ーーー学園:二階廊下
「あら? ……マスターさん。間桐慎二が痴女と揉めているようですよ。何か情報が得られるかもしれませんね。……行ってみます?」
三日目の朝、マイルームの外に出ると、嫌そうな顔、嫌そうな声ながらも、その有用性は認めているようでアサシンがそう言葉を発する。慎二のことが嫌なのか、それとも痴女……遠坂のことが嫌いなのか。
慎二がいるのは図書室前で、そこには確かに遠坂の姿も見える。……慎二の迂闊さからしたら、もしかしたら何かの情報を
「君はもう、アリーナには入ったのかい? なかなか面白いとこだったよ。ファンタジックなものかと思ってたけど、わりとプリミティブなアプローチだったね。神話再現的な静かの海ってところかな。さっき、アームストロングをサーヴァントにしているマスターも見かけたしねぇ」
「あら、随分とご機嫌ね。その分じゃ、いいサーヴァントを引いたのかしら? アジア圏有数のクラッカー、マトウシンジ君?」
「ああ、君には何度か煮え湯を飲まされたけど、今回は僕の勝ちだぜ? 僕と、”嵐の王”はまさに最強。いくら君が逆立ちしても、今回ばかりは届かない存在さ」
口振りからしてもわかる慎二の自信。
実際に相対した自分たちだからこそ、その自信は虚勢ではないとはっきりと断言できる。あの、魔導の深淵を自在に渡るサーヴァント。疑う余地などないほどに強大なサーヴァント。けれど、今この場においてはそれよりも気になる言葉が慎二の口から語られた。
おそらくは、彼のサーヴァントの真名に繋がるであろうキーワード。
”嵐の王”とは一体、なんなのだろうかーーー?
「サーヴァントの情報を敵にしゃべっちゃうなんて、マトウくんったら、ずいぶんと余裕なんだ。私だけじゃない、他のマスターが聞き耳立ててるかもしれないこんな場所で」
一方、遠坂凛はその優雅さを一切崩さず、慎二の迂闊だった発言を掘り返す。
そこでようやく事態の重大さを理解したのか、たちまち慎二の表情が赤く染まった。彼はしきりに周囲を警戒しだし、彼の視界の範囲内では誰もいないことを確認して平静さを取り戻す。
「う……そ、そうさ! あんまり一方的だとつまらないから、ハンデってヤツさ! で、でも大したハンデじゃないか、な? ほら、僕のブラフかもしれないし、参考にする価値はないかもだよ……?」
これはいわばハンデ。
一方的な勝負を嫌う、強者ゆえの余裕なのだと慎二はまくし立てた。しかし、一度慌ててしまった以上はそんな言葉に一切の説得力はないし、そうでなかったとしても遠坂凛の方が慎二よりも何枚も上手なことに変わりはない。
「さっきの迂闊な発言からじゃ、確かにブラフを否定できないけど……それでも”嵐の王”なんてワードを出されたらその時点でもう、そっちのサーヴァントの真名はある程度までは簡単に絞れるわよね」
「う……」
蒼白。慎二の顔が今度は一気に青ざめる。
明らかなほどの動揺。その原因は、サーヴァントの情報の重要性を正しく理解していなかったことの一点に尽きるだろう。
「とりあえず、物理防壁と魔術防壁でも大量に用意しておこうかしら? 念のため、
対軍、確か宝具の種別だっただろうか。実際に宝具クラスの力を持ったコードキャスト……魔術なんて用意はできるはずもないだろうが、それでもあの平然とした顔での言葉だと実際に用意できてしまうかもしれないと思わされてしまう。……これが、本当のブラフというものか。
「ああ、そういえば。ちょっとした推理なんだけど。”嵐の王”なんて呼称をされる現象なんだから、きっと貴方のサーヴァントは誰もが知っている槍か剣でも持ってるんじゃないかしら? ”嵐の王”って言い方で、そこまで自信満々になれるなんて、それこそ世界的に有名な英霊になるでしょうし」
「ふ、ふん……まあいいさ。知識だけあっても、実践できなきゃ意味ないし。君と僕が必ず戦うとも限らないしね。そうさ、そんな推理……まったく意味ないからな!」
慎二は、精一杯の捨て台詞と共に慎二はその場から立ち去る。
あれだけの会話で、慎二のサーヴァントの真名をほぼほぼ特定させた遠坂の知識量には脱帽するしかない。慎二の心境はそれこそ、考えるまでもなく最悪に近いものだろう。自分の全てを見透かされたかのような感覚もあるのではないだろうか。
こちらに向かって歩いてくる慎二の表情は怒りと焦りを混じらせている。
