※この作品はR-18です。

Fate/Extra Lapse   作:ぴんころ

1 / 20
プロローグ『愛神の目覚め』

『………ふむ、君も駄目か。そろそろ刻限だ。君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう。―――さらばだ。安らかに消滅したまえ』

 

 

 掠れ行く意識の中に、その言葉は冷酷なまでの響きを持って自分の頭の中に入り込む。

 脳に浸透したのはお前はここで終わりだという言葉。

 諦めろと諭すのではなく、これ以上は死ぬぞという警告でもなく、ましてや形を成さない脅迫ですらなく、ただ『お前はこうなった』と告げただけの宣告。

 頭痛と違和感を覚えて(非日常を感じて)走ってきただけの無謀な男への終焉の合図。

 

 ここで終わる。

 岸波智仁という人間の生はここで終わるのだ。

 自らに付き従う人形は崩れ落ち、すでにこの身にも致命傷が刻まれた。

 

 神聖な広場に崩れ落ちると、周囲には土塊と化した残骸のような人間たちが新たな同胞を迎え入れるようにして存在していることに気がついた。

 仲間になれ、諦めろ、お前はよくやった、一緒に眠りにつこう。

 甘い言葉でごまかしながら、これ以上の奮闘を食い止めようとするその土塊たちは、ある意味では優しいのかもしれない。数秒で尽きる命をその数秒すらも苦痛だろうと、意識を奈落の底へと誘い続けるその姿。それに導かれるようにして命の炎は消えていく。

 

 ーーーもう、このまま眠ってしまおうか?

 

 そんな考えすらも鎌首をもたげている。

 死という名の安寧。永劫の眠りは、すぐそこにまで迫っている。

 それは、自分が選べる中でもっとも安易な選択肢。

 このまま命尽きるまで苦痛に抗いながら、地獄の責め苦を味わい続ける。

 やれるだけのことをやった中で、それはただの見苦しさにしかならない。

 

 ならば、この安らぎに身を委ねることは堕落ではなく、正当な報酬。

 「お前は頑張ったんだ」という声に従い、この頑張りに見合う正当な報酬(数秒後の”死”)を受け入れてしまおう。

 

 

 終わりにしてしまおう。

 そう思っている。

 そう。そのはずなのにーーー

 

 

「…………ッ!」

 

 

 どうして、この体は「それでも!」と叫ぶようにして今もまだ人形(死)から逃れようと動いているのだろうか。

 それは堕落だと、どうして叫び続けるのだろうか。

 

 

 そんなことは決まっている。ここまでの戦いに、自分の意思など何一つとしてなかったからだ。流されるまま、本能に従うままに、ここまでやってきたからだ。

 自分は、何一つとして選んでいない。

 自分の意思で、戦いに参加すらしていない。

 

 自分の意思で選んだ結果ならばまだしも、これは選択の放棄でしかない。

 だからこそ、止まれないのだ。

 

 

『あら……?』

 

 

 そうと理解して、全身に力を込める。激痛をこらえながら、それでも立ち上がろうとする。

 動かない体。強くなる苦痛。それらは自分の眠りを推進するだけの燃料でしかない。

 二度と戻ってくることはない、あの世への片道切符。その安寧に背を向けて、ベルトコンベアの上を逆走するようにして、苦しみに満ちた生に向けて駆け出す。

 

 

『これだから人間って嫌いなんですよ。流されやすいくせに、流されないことを美徳とする。そんなに苦しいなら眠ってしまえばいいじゃないですか』

 

 

 武器はない/それがどうした。

 立ち上がる力はない/全ての命を振り絞れ。

 今ここにあるのは、戦いに向かう己の意思だけ。

 それ以上の物も事も必要ない。

 たったそれだけを導として、己に降りかかる堕落をーーー振り払え。

 

 

『いいでしょう。気にくわないですけど、その生きたいという願い。聞き届けました。全てを愛するのが私。なら、その生を望む心も愛して(大事にして)あげましょう』

 

 

 どこからか聞こえた声に、瞬間己の全力が弛緩する。

 甘い声、蕩けるような声、己をーーー地獄(天国)へと誘う声。

 けれどそこにわずかな安心感と、そして膨大なまでの警戒を持つ。

 

