モデルの初仕事を終えた頃には、正午を少し過ぎていた。土曜日であるため、往来を歩く人々の数は多い。きっちりと帽子を被って伊達眼鏡を掛け、変装をし直した俺は、それでも比較的人の少ない通りを選んで待ち合わせをしていた。
仕事関係の待ち合わせじゃない。ここからは完全にプライベート。
携帯を弄って暇潰しをしていると、数分後に彼女がやってきた。
「おまたせ~」
遠くから手を振りながら近づいてきたのは、リサだ。もう少しで夏休みに入るとはいえ、既にその恰好は夏仕様。白く肉付きの良い太股が覗く青いショートパンツ。へそ出し、肩出しのオフショルダーの白いトップス。白い歯を見せて笑い、ウェーブの掛かった茶色い髪を揺らすリサに、より活発的な印象を与える。
「ごめんね、遅くなって」
「全然待ってない」
実際、そこまで待っていない。必要だったら何時間でも待つけど。そもそもリサはその辺しっかりしているから、大幅な遅刻はないと思う。あっても、事前に連絡をくれるから安心だ。
「良かった。それじゃ、行こっか」
俺の左手を握ったリサと肩を並べた俺は、ゆっくりと歩き出した。
久々のリサとのデート。前回約束してから期間が空いてしまったけど、またこうして遊びに来られて嬉しく思う。
「さっきまで、女の人と会ってた?」
「うん。わかる?」
「勇希から知らない香りがしたから。もしかして、新しい恋人候補?」
「違うよ。もっと別件」
まだ恋人たちには、俺がモデルの仕事を始めたことは伝えていない。仕事と言いながらも、読者モデルだからアルバイト感覚だし。何かのきっかけでバレたら話すだろうけど、読者モデルを始めたと自分から言うのにちょっとだけ気恥ずかしさを感じた。
「そっかそっか。また勇希のハーレムが拡大されたのかと思った」
「リサは嫌? 俺の恋人が増えるの」
「ううん、そんなことないよ~。むしろ、嬉しい、かな? 勇希のおかげで交友関係が広がっていくし、勇希っていう格好いい男の子の良さをもっと多くの女性たちに知ってもらいたいし。……それに、何より」
リサが俺の耳に顔を近づけ、声を潜めて言った。
「女性に囲まれてセックスを楽しむ勇希、すごく幸せそうだし……。それを見ていると、アタシも満たされるんだ~……。もっとこの人が喜ぶことをしてあげたい……。いろいろなタイプの美女たちと一緒になって、勇希を幸福と快楽に沈めてあげたい、って思うんだ……。勇希が喜んでくれるならアタシ、どんなプレイだってしてあげるからね……」
熱を帯びた声音で囁かれ、全身が震える。歩いているのに腰砕けになりそう。何とか膝に力を入れて歩く。けれど、股間が膨れて歩きづらくなって、そんな俺を見てリサはニヤニヤと笑っていた。
「ほんっとに、勇希は素直で可愛いなぁ~」
俺の股間を見ながら、リサが目を細めて舌なめずりをした。ズボンに隠された俺のチンポを想像し、欲望を滲ませている。俺がそうであるように、リサも俺とのセックスを想像して軽く発情しているようだった。夏の暑さが原因ではない発熱によって、リサの頬はほんのりと赤く色づいていた。
このままひと気のない場所に行くのも手だと思ったが、今日は目的地が定まっている。お互いに、交尾の準備を始めようとしていたチンポとマンコを不完全燃焼のまま何とか鎮め、その場所へと向かう。
そうして、俺たちは商店街のとある店の前にたどり着いた。前回、気がつかなかっただけで、同じ商店街にある羽沢珈琲店とかなり近い距離に佇んでいた目的の店、やまぶきベーカリー。
ここは以前、リサとデートをした際に話題に上がったパン屋だ。確か、モカのおすすめのお店だという話だった。前回のデートでは羽沢珈琲店で食事をしたために立ち寄ることはしなかったけど、ようやく訪れることができた。
見た目は、よくある街のパン屋といった感じだ。小さすぎず、大きすぎず。店の名前が書かれたガラス窓から店内の様子が確認でき、中には大勢のお客さんがいて、ちょっとだけ待つ必要がありそうだ。
店の回転率が良いのか、どんどん客が買い物を終えて出てくる。
「ここの店、一回来てみたかったんだ」
「評判良いからね」
「どこで食べよっか?」
「公園にしよ」
