ふと、夢を見た。
ネット上に無数に散らばったどうでもいい動画。その中から、たった一つの純粋な思いで構成された、一人の少女の恋の物語を見ている。
それが、今の俺の状態だった。
そこには、つい最近戦った殺生院キアラの姿も見える。いいや、彼女こそがその全ての元凶とも言える存在だった。
ネット上に無数に散らばったどうでもいい動画。その中から、一人の母が子に殺される物語を見ている。
彼女は子供達のことを愛していたが、その思いは子供には伝わらず、殺される。その悲哀は見ている己の心をも打つようで、胸がきゅうっと締め付けられるような気すらした。
その主役はすなわち、三回戦の相手であったティアマトだった。
ネット上にネット上にネット上にネット上にネット上にネット上にネット上にネット上にーーー
無限に散らばったどうでもいい動画。それらにはたった一つだけ共通点があった。
それはその全てが、ムーンセルですら対処が不可能なもの。あるいは、ムーンセルの聖杯戦争に参加してしまったら最後、その時点で勝者が決まってしまい、ムーンセルが目的としていることを全て無に帰してしまうような。それほどの力を持った何かだった。
嘆きの声が聞こえる。それは、この災害が巻き起こす全てに巻き込まれた者たちの声だった。
何故。何故。何故。
何故、憎みながら、こんなにも焦がれるのか。
何故、悼みながら、こんなにも愛おしいのか。
災害を、紛争を。
多くの無慈悲な死を睨みながら――――「 」は何故、この景色と対峙しているのか。
その理由はわからないまま全て。俺の中に溶けようとしていた。
……欠けた夢を、見ていたようだ。
……今のは……
全く覚えも実感もないが、自分の過去の夢だった。
それだけは、きっかりと断言できる。
気にはなる、のだけれど。
しばらく頭をひねってみても、何一つとして思い出すことはない。
何かを思い出すまで放っておくしかなさそうだ。
とりあえず、今日も遠坂のところに行ってみるとしよう。
あの夢だって、もしかしたら
これについて話をしてみたら、何かわかるかもしれないのだ。遠坂に伝えてみるとしよう。
ーーー学園:一階保健室
二日目。
保健室をしばらくの拠点としている遠坂の元を訪れ、昨日遭遇したサーヴァントと彼女とそれを従える赤毛の魔術師について、そしてそれに加えて最初の目的である
たちまち驚きに支配されていった彼女たちの様子。それを当然のものとして納得した。
白きドレスに包まれた王者の威風―――キャスター。敵対する魔術師の英霊の実力は、戦いを共にした遠坂も十分に把握していることだろう。だからこその動揺と考えた。
しかし、彼女の表情の意味は別にある。
驚きと戸惑いの意味。その矛先は、サーヴァントではなくマスターに向けられていた。
「衛宮、士郎……!」
「知っているのか、遠坂?」
「ええ。まあ、一応名前程度はね。ハーウェイの抱える正義の味方、なんてやつよ」
「正義の味方……?」
衛宮士郎はハーウェイが抱える正義の味方。その目的は、言ってしまえば人を救うことなのだと言う。
かつて一度だけ話をしたことがあったらしく、その時に聞いたことだ、と。
彼は一人でも多くの人を救えるように、ハーウェイに抱えられた人たちが少なくとも人間的な生活をしていることを知って、それに逆らうものを倒すことで世界を平和にしようとしている。
「ええ。まあ、純粋に『人を救う』なんてことを考えている大バカよ」
今はそれ以上のことはわからない。遠坂の言葉だけが相手についての情報源。
だからこそ、今はもう一つのことについてーーー。
「え? ……あ、ああ、あれね。ノイズね。揺らぎには行ったのよね? ……何もなかったの?」
何か、とはなんだろうか。
特に何かあったわけではなかったが。
「……そう。何らかの不具合は出ると予想していたけれど、まさかそれすらなかったなんてね。あのペンダントは確かに、残留魔力を取得できるものよ。けどーーー」
けど?
「実はね。ノイズの取得は、使用者の脳に大きな負担を強いるわ」
脳に……負担ーーー?
「ええ。生身なら意識の断絶。魔術回路がなければ死に至るほどのフィードバックがある」
ーーー!!
背筋が凍る。
では、あれは罠だったのだろうか?
