街に見慣れる者達が増えてきた、亜人という種類だ、コボルト、ゴブリン、人ではない者が人間の女に産ませ
た者達は体こそ成人した人間の男性並み、いや、それ以上の者もいる、だが、知恵が足りない事がわかってから
人間は彼らを奴隷として扱う様になった、逆らうことができないように従属の首輪や腕輪をつけてだ。
食べ物も逆ら、反抗する事を恐れて最低限のものしか与えないようにした。
これによってアーシャナ国の生活は向上した。
近隣国との諍い、戦争にも亜人達を兵として出兵させた、人間相手なら負ける事はない、だが、数年後ある事
件が起きた。
街に一人の亜人が現れた、泥と血、異臭をまとった亜人は従属の首輪をつけていなかった。
驚いた街の人間の城の騎士団に知らせ、駆けつけた数人の兵は亜人を捉えようとしたが、亜人は怪我をしてい
るにもかかわらず、五人の兵士をたやすくねじふせた。
それも殺すのではなく、怪我を負わせただけだ。
足を、腕の骨を折り、兵の持っていた剣を奪い、片目に突き刺し、心臓とは反対の胸に突き立てた。
「どうした、これで終わりか、人間」
兵達は驚いた、亜人が喋ったのだ、それも自分たちと同じ言葉を、兵達の足は震えた、亜人は人の言葉を解す
る事などできないと思っていたのだ、そして、この時、兵達は、いや、人間は知った。
自分たちでは勝てないと悟ったのだ。
大国に名を連ねていたアシャンという、この国は自分たちの力のなさ、無力という言葉を初めて知った。
だが、この事件は公にはならなかった、兵や民に厳重に口止めをしたからだ。
それから数年が過ぎた。
ここ最近、商人や異国から様々な人間が色々名国からやって来る、そして、この国、アシャンは厳しい。
入国の際には目立つようにギルドから購入した鑑識の札、もしくは本人の国からの推薦がなければ入ることができないのだ。
城の騎士団に努めている騎士、カヴァルは今年で四十になったのを幸いに、騎士という仕事をやめた。
心底、この仕事が好きという訳ではなかったし、食べていく為に探していた仕事の適性があったというだけで未練はなかった。
だが、カヴァルは剣の腕もそこそこなので、団長は彼に街の警備隊として働く様に勧めた。
子供には恵まれなかったが、女房を病気で亡くしている男は、考えた末、この仕事を引き受けた。
不審な、明らかに不法入国とわかるものを見つけたら報告し、城の近くにある詰問所へ連れて行くというだけだか、中には抵抗し、逃げようとする者もいるので警備員の中には怪我をしたりする者も少なくない。
決して簡単で楽な仕事ではないのだ。
カヴァルが声をかけると相手は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
髪の色は光に透けて、赤、いや、薄い茶色、肌は白く、目は黒い、明らかに他所の国から来た人間だ、来ている服も変わっている、白いシャツにズボン、ズボンだ、女なのに。
思わず相手の顔をまじまじと見てしまったが、はっとしてカヴァルは相手を問いただした。
「旅行だろうか、すまないが、もし、そうなら、旅券を見せてくれないか、確認したいんだ」
だが相手は黙ったままだ、もう一度、カヴァルは繰り返した、するとわずかに首をかしげた。
この時、カヴァルは初めて気づいた女は耳が、いや、言葉がわからないのか。
女の顔を見つめたまま、どうするかと思ったとき、気配を感じて振り返ったカヴァルは驚いた。
自分のすぐ後ろに、獣人が立っていたのだ。
アシャンでは獣人という存在は珍しい、カヴァルは昔、戦争で獣人を見た事があった。
だが、今目の前にいるのは、今まで見た事のない獣だ、大きな猫を思わせるような、いや、肉食の獣だ。
その目つきは相手を見透かすようだ、片目目は金、反対の目は深い青色だ。
しかも服を着ている、全身、ぴったりとした、黒い布ではない、金属の様な不思議に光沢を持つ服だ。
「彼女に、何か」
自分に尋ねている事にカヴァルは、あっけに取られた、言葉を話していることに驚いたのだ。
「旅券、必要とは言われなかったがね」
獣人は頭 軽く掻くようにして困ったなと呟いた、だが、それはカヴァルもだ、こんな事は初めてだ それに普通の扱いをして何か問題が起きたら面倒な事になる。
「宿に泊まっているのですか」
「ああ、森の入り口に近くにある」
森の入り口、あんな場所に宿があったか、嘘を言ってるのではとカヴァルは思ったが、それを今、口に出すことは躊躇われた。
「では、行こうか」
獣人の声に女が頷く、歩き出す後ろ姿をカヴアルは黙って見送ったが、途中、獣人が女の腰に腕を回し抱き寄せる姿に驚いた。
事の次第を城に報告しなければならない、何かが起こりそうな気がすると思いながらも、それがなんなのか、カヴァルにはわからない。
ただ、不安しかなかった。