戦いの終わった決戦場に、慎二の泣き叫ぶ声が響き渡る。
「な、なんでだよ!? なんで僕のサーヴァントが負けるんだよ!? おい……嘘だろ、嘘だって言えよ、オーディン! お前が負けるはずないじゃないか!」
かくして決着した戦い、下された判定。それを慎二が認めたがらない気持ちも分かる。だとしても、一度確定してしまった結果を覆すことは誰にだって不可能なのだ。それこそ、時間を巻き戻さないことには。
地上へゆっくりと崩れ落ちたライダー。
杵に付着した血が雷電によって蒸発する様を見届けたアサシン。
両者の姿は、その立ち位置は、明確なまでの試合結果を映している。”暗殺者”が勝利し、”騎兵”が敗北したという、揺るぎようのない決着を。
「どう考えても僕の方が優れている! 天才のこの僕が! こんな所で負けるワケにはいかないのに!」
慎二は、腫れた頬を抑えながらコードキャストを起動しようとする。
けれど、その指の動きに従うように仮想キーボードのような代物が出てくることはなく、それがセラフも聖杯戦争第一回戦の決着がついたことを認めていることを端的に示している。
「そ、そうだ、全部お前のせいだ、オーディン! お前が不甲斐ないからこんな事になったんだ!」
サーヴァントの敗北は自動的に間桐慎二の聖杯戦争脱落を意味している。
戦いは全部で七回戦。その初戦での敗退は、己の優勝を信じて疑わなかった間桐慎二にとってひどくプライドを傷付ける結果となっただろう。
だから慎二は、その敗北には自らの力が及ばなかったことが原因だとは、自分の責任であるとは思わない。
敗北の原因は全て己のサーヴァントにあるとして彼を糾弾する。一方のライダーはその言葉に反論をすることなく、致命傷を受けた肉体を起き上がらせて静かに瞑目した。
「いや、すまんな、マスター。我の力が足りていれば……いや、どのようなサーヴァントであったとしてもあの力を発揮した貴様には勝てなかっただろうな」
最後の言葉は、アサシンに向けて。彼は一体、その知識で何を知ったのだろうか。その答えはわからない。
けれど慎二にはその理由は関係なく、ただ自分が負けた事実だけがあって、その理由は全てオーディンにあると信じている。
「な……! あ、謝るぐらいなら負けるんじゃない! それだけの余裕があるならもう一回立って戦えよ!」
「いや、それは不可能だ。すでに心臓を貫かれている。見てわかるだろう、この体に開いた巨大な穴は。これは治らん。故に敗北は覆らぬよ」
「な……なんだよそれ、一人で勝手に消える気か!? 僕が負けたのはお前のせいだぞ!」
戦と死を司る神であるオーディンは、この戦における敗北を受け入れていて、一介のゲームチャンプでしかない慎二はこの
「なに他人事みたいに言ってんだよ! 僕は完璧だった。誰にも劣ってなんかない!」
髪を掻き毟りながら、恨めしそうに慎二はライダーに言う。
「……こんなはずじゃなかったのに……とんだはずれサーヴァントを引かされた!! くそっ、僕が負けるなんて……こんなゲームつまらない、つまらないっ!」
「マスターさん、もう行きましょう? このままここにいてもいいことはないと思いますよ」
その場で何度も地団駄を踏む慎二を、アサシンは冷ややかな眼差しで見つめる。
熱量の感じさせない、ひどく退屈した瞳。そこに慎二に対する底抜けの苛立ちを乗せている。慎二の様子に見苦しさを覚えたこともあるのだろうが、此処に至ってアサシンは勝者の責務を正しく理解していた。
―――勝者が敗者に掛ける言葉など存在しない。
それが命を賭けた戦いであるのなら尚更だ。勝者がどれだけ葛藤し、同情し、後悔したとしても、その全ては敗者にとって侮辱以外の何物にもなり得ない。
彼のためを思うのであればこそ、何も言わずに立ち去るべきだ。
「あ……ま、待てよ、おい! お前に話があるんだ。僕に勝ちを譲らないか?」
慎二は、そんな言葉を放つ。
その表情は必死で、何が何でも勝たなければならないという強迫観念にも似た何かを感じさせる。
けれど、ダメだ。勝利を譲ることはできない。なぜなら、自分も、アサシンの願いを叶えるために戦わなければならない。
「だだ、だってほら、君は偶然勝っただけじゃないか! 二回戦じゃ絶対に、100%負ける。でも、僕なら絶対に勝ってみせる。……な、考えてみろよ。二回戦で二人とも終わるより、どちらかが優勝した方が僕たちにとってはプラスになるだろ?」
