まりなの協力を取りつけた俺はライブハウス『CiRCLE』で本格的にアルバイトをするようになった。平日は学校が終わった後に、休日は入れられる時間帯になるべくシフトを入れて、割といつでもいるアルバイト店員として客に顔を売り始めた。
その矢先だった。
「勇希さん?」
平日の夕方過ぎ、客として訪れた紗夜と出会った。格好は制服のままで、ギターケースを背負っている。学校からそのままライブハウスへと直行してきたようだ。ギターを趣味としているからその可能性はあると思っていたけど、まさかこのライブハウスを利用しているとは思わなかった。
驚いた様子の紗夜と同様に俺も驚きを示したものの、即座に感情を抑える。そして、客の誰もが魅了される笑顔を意図的に作って、清楚で人当たりのいい店員として紗夜と接した。
「いらっしゃいませ」
「あ、はい。……って、そうではなく」
主導権を無理矢理握ろうとしたが、やはり無理だった。紗夜は俺へと身を寄せ、周囲の視線を窺う。ちょうどいいことに受付ロビーには紗夜と俺しかいない。そのことを確認すると、俺の耳元で声を潜めて話しかけた。
「どういうことですか?」
「アルバイトしてる」
「それは見ればわかります。私が聞きたいのは、なぜライブハウスでアルバイトを? ということです。アルバイトするなんて一度も言っていませんでしたよね?」
「理由はお金が欲しくなったから。それに音楽は好きだし、ライブハウスでいいかなって思った。知人の紹介もあって、ここで働くことにした」
俺とまりなの関係を敢えて伝える必要もないため、表向きの理由はこういうことにしている。本当は目当ての女を見つけて食い漁りたいというのが理由だ。まりな曰く、ここで俺好みの子と出会う機会が多いとのことで、その餌にまんまと釣られてしまった形だ。別に店員ではなくてもいいのではないか、と思いもしたが、押し切られてしまった。たまにスタッフ専用の場所でまりなとイチャイチャできるし、金も稼げるからこれでもいいかと思うことにした。
「本当ですか?」
他意があるのではないか。そんな感じに紗夜から疑われていた。上目使いに睨み据えられているのだが、怖いという感じはしない。むしろ可愛らしく思えて、思わず両手を伸ばして紗夜を抱き締めたくなった。
「ここではやめてください」
実際に伸ばされた俺の手は、紗夜が後ずさったことで軽やかに躱されてしまった。
紗夜はメリハリがはっきりとしている。人目のある場所では清廉潔白な委員長タイプのクール系美少女。実際に学校では生徒会に所属しつつ、風紀委員も務めているという。だが、誰の目もない場所で俺が求めると、途端にその印象は激変する。
全裸にソックス、そして首輪姿で俺とチンポに忠誠を誓う雌奴隷。ハメ撮り自由で、カメラに向かって積極的にピースや絶頂顔を披露してくれる程度には俺によって調教されている。玉舐めもディープフェラもお手の物だ。
「したくなったら、いつでも家に呼んでもらえれば、その……」
俺の要望には何でも応えてくれるが、やはり外では頑なだった。紗夜は俺との行為を思い出して顔をほんのりと赤らめたものの、過剰な接近を赦しはしない。結局紗夜と接触できないままに終わってしまい、俺はお預けを食らった気分になった。
「今度、徹底的に調教してあげるから」
俺が言うと、紗夜の口元がわずかに綻んだ。
しかし、はっと我に返った紗夜が表情を引き締め、咳払いを一つすると、普段の真面目モードに切り替わった。すごい切り替えの速さだ。真面目な子だなと改めて思いながら、俺は話を再開する。
「欲しいものがあるからアルバイトをしているってことで」
嘘は言っていない。
「そう、ですか……」
紗夜はまだ納得が行っていない様子だが、深く追求してくることはなかった。
紗夜は知っている。面識はないが自分以外の女が俺の傍にいることを。紗夜だけでなく、他の女もそうだが、そのことを知った上で俺と付き合っているのだ。なにせ、女に比べると男の数は少なく、俺ほどの恵まれた容姿の男となると滅多なことでは見つからない。そんな好条件の男が自分に愛情を向けてくれるというのだから、余程のことでない限りは許容してくれる。