慌てるが、もうすでに逃げ隠れできる場所も時間もすでに存在しない。よって順当に慎二に見つかり、彼に対して驚きを与える羽目になった。
「おまえ……! まさか、そこでずっと見てたわけ!?」
「え、あ……う、うん、図書室に行こうとしたところで」
「くっ……何が……! ……い、いや、僕の
そう言って慎二が去ると、遠坂もこちらに向かって歩いてくる。そして、俺の横を通る時に「緊張感が欠けるマスターが多いわね」と愚痴らしき台詞を呟いた。
まあ、確かに慎二がそうだということを否定するつもりはないし、俺も未だに戦う理由も何も取り戻せてはいない。けれど、今回に関しては慎二から情報を得ようとしての行動なのだから、さすがに一緒にされるのもちょっと不満を抱いてしまう。ーーーそれでも、彼女からすればこの行動は選んですることではなく当然のごとく行われるべき代物だというのであれば、また話は別なのだが。
「こんな簡単に情報を得られるとは思いませんでした。……嵐の王、でしたっけ? せっかく情報を落としてくれたわけですし。パパッと調べてしまいましょう?」
真横に現界したアサシン。彼女の言に頷き、慎二たちが今の今まで話をしていた場所。その真横にある図書室の扉を視認する。
セラフの図書室――――そこには各地の歴史、神話、伝承、あらゆる資料が揃っている。様々な時代の英雄、偉人たちの情報を調べたいと望むなら図書室が最適だ、と。そんな話をこれまでの二日間の間に聞いた。
電子の海、情報の倉庫。その扉はすぐ目の前にある。
少しでも慎二たちとの実力差を埋めるためにも、まずはそこを活用するとしよう。
ーーー学園:二階図書室
「”嵐の王”? ……もしかして、『
「ありがとう。参考になるよ」
慎二と凛の会話の中で出ていた”嵐の王”というキーワード。
それが彼のサーヴァントの真名に繋がる情報だと信じて、図書室内にいるマスターやNPCたちに話を伺ってみた。けれど、嵐の王というワードは出てこない。最後の一人に尋ねてもようやく出てきたのは”嵐の王”ではなく”
結局、”嵐の王”というワードだけではよくわからないということだけがわかった。せめて、今聞くことができた”
『ワイルドハント
暴風雨や吹雪などの嵐の化身のことを言い、猟犬や山羊、馬や武装した兵士、怪物の姿をとる。
これを率いるとされる嵐の王は土地や伝承によって様々で、悪魔化したアーサー王や北欧の主神オーディン、最初の咎人カインなどがあげられる。
原則的にはその土地の荒ぶる英雄や有名人、古代の神などが首領となり、スコットランドではアーサー王、イギリスで広く信じられているのがフランシス・ドレイクである』
「……あった」
嵐の王。
ただ、これだけではどちらなのかの判断はできない。ちょっと今からフランシス・ドレイクについても調べてみよう。
「それはこっち、ですね」
「あ、ありがとうアサシン」
商人にして冒険家、私掠船船長にして艦隊司令官。世界一周を生きたまま成し遂げた人類最初の偉人。星の開拓者。その収益で母国イギリスを、当時世界最強だったスペインを打ち破るまでに導いた英傑。
彼が成し遂げた航海により、イギリスは当時の世界において二等国だったところから、世界に冠たる大英帝国に生まれ変わった。
まともな植民地もなく、技術的にはそれなりでも国力に乏しかったイギリスは、彼の持ち帰った財貨と世界周航によって得られた詳細な地図によって、東インド会社を設立させ、当時の世界の覇者・スペインと互角に戦える艦隊をそろえることを成功した。
英国征服をしようとしたスペイン無敵艦隊との決戦において、彼は英国艦隊の副司令官として参戦する。「火船」と呼ばれる特殊な戦法を使い、無敵艦隊を英国へ上陸させることなく大敗せしめた彼は、スペイン人からこう呼ばれる。
敗戦によってスペイン帝国を事実上瓦解させ、「太陽の沈まぬ帝国」を歴史の主役から引き摺り下ろした。
彼はアーサー王とも同一視されることもあった。冥界から帰還し、英国に勝利を約束する存在となったからである。また後に、ワイルドハントを率いる嵐の王としても信じられた
「世界一周を生きたまま成し遂げた最初の人物……」
すごい。スペインの無敵艦隊を撃破した人物。無敵艦隊という単語は俺でも知っている。それほどまでに有名な代物なのだ。けれどーーー。
