※この作品はR-18です。

ハーレムパーティー   作:早見 彼方

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苦悩

 六月に入り、衣替えによって学校の制服は夏用へと変わった。それを纏う学生たちの雰囲気も一気に変わり、新鮮な空気感を醸し出している。特に俺の周りでは飛び切りの美少女が多く、制服の変化だけでも俺にとっては一大イベントと言えた。

「あこ、一人で走りすぎよ。落ち着いて」

「はいっ、友希那さん!」

「燐子。あとで相談があるのだけど、いいかしら?」

「は、はい……!」

 ライブハウス『CiRCLE』の練習スタジオで、今日も少女たちは音楽に真剣に取り組んでいる。スタジオの端に置いたパイプ椅子に腰かけている俺は、その姿を真面目に眺めている振りをしながら頭の中では別のことを考えていた。

 ガールズバンド『Roselia』。俺の女五人で構成されるそのバンドは、全員が学生でありながら既にプロに近い演奏力を身に着けていた。それでも高みを目指す姿勢を変えることなく、今も演奏後の意見交換を行っていた。

「今井さん。先ほどよりも良くなりましたが、もう少し周りの音を聞いて」

「うん。わかったよ、紗夜」

 籠る空気を空調が循環させ、適切な室内温度を保つ。しかし、一人一人から発せられる熱は高く、半袖のブラウスとスカートから覗く少女たちの肌には薄っすらと汗が滲んでいるのが見て取れた。

 俺は少女たちを見て、ごくりと唾液を飲み下した。

 しなやかで色白い手足。露出が増えたことで少女たちの魅力が増し、俺の視線は落ち着かなかった。演奏中ならば、演奏を注意深く観察していたという言い訳が通用しただろうが、演奏後にも視線が定まらなければ周囲からも一目瞭然だ。

「勇希」

 友希那が俺へと視線を向け、俺の名前を呼んだ。その声は、少し呆れた様子だった。

「あなたの意見は後で聞くから、今は出て行ってちょうだい」

「あっ」

 という間に、示し合わせたように行動した友希那と紗夜に背を押され、俺はスタジオを追い出された。重い扉が背後で閉ざされる。扉にある星型のガラス窓から中を覗き込んでみるが、友希那たちは演奏に戻ろうとしていた。

 Roseliaは現在、今週末にある『FUTURE WORLD FES.』のコンテストに向けて最終調整を行っていた。このフェスにはプロやプロに相当する実力を持つバンドが多く出場する。予選であるコンテスト自体の競争率も高く、プロであっても本戦に出場することもできずに落選してしまうのは決して珍しいことではないそうだ。

 怒られてしまった。今は邪魔しないほうがいい。

 俺は大人しくスタジオから離れ、ロビーに向かうことにした。ところで、追い出されるときに友希那と紗夜に尻を触られたような気がしたけど、気のせいだろうか。

「ねぇ、今のって……」

「うん、やっぱりそうだよね……」

 練習スタジオの扉が並ぶ通路を歩いていると、背後から声が聞こえてきた。気になって顔を振り向けると、開いた扉から顔を覗かせる少女たちの姿があった。まるで芸能人を目撃したときのように高揚した様子でひそひそと話し合っていた少女たちだったが、俺の視線に気がつくと慌てて顔を引っ込めた。

 俺は、以前よりも多くの視線を感じるようになっていた。元々異性から注目を浴びることは多かったが、これは明らかに異常だ。

 原因ははっきりとわかっている。

 つい先日、CiRCLEで行われたライブイベント。実力のあるガールズバンドが出場したそのイベントで、俺はCiRCLEスタッフとしてまりなと一緒に出演し、まりなの巧みな演奏と俺の歌声で観客の心を射抜いた。

 だが、ここまで注目を浴びるようになった原因はこれだけではない。

 簡単に言うと、身バレした。

 俺は以前から、動画や音声を投稿、閲覧できる複数のサイトで歌を投稿していた。カバー曲もあれば、自分のオリジナル曲も。どうせならば他の人にも聞いてもらいたいと思って投稿を続けた結果、『ゆうき』という投稿者名はいつの間にかインターネット界隈では有名な歌い手として認識されるようになった。

