少女は走る。ただひたすらに森の中を走る。足が悲鳴をあげても、体力が限界を迎えても走らなければならない。後ろの追っ手に捕まったら最後、何をされるかはわからない。後ろから魔法を発動する音が聞こえる。詠唱とともに発射される魔法を華麗に避けながら走り続ける。
「待て異端者!」
「待てと言われて待つ人がいるかな」
森を抜けるとそこは崖だった。気を抜いて立ち止まると、後ろから放たれた弓矢が足に当たった。
矢を抜いたが、思うように体が動かない。痺れ薬が塗ってあったのだろう。少女はふらつき、そのまま崖の下に落ちた。
「仕留めた!」
「馬鹿!あいつ崖に落ちたじゃねえか!」
「いいんじゃないか?どうせあいつ殺す運命だったし」
「そうだよな。所詮はダークエルフ。そう長くは生きられまい」
笑いながらそう言うと追っ手は街の方に引き返して行った。
〜
「ブフォッ」
「これで依頼は完了か」
獲物の首に槍を突き立てると旧は依頼人の所に連絡を入れた。今回の依頼は増えすぎた猪の駆除だった。この猪は獰猛かつ街の農作物を食い荒らすことで有名だった。この依頼に最初は乗り気じゃなかったものの、猪の肉と金で釣られ今回の依頼を引き受けた。
「前の依頼で腐らせた肉が役に立ったな。帰るか…ん?」
ふと上を向くと何かが垂れ下がっていた。それは人の足のように見えた。多分死体かなんかだろう。
「木の上に死体とは中々凝った殺しをする奴もいるものだな」
足を引っ張る。その足の正体はダークエルフの少女だった。少女はやつれており、息はあったが放っておけば死んでしまいそうだった。旧は見捨てるかどうか考えた。少女を助けたことにより、何か自分にメリットがあるのか。5分程考え、取り敢えず事務所に持って帰るとことにした。
事務所に戻ると少女をソファーに寝かせ、先程狩った猪でスープを作った。
「ここは…どこ?」
「起きたか、小娘よ。取り敢えずこれ作ったから食べろ。異形が作ったもので悪いが」
「異形?何を言っているんだい?君は世間一般でいう老人じゃないか」
「ほう、小娘もそっち側の生物<モノ>か」
一般人には旧の姿は見えない。しかし忌たる者だけは本当の姿を見ることが出来るのだ。忌たる者とはこの場合、世間からは隔絶されている者、身内殺しを経験した者を指す。この少女はその中のどれかに含まれているようだ。
「そっち側って何?僕何かしたのかな?」
「少女よ、もしかしてはぐれ者ではないか?」
その問いに少女は少し青ざめたが、その後何事も無かったように返答をした。
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「やはりか。ダークエルフは基本的に忌み嫌われている。その中でもはぐれ者とは。少女よ、一体何をしたのだ?」
「黙れ!」
少女は掌をこちらに向け青白く光る光弾を放った。それは旧の顔面を貫いた。顔に風穴が空いたが、数秒もしないうちに元の形へと戻った。
「僕の攻撃が効かない…?」
「まぁ、一応こう見えても不死身だからな。今の攻撃くらいだったらすぐ治せる」
「君は一体何者なんだ?」
「だから異形だよ。異形。聞いたことないか?」
「聞いたことはある。残虐非道な闇の執行人という噂だけど」
「あながち間違っちゃいないな。既に何人も殺してるしな。執行人とはちょっと違うが」
旧は煙草に火をつけ今迄の経緯を話した。少女は半ば信じられないような顔をしていた。
「その<寄生>という能力は所謂、マインドコントロールと同じようなものなのかい?」
「そういう認識で構わない。ところで、儂の情報だけ喋るのはフェアではないのではないか?そろそろお前の情報が知りたいのだが」
「自分から話しておいて何を… まぁいいや。爺さん。機械魔法って知ってるかい?」
「聞いたことないな」