自分は、協力してくれると言う言葉に、レオを倒せればそれでいいと言う言葉に騙されていて……。
ーーーいや、違う。
確かに自分は昨日、ノイズとの接触を行なった。
しかし、こうして生きている。
これはーーーどういうことだろうか?
彼女が冗談を言っているのか?
「これで決まりね。あなた、普通の魔術師じゃないわ。下手すると、人間ですらないかもね」
「え……あ……?」
「あなたは人間じゃないって言ってるの。少なくとも、普通の人間じゃないわ。脳改造か、あるいは
「……うん、何も。せいぜい、今日夢を見たって程度で……」
「夢? 電脳世界で? ありえない。だって理論的には霊子ダイブそのものが夢と同じカテゴリなのよ? 夢の中で夢を見る、とか。……どこまで謎の存在なのよ、あなたは」
ーーー学園:二階廊下
遠坂からの人間ではない宣言。それを受けたのがショックではなかったなどとは口が裂けても言えない。言えないのだが、どこかに納得があったのもまた事実。
今はこれ以上の情報はない。なのでとりあえず、アサシンがあのサーヴァントーーー士郎が嘘をついていないのであればキャスターであるらしいサーヴァント。それについて共闘をした時の情報と昨日得た情報から図書室で調べようと向かっている最中のことだった。
「あれは……レオ? それと……」
以前、遠坂と慎二が語り合っていた……というか慎二が情報をベラベラと語っていた場所で、何者かが話をしているのが、その声から理解できた。
「初めまして、衛宮士郎。こうして話をするのは初めてですね」
丁寧な口調での挨拶は間違いなくレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。世界を実質的に支配している西欧財閥の次期当主。今回の聖杯戦争、優勝候補の一人と目されるマスターだ。
背後にいる長身のサーヴァント、ガウェインは沈黙を保ち、不動で直立している。けれど、その不動、その沈黙は普段の、あまりにも清廉な騎士としての姿が理由ではないことは、どこか気まずげな表情からうかがい知れる。その瞳は衛宮士郎の背後に出現している、そのサーヴァントに向いていてーーー。
「ああ、初めまして。レオナルド、だったよな? ハーウェイの次期当主にわざわざ来させるなんて、かなりの失礼ではあるんだけど……」
そう言って背後に視線を向ける。そこに立っているのはキャスター。ガウェインの視線もそちらに向いていて大変に気まずそう。
「キャスターが、さすがにガウェイン卿と出会ったらそっちが気まずくなるんじゃないかって言ってて……」
「……過分な心遣い、感謝いたします」
……ガウェイン卿が気まずい?
そうなると、あのキャスターの正体は
もしかしたら、何かしらの情報を得られるかもしれない。さすがに四回戦ともなれば、さすがにそんな簡単に情報を出してくれるとは思えないがーーー。
「ガウェイン卿」
「はっ……!」
騎士としての礼すら取りそうになっているガウェイン。
……ここまで来ると、もはやキャスターの正体はわかったようなもの。
だが、その
「そちらの少年が、貴公がサーヴァントとして見出した王か?」
「……はい」
無意識か、意識的かはわからずとも、頭を垂れているガウェイン。それは、首を差し出すということであり、たとえクラスと逸話に接点が見つからずとも、ここまでしてしまったという事実が強制的にその真名をはっきりとさせた。
「その者は未だ足りぬところはない。……貴公が、騎士として、その少年王を導くといい」
「ありがたき、お言葉……!」
感極まったようなガウェイン。それを見届けて、キャスターは霊体化を行う。
そうして、サーヴァント同士の会話を聞き届けて、二人の会話は再開する。
「それにしても、まさかこんなところでハーウェイの次期当主に会うことになるなんて思いもよらなかった」
「そう驚くことでもないでしょう。僕はただ、我々の手に在るべき物を回収するために来ただけです。未だ戦場を知らぬ若輩ではありますが、一族で協議したところ適任者は僕でしたので。……それも、幾多の戦場をかけて来た貴方を前にしては恥ずかしい話ですが」
「万能の杯……。あらゆる戦争を終わりにできる、世界に平和をもたらすことのできるもの。確かに、世界を管理するハーウェイにふさわしいかもな」
「ええ。あれは