「これは、あのサーヴァントの真名ではなさそうですね……」
「うん」
彼には、魔術を使用する逸話が存在しない。
彼には、槍を使う逸話が存在しない。
どちらかというと銃とか
だから、慎二のサーヴァントの真名はきっとフランシス・ドレイクではない。
ならばもう一つ。カインという男についてはどうだろうか。そう思って探し当てた本の内容はーーー。
「うーん。……こっちでもなさそう、だね」
「そうですね……」
ある日カイン、そしてアベルの二人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。これを恨んだカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。
その後、ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の監視者なのですか?」と答えた。これが人間のついた最初の嘘としている。しかし、大地に流されたアベルの血はヤハウェに向かって彼の死を訴えた。カインはこの罪により、エデンの東にあるノドの地に追放されたという。
この時ヤハウェは、もはやカインが耕作を行っても作物は収穫出来なくなる事を伝えた。また、追放された土地の者たちに殺されることを恐れたカインに対し、ヤハウェは彼を殺す者には七倍の復讐があることを伝え、カインには誰にも殺されないためのカインの刻印をしたという
ここにも、魔術を使用する情報についてはない。いや、そもそも俺たちが見たのは本当に魔術だったのだろうか? アサシンも魔術師ではないのにも関わらず魔力弾を主装備として扱っている。もしかしたらそういう類なのかもしれない。……アーサー王の持つ聖槍であれば、ある程度は纏っている魔力を発射とかしてもおかしくはなさそうーーー。
「あれは魔術ですよ」
その思考を断ち切るように、アサシンの言葉が届く。
「なんで、言い切れるんだ?」
「私の攻撃を防いだものがなんだったか忘れたんですか? ”結界”ですよ」
「あ……」
そうだ。結界だ。魔力の塊というわけでもなんでもなく、ただの魔術によって構成された結界。
だからこそ、そんな
「でも……」
あのサーヴァントがキャスターだとするのなら、ワイルドハントについて書かれた本の中に記された「魔術を扱える」相手となると、たった一人。けれどそれはありえない。だってーーー。
「それなら、慎二が引いたのは
人類史にて偉業を残した存在ではなく、本当の神霊。そんなものを召喚できるのだろうか? もしもそうなら、アサシンがどんな英霊だったとしてもーーー。
「まあ、可能性としてはあり得るんじゃないですか?」
「そう、なのか……」
興味なさげなアサシン。……そういえば、さっきから、というか昨日からちょっと気になっていることがある。
さすがにこの場では誰が聞いているのかわからないからこれ以上は話したくないが、ここにいてもすでに調べられるだけのキーワードが出尽くした後なのだからやれることはない。
一旦、マイルームに戻るとしよう。
ーーー学園:マイルーム
「なあ、アサシン」
「……どうかしたんですか? マスターさん」
「いや、なんだか昨日からすごくやる気を出してるから、どうかしたのかと思って……」
マイルームに入ると同時、部屋の扉が閉められたことを確認してからアサシンに問いかける。
慎二のことを嫌っているのはわかっているから、慎二に負けたくはないということなのかとも思ったが、それにしても気合が入りすぎではないだろうかと思ってしまう。
別に悪いことではないだろう、と言われてしまえばそれはそれなのだが、相棒となる人物の調子がいつもと違うことはどうしても気にかけてしまう。
「別に、マスターさんには関係ないことですよ」
「でも……」
「関係ないことです」
ぴしゃりと言い切られて、それ以上聞くなという雰囲気を出される。
直後、はいおしまい、と普段の声音で言われたが、それはつまりもう一度聞こうものなら次はどうなるのかわからないということで。これ以上の追求は憚られる。
口をつぐんだ俺を見て、言いたいことが伝わったと判断したのかアサシンは一度頷いてーーー。
「それなら、アリーナの方に行きましょう」
「う、うん……」
こうして隠されて痛感する。俺は未だに彼女のことを何も知らず、また一切信用されていないのであろうことを。