「だろうね。機械魔法というのは通常の魔法とは違って破壊に特化した魔法なんだ。普通の魔法にプラス機械の要素が加わって強くなると言うわけ。その分代償は大きいけど」
「代償ってのは何だ?」
「この魔法、使うとクールタイムが必要になるんだ。時間は約20秒。この隙に攻撃されると確実にやられる。僕はそのクールタイムを2秒にまで縮めた」
「それは凄いな」
「凄くないさ。そのせいで体の一部はこうなったし」
少女は旧に背を向け服を脱ぎ出した。少女の背中には電子回路のような模様と文字がびっしりと刻まれていた。旧はそれに見覚えがあった。以前読んだことがある禁断の魔術書に書かれていた文章と全く一緒だった。
「なるほど。この文字を刻んだばかりにこっち側に来たという訳か」
「そう。僕はこの文章と記号を刻んだことで異端とみなされた。親からは見離され、ダークエルフの恥として村を追い出された。僕は君と一緒で嫌われ者さ」
少女は自嘲気味に笑った。その笑いにはどこか寂しさと諦めの感情が入り混じっているような気がした。旧は少女の今の状況に慰めを入れようとは思わなかった。
「爺さん、図々しいけど頼みがあるんだ」
「引き受けないぞ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「大方予想はついている。仲間にしてくれ、とか言うつもりだろう?生憎今は受け付けてない。他を当たれ」
元々この仕事は一人でやるのがベストである。恨まれるのは自分一人でいい。これを他の種族にやらせるわけにはいかない。旧は少女の願いを一蹴し、地面に転がっている新聞を読み始めた。
「駄目…かな?」
少女は旧に向かって四つん這いで近寄り、胸元をはだけさせた。胸は小さいながらも谷間を作り、旧の視線を捉えた。未発達だがそれは発展途上であることを主張するような胸、汚れのない桃色の乳首はまさに世の男たちを魅了するであろう。しかし旧はある事に気が付いた。その谷間に魔法陣が展開されていたのだ。この魔法陣は見た者の視神経を焼き殺す効果のあるものだ。まだ発動していないが発動すれば相手に致命傷を与えるのは確実だ。
「なるほど、ハニートラップか。しかも従来のものとは違いその視線を捉えた者の目を失うように出来ているな。それも機械魔法か?」
旧は<寄生>でハニートラップは使えるものの、やはり男だからかベタなものしか使えない。しかしこの少女がやったものは、ごく自然にかつ男に媚びるようなものだった。
「正解。どう?使えそうでしょ?」
「わかった、少し待っていろ」
旧は鞄の中からドス黒い液体の入った試験管を取り出した。それは液体のようで固体でもあった。揺れてもいないのにうにょうにょと蠢く様子には少女も引いていた。
「何…これ」
「儂の血液を抽出して煮出したものだ。要は不死身の薬だ。これを飲まない事には仕事仲間としては受け入れられない」
「不死身である必要なくない?この仕事一応何でも屋だよね?」
「死んだら手駒が減る。そしたら儂が困る。あと死なないと分かったらどんな危険な仕事でもできるだろ?」
「前者の意見はともかく確かに死なないと分かったらなんでも出来るね」
少女は試験管を受け取り中身を飲み干した。味は生臭い血液の味がした。飲んだ直後全身に激しい痛みが襲った。痛みに耐えることができずそのままうずくまる。その痛みは今までに味わったことのない形容しがたいものだった。
「ぐぅっ!?ぁ"ぁぁっ!」
「5分間耐えろ。そしたら痛みは鎮まりお前は不死身となる」
その地獄ような痛みは確かに5分後に鎮まった。10分も経つと力が戻り、立てるようになった。
「合...格かな」
「あぁ。ようこそ。この世の終わりを見る者よ。儂はここの事務所の管理人の旧と申す。呼び方はなんでもいい。お前の名を教えよ」
「僕の名前はミヤビ。ミヤビ-ラナントサカが本名。性別は女」
「ミヤビか。良い名前だ。これからよろしく頼むぞ」
