「ストーカー?」
友人である
今は午前の授業を終えた後の昼休み。同じ二年A組であり、仲も良い俺達はよく昼食を共にしている。教室内で席が隣同士であるため、互いの席を正面に向かい合わせて食事をしていた。教室内には俺達のように仲の良い友人同士で食事を共にしており、室内に談笑する声が響いている。
昼食時には、日常の話題が雑談の候補として挙がることが多い。そのため、今朝俺が体験したことは話の種にちょうどいいと思ったのだが、若林の反応は俺が想像していたよりも少し真剣味を帯びていた。
「やばくない?」
「そう? 相手は女子中学生だけど」
購買で買ったチョココロネを食べながら俺が言うと、若林は首を傾けた。
「中学生。そうか、中学生か……。セーフなのか?」
「さぁ」
「さぁって、自分のことだろ……」
呆れたようにため息をつく若林。確かに俺は自分でも危機意識が乏しいという自覚はあるが、ため息を吐かれるほどだろうか。燐子からは外出時の送り迎えをしたいと言われて断りはしたが、一応何かあったときのことを想定して一人で行動する範囲は考えてはいる。
チョココロネを頬張りつつ、俺はストーカーの少女のことを考えた。
様子見をすることにはしたが、行動がエスカレートするようならば対策も講じなくてならないだろう。しかし、どう対処すべきだろうか。こちらから接近して事情を聞くことで問題が解決すればそれでもいいのだが。
「それで、まだ女漁りしてるのか?」
若林に聞かれ、隠すことでもないため俺は頷いておいた。
「本当に変わってるよな、岩戸って」
またも呆れたような表情を浮かべ、若林は中断していた食事を再開した。弁当箱に詰まったおかずを箸で摘まみ、口へと運ぶ。大振りのからあげで、見ているこちらも食欲を覚える。たまには揚げ物もいいかもしれない。作るのは面倒ではあるけど。
その後、他愛もない話題で会話をしつつ昼食を続けた。
話していると昼休みはあっという間に過ぎ去った。
羽丘男子学園はその名の通りに男子校であるため、話す相手は男しかいない。教師も男だ。前世では共学の学校に通っていて男子校には馴染めないかと思ったが、意外に過ごしやすい。男の数が少ないため、クラスも一つの学年に三クラスしかなく、同学年の殆どと知り合いだという状況が関係しているのかもしれない。
しかし、共学もまたいいと思っている。この世界では共学は殆どなく、地方などで通学の関係上やむを得ず共学を許容しているといった場合が大半だ。それほど、男と女を同じ閉鎖的な空間に放り込むことの危険性があるということに他ならない。
いっそのこと全て共学にすれば、恋人がたくさん増えるのではないだろうか。俺のような前世の価値観を持った者や飢えた女はそう思っているのだろうが、一般的な男としての立場を尊重した結果がこれだ。男子校と女子高で、明確に棲み分けを行っている。
昼休みの後、午後の授業が始まって早々に、俺は左手にある窓の外を見た。
曇り空の下に映る学園内の景色。豪華な施設が立ち並ぶ広い敷地内を囲うのは高い柵だ。柵の天辺は鋭く尖っていて、部外者が校内へと容易に侵入できないようになっている。その上、女性警備員による手厚い警備が行われている。
世間ではこれだけ男を大切に扱っているということを考えると、やはり俺の危機意識は低いのかもしれない。
前世で学んだ学習範囲を耳に入れながら、外の景色を見たりこっそりと楽譜を見たりして自由に過ごす。授業中は退屈だ。前世では割と勉学に励んでいたこともあって、高校で学ぶ内容など完全網羅している。今さら集中して授業を受けるほどでもなく、殆どの時間は主に音楽関連のことを考えている。楽譜を見て、歌う際の注意点やどういう気持ちを込めるべきかなどに思考を費やしていると、授業時間も短く感じられる。
「お前はどうしてそれで成績がいいんだよ……」