決戦まで残りわずかな時間。それまでに、この確かな溝を埋めることができるのだろうか。
そのことが頭のどこかに残ったまま、すでに踏破しきったアリーナの中をもう一度、戦闘訓練のために探索するのだった。
ーーー学園、夜:マイルーム
「ふう……」
目の前には私を呼び出したマスターさんが椅子に腰掛けて眠っている。
今日のアリーナ探索は順調というほかなく。それと反比例するように、今の所はマスターさんが私の愛に溺れてくれそうな気配は全くない。
「それにしても……」
呟く。確かに未だに堕落してくれそうにないマスターさんをどう堕落させるのかは重要だが、今はそちらよりも気になることがある。言葉とともに頭の中に思い描くのは三つの名前とそれに対応した三つの人影。
遠坂凛。間桐慎二。そしてーーー間桐桜。
名前だけでも奇跡的な確率だが、そこに見た目、さらには性格まで一致するとかもはや奇跡的だろう。この私の依代となっている少女の関係者がこうまで揃うと、あの人もいるのではないかと期待してしまう。
私の依代となった少女、間桐桜。このセラフの保健室にいるNPCとはまた別のーーー恐らくはそのモチーフになったであろう少女の平行世界の存在だろうーーー少女。
彼女が心の中に持っていた唯一無二の光にして、彼女の希望。
彼女の中で、何よりも尊い存在だったそれ。
「ーーーー」
その名前を呟く。
いるはずがない、現実を考えろという心と、いるのかもしれない、とわずかな希望にすがろうとする心の二つがせめぎ合う。
そもそも、ここにいたとしても
更に言えば、いたとしても、ああいう少女の恋とかいう綺麗な部分は私ではなくパールヴァティーの領分。いたからと言って、私に話しかける資格すらあるはずもない。
「そういう意味では、マスターさんともいつか関係的には終わりが来ますよね……」
たった数日間一緒だっただけだがわかる。
心が弱る瞬間ーーーとまではさすがに言えないが、それでも普通に比べたら緩んでいる、疲れが出て来ている時などに堕落の道に誘おうとしているのだが、それを振り払うマスターさん。
きっとこの人は、どちらかというと善性ーーーパールヴァティーが好む気質の人間だと思う。
だからこそ、悪性である私とはきっと、どこかで決定的な破綻が来てしまう。
それを理解はしているがーーー。
「一応、私もサーヴァントとして呼ばれたのに応えてしまいましたからね……」
そうだ。私はいつも言っている。私は全てが嫌いで、同時に全てを愛することができる。
だからこそ、彼のその頑張りを、光に属するそれを眩しすぎてうざいと思いながらも同時にそれを認めてもいる。
「まあ、決定的な破綻が訪れるまでは。あなたが私の力はいらないというまでは、力を貸してあげますよ」
その時まで生きていられるかどうかすら謎なのが現状なのだが。
そう思いながらも私はベッドに入る。
マスターさんを堕落させるには、最低条件として全てを出し切って、その上でどうしようもないという状況を作る必要がある。
敵の真名を探り、敵の弱点をついて、己を限界まで高め、作戦まで立てて、ありとあらゆる手立てを尽くした上でもうこれ以上はどうしようもないという状況。
マスターさんは「まだやれることがあるのではないか」と思える限りは決して堕落しないだろうから、ならばこそ全ての可能性を摘み取ってしまえばいい。
「これ以上何もできない」と議論の余地を一切与えずに、潰してしまわないといけない。
だから、私も常に全力を振るえるように英気を養っておく。どちらかっていうとマスターさんがベッドで眠るべきではないだろうかとは思うのだが、マスターさん自身が平然とそっちで寝ているので諦めた。
ベッドで寝てないから体が痛くて不調だった、なんて言い訳をされなければいいのだが。
ーーーいや、そんな人ではないだろうけど。
さて、明日からはどうなるだろうか。あのサーヴァントは、というか間桐慎二についてだけは倒せるといいのだがーーー。
フランシス・ドレイクのことを彼というのはとても違和感がありました。きっとこの小説を読んでいる皆なら同意してくれるはず
イベントの「まだかなーまだかなー」に漂うポンコツ臭。そこから完成したのが、「不調を演じることでマスターを諦めさせる選択肢を最初から抜いているカーマちゃん」です