四日目。校舎の中を歩いていると、NPC――――賑やかしの生徒たちに混じって、マスターたちとすれ違う。外見でそれと分かる、普通の学生とは違う格好をしている人物達、そうやって自分の格好を
意思のない人形と、人間の差というのが一番近い表現だろうか? 戦いに臨む、彼らの張りつめた気持ちが確かにその体を彩っている。その中で、一際、異彩を放つ存在がいた。
「おや、あなたは……やはり、あなたも本戦に来たんですね」
「レオ……」
二階廊下にて偶然にも再会を果たした一人の魔術師。
その名を、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。俺が”予選”として
……そして、異彩を放っているのは彼だけではない。
そんな彼の後ろ、影のように静かに、それでいて堂々とその存在を主張する一人の青年の姿。甲冑を着込み、帯剣している、誰の目に見ても明らかな、人を超えし力の化身――――サーヴァント。
レオの連れている、そのサーヴァントのことが気にならないはずもない。
何せ、彼という魔術師は最強なのだ。誰が何をどう言おうと、その事実だけは変わることはない。
そんな彼の釣れているサーヴァントが何者なのか、きっと誰もが知りたいと思っているだろう。
だが、俺のそんな視線に気付いたレオは、なんら装うこともなく彼を見て言った。
「『ガウェイン』ですか? ……ああ、僕としたことが失念していました。――――ガウェイン、挨拶を。彼は僕の知り合いです」
それはまるで当然の対応だというように。
「従者のガウェインと申します。以後、お見知りおきを」
レオに指示された甲冑の青年は、涼やかな笑顔とともに頭を下げた。
生真面目だが重苦しく構えたところのない、純真潔白な騎士を想起させる。レオという
ただ、今は、今だけはそんな自分の感想など切り捨てろ。
今、レオは何を言った。レオは、何を明かした……? 絶対に秘匿すべき真名を明かさなかったか?
「どうか、主の善き好敵手であらんことを。では、失礼します」
敵対するべきマスターにも最大限の敬意を見せる騎士の青年。
彼は自らの真名をして”ガウェイン”と名乗ってみせた。その名前はあまりにも有名すぎる。かの偉大なるアーサー王伝説に登場する円卓の騎士、その一人として。
曰く、その力は主君であるアーサー王をもしのぎ、手にした聖剣は王のそれと同格の威力を誇るとされる、太陽にさえ祝福された英雄―――。
クラスは間違いなくセイバー、それ以外に考えられるようなクラスなんてあるはずがない。
書物などからこの英雄のことを調べるのは、さほど苦労はしないだろう。だが、レオにいたって考えなしに明かしたとは思ってもいない。
「どうか、しましたか?」
レオは平然として此方を見てくる。
それは自信。
真名を知られたところで慌てる必要のない、寧ろ”王”であるが故に、正々堂々と明かせるものは開示する。そうした、レオの揺るぎない確信を裏付けるものだった。
気負っての事ではなく、ごく自然に。
確信していることなど、唯一つ。すなわち、勝利。己の必勝以外には有り得ない。
「……特に無いようですね。では、僕はこれで失礼します。いつかまた何処かで、再会できることを祈っていますよ。そして、どうか悔いのない戦いを―――」
「……あ、ああ」
丁寧に頭を下げてから去っていく少年とそのサーヴァント。
その背中を呆然と見つめていると、背後から少女の声が聞こえた。
「レオ……ハーウェイが来るのは想定していたけど、あんな大物なんて……! 万能の願望機、聖杯……。西欧財団の連中がセラフを危険視してるって話は本当だったか。にしても、御自らご出陣とはね。……いいじゃない。地上での借り、天上で返してあげる」
「遠坂? レオのことを知っているのか?」
押し殺したような呟きとともに現れた赤、それを体現した少女、遠坂凛。
どうやらレオのことを知っているみたいだったが、彼女の眦まなじりは昔の知己に再会したような穏やかなものではない。殺意に等しい鋭さを孕んでいる。そのワケが気にならないはずもなかった。
「あら、貴方……」
声を掛け、ようやく俺の存在に気が付いてくれた遠坂は、此方を見るなり考える仕草を取る。この反応……まさか忘れられている? 俺が誰なのか、昨日の今日で?