「では、そういうことにしておきましょう」
一応は納得してくれたようだ。
「それでは、受け付けをお願いできますか? 店員さん」
ふっと柔らかく微笑む紗夜に向かって、俺は「はい」と言葉を返し、受付テーブルに置かれたディスプレイで予約状況を閲覧する。氷川紗夜という名前と電話番号、希望する部屋を確認した後、顔を上げる。
「氷川紗夜様。予約を確認いたしました。お部屋はCスタジオをご利用ください」
取り繕った態度で話しかけると、なぜか紗夜が笑い堪えていた。何故だ。
「ありがとうございます」
そんなに俺の敬語が変だろうか。最後まで笑いを抑えることはできず、紗夜はそのままスタジオへと向かった。
一人残され、途端に静かになる受付ロビー。今日は予約を入れている数が少ないようだ。我がライブハウスでは学生の利用が多いため、平日はそこまで忙しくない。予約が集中しても日中であることが多く、学校終わりのこの時間に予約を入れてまで練習する熱心な者はそこまで――。
「……いた」
思わず声を出し、俺はディスプレイを見直した。
もう間もなくだ。ここでスタジオを借りる予定となっている者が直近で一人。
予約をした者の名前を確認したのと、正面の扉が左右に開いたのはほぼ同時だった。
灰色のブレザーとスカート。羽丘女子学園高等部の制服だ。ネクタイをきっちりと締めた少女は肩に通学鞄を下げたまま、癖のない長い髪を揺らして堂々とこちらへ近づいてくる。綺麗に整った顔には無駄な感情を乗せず、無表情といっていい眼差しで俺を見つめ、受付の前で止まった。
「……スタジオの予約をした湊です」
湊友希那。まりなに勧められた少女。
そして、リサの幼馴染でもある。以前から度々リサに聞かされていた親友である湊友希那の話。最初は偶然名前が一致しているだけかと思ったが、まりなに見せてもらったライブの映像に映る少女と、以前にリサから見せてもらった写真に写る少女は同一人物だった。そのとき、世間は狭いのだなと思った。まさか、こんなところで繋がりが生まれるとは思いもしなかった。
「はい、少々お待ちください」
改めて予約内容を確認する。時間帯に間違いはなく、部屋の設備等に問題はない。そのことを確認し、視線を上げて湊さんに微笑みを向ける。すると、湖面のように穏やかな表情の中で瞳が軽く泳いだ。
リサに聞いていた、いや、聞かされていた通り、男に免疫はなさそうだった。目に見えて顔を紅潮させることはないものの、明らかに動揺しているのが態度でわかった。どうしていいかわからない。そんな様子でさ迷わせた視線は結局、ゆっくりと俺へと戻ってきた。
「予約確認しました。Eスタジオをご利用ください」
「え、えぇ、ありがとう……」
湊さんはそう言って、多少ぎこちない足取りでスタジオへと向かう。
廊下の奥へと消えていく後ろ姿を見守っていると、途中で俺の方を振り返った湊さんと目が合い、慌てて視線を逸らしたかと思うと、速足で奥へと歩き去ってしまった。何というか、これまたリサに聞かされていた通り、まるで猫のような少女だった。興味があるのに、こちらから近づこうとすると途端に逃げ出してしまう感じが似ている。
初めて会った第一印象は、脈ありだった。
男に興味がありません、といった感じのようだが、興味があるのが見え見えだった。リサ曰く、友希那はスケベ、なのだそうだ。リサが入手したアダルトビデオや18禁ASMR、自慰目的のゲームである所謂抜きゲーを貸そうとすると最初ははっきりと断るのだが、最終的には必ず受け取るらしい。
そして、リサが後日になって話題を振ると、恥ずかしがりながらも感想を返してくれるらしい。それも、深い内容までしっかりと把握している辺り、ビデオもゲームも隅々まで堪能したことが丸わかりだという。
これは、いけるのではないだろうか。露骨な接触をすれば拒まれるだろうが、相手の懐に入るようなきっかけがあれば、攻略も容易い。後はそのきっかけをどうするかだが。まりなから受けた提案も考慮に入れつつ、俺は思案を巡らせるのだった。