―――学園:マイルーム
朝起きると、昨日のことを思い出す。
あのサーヴァントが召喚した残留霊基。
慎二は本を取られたのが悔しかったようなので、とりあえず逃げる際の囮としてぶん投げたが、それに一瞬気を取られたおかげで逃げることには成功した。キーワードとなるであろう北欧神話については覚えているから問題はない。
だが、暗号鍵は未だ取れていない。これではせっかく得られた情報も全くの意味がない。その情報を役立てることもできずに敗北が確定してしまうのだ。
「ん……っ! あ、アサシン……?」
「すぅ……ん、んぅ…………」
今気がついた。椅子に眠っていたはずの俺の目の前に眠っているアサシンの顔があった。
小さな呼吸音を響かせ、すやすやと眠っている少女。瞼を開けて最初に視界に映ったものが幼い、という形容詞がつくとはいえ、美貌と称するに値する容貌だなんて……心臓に悪すぎる。
こうして見ると、英霊、サーヴァント……かつて英雄として武勇を打ち立てた人間には到底おもえない。あどけない美貌と、自身よりも貧弱な体躯。吹けば消えてしまいそうなほどに儚く、手を伸ばした途端に幻想として消滅する、そんな不安に襲われる。
「ん……あ、おはようございます、マスターさん」
「っーーー! ……お、おはよう。アサシン」
この状況に陥るに至った理由がわからないながらもアサシンの寝顔を眺めていること数秒。
ちょうど良く目覚めた少女の視線とばっちり合ってしまったことで、嫌な汗が大量に噴き出した。決してやましいことはしていないつもりだが、身体が思わず飛び上がる。少なくとも、椅子に座った俺の膝に向かい合う形で腰掛けている時点で、まともな状況ではないのだから。
「ど、どうしてこういう状況になっているのか……聞いてもいい?」
別に大したことじゃないですよと目をこすりながら言うアサシン。
けれどこの状況に驚いていないことから、この下手人はアサシンで間違いないようだ。
まあ、寝ぼけてベッドに入り込むならまだしも、寝ぼけてアサシンを掴んで膝の上に乗せるなんてあり得ないだろうけど。
「マスターさんを慰めてあげようかと思いまして」
「慰める?」
どう言うことだろうか。全くわからない。少なくともこの状況では膝にアサシンの体重が全てかかっているだけでむしろ痛みが。……いや、別にアサシンが重たいわけではないのだが、それでも女の子一人を乗せているのはきつい。
けれどアサシンはそんなことに気がつくことはなく。
「だって、昨日のあれは完全に敵前逃亡じゃないですか。見事すぎる逃走でしたし、勝ち目がない戦いに挑む無謀をするようなマスターじゃなくてよかったってことは事実ですけど」
「うっ……」
「ああ、別に責めてませんって。むしろあの状況で挑んでいた方が責めてましたから。……ですが、逃げ出した事実が、マスターさんの中にはしこりのように残っているのではないかと思いまして」
だからこそ、あの逃走についての言及。それは悪いことではないと言うことをはっきりと伝えるのだと。
だが、それは決してこの膝の上に乗る行動とは繋がらないと思う。
「ほら、そこはおまけです。ちょっとばかり堕落してくれないかなって……」
「うーん。まだやれることはあるし……」
苦笑い。アサシンもどうやら本気ではなかったようで、すぐに諦めて降りてくれた。
けれど、こんなことをしていても現実は変わらず立ち塞がっている。俺たちではあのサーヴァントが呼び出した残留霊基にすら敵わず、昨日は逃げ帰るしかできなかったと言う現実が。それからは逃げ出すことはできない。いや、アサシンの言葉に乗っかって堕落の道を進めば逃げ出せるのだろうが。
けれどそれはダメだと召喚の場で叫んだのだ。だったら最後までそれを貫き通さなければならない。
ちょうど、やるべきこともわかっているのだ。昨日、校舎に戻ってきた後にNPCやマスターたちから情報を集めたがゆえに。
「それで、今日はどうするんですか? ……まあ、わかりきっているようなものですけど」
