「■■■■■■■■■■――――――!!」
咆哮をあげて岸波さんは特攻している。
人間は、親しいものを失った時に何某かの反応を放つことは理解している。
だがしかし、幾ら何でもこれはおかしいと理解できる代物だった。
「うふふ、面白いですわ」
「■■■■■■■■■■――――――!!」
純粋な身体強化のみで
その事実からして、彼の身体強化は常識の埒外にある代物だと断定できる。
たとえそれがかすかなものだとしても0と1では遥かな違いだ。
「あの坊主、一体何者だ……?」
「ランサー!? あな……!」
気がつけばランサーが近くにいた。
その肩には死んだミス遠坂が担がれていて、ランサー自身はすでに消滅しかかっている。
もう、助からないだろう。
「……わかりません。岸波さんが使っているのは普通の身体強化ではないことしか」
「ま、そりゃそうだろうな。当たり前に考えて神代の魔術師でもなけりゃ、サーヴァントと戦えるレベルでの身体強化なんてできるはずもねぇ」
「まさか、岸波さんはサーヴァントクラスの力を!?」
「ああ。さすがに最弱レベルだろうし、技術も伴ってねえから、戦闘系のサーヴァントなら誰だって勝てるレベルだが、それでもサーヴァントに片足突っ込んでやがる」
「ですが……」
それではいくつかおかしいことがある。
サーヴァントクラスの身体能力に神代の魔女であれば持ち込むことが可能だと言っても、それは元から鍛えているから、それだけの強化に耐えうることができるのだ。
けれど、彼にはそれだけの研鑽が見られない。あの動きは体に染み付いた武術の動きなどではなく、その場その場で最適解を選び続ける本能に似た代物だ。
「っと、忘れてた。おい、ホムンクルスの嬢ちゃん。俺のマスターを頼むぜ」
「え、あ、はい。ですが、ミス遠坂は、もう……」
「ま、そりゃそうだがよ。だからって戦闘に巻き込んで死体を嬲るのは違うだろ」
それもそうだ。
ランサーの言葉に納得をして、ミス遠坂の死体を受け取る。すでに死んでいるからか、どうしようもなくその体は軽い。きっと、心臓を抜かれてしまっていることも関係しているのだろう。
なぜか、少し悲しく感じた。どうせ、いずれ戦い、殺す相手であるにも関わらず。
「俺も嬢ちゃんのサーヴァントだったんでな。さすがにマスターを殺された分の借り程度は返さないと、な!」
最後の言葉とともに、ランサーは高く飛び上がる。その肉体を覆う死の
「その心臓、貰い受ける!」
それでも瞳は力強く。四肢に込められた力も、大英雄にふさわしいもので。
全力で、その赤き呪槍を解き放つ。
「
その軌道は現実で槍を投げたとしても決してありえぬ謎の軌道。
彼が編み出した対人用の刺突技。
槍の持つ因果逆転の呪いにより、真名解放すると「心臓に槍が命中した」という結果をつくってから「槍を放つ」という原因をもたらし、必殺必中の一撃を可能とする。心臓を穿つため、どのような相手であっても確実に相手を死に至らしめることができる。それでいて、魔力消費も非常に少ない。
発動したと同時に「心臓を貫いたという結果」が成立しているため、仮に放った直後で彼が死んだとしても、槍はひとりでに動いて相手の心臓を貫く。
この奥義の回避に必要なのは敏捷性ではなく幸運の高さであり、幸運が低ければ例え敏捷EXがあっても意味をなさない。
そして、因果操作の判定を回避しても、槍を完全に避けなければ負傷と回復阻害の呪いを残される。因果を逆転させる「原因の槍」であるため、余程の幸運が無ければこの世にこの槍が存在する限り、これによる傷を癒す事は出来ない。
なお「心臓を貫いたという結果」を作ってから「槍を放つ」という原因をもたらすという因果逆転の宝具であるためか、そもそも心臓が無い生物や機械のような相手にはこの因果逆転の呪いは成立しない。