「王は人じゃなくて超越者……。歴史に残された王たちを見るとなんとなく文句を言いたくなるけど、キャスターやあんたを見ていると、その言葉も納得できるな」
ガリガリと頭を掻いている衛宮士郎。ただ、その瞳には、先ほどまでよりも力が入っているような気がする。
「聖杯も、ようやく真実味を帯びて来たかな。俺はもう、一縷の望みにかけて、って感じだったんだけど」
「もちろん、聖杯は真実ですよ。貴方にとっては」
その言葉を最後に、会話は終わったらしい。二人はそれぞれ別々の方向へと向かい始めた。
そのどちらにも気づかれることはなく。いいや、あるいは気づいていて無視したのかもしれない。
自分にわかったことは少ない。ただ、彼らにとって聖杯とは命を賭して手にするだけの価値がある。本気で、手に入れようとしていること。それだけは発覚した。
自分が初めて戦う、聖杯を本気で手に入れようとしている敵。その強大な決意に、自分は打ち勝てるのだろうかーーー。
ーーーアリーナ:四の月想海、第一層
「で、どうします、マスターさん? どうやらせ……あのマスターもいるみたいですけど」
アリーナに入った直後にアサシンからもらったその言葉。
どこか嫌そうな、その表情。これまでも、慎二と出会った時とか、遠坂と出会って痴女呼ばわりした時とか、殺生院キアラと出会った時とか。色々と嫌そうな表情をしていたことはあったけれど、それとはどこか違うような気がする。
ただ、今はそのことは置いておこう。今日の終わりにでも聞けばいいだろうから。
「……行こう。あのサーヴァントが、どんな戦い方をするのか知って置いて損はないと思うから」
数秒悩んで出した答えは戦闘に挑むというもの。
アサシンも頷いてくれたので、彼女の言葉を頼りにその気配の元に近づいていく。
「……ここに来たってことは、そういうことなんだよな?」
「ああ、うん。そうだな」
たどり着いたところで、士郎はこちらに振り向く。お互いの間で、今から何をするのかの同意は言葉にせずともできている。……ここまで勝ち残って来たマスターなのだ。考えるまでもないだろう。
「アサシン!」
「キャスター!」
お互いがサーヴァントに対して声をかける。その言葉に無言の肯定を返して、二人のサーヴァントは前へと飛び出した。
キャスターは、目に見えぬ何かを手にして。
アサシンは、サトウキビの弓を手にして。
影に潜むべきアサシンと、魔術砲撃を行うキャスター。彼女たちはその本領を捨てて、真正面から戦いを始めた。
「あなた、キャスターのくせに魔術を使わずに真正面から戦うって、キャスターの誇りはないんですか?」
「全く同じ言葉を返しましょう。あなたはアサシンなのでしょう? 隠れたらどうですか」
アサシンとキャスターが至近距離で、己の武器を打ち合わせる。
アサシンが持つサトウキビの弓が、キャスターの持つ見えない武器と打ち合った直後、キャスターは左腕を動かす。
何かが振るわれた音の後に、アサシンが吹き飛ばされている。殴打の音が、わずかに遅れて届いた頃には、左腕が振り抜かれている。……何か、持っている。
「っ……!」
「遅いっ!」
そのことに気がついた時には、すでに吹き飛ばされたアサシンの元にキャスターはたどり着いている。
魔力放出。魔力によるジェット噴射。無色透明な魔力による瞬間的な強化に加えて、ただでは吹き荒れることのない颶風が、彼女のことを後押しする。強化された脚力、強化された膂力。それらはアサシンのことをはるかに上回っていた。
アサシンが吹き飛ばされた地点にはキャスターが先回りすらしていて、先ほどまで左手で持っていた何かを送り返して、最初にサトウキビの弓と打ち合った何かを両の手に握る。
「shock(32)!」
とっさの援護。コードキャストも、多少は扱えるようになった。
それによって、ほんの一瞬だけキャスターの動きが止まる。
自分たちでは決して何かができるような時間ではない。けれどそれが英霊と呼ばれるほどに戦闘に特化した存在であればーーー。
「召し上がれ?」
「いりませんよ、そんなもの」
アサシンが急激に成長する。それと同時に、吹き飛ばされていたアサシンが、世界の法則に逆らうようにして動きを止めた。
同時に出現した金剛の杵。
それが回転を始めると同時に、その杵を中心として周囲に撒き散らされるは神の雷霆。
破壊の嵐、神の怒り。人間には決して避けることができないであろうその稲妻すらも、キャスターは颶風の後押しを受けて全てを避け続ける。
