「これで全員揃ったようね」
集合場所にたどり着く頃には、すでにその場には二人の少女が立っていた。
腕を組む遠坂は髪を軽く払う姿を見せ、逆にラニは寡黙に立ち尽くすのみ。そんな、二人を見かけた時の普段通りの姿。けれど、今回同盟を組んだ最後のマスターである俺が到着したことで、これまで一度たりとも見たことがない、彼女たちの臨戦態勢が今この場で形作られていく。
「ごめん。遅れちゃったかな?」
挨拶として尋ねると、二人の視線がこちらに向く。そして、俺の言葉を聞いたラニの首が横に振られた。
「我々が約束した時間にはまだ幾許かの余裕が残されてあります。規律ある五分前行動。実に素晴らしい心がけだと云えます」
「まあ、そうは言っても、集まった以上は時間まで駄弁って待ち続ける必要なんてあるはずもないんだし。ーーー早速突入しましょ。準備が整っているなら、の話だけど」
そのためにここに集ったのだから、と。遠坂の瞳は真剣味を帯びている。
準備を聞いた彼女の言葉には、不退転の現実が滲んでいる。不可逆的な挑戦。戦いに挑む以上、何かを得るまでは帰れない、そんな試練が待ち構えていた。
下手を打てば、いいや、たとえ最善手を打ち続けても勝てるかもわからない怪物。けれどこのタイミング、今用意できる最大戦力で、これ以上あいつがサーヴァントを取り込むよりも先に討伐しないといけないだろう。
「ああ、大丈夫だーーー行こう」
恐怖を振り払う。行くのが遅れれば遅れるほど、あの相手は他のサーヴァントを吸収してどんどん手に負えない化け物になって行く。
それを理解しているからこそ、ここで退く選択肢は存在しない。
この先にいる怪物の強大さは、自分が一番よく理解している。今更に怖がる理由は無く、であればこそ、その歩みを躊躇う必要も無いのだ。
足を一歩進めると、そこは既に見慣れたはずの迷宮の風景。
けれど、そこはすでに見慣れたはずの迷宮から遥かに外れている。
中に充満する空気には、甘い淫蕩な雰囲気が。
アリーナの外部、箱状の通路の外には混沌とした泥が。
それら異様な雰囲気の原因となる全てが、その最奥にあるたった一つの存在感によって塗りつぶされている。
「ッ―――、ここからでも分かる極大な魔力……息がつまりそうだわ」
流石の遠坂でも表情に僅かな不安を見せていた。
幾度の戦場を踏破してきた魔術師にとって、並の脅威は脅威足り得ないというのに―――そんな彼女ですら顔を顰めなければならないほどに、敵は強大だった。
凶悪な気配は、間違いなくあの”バケモノ”のもの。
けれどその気配がこちらに向かってくる気配はない。
それが、マスターであるあの女性の考えなのか、それともあのバーサーカーがマスターを守るためにそこから動かないのか。どういう目的なのかはわからず、だからこそ慎重に。
そこで、気がついた。一日目とはまるで違う喧騒の様子。微かながらもあの
「もしかして、もう戦ってる?」
それは直感。大した根拠があるわけではない。
あのサーヴァントと戦闘というものを行ったわけではなく。だが、あの理性なき狂戦士として存在するサーヴァント。あれは襲いかかるということをしてこなかった。ただ、サーヴァントとしてマスターを守るように。襲い来る者に対しては例外なく振るわれるであろうあの殺意も、襲い掛からなければマスターの舌先三寸にかかっている。
無差別かつ無秩序に襲うただの獣であれば、昨日の時点で俺たちは死んでいる。この轟くような絶叫の存在は、件の女神が既にして戦いを始めていることの証明だとも云えた。
「既に先客がいたということでしょうか。先を越されてしまったようですが……漁夫の利を得るならば静観するのも一つの策と認定されます」
冷静に、客観的に、ラニは状況を的確に判断した上でそう語る。
あのサーヴァントといえど、連戦による消耗は免れないだろう。傷ついた敵を横やりにて仕留めるとは、実に合理的で、実にホムンクルスであるラニらしい適切な考えだろう。
だが、俺も遠坂もその言葉にはわかっていたように首を振る。
「……行こう。多分、あれは全員でかからないと倒せないと思う。戦場のどさくさ紛れでも同盟を組める方がいい」
「オーケー。そうこなくっちゃ。見ているだけなんて性に合わないし」
遠坂が、自信に満ちた宣言をして笑う。
ラニもまた、それにつられたのか静かに表情を綻ばせる。
だが、二人のそれは別に敵の実力を侮っているとか、そういった余人に良くある慢心とはまるで違う。これより遭遇するであろう
その上で勝つと宣言した。
彼女たちの自信の裏には、何よりも己のサーヴァントへの信頼が隠されている。並みの強者に向けられたものではない。それは、一騎当千を謳う至上の”力”にこそ充てられるが故に。
「出てきてください、バーサーカー」
「■■■■■■■■■■■―――!」
ラニの宣言とともに、一人の巨人がアリーナにその姿を見せる。
中華の鎧を纏った巨人。赤き武人はその鋼に包まれた、鋼と称することすら生ぬるい肉体を誇るように、狂気の咆哮をアリーナの全てに響かせる。
何も映していない白き瞳は、だからこそ武人としての在り方、その誇りだけは見失わず。
手に持つのは機械的な、いくつもの武装を組み合わせたかのような特殊武装、方天画戟はまさしくその力強さを理解させる。
ーーーなんだ、これは……?