「違っ……名前よ、名前! 貴方の名前、まだ聞いてなかったことを思い出したの!」
「あー、そう言えば……」
遠坂に言われて気付いたことだが、なるほど、彼女に対する自己紹介はまだだったかもしれない。何しろ初めての接触がアサシン曰く「痴女」な行動だったので、名乗る意味と機会を完全に逸してしまっていたのだろう。
ぎこちない空気ではあるが、いちおう自分の名前を伝える。
遠坂のような有名人に名前を覚えてもらうことに、少し気後れしながら。
「俺は智仁。岸波智仁」
「そ、智仁くんね。これからよろしく」
「あ、ああ……よろしく、遠坂」
思っていたよりも愛想がいい。
幾度となくあった、聖杯戦争参加者としては当然だが人間としては冷たい、そんな言葉の割には仲良くしようという心が確かに見える。
「それで、レオのことを知っているか―――だったっけ。そりゃあもう存分に。犬猿の仲なんてものじゃないわ、不倶戴天の怨敵よアイツは」
先程の質問について、遠坂は微塵も誇張なくレオを「敵だ」と説明した。
優れた魔術師として名高い遠坂凛。多くのマスターとは覚悟も、おそらく力量すらも格が違うであろう彼女にここまで言わしめる、レオとは一体何者なのだろうか―――?
きっと、彼の佇まいなどの様々な部分から並の相手ではないことだけははっきりとわかるのだが。それ以外のことは何もわからないままだ。
「ああ、そっか。智仁くんって確か記憶がないんだっけ? それならわからなくてもしょうがないか……」
いいわ、今の地上の状況を教えてあげると遠坂は明かす。
まるで出来の悪い生徒に教えるように。
それは簡潔にまとめられ、けれど今の地上がどういう状況なのか理解できないなんてことは全くなかった。
「レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイって男はね、今現在地上を実質的に支配している”西欧財閥”の御曹司。次期当主となる男が聖杯戦争に対して名乗りを上げたのよ。地上の支配を完全にするべく、万能の願望器を手中に納めるためにね」
「そんな……」
言葉にはならなかったが、そのあとに自分は一体何を言おうとしたのだろうか。地上の様子に驚く言葉? それともレオがその地上の王となる人間であることに対する驚愕?
少なくとも、納得する言葉ではなかっただろうと思う。
レオの持つ王者の気風については納得がいったが、逆に言えばそれ以外は自分の思い描ける
「ま、あんたが気にする必要はないわよ。……アイツは私の獲物……魔術師としてならこっちに一日の長がある。地上での借り、天上で返してあげるわ」
最後は俺にではなくもうすでに去ったレオに向けて。
ぎらりと目を光らせて、遠坂は戦士としての表情、勇ましい足取り、聖杯戦争に参加する戦士として去っていく。
レオも、遠坂も謎に満ちている。そもそも地上の王たる相手に”借り”があるとは一体……。
いずれにせよ、今の記憶を失ったままの自分には計り知れないほどの因縁があるのだろうということだけは理解できた。遠坂の表情を見る限り、あれはもはや”因縁”ではなく”怨恨”と呼べるレベルの代物。
とは言っても、これ以上は今の自分では知ることはできない。自分とあの二人の間にはそれだけの関係性には存在しないのだ。
とりあえずは、先ほど入手した貴重な情報―――レオのサーヴァント・ガウェインについて。調査のためにも、図書室へ向かうとしよう。いつかは戦うかもしれない強敵。調べておいて損は無いはずだ。
ーーー学園:二階図書室
図書室の本棚に並べられていた中から、レオのサーヴァントであるガウェインについての情報が記された本を探す。
やはりアーサー王伝説となると著名であり、関連書籍も多いのか、目的となる本については簡潔に見つけることができた。
アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人。アーサー王の甥でもある。
アーサー王の片腕と称されたランスロット卿に並ぶ騎士だったが、兄弟をランスロットに殺された事をどうしても忘れられず、彼とは相容れなかった。
