いずれは、おまえが、この国の王になるのだと子供の頃からいわれ続けていたせいかもしれない、二十歳を過ぎたときに娼館に初めて足を踏み込んだことでカーラン国の王子、ヴァージルは肉体の快楽を知った。
最初の頃は良かったのだ、若いので仕方がないだろうと見て見ぬ振りをしていた周りの者達も強く咎めはしなかった。
だが、それも長くは続かなかった。
そろそろ、お后候補を貴族の娘達から選んではどうかと言われてもヴァージルは首を振ることはなかった。
というのも目当ての女性がいたのだ、しかも娼館の女だ、反対されるのは目に見えている。
周りが自分の意志と関係なく話を持って来る事に辟易していたが、そろそろ、身を固めなければいけないと思ったときヴァージルは、四十に差し掛かっていた。
生まれつき整った顔立ちと長身は目立つし、周りの女達からいつも羨望のまなざしで見つめられ、一晩だけでもいいから抱かれたいと思う女は大勢いた、だから、結婚などいつでもできると思っていた。
父親である現国王が夕食の席で倒れたのをきっかけに、ヴァージルは改めて自分の立場に不安を抱いた。
それまで国の事に無関心だったわけではない、父親の側近だった者達を集めて、これからのことを考えなければならないと話し合いを始めるがなかなか思うように進まない。
そんな中、宰相のアルデバランが辞めたいと申し出てきたのは予想もしないことだった。
妻の体調が思わしくなく、この際、国を出て療養に専念したいと言われてヴァージルは悩んだ、国の為には多少の犠牲はつきものではないか、その言葉を口にした時、他の臣下達からの視線に彼は初めて気づいた。
宰相の妻の体調不和、その原因は子供が流れたことだ。
だが、それは城の中で起きたことだ、その原因をヴァージルは詳しくは知らない。
「しばらく待ってくれないか」
と、その場で言ったものの、数日たっても答えは出ない。
思慮深く、時として先走り暴走する王の側近、貴族達を押さえるという役割は簡単なものではない。
病弱な妻がいなくなれば、思わず、そんなことを考えてしまう。
だが、悩んでいても答えはなかなか出ず、ヴァージルは直接、頼むことにした。
事前に訪問することを告げればいいのだが、このとき、ヴァージルは作法や礼儀など構う事はないと、半ば追いつめられた気持ちになっていた。
突然の訪問に館の召使い達が驚いたのはいうまでもない、アルデバランは留守だったが待たせてもらえないかと頼み込んだ。
病床の奥方のご機嫌はどうかと訪ねると召使い達は互いに顔を見合わせたが、当然の反応だろう、初めての訪問なのだ。
出迎えてくれたアルデバランの妻は体の弱いという様子には見えなかった、彼女は、すぐ夫に連絡を取り、戻って来るように連絡するからとヴァージルをもてなした。
しばらくして、アルデバランが戻ってきたが、その慌てた様子にヴァージルの方が驚いた、というのも一人ではなかったからだ。
「突然、訪ねて来てすまなかった」
自分が来た意味がわかっているだろう、だが、今日は出直した方が良さそうだと思ったのは客人のせいもあった。
異国人だと思ったのは着ているものが簡素だったことだけではない、顔立ちからも一目瞭然だ。
一緒にいた女性の事を訪ねるとアルデバランはにっこりと笑った。
「妻の知り合いで心配して訪ねて来て下さったのです」
「この国の人間ではないようだが」
その言葉に表情、いや、目がわずかだが、宰相は睨みつけるような冷たい光を放った。
「お一人で来られたようでずか、感心しませんな」
「わかっている、大事な話だ」
「あなたは、もう少し早く国政に乗り出すべきでした、遅すぎたとはいいません」
「わかっている、父は今、聖王国から来た医者が」
「無駄です」
その言葉にはっとする、命には限りかあるのですよと言われてヴァージルは言葉を飲み込んだ。
「終わりだと言いたいのか、この国は」
「いいえ、あなた次第だと、ですが、永遠というものはありません、私もです、だから、これから妻と」
見捨てるのかと言いたくなるのを必死に堪えた。
「随分と変わられました、本音を聞いて目が覚めましたか」
遊びもほどほどにと言われてわかった、娼館の女達の事を言っているのだと。
自分が情けなくなった、これ以上の会話は話も進みそうにないとと思ったとき、宰相殿と声が聞こえた。
「来客中すまないが迎えに来た、彼女は」
部屋の中に響く男の声にヴァージルは驚いた、魔法だろうかと思ったとき、宰相は腕につけている装身具に向かって声をかけた。
「ノアール殿ですか、はい、ただ今」
会話の相手は誰だ、自分に遠慮、いや、聞かれたくないのは明らかな様子だった。
その夜、城に戻ったヴァージルはなかなか眠ることができなかった。
昔なら、こんな時は気晴らしに娼館に足を運んだものだ。
だが、今は、それもできない、いや知ってしまったのだ、現実を、自分が女達からどんな風に思われているかを。
情けないことに若い頃の気づかなかった、女達を引きつけるだけの魅力があると思っていた、自惚れもいいところだ。
女が見ていたのは自分の愚かさだ、顔がよく魅力があると本気で思っている、王族に生まれたというだけじゃない。
あんたの取り柄は育ちがいいだけ、金を持っているということだけ。
それも自分達の税金じゃないか。
女の言葉に思わず殴りつけた、そうせずにはいられなかった。
だが、殴られた女は笑うだけだ。
そう、哀れな男を笑うだけだ。