今回の標的はは女神という一点で他の
当代において古今無双と謳われたであろう並いる英霊達をはるかに超える別格の英霊。その威光はあらゆる英霊の存在を霞ませる。磨き上げられた珠玉を置かれては、雨風に鍛えられた端麗な鉱石も色褪せる。そんな言葉を想起させる程度には、その英雄の威光は強く、眩しかった。
だが、唯一。その威光を霞ませるものがあるのであれば、それは反骨の相。どこか、裏切りという言葉がよく似合う。理由はわからずとも、何故かそう思った。
人間という位階。英霊という位階。その一角にして、彼の存在する逸話はその地域では最高峰なのではないかと思ってしまうほどの武勇を誇る。そう、確信した。
「へえ、流石はアトラスのマスター。超級のサーヴァントを従えているようね」
感心するように呟く遠坂。
侮ることなくラニのサーヴァントが破格であることを認めた彼女は、その上で余裕の笑みを作った。当面した迫力に気圧されることなく、彼の英気に浴してなお尊大に。
英雄を越える英雄――――”大英雄”。
畏怖と羨望とを一心に集める
なのに彼女は、優雅な佇まいを一ミリとて崩すことはなく。
「出番よ、ランサー。貴方の槍であのサーヴァントの心臓を抉り抜いてちょうだい」
その言葉に間髪入れずに現れたのは青い槍兵。
獰猛な笑顔を携えて、その男は今回の獲物に歓喜する。殺し難い相手であっても殺しきれない相手ではないと確信しているように。
怪物退治は英雄の専門だと。その総身にみなぎる覇気が絶対の勝利を確信させてくれる。
「おう、いいぜ嬢ちゃん。サーヴァント、ランサー。あんたの前に敵の
ランサーは赤き槍をくるりと回して肩に乗せて、バーサーカーを眺める。
その瞳には多少の嫌悪が宿っていて、けれどそれを口に出すことはなく、むしろそのマスターであるラニに対して、今度はどちらかと言うと興味に振り切った視線を向けていた。
「にしても、そっちの嬢ちゃん。良くもまあ、こんなサーヴァントを使役してられるな? 裏切られるとか思わねえの?」
それは、俺と同じものを感じ取ったということだろうか。少なくとも、この青い槍兵もこの英霊に対して
「ええ。その辺りに関しては大丈夫です。裏切りの可能性をそのまま残すようなことはしません」
「ふぅん。……ま、嬢ちゃんがそう言うならそれでいいさ」
そうして最速のクラスの称号を持つランサーを
世に並び立つ者の存在しないであろう、無双の大英雄が二騎。
彼らの存在は、勝利を―――聖杯を求めるならば避けてはならない障害だ。味方でいられるのも今回だけ。いずれ自分たちの前に立ちはだかる可能性は十分にある。
あの二人にも勝たなければならない。
あの二人すら越えなければならない。
そのことを考えてしまうだけで、足は容易に立ち竦んでしまっていた。悠然と進み去っていく二組の背中を眺めて―――すると、服の端をちょいちょいと掴まれて。
「ん? どうかしたのか、アサシン」
「マスターさんって実はバカですよね」
「……いきなりひどいな」
けれどその言葉に彼女の声が返されることはなく。
どう言う意味なのかが全くわからないまま俺を置いて先を歩き始めるアサシンを追いかける。
この場で置いていかれてしまえば、それはつまり俺の死亡にしか繋がらない。
彼女もそれを理解しているからか、本気で置いていこうとしている訳ではないだろうが、それでもどこか機嫌が悪くなったような……。
ーーー何か、ミスをしたのだろうか?
