引き換えに庇護を持ちかけられたことだってあった。きっとそのほうがずっと楽な生き方ができたに違いない。
でも私は選ばなかった。命は売っても、誇りだけは売りたくなかった。そして今、目の前の男に文字通り私の全てを捧げるのだ。
「そっか、臼井さんが酷いことされてなくてよかった」
性欲の欠片も感じない心の底から安堵したような声。その一言だけで私を想ってくれているのが伝わって思わず涙がこぼれた。
本当にここ最近のカルマには与えられてばかりだな。ちょうど痛みも引いてきた。いい加減カルマの好きなようにさせてあげよう。
「いいよ、動いても」
「……痛くないの?」
身体を起こし私を心配そうに見てくる。声や表情はかなりきつそうなのに、それでも私を心配してくれるのは嬉しいが、貰いっぱなしは性に合わない。
「痛いけどな、痛くないんだ」
「何それ?」
「こればっかりは、女にしかわからないよ」
身体を貫く痛みも、全身に感じる燃えるような熱さも、全て彼が私のために与えてくれたもの。私を想ってくれている証拠。世の中にこんな嬉しい痛みがあるなんて、知らなかった。そのことを知れたことが今はただ嬉しい。
「だから……もう我慢しなくていいんだぞ?」
自分にできる精一杯の笑顔をカルマに贈る。彼の瞳にあった何かが消えてなくなるのが見えた。多分、それが彼にとっての最後のタガだったのだろう。
「……っ!」
身体を揺らされ中を掻きまわされる。最初はゆっくりだったそれが次第に激しくなっていきまるで獣のようにカルマが私の身体を貪っていく。
腰を掴まれ突き上げられるたびに痛みと快楽が混じった荒い息が口から漏れていく。
「やっ、んっ、ぁっ、ぁあっ!」
求められている。ただそれが嬉しくて痛みすらどうでもよくなり与えれられる感覚に没頭した。抉られるような感触、肌どうしのぶつかる鈍い音、私を貪る男の荒い吐息。全てが神経を昂らせていく。
「か、るまぁ……ん、ぅっ!! むぅっ!!」
手首を掴まれ布団に押し付けられ、口の中を掻きまわされる。隙間から息が漏れるたびに性愛に満ちた厭らしい水音が唇と下半身から聞こえ、頭がおかしくなってしまいそうな快楽に頭を支配される。
「ぅ、んっ、んぐっ!?」
唾液を流し込まれ思わずそれを飲みこむ。口を塞がれ何度も欲望を叩きつけられる。突き上げられる度に、酸欠で朦朧とする意識が渦のようにかき回されていく。
「うす、いさんっ!」
「な、名前、でよん、でっ!」
全身から汗が吹き出し潤滑剤のようにお互いの身体の摩擦を減らしていく。私の身体とカルマの身体の境目がわからなくなり、まるで溶けてしまったかのような感覚が全身を包む。頭が真っ白になり、わけがわからなくなって両目から大粒の涙が零れ落ちる。
「さち、こっ!」
早くなっていくペース、膨らみ続ける快楽。溺れていく、目の前の男に溺れていく。嬉しくて、気持ちが良くて、もう何もかもがどうでもいい。
「ぁあっ、あ、ぁっ、ぅっ!」
絶え間なく襲ってくる刺激に耐えきれずカルマの首に抱き着いた。掴んだ首は火傷するように熱くて、そこまでして私に夢中になってくれていることが嬉しい。
しかし、その喜びを噛みしめる暇もなく、凄まじい熱量を持ったがカルマのそれが私の中を滅茶苦茶に掻きまわし視界がぐるぐると回転していく。
「さち、こっ、きもち、いい?」
「っ、きもち、いい、よぉ!」
物凄い力で身体を抱き締められ、欲望を叩きつけられる。身体の熱は喉を通って嬌声となってあふれ出す。まだ足りない、もっと欲しい、もっと強く、もっと早く。
「さち、こっ、そろそろ、きついっ」
「かる、まぁ、かぁ、るまっ!」
もう自分がどこにいるのかも、何をしていたのかもわからない。昇りつめていく。限界が近づいていく。
そして、限界は唐突に訪れた。
「……うっ、くっ!」
「っ! んっ、あ、ぁあっ!!?」
視界が真っ白になり、身体の奥から爆発のような快楽の波が襲ってくる。全身の痙攣を抑えることができない。
「……ぁっ、ぁあ……かはっ」
私の身体を抉っていたカルマのそれが大きく脈打ち痙攣する。だが、その違和感すらも大きな快楽のうねりに飲みこまれていった。
「ふぅ、ぁあ、はぁ……」
同時に身体の力が抜け、繋がったまま抱きしめ合う。耳を澄まし荒れ狂う心臓とお互いの死にそうなほどに荒い息を聞く。