高潔な人格、理想の若武者であったが故に、肉親への情も人一倍だったのだろう。
しかし、その怨恨がガウェイン卿の騎士としての格を落とすばかりか、最後には王の没落にまで繋がってしまう。
ガウェイン卿は、アーサー王最後の戦いであるカムランの丘にて、ランスロット卿に受けた古傷を打たれ死亡したとされる
レオのサーヴァントであるガウェイン卿。
その人生は騎士としての栄光に彩られたものではあったが、それだけではない。
彼の結末には悲劇としての側面も描かれている。果たしきれなかった、王への忠義。そこにサーヴァントとなってからの、彼の剣を執る理由があるかもしれない。
ガウェインについての調査はそこで打ち切ることにした。
今調べるべきことはそれ以外にある。俺が戦うのは慎二なのだ。これ以上のことは、彼と戦うことになったときにでも調べるとしよう。
「あれ、レオ……?」
そんなことを考えていたはずなのに、そうして慎二のサーヴァントについての情報を探して図書室の中を見渡していたら、気がつけばレオの姿を発見した。
小さな声、けれどその声か、あるいは視線か。向こうもこちらに気がついたのか、さっき別れたばかりだというのに、そんな事は顔一つ出さずに、朗らかな笑みを向けてきていた。
気付いたのなら、行かなければ無視したようで気に障る。
そう考えた俺はレオの所まで行き、また話をする事にした。
「岸波智仁さん。改めて、本戦出場おめでとうございます。一回戦はマトウシンジさんですか。彼は強力なサーヴァントを持っているようです。お気をつけ下さい」
レオが慎二のサーヴァントを強力だと、今はっきり口にしたという事は、もう疑いようがないだろう。そもそもレオが嘘をつく必要なんてないし。
だが、その言い方だとすでに慎二のサーヴァントの正体については知っているのだろうか?
そうは思ったが、さすがにこんな最初から他人に頼りきりになるのはどうかと思う。いずれはレオも戦う相手。最終的には自分の手で色々と情報を手に入れる努力をしないといけないだろう。
「それにしても、あなたからはまだ気の抜けた感じが伝わってきますね。なんというか、学生気分が抜けていないような……。もしかして、まだ
「う、うん……まだ記憶が戻ってなくて」
「おや、そうだったんですか? ……そちらに関しては僕にはどうしようもありませんが。……ええ、そうですね。あなたとは縁もある。僕でよろしければ、少しばかり説明してあげましょうか」
それはありがたい。正直なところ、聖杯戦争に関してはわかったし、あれが予選だということも今は知っているが、逆に言えばそれ以上のことは何もわかっていないのだ。もしかしたら、ここでレオから得られる情報で記憶に対する手がかりを見つけられるかもしれない。
「では、早速。固有結界というものはご存知ですか? 強力な魔術を以て、術者の周りの空間を、まったく別の空間に作り変える魔術です。サーヴァントの中にも、この固有結界を持ち合わせる者がいます。固有結界の維持には大変な熱量を要し、サーヴァントの強力な魔力を以てしても維持するのは長くて数分が限度です」
そんな技まであるのか、サーヴァントには。……いや、この話だと普通は魔術師が扱う技なのだろう。
けれど、ここでこの説明をするということは、もしかして固有結界が関係しているのだろうか。
「ええ。……そして、予選で我々が過ごした学園は、聖杯がその所有者を決める為に作り出した、固有結界なのです。予選の学校と同様に、本戦の学園、アリーナ、そして、マスター同士が雌雄を決する決戦場。これらも全て、聖杯がその桁外れな魔力を元に作り出した、個別の固有結界なのです。あれだけの規模の固有結界を長時間、しかも複数同時に維持し続ける事は、現代の最新鋭のスパコンでも不可能です。聖杯の魔力の規模がどれだけ凄まじいか、ご理解頂けるかと思います」
セラフの元々のスペックの高さ、そしてあれほどまでに精密な日常をただの予選のために使い捨てることができることから、どれだけの
「聖杯戦争に参加した全てのマスターは、一度記憶を完全に
