※この作品はR-18です。

SAN-JOKU - 詩女神達の胎獄   作:眼珠天蚕

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Part 2

 ◆ ◆ ◆

 

 ――事の発端は、約1週間前に遡(さかのぼ)る。

 

 2度目の開催が決定したラブライブへの参加に向けて、歌とダンスの練習に加えて新曲作りに勤しむμ's(ミューズ)のメンバー達。

 その日も例に漏れず、放課後に屋上での練習に励んでいた。

 基礎トレーニングを一通り終え、曲を流しながらのダンスレッスンに取り組む一同。恒例となった海未のかけ声に合わせ、爽やかな汗を輝かせながら、軽快にして力強い動作でダンスを行う。

 「――うん、良いね!」

 曲が一通り終わると、穂乃果が息を切らせながらも、元気一杯に評する。

 すると、彼女に同調して、次々とメンバーが出来への満足を口にする。

 「結構、いい感じになってきたにゃー!」

 「みんな、ようやく私のレベルに追いついてきたみたいね!」

 「後ろの方だったから皆の動き、見れたんやけど、気持ちいいくらい揃ってやん」

 そして、掛け声を出しながらメンバー全員の動きを見ていた海未も、満足げに頷いてニッコリ微笑む。

 「着実にステップアップしてますね!

 A-RISE(アライズ)と並ぶにはまだまだかも知れませんけど、この調子なら予選までにかなり良い出来になりそうですね」

 互いに功を労いながらモチベーションを高めると、穂乃果がピョンと跳ね上がりながら声を上げる。

 「よーし、もうワンセット、行ってみようか!」

 そんな時だ。

 「あ、ごめんっ、ちょっと待って!」

 真姫が慌てて声を上げた。折角ノって来たところに水を差されたようになった仲間達は、皆一様に首を傾げながら真姫を見つめる。

 真姫は手にしたスマホの画面に写る時刻を見つめながら、語る。

 「私、今日は用事があって、そろそろ帰らなきゃ!」

 そこへ眉根を顰(ひそ)めて突っ込みを入れるのは、矢澤にこだ。

 「ちょっと、ラブライブの予選も近くなってるって言うのに! 練習ほっぽり出すなんて、信じられないわね!」

 ――その台詞は後に、彼女自身に却ってくることになるのだが、この時のにこは当然、そんな事を想像だにしていなかった。

 「まぁまぁ、にこちゃん。

 私たち、お仕事でやってるワケじゃないんだし。用事があるなら、そっちを優先するべきだよ」

 穂乃果がにこの肩に軽く手を置きながら諫(いさ)めていると。真姫はかなり急いでいるらしく、屋上で練習服を脱ぎながら、溜息混じりで事情を語り出す。

 「ホントは私も練習を優先したいのよ。

 だけど…パパがね…」

 「お父さん?」

 ことりが聞き返すと、真姫は再び溜息を吐く。

 「そう、パパが勝手に決めて、勝手に力入れちゃって。だから、乗り気じゃないのに、私も断れなくなっちゃったのよ…」

 「えーと…お祭りか何かに強制参加、とか?」

 花陽が問えば、真姫は首を左右に振って否定する。

 「それじゃ、一体何なのかにゃー?」

 凜が首を傾げながら無邪気に問うと。真姫は服を着替える動作をピタリと止め、俯いて顔を赤色に染める。

 「…い…」

 「い?」

 メンバーが全員で声をハモらせて聞き返すと。真姫は相当恥ずかしいらしく、フイッと顔を激しく背けてから、消え入りそうな小声でボソボソと呟く。

 「い…づ…よ」

 「伊豆?」

 誰かが聞き返すと、真姫は突っ込みがてら羞恥を振り払って――とは言うものの、顔は燃えるように真っ赤に染めたまま――声を上げる。

 「許嫁(いいなずけ)、よッ!」

 「ええええ!?」

 μ's(ミューズ)一同が声を上げる。

 「ま、真姫ちゃん、結婚するのかにゃー!?」

 「そ、そんな! アイドル生命が終わってしまうレベルのスキャンダルだよ!」

 凜と花陽の一年組がすかさず言葉をぶうければ、真姫は「違うわよッ!」と全力で声を上げる。

 「まだ結婚なんてしないわよっ!

 ただ…未来の結婚相手をパパが勝手に見つけて来ちゃって、その人に会わされるってワケよ」

 「へぇー!