「ええ、まあ。ぶっちゃけた話、マスターさんがあれには勝てないと思っているのが気に入りません」
「いや、でもさすがにあれは……」
「気持ちはわかりますけれど……」
それでも。
「貴方が私の勝利を信じなくて誰が信じるんですか」
最初から負けると考えて、臆していてそれで何ができると言うのか。
つまりはそう言うこと。彼女の機嫌が悪くなったことの原因。
彼女が機嫌を悪くしてしまうのも無理はない。どんな英霊であれ、敵サーヴァントに圧倒されるマスターの姿を見てしまえば、悔しさの一つや二つを抱くだろう。ーーー自分はそんなに頼りないのか、と。
それを抱いたのがこのサーヴァント、マスターを堕落させようとする彼女であると言う事実に驚きを隠せないことは事実だが、それでもそこにあるのは勝利への渇望。それを彼女が抱いているという事実は誰にも否定させないほどに嬉しかった。
「……って、なんですかその顔」
「いや、なんでもないよ。ーーー行こう」
ーーーアリーナ:二の月想海、第二層
流星。あるいは隕石。
アリーナの上空に敷き詰められた光源の数々は、さながら夜空に浮かぶ星の如く。無論に、流星と形容したからにはそれらが空を駆けていることを意味している。空間をただ照らすのではなく、光たちは隕石となって降り注いだ。
「まずは、あの泥をどうにかせねばなーーーっ!」
その流星の正体とはすなわち矢。
対象との距離を広く取り、とある一騎のサーヴァントは矢の絨毯爆撃を行なっていた。
機関銃の如き連射速度にして、英霊としての技量より撃たれる無数の魔弾。
その一射は精確に敵を狙い穿つ。構えてから到達するまでの時間はほとんどゼロに等しく、それゆえ避けることは不可能だと思われた弾雨の如し連撃。およそ弓矢とは思えない破壊力で降り注ぐそれを、敵は悉くを一切の身じろぎすらなく防いでみせた。
その矢は全てが剣であり、そこに込められた魔力は一射一射が宝具級の代物。
それらが全て、絶対の肉体によって無効化されている現状。どうしようもなく歯ぎしりをせざるを得なかった。
「チッ、さすがは大地となった女神と言うべきか。大地を割る奥義でもなければ殺しきるのは不可能か……!!」
放った矢にはありとあらゆる概念が込められている。けれどその中には彼女を打倒するに足る概念は存在しないと見切ったのか、その男ーーーアーチャーのサーヴァントとして召喚された赤い外套の武人はそこで矢を放つのを止めた。
標的の怪物に対し、これ以上の攻撃は無意味と悟ったからである。他の追随を許さぬ弓の技術が、その怪物の耐久性によって理不尽に防がれている現状、それに悪態をつきたくなるのも仕方ないだろう。けれど手を止めることだけはしない。動きを止めることはしない。
すでにして、巨大な剣がアリーナの外側に突き刺さり、壁の役割を以ってして泥をせき止めている。それだけでも十分に彼の仕事としては問題ないのだが、彼のマスターはこの怪物を倒すことを目的としていて、同時に彼自身このサーヴァントのマスターは倒さねばならない巨悪だと認識している。ここで倒さねば、世界そのものすら飲み込むだろう、と。
「如何ともしがたいな。このままでは骨が折れるだけ。だが、あれを解き放つわけにはいかないとなると……君に火力を任せてもいいかな?」
「ええ、いいでしょう、アーチャー。私のマスターからもあれの撃破を頼まれています。……あれを残していてはいけない、と」
その時、アーチャーの隣に現れたのは一人の女性だった。
戦場に立つとは思えない白いドレス。気品ある、王女か何かと見間違うようなほどに整った顔立ち。その周囲に巻き起こるのは常人では立っていられないほどの風。それがまるでそよ風か何かのように金糸の髪を多少揺らす中、その翡翠の瞳は眼前に鎮座する女神に対する戦意に燃えていた。
まるで騎士、まるで王。
性別を除いて、王として立つに十分にすぎるほどの素質をその少女は携えている。
「これを使うといい」
「これは……! あなたは、まさか……」
渡された一本の黄金の剣。それはすなわちその少女の正体をこの弓兵は理解していることに他ならず、その事実に驚く少女に、けれど弓兵はニヒルに笑うだけ。
ーーーあとで問い詰める。どうせ答えないと理解しながらも少女はその決意を新たにして、一気に飛び出した。吹き荒れるのは魔力と嵐。それはまさしく
「laーーー」
「なっ!?」
怪物が歌う。暴威が接近する。