そして、参加を成したからといって、それではいおしまいというわけではない。ここからは情報を集める段取りになる、というわけだ。
それにしても、どうしてレオはここまで俺のことを気にかけてくれるのだろうか。
レオと違って特別有名というわけでもないのに。慎二のように実力があるわけでもなく、遠坂のように何かしらの関係性が地上から続いているわけでもない、ただの記憶喪失の俺なんかに。
「おや? そんな事ですか。簡単ですよ。あなたは仮初とはいえ、僕のクラスメイトだった人で、友人だった人だ。本戦であっても、僕としては学校の友人だったあなたは特別な存在です。なんせ、学友なんて初めてでしたからね」
爽やかに笑いながらいってのけた彼に、俺は畏敬の念すら覚えてしまう。彼は本心から、友人としてアドバイスをくれていたのだ。それが嘘でない事くらいは俺にだって分かる。
そもそも、嘘を良しとするマスターの元に、あの高名な円卓の騎士、ガウェイン卿が参じるはずもない。
「それでは、僕も自分の対戦相手のサーヴァントについて、少し調べ物でもしようと思うので、ごきげんよう」
と、優雅に一礼をして、レオは本棚の方へと行ってしまった。あれが強者の余裕というものなんだろう。多分見習えと言われて出来るものではないはずだ。
けれど、彼の言葉に思い出す。自分もこんなことをしている場合ではない。時間は限られているのだから、少しでも有効に使わないと。
「あれ、智仁? 奇遇だね、こんなところで」
「慎二も情報蒐集……?」
「ああ、そうさ。情報収集といえば図書室で決まりさ。僕も君の情報はしっかりと集めているから、くれぐれも手を抜かないでくれよ」
慎二も、情報を敵にポロポロと漏らすバカではあったけれど、さすがにこういったことまでは忘れていなかったということか。
想定していなかったわけではないけれど、それでもこうしてはっきりと言葉にされてしまうと焦燥が溢れてしまう。……もしかしたら、彼のほうが先にアサシンの真名にたどり着いてしまうのではないだろうか、と。そうなった時に、できるかどうかは別として、俺は彼女の弱点を知らないのだから、その弱点から彼女を守るための何かを用意することすらできない。
「ところで、めぼしい本が見つからなかったみたいだね。残念ながら、既に対策済みさ。あの”亡霊たちの王”に関連する本は、既に
哄笑をあげながら慎二は去っていく。多少機嫌が良さそうに見えるのは、アリーナに隠すというーーー本人の主観ではーーー嫌がらせ、もとい完全な情報漏洩を成功させたからだろうか。実際のところは”亡霊の王”というワードでほぼほぼワイルドハントで確定させてしまったのだが。
とりあえず慎二に従う理由を「知りたい」とか言っていた彼のサーヴァントはそれを良しとしたのだろうかーーー?
「いや、良しとするか……」
そうだ。彼は知りたいだけ。ならばそこに、これを良しとする何かが存在するのかもしれない。
自分たちの尺度で測ってはいけない。彼は英雄なのだ。自分とは違う時代、自分とは違う常識、自分とは違う思想を持ったーーーサーヴァント。
自分の思考で捉えきれると思わないほうがいい。かと言って、全く理解しようと努力しないのは
「アリーナに急ごう、アサシン」
慎二が自分のミスに気がつくよりも先に。
あのサーヴァントについての情報を手に入れないといけない。
ーーー
ーーー第二層にて取得されたし
そう思った直後、鳴ったのはポケットに入れていた端末。軽快な音には聞き覚えがあり、運営からの情報だと思って確認した画面には、二度目となるアリーナ解放、暗号鍵生成の告知。
普段であればきっと、暗号鍵を取りに行こうとすぐに言えたのだろうが、このタイミングでの告知は嫌がらせかと思う。
「……どっちだ?」
一体、慎二はどっちのアリーナに隠したのか、それがわからない。
慎二の端末に一体いつアリーナ解放の通知がやってきたのかによっては、アリーナの第二層が解放される前に隠した可能性もある。
そうして悩んでいると、隣にアサシンが呆れ顔で実体化する。