 流石はお嬢様! それっぽいねぇー!」

 「ど、どんな人なのですか!?」

 穂乃果が感嘆の言葉を上げる一方で、海未が食い入るようにして尋ねる。海未はクールな無機質を装ってはいるが、作詞に見られるように、メンバーの中でも一際乙女っぽい一面がある。少女漫画のような展開に、興奮が抑え切れなかったことだろう。

 そんな海未の期待とは裏腹に、真姫は三度目の溜息を吐く。

 「それが、パパったら写真も見せてくれないのよ。

 だから、余計に困ってるのよ…」

 「なんでよ? 大病院の病院長が見初めた男の人でしょ? 凄いステータスの持ち主に決まってるじゃない!

 私だったら、会うのが楽しみになってるわよ」

 絵里がそう返すと、真姫は首を左右に振って苦笑いを浮かべる。

 「確かに、パパはその人のことを凄く評価してるから、相当な人なんだろうなっては思うの。

 でもね…いくらデキる人でもさ、例えば…テレビに出てくるオタクみたいに、すんごくデブでキモい顔してるヤツだったら…抵抗あるでしょ?」

 「人は見かけに寄らんって言うやん」

 希がフォローするものの、真姫はジト目で睨みながら反撃する。

 「それ、自分がその立場になっても、言えるの?」

 すると希はぽってりした唇に手を当てて、暫く視線を宙に泳がせていたが。やがて、ひきつった苦笑いを浮かべる。…やはり、他人事(ひとごと)であったからこそ口に出来た言葉のようだ。

 …そんなこんなで会話を進めていたら、真姫はすっかり制服に着替えて、帰り支度を整えていた。

 「そういう事だから、ごめん、今日は帰るわ。

 明日は普通に練習復帰するから!」

 「良いんだよ、凄く良い人なら、お付き合いを優先しても!」

 駆け出す真姫の背中に穂乃果が言葉を投げかけると、真姫はジト目を向けてくる。

 「絶対、そんな事にはならないって。

 第一、たった一回会っただけでそんな関係になんかならないでしょ」

 そして真姫は、やや駆け足で屋上の扉の向こうへと消えて行った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 大病院の院長を父に持つ真姫の家は、豪邸である。

 門から屋敷の入り口まではかなり距離があり、練習で疲れている時などは恨めしくなることがある。

 今回は披露はそれほどではないものの、ひどく気乗りがしないので、足取りが鉛のように思い。

 洋画に出てくる豪邸のセットに劣らぬ豪奢で巨大な玄関扉を開くと、笑顔を浮かべながらもソワソワした様子の母が迎えてくれる。

 「お相手の方、来てるわよ。

 早く着替えていらっしゃい。

 あっ、勿論、余所行きのおめかしをしてくるのよ! 相手の方に失礼にならないように!」

 「分かってるわよ」

 真姫は溜息を吐きながら、露骨に気乗でない様を見せつけながら、2階にある自室へと足を運ぶ。

 そして真姫は、クローゼット一杯に詰め込まれた、パーティー用のドレスをジト目で眺めると、可愛らしくはあるが比較的抑え目なデザインのドレスを選ぶ。

 「これで文句ないでしょ」

 ドレスを来た真姫は、1階の応接間へとゆっくりした足取りで向かう。勿論、気乗りの無さがにじみ出た足取りであるが、ドレスの裾を踏んでしまうのを恐れてのこともある。

 さて、応接間の扉まで来た真姫は。一つ深呼吸して無難な表情を作ると、コンコン、とお淑(しと)やかにノックする。

 「ああ、入りなさい」

 父の穏やかな、しかしやや興奮した感のある声に誘われ、真姫は入室する。

 

 広々とした応接間は、中世ファンタジーの洋画に出てくるような広々とした部屋で、ソファやテーブルも一々凝った装飾が施されており、豪勢である。

 天井から下がるのは、これまた中世ファンタジーを思わせる、素晴らしい輝きをキラキラと放つクリスタルガラス製のシャンデリアだ。

 この部屋に初めて通された者は、その威圧的なまでの豪華さに圧倒や萎縮を感じてしまうことだろう。…だが、この家に澄む真姫としては、見慣れた"無駄にキラキラした悪趣味な部屋"としか感じない。

 ――はずだったが。

 今回の真姫は、応接間に座す一際輝きを放つ存在――いや、人物に、眼を見開いてハッと息を飲む。

 「どうしたんだ、真姫。何をぼーっとしているんだね?