慎二は自分の言葉を理解しているのだろうか。
たとえ偶然でも勝利したということは、天才であるという間桐慎二と凡人でしかない自分の間にはその程度で覆る程度の差しかなく。
二回戦で100%負けるというのは、その偶然をもってしても覆せないほどの大きな差がある。つまり慎二よりも強い相手なのだと言っていることを。
「マスターさん。あの戯言を真に受ける必要はないです」
……むしろ受けようとしたら撃ち殺されそうな気がするのだが。それでもアサシンの言葉……戯言という表現は何一つ間違いはない。
今この場においては慎二の言葉など、全くの現実味がない言葉でしかなかった。
「あ……待て、行くなよおい! こんな簡単な計算もわからないのか? 聖杯を分けてやるって言ってるのに!」
気がつけば、自分の足は昇降機に向けて歩き始めていた。
友人のこれ以上の醜態を見ていられないと思ったのか。
自分の行動なのに、その理由がまるでわからない。
「やめておけ、慎二。お前がチャンピオンだというのなら、真正面から自分を打倒した挑戦者にはエールを送るべきであろう」
「うるさい! お前のせいで負けたんだぞ? 何偉そうに口開いてんだよ!」
ライダーの諭すような言葉も、今の慎二には焼け石に水。
「……くそ。ふん、お前もこんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよな。リアルなら僕の方が何倍も優れてるんだ。いいか、先に日常に戻ってお前がどこの誰かはっきりしたらーーー」
突如として出現した、自分たちの間を分断する真紅の壁。躊躇なく決戦場を二分した赤い障壁。
それは、慎二たちと自分たちを分ける、勝者と敗者を区切る壁だった。
「ーーーうわっ!? な、なんだよ、これっ! ぼ、僕の、僕の体が消えて行く!? し、知らないぞこんなアウトの仕方!?」
叫び声をあげた慎二の、手が、足が、体が、段々と消えていこうとしている。
そばで見つめる、彼のサーヴァントとともに。
「令呪をすべて失った者は死ぬ。慎二、汝もマスターとしてそれだけは聞いていたはずであろう」
「はい!? し、死ぬってそんなの、よくある脅しだろ? 電脳死なんて、そんなの本当な訳……」
「いいや、死ぬさ。戦争に負けるとはそういうことだ。そもそもが、ここに入った時点で、すべてのマスターはすでに
「な……」
慎二は信じていなかったのだろう、負ければ死ぬということを。
これが、真に戦争だということを。だからこそ、今更になって泣き喚く。
きっとこれは、七日前の自分の姿だ。アサシンに助けられることなく、絶対の死を迎えていた場合の自分なのだ。
「やだよ、今更そんなこと言ってんなよ……! ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なあ!?」
慎二の言葉を否定するように、彼の体を蝕む
彼の体が朽ちて行く。かつて、偽りとはいえ友人だった相手の体が。
今、ここに至ってようやく「敗者が死ぬ」というルールを俺たちははっきりと理解した。
「あ……ひ、止まらないよこれ!? な、なんとかしてくれよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」
「戦いと死を司る神に何を求めているのやら。……生ある者はいずれ死ぬ。その摂理が貴様にも働いただけのことであろう?」
「な、何わかったようなこと言ってるんだ……! お前、悔しくないのかよ!? 負けた上に、こんな、こんなの……」
「無論、悔しいとも。此度の戦争は
慎二の悲痛な叫びとは真逆。ライダーは、静かにその敗北を受け入れている。
その余裕は、生前、最初からいつ、どのようにして死ぬか定められていたからこそのものなのか。
「だがな。定められておらぬということは、同時にいつ死んでもおかしくはなかったということ。生前とは違って最終戦争を迎えることすらできずに消滅する。これもまた一興ではあろう、とも思っている。ならばこそ、我はこの終わりに悔いはない。慎二。汝には汝の苦悩があろう。もうすでにわずかな時、せめて貴様の友に対して、何かを残すがいい。激励でも良い、呪詛でも良い。勝者には義務があるのであれば、敗者には権利があるのだからな」
