幕間 『二回戦』
ーーー学園、マイルーム
ーーー二階掲示板にて、連絡事項を通達する。
翌朝、深い眠りにあった俺の意識を覚醒させたのは、次なる戦いの開幕を告げる無慈悲な電子音だった。すなわち、二度目となる”殺し合い”の始まりを。
寝て覚めたとしても、この現実が覆るはずはない。
この手に付着した殺害の感触が消える機会は、永劫にやってこない。
「二回戦の対戦相手についてですか。それなら、さっさと行きましょう」
アサシンは、すでに用意を済ませている。
そうだ、友人を殺した以上、俺に立ち止まっている暇はない。
アサシンの淡白な言葉が、あの殺害は俺がしたものなのだという実感をくれる。
慎二のことを厭んでいたが、それでも殺そうとは思わないのであろうアサシンだからこそ。
それは優しさであり厳しさ。堕落させようとする彼女の割には、珍しいことだった。
「いや、ちょっと待って」
けれど、その言葉に頷くわけにはいかない。
端末を確認して立ち上がったが異変に気が付いた。
決戦を終えた翌日、本来であればこのタイミングで受信するのは次戦の相手、それが掲示板にて発表されることの連絡だが、液晶に浮かぶ文面を見る限りそうではない。
わざわざ、一回戦とは違う文言で聖杯戦争の開始を告げる必要はないのだ。だからこそ、疑問に思う。
これは、本当に次の対戦相手を発表するための通達なのだろうか?
わからない。わからないけれど、行かないという選択肢は存在しない。
万が一にもこれが、本当に対戦相手の通達であったなら。その可能性を考えないほど愚かではないつもりだった。
もしもの可能性に備えて、アサシンにもこの通達が以前のそれとは違うことを伝える。そういった情報を共有しておくのは重要なことだ。
「掲示板の前に行こう、アサシン」
「いいですよ。それ以外にやることがあるわけでもないですし」
意を決した表情で、顔を上げる。
アサシンは気怠げな瞳で、その行動を容認する。
ここから先に広がるのは正真正銘の”
ーーー学園、二階廊下
掲示板の前には、この間とは違って何も貼られてはいなかった。
ただ、その代わりに一人。この聖杯戦争の運営役たるNPC、言峰綺礼の姿はあった。
「来たか、若きマスターよ」
「言峰神父? どうしてここに……?」
「君に通達があるからだ。そこまで難しい内容ではないのだが、これは前代未聞と言わざるを得ない事態なのでな。……今回に関しては私から伝えることになった」
通達? 運営役……それも、その役割の中で最も上位であろう監督役が自らわざわざそんなものを?
それはあまりにも予想外にすぎる言葉だった。”前代未聞”という言葉と重なって、これから伝えられる言葉にいい意味なんて期待できるとは全く思えない。、
けれどその疑問は、直後告げられることになる言葉によって塗り潰される。
「君は二回戦は免除されることになる」
「……は?」
「
当然だ。どんな顔をしているのかはわからないが、いきなりのシード権。その理由を訝しまないわけがない。
覚悟を決めて、次の戦いに対して挑もうとした直後のこの宣告。まるで、俺に対しての嫌がらせか何かだろうかと疑ってしまう。
「なに、本来なら君の対戦相手となるはずだったダン・ブラックモア。彼が何者かの襲撃を受けて消滅した、というだけの話だ。よって、君はこれからの七日間、聖杯戦争のルールの範囲内であれば何をしても許される」
「……その、ダン・ブラックモアという人を倒したのは誰なんですか?」
「そちらに関しては調査中だ。……ただ、どうやら正しい聖杯戦争における参加者ではないらしい。これが聖杯戦争の進行に対して不備をもたらすようであれば、そして運営でも対処に手こずるようであれば、おって何かしらの措置をとるかもしれん。その覚悟はしておくことだ」