旧は平静を保ちつつミヤビに手を伸ばした。ミヤビは迷いなくその手を取り握手した。その手には魔法陣も展開しておらず、生物としてではない悪魔の温もりだけがあった。
「呼び方か…じゃあ族長(オサ)と呼ばせてもらうよ」
「いいのか?そんな大層な名前をつけてもらって。儂は元人間の屑野郎だぞ?」
「いいの。貴方は僕の師と同じくらい優しいから」
「儂は優しくなどない。優しかったら出会った瞬間、お前を受け入れる筈だ」
「でも何だかんだ言って受け入れてくれたじゃん。凄く感謝してる。あの時感情に任せて魔法撃ってごめん」
「謝るな。儂も少し意地が悪かった」
そう言うとお互いにクスリと笑った。些細なことで笑うのはもう何年ぶりだろうか。今まで殺しや強奪、たまに人助けもしたが、何も楽しいとは感じなかった。そんな環境にいたせいか笑うという感情は微塵も湧かなかった。だからだろうか。普段なら流すような空気のところでも、笑いが起こってしまうのは。
「部屋はここの空き部屋を使え。狭いが我慢してくれ」
「了解。あとさ、ここに実験用具はある?」
「あるぞ。使え」
「ありがと」
机の上に置いてあった実験用具一覧をミヤビに渡す。ミヤビは受け取ると一言今日は外出ないとの旨を伝えた後部屋にこもった。旧はその行動に苦笑しながら煙草を吸いに行った。
〜
(忌み子が近寄るんじゃないよ!穢らわしい)
(お前はもうこの家の子ではない。出て行け)
僕は生まれた時から嫌われていた。親に忌み子という理由だけで虐待を受け、近所の子供達からは石を投げられる始末。心身ともにボロボロで今にも死んでしまいそうなその時、救世主は現れた。
「大丈夫か?」
「おじさん近づかないほうがいいよ。僕は忌み子だからね」
「何を言っているんだ。とりあえず俺の家来い」
その人間のおじさんは僕を家に上げた後カビてないパンと温かいスープを振舞ってくれた。僕はおじさんに色々聞いた。仕事とかどうして助けたのかとか。仕事は復讐屋をやってるらしく、助けた理由は特にないらしい。機械魔法を教えてくれたのも彼だ。
「本当にあの術式を彫るのかい?そしたら君は只のダークエルフには戻れないよ?」
「いいんだ。僕はもう堕ちるところまで堕ちるしか道ないし」
おじさんは渋々僕の背中に禁忌の術式を彫ってくれた。掘り終わった後、僕はおじさんに礼を言い家を出て行った。そして復讐を開始した。まずは両親だ。元自宅の前へ行き、インターホンを押す。
「はーい。ってお前!?」
「今までありがとう、糞親父」
僕は迷わず父に向かって魔法を発動させた。頭部は破壊して、そのまま倒れる。人を殺したという感覚に恐れつつも、同時に恍惚を覚えていた。間髪入れずに奥から出てきた母親に先ほどと同じように光弾を撃ち込む。光弾は体に当たり、四散する。それを見計らうと次に家に火を放つ。そうすると近所の人間が野次馬のように見にくる。それを見計らい、次の魔法を発動する。
「"血塗られた箱庭"<ブラッドガーデン>」
そう唱えると近所の人間の足元に魔法陣が展開し、下から鉄剣が飛び出した。当然避けられるはずもなく、串刺しとなる。少女の眼下に広がっていたのは地獄だった。自警団が来て応戦したが叶うはずがなかった。
「"機関銃の兵隊"<マシンガンアーミー>」
地面に魔法陣が展開され、そこから機関銃を持った機械人形が自警団を攻撃する。障壁で守るも銃弾の量で押される。自警団はあっという間に壊滅した。
「最っ高…!!!」
この状況を見て少女は思わず絶頂した。村は機械人形が出た五分後に壊滅した。他の人間からは僕はどう見えただろうか?悪魔か?そんな事を考えながら僕は村を出て行った。
〜
(おい、ミヤビ)
「…」
「ミヤビ、聞いてるのか?」
「あぁごめんごめん仕事だね」
「そうだ。今回も殺しだ」
「うん、わかった」
こうして僕はまた、また一つ罪を重ねていくのだ。
暇があればまた投稿します