それでも、この奥義はランサーが編み出した奥義であるので、因果逆転が成立せずとも投槍としての威力は考えるまでもない。
「この、程度で……!」
けれどそれでも殺生院キアラは止まらない。彼女はただのデータの塊。本来なら心臓がある場所を貫かれた程度では止まるほど安くない。
とは言ってもそのダメージは大きく、いつ倒れてもおかしくはない。
そんな程度の結果に終わったことに舌打ちをしながらランサーは消滅する。
「わり、後のことは任せるわ」
その言葉は、私に向けられたものなのか、ゲイボルグに追い抜かれた岸波さんに向けられたものなのか。
その事実を知ることは永遠になく、ランサーというサーヴァントは消滅した。
「かはっ……!」
「ミス遠坂!?」
直後、ランサーの消滅と引き換えにするようにミス遠坂が息を吹き返す。
一体、どういう……
「あー……一回限りの蘇生を用意してたのよ。一度殺したって事実があれば多少は油断が生まれるでしょ。そこに漬け込んでレオを殺すつもりで……」
「……なるほど」
「ま、それをしようにも、蘇生にかかるまでの時間がわからなかったから、ランサーが消滅して、敗北したマスターとして死んだ後に復活してるわけだけど……」
彼女は、そう言って赤い宝石がはめ込まれたペンダントを見せてくれる。どうやらそれが、今回の蘇生のタネらしい。
ミス遠坂が生きていることは大変喜ばしいこととしか言いようがない。
ただ、これで彼女はこれ以上の戦闘を……聖杯戦争への参加は不可能になってしまった。
それで、と彼女が言う。瞳が向けられたのは岸波さんに対して。
咆哮をあげながら殺生院キアラに対して向かっていく岸波さんを見て、ミス遠坂も当然の、そして私にも答えがわからない疑問をあげた。
「あれ、一体どういうことなの……?」
目の前には、心臓に穴の空いた女がいる。
こいつの体を引き裂き、肉を抉り出し、殺さなければ満足はいかない。
理性を放棄しながらも男はその事実だけは本能で理解していた。
「■■■■■■■■■■――――――!!」
「こんな程度では足りません……!」
詠天流・四念回峰行。
そう呼ばれる、どこかの世界であった事件では神話礼装と呼ばれるサーヴァントの原初の力を解放した状況でも見切れぬほどの速度を持った連撃を放つ。
このキアラはムーンセルが観測・再現したもの。よって再現できる程度の力しか持っていない。
けれど、いくら殺生院キアラがその世界にいた時の全力を再現していないとはいえただの人間程度が耐え切れるような代物では断じてない。
なのに、耐えている。サーヴァントですらダメージを受けてしまうような代物を、ただの人間が耐えている。
まるで、
「オォォォォォォォ!!」
「こんな、程度で……!」
キアラに多少の焦りが出てきた。
男も、人語として表現できる叫びにまで戻った音を口から放っている。
「らぁッ!!」
「まだ、足りません!」
焦りながらも動きが鈍ることもなく。ただその掌底は男の心臓を穿つ。
けれど男は止まることなく、心臓も止まることなく正面から殴り飛ばす。
キアラであれば止まったであろう一撃も、理性のない男であれば無視して殴り飛ばせる。
「いや、いやです、こんなのいや!」
キアラは、そこで失策を悟る。もうどうにもならないと理解して、ティアマトを呼び出すのも間に合わないと理解して。だからこそただ喚く。
そんな見苦しい叫びを理性をなくしている男が聞き届けることもなく。
「やり直し!やり直しを求めます! だって、だって―――だって本当に、私」
その言葉を聞きながら、男は拳を構える。描く軌道は彼女の股を引き裂いて体を二分する爪撃。その爪撃を成せるだけの腕力と、そして鋭さを持った爪が今この場にはあった。
「
その目的に興味など何も示さない男の一撃で、殺生院キアラは死骸と変わる。
