弦巻家での食事会が済んだ後、俺は車で自宅に送ってもらっていた。
あの場で、いずれはこころと結婚する旨をこころ本人とこころのお母さんに確約した。先方にとってはそれを俺の口から聞けただけで十分だったらしく、こころが正妻でないことも、他にも大勢の恋人と結婚することも、全く問題ないようだった。
その代わり、こころのお母さんから一つ要求をされてしまったが。
元々は向こうからの結婚の要望だったはずが、俺が少し消極的な姿勢を見せた途端に、さらに要求を追加するという。その場では冷静に対応できず、要求を受けてしまったが、よく考えれば二つの要求をただ受けさせられたようなものだった。
強かな人だと思う。終始ペースを握られて、手の平で踊らされていたような。
向こうの要求は俺にとっても悪いことではないから、別に構わないのだけど。
こころたちは、食事会の後もしばらく俺に弦巻家にいさせようと引き留めてきたが、長い時間滞在するのも申し訳ないし、あのまま弦巻家にいたらまた別の要求をごり押しされてしまいそうで怖くなったため、お暇させてもらうことにした。
車での送迎までは断れなかったけど。
行きと同様に流れ行く車窓を眺めながら、俺は考えに耽る。
いろいろと考えるべきことが尽きない。
でも、だからこそ楽しいのかもしれない。
悩んで、自分の意思で決断して、そうやって人生を決めていく。一度は終えてしまった人生だけど、こうしてまた現世で命を得て思い悩めているのは非常に贅沢だ。今後も悩み苦しむことはあるだろうけど、悩んだ末に下した結論であれば最終的には自分の判断に納得すると思う。
だから、後悔だけはしないように、考えることはやめない。
移動時間を使って今後のことを考えていると、車が緩やかに速度を落とした。
「岩戸様。到着いたしました」
行きのときと同じく、扉が開いて黒服さんが顔を覗かせた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、急なお呼び立てに対応してくださり、ありがとうございました」
外に出て挨拶をすると、黒服さんは恭しく頭を下げてきた。
俺が見送る中、黒服さんを乗せた車が弦巻家へと帰っていく。
弦巻家にいた時間はそこまで長くないはずなのだが、なんだか随分と長い間、留まっていたようにも感じながら、軽く体を伸ばす。こころとあれだけセックスしてちょっとだけ感じていた疲労は、少し体を解すだけで抜けていくように感じた。
相変わらずの体力お化けだ。それも、日に日に成長を感じる。
自分の成長期に恐ろしさを感じつつ、俺は家に戻った。
自宅には当然俺以外に誰もいない。誰とも予定も合わなかったため、これから誰かと会うこともない。そして、昼過ぎだけど、夕食にはまだ時間がだいぶ早い。歌やギターの練習なども朝にやったし、することに困る。
「どうしよう……」
とりあえず、皆の予定にその後変更はないかを確認してみようと思い、『ハーレムパーティー』を開いてみた。皆、それぞれの予定があるために各チャットページでの発言は今日の午前中で止まっていた。
「ん……?」
なのだが、全員が閲覧できるチャット上ではなく、個別メッセージが届いていた。
俺と友希那と蘭。三名だけが集められたチャット欄で。
『勇希。今日の夜から明日の朝まで、時間ある? 家に行きたいんだけど』
『無理なら、また今度でも構わないわ』
蘭と友希那の二人が、俺宛にメッセージを飛ばしていた。
発言時間はついさっき。
結構中途半端な時間からの夜のお誘い。それも、珍しい組み合わせの二人から。
いや、以前にもこの二人はチャットで言い争いをしていたようだから、一応はある程度の関係はできあがっているのか。完全に険悪というわけではなさそうだったから放置していたけど、その後どうなったのかまではしっかりと把握していなかった。
二人の間で何かやり取りがあったのかもしれない。
そして、今日になって俺に話が回ってきた、といった流れか。
でも、だとすると夜に俺の家に来るというのがよくわからない。朝までということは泊まる気満々だ。その意味を正直に受け止めるのであれば、三人で朝までセックスしたいけど、時間ある? ということになる。
仲が悪いのに、3P?