そう言って、ライダーはあっけなく消滅する。
最後に、知恵を持つ神は一つだけ己のマスターに言葉を残して消滅する。
その簡潔な最期は慎二の行く末を。数秒後に訪れる、決して避けられない運命を、残酷かつはっきりと示していた。
「残す、言葉……」
慎二は呆然と呟く。数秒後、こちらを振り向いた彼の瞳には一体何が映っているのか。
「岸波、僕は……」
直後、言葉を発するための口にまでその
一瞬冷静に戻ったはずの慎二が、もう一度錯乱する。
「あ、あーーー消える、消えていく!なんで? おかしいぞこれ、なんでリアルの僕まで死ぬってわかるんだ!? 」
「慎二!」
障壁に手をつく。確かにあの一瞬、慎二が俺に向けた目は友人に対して向けるものだった。
慎二が友人と思ってくれている。その事実が嬉しくて、どうしようもないとわかっているはずなのに障壁に手を叩きつけずにはいられなかった。
なんども、なんども。手に血が滲むまで。
けれど、そんなことではルールが変わることはない。
「うそだ、嘘だ……こんなはずじゃ……助けてくれよぉ! 僕は……僕はリアルじゃまだ八歳なんだぞぉ!? こんなところで、死にたくな―――」
ーーー消えた。
幾多のノイズに蝕まれ、身体の大半を喪失していた少年―――間桐慎二の断末魔を最後に、彼の存在は完全に地上からも月からも消失した。残されたのは自分とそのサーヴァントだけ。ただ一組の勝者である。
これが”電脳死”。聖杯戦争に敗北したマスターが辿る”運命”。
慎二の死を代償に、それを俺は知ることとなる。
ーーーこれが、聖杯戦争第一回戦の結末であった。
ーーー学園:一階玄関
戦いは終わった。
自分が勝ち、慎二は負けた。
その結果、慎二は消滅ーーー死を迎えた。
……本当に?
間際の姿をはっきりと見たが、どうにも実感がない。
本当に、命が一つ、永久に消え去ったのだろうか? 自分が勝っただけで?
何の説明も、何の価値もないままで?
「一回戦、終わったみたいね」
どれだけ呆然と立ち尽くしていたのだろうか。
気がつけば、一人の少女がこちらを睨みつけていた。
「慎二はあんたと戦うって言ってたから、負けて死んだのはあいつの方ね。アジア屈指のゲームチャンプも形無しか。まあ、命のやり取りなんて話、あのバカには未体験だっただろうけど」
「……遠、坂……」
遠坂凛。慎二とも因縁浅くない、百戦錬磨のマスター。
彼女が七日目の今日に生きているということは、つまりは勝ち残ったということだろう。それは大して驚くほどのことでもない。気になったのは、彼女の辛辣さだ。
「遊び気分でこの聖杯戦争に参加した魔術師の末路ってやつ? どう? みっともない死に様だった?」
「遠坂……!」
死者を冒涜する言葉に、反射的に言い返そうと口を開く。
これが八つ当たりだとは自覚している。
手を下したのは自分であり、遠坂凛は関係ない。それでも、死者を冒涜するような彼女の台詞に我慢がならなかった。
だがーーー。
「ここは戦場なのよ。敗者に肩入れしてどうするの」
その言葉と眼差しが告げている。
戦場では負けたものがただ死ぬ。
聖杯戦争の仕組み。それは現実世界と何一つ変わらない。戦場では負けた者が死ぬという、ただそれだけの。生きるために自分以外の何かを殺すのは獣ですら当たり前にやっていることなのだ。
ほとんどの魔術師はそうした現実を受け入れた上で、聖杯戦争に参加した。
叶うはずのない大願を叶えるために、理の埒外を行使する万能の盃を手に入れるために、命を奪い奪われるという”覚悟”を抱いて戦っている。
少女は言った―――覚悟も無しに戦われるのは目障りだ、と。
覚悟。死にたくないという願いは、昨日”アサシンの願いを叶える”という意思に置き換わった。だが、それだけでいいのだろうか、本当に。自分は、そうは思えない。
|世界の発展を願い、現在の地上を改革しようとする者《遠坂凛》。
自分が知っているだけでもそれだけの願いがある。これから先、聖杯戦争を戦っていくためにはそんな彼らの願いを押し潰す”覚悟”が必要だ。なあなあで過ごすわけにはいかない。だからこそ、俺にはそれを宣言する義務がある。
「覚悟なら、できたよ、遠坂」
「そう、ならいいけど。口先だけのことじゃないことを祈っているわ」
これ以上、語る言葉は必要ない。俺と遠坂はただお互いの瞳に、何かを見通す。
覚悟が出来たと言った。