 こちらに来て、ご挨拶しなさい」

 父がちょっと眉根を曇らせて諫めてくると。真姫はハッと我に返り、しずしずと部屋の中へと入ると、その"人物"へ向かって美しい一礼をする。

 「失礼いたしました。

 娘の真姫です」

 すると"人物"は、ハハハ、と屈託のない、しかしながら大人びた余裕を感じさせる笑い声を上げる。

 「そう畏(かしこ)まらなくて良いんですよ、真姫さん。

 ここは貴女の家ですからね。

 むしろ、畏まるのは僕の方だよ」

 そう語る"人物"の姿に、真姫の胸中では一つの単語が浮かび上がって来た。

 (アポロン…!)

 世界を遍(あまね)く照らす、美しい姿をした太陽神。そんな神と比肩しても劣らぬような、美しい姿!

 "人物"はスッとソファから、形を崩さぬ完璧な姿勢で立ち上がると、腕を動かしながら優雅な一礼をしてみせる。

 「義堂(ぎどう)麗一(れいいち)です。

 誠に光栄な事に、お父様とは親しくさせて頂いています」

 言葉の最後に"人物"――麗一は、神々の中かでも随一と言われるようなアポロンの弓の腕よろしく、真姫の心を言葉の鏃(やじり)で打つ。

 (あ…っ)

 真姫は思わず、自らの頬が赤く染まり熱を持つのを感じる。

 日本人離れした、美しい金髪と碧眼。英雄の彫刻のような長身ながらも、既婚だスーツの上からも分かる、絞り込んだように鍛え込まれた肉体。そして、太陽神の輝きを発する、甘く整った面持ち。

 真姫の予想は良い意味で完全に裏切られた…どころか、一目で麗一の美麗さの虜となってしまった。

 真姫が熱病に当てられたようにぼーっと突っ立っていると。父が小声で、諫めの言葉を突き刺してくる。

 「いつまで突っ立っているんだ。早く座りなさい」

 「は、はい…っ!」

 真姫は慌ててソファの席、父の隣であり麗一の真向かいへと足を運ぶ。

 途中、あまりの高揚感に足がスカートにもつれてしまいそうになっていた。

 

 真姫も交えたその後の会話は、非常に和(なご)やかで、知的ながらも楽しい時間を3人に提供した。

 中でも一番の功労者と言えるのは、麗一だ。彼は博識ながらも非常に気さくで、父と娘という年代の大きく分け隔たった2人の間に上手く入り、会話を盛り上げてくれた。

 特に真姫が麗一に感心したのは、音楽の話題が出た時である。

 酒を飲み始めた父は、外面を装うことをかなぐり捨ててしまい、客がいることなど忘れ去った様子で真姫に説教を初めてしまう。

 「真姫、お前は私の病院を継ぐ人間なのだぞ!? この西木野の名に恥じぬ、立派な医者にならねばならん!

 私が学生の頃は、時を惜しんで勉学一筋に励んだものだが…! お前と来たら、なんだ!

 高校生にもなって、音楽なんぞの益体もない娯楽に耽りおって! おまけに、スクールアイドルなど軽薄なものにまで手を出しておる!

 そんな事をして遊んでいる暇があるのなら、机に向かって英単語の一つも書き取りしたらどうなんだ!」

 この身も蓋もない言い方に、真姫の雰囲気が一気に険悪になる。

 依然、真姫はμ's(ミューズ)のメンバーに「私の音楽は終わってる」と語ったことがあった。だが、それは真姫の本心ではない。

 今、スクールアイドルの一員として、その作曲担当として活動しているのは、音楽が大好きだからだ。

 医者になるという両親の夢を無碍(むげ)にする気はない。だが、可能な限り、音楽の世界に足を踏み入れていたい。

 そんな想いを無機質に一蹴する父に、憤りを感じずにはいられなかった。

 真姫はヒクヒクと眉根を震わせながら唇を噛みしめ、閉ざした口の中で不満を転がしていると…。

 「そう言わないで下さいよ、西木野院長」

 やんわりと笑いながらフォローしたのは、麗一である。

 父は片眉を跳ね上げ、「しかしだな!」と素早い反論に出るが。麗一が手のひらで突き出して、父の言葉を軽々と遮る。

 「真姫さんの才能に不満を覚えてしまうなんて、飛んでもないことですよ。

 むしろ、素晴らしい事じゃありませんか。

 昨今、医療の業態はサービス業の性質を持ち始めました。医者はこれまでのように、淡々と無機質に事実を伝えるだけでなく、いかに患者の心に寄り添い、医療サービスに満足していただくか。この点が重要になってきています。

