たどり着いた時には、二人のサーヴァントがあの女神と戦闘を開始していた。
別に二人のことを信用していないわけではなかったが、いくら同盟を組んでいるとはいえ敵マスターがいる中でサーヴァントを離すということが馬鹿げている、とアサシンなら考えるであろうことを思えば誰か一人を先行させるなんて意見は出なかった。
よってたどり着いた時にはかなりの戦闘時間が経過していたようで、あの化け物と戦闘を行なっていたらしき二人はかなりボロボロと言ってもいいような状態であり、そこにこの同盟からの最初の一手を加えたのは斥候でもあるランサーだった。
「はっ!」
猛犬、番犬。通常の英霊ではありえぬほどの速度を弾き出す青い槍兵はボロボロとなった彼らの背中を討つ。
いいや、討たれたのはサーヴァントではない。
彼らの背後で形成され始めた、泥による不定形の人型。
一体なんだと思ったところで、その真横で形成された同一の代物によってその正体に気がつく。
それは、サーヴァントだ。
サーヴァントであるが、サーヴァントではない。
その肉体は泥で形成されているが、その肉体以外の全ては英霊のもの。形成されたてだったがゆえに自意識が目覚める前、反応される前にランサーの一撃で粉砕されたが、逆に言えばそうでもなければあの泥から生み出される無数のサーヴァントと戦わなければならない現実が待っている。
取り込んだ無数のサーヴァント。それを自分の戦力として扱うための端末が、あの泥なのだ。
「よう、アーチャー。まさかここまで腐れ縁が続くなんてな」
「ランサーか。礼は言わんぞ……」
「ああ? そんなのどうでもいいさ。っつーかお前に礼なんて言われた日にゃ鳥肌が立っちまうわ」
どこか知り合いじみた会話。もしや生前からの知り合いなのだろうか。
そんな疑問を抱いたし、それは遠坂も同じ。……いいや、どちらかと言うとマスターである遠坂凛の方がその衝撃は大きかったのかもしれない。
「ランサー、そいつ知り合い?」
だからこそ、俺たちが何かを口に出す前に遠坂はその言葉を口にしていたのかもしれない。
その言葉にランサーは嫌そうな表情になり、アーチャーと呼ばれた男は遠坂を見てなぜか多少の驚きを見せたがそれ以上は口にすることはなく。
「あー……おう。俺が聖杯戦争に呼ばれると、なぜかこいつが毎回アーチャーとして召喚されてんだよなぁ……」
「それはこっちも同じことだぞランサー。何が悲しくて貴様と延々と戦い続けなければならん」
その言葉には多少の気安さも出ていて。本当に過去からの知り合いなのだと理解させてくれた。
現界していたアサシンはさらに顔をしかめる。この会話の一体どこにしかめる要素があったのかはわからない。けれど彼女の琴線に何かが触れたことは理解した。
アリーナの最奥に到着すると、自分たち以外に二騎のサーヴァントが存在していた。
得物を見るに、言葉を聞くに、おそらくはアーチャーとセイバーなのだろう。二人のマスターらしき人物の姿は見えないが、どうやら間に合ってくれたようだ。
これで五対一。
決して了解を得たワケではないが、共通の敵を前にしてそれは今更というもの。何を言わずとも、今この場にいる全てのサーヴァントたちは自然と共闘の体勢を取っていた。
「良い機会だから言っておきましょうか」
そんな中、遠坂は一人。視線は敵手である女神竜に向けたまま。けれど語りかける言葉はこちらに。同盟を組んだ間柄ながらも今この一瞬だけは敵に戻ったかのように、冷たい声で。
「なんか最近、あなたから敵意が感じられないのよね。もしかして、私を仲間とでも思ってるんじゃないかしら? ……だとしたら、それは間違い。あくまで私は利害の一致であなたと協力しているだけ。いずれ時が来れば―――私はあなたを全力で倒すから」
それは、ある意味で宣告の言葉だったのかもしれない。
俺と遠坂、互いにとってのそんな警告。覚悟が曖昧な自分にとっても、どこか非情になり切れぬ少女にとっても、慣れ合うことは毒でしかないことを知っている。
だからこその言葉。だからこその威嚇。だからこその牽制。
己が立ちふさがる壁であることを自覚させるためにこそ行われる、たった一つのわかりやすい示威行動。
「見せてあげるわ。あなたが越えるべき壁の大きさを。これを見てどう殺すのかを考えられない程度の魔術師なら、所詮はその程度ってことね」
少女は決意を以てそう告げる。
敵同士であることを否が応でも自覚させるために、圧倒的な
「お願い、ランサー。最速の英雄としての力、ここで見せてちょうだい!!」
「はっ、任せな……!!」
