放課後にCiRCLEでアルバイトをし、帰宅して夕食などを済ませた後。ソファーに座ってテレビで猫特集の番組を見ていた俺は、鳴り響いたインターホンの音を耳にした。
予定通りの時間。時計を見てすぐに玄関に向かい、俺は扉を開いた。
玄関の外には母さんが立っていた。キッチリとした黒いレディーススーツ。肩の上で揺れる短い黒髪。掛けた眼鏡の内側で、切れ長の双眸が俺の姿を捉えている。
「おかえり」
「ただいま」
声を掛けた俺に母さんは一言告げ、キャリーケースを転がして家の中に入る。久しぶりの対面だが、俺たちの間で交わされる言葉は少ない。母さんも俺も口数が少ない人間だからだ。
荷物を自室に置き、居間にやって来た母さん。ソファーに腰掛け、話を切り出す。
「話があるから、そこに座りなさい」
俺は母さんに言われるままテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った。
「予定通り、土曜日に美竹さんの娘さんと会ってもらうわ。場所は先方のお勧めの料亭よ。服装は袴で出席してもらうことになるけど、肩肘張る必要はないわ。気楽に対応しなさい」
予定通りというのならば、その予定をせめてもう少し早く俺に伝えてほしかった。あと残り一週間もないんだけど。裏で準備を進め、後から俺に断れなくするという考えはわかるが、さすがに温めすぎだ。まさかこれほど直近に控えているとは思わず、俺も開いた口がすぐには塞がらなかった。
ただ、俺だけに知らせていなかったというだけで、他の準備は母さんと先方のご両親との間でだいぶ前から進められていたらしい。
「気楽にと言われても」
いろいろと想定外な上に初めてのお見合いだ。気楽にというのは無理がある。これで俺の人生が決まる可能性がある。そう考えると、何とかしなければという想いもあって、過剰に緊張してしまいそうだった。
「話は以上よ。何か質問はある?」
「袴を持ってないけど」
「レンタルするから大丈夫。もう手配済みよ」
「何を話せばいいのかわからない」
「聞かれたことを答えればいいわ。先方に任せなさい」
何という他力本願。いや、元々は相手からの要望でお見合いすることになったから、別にいいのか? でも、あまり黙り込むのも失礼だから、俺からする質問を幾つかまとめておいたほうがいいだろう。
そのためにも、もっと相手についての情報がいる。
「相手の写真とかないの?」
「あ」
あ、って何? 俺が思っていると、母さんがおもむろに席を立った。そのまま居間を出ていく。どこに行くのか目で追い、待つこと数分。薄い冊子のような物を手に持った母さんが再び現れると、俺に冊子を差し出した。
「忘れていたわ。はい、これ」
「忘れないで」
少し呆れながら母さんから受け取った冊子を開く。
中には一枚の写真があった。
写真に映っていたのは、鮮やかな紅色の着物を着た美少女だった。ショートにまとめた黒髪。前髪の一部に赤いメッシュを入れている。少し気の強そうな整った顔にぎこちない微笑みを作り、真っ直ぐにこちらを見つめている。
写真の少女、美竹蘭さんを目にして、俺の脳裏に過ぎるものがあった。
あの子だ。CiRCLEによく練習しにくる、モカと同じバンドメンバーの一人。前々からいい感じの子だなと思っていたけど、まだ接触したことはない。詳しくは知らないが、メンバー全員が幼馴染であるということだけは知っている。
まさか、お見合い相手があの子だとは。世間は思った以上に狭いようだ。
改めて美竹さんの姿を目に焼きつける。やっぱり可愛い子だ。素直ではなさそうな雰囲気もいい。ぜひともベッドで可愛がりたいが、お見合い相手となればそうもいかない。このお見合いを受ければいつかはそういう関係にもなれるが、身を固めてしまうことでハーレムが築けなくなってしまう恐れがある。
どうするべきか。
「難しく考えなくていいわ」
悩む俺を見て、母さん口を開いた。
「私は別に勇希に今すぐ身を固めてほしいわけじゃないの。今回の縁談も、向こうに何度も頼まれて仕方なく受けたものだし。結果はともかく、とにかく自分の娘とお近づきになってもらいたいようね。昔から回りくどいのよね、あの子は」
それほど熱心に頼まれたと知っては簡単に断れなくなってしまうのだが。それに、今の口振りから察するに母さんは先方と昔からの知り合いのようだ。何だかさらに断りにくくなった。
「あなたに判断を委ねるわ」
母さんはソファーから立ち上がると、自室へと向かった。お見合い写真を手に、一人残された俺。俺を見つめてくる写真の美竹さんは、俺が断ればどう思うだろうか。傷ついてしまうのではないか。意思が強そうに見える子ほど、実は繊細な場合が多いから心配だ。
俺はしばらく考えてみたが、俺の中で答えはもう決まっている。その答えを今さら変えることはやっぱりあり得ない。
俺は俺だ。これは俺の人生なのだから、俺らしく生きるべきだ。
決心がついた。いや、改めて認識した俺は、お見合い写真を閉じた。
お見合い当日の土曜日。場所は老舗の料亭。座敷の部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、それを挟む形で正座する俺と少女の視線が合う。しかし、見合っていたのはほんの数秒だった。顔を赤らめた少女が視線を横に逸らす。