 その点、真姫さんのスクールアイドルとしての経験は、今後の医療の在り方に正に沿った実りのあるものとなるでしょう」

 「…どういう事かね?」

 父は相変わらず片眉を跳ね上げていたが、態度は幾分か和らいでいる。それだけ麗一を信用し、その言葉に関心を払っているということだろう。

 麗一は悠然と言葉を続ける。

 「スクールアイドルとは、自分たちの楽しみを押しつけるではありません。観客の事を考え、如何に楽しんでもらえるか。常に考え続けねばなりません。

 その姿勢は、如何にか患者に寄り添い、満足してもらうか…これと同じベクトルを持つことでしょう」

 「…なるほど」

 「それに、ですね」

 麗一は剽軽(ひょうきん)にウインクして、ダメ押しする。

 「ピアノを弾く医者がいても良いじゃないですか。

 豊かな人間性の持ち主として、患者さんからの好感度もアップすることでしょう」

 「そうか…。なるほどな。

 流石は麗一君、私の凝り固まった頭ではとてもでないが考えつかない、柔軟な発想をするものだ!」

 父はすっかり上機嫌になり、ワッハッハ、と笑って酒を呷(あお)る。こうして父の小言は見事に回避されたのであった。

 一方で麗一は、真姫に医者に関する話題を振り、父の気持ちをフォローすることも忘れない。

 「お父様から聞いたんだけど、真姫さんは脳外科を志しているそうだね。何か理由があるのかな?」

 「うーん…理由って言うほどの、大それたものじゃないんだけど…」

 真姫は口元に手を置き、視線を宙に泳がせながら語る。

 「単純に、興味があるのよね」

 「確かに、人体の中でも脳は興味深いよね」

 麗一は自らの頭を人差し指でトントンと叩きながら、続ける。

 「こんなにコンパクトなのに、宇宙の果てまで想像出来るようなポテンシャルを持ってる。そして、その機能にはまだまだ謎が多い。

 間違いなく、人体でもっとも面白い器官だろうね」

 「ええ。

 私は、宇宙の果てへの想像、そんな壮大な事は考えたことないけど…曲を作る時、ふと脳のことを考えることがあるのよね。

 まだ誰も知らないもの――勿論、私自身も知らないものを、手探りの感覚だけで形作ってしまう、私たちの脳。それってどういう仕組みになっているのかしら? ってね」

 「そういう話を聞くと、真姫さんは医師よりも、生物学者向きにも聞こえるね」

 「それって、変なのかしら?」

 「そんなことはないよ。

 大学病院なら、患者の治療に従事する傍ら、生物学的な研究に勤しむ博士達は珍しくないよ。

 一般の病院だって、ただ治療するだけで満足せず、目標を立てて研究に従事し、論文を発表している医者はいくらでも居るよ」

 「義堂さんは、どうなの?

 ただのお医者さん? それとも、人を治すこともする研究者さん?」

 真姫が問うと、麗一は「気楽に、麗一と呼んでください」と前置きしてから、答える。

 「僕は、研究者の方だね。

 僕は大学病院勤めがメインだからね。ご縁があって、お父様の病院のお手伝いもさせてもらってるけどね」

 「義堂…いえ、麗一さん」

 真姫は恥ずかしげに顔を赤らめながら訂正しつつ、言葉を続ける。真姫は父親を含め、男性を名前で呼んだことがない初(うぶ)な性格だ。

 「…は、何を専門としているんですか?」

 麗一はニッコリと笑い、堂々と答える。

 「産婦人科だよ」

 「え…? あ…?」

 真姫の顔色が、ボッ、と燃え出すような赤に染まる。

 男性で産婦人科というのは、珍しいワケではない。ただ、真姫は想像したのだ…こんな見目麗しい男性に、自身の秘部を見られる光景を。それはもう、火を吹くような恥ずかしさで一杯だ! 同じ男性医師でも、不細工で能面のように無表情なおじさんの方が、まだ耐えられる!