二分された死体はムーンセルによって分解されて、そのサーヴァントであるティアマトも消滅が確定する。
けれど、そんな事実を気にすることなく、ただキアラを殺した男はその場に崩れ落ちるのだった。
「あー、もう……!」
けれど、ティアマトはすぐに消え去るわけでもない。泥は残っている。それに巻き込まれたりしないように、自分が殺されたことを怒って殺生院キアラを殺してくれた分の借りを返すために遠坂は倒れた岸波を連れてしばらくの間逃げ回るのだった。
ーーー学園:一階外、グラウンド
「実にご苦労だった、マスター諸君。一先ずは私からの労いで我慢してくれ」
わけがわからないままキアラが消滅し、それに続くようにティアマトも消滅した直後、背後から響いた突然の重低音に、少女が一段と疲弊の色を強くした。
遠坂凛の怪訝な表情の理由。それは神父服に身を包んだ一人の男が原因だ。剣戟の音が静まり返って一分と時間は経たずに姿を現した監督役、言峰神父。不吉を体現したようなNPCは最初から立っていたと云わんばかりの余裕を見せている。
少なくとも、今現在気絶している岸波智仁を見ての余裕なので、遠坂凛からしたら、先に岸波を保健室に運ばせろ、と言いたくなるような笑顔を浮かべていた。
そんなことを気にしないラニが、言峰神父に応対を開始する。
「それで、監督役であるあなたは一体何の用ですか?」
少なくともさっき死んだばかりの少女からすればこの男の顔は普段よりも見ていて気分が悪くなるものだった。
だからこそのラニ。彼女であれば、疲労の色は確かにあれど、それ以上に感情的になることはないのだから。
「いや、なに――――運営の使い走りとして、戦いの結末を見届けに来ただけだ。如何せん、対象がアリーナを脱出して学園地帯に乗り込むなど予想だにしていなかったものでな。対応が後手に回ったツケが私に押し付けられたということだ。……さて、一通りの顛末は把握しているが、是非とも一人のマスターである君の口から聞かせてもらおうか。サーヴァント、ティアマト……及び、そのマスター、殺生院キアラを討伐した陣営は誰かな?」
当然のように敵サーヴァントの真名を述べてみせた言峰。
わざわざ自分に答えさせる理由も無いだろうに―――そう遠坂は心中で文句を言いながらも、戦いの結末をありのままに答えてみせた。
「アサシンのマスター、岸波智仁です。サーヴァントではなくマスターではありますが、トドメを刺したのは間違いなく彼ら」
「承知した。私が認識した事実とも相違ない。狩猟ゲームの報酬は彼らに与えられるだろう。ところで……当人である彼らの姿が見えないのだが、行方を知っているかね?」
「……はい?」
ラニからすれば先ほどまで確かに遠坂凛が担いでいたはず。
そう思ってそちらに視線を向けたのだが、すでにそのマスターの姿は見られない。
「岸波くんなら、アサシンにぶんどられたわよ。今は保健室に連れて行かれたか、マイルームに持ち帰りされたか。そのどっちかでしょうけど」
その時の状況を遠坂は思い返す。
アサシンに取られた時に、より正確にはその時の表情を見てなぜかホッとしたのはなんでなのだろうか。そんな疑問を抱かないわけではなかったが、それでも今の状況で二人と言峰を会わせる気にはならなかったので、一応の牽制はしておこうか、なんて考える。
「声を掛けるなら後にしてくれるかしら、言峰神父。勝者には余韻に浸る時間が必要でしょ?」
「私もそこまで野暮ではないつもりだ。彼らへの報酬は追って通達するとしよう。それと……」
不吉な笑みを浮かべたまま、言峰は説明を続ける。
「現時刻を以て聖杯戦争再開の笛は鳴るだろう。明朝より開始されるは六日間に渡る
第三回戦――――マスターたちが戦うべき、本来の試練。
