美竹ママと同じく、ほぼオリキャラ登場。
「こちらでお待ちください」
「はい」
黒服さんに案内され、俺は指定された席に腰を下ろした。
ここは、本邸にある食堂。弦巻家が家族で食事をする際に使用している場所だ。使用人が使用する食堂はまた別にあるようなのだが、とてもそうは思えないほどに広い。大人数が集って食事することを想定しているように食卓は長かった。
純白のテーブルクロスを敷かれた食卓には、まだ何も置かれていない。これから料理が運ばれてくるのだろう。いったいどういう料理なのだろうか。この感じだと、テレビでしか見たことのない高級料理がズラリと並びそうだった。
ちゃんと、俺の喉を通ってくれるのだろうか。
「勇希? どうかしたの?」
「何でもないよ」
お金はあるけど、庶民的な食生活を送っている俺が少し心配に思っていると、隣の席に座るこころが首を傾げていた。俺の返事を聞いて安心したのか、改めて俺の左腕に両手を回し、むぎゅっと抱き着いてくる。
こころはこうしてずっと、俺に引っついていた。ベッドでハメまくって人心地ついた後も、黒服さんがやってきて食事会の前に入浴を勧められたときも、泳げるほど広い風呂場で二人で入浴をしているときも。こころは片時も離れようとしなかった。
ちなみに、こころの格好は赤いミニドレスで、俺は白いタキシード。俺の格好はともかく、こころの服装で抱きつかれれば、胸の感触を確かめるなど余裕であり、柔らかくて心地よかった。
「勇希」
「なに? こころ」
「いえ、何でもないわっ」
今みたいに意味もなく俺の名前を呼んで、笑顔を咲かせている。
これだけでも可愛すぎてやばいけど、こころは抱きつくだけでなく、腕にぐいぐいと胸を押しつけてきたり、耳に吐息を吹きかけてきたりと積極的だった。それらの知識は俺が教えたものではなくて、度々現れてはこころに耳打ちをする黒服さんたちの仕業だった。
「こころ様」
「何かしら? んん? ふむふむ。なるほど、それをすれば、勇希も喜ぶのね?」
また一人の黒服さんが音もなく出没し、こころに何かの情報を授けたようだ。その場を素早く立ち去る黒服さんの後を追うと、出入口の扉が音もなく開かれ、そこに吸い込まれるようにして出て行った。見ていなければ扉が開いたことにも気づかないほどの小さな物音。
改めて思うけど、あの黒服さんたちは何者なのだろうか。忍者の末裔とか? もしくは人間に見えて、その実態は超高性能AIを搭載した人型ロボットとか? 見れば見るほど謎が深まるばかりだった。
黒服さんの生態調査をしてみたい気分になっていると、こころが顔を寄せてきた。
そして、
「ぬちゅっ、ぐぷぷぅっ、ぢゅるっ、ぐぢゅぢゅっ、ぐぷぅっ、ぬぷぅっ、ぢゅぶっ!」
「ぅ、ぁ……?」
突然、左耳に舌をねじ込まれた。
「ぐちぃっ、ぬちぃっ、ぢゅぷぅっ、ぬちゅっ、ぐちゅぅっ!」
密閉された穴の中で反響する、唾液ミキサー音。意表を突かれて身を引きそうになるけど、腕を抱かれている体勢では意味もない。こころに縋りつかれ、柔らかい胸をふにふにと腕に宛がわれたまま、耳穴をぐぷぐぷとねぶられる。
ひとしきり唾液で耳を温めると、こころが舌を取り出した。
「ゆぅ、う、きぃ……」
すかさず送り込まれるウィスパーボイス。一音一音を区切ったそれは、予想以上に俺の脳をシェイクする。体から力が抜けて、目が蕩ける。その様子をこころは横から見ていて、畳みかけるように追撃を放ってきた。
「ふぅぅ~~っ……」
「ちょ、っと……」
温められた耳の中に吹き抜ける微かに冷たい息。それが表面を撫でて、鼓膜を震わせる。
どれもこころに教えた覚えのないことばかりだった。たった今、黒服さんに教わったことなのだろう。それを一回口頭で説明を受けただけで、こうも自分の技にまで昇華できるものなのだろうか。こころの才能に驚かされるばかりだ。
というか、これから食事会なわけだけど、こんな風に俺を弄ってどうしたいのか。こころはただ黒服さんの言われたことをなぞっているのだとしても、黒服さんの意図がまるで読めない。
さっき黒服さんに聞いたのだけど、食事会の参加者は俺とこころだけじゃない。
あと一人。この場にやってくるわけで、その人に見られたら。
「勇希……。好き……。結婚しましょ……? ずっと一緒にいましょう……?」
煮詰めてとろとろにしたカラメルみたいに甘ったるい声で脳が快楽に浸される。
このまま頷いたら、俺はどうなるのだろうか。こころと黒服さんたちに囲まれて、飼われてしまうのだろうか。それも魅力的だけど、やっぱり俺はこころ一人だけじゃなくて、燐子たち全員と結婚して、賑やかなハーレムを作りたい。
こころにそのことを素直に伝えようと思い、口を開きかけたときだった。
扉が開く音がする。音の大きさ的に、黒服さんたちではない。
こころにじゃれつかれながら目線だけを横に向けると、一人の女性がいた。曲線豊かな体にフィットした白いパーティードレスと、癖のない真っ直ぐ伸ばした金色の髪。外見は二十代くらい? 若々しい顔には、こころと同じく宝石みたいな金色の眼がぱっちりと形よく開いていた。
少女の可愛らしさと、けれども大人の色香が混ざったような、不思議な魅力。
こころが成長すれば、こんな感じになるのではないか。
その女性は穏やかな微笑みを絶やさず、食卓を挟んで向かい側に立った。
「お母様!」
と、その女性に気づいたこころが、嬉しそうに声を上げた。
お母様。……お母様?