 「何かおかしかったかい?」

 麗一にニコニコと尋ねられると、真姫は自分の想像が途端にイヤらしいもののように感じて、自己嫌悪に陥る。そして、顔の熱を逃がすようにブンブンと左右に振ってから、両手をモジモジさせつつ、気後(きおく)れを払拭するように言葉をかける。

 「い、いえ…そういう事じゃ、ないんです。

 ただ…その…」

 "こんなイケメンさんに見られる女性の患者さんは、相当に恥ずかしい想いをするだろうなと思ったんです"――という正直な気持ちを打ち明けることは流石に出来ず、代わりの言葉を必死に探す。

 「あの…。

 ど、どうして、産婦人科を、専門に選んだんですか?」

 無難な質問に落ち着いた真姫に対して、麗一は相変わらずニコニコとしたまま、やはり堂々と答える。

 「真姫さんと同じだよ。興味があったからね」

 「え…!!」

 再び灼熱する、真姫の顔面。

 "興味がある"…つまり麗一は、女性の秘部に多大な関心を寄せるような、いかがわしい志の持ち主なんだろうか!?

 「あ…ごめんね、誤解させちゃったかな」

 麗一は笑いに苦々しい恥ずかしさを交えながら、後頭部を掻く。

 「興味があるって言ったのは、決してイヤらしい気持ちじゃなくてね…。

 …いや、確かに、全く気にならない…というのは嘘になるかな。男として、ね。

 ただ、それよりも何よりも、生命と誕生の神秘に魅せられたから…と言うのが、最大の理由だね。命を宿し、育み、生み出すのは女性にしか出来ない御業(みわざ)だ。男である僕はそれを成すことは出来ないけれども、出来るだけ近い位置でそれを見届けたいんだ。

 それに…」

 麗一は、子供のように屈託のない笑みを浮かべる。

 「生まれたばかりの赤ちゃんも、可愛いしね」

 ドキンッ…真姫の胸が、思わず高鳴る。

 (こんなに大人っぽいのに…子供っぽい可愛いところも持ち合わせてるなんて…!

 凄く、ズルい男(ひと)…!)

 天の邪鬼な意見を胸中にブチ撒ける真姫であったが。その心は確実に、理知的にして千変万化な麗一の魅力に惹かれていった。

 

 楽しく弾む会話に時間を忘れてのめり込んでいた3人。そこへ、母が麗一に夕食を食べて行くかどうか、を尋ねに来て、ようやく相当な時間を過ごしていた事に気付いた。

 「おおっと、こんな時間になっていたとは!

 麗一君と語り合っていると、いつも時間を忘れてしまうな!」

 「僕も、先生とのお話にはついつい夢中になってしまいます。

 それに今日は、こんな美しい女性が同席していますからね。それだけで、楽しい時間に更に花が咲きますよ」

 「お、お世辞を言われても、な、何も出ないわよ…!」

 真姫は素を出してしまう程に麗一に気心を許し切ってしまっていたし、麗一もそんな真姫をあるがままに受け入れていた。

 「それで、麗一君。

 勿論、夕食は食べていってくれるね? なんたって君は、真姫の夫になる男なのだから」

 「パ、パパ! まだ私、高校一年生だし! 結婚とか、夫婦とか、そんな話は早過ぎるわ!」

 「知らないのか、真姫。日本の法律では、女性は16歳から結婚出来るんだぞ?

 お前は十分、結婚適齢期なんだ」

 「そ、そんなに早く結婚するなんて、不良達のすることよ!

 真っ当な男女なら、キチンと段階を踏まえて時間を掛けるものよ!」

 そんな親娘漫才のようなやり取りを傍(そば)で見ていた麗一は、ハハハ、と澄んだガラスのような笑い声を立ててから語る。

 「真姫さんの言う通り、結婚と言う話は余りに性急かと思いますが…。

 夕食につきましては、折角のお誘いですし、是非ともご馳走になります」

 「おお、そうかね!」

 父は満面の笑顔を浮かべて喜んだが、真姫もまた同じ気持ちで一杯だった。

 色々と反発的な言葉を並べてはいるが、真姫は完全に麗一の虜になっていた。

 (何よ…! イケメンのくせに、嫌味なところが全然ないじゃない…!)

 悔しいとも嬉しいとも取れる感想を胸中で呟きながら、麗一を交えての豪勢な夕食を楽しんだのであった。

 

 夕食も終わり、ちょっとした時間を談笑で過ごすと、麗一は遂に席を立った。

 「それでは、今日はこの辺りで失礼します。

 楽しい時間に、美味しい手料理を有り難うございました」

 「なになに、気にする事はない!」

 食事の席でも酒を嗜んだ父は、上機嫌に酔っ払って、ブンブンと手を振って麗一に応じる。

 「それで、今日のお礼と言ってはなんですが…。

 真姫さん」

 「え…? あ、はい…」

 麗一に声を掛けられるとは予想だにしなかった真姫が、ちょっと困惑しながら答える。

 麗一は微笑みと共に語る。

 「明日、僕と一緒にディナーでもどうかな?