それは聖杯戦争を戦うという決断であり、命尽きるまで聖杯戦争を戦い抜くという決意でもある。一人の友人を死なせた以上、立ち止まることは許されない。
ならば、少しでもそれに相応しい戦いをしなければ―――。
ーーー学園:マイルーム
「マスターさん、悩んでいるんですね」
七日目の夜。この学園にいた
アサシンは、優しげな瞳を湛えてそう言った。
「ここは戦場。殺しあう場において、相手を慮るその性格は邪魔なものでしかないですが、それでも、日常で生きるのであればそれ以上の美徳はないのでしょうね」
「……ありがとう、アサシン」
彼女の慰めるような言葉。
それは、慎二の死からずっと堪えてきた感情。それを涙という形で発露した己を見たからだろうか。
マイルームに戻ったことで、ついに感情に歯止めが効かなくなってしまったのか、その涙は拭っても拭っても溢れてくる。
アサシンはすでに、戦闘時のあの謎の成長した姿から普段の姿に戻っている。そんな幼い少女に優しく背中を撫でられて、恥ずかしい気持ちがないわけではなかったが、この思いを堰き止められない。
「ーーーーーーー」
こんな殺し合いを後、六回。
聖杯戦争は七回戦まである。全てに勝ち続けて聖杯に至ることを目的とする以上、自分は後六回繰り返さなければならない。超えなければならない。……耐えられるのだろうか。
「辛いなら、逃げ出してもいいんですよ? 死にたくないというだけなら、それこそ私にはどうとでもできますから。辛いことをしないといけないなんて、楽な道に逃げてはいけないなんて、それこそ人間の作った幻想なんですから」
「でも、それは……」
悩んでいる最中、アサシンの声が届く。
けれどその内容は決して容認してはいけない代物。
なぜなら、アサシンの願いを叶えられないことになる。俺が戦う理由はアサシンの願いを叶えるため。それを否定されてしまえば、そして原初の願いである死にたくないという思い。それすらも保証されてしまうのであれば、そこに自分が戦う理由はーーー。
「ダメ、だよ」
あった。
すでに一度、慎二を殺した事実がある。だから止まれない。ここでそれを良しとしてしまえば、何のために慎二を殺したのかわからなくなる。
楽な道へと堕ちること。それだけは許してはならない。最初の願いは死を受け入れないことで、それを振り払ったのは堕落に当たるから。ならば、死ななくてもいいからと楽な方に流れようとすることだけは認めてはならない。
「そう、ですか」
アサシンも、さすがにちょっと驚いているのかもしれない。少し歯切れの悪い返事だった。
ああ、そうだ。立ち止まることは赦されない。堕落することは赦されてはいけない。
友人の命を、彼の死を無下にしないためにも。
覚悟。戦いを続けるという覚悟をした。
だが、今日だけは。今日だけは彼の死を悼もう。今この瞬間にしかそれはできないことなのだから。
ーーーその日、夢を見た。
赤い壁が出現する前、慎二が言おうとした言葉、その続きが最後まで語られて、実際には死ぬこともなく彼も現実に戻って。
また何か、別のゲームで対戦だろうか。今度こそ僕の実力を思い知らせてやる、だろうか。
どんなものにせよ、偶然が介在しない実力による勝負を持ちかけてきたのだろう。
そこで自分が負けて、慎二がそれを煽って。下手くそだな、なんて文句を言った後に対戦相手にある程度の実力がないとつまらないから、なんてそのゲームのやり方を教えてくれる。
そんな、決して訪れることのない未来。
俺たちが本当にただの友人だった場合の、ありえたかもしれない日常。
そんな彼らを見ていた自分は傍観者で、決して共に遊ぶことはなかったけれど。
それでも、確かにその光景は救いになった。
たとえそれが、俺の生み出した妄想であったとしても。確かにそうなる可能性が、そのことを想像できるだけの余地がこの世界には存在していたことだけは、誰にだって否定はできない事実なのだから。
https://www.evernote.com/shard/s745/sh/99d477a1-5a09-4ae0-99a0-f7972f763abd/1781b226f001cd1e93d38c371c61be8b
オデンのマテリアル。ちょっと三回戦の部分でプロットがこんがらがってるのでそこを先に修正しますので、もしかしたら遅れるかもしれません