「臼井さん、好きだよ……」
「私も……大、好き」
肩で息をしながら見つめ合い、優しく口付けを交わした。こうして、私の初めての性行為は、未だに波打つ余韻と共に幕を閉じたのであった。
「臼井さん、大丈夫?」
しばらくして、まるでフルマラソンを終えた後のように肩で息をしたカルマが私の横に寝転がり訊ねてくる。随分と余裕がなさそうで、それが少しだけ可愛い。
「ああ、気持ち、よかったよ。君は?」
「俺も、頭おかしく、なるかと思った」
「そっか……えへへ、よかった」
余韻を楽しみながら笑うと、カルマが顔をあげて信じられないような目で私を見つめた。
「臼井さん、なんでそんな平気そうなの。体力、ありすぎでしょ。俺まだすっげーきついのに」
「こればっかりは仕方ないさ。というか、私だって結構疲れているんだぞ」
とは言ったものの、まだ肩で息をしているカルマに対して、私は既に呼吸が整いつつあった。物心ついた時から戦場で鍛えられてきた私と、平和な国で暮らしてきたカルマとでは地力が違うのは仕方がない。
「まあ、後五回くらいしても余裕だろうけど」
若干盛っているのは秘密だ。実のところ私もかなり体力を消耗しているが、いつもより余裕のなさそうなカルマが可愛いので秘密にしておこう。
「嘘でしょ? 今度、臼井さんとエッチするまでに体力つけとかないと」
疲労と余韻によっておかしくなっているのか、普段なら絶対に言わないだろう言葉まで飛び出す始末。私のためにここまでなってくれているのが愛らしくて仕方がない。あの教室にいたころはこんなに愛嬌のある男だなんて思いもしなかった。
「なら、楽しみにしておかないとな……」
微笑みながら汗ばんだ赤髪をやさしく撫でる。いつもなら撫でられる側だけど、今日くらいは撫でてみたい。
「……そういうの、男のプライド的にきついから止めてほしいんだけど」
「あ、すまない」
「けどまあ、臼井さんにされるなら別にいいや……」
そう言って身体の力を抜いて私のされるがままになる。こんな情けない姿を見れるのも私だけ、それが嬉しくてたまらない。
「なあ、今度から二人きりの時は祥子って呼んでくれないか?」
臼井さんという呼び方も嫌いじゃないけれど、行為の際中に名前で呼ばれた時、それはそれは嬉しかった。願わくばずっと名前で呼んでほしい。そう思うのはわがままなのだろうか
「そっか、後何年かしたら臼井さんじゃなくなるし、ねぇ……」
「え、それって……あれ、カルマ?」
何か凄いことを言われた気がして聞き返したが、返事の代わりに聞こえたのは寝息だった。顔に掛かっていた髪をどかし顔を覗き込む。
「……寝てしまったか」
しばらく寝顔を見つめていると、唐突に眠気が襲ってきた。瞬きの回数が多くなり頭がぼうっとする。もう、このまま寝てしまおう。最低限の片付けを済ませたのち、掛け布団をお互いの身体がはみ出ないように被せ目を瞑る。
「お休み、カルマ」
今日はきっといい夢を見れるだろう。
瞼越しに光を感じ、私の意識は覚醒した。
「……朝か」
目を開けて見慣れない天井の木目を観察する。意識が覚醒していくたびに昨日の情事を思い出し満足感と僅かな羞恥心を心に抱く。そう言えばカルマは? 身体を起こし横で寝ているはずの男に首を向ける。
「カル……って、まだ寝てるのか」
かなり疲れていたのか、もう朝だというのにカルマは未だにその寝顔を私に晒していた。もしいなくなっていたらどうしようかと一瞬だけ思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
「……こうしていると、まるで子供みたいだな」
頬を指でつつく。男にしては弾力のある肌が子供そのもので思わず笑いが零れる。こんな無防備な寝顔なんて、多分彼の両親くらいしか見たことないんじゃないか?
「愛してるぞ、カルマ」
顔を近づけ起こさないようにそっとキスをする。朝一番のキスは、当たり前だけど何の味もしなかった。
以上です。読んでいただきありがとうございました。
付き合ってから身体を重ねるのが早すぎる気がしなくもありませんが、この二人は少しくらいインモラルなほうがそれらしいかなと。お互いに独占欲強そうですし。
ラストのカルマの発言がどんな結果になったのかは番外編14話の通りです。