 連絡さえくれれば、僕が学校まで迎えに行くよ」

 真姫は麗一の申し出を断ることも、勿論可能だった。

 だが、真姫は最早、麗一の虜なのだ。

 生来の天の邪鬼なツンケンした態度を取りながらも、内心は小躍りしながら、真姫は承諾の言葉を伝える。

 「仕方ないわね。付き合ってあげても良いわよ」

 「それは光栄なことだね」

 麗一は輝かんばかりの笑顔を浮かべて、真姫の言葉を受け入れた。

 真姫は腕を組んでそっぽを向いたが、胸中では心臓が飛び出しそうな程に打ち狂い、頭の中は沸騰しそうなほどに灼熱していた。

 

 こうして2人は早くも、両親の介入なしの初デートの約束を取り付けたのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 翌日。

 μ's(ミューズ)の練習時間中は、勿論、真姫と許嫁(いいなずけ)の話で持ち切りであった。

 「どうだった、どうだった!? どんな人だった!?」

 「カッコいい人だったかにゃー!?」

 「案外、渋いおじさまだったりするかもしれへんよ?」

 「デブなオタクはダメだよ、真姫ちゃん! 恋愛の時点でスキャンダルなのに、キモい男が恋人だなんて言われたら、アイドル生命が死に絶えちゃうよ!」

 次々と浴びせられる言葉に、真姫は顔を真っ赤にして「もぉ~!」と叫ぶ。

 「なんでそんなに気にしてるのよ!

 他人事(ひとごと)なんだし、放っておいてよ!」

 「えー! 他人事なんかじゃないよー! 大事な仲間だよー!」

 「そうです!」

 穂乃果の反論に、海未が同意する。

 「それに万が一、その許嫁の方の影響が真姫のスクールアイドル活動に支障を来すようなら、μ's(ミューズ)全体の問題にも繋がるんですよ!」

 至極真面目な顔で説得力のある言葉をぶつけるが、真姫がジト目で反撃する。

 「…とかなんとか言って、海未も実際のところ、どんな人なのか知りたいだけなんでしょ?」

 「え? あ、それは…まぁ…」

 海未は露骨に視線を逸(そ)らし、頬を掻きながら言葉を濁す。どうやら図星だったらしい。

 ここに来て真姫は、はぁー、と深い溜息を吐く。これ以上ムキになって口を噤(つぐ)んでも、穂乃果達の好奇心を煽るばかりで、練習はちっとも進まないだろう。

 …ならば、いっその事、サラリと話して聞かせた方が面倒がないのではないか? 減るものでもなのだし。羞恥心がくすぐられる程度だが、大した話にはならないだろう。

 「…分かったわよ、話すわ。話せば気が済むんでしょう?」

 するとメンバー8人は、興味津々に顔を輝かせながら、真姫にズズイッと顔を寄せる。そんな悲しくも滑稽な乙女の性質(さが)に再び溜息を吐くと。自らの髪をクルクルと弄りながら、語り始める。

 「パパが紹介したのは、義堂麗一さんって人。産婦人科医で、大学病院で研究をしながら患者を診ているそうよ」

 こう口火を切り、真姫は次いで昨日の出来事を掻い摘まんで話した。

 「…そういうワケ。

 パパとしては許嫁のつもりらしいけど、麗一さんはあまり間に受けてないみたい。

 でも…今日は、一緒にご飯食べる約束はしてるけど」

 「初デートでディナーってこと!?」

 「凄くロマンチックね!」

 「夜景を見ながらの洋食フルコースとか…憧れます…!」

 「水族館のレストランも捨てがたいにゃー!」

 真姫の言葉に、勝手気ままな意見を言い合うメンバー達。真姫は"もうどうにでもして"と言いたげな苦笑を浮かべて、乙女達の姦(かしま)しい様を見つめるのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 授業も終わり、放課後に入ってμ's(ミューズ)は再び練習に打ち込んだ。