頷く。セラフでも処理に手こずるような代物であれば、そしてダン・ブラックモアという人物を襲撃したという言葉からして相手はエネミーか違法なマスターか。そういった類の存在なのだろう。ならばサーヴァントという最強の剣を持つマスターたちにその処理をさせるのはある意味当然かもしれない。
「では、行きたまえ。これからの七日間、どのように過ごすも君の自由。他のマスターたちと同様にアリーナには入れるようにしておく」
この七日間。どう過ごすか。そのようなことは決まっている。
アリーナに向かう以外の選択肢はない。その途中で、何某かのサーヴァントについての情報を得られれば御の字、程度だろう。
七日間あれば、どれだけの
自分には失われた二回戦、その二日目の昼下がりのことだった。
言峰によって伝えられた、二回戦のシード権。それに胡座をかいてただ三回戦を待って時間を無駄にするのではなく、アリーナに行って戦闘訓練を行おうとして、二階の廊下に向けて足を踏み出した瞬間だった。
ーーー突然、背筋が総毛だった。
「!?」
奇妙な悪寒。正体不明の力。
サーヴァントを呼ぶ間も構える間も無い。圧倒的な力によって、勢いよく後方に引き寄せられた自分の身体は学園の壁と激突―――するはずが、痛みが無い。
驚いて周囲を確認すると、そこは
海の底のような空間。
もしも仮に此処が決戦場であるならば、それに相応しい”敵”がいるはずだ。
それに思い至った瞬間、意識が凍りついた。
……緊張で息がつまる。
その感覚の正体。異空間に招待されて以降、延々と感じていた凶悪な気配。蛇か、虎か、あるいは龍か。息が詰まるほどの圧力を放つ熱源の方角へと、視線を向ける。
ーーーそこに立っていたのは”死”という概念を集結させたかのごとき存在だった。
「脆弱にも程がある。魔術師とはいえ、ここまで非力では木偶にも劣ろう。
死神、そんな言葉すら連想される。
燃えるような衣装に身を包んだ鋭い目つきの偉丈夫。
殺意を濃密に圧縮した恐怖は、そんな姿形をしていた。
間違いなく、この空間を焦がす殺意はこの男が根源である。一瞬の躊躇もなく断言できた。
恐れで指が震える。
ここまで明確に、濃密な殺意を岸波智仁という個人に対して向けられたことがないために、気がつけば歯がカチカチとなっている。
酸素が欠乏し、思考が定まらない。敵の視線が一際細く研ぎ澄まされ、獲物を観察するかの眼光が向けられる。その睨みに、全身が縛られた。
己のサーヴァントと同じクラス。けれど己のものとは違い、真なる意味での”
一瞬でも目を離せば命を絶たれるーーー!
「小僧、お主はどうかな?」
来るーーー! 確信した直後、この肉体には死が迫っていた。
「なら、こんなのはどうですか?」
言葉とともに、体に起きた変化は全て急激な魔力消費によるもの。
一瞬の酩酊のような感覚とともにアサシンが出現する。一回戦の時と同じく、分身して。
弾丸と化して迫る赤き闘士の”拳”を、その分身が肉体で受け止めて破裂する。
肉体の内側にまでダメージを通す技巧、おそらくは構えと合わせて中国武術だろうと判断できる。
攻撃を防ぐと同時に、少女は無限に増殖して弓矢による弾幕を張る。
アサシンの狙いは精確。一矢一矢に一切の無駄が存在しない。相手の動き、人体に可能な動きを理解した上での狩りに近い代物。
けれど真紅の武人が振るう拳は、歩法は、その狩猟が一切通用しないレベルで。宇宙の真理を理解し合一することが目的である中国武術の真髄を魅せていた。
無論、それは弾幕を凌ぐだけではなく。拳というたった一つの武器を無数のアサシンの肉体を砕くための凶器へと変貌させている。
(厄介、ですねーーーっ!)