 同時に、己の肉体に、死に際して麻痺した感覚が戻ってくる。

 同時に、己の肉体を苛む痛みが消えていく。

 立ち上がることに支障はない。そこまで痛みが消えた。

 ふらつきながらも立ち上がり、あの声の持ち主を探す。

 姿はない。けれど確実に発せられている声は己に向けて。

 

『だから、もう一度口にしてもらえます? あなたはどうしたいんですか』

 

 

 無論、決まっている。

 この謎の声の持ち主がどういった存在なのか、そんなことはわからない。

 けれど、この想いに嘘偽りは存在せず、恥ずかしいという思いすらもなく。

 ただ、己の心を口にするだけだ。

 

 

 ーーー生き、たい……!!

 

 

 かすれたような声に、けれど返答は声という形ではなく、この広場に存在するステンドグラスが砕ける形。

 呆然と、そのガラスの終焉を美しいと感じながら。その幻想的と称するしかない光景の中心。広場の中央に一人の少女が立っていた。

 

 白いショートヘアーの左側には赤いリボン。その赤よりも深い紅玉の瞳は気怠げに。

 その肢体を包むレオタードの前には、黄金や蓮の花の意匠がついた前掛けが。

 二の腕から先は服と同色の、黒、あるいは紫、もしくはその二つが混じり合ったような独特の色の長手袋に似た何かに覆われていて、けれど手だけは露出している。

 そして、これまた同色のニーソックスの少し上には、黄金のガーターリングらしきものが。

 

 そうした衣装に包まれたことで肌の露出は控えめだが、その気怠げな表情と瑞々しい肌によって形作られている、背徳的な色気でクラクラする。

 もし、理性がなければ自分はきっと、彼女にすぐにでも”溺れて”しまっていた。

 その顔立ちは一瞬保健室にいた間桐桜という少女のことを思い返すことになったが、おそらくただ似ているだけだろう、とは思う。

 

 それら、彼女の身に纏う全てが普通とは思えない少女。けれどそれよりも目を惹いたのはーーー

 

 

「サーヴァント、アサシン。召喚に応じて参上しました。本当は、こんなものに参加するつもりはなかったんですけど、他に誰も応える相手がいないみたいですし」

 

 

 その幼き少女が身に纏う、はるかに強大なまでのオーラだった。

 疑うことなど何もないほど、比較することすら馬鹿らしいほどに強大すぎるオーラは、己の命を奪おうとした人形すらも霞んで見えるほどに。

 そんな少女がこちらを向いて、一言。

 

「あなたが、『生きたい』なんて叫んでいたおバカさん(マスター)ですか?」

 

 全てがわからない、ということだけがわかっている中で、その少女の涼やかにして可憐な声が脳髄に染み込む。

 マスター、とはなんのことだろうか。何もわからない。けれどわかることはたった一つだけ存在した。

 

「俺が……マスター、です」

 

「へえ、そうなんですか。やっぱり、あれは聞き間違いとかじゃなかったんですね。……あーあ」

 

 ため息をつく少女にどういうことなのか尋ねようとするも、直後俺が死んだと思っていたのか停止していた人形がカタカタと動き始める。

 体がこわばる。緊張と恐怖で汗が止まらない。呼吸が荒くなって、先ほどの死が今一度襲い来るのではないかという考えが、頭の中に回り始める。

 

「なんですか、それ? もしかして、また殺されるんじゃとか思ってます? ……さすがに、あの程度の輩に負けると思われるのは癪ですね」

 

 いいですよ、なんて口にした少女……アサシンと名乗った少女は弓を取り出す。それは蔦のようで、ところどころに彼女の前掛けの意匠と同じ蓮の花が付いていることが確認できた。

 

「さあ、マスターさん。私に指示を出してください」

 

 すでに、弓に矢が番えられているように見える。立ち上がった人形は、すでにいつでもこちらに向かえるように。それに対して向けられている弓矢と、こちらに対して向けられた視線。

 その瞳がさあ、と告げている。指示を出しなさい、と。

 

「頼む……!」

 

「はいはい、いいですよ」

 