 空がすっかり朱色に染まった頃。メンバーは荒い息を吐きながらも、爽やかに汗の光る笑顔で以て練習の締めくくりとした。

 「それじゃ、今日はここまでにしよっかー!」

 穂乃果の声を合図に、練習着から制服に着替え始めるメンバー達。だが一人だけ…真姫だけは、すぐに着替えを行わず、スマホを弄(いじ)り出す。

 そして、視線をスマホのディスプレイに注いだまま、メンバー達に語る。

 「皆、今日は先に帰ってて。

 私は、ちょっと…」

 「そうね、彼氏さんとディナーの約束があるんだったわね」

 絵里がニコニコ笑いながら答えると、真姫は顔を真っ赤にする。

 「さ、誘ってくれるって言うから、折角だし、行ってあげるだけよ!

 別に、深い意味なんかないんだからね!」

 真姫はそう言いながら、スマホを耳に当てて、屋上のドアの向こうへと姿を消す。メンバーに見られないようにして、麗一と連絡を取り合うワケだ。

 (ドアの向こうで聞き耳立てたりとか、してないでしょうね…)

 背後に緊張感を感じながら、コール音を数回聞いた後。麗一の柔らかな声が聞こえてくる。

 「やあ、麗一だよ。

 電話をくれたって事は、今練習が終わったって事だね?」

 「ええ、そうよ。

 でも…あんまり早く迎えに来ないで。

 メンバーの皆、覗き見して来そうだから」

 すると麗一は、アハハ、と笑う。

 「別に隠すような関係じゃないだろう?

 見せてあげれば良いんじゃないかな?」

 「は、恥ずかしいのよ、私が!」

 すると麗一は、クックッと笑いの余韻に浸った後、こう提案してくる。

 「それじゃあ、40分後に音ノ木坂学院の正門に着くようにするよ。それで良いかな?」

 「…ちょっと早い気もするけど…。それで良いわ」

 こうして話を合わせた真姫は、一つ小さく溜息を吐いてから、屋上のドアを開く。

 直後、μ's(ミューズ)のメンバー達が、堰を切ったように雪崩れ込んで来たのは、言うまでもないことであった。

 

 結局、μ's(ミューズ)のメンバー達は麗一が来るまで、真姫と共に学院正門で待ちかまえるのであった。

 「ちょっと、いい加減に帰らないと、怒るわよ!」

 真姫は拳を振り上げて威嚇してみせるが、穂乃果達はわざとらしい悲鳴を上げるばかりで、効果に乏しい。

 終(しま)いには真姫も諦観に似た覚悟を決め、抵抗を止めてしまう。

 「…変に煽ったりしないでね。それだけは、ホントに、お願いよ」

 そう釘を刺した、直後の事。正門に向かって、一台の車が走ってくる。

 ピカピカに磨かれた真っ赤な車で、優雅な流線型のボディが高級感を醸し出している。

 「凄い車だね…」

 「まさか…これが…真姫ちゃんの彼氏さんの車…なの!?」

 花陽が口にした想像は、的を得ていた。

 静かに車の運転席側のドアが開くと、そこから現れたのは、夕日に金髪を輝かせる美男――義堂麗一だ。

 「やあ、真姫さん。待たせちゃったかな?」

 麗一の柔和な言葉が微笑みと共に放たれた瞬間。μ's(ミューズ)のメンバーはすべてを悟り、一斉に顔を輝かせる。

 煩(うるさ)い程に華やぐ気配を背中に受けながら、真姫は顔を赤らめつつ、怒っているような伏し目を作って口早に答える。

 「大丈夫、問題なかったわ。

 早く行きましょう」

 そうして助手側へと歩む真姫の一方で、麗一は後ろに控えるμ's(ミューズ)のメンバー達にも輝かしい笑顔を見せる。

 「真姫さんと一緒にスクールアイドル活動している皆さんだよね?