パンの入った袋を手に、話しながら歩き去っていく女性二人組。他にも、家族連れやご老人など、様々なお客さんが買い物を終えて出ていく。そろそろ入っても大丈夫そうな人口密度になったのを確認して、俺たちは入店した。
「いらっしゃいませー!」
元気の良い声が店内に響き、入ってきた俺たちを出迎える。声を発したのは、エプロンをつけてレジ打ちをしている女性の店員。高校生くらいだろうか。髪を束ねて短めのポニーテールにした、快活そうな少女。かなり可愛い。
「いらっしゃいませ」
それと、少女の横でお客さんが買ったパンを袋にしまっている女性。少女とよく似た面立ちをしている。年の離れた姉、いや、だいぶ若く見えるけどたぶん母親だろう。落ち着いた雰囲気で、こちらに柔らかい微笑みを向けてくれた。
「鼻の下、伸びてるよ?」
「え……」
リサに言われて慌てて鼻と口元を手で覆う。けれど、わかりやすく伸びてはいない。
「なんてね。冗談だよ」
どうやら鎌を掛けられたみたいだ。これでは、店員の少女のことを可愛いと思っていたことがバレバレだ。まんまと引っ掛かった俺を見てリサはくすくすと笑っている。ちょっとだけジト目で見つめていると、リサはばつが悪そうに苦笑した。
「ごめんごめん。さ、パン買おう?」
「うん」
俺たちの後にも店の外で入店の順番を待っている人がいるため、のんびりしていたら迷惑だろう。トレーとトングを手にした俺たちは、棚に陳列されたパンを見ながら、それぞれ食べたいパンを取っていく。
パンから漂う良い匂いを感じながら、商品を見て選んでいく。パン屋に通った経験は多いわけではないけど、この時間は何だか楽しい。ついつい、匂いに食欲を促されて買いすぎてしまうのもよくあることだ。
ウィンナーパン、カレーパン、ベーコンエピ、メロンパン、チョココロネ。などなど。そこまで大食いではない俺だけど、自然とたくさんのパンをトレーに乗せてしまった。食べきれなかったら、夕飯にでも食べよう。
ちらりとリサの様子を見てみると、俺とは違ってだいぶ迷いながらも選別していた。
「いろいろ食べたいけど、悩むな~」
カロリーを気にしているのだろうか。リサは全く太っていないように見えるけど、そこは男の俺が深く突っ込める部分ではないのだろう。女性は毎日体重計の数値と一進一退の攻防を繰り広げているという話だ。
「俺と半分こにする?」
「それいいね! そうしよう!」
ここで俺が掛ける言葉は、瘦せてるからカロリーを気にしなくて良いよという否定的な言葉ではなく、相手の選択肢を増やしてあげること。俺もちょっと取りすぎてしまったから、リサと折半していろいろなパンの味を楽しむほうが都合が良かった。
二人で食べられる分だけにして、どちらも食べたいものを選別する。
「これでいい?」
「うん、いい感じ」
ちょっとだけ時間を掛けて、ようやく俺たちはレジに向かった。
「お会計お願いします」
「はい、ありがとうございます」
少女がトレーを受け取って、レジ対応をしてくれる。いつの間にか、少女の母親はいなくなっていた。店の奥に行ったのだろう。陳列されたパンが少なくなっているから、補充用のパンを取りに行ったのかもしれない。
買ったパンの値段を伝えられ、財布からお札と小銭を取り出す。その間に、少女は手際よく袋にパンをしまっていく。随分手慣れた様子。家族経営のようで、小さい頃から店の手伝いをしていた感じなのだろうか。
「はい、ちょうどですね。こちらをどうぞ」
会計を済ませ、パンが入った紙袋を受け取る。
「ありがとうございましたー!」
再び明るい笑顔を向けられ、ちょっとだけじっと眺めてしまう。うん、やっぱりいい感じ子だ。パンもそうだけど、こういう子も食べたい。さっき、リサのせいで湧いた性欲がちょっとだけ残っていたようで、そんな感想を抱いてしまう。
「どうかされましたか?」
穏やかに笑いながらも、不思議そうに首を傾げる少女。
「あー、ごめんなさい、何でもないです。ほら、行くよ、勇希」
リサに手を引かれて、俺はそこで正気に戻った。けれどもリサは俺の手を引いたまま、店の外へと連れ出していく。そんな俺たちを微笑ましそうに見送る少女の顔を見ながら、俺は店を後にした。