 希う。その瞬間、少女は駆け出す。地面を一度蹴った後は滑るようにして前進する。弓を持っているのだから遠距離から攻撃するものだとばかり思っていたが、実際にはほんの一瞬で近距離まで詰めている。

 その速度は異常というほかなく、現れ方からして人間とはどこか違うと思っていた少女は、雷光もかくやと言わんばかりのその速さを以って、彼女が人間をはるかに超えた存在なのだということを自分に理解させた。

 

「翻弄しますね」

 

 その言葉と共に放たれたのは一射だけ。そのはずなのに桃色の閃光と化した鏃は無数に分裂し、人形の体を打ち付ける。一撃一撃がその人形の体を粉砕し、無意味な破片へと変化させていく。

 合計十。それだけの射撃が全て人形にぶつかり、四肢をもがれた人形はガラクタとなって動きを停止させた。

 

「なんだ、これで終わりですか」

 

 その光景を、呆然と見ていた。

 圧勝。いいや、勝負と呼ぶことすらおこがましいこれは蹂躙。そちらの方が呼び方としては正しい。

 自らの恐怖の象徴だったあの人形が崩れ去ったことに安心を覚えるも、あの幼い体の一体どこにそれほどの力が存在するのかと思ってしまう。

 

 少し残念そうに呟いた少女に何もわからぬままに声をかけようとして、手に刻まれた紋様が赤き閃光を放ちながら体に激痛を染み渡らせてきたことで、それは中断された。

 耐え難いほどの苦痛へと昇華され、己の意識を保つことすら難しい。

 

 

『手に刻まれたそれは令呪。サーヴァントの主人となった証だ』

 

 

 聞こえた声は、自分に対して宣告を行なった声と同質のもの。

 その声には労りなど存在するはずもないが、どこか先の終了の宣言に比べると違うような気がする。

 

 

『使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、三つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意する事だ』

 

 

 淡々と宣告する声。それに従って、霞む視界、落ちそうになる瞼を開いて紋様を凝視する。

 確かに、よく見れば三つのパーツに分けれられないこともない気がする。

 三回分の命令権ではあるが、実際のところは二回しか使えない命令権。その事実は、とても重要なことだと思う。

 

 使い方次第ではせっかく拾った命を捨てることになりかねないのだから。

 

 

『困惑していることだろう。しかし、まずは……おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。主の名のもとに休息を与えよう。とりあえずは、ここがゴールという事になる』

 

 

 ここで説明は終わりなのだろうか。終わりならば早くこの激痛に意識を委ねてしまいたい。

 命の危機を脱したことで精神が疲れ切っている。少しでも早く、眠ってしまいたいと思う。

 

 

『随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。そこにいる存在は私に取っても予想外の代物だったが、それもまた一興ということだろう』

 

 

 予想外と言われるほどの存在。

 少女に視線を向けると、けれど無関心なままに視線だけを返される。

 そこに、このわずかな時間で得られた「基本的には無気力な少女」の像が補強された。

 

 

『異例なことではあるが君に何者からか祝辞が届いている。―――”光りあれ”と。君の決断は、既に見せてもらった。もはや疑うまい。その決意を代価とし、聖杯戦争への扉を開こう。さあ、進みたまえ』

 

 

 痛みが、さらに増してくる。

 己の意識を刈り取ろうとしてくる。

 もう、だめだ。耐えきれない。眠りに落ちる意識の中、最後に聞いたのは

 

 

 

 ―――では、これより聖杯戦争を始めよう。

 

 

 ―――いかなる時代、歳月が流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理。

 

 

 ―――月に招かれた、電子の世界の魔術師(ウィザード)たちよ。汝、自らを以て最強を証明せよ。

 

 

 

 そんな、開戦の合図。己を最後の生還者として、己を最後の参加者として狼煙はあげられた。

 すでに、逃げる場所など存在しない。己の意思で踏み出した最初の一歩は、退路の絶たれた戦争だった。

 逃走は許されず、闘争に進むしかない。

 

 ーーー己の最強(けん)を以て、願いを遂げる時だ。




カーマ様という快楽の獣が出るのでR18。だからどこかでR18描写は入る。そこまではグロで我慢なのじゃ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。