一撃で、その肉体が粉砕される。分身が破裂し、それよりも早くまた二体分身が出現している。
最初から、この特殊すぎる事案。その終結までの時間を稼ぐことしか念頭にない動き。セラフが見逃すはずがないが故に、その時までを稼ぐことを目的としている。
けれど、分身が感じている威力は厄介としかいえないもの。
あの拳一つが必殺であり必滅。武器を持たず、鎧を纏わず、されど一騎当千のサーヴァントを相手に死を知覚させるその男―――彼は強い。それも異常なほどに。
互角とは言い難い展開。アサシンが必死に均衡を保っている、しかもその均衡を保つための魔力が急激に己から搾り取っている関係で、戦える時間は少ないというのに、敵の男にはいまだ余裕が感じられる。時間にして一分と経たない攻防。そこで彼は動きを止め、己の拳を観察した。
「ほう、少しは気骨のあるものがおる。よく踏みとどまったな、小僧」
少し驚いたように、満足そうに、そして残念そうに告げる男。
その顔には笑顔が浮かんでいるが、それは断じて暖かな、褒め称えるような笑みではない。むしろ、倒しがいのある敵を発見したことへの歓喜。こちらを執拗に狙い、見定めるその瞳に浮かんでいるのはーーー狂気。彼の持つ、赤い双眸も合わさっていることで、余計に恐ろしいものへと変貌しているように見える。
「時間切れとは興ざめだが、殺しきれぬのでは仕方がない。舞台裏ではこれが限度よ」
アサシンも、眼前の男から目を離さない。
敵はサーヴァント。それも、一撃一撃が掠っただけでも肉体を粉砕しかねないほどに鍛え上げられた肉体を武器とするもの。故にこそ、武術に精通していた、武術を以って後世に名を残した英霊なのだろう。
「お主とはいずれ
すると、未だ戦いを続けるつもりかと思って緊張していた自分たちの予感とは裏腹に、男はゆるりと踵を返した。
此処でやり合うつもりはないのか、あるいは制限時間があったのか。肩透かしを食らったような気分だが、寧ろ僥倖だったとして喜ぶべきだろう。
実力の未知数なサーヴァント。
何も情報のないままに彼と戦うのは危険だ。そう本能が警鐘を鳴らしている。これまで出会ったどのサーヴァントよりも獰猛で鋭利な視線に、いつのまにか足が竦んでいた。
「ッーーー!?」
気がつくと、元いた場所に戻っていた。
けれど、安堵するにはまだ早い。魔力の多大な消費で朦朧としている意識の中、理性がそう叫んでいる。
異常はまだ続いている。
達人のサーヴァントの殺気とは違う。ある意味では更に鋭く、より危険な視線が此方を狙っている。歩きなれた学園の風景にあるまじき、感じ慣れることのない凶悪な気配。明らかに危険だと分かってしまう、純粋な殺意。
廊下に漂うこの気配はーーー。
「その実力で、どうやって生き延びた?」
音もなく、、数メートル先に出現し、自分の視界に入り込んできたのは、圧倒的なまでの”黒”。
鴉を連想させる漆黒のコートを羽織り、顔にかかる長い髪の下、刺し貫くような視線を向けているその男には見覚えがあった。
予選の学園生活で見かけた怪しげな教師。
確か「葛木」と呼ばれていたような記憶があるが、凍てつく気配はその頃とも変わりない。あらゆる事実は納得に結び付く。―――彼はこの聖杯戦争に参加した、あの
「ただの雑魚かと思ったが、上級のサーヴァントを引き当てたか、それとも爪を隠した腕利きか。どちらにせよ、あの魔拳から生き延びたのだ」
葛木の纏う気配が変わる。
怜悧な刃物のように研ぎ澄まされた殺気が、己の全身から一点に向けて集中していく。
首。鋭利に磨かれた眼差しが向かう場所はそこだ。そう分かっていたのに、身体は動かなかった。彼の瞳が自分を間違いなく狙っているのだと、気付いていたのにも関わらず、体が動かない。
汗が、頬を伝って床に落ちる。男が、この首を切り離すことを目的として足を一歩踏み出したタイミングーーー。
「ふぅん。やっぱりあなたがマスターを殺して回ってる放課後の殺人鬼だったのね」
その言葉が響いた瞬間、葛木の動きが不意に静止する。
誰だ、という無言の言葉を聞いた。どこからともなく聞こえてきた言葉であるが故、あのような暗殺を行う人物であるが故に、
だが、その声の持ち主である少女は元より隠すつもりがなかったらしく、誰もいないはずの教室の扉を開け放って、威風堂々と歩いてくる。