釣られて視線を横に向けると、開かれた障子戸から見える廊下の向こうに、和を感じさせる広い庭があった。苔むす地面。配置された大きな石や石灯籠。地面から伸びた木々が伸ばす枝葉は綺麗に剪定されていて、それ一つ見ても芸術品のようだ。
少しの間見惚れていたが、今の状況を思い出して慌てて視線を戻す。
「あ……」
俺の横顔を見ていたらしい少女が声を上げる。今、明らかに表情が緩んでいたのだが、すぐに唇を引き締めて緊張した面持ちになる。だが、俯きつつもチラリと向けられる視線には熱い欲望を孕んでいるのは変わらない。
淡い桃色の着物を着た少女、美竹蘭さんは、欲情していた。
なぜ発情しているのかわからず、理由を探るために俺は記憶を遡った。
今日、着慣れない袴姿で俺が母さんとともに見合い場所の料亭を訪れたときには相手は既に部屋で俺たちを待っていた。先方は随分と待ち侘びていたらしい。この部屋に入った瞬間、美竹さんから向けられた眼差しは既に、情欲に濡れていた。
結論。理由不明だが、美竹さんの発情は最初からだった。
俺は今、飢えた獣のような美竹さんと部屋に放置されている。
『お久しぶりです、岩戸さん』
『ええ、こうして直接会うのは本当に久しぶりね』
と、出会って早々何やら因縁めいた会話を始めていた母さんと、奥ゆかしい上品な黒髪美女の美竹さんのお母様はこの場にはいない。俺たちの紹介を簡潔に終わらせると、あとは若いお二人でとでも言うかのように二人で別室へと移動した。
それ以降、二人になったこの部屋は沈黙に包まれている。
俺と美竹さんは口数が多いほうではない。たまに話を切り出してもうまく嚙み合わず、再び沈黙が流れる。二人の共通点である音楽の話題を出せば話は盛り上がるのかもしれないが、お見合いの場で音楽の話をしてもよいのだろうか。
事前に考えてきた質問も空振りに終わり、そろそろ手札がなくなる頃合いだった。
「あの……」
と、美竹さんから口火が切られた。
「うん」
さすがにこれを逃す手はない。俺は姿勢を正し、続く言葉を待った。
何を聞かれるのだろう。身構えた俺を待っていたのは、予想外の展開だった
「岩戸さんは、モカとセックスしたんですよね……?」
何を言われたのかすぐに理解できなかった。硬直する俺の前で美竹さんは携帯を取り出し、再生ボタンが表示された画面を見せてきた。動画? と混乱しつつある頭で疑問を浮かべた俺は、直後に再生された動画を見せられた。
『皆ー、見てる~? イケメン絶倫チンポ、羨ましいでしょー?』
見覚えのある肉棒を片手にピースをするのは、裸のモカだった。ニヤリと笑って、画面越しの相手に見せつけるように肉棒にキスをし、舌を這わせ、亀頭から竿まで口に含めてぐぷぐぷとしゃぶっている。
その動画が途中で別の場面に切り替わる。ベッドで仰向けになるモカに覆い被さって種付けプレスをする俺が、片手に持った携帯で撮影したもの。激しい腰振りで映像は乱れているが、俺とベッドに挟まれて膣に精液を流し込まれるモカの蕩けた顔はしっかりと捉えられていた。
動画はまだまだ続く。モカのノーハンド高速ディープフェラが卑猥な音を部屋に広げる。時折聞こえる気持ち良さそうな声は間違いなく俺の声だ。別の動画では俺の顔も体もはっきりと映っており、俺ではないと言い逃れるのは無理があるだろう。
素直に頷いた俺を前に、美竹さんの表情は興奮の色を強めた。
「日曜日に、モカを含めたバンドメンバー全員でバンドの練習をしていたんです」
美竹さんが言う。楽しげに、少し理性を失った瞳で俺を見つめる。
「途中で休憩していたときに、見せたいものがあるって言って、モカが急にあたしたち全員に見せてきたんです。この動画を」
事情がようやく呑み込めてきた。
「幼馴染がセックスしている動画を見るのなんて初めてで、皆目を離せませんでした。しかも、よく見ると相手はあたしが気になっていた人で、その人が画面の向こうで本気のセックスをしていて……」
モカが動画を求めてきたのは美竹さんたちに見せるからだったらしい。なぜ、そんなことをと思ったが、その理由は美竹さんの口から語られた。
「頭が真っ白になって、茫然としていたあたしの耳元でモカが囁いてきたんです。『蘭って寝取られる系の作品も大好きだったよね~。どう? 好きだった人があたしと生ハメガチ交尾しているのを見て、興奮した~?』って……」
モカは美竹さんのために動画を見せたみたいだ。
そして見事、美竹さんの興奮を煽ったらしい。
「動画を見せられて、当事者のモカに寝取り報告されて、いつの間にかあたしはオナニーしてました……。モカ以外の他の皆も全員……。胸を揉んで、おマンコをぐちゅぐちゅにして、興奮が鎮まるまでずっと、喘ぎ続けて……」
でも、と美竹さんは続ける。
「まだ満たされないんです……」
動画の横で見せた美竹さんの顔は、強い欲求に翻弄され、自分ではどうにもできずに苦しむ雌のようだった。大きく形のいい目が細められ、期待に濡れた瞳が俺の姿を捉え、視姦し、舌がぺろりと綺麗な唇を舐めた。
「お願いします。この縁談は断ってくれてもいいので、代わりに、岩戸さんを犯させてください……。モカが言ってましたよ。岩戸さんは頼めばヤらせてくれる最高の清楚系淫乱美少年だって……」
母さんと美竹さんのお母様がせっかく用意したお見合いの場。俺と美竹さんの間で密接な関係を築いてもらおうという意図らしいけど、その舞台は美竹さん本人によって思わぬ形でちゃぶ台返しされつつも、望む形を叶えられそうだった。