少女の指示に従って、青い男は疾駆する。
槍を手にした英霊、ランサー。遠坂凛が誇る、最速のサーヴァント。
無論、彼だけではない。遠坂同様、実力者の魔術師・ラニもまた己のサーヴァントを此処に呼び寄せる。かくして二騎の英霊が戦場に揃うのだった。
「バーサーカー、貴方も彼と共に戦ってください」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!」
マスターであるラニの呼び掛けに、中華の巨人もまた地鳴りを上げて出現する。
狂戦士の英霊、バーサーカー、最強のクラスを手にしたサーヴァント。
二人は怪物を挟み撃つようにして並び、互いの得物である赤き呪槍と方天画戟を中央に向ける。静かな闘志と闘志が女神竜を押し潰すようにして叩きつけられる。
「貴方方の真名はわかりませんが、それでも今この場に臆することなく闘志を漲らせている。それだけで十二分に信用に値する英霊なのでしょう。力をお借りしたい」
「ええ、言われるまでもないわ。私たちもあれを倒すための戦力が多いに越したことはないわ」
王の威風を纏った金糸の髪を持った少女が俺たちに話しかけてきて。
遠坂も一切戸惑うことなくそれに応じる。
その言葉にアーチャー、ランサー、バーサーカー、セイバー、アサシンがそれぞれの間合いに並び立つ。
「ふむ、そちらの少女に関してはわからんが。それでもクランの猛犬と中華……それも方天画戟に反骨の相とくれば英霊としての正体に関してはわかったも同然。この二人の実力に関しては何も疑うところなどない、か」
ボソリと呟かれた声に、届くはずもない距離なのにどうしてか俺の耳に確かに届いた。
あの言葉で、この二名の真名は確定した。
一人は神話の頂点。アイルランド神話、アルスター伝説に登場する大英雄。太陽神ルーの子。豪商クランの犬を殺したことで、その子供の犬が大きく、忠実な番犬になるまで育てることを誓い、そしてその真名で呼ばれるようになった者。様々な誓約を受けながらも、最後の最後まで倒れることなく戦い抜いた男。
一人は、歴史小説、三国志演義。そこに記された裏切りの将。二度も養父を斬り、幾度となく裏切りを繰り返し、儒教道徳の重んじられる中国では信じられない行為に走った。一つの場所に留まらず、また、一つの主君を抱かぬ気性。自らは王の器ではなく、また、自らの王を見つける事のできない放浪の星。だが、その武功・武勲は他の追随を許さず、三国志世界において最強の一角に数えられる、そんな男。
それらの名前はクー・フーリン、そして呂布奉先。
時代も、そして語られる
だが、恐れることは何もない。
彼らはこの一件においては心強き味方でありーーー。
「さあ、マスターさん。指示を」
何より、自分にも頼りになるサーヴァントがいるのだから。
ーーーアリーナ:二の月想海、第二層
「その心臓、貰い受ける!!」
戦闘の開始を告げたのは、ランサーの疾走。颯爽と駆けるその姿は流星と見間違うほどに。
疾き者。最速の代名詞である、ランサーというクラス。その中でも五指に入るであろう俊足を一切の遠慮なく全力で放つ。
迫り来るは、泥から生み出された無数の魔獣。竜獣バシュム、七つの頭の蛇たちムシュマッヘ、水蛇ウシュムガル、バビロンの竜ムシュフシュ、獅子ウガム、獅子犬ウリディンム、悪霊ウム・ダブルチュ、魚人クルール、人牛クサリク。それらによる妨害もランサーの俊足を止めるに能わず。
その疾走を前にして、ただの魔獣など一切の価値はなく。ただ風となって走り抜ける。それでも追い縋ろうとする魔獣たちには上空から降り注ぐ無数の剣弾がその身を串刺しにすることでその場に縫い止めて、内側にもぐりこんだ刀身が、外側に膨張するようにして破裂することで殺し尽くした。
「しっーーー!!」
一秒があれば、彼には常人にとっての数十秒近い動きが可能となる。この
彼は爆風よりも速く、音よりも速く、光の速さにまで一歩足を踏み込ませながら、ティアマトに対してその呪いの朱槍を叩きつける。一切のダメージを期待できなかったが、攻撃は届くことをその場に証明してランサーは一度下がる。遅れてその場に殺到した泥は、ランサーを捉えるどころか影すら踏めぬまま。
非常に高い敏捷性をもって敵の攻撃の一切を躱しきる
それに対して、中華の英雄は対照的と言わざるを得ない行動をとっていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!」
咆哮が鳴り響く。それは、バーサーカー、呂布奉先の吐いた敵意だ。