「どっちでもいいでしょうに。どうせ暗号鍵がないと負けるのは確定なんですから、まずは第二層に向かいましょう?」
「……ああ、うん。そうだね」
そうだ。結局は情報を手にしても鍵がなければ意味がない。
ならばまずは鍵を手にして、その上で第二層に情報があるのかどうかを探してみよう。
なかったらなかったで、その時は第一層に向かってみればいいだけのことなのだ。
ーーーアリーナ:一の月想海、第二層
足を踏み入れた迷宮。そこには、闇が胎動を繰り返していた。
さながら、そこは深海をイメージしたステージであるかのように。
時間に置き去りにされたような停止した世界。見上げた景色の中には、沈没した帆船が映っている。藻屑として、残骸として。そんな捨てられた存在たちが散乱している世界は、美しい景観に見惚れるよりも暗鬱とした感情を抱かせてくる。
「マスターさん、どうやら間桐慎二がいるみたいですよ」
アリーナに侵入した途端、アサシンからそんな警告が渡される。
彼女がそのことを気づいたということは、相手である慎二にもきっと届いている。彼らとの遭遇も警戒しないといけないだろう。
「……正直、今のままの私だと厳しいですよ?」
どうするんですか、と問いかけてくる。
あのキャスターらしきサーヴァント。しかし、あのサーヴァントは本当にキャスターなのだろうか。
魔術を使っていたからと言ってそれが主武器だとは限らない。むしろ剣や槍が有名だと言われるとランサーやセイバーなのだろうと思ってしまう。
となると、今の俺たちは情けないことに主武器すらまともに使わせられない程度の実力しかないということになってしまうのだ。
しかも、慎二が「アリーナに隠した」と言った以上は、あいつは確実に隠しておく。隠した上で、見つけられなかったのかと見下してくるのが慎二だ。
だからこそ、俺たちの行動はきっとあいつに筒抜けになっていると考えたほうがいい。
「リターンクリスタルはないけど……」
それでも、いつ慎二が持ち帰るかわからない以上はどうしようもないのだ。
今、見つけるしかない。
「わかりました。ですが、あいつらとの接触は避けていきましょう」
「うん。……もう少し、俺が魔術師として実力があればよかったんだけど」
ついつい本音を漏らしてしまう。
どうしようもない事実ではあるのだが、それでも「もしも」を考えてしまうのだ。
「そこらへんに関しては別に期待していません。そもそも、私に『気配遮断』スキルがあれば、マスターさんの実力関係ないんですから、そっちで私のことを責めてもいいんですよ」
「そう言ってくれてありがたいよ。けど……」
「あーはいはい。わかってますよ。どうせそれも自分が弱いからだーって言って私のせいにしないんでしょう。どうせ、それも堕落だなんだって言って」
「あはは……」
苦笑い。彼女に言いたいことを全て言われてしまった。
気配遮断スキルが存在しないのか、それとも弱っているせいで発動できないのか。たとえ前者だったとしても、俺の実力が足りていればアサシンの実力を発揮しきることができて、わざわざ逃げ腰にならなくてもよかったのではないかと考えると、それをアサシンのせいにはできない。
「とりあえず、先に進もうか」
これ以上話をしていても、ただただ時間を無駄にしてしまうだけ。
そう思って、アサシンにアリーナを進むことを提案する。
それにアサシンも頷いたことで探索を開始したのだがーーー。
「第一層の敵よりも強いですね」
「ああ、だからちょっと手古摺ってたのか」
つまり、この階層は第一層を簡単にクリアできることを前提とした基準なのだろう。
戦闘能力に関しては一切の変化を見せていないままのアサシンでも多少手古摺る程度だが、このまま能力値を本来のものに近づけることができないのであれば、いずれはただのエネミーでも厳しくなるかもしれない。
本当に、どうにかしないとーーー。
「あ、マスターさん。どうやらここに隠し通路があるみたいですよ」
「え……? あ、ほんとだ。よくわかるね、アサシン」
言われて見てみると、確かにそこにはアサシンの言う通り隠し通路がある。