あの声の持ち主、それとは知り合いだったようでその姿を認めると同時に、表情筋を動かすことすらなく、その名前を言い放つ。
「……遠坂凛か」
「あら、私のことはご存知なのね。さすが世界に誇るハーウェイ財団の情報網。それとも、ちょっと派手にやりすぎたかしら?」
少女が歩みを止める。葛木が距離を詰めるよりも早くサーヴァントが守りに入れる距離、この場においては確実な安全性を確保した上で、その男……「放課後の殺人鬼」と呼ばれている男の正体を暴きにかかる。
「ねえ? 叛乱分子対策の大本、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイさん?」
ユリウスと呼ばれた葛木は、薄い唇をかすかに歪めて笑った。
その女王としての気風を見せつける姿に見覚えがあったのは、ユリウスだけではなく己も。赤い服が印象に残る、歴戦の魔術師。今回の聖杯戦争において優勝候補の一人として評判の彼女は、遠坂凛。
「敵を
「まさか、ソイツはわたしの仕事とは無関係よ。殺したいなら勝手にやりなさい」
「……テロ屋め。その隙に後ろから刺されるのではたまらんな」
ユリウスの冷徹な視線の前に、遠坂はたじろぐことなく答えてみせる。
ハーウェイ財団に対する叛乱分子対策の大元――――その言葉が真実であれば、意味するところがどうであれ、ハーウェイの管理体制を良しとしない遠坂にとってユリウスは因縁浅からぬ相手だということ。
静かな敵意と容赦の無い殺意が互いの間に交わされる。
遠坂がこの場に現れたこと。それが直接的に自分の安全を保障したものではないにしても、見知った顔の出現に、そして己に対して向けられたユリウスの殺意が一時霧散したこと。その二つによって安堵しているのも事実だった。
「確かーーー岸波と、言ったな」
ユリウスはゆっくりと、廊下の壁に向かって後ずさった。
凍てつく視線をこちらに向けてーーー。
「……覚えておこう」
殺意のこもった視線のまま、こちらを”ただの有象無象”から”標的”へと変化させる言葉を最後に残して。
ユリウスは壁に溶け込むようにして消えていった。
どのような手段を取ったのか、おそらくはハッキングの類いだろうが……重苦しい気配が消失したことで、ようやく安堵の溜息を吐く。
それにしても、これほどまでに堂々と違法手段を扱うマスターがいたことに慄然とした。中立を保障されたはずの地帯だが、決して安全とは言い難いようだ。
「
ユリウスの気配が消えた後、遠坂は独り言のように呟いてこちらを振り返った。
その視線は冷たく、さっきまでユリウスに向けていたものと、一切の違いがないように見える。
「……なによ、その目は。もしかして本当に助けに来たとでも? 別に、私はただハーウェイの殺し屋に挨拶したかっただけ。結果的に助けたみたいな形にはなったけど、あなたも私にとってはただの敵。どこで死のうと知った事じゃないし」
屋上で相談に乗ってくれる彼女とは、全く異なる側面。お人好しの彼女も、そしてこの敵に冷酷なまでに非情な彼女も、どちらも彼女が持つ側面の一つに過ぎないという事なのだろう。
そのこと自体は、一回戦終了時の、慎二との決戦を行なった直後に見せた彼女の一面からわかっていたことだ。
だが、だからこそ、敵として彼女と出会っていない状態なら。それこそ、対戦相手が彼女にならない限りはお人好しとしての彼女、友人としての彼女と過ごすことができるはずだ。
「……まあ、一回戦。今更のことではあるけど、幾ら間桐くんがあれでも、実力だけは確かだったわけだし。彼と戦って勝ち抜いたことや、さっきの状況で泣きわめいたりしないことに関しては見直したわ。前に言ってた、覚悟が決まったっていうのも嘘じゃないみたいね。……ほら、貴方とは変なトラブルとかあったじゃない? だから、なんていうかーーー」
そのトラブルでできた借り。それを考えているから死んでもらっては困る、ということなのだろうか。
俺にはわからないことだが、どうやら彼女にも理解できていないようで、何言ってんだろ、と彼女が呟く。
「精々、二回戦も死なないようにね」
そう言って、少女は去っていった。
次回から三回戦。地獄を見ることになる皆
R18までが長いなぁ…… どうあがいても五回戦まで同意込みのセックスなんてないのが……
どっかでバッドエンドでカーマ様に取り込まれた話でも書くか……?