 俺は『ゆうき』として活動する中で顔を晒してはこなかったのだが、先日のライブで全てが露呈した。ライブで俺を撮影していた者がいたらしく、俺の声と『ゆうき』の声が一致するという比較動画がライブ直後にインターネット上に挙げられた。ただ声が似ているからというだけでなく、歌い方の特徴も酷似している点などが考察され、信憑性が高いということで多くの人に知れ渡ることになった。

 そして、現状に至っている。

 別に顔がバレても問題はないのだが、こうも落ち着かないとなると話は別だ。

「本物だよ、本物……!」

「サインとか貰えないかな……?」

「声掛けられるの……?」

「無理無理……! イケメン過ぎてまず近寄れないって……」

 それほど広くないロビーで、席に座って飲み物を飲む俺を遠巻きに見つめる少女たち。十数人にも及ぶ人数のせいで圧迫感がある。受付を済ませた何人かが名残惜しそうに練習スタジオへと向かうが、それでも人数が多すぎる。

 この場に残っているのは、まだスタジオを使う時間ではない、もしくは野次馬だけだった。一人一人がひそひそと交わす声も、これだけの人数分の声が積み重なればそれなりの喧騒になる。

 ロビーで待っていようと思ったが、一度席を外したほうがいいだろう。

 俺は離席する旨を燐子たちにメールで連絡した後、CiRCLEを後にした。

 日が完全に沈もうとしていた。一定間隔で並ぶ街灯が点灯を始め、紺色に染まりつつある街並みを明るく照らし出す。俺はCiRCLEから少し離れた場所にある川沿いの土手に向かっていた。

 芝生で覆われた傾斜の地面に座り、静かな時間に身を委ねる。

 晩を迎えて冷えた空気が心地いい。だけど、日中は徐々に暑くなっていて、夏へと季節が移ろっていくのがわかる。

 高校時代で迎える二度目の夏。去年と、前世での高校生の時にはなかった悩みが今の俺にはある。

 携帯電話を夏服の制服ポケットから取り出す。

 そして俺は、動画・音声共有サイトを開き、ログインする。

 俺が『ゆうき』として開設しているチャンネルや、過去に投稿した動画などを確認する。元々俺のチャンネルの登録者数は多かったけど、昨日のイベント後から登録者数はさらに増えている。明らかに、比較動画によって顔バレした影響だろう。

 それが原因だと思うけど、今日の日中に、俺宛にメッセージが数件送られてきた。

 誰もが知っている歌手を擁する、日本の大手メジャーレーベル。

 テレビでよく見る女優やアイドルなどを多く抱える、有名な芸能事務所。

 他にも昔からのファンからや、以前から誘いを受けては断っている別レーベルからの連絡もあったが、前者の二つは今回が初めてだ。

 歌手、芸能人。前世でも経験のない立場が、手を伸ばせば届く場所まで来ている。

 現実味を帯びてくると、改めて思ってしまう。

 俺はいったい何になりたいのだろう。歌うのも趣味で、投稿したのも趣味の範疇だ。歌うことを職業にしたいと明確に思ったことはない。そうなれたら楽しそうだなと、深く考えずに思ったことはある。

「どうしようか……」

 可能性の道が広がったせいで、前世よりも悩んでいる。前世のこの時期はまだ将来のことなんて少しも考えていなかった。ただ毎日を楽しむ。それだけを考えて、その日その日を生き続けていた。

 考えても答えはすぐには見つからない。

 出口が見えずに迷い続け、過ぎていく時間の中で、俺を呼ぶ音が鳴り響いた。着信だ。携帯の液晶画面には『燐子』の文字。俺は通話ボタンに触れ、受話口を耳に当てた。

『勇希君、終わったよ……。家に帰ろう……?』

「うん、すぐ戻る」

 燐子の声を聞き、少し安心した気持ちになりながら俺は頷いた。

 焦りすぎてはいけない。でも、悠長に身構えてもいけない。時間は確実に過ぎていく。

 通話を終えた俺は少しもやもやとしつつも、CiRCLEで待つ五人の下へ戻った。

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