より正確には、入り口のわからない部屋がある。確かに、入り口がない部屋なんてあるはずがないので、ここにはどこかに入り口があるはずだ。
だが、だからと言って、そんなことにパッと気付けるかと言われると、俺には不可能なことで。だからこそアサシンがパッと見つけたことには驚いた。
「……見つけた」
その部屋の中にあったアイテムフォルダから出てきたのは一つの本。
これは間違いなく、探し求めていた資料の一つだ。
慎二が躍起になって隠し通そうとした一冊の本、所々やぶれ風化したようにボロボロになってはいたものの、消えかかった文字の中、いくつかの単語が目に留まる。
ーーールーン魔術
ーーーオーディン
オーディンという名前を見るに、どうやらこの本は北欧神話について書かれた本らしい。
けれど、北欧神話を隠していたのは一体どういう理由でーーー。
「……これだけわかれば十分でしょう。多分、あのサーヴァントの真名は」
「……そう、だね。今日はこれ以上の探索はやめておこう。慎二がいつやってくるのかわからない」
確かな成果を手にして、出口へと向け踵を返した瞬間だった。
「チッ! こんなところまで探すなんて、ずいぶん必死じゃないか……けど、ざんねんだったね。せっかくだけど、その本は返してもらうよ」
警鐘が鳴る。
鼓動が加速する。
自分たちが通ってきた道、そこを塞ぐようにして慎二と彼のサーヴァントが立ちはだかっていた。つまりは、唯一の出口であるその通路を封鎖するように。
「もう来たんですか、ワカメさん……」
まるで辟易したかのようにアサシンは告げる。
その、普段よりもダウナーな雰囲気を見せる彼女に、慎二とのこの遭遇は普段から無気力な彼女からしても嫌なものだったとわかる。
しかも、普段なら慎二のことをフルネームで呼ぶ彼女がワカメと呼称したことで、慎二が口元をヒクヒクとさせている。
あれは、怒りをこらえようとして上手くいってないんだ、とどうでもいいことに気がついた。気がついたところで、どうしようもないというのに。
「雑魚サーヴァントがよく言ったもんさ!! いいさ、思い知らせてやる!! さぁ! あれを呼んじゃってよ!!」
その言葉とともに、隣にいた彼のサーヴァントが応、と呟いて前に出る。
そこに、気負いも負けるかもしれないという恐怖も一切存在していない。
来る―――そのことに気がついた。こうしてアリーナで遭遇してしまった以上、激突は避けられない。
仮に敵がどう出るにしても、一先ずは様子を見よう。常に逃走の隙を探し続け、この場を凌ぎ切ることに全力を尽くそう。そう思って、慎重に機を窺っていた時だった。
「来るがいい、我がエインヘリアル。ヴァルハラより来たり来たりて、眼前の敵を食い潰せ」
ゆらり、と空間に黒いノイズが走る。
そこから這い出て来た者はーーー。
黒い、黒い人型だった。
それは英雄だった。
人の姿。人の形。あり得るはずがない。ありえてはいけない。だって、だってーーー。
「サーヴァント……!?」
それは、人型というだけで実際には人間ではないのだろう。
けれどその鎧は。その武器は。紛れもなく英雄の持つに値する、宝具と呼ばれる類の代物だった。
だからこそ、驚いた。この人型は人格も何もかもがないがサーヴァント。つまりは英霊。
あのサーヴァントは、サーヴァントを呼んだのだ。
「いいえ、あれは
しかしそれをアサシンは否定する。
シャドウサーヴァント。
本来の実力ほどはないが、それでもエネミーとは比べることすらおこがましい代物。
「さあ、存分に暴れるといい。我が
その言葉にシャドウサーヴァントは構える。
腰を落とし、片方の腕をアサシンに向けて突き出して狙いをつけるように。もう片方の腕は引いて。
ただ与えられた使命を果たすように彼の眼前には剣が現れて。
その剣をーーー。
「ーーー!」
拳で撃ち抜いた。
それに敵わないと一瞬で理解した。一対一であればともかく、ここに慎二のサーヴァントまで加わると、このままでは絶対に勝ち目はないと理解してしまったがゆえに、俺たちが取ることができたのは、ただ逃げることだけだった。
シャドウシグルド「またのご利用をお待ちしております」