「ああ、うん。そうだね」
苦笑する。そのことを聞いた時に、アサシンも隣にいたんだから。彼女も思い至らないはずがない。
「”教会”に行こうと思う」
そこで、サーヴァントの強化を行なっているようだから。
昨日のことを思い出す。それは学園に戻ってきてからのこと。
「何やってるの、岸波くん?」
「遠坂……」
遠坂に出会ったのは戻ってきた直後のことだったから、背後から来る攻撃に怯える必要がなくなったタイミング。学園に戻ったことでようやくわずかに死の恐怖から逃れられた瞬間のことだった。
息は荒く、どう考えてもまともな探索ではなかったということを彼女にも理解されただろうが、だからこそこの状況から抜け出す方法を彼女だからこそ思いつくかもしれない。
そんな、淡い期待も抱いていた。彼女にとっては自分も敵だから、それはおかしな期待であるはずなのに。
「…………へえ、シャドウサーヴァント、か……マトウくんも、強力なサーヴァントを引き当てたようね。まさか、神代の英霊を召喚できるサーヴァントなんてね」
「ああ、残留霊基だから宝具を使えないっていうのが唯一の救いなんだけど、それでも大元の
彼女に頼るのは愚行だろう。
いずれ激突するかもしれないマスター同士。真に万能の盃を求める魔術師にとって、ただの世間話に興じたり敵に塩を送ったりなんて行為は愚行以外の何物でもない。だからきっと、彼女が助けてくれることはない。
それでも自分たちにとっては、他に頼る人間がいない。
それに何より、先ほどはおかしな期待と考えたが、遠坂凛という少女は骨の髄まで魔術師然としてはいないような、信頼に足る要素を内に秘めている人物であると俺は思っていた。だからこそこの期待は、おかしなものではあるが無謀なものではないと信じている。
「……いいわ、教えてあげる。以前体を触った借りもあるし。それに何より、私としては貴方に勝ち上がってほしいところだから? ああ見えて、マトウくんはアジア圏有数のクラッカー、貴方と戦った方が簡単に勝てそうだしね」
そう、自分に言い聞かせるように言った少女は、教えるに足る理由を発見したことで何も問題はなくなったのか、そこからは普通に教えてくれた。
「『教会』に行ってみるといいわ」
そうして遠坂が提示したのは、一つの可能性。
「保健室側の扉から出たところに花壇と噴水があって、その奥に綺麗な建物があるでしょ。その教会内部にいる”二人”に話しかければ、案外何とかしてくれるかもね」
教会に何があるのか、と思わないわけでもないが、遠坂に限ってここで騙しに来ることはないだろう。
慎二に脱落してくれた方がいい、というのはきっと嘘ではないのだから。
だからこそ、教会にいるという謎の二人組。
遠坂がこのタイミングで薦めてくるほどの人物なのだから、間違っても”何も無い”なんてことはないはずだ。きっと、そこには幾らかの可能性が潜んでいる。
「ありがとう、行ってみるよ」
「別に。お礼なんていいわよ。これはただ借りを返しただけなんだから」
それが、昨日の会話。
その会話を思い出しながら俺は霊体化したアサシンとともに噴水広場を歩く。
この空間にはマスターはほとんどいない。いいや、それどころかNPCすらもその姿をこの空間には見せない。俺が見つけられる範囲では一人、女子生徒がいる程度だ。
喧騒とは離れた、静寂の空間。聞こえてくるのは、噴水のジャバジャバという水音だけ。
ここだけが、聖杯戦争から切り離された空間のような、少し異質で歪な空気が漂っている。
かといって、邪悪であるとか、禍々しいとか、そんな事はなく、不思議と神秘的な印象さえ受ける。教会という聖なる領域と、噴水という癒やしを作り出す装置が、そんな印象を与えているのかもしれない。
ーーー学園:教会
重い扉を押し開いて、荘厳な雰囲気漂う教会の中に入る。