『狩猟』ゲームの勝者である一組以外にとって、この戦いは単なる足止めにすぎないのだ。聖杯戦争は滞りなく再開される。六日間の猶予を経て、七日目に決戦を用意する本当の戦いへと。遠坂凛、彼女にとっての聖杯戦争は終わってしまったが、それでもやれることがないわけではない。
問題は無い、そう少女は気持ちを切り替える。
自らの手でレオを殺すのが理想だったが、それはすでに不可能となってしまった。それならばレオに勝てる可能性が一番高いマスターをサポートすることが一番いい選択肢。
そして、その候補についてもすでに遠坂には見当がついている。
「対戦者は既に君たちの携帯端末の方へ通達している。確認してみるといい。本来であれば明朝に発表するはずだが、出来る限り早い方が気が楽だろう?」
「そうですね。早速確認させていただきまーーー!?」
「ちょっと、どうしたのよ、ラニ?」
端末に記された文字を視認した瞬間、ラニが目に見えて動揺した。
彼女のそんな姿を初めて見たことで、遠坂の胸にも不安が走る。一体、どんな相手だったのか、と。
無機質な羅列。ラニのポケットから取り出された端末の液晶には見覚えのある名前が記されていた。いいや、だがその名前はあり得るはずがない。だって、その名前はーーー。
「いいや、おかしなことではない。本来ならばそうなる、という予定だったというだけだ。ラニ=Ⅷと遠坂凛。その対決となる予定だったのだが」
「ミス遠坂は、すでにサーヴァントを失った……」
「ああ、故に君は不戦勝、という形になるな。先ほども言ったが、三回戦に参加するのは十五人なのだから」
今回の『狩猟』の報酬ではなくそれを受け取るというのは聊か居心地が悪いかもしれないがな、と薄ら笑いをしながら言峰神父は言った。
確かにラニの性格からすればそれは受け入れづらいことかもしれないが、それが事実である以上は受け入れるしかない。
「ま、頑張りなさい」
せっかく一緒に戦った仲間だ。少しでも気を楽にしてやろうと声をかけて遠坂もその場を去る。
すでにサーヴァントを失っている以上、おそらくはマイルームも使えない。その状況でどうするのか、なんて今はまだ決まらないけれど。とりあえず彼女はできることをするのだろう。
「マスター、さん」
保健室に連れて行ったところ、特別問題はないと言われたのでそのまま起きるのを待っている。
二回戦、三回戦をそのままスルーした……とは言っても三回戦に関してはどう考えても一回の戦いに使う労力では足りなかった気がするが。
それでも、
間桐桜も、今はどこかに行っている。
あの女に対しては色々とあった。その相手を滅殺してくれたお礼をするのであれば、今の内にしておけば誰かに見られるということも特にない。あとでからかわれるということもないだろう。
ただ、何をしてあげればいいのだろうか。
マスターさんが、「
そんな状況下で何をしてあげればいいのか。何をしたとしても苦しめるだけではないのか、という思い。
そして何より、私なんかに何をされたとしても喜んでもらえるとは思えない。
「ばか」
こつんとこずく。
そもそも私だって本来ならここまで悩んだりしない。普段通りに堕落させる方向性に進めればいいだけだ。
それが悩まざるを得ないのは、それだけこの人がこちらに対して仲を深めようと努力をしていたからだ。
こんな風に悩む原因となったマスターさんの無駄な行動に対して、色々と言葉にしづらい感情が湧いてきて、そんな言葉を口にするしかなかった。
キアラをどうやって倒すのか。答えは正面から殴り飛ばす。
まあ、もちろん。モノホンではないとはいえ山育ちを正面からぶっ倒せる理由はあるっちゃあるんですけど、そこに関してはもうちょい後で
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マテリアルー