「はい、あーん」
ユーリが、料理を空の口に運ぶ。すでに退院したが、だからと言って空の腕が戻ってくるなんてことはなく、これまでとは違って腕がない以上はありとあらゆる行為にユーリの手助けが必要となってしまっている。仕方のない状況ではあるし、そこに喜びを見出すのは不謹慎だとわかっているが、それでもユーリは恋人のように振る舞えることが嬉しくてしょうがなかった。
「……」
対する空は無表情のまま。ユーリの手助けを受けることに苦虫を噛み潰したかのような表情も、ましてや喜ぶなんてこともなく。無表情のまま、ユーリにされるがまま。明確に嫌がるわけでもなく、ただ、されるがままにあることに対して文句を言わないので、ユーリからしても拒まれている、という感覚が薄い。
「ユーリ」
「は、はい! なんですか……?」
名前を呼ばれ、びくりと体を震わせる。恋人気分を一瞬で散らされる。何を言われるのかと戦々恐々としているのだが、空の顔からは言いたいことを読み取れない。いつも通りの抱かせろという発言なのか、それともまた別の何かなのか。続きを待つ。
「前言ってた義手って、もうできてるのか?」
「い、いえ。まだ、ですけど……」
「……そうか」
そこで会話を終わらせる空。けれど、別に聞くなという雰囲気を出しているわけでもなんでもない。故にユーリは少し踏み込む。
「えっと。それがどうかしたんですか?」
「……別に。両腕がないままだと違和感があるってだけだ」
「はい。それならできる限り早く作りますね」
にこりと微笑むユーリ。腕を失った時点で空がユーリを頼らないといけないのは事実だが、こうして明確にユーリを頼るのは彼女の覚えている限りでは初めてで。言葉にされた嬉しさに、ユーリの中でやる気が湧いてくる。
「空、これもどうぞ」
だが、今は食事の最中。それも、空に食べさせる時間である。空のことを放り出してしまうとそれこそ追い出されかねない。いいや、追い出されることはさすがに今の状況ではないだろうが、それでも悪感情を抱かせるだろうことは浮かれているユーリでもわかる。よって、微笑みながら空に対して夕飯を食べさせるのだった。
「なんだか最近ユーリに対して甘い気がする」
「……いきなりどうしたのさ?」
数日後、空はたまたま休日だったユーノのところにやってきて開口一番そう言った。
それに対して訝しげな瞳を向けるユーノだが、空からしてもわざわざユーノに対して言葉にした理由はあるのだ。
「この間のユーノとの会話。あれ以降ユーリに対して甘くなった気がする」
「いいことじゃないか。これまではただの加害者と被害者だったのに、今度は空から歩み寄ろうとしてるってことだろう?」
「いやいや、そんなわけないだろ。ユーリに甘くなって、あいつがもしも自分が加害者だってことを忘れて行動するようになったら……」
「その時はその時じゃないの? 別に、介護をしてもらう相手がユーリでないといけない理由は何もないんだし」
ユーノの言葉に空は黙る。ユーノはユーリの性格的にそんなことはないだろうとは思っているので無用な心配だと信じているが、空からすれば色々としている身であるので彼女が見捨てる理由としては十分だと思っている。この間、ユーリに加害者と被害者だという関係性を刷り込んだの事実だが、だからと言って彼女がそれを大したことだと思わなければそれでおしまいなのだから。
「いや、それはそうなんだけど……」
「じゃあ何が気にくわないのさ」
「加害者と被害者って関係性が崩れているような……」
「友人なんだし問題ないんじゃないかな?」
「ううむ……」
「それとも、ユーリじゃないと嫌な理由でもあるの?」
「どう、なんだろうか?」
ユーノの言葉に、答えを返せない空。
「……というか、どうして僕に尋ねるのさ?」
「いや、さっきも言っただろ。お前との会話からそうなったんだって」
「僕との会話って……あれ? あの、空の腕が治ったらどうなるかって話?」
「おう」
それを聞いて、ユーノはなるほどと頷く。そうして考えを巡らせ始める。
あの時話した内容は「左腕が治ったらどうするのか」という話。今の空のことを考えると、その場合は右腕もどうにかする必要はあるが、そこに関してはユーリは一切関係ない案件だからこそ、そこには関わらないとする。
空がユーリにそれでもと世話を頼む姿は思い描けないし、だからと言ってユーリがそばにいない空の生活というものを思い描くこともできない。ならばどういった形でなら空のそばにユーリがいるのか、という話になるとやはり恋人という形が一番思いうかべやすい。
だが、だからと言って空が告白するように思えない。ユーリも、空の腕を奪った事実が邪魔をして告白できるとは思えない。
「ああ、いや。ひとつ聞き忘れてた」
「なんだよ」
「空自身は、左腕が治った後もユーリと一緒にいたいの?」
「……どうだろう。そもそもあいつがいない状況が考えられないっていうのは事実だけど」
「だけど?」
「それだって、ずっとあいつと暮らしていたからってだけだろうし」
「でも、そばにいて欲しいんでしょ?」
「……いないと調子が狂うのは事実だな」
「なら、それを伝えればいいんじゃない?」
どう考えても『一緒にいて欲しい』と告げるのは告白にしか思えないが、それでもとユーノは告げる。その理由は
「今の関係性だって、結局はユーリの厚意によるものでしょ?」
つまり、いつ終わったとしてもおかしくはない代物なのだ。外部から見れば。
「でもなぁ……どう考えてもその発言って、客観的に見たら告白じゃないか? 俺、別にあいつのことが好きってわけじゃ……」
そのこと自体は空も認識しているのか唸る。唸るが、そんな言葉を口にする。そもそも、今の彼にはこの思いが好意なのかどうかすらわからない。少なくとも、その内側には左腕を奪った彼女への憎悪が今も燃え盛っていることはまぎれもない事実。だが、それ以外に関しては何もわからない。彼女と初めて出会った時のような、燃えるような恋心のようなものはすでにない。
「どうするべきだろうなぁ……」
「いや、だからとっとと告白しなよ。恋愛とかじゃなくても、そばにいて欲しいってことには変わりないんでしょ」
いい加減にして欲しいという気にすらなる。ようやく見えた、二人の関係性を回復させる階。それを逃すわけにはいかないとすら微妙にはやってすらいる。
「いやいや。そっちの方が難易度高いだろ。俺のこれまでの行動を知ってて言ってるのか?」
「でも、それぐらいしかすることないんじゃない?」
「……いや、待て。よくよく考えてみたらユーリに甘くなってることを問題視してるだけなんだから、普通に無視してしまえばいいんじゃ?」
「できるの?」
ユーノからすれば精神的な部分を理由としての質問だったのだが、空からすればまた別の意味を持って聞こえる。空は感情的なところは無視して「それをしてしまえば意思疎通が不可能」となることを重視する。確かにそう考えたら、両腕がない以上は無視することはできないな、という判断が空の中では大きくなる。
「いや、無理だな」
「でしょ」
いい加減諦めてしまえよというユーノの目。それに気がつくことはなく空はううむと唸り続けるので、ユーノはこれはまだまだかかりそうかな、とため息をつくのだった。