刹那、その女性は右手に力を込め、その手が握る黄金の剣を振り放った。
鋭い一閃は、押し寄せる泥の触手による一撃を破壊とまではいかずとも払い除けることには成功し、そして追撃の”嵐”が奔る。他でもない、このサーヴァントが放出した魔力による暴風だ。
武器ではない、彼女自身が持ち込んだ、その肉体に付与された能力。
女性を囲うようにして展開された極大な暴威は、その黄金の剣の一振りと連動して泥を振り払い、同時に何かが形作られようとしていた現実をも消し去る。たとえそれがどれだけ悪しき代物であろうと、触れぬ以上はその脅威がサーヴァントに降りかかるはずもない。
加えて、彼女の卓越した武芸はそれこそ極致の位階に達していた。それが、アーチャーから渡された贋作の剣でしかないにも関わらず。
基本となる身体能力ステータスの高さもさることながら、剣の扱いに関して、この少女に比肩し得る者が果たしてどれほど存在するのだろうか。迫り来る泥の雨の一切合切を弾いては吹き散らし、悠然としながらも素早く間合いを詰めていくサーヴァントだったが、それでも絶滅必死な状況には変わりない。
ならばーーー。
「アーチャー! どうやって用意したのかは知りませんが、これはなんども用意できるものですか!?」
「そう簡単なことではないがね。神造兵装を生み出すのはこれでなかなか。苦労も絶えないのさ」
そう口にして、この戦闘で、彼女が振るうことに耐えられる程度の贋作を作れる個数を宣言する。もう一本、それが限度だと。
その言葉を遠く聞き届けた少女は、その手に握る剣を一度深く握りしめる。真名に関しては握ったタイミングからわかっている。
これは自分の所持する剣とは違うが、限りなく近い贋作。で、あるならば一度程度はその真名解放にも耐えられるであろうという考え。
魔力を流し込む。真なる光が弾け、邪悪を断つ光を剣が帯びる。
そうなった剣には一切の頓着をしない。その剣がそういったものだとは、二人とも知っている。
「
敵たる女神が動くことはない。
振りかぶった聖剣が、その光と魔力に耐えきれずに自壊していく。
けれどもとより、彼女の一撃に耐えうるほどの力は持っていない。たった一度の使用で砕け散ってしまうまがい物にして、たった一度限り真なる聖剣を解放するまがい物。
「
その攻撃を塞ぐものは何もない。通路にまで這い出でた泥も、その灼熱の光によって焼き消されていく。
あらゆる全てを浄滅させるだけの威力を伴った一撃は、たったそれだけで全てが終わったのではないかと思わせるだけの迫力が存在する。
この聖なる光を前にしては、どんな生物であろうと一切の無傷のままというのはありえない。
「これで、多少はダメージを与えられただろーーー何!?」
仮にも『宝具』の威力。並のサーヴァントであれば防ぎようもなく消滅しただろうが、敵は怪物、大地の女神がサーヴァントとして顕現できるギリギリにまで霊格を落としてきた正真正銘の化け物だ。だからこそ、アーチャーも、そして少女もこれで倒すとまではいかないだろうと判断していた。
それでもダメージは与えられた。
それでも手傷くらいは負わせられた、と。―――それこそが油断。
「まさか……不死身だとでもいうのか!?」
贋作とはいえ
けれど、白煙が晴れた先。そこに存在する巨大な女神竜は、最低限目に見える範囲では傷は存在しない。
だが、それも当然なのかもしれない。
たとえサーヴァントとして顕現していようとも、相手は女神。大地となったもの。
それは地球そのものなのだ。地球を削りきることなど不可能であるがゆえに、
漏らした声は苦渋の声。
アリーナの大地に刻まれたのは一条の光による破壊痕。
なのにその中心に存在するティアマトには一切の傷が存在しないのだから。
「さて、どうしたものか……」
この化け物のマスターはすでに姿を消している。
だからこそ、マスターの指示がないがためにこのサーヴァントは止まることなく。
この戦いの決着は、順当に化け物の勝利に終わるはずだ。
当たり前に考えればクーニキと呂布とか結構強いはずのタッグなのに、これでも勝てる気がしない謎。
それと今回、クーニキと腐れ縁のサーヴァントと共闘していたとあるサーヴァントについてガウェイン卿に聞いてみましょう
ガウェイン「私は、何も、見ていません(震え声)」
十三拘束解放済みの聖剣ならさすがにサーヴァント程度の霊基のティアマトなら倒せそう……