 僕は、義堂麗一。真姫さんと親しくさせてもらっているんだ。今後とも、よろしくね」

 その紳士で柔和な対応に、μ's(ミューズ)のメンバー達は「おお~!」と歓声を上げる。

 「流石は真姫と釣り合うイケメンですね、対応までイケメンそのものです…!」

 「神様って、こんな完璧な人間を作るのね…!」

 「う、羨ましいにゃ~!」

 次々に放たれる賞賛の言葉に、麗一が照れ笑いを浮かべる。その有様がまた、乙女達の心を擽(くすぐ)り、再び歓声が沸き起こる。

 その一連の光景が余程気に食わない…というか、恥ずかしかったのだろう。早々と助手席に座っていた真姫は顔を出すと、麗一に雷のような言葉を飛ばす。

 「麗一さん、遅くなっちゃうわ! 早く行きましょう!」

 「ああ、ごめんね。すぐに出発するよ」

 麗一は真姫に応えつつも、μ's(ミューズ)のメンバー達へのフォローも忘れない。

 「それじゃあ、また会おうね、詩の女神の皆さん」

 その言葉と共にウインクを残すと、麗一は悠々と運転席に座り、静かに車を発進させる。μ's(ミューズ)のメンバー達に排気ガスを浴びせないようにとの配慮が感じられる、優しい操縦だった。

 「良いなぁ…真姫ちゃん…」

 残ったμ's(ミューズ)のメンバーを代表し、穂乃果が羨ましげに溜息を漏らした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 真姫を乗せた車は、軽快ながら優しいハンドル捌きで道路を駆け抜けてゆく。

 真姫は無言で――先のメンバー達の件が恥ずかしくて、中々言葉が出せないでいたのだ――車窓の風景をジッと見つめ続けていたのだが。ふと、風景の移り変わりに違和感を覚える。

 (あれ…? どんどん山の方に向かってる…?)

 ディナーと云う話だったのだが、それならばレストランのある街中へ向かうはず。寂れた郊外に向かうのは、なんとも腑に落ちない。

 真姫は尋ねる。

 「麗一さん、どこへ向かってるの…?」

 隠れ家的なレストランが郊外にあると云う可能性は否定出来ないが、人生初めてのデートを迎える真姫はそんな期待よりも不安の方が勝っている。

 麗一は、フフフ、と悪戯っぽく笑う。

 「ちょっと寄りたい所があってね。

 でも、心配しないで。[[rb:可怪おか]]しな場所じゃないよ。

 大学の方に向かってるんだ」

 「大学…?」

 確かに、大学のキャンパスの中には、街中の喧噪を避けて郊外に建設されたものも多い。それはそれで納得が行くが…一体何のために?

 その疑問の答えは、麗一自身が口にしてくれる。

 「真姫さんに、僕のことをもっと良く知ってもらいたくてね。

 是非とも、僕の研究室を案内したいと思ったんだ」

 「あ…そういうことなんだ」

 真姫は不快感を伴わずに、素直に納得する。元来、医学部を目指している真姫にとっては、医学部の研究室は少なからず興味のある場所である。

 「分かったわ。

 私も麗一さんのこと…その…知りたいし。見せてもらおう…かな」

 麗一はニッコリと笑うと、「心ゆくまで、見て行ってよ」と語った。

 

 車が到着した先は、麗一の言う通り、大学の医学部であった。

 関係者用の出入り口にはキチンとした警備員も居り、強面な顔で訪問者を睨んでいた。が、麗一の顔を見ると、パッと気の良いおじさんの表情になり、親しげに2、3言言葉を交わす。

 麗一がこの大学の職員ならば、当然ながら警備員とは顔見知りであろう。

 車のまま医学部の敷地内を駆けると、少し年季の入った大きなコンクリート作りの建物が見えてくる。その裏手にある駐車場に車を停めると…。

 「それではどうぞ、真姫さん。ご案内しますよ」

 そう言って麗一は真姫の手を取り、お姫様をエスコートするようにして彼女を導き始める。

 "第4研究棟"と表示されている建物の中に入る、2人。中には受付に警備員が1人居る程度で、人の姿は見えない。それぞれの研究室に引きこもっているだけなのだろうか。

 「こっちだよ、行こうか」

 麗一は優しく手を引き、研究棟の奥へと導く。

 無愛想なコンクリートの通路を進むと…やがて、行き止まりの場所にポッカリと設置された階段が現れる。

 それを見た真姫の眉が、怪訝な様子に歪む。

 それは、医学部の研究棟と言うよりも、重工業の工場を想起させるような、ゴツい造りの大きな階段だったからである。

 まるで、地下に粒子加速器でも設置されてあるかのような有様だ。だが、そんな装置は理学部にこそ相応しく、医学部にはそぐわない。

 「この下なんだ。

 さあ、行こうか」

 麗一が相変わらずニッコリと微笑み、緩やかに手を引いてくる。

 真姫は怪訝さを隠せないものの、麗一の笑顔に誘われるように、恐る恐るながらも歩みを進めたのだった。

 

 - To Be Continued -

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