「ふむ、此処がユーリの職場か」
「はい。そうですよ」
ディアーチェが来てから数日。ユーリがディアーチェを連れて訪れたのは己の勤務先。ディアーチェたっての希望で、その職場を確認しに来ていた。
「それで、空のやつの職場は?」
「空は通信スタッフです。はやてが新しい部隊を作るらしくて、その時の通信スタッフとしても呼ばれてるらしいんです。だから、いつ呼ばれてもいいようにコツコツ引き継ぎ用の資料を作る用意をしているらしいです。……さすがに、すぐに部隊ができるわけではないですから。今のうちに作りかたとか調べてるみたいですよ」
「小烏が、だと?」
「はい。私もデバイスマイスターとして誘われてます。……今の部署も居心地はいいんですけど、それでもはやてのところの方が、もしも前線に皆が出ている場合にも本拠を守るって目的で通信スタッフ含めての装備も整えられるので、空の義手についても進むんです」
「ぐぬぬ……あやつのところにユーリを送るのは不服だが……。それでも空は我が友、ユーリの惚れた相手であれば未来の我が臣下でもあるか……? まあ、それならば、やつの治療になるのであれば……」
ディアーチェは本当に嫌そうに、呟く。はやてのことを認めてはいるのだろうが、それでもどうしようもなくあのゆるさというか狡猾さというか。そういった気性の面で認められない何かを感じ取っているのか、あるいはただの照れ隠しか、そんな類だろうとユーリは思う。少なくとも、実力面では確実に認めてはいるとユーリは理解していた。
「ユーリちゃん、その子は?」
「主任」
「む、主任ということはユーリの上司か」
「ええ。初めまして、お嬢さん」
がっしりと握手をする二人。何かで通じ合ったようだ。
「我はディアーチェという。ユーリの……なんと言えばいいか」
「ディアーチェは王様ですよ?」
「王様?」
「う、うむ」
初めて出会う人間。それも彼女たちの関係に対する事前知識を全く持たない人物に説明するとなると難しい。そのためディアーチェも言葉に詰まる。
「王様……ってことはもしかして、ユーリちゃんと同じ?」
「うむ。我も、ユーリと同じ類の
ユーリの王様という発言から、ユーリという魔導体と同種、あるいは上位種だと判断した主任の言葉をディアーチェ自身が肯定する。その言葉を聞いて、主任はユーリの耳元に口を近づけて
「ユーリちゃん、大丈夫? あの子も同種ってことは一緒に住んでたりするんでしょ? もしかしたら彼のことをディアーチェちゃんも好きなのかもよ」
「えっ」
一緒に住んでいるわけではない。紫天の書というものを中心として存在する四基ではあるが、ユーリ以外は先にエルトリアに向かっている。けれどそれを知らない主任からすれば、八神はやての守護騎士のような存在、あるいは使い魔のような存在として見ている。だからこそ、一緒に住んでいると判断することはおかしくはない。
けれど、そんなことよりもユーリにとっては後者の話の方が重要だった。
「ど、どういう事ですかっ!?」
小声ながらも焦っている様子がよくわかるユーリの様子。その姿に主任は神妙な顔をする。
「だってそうでしょ? ユーリちゃんが好きになるような相手なのよ。ユーリちゃんと同種のディアーチェちゃんが好きになったとしてもおかしなことじゃないでしょ?」
「そ、それは……ない、とは言い切れませんけど」
「だったら、頑張りなさい。全部終わった後に嘆いても遅いのよ」
「は、はいっ!」
それを、少し離れたところで見ていたディアーチェは
「いや、我は別にあやつのことは好きではないのだが」
さすがに話す中で声が大きくなっていたのか聞こえていたようで。そう言葉にしたのだが、それは二人に届くことはなかった。
「それで、空は今日もいつものように、かい?」
「ああ」
空は、無限書庫に。いつものように、とユーノがいうように彼が資料を探す姿は手馴れているといっても差し支えない。その手に握られているのは片手での生活における諸々のことが書かれている本。
「でも、それにしては今日は違うみたいだね」
最近、空は無限書庫に来ることがなかったのだが、その間に何かあったのだろうかとユーノは思う。彼の視線の先にある、空の持つ本はそれだけではなく、片手しかない状態での体の鍛え方を書かれた本なども。無限書庫の蔵書の多さに今更ながらも驚きを新しく得て、それを彼が選んだことに対して多少の喜びをも滲ませている。
「ああ、まあな。……あいつ、瀕死の重傷からも治ったんだろ? ……だったら、そこまで可能性は高くないだろうけど、もしかしたら……」
「ああ、うん。治せるようになるかもしれないね。なるほど、だからか」
彼がこれまで探していたのは、己の失った左腕を取り戻す方法と、壊れたリンカーコアの修復方法。その答えは見つかることはなかった。けれど今、求めていた形とは違う義手という形ではあるが、左腕を取り戻せるかもしれないという事実、そして壊れかけから復帰した高町なのはという実例。それが、彼の中で「これから」についての考えを起こさせることになった。
「ああ。治ったところで、体が鈍っていたら復帰なんてできない。だから、その時のためにも体を鍛えておかないとダメだろ」
これまでは過去のことを追い求めていた空が、完全に取り戻しきる前ではあるが多少はそれを取り戻した未来を思い描けるようになったことで、未来について考えることができるという事実。それが、長年の友人であるユーノからすれば嬉しかった。
「そういえば」
「ん? どうかしたのか」
「いや、もしも治ったらユーリのことはどうするつもりなのかなって」
そこまで特別なことを聞いたつもりはユーノにはなかった。治った後、すでにユーリの介護を受ける必要がなくなった後の未来、その時にユーリのことをどうするのか。もしも捨てるというなら、それはやはり友人としては「意志を持ち、互いに思いを交わし合うことができる相手」を使い潰してそれでおしまい、にしようとするのは止めねばならないと思っていた程度。
「…………え?」
だけど、そんなことを考えてもみなかったという空の姿は、さすがに予想外だった。
「もしかして、考えたこともなかった……?」
「あ、ああ……」
そうだ。空の中では考えが及ばなかったが、治った場合はユーリがいなくなるのだ。少なくとも、これまでは治る見込みがなかったから考える必要がなかったこれも、今となっては考える必要が出てきた。その事実に、空はようやく気がついた。
「少なくとも、その時になってみないとわからないだろ。……まあ、一つだけわかってることはあるけど」
「わかってること?」
「治ろうと治るまいと、あいつが俺から左腕を奪ったことには変わりない。その現実だよ」
「……ああ、うん。それもそうだ」
その言葉はどういう意味か。奪った相手だからこそ、そばに置いておきたくはない、ということなのか。それとも奪った罪悪感に漬け込んで何かを命じるのか。それとも別の何かか。それも、実際に治った時になってみないとわからないことではある。その時になって新しく二人の間に関係性が築かれるのか、それとも二人の間柄が完全に崩れてしまい二度と関わらない二人になるのか。
「ただ、僕としては二人とも後になってから『この形を選んでよかった』って思える形であればいいなと思うよ」
わからないままに、わからないからこそ、二人の未来が幸せなものであることをユーノは祈り微笑んだ。