そこは薄暗く、外の喧騒から遮断されていた。まるでこの場所だけが世界から切り離されているかのような、そんな印象。校舎のどの教室とも違う、正体不明の空気を感じた。
敷き詰められた長椅子には誰も座っていない。
しかし、正面に目をやると、鮮やかな”赤”と”青”、相反する二つの色を象ったような女性たちが目に飛び込んできた。
彼女たちが、遠坂の言っていた二人組だろう。ならば、一度話しかけてみなければ。
中の薄暗さに対して、わずかばかりの躊躇を持つが、それでも進まないことには話が進まないのだ。多少の怯えは許容範囲。そう割り切って、その二人組の元へと歩を進める。
少し距離を置いて座る二人の中心、台座らしきものの上では、乱回転する一つのキューブと、それを包むように回る二つのリングが。
教会にしては異質過ぎるその光景が、ここが本来の教会としての役割を果たす場所ではないと実感させてくる。
「はあい、ようこそ教会へ。君も『魂の改竄』にきたのかな?」
赤髪の女性は最初から気づいていたかのようにこちらにフランクに声をかけて来る。
そしてそれによってもう一人の、何やらデータの処理作業を行なっていた青髪の女性もこちらの存在に気がついたのだろう。顔を上げてこちらに視線を送る。
「ん、お前は確か……なんだったかな。……ふむ。私が物忘れとは、珍しい。ま、細かいコトはいいだろう。被験者が多い分には問題ない。ようこそ
二人続けて同じワードを出される。魂の改竄、とは一体なんなのだろうか。
あまりに聞き慣れない言葉すぎるせいで、どう答えていいのか全く分からずに、ただただ黙りこくっていた。
「あら、魂の改竄を知らないんだ。ってことは貴方、本当に素人の中の素人ってコト?」
魂の改竄という言葉に聞き覚えはなく、また素人であることにも一切間違いはないので、肯定を示すために一度頷く。そうしたことで、もう一人。先ほどまでデータ処理をしていた青い女性に対してバトンが渡される。
「素人か……。簡単に説明すると、魂の改竄とは、そうだな……。君の魂とサーヴァントの魂を
「んで、私はその改竄をする役についてるの。いろいろあって成り行きで、ね。私は蒼崎『青子』、そっちは『橙子』。魂の改竄をしてほしかったら、私の方に声をかけてね。魂の改竄っていう観点では、姉貴は居る意味なんてまるでないけど。」
姉貴、それに名字が一緒という事は姉妹なのだろうか。聞いてみようとも思ったが、二人の間にはそれをさせまいとする無言の圧力が存在していた。
実際、今青子が、橙子のことを貶すが、そんな罵倒も橙子は不敵に笑って流すとーーー。
「そういうお前は眼鏡拭き以下だがな。またぞろ失敗して、ムーンセルからの苦情が来ないよう、注意するコトだ」
負けじと青子の方を貶し返していた。
「ちょっ、アレはマスターが悪かったんだってば! 違法スレスレで改竄してくれ、って言うから、スキルを幾つか付加しただけじゃない」
「は。そのオチが、
「くっ……このクソ姉貴。後でビームかましてやる……!」
あ、この二人は険悪なんだな。そう察した。それにしても姉妹なのに、ここまで仲が悪いものなのか。
実際に兄弟がいたことは、少なくとも記憶にはないから分からないのだが、普通はもう少し仲がいいのではなだいだろうかと思ったのだが。
『いえ、そういうわけではないですよ。姉妹だと言っても結局は知性ある存在ですから。気に食わなければ殺し合ってもおかしくはないでしょうし。ほら、神話だと兄弟で殺しあうのはよくあることじゃないですか』
そういうものなのだろうか。
アサシンに否定されて、心底からの納得には至ってはいないが、そういうものなのだとどうにかして納得する。
「じゃあ、さっそく改竄を試してみる? 上手くいけば、君のサーヴァントを今よりも強化……というよりも、元の力を取り戻すことができるかもよ?」
「……お願いします。アサシンもそれでいい、よな?」
「ええ、別に問題ないですよ。やれるだけのことをやった後じゃないとマスターさんは諦められないでしょうし」
