部屋に通された男は目の前の相手、ブラッドと名乗る相手を前にして緊張していた。
「これをどうぞ、我が国の通行許可証です」
「ありがとう、しかし、簡単ではなかっただろう」
その言葉、いかにも含みのある言い方に男は改めて実感した、目の前の相手はドラゴンの姿をしているが、別の生き物だということを。
諸外国には大きさ、寿命を遙かに人を越えたドラゴンが存在する、だが、それらは殆どは人と接する事、会話も望まないので意志の疎通、理解することも難しい。
だが、目の前にいる相手は違う、まるで自分たちと同じ人間、いや、それ以上なのだということを、この数日で改めて実感した。
「君の妻のことだが」
「わかっています、病気が治ったという事は秘密です、勿論、王にも、ただ、魔法ではないということですが」
「ああ、説明は省かせてもらう、だが、いつかはばれるだろう、そうなったら色々と聞かれるだろうが」
確かにと男は頷いた、自分の妻は初めての妊娠で子供が流れてしまった、健康体であったのにだ、理由は簡単、毒を盛られたのだ。
犯人を追及する事をしなかった、相手が今度は妻を狙うかもしれないと考えたからだ。
「そのときには、私が出る」
男はわずかに顔を曇らせた、大丈夫だとは思う、だが、この数日で感じたのは目の前の相手が目立つ行動を極力避けているからだ。
そんな自分の気持ちを察したのかもしれない、こちらの流儀でという返事がかえってきた。
男が頷いた時、ドアをノックする音がした。
「どうした、顔色がよくないな、ブラッド」
「そう見えるか」
返事をしながら、何故、この男が来たのかと思った、相手はなかなか用件を話そうとしない。
何かあれば通信手段は幾らでもある、直接、こちらに来るのは、なるべく控えるようにというのが、当初の取り決めだった筈だ。
最初、こちらに来るのは自分とあの女好きの二人だけだった筈だ、なのに、何故、この男が来るのだ。
虎人だが、彼はリヴァイアと呼ばれる、白い毛並みをしているからだ。
「実は、大事な用件があってね」
それを、さっきからずっと待っているのだと思いながら、忙しいのではないのかと嫌みと皮肉を込めたが、相手は軽く頷いただけだ。
皮肉が通じない、いや、わからないのだろう。
「彼女の蘇生を知った者がいて、是非とも来てほしいと言ってる」
「馬鹿な、何を言うかと思えば」
ブラッドは声をあげた。
「子供を生ませるつもりか、その能力は」
「彼女の血を人間に輸血したそうだな」
「それは凍結した、ここに来る前のものだ、許可も取っている、問題はない」
「確かに、彼女自身の希望もあってのことで特例を認めたらしいが、能力がないと思っているのは君と、あの黒豹の二人だけだ、それに会いたいと言ってるのは狼族のリヴァイァ、それも純血種だ」
「なんだと」
純血のリヴァイア、狼など、思わず犬の血が混じっているんじゃないのか、そんな言葉が出そうになった。
「はあっ」
森の中を散歩すると気分がいいのは空気が馴染んでいるからだという、理由はよくわからない、深く考えるのはやめにした。
生まれ変わり、いや、蘇生したのだと聞かされたときは驚いた。
では自分は死んだのたろうかと思ったが、保存していた細胞と元の体を再現する事が可能になったと聞かされ、深くは考えないことにした。
ノアールとブラッドは、やっと休暇をとることができた、本当は仕事を辞め、退職を希望したが、手続きに時間がかかると聞き、役所仕事の高官勤めともなると簡単にはいかないのだと彼女は実感した。
自分がいた世界、国とは全く異なる世界に来たのは、ここならゆっくりと過ごせると持ったからだ。
「ハル、どこにいる」
腕時計から聞こえてくる声に、ブラッドと彼女は返事をした。
「森よ、散歩だけど」
迎えに行くから待っていろと言われて、不思議に思った彼女は、その場に座り込んだ。
少し疲れたわ、まだ体の調子が戻ってないのかと思っていると、ふと気配を感じた、振り返ろうとしたとき。
「ハル・サクラだな」
と名前を呼ぶ男の声がした。