その言葉は脳に浸透したというのに、上手く理解に繋がらない。
こころに呼ばれて手を振っている目の前の女性は、どう見積もってもこころの年の離れた姉くらいにしか見えなかった。小さな子供ならばともかく、高校生の娘がいるようには思えない。こころと一緒に外に出掛けても、通行人には姉妹が仲良く買い物をしているとしか映らないだろう。
こころのお母さん、弦巻さんは腰を曲げて一度会釈すると、にっこりと笑った。
「初めまして、勇希君! 弦巻家へようこそ! 自分の家だと思って、寛いでね?」
よく通る声が響き、俺の耳をさっきまでと違う意味で震わせた。
声、大きい。さすがにびっくりした。
でも、今のでわかった。この人は間違いなくこころの母親であり、こころはこの人の遺伝子をたっぷり引き継いで生まれてきたのだということを。ちょっとだけ肩を震わせた俺に対して弦巻さんは白い歯を見せて笑ったまま、不思議そうに小首を傾げていた。
そんな弦巻さんと、母親似のこころと、俺による三人の食事会が、幕を開いた。
意外なことに、料理はそこまで物珍しいものばかりではなく、俺が見たこともあるようなメニューも取り揃えてあった。俺に合わせてくれたと理解して、少し安堵したのも束の間、話を進めていた弦巻さんが、あっさりと本題を切り出してきた。
「というわけで、勇希君にはこころと結婚してもらいたいの!」
ここまでで、既に事の経緯は聞かされていた。
弦巻さんは俺の母さんと友人、というのは母さんから聞かされていたから知っていた。どういう経緯で友人になったのかは知らないが、その縁で息子である俺の存在を知り、興味を持ったらしい。早速俺のことを調べ、いろいろと検討した結果、是非娘と食事会をと母さんに頼んだらしい。
母さんはそこで返事を保留にしたと言っていたが、そこから認識の相違が発生したらしい。弦巻さんは母さんから了承を貰ったと勘違いしてしまい、とりあえず準備をして候補日を決める旨を母さんに通達。呆れた様子の母さんから俺へと連絡がきたという流れだ。
そして、食事会が開かれた。
今回ばかりは母さんに非はなく、やはり弦巻さんが発端ということがわかった。
「どうかしら? いつ結婚する? 明日かしら?」
「あの、まだ結婚できる年齢じゃないので」
前世と違って、この世界はいろいろと異なる点は多いが、結婚できる年齢は今のところ前世と同じ十八歳だ。学生時代からの子作りや出産は推奨しているのに、結婚年齢の引き下げはまだ行えていないというバランスの悪い状態。子作り支援に関する新しい制度を導入するのはともかく、従来の法律の変更となると対応が遅くなるのは前世と変わりないようだ。
「そう言えばまだだったわね! それじゃあ、結婚できるようになったらいいの?」
「ええっと」
ノリがこころと同じで、俺は少し振り回されていた。
だが、ここでたじろいでいては駄目だ。母さんと同じように勘違いされて、向こうのペースに引っ張られてしまいかねない。年齢的に結婚できないはずなのに、民法上の問題すらも解消されて、いつの間にか結婚していた、ということになりそうだ。
「弦巻さん」
一声掛けて、楽しげに話を進める弦巻さんと、隣でニコニコしているこころの視線を奪う。
二人の視線が集まったところで、俺はゆっくりと切り出した。
「俺は、こころさんと結婚したいとは思っていますが、他にも結婚したい人が大勢いますし、正妻にしたい人も別にいます。なので、こころさん一人だけを愛するということはできないです。すみません」
そう言って頭を下げてから、俺はゆっくりと顔を上げる。
視線の先には、残念そうに眉尻を下げる弦巻さん、ではなく、変わらない笑顔を見せる弦巻さんがいた。
「勿論、それでいいわよ! 良かったわね、こころ!」
「ええ! ありがとう、お母様! 勇希も、これからよろしくね!」
嬉しそうに両手を合わせる弦巻さんと、飛びついてくるこころ。
二人の反応に、俺はちょっとだけ呆気に取られていた。
黒服さんの用意周到さといい、割と強引に俺とこころを結びつけようとする対応といい、俺を弦巻家に取り込んで、独占しようという思惑があるのかと思っていた。けれども実際にはそんなことはなくて、ただこころの結婚相手として俺を望んでいるだけだった。
こころが正妻ではないことに対する世間体とかも、全く気にならないらしい。
すんなりと自分の要求が通って、俺はほっとしていた。
油断していたとも言える。
「でも、その代わり、こちらからの要求も聞いてくれるかしら?」
「え……」
自分の要求を通してもらっただけに、断ることは難しかった。
そんな俺に向けて、弦巻さんは要求とやらを口にする。
俺をそれを聞いて、少しの間だけ、空いた口が塞がらなかった。