話を聞いている間、アルデバランは無言だった、あのとき。自分の妻の具合が悪くなったこと、その原因を聞いて驚いたのだ、だが、今の妻は元気だ。
少し前なら、終わった事だと自分の心に折り合いをつける事ができただろう。
だが、犯人かもしれない人間が城の中に居ると聞いて表情を曇らせた。
「予感はしていたのです」
自分の職務と立場上、妬まれる事もある、中には蹴落とそうとする人間がいても不思議はない。
「犯人は何故、妻に」
知ったところで今更だ、しかし、感情が追いついていかない、その表情に医師は首を傾げると今となっては、はっきりと答えを出すのは難しいと呟いた。
「結果か欲しいと思っていたのかもしれない、君の奥方が近くにいた、毒を飲ませやすい、疑われないだろうと思っていたかもしれない、それを使って別の誰かを殺すか、傷つけるか、その為に試してみたかった」
「城には大勢の薬師がいますが、だとしても」
「可能性はないとはいえない、だが、立場のある人間の奥方に、そんな簡単に飲ませる事ができるかな、それに疑われる可能性も高い」
アルデバランは、ほっとした表情になった、薬師の中には自分と仲のいい者もいる、疑えばきりがない。
「君の奥方は運がいい、毒も薬も個人の体質によっても効果が違ってくる、ほんのわずかな量で致死に至る事もあれば、効果がないということもある、ハーブティーが好きらしいな」
医師の言葉にアルデバランは頷いた、貴族の奥方は他所の国から取り寄せた酒や高級な茶葉の紅茶などを好むのだ、だが。
「妻は紅茶や果実水より、森の中で取った草木のハーブティーが好きで」
毒を消す効果を持つ草木もある、医師の呟きは小さなものだったので、アルデバランの耳には届かなかった。
自分は幻覚を見ているのか、どういうことだ。
部屋の隅には灰色の狼が、窓のカーテンには一匹の猿がしがみつくようにして、こちらを見ていた。
一体どこから入ってきたのか、急いで人を呼ぶ、ところが、誰かが部屋に入るなり、その姿は消えてしまう、もしかして、どこかの魔術師が、自分に幻覚を見せているのではないかと思ったが、部屋の中には痕跡、魔法の残り香もないと言われて困惑した。
「王子、お疲れなのではありませんか
そう言われて、ここ最近、確かにと思う、未来の王になる為に日々、家庭教師屋魔術師達二習って勉強している。
だが、ある晩、眠っている最中、気配を感じて眼が覚めた。
窓が開いてそこにはドラゴンがいた、赤い鱗に包まれた人間の大人より、少し大きいぐらいのドラゴンだ。
頭の中に男の声が響いた。
病気、寿命、薬、毒、何が彼女を死に至らしめたのか。
この世界の人間ではないから、死んだのだと思っていた、ずっと、そう思っていた、 だが、ようやくわかった。
おまえが彼女を殺したんだ、許さない。
「夢を見たのよ、ドラゴンがね」
「おいおい、他の男の事を、こんなときに」
「ブラッドじゃなかった、赤い鱗の大きなドラゴン、背中に誰か乗っていたの。
自分は高いところが苦手だからと呟く女の口元に黒く長い指先が、そっと触れた。
「ゆっくり休んでくれ、体か再生して元通りになるのに時間がかかる、ドクターは、この世界の空気が君にあっているというが、昔のことなど」
「忘れたわ」
一度、死んで再生するというのは記憶がずれたり、何らかのトラブルがあるというが、今のところ自分にそれはない、ビロードのような艶やかで心地のよい毛皮、ひんやりとした鱗に包まれ、抱かれていると気持ちが良くて安心できる、聖域といってもよかった。
「まさか、息子が私を殺そうとしているというのか」
信じられないと言いたげな狼狽する声に宮廷魔術師は頷いた。
「このところの王子の言動と行動は普通ではありません、決断なさって下さい、王よ」
国が、いや、自分の命が、見えない何かに浸食されていくようだ。
自室に戻った王は窓が開いている事に気づいた。
カーテンが揺れる、いや、人の気配を感じて誰かいるのかと呼びかけた。
そこには赤い鱗のドラゴンがいた、いや、それだけではない。
「ああ、ああっ」
喉の奥から嗚咽にならないかすれた音が漏れた。
「迎えに、いや、恨んでいるのか」
だが、返事はない、当然だ、生きてはいないのだから、彼女もドラゴンも。
あのとき、見たのだ抱きしめたまま枯れていく様を、自分には届く筈がない場所へ行ってしまった瞬間を
開いた窓へ向かって歩き出す、永遠の場所がそこにある。
手の届くところに、今度は自身も行けるのだ。
後戻りはできなかった。
国が崩壊する時は迫っていた。
」
「