「でしたら、これはどうでしょう?」
アサシンに魔力を急激に持っていかれる。これは普段から使用する分身を使用する兆候。そう思ったところでーーー。
「……これで、終わりですか」
「そうみたいですね」
気がつけば、最初の位置。ここでセラフからの中断が入り、強制的に終わりにさせられたのだと理解した。
初めての戦闘ながら、互角以上に戦えたという事実。それは確かな自信になってくれた。
「ここで終わり、だな……」
「ああ、そうだね」
士郎の言葉に頷く。もう、この場にいる全員から戦う気は失せていた。
それはルールを破らない、という当然のことであり、そのことを示すようにして、二人の姿はリターンクリスタルによってアリーナ内部からの消滅した。
「……俺たちも帰ろっか?」
「ええ、そうですね」
もうすでに、俺たちもこれ以上留まってもできることはない。ゆえにこそ、リターンクリスタルを使用してアリーナ内部からの脱出を敢行した。
ーーー学園:マイルーム
今日、得られた情報をまとめ終えたところで、マスターさんは眠りについた。
……そろそろ、マスターさんにもベッドを使わせてあげるべきだろうか? これまでも敵が強大……一応、
たった一度しか正しいマスターと戦ったことのない私のマスターさんでは、覚悟の部分で負けてしまっているかもしれない。それなら、少しでも気分的、体調的には万全な状態にしてあげたほうがいい。そう思わないわけではないのだ。
ただ、そうなると私が退く必要がある。別に退くことが嫌なわけではない。だが、どいたらどいたでマスターさんがなんで自分がこっちで寝ているんだと文句を言いそうだから、動かすに動かせないのだ。
「衛宮、士郎……」
そんな悩みの中、今回の敵マスターの名前をつぶやく。
それは、あの人と同じ名前の、おそらくは同じ魂を持った人物。……
けれどそれは、今の
「なーんでマスターさんは堕ちてくれないんですかねぇ……」
愚痴る。愚痴りたくもなる。最初は、もっと簡単に堕落してくれるものだと思っていたのだ。
なのに堕落してくれず、今となってはすでに四週間。さすがにここまで全く堕ちてくれないと、私の自信も小さくなってくる。
別に愛を向けていないわけではないのだ。むしろしっかりと愛を向けている。これまでに他者に向けて来たものに比べて深い愛を向けているような気もする。なのに、全く反応してくれないのだ。少しは堕ちてくれるかと思ったが、一番反応があったのが間桐慎二を殺した後のあれ。それ以降はほとんど効果がなかった。
マスターさんが私に愛される、というのは要するに不幸になるということだ。私みたいに面倒くさい愛の神に愛されてしまっている。それが不幸でないはずがない。なのに不幸そうな様子は決して見せず、それが愛されていることを理解していないのではないかと思うと多少イライラしてくる。
「人間程度には、私の愛が理解できないってことなんですかねー」
別にそんなことはない。私の愛は堕落させる……容認する愛。ありとあらゆる行動を、ありとあらゆる思想を良しとして、そこから発展に繋げることのない愛。わかりやすく、全てを良しとしているのだから、それが理解できない、なんてことはそもそも思想も行動もない何かでもなければあり得るはずがない。
ただ、この人がそこまで不幸そうでないことにホッとしている私もいて、自分の気持ちがわからない。愛さないという選択肢は存在しない私。私に愛されることが不幸の証拠であるという事実。もちろんその愛はマスターさんにも向くし、マスターさんは不幸になっているのは確かなことなのだ。けれど、その愛による影響を不幸なものだと思っていないのは彼の様子を見ているとわかりやすいし、その事実を嬉しく思っている私もいる。
「人間の感情ってどうしてこうもわかりづらいんですかね……」
ちょっと考えるのも疲れてきた。
……こんなにも私を悩ませるマスターさんへの嫌がらせだ。今日は一緒に寝るとしよう。きっと明日の朝にはいい反応を見せてくれると思うし。
そう思って、マスターさんをベッドの方に動かして、私も横に入り込んだ。
プロットに合わせて書いていた話も全部吹き飛んだのでしばらくは遅くなりまする。
あ、ちなみにキャスターが霊体化したのは誤字とかではないです。ここのキャスターさんが霊体化できる理由はちゃんとありますので。