抜き打ちの小テストであっても俺には問題はなく、自己採点は満点だった。俺よりも比較的しっかりと授業を受けている若林は不満そうだ。そこはまぁ、生きている時間が違うためだから仕方がない。逆にそこまで真面目でもない若林にテストの点数で負けるなんてことがあれば恥ずかしい。
何だか突然やる気を出し始めた若林を他所に、俺は午後の授業を全て自分の趣味に使った。自由に生きることの大切さを今、俺は噛み締めている。空は相変わらず曇っているけど、俺の心は晴れやかだ。
「お前、今日ちゃんと授業受けてたか?」
「居眠りせずに席には座っていた。別のこと考えていたけど」
「それは授業を受けていたとは言わねぇよ……」
またしてもため息。何か俺が悪いみたいに感じる。だが、俺は悪くない。誰だって、前世の知識があればそれを活用するだろう。俺は当たり前のことをしているだけだ。
今日も有意義な時間を過ごせた。おかげでまた一曲、歌の配信を行える。
「それじゃあ、また明日」
帰りのホームルームが終わり、そう言って通学鞄を肩にかけた若林に返事をする。教室を出て早々に帰宅し始めた若林を見送った後、俺も帰り支度を済ませて教室を後にした。
一人での下校。俺を狙う者からすれば絶好の機会だろう。曇り空は少し解消し、茜色に染まる通学路をゆっくりとした歩調で進む。
すると、背後から近づく者の足跡が聞こえた。今朝と同じだ。近くの壁に隠れて、俺にばれないようにしながら一定の距離感を保っている。必要以上に近づいてくることはなく、俺は背後にいるだろう少女に観察され続けた。
学校帰りに立ち寄ったスーパーマーケットで食材を購入しているときも、少女の監視の目は緩まない。段々と慣れてきたのか、さり気なさを装って俺との距離を近づけるときはあったが、話しかけてくることはない。
本当に何が目的なのだろう。俺の日常生活を把握して、何かを仕出かす準備を整えているのだろうか。それとも単純に照れ屋なだけで、俺に話しかけるきっかけを掴めずにいるだけなのか。
気にはなるが、接触はまだ早い。俺は気がついていない振りを続け、そろそろ家に着こうという距離までやって来た。
そんなときだ。後ろから声が聞こえてきた。
「ごめんね、あこちゃん……」
「え……」
よく知った声が耳に届き、俺は足を止めて後方を振り向いた。
そこで見た光景に、俺は一瞬だけ思考が停止した。
ストーカーである少女の口元を押さえ、背後から少女を抱き締めるようにして立つ幼馴染。燐子の姿がそこにはあった。少し昏い目をして微笑む燐子に抱き締められる少女はなぜか意識を失っている。
よく見ると、燐子の手にはハンカチが握られており、それを少女の口に押し当てているのだとわかった。
あのハンカチはいったい何なのか。そして、少女はなぜ意識を失っているのか。止まっていた思考が回り始めたとき、燐子の視線が俺の方へと向いた。
「勇希君、気をつけないと駄目だよ……」
「あ、あぁ、ごめん……」
「相手があこちゃんだったから良かったものの、大人だったら大変だよ……? やっぱり、毎日送り迎えしてあげたほうがいいよね……?」
「いや、それはちょっと……」
燐子の通う学校は
「送り迎えしたほうがいいよね……」
「えっと……」
「したほうがいいよね……?」
「だから、その……」
「させて?」
「あっ、はい」
短く強い言葉で告げられ、俺は押し切られてしまった。
「ふふっ……。それじゃあ、行こうか」
燐子は楽しそうに言って、気絶させたストーカーの少女を抱き締めなおした。
ストーカーの少女は、燐子からは『あこ』と呼ばれていた。その名前に少し覚えがあることに気がつき、俺が記憶を探っているうちに、燐子はあこを抱いたまま歩いて来ていた。
「勇希君にお願いがあるの……」
「お願い?」
知り合いがストーカーをしていたことを知ったためなのか、今日の燐子は少し雰囲気が違っていた。妖しい色気すら感じさせる微笑み。悪巧みをしているとも取れる笑顔で、燐子は俺へとこう告げた。
「あこちゃんを、勇希君のおチンポで堕としてあげて……?」
幼馴染からの提案に、俺は息を呑んだ。