謎過ぎる。それとも、俺が勘違いをしているだけで、俺を仲介役に据えて朝まで本気の討論でもしたいのだろうか。そこまで仲が悪いのか。そもそもそれほど衝突する何かが二人の間にあるとは思えなかった。
「まあ、いいか」
ちょうど暇していたし。悪いことにはならないだろう。万が一掴み合いをするほどの流れになったとしても、俺が止めればいいし。さすがにそこまではならないと思いたいけど、二人の関係が未知数だから絶対とは言えない。
『いいよ』
とりあえず返事をしておいた。
あとは、待っていればいいのだろうか。何か準備しておくものはあるのだろうか。
『夕飯はどうする?』
と続けてメッセージを送ると、それほど時間を空けずに二人から反応があった。
『夕食は済ませてから行くわ』
『あたしも同じく』
『わかった。いつ来ても良いように準備だけしておく』
そうして、突然の来訪が決まった。夜は何をしようかと悩む必要がなくなった。
二人が来るまで、空いた時間に掃除でもしておこうと思った。日頃から綺麗にしてあるけど、やっぱりこういうことには気を遣う。
自分の部屋は勿論、居間とかもこの際だから綺麗にしておこうか。
ちょっと妙なやる気スイッチが入ってしまい、気がつけば割と大掛かりな掃除に発展していた。途中で手を抜くことができず、たまには良いかと思って各部屋をピカピカにし、二人ができるだけ穏やかな気持ちで話し合いできるようにしておく。
それにしても、こんなにも早く恋人間で衝突が起こるとは。大勢の人間が集まればいずれは起こると思っていたけど。こういうのを対処するのは俺の役目とはいえ、初めてのことに多少なりともハラハラする。
こういうことがあるから、今いる恋人たちとの相性を考慮に入れて、今後の恋人選びも慎重にならざるを得ない。いくら見た目が良くても、性格上に大きな難点のある人はそもそも恋人にはしないけど、本性を隠して接してくる人もいるだろうし。今まで以上に俺の観察眼が試される。あまり自信はないけど、これまで選んだ恋人たちを見ていれば、俺の目は決して節穴ではないと思いたい。
掃除を終えた俺は、ちょっと近所のスーパーまで買い出しに行くことにした。足りなくなっていたお茶菓子とかを買い足そうと思って。外に出たついでに夕食を適当に済ませて帰宅し、後は二人がやって来るのを待つだけになった。
そして、インターホンの音が鳴り響く。
すぐに玄関へと向かった俺は扉を開き、やってきた二人のどちらかを出迎えようとして。
「あれ? 二人とも一緒?」
扉の前に揃って立っていた友希那と蘭の姿を見て、首を傾げる。
二人からの要望で実現した三人での面会だけど、わざわざ来訪時間まで合わせてくるとは思わず。たまたま鉢合わせて、一緒にやってきただけなのだろうか?
「こんばんは」
「入ってもいいかしら?」
「あ、うん。どうぞ」
立ち話だと落ち着かないだろうから、とりあえず家に上がってもらうことに。
二人を招き入れ、扉を閉める。
「どうしたの?」
俺が玄関から家に上がっても、二人は靴を脱がずに立ち止まったままだった。
「ここまで来て、引き下がれませんよ……?」
「そのつもりはないわ」
なぜか恥ずかしそうに蘭が友希那へと目線を寄越し、友希那が毅然と言い放つ。
そして、友希那が私服に隠れていた首元を、蘭も遅れて首元を晒す。
今日は涼しいとはいえ、七月も上旬になるというのに、首元が隠れている私服姿の二人に疑問を感じていたが、その理由がわかった。
二人の細い首には、首輪が嵌められていた。
友希那は黒い首輪。蘭は赤い首輪。
それはファッション用ではなく、ペットプレイで使うコスプレ用の首輪だった。
「勇希」
「勇希」
二人はほぼ同時に声を放った。
「私を」
「あたしを」
そして、爆弾発言を口にした。
「またあなたのペットにしてちょうだい」
「勇希のペットにして」