神域に到達した怪力は、十の泥腕を鉾としての方天画戟の一振りによって薙ぎ払う。
それらは仮にもティアマトの肉体から生み出された泥だ。神気と呪詛を帯びた代替手足たちはもはや宝具としての性質をーーーそう呼ぶことすらおぞましい代物ではあるけれどーーー有している。それが無数無限にも振るわれているのだから、凡百の英霊には対処の仕様も無い。
だというのに、バーサーカーはティアマトの泥を事も無げに、風圧だけで粉砕していった。
二メートルをゆうに超す巨体から放たれる膨大な膂力。
そして巨体にあるまじき俊敏性、瞬間的にはランサーすら越えるのではないかと思わせるほどの機動力。
あらゆるステータスは『狂化スキル』によって上昇し、最強の戦士を誕生させる。裏切りが決して許されない、儒教が中心である三国志演義の世界にて、裏切りを成し、さらにはそれで名前を残せるだけの実力を持っていた男の力は、たとえサーヴァントとなろうとも何も変わらない。
「もらったっーーー!!」
「■■■■■■―――!!」
刹那、二体のサーヴァントは同時に敵の間合いへと侵入した。
一人は俊足、一人は怪力とを以て、女神という名の怪物に対し攻撃を突きつける。僅か一メートルという間合いまで肉薄された以上、今から泥を触手にして防御する、なんて手段はは使えない、間に合わない。打つ手なしかと思われたが、そうではない。
彼女はその肉体だけで十二分に攻撃を耐えられる。
「laーーーー!!」
ティアマトの叫びと同時に空気が破裂したかのような音が響き渡る。
二撃同時に叩きつけられたにも関わらず、傷など一切存在しない。
トップクラスの攻撃力を持つ大英雄二騎の攻撃にも傷一つつかない。
本気で傷をつけようと思うのならば、この状況に加わることができる、トップクラスの攻撃力を持つサーヴァントが必要となる。それがいない限り、この状況を崩すことはできず、むしろ一切の効果が見られないままに無駄な消耗を繰り返し続けいずれは敗北に至るであろう。
「■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!」
咆哮する巨人。その未来を理解しながらも、その未来を粉砕するためにこそバーサーカーは己の多段変形型武装、方天画戟を振り下ろす。
バーサーカーの渾身の一撃。それを叩きつけられてなお、ティアマトの動きには変化はなく。むしろバーサーカーを取り囲むようにして生み出された泥に、バーサーカーは一瞬の後に飲み込まれる未来しか見えない。
「風よ、吹き荒れろーーー!」
けれどそれも、彼らだけであった場合の話。
ランサーが一撃離脱を繰り返す中、それと入れ替わるようにして一人の少女が黄金の剣を携えて参戦する。
少女が吹き散らした風が、バーサーカーの周囲を覆う泥を吹き飛ばし、その魔の手から救い出す。
これに触れてはダメだ。その想いこそが、少女がとっさに放つことになった一撃の理由。そしてその直感が何も間違っていなかったことを理解したのは次の瞬間。
「なっ……!?」
たまたま、この近くの空間に
そして、その泥が退いた後には何も残らず、その次の瞬間に泥の中から大量の同一エネミーが出現する。
つまりは、この泥に飲まれれば最後、同盟の戦線すらも崩れ去ってしまうような事態になる。
吸収、放出、ともにあの泥一つで成してしまう。
そのことに対する驚愕を隠すことはできない。
「うっわぁ……あの女、こんなの使ってるんですか。……つくづく私のカンに触る女ですね」
それを見届けて、アサシンは舌打ちしそうなほどに顔を歪めている。
彼女は本気を出しているが全力ではない。
弓矢をもって援護しているが、それ以上のことは何もしていない。破壊力は赤い外套のアーチャーに及ばないが、それでもそれ以上のことは、俺の魔力量の関係でどうしても撤退する場合に厳しくなるために行わない。
「まあ、退き時は今のうちだと思いますよ」
「どういう意味よ。この状況下だと私たちなら勝て……」
「ませんよ。だってあいつはティアマトなんでしょう? それなら、生命が同じ空間に存在していることで彼女の存在が逆説的に保障されてますから」
サーヴァントなのでその能力が残っているかどうかは謎ですけどね、というアサシン。
けれどその言葉はこの場にいる全員に驚愕をもたらすには十分な情報。アサシンがなぜそんなことを知っているのかなどの謎はあるが、それがサーヴァントとしての彼女にも備わっているのかはともかく、もしも備わっているのであれば、この状況下での攻撃は一切が無意味。
「なるほど、そういうことでしたらこのまま戦っていても埒があきませんね」
「だな。撤退するに限るか」
最初から戦っていた二人が、君たちはどうすると目で語りかけている。
今の状況であればこのまま俺たちに押し付けて自分たちだけ撤退することも可能であるにも関わらず。
だからこそ、彼女たちの好意に甘える形になるが、そこで撤退をするかどうか。その話し合いをしようと目を合わせたところでーーー。
「お二方、速やかな撤退を進言します。あのサーヴァントを倒すには『力』だけでは足りない。このままでは敗北……全滅は免れないでしょう」
「ッー――そうね。ラニの言う通り、一度体勢を立て直して作戦を練り直す必要があるわ」
ラニからの間髪入れずの言葉に、遠坂も苦渋を飲むようにして頷く。
言葉に出され噛み締めるのは良い。納得が容易く、理解が早いからだ。
悔やむべき退却であるが、それ以外に可能性は無い。迅速な撤退とは、時に称賛さえ与えられることがある。しかし、それが可能なのだろうか。
あの泥は無限に溢れ出てきている。彼女の身体の一部とも言える泥。それの存在のせいで、一つ逃走を選んでもそれが容易ではないことを全身で理解していた。アリーナの出口まで距離は十分に隔たれている。たどり着くまでの間、背中からその泥が津波となって襲われないとは、先ほどまでの攻撃のように泥が蝕腕となってこちらに向かってこない保証は何処にもない。
「ならば、早めに撤退してしまうとしよう」
「でも、どうやって……」
平然と語る赤い外套の武人、アーチャー。だが、そう簡単にはいかないからこそ困っている。そんな弱音を聞いて、けれどアーチャーは皮肉げに笑うだけ。
「
言葉の意味はわからない。けれどその言葉の直後に、アリーナの壁を外側から囲むように、アリーナ外部に渦巻く泥がアリーナの道にまで入ってこないように大量の巨大な剣が道を舗装する。
それを確認したのか、ランサーとバーサーカーに向けて二人のマスターから撤退の指示が出る。
その言葉に一切の躊躇なく従った二人が退がると、同時にティアマトの正面にも巨大な剣の壁ができる。
「今だ、走れーーー!!」
アーチャーの言葉に従って、全員が同時に走り出す。
背後では剣の壁が砕ける音と、同時にまた新しい剣が頭上に発生し、その対処にワンテンポ遅れるティアマトの姿がある。どういう理屈かはわからないが、アーチャーにはティアマトを止めるに足る能力を持っている、ということだろう。
命がけの逃走。それは数分程度のことなのだろうが、実際には数時間にも及ぶように思われた。
結果ーーー。
ーーー学園:一階アリーナ入り口前
「くっ……何とかみんな無事みたいね。素直に安堵できないのがアレだけど……まったく何よあのサーヴァント、あんな規格外……正面から戦うなんて馬鹿げているわ!」
迷宮を脱出した途端、遠坂の悪態を皮きりに全員が深い溜息を零した。
アリーナを出た先には、先ほどまでいた全員が揃っている。その事実にもう一度、今度は安堵の息を漏らした。
遠坂凛とそのサーヴァント、ランサー、クー・フーリン。
ラニ=Ⅷとそのサーヴァント、バーサーカー、呂布奉先。
そして、マスターはいなかったが二騎のサーヴァント。
赤い外套を着た武人、剣を呼び出してそれを矢とする特異なアーチャー。
白いドレスを着た金糸のような髪を持った女性。おそらくはセイバーと思われるほどに卓越した剣術を持つ少女。
今この場に揃っていたのは五騎ものサーヴァント。だというのに、怪物一体を倒せずに終わった今回の戦い。悔しさを噛み締めるのは当然だろう。
「で、どうするんだい、嬢ちゃん。さすがにこのままだとどうしようもないぜ。心臓があっても、それを撃ち抜いたところで死なないんじゃ意味がねえ」
「心臓を貫くことに意味をつければいいんでしょ? どうにかして彼女の不死性を剥ぎ取れればいいんだけど……」
その辺りどうなの、と瞳はアサシンに向けられて。それに伴うように他の面々の視線が向く。
俺も、さすがに今回に関してはその情報を一切得られないことにはどうしようもない。
わずかな期待も宿しての質問。そこには、倒せる可能性を見出せたことによる希望があった。
「うーん。それをするんだったら、生きた人間が一切その場にはいないことが条件ですよ? 生きている存在がいることによって彼女の生存は保障されているわけですし」
だからこそ、一切のサポートができない状況での戦闘しかないと言われたのは絶望と言わざるを得なかった。
そんな絶望だけを残して、『狩猟』の二日目は終わるのだった。
そう言えばなんで前回セイバーは自分の剣を使わなかったんでしょうね