さっきの喧嘩を見ていると、それも青子がやらかした事実そのものについては否定しなかったという事実も加わったことで多少の不安はあるのだが、それでもアサシンからの許可も得たところで魂の改竄を行うことになる。
最初からマスターを諦めさせることを目的としているサーヴァントということで、物珍しそうにアサシンを見る二人。それに気がつきながらも無視をして、アサシンは教会の奥の壇上に上がる。
天を仰ぐように瞑目するアサシンは、まるで何かに祈る巫女か何かのように神聖な雰囲気を身に纏い、同時に全てを堕落させる魔女のような、退廃的な雰囲気も同時に持ち合わせている。
青子はそれを準備完了の合図として、霊基に対する接触を開始した。
「じゃあ、始めるわね」
青子が空中を指で弾く。
それはピアニストが鍵盤を叩く動きや、あるいはパソコンのキーボードを打つ動きにも似ている。ただ、そこにどのような理屈が働いているかは不明だ。おそらくは高度な術式が用いられているだろうことは間違いなかった。
けれど確かに、そこには仮想キーボードのような何かが”ある”ことは、未熟なれども魔術師としての目が確かにそこに流れる魔力を捉えたことで確認できた。
光に包まれたアサシンの姿が見えないことが、先の青子の失敗に関わる発言と重なってわずかに気がかりであるが、もうそこは俺にはどうしようもないので信じるしかない。
「貴女、すごいわね……」
すでに何度も行なっているのだろう、その動きは慣れていると言っても過言ではない。
けれど、それを行う青子の顔にはーーー。
「どうして、貴女ほどの存在がサーヴァントに……?」
そこには、理由がわからない、というような疑問がはっきりと出ている。
けれどそこには同時に、アサシンというサーヴァント、その大元となる英霊に対する敬意のような何かが確かにある。
……確かに、彼女は俺の願いに応える形で召喚されたが、その理由はわかっていない。彼女にも何かしらの願いがあるのだろうが、俺はその内容を全く知らないのだ。
「何か、変な感じね。貴女、本当にサーヴァント……?」
ただの疑問。
けれど、それは彼女の正体に関わる言葉であることを、今の俺は知らなかった。
「げっ……」
「え、ちょ……何をしたんですか!?」
室内を閃光が支配する直前。青子が漏らした言葉とその表情に、一気に不安になる。
先ほどのサーヴァントの
けれど自分の質問に対する答えが来るよりも先に、室内を満たしていた閃光が収束していく。
鬼が出るか蛇が出るか。こんな形での聖杯戦争脱落なんてことだけは認められない。せめて、自分の手で戦って死なせて欲しいーーー。
「あれ……?」
光の収束とともに現れたアサシン。
その見かけは全く変わっていない。そう、そのはずなのにーーー。
(なんで、今……)
少し成長したアサシン。童女と呼べる程度の見た目の、これまで見てきた姿の彼女に重なるようにして、そんなものが見えたのだろうか。
もう一度見てみるが、今度はそんなものが重なって見えることはない。ということはあれは幻覚か何かだろうか。
そこでハッと気づく。
「アサシン、何か変なところはないか!?」
まず何よりもするべきだったことはアサシンの心配だ。青子が何かしらの失敗をした、というのは先の彼女の発言と表情から確実。ならばまずは、アサシンの体調について心配するのが最優先。たとえ戦闘能力そのものが上がったとしても、扱う彼女に不調があるのでは意味がないしーーー。
そして何より、俺の願いに応えて召喚に応じてくれた彼女を、いつまでも俺の不甲斐なさのせいで本来の力を発揮させてあげられず、辛い思いをさせるわけにはいかない。
俺が努力して魔術師としての力量を上げること、そしてエネミーから
「大丈夫ですよ。ただちょっと、力が
「うん、そうね。ちょっと他のサーヴァントには存在しない領域に触れたら、ありえないほどの力を解放したってだけよ」
橙子から問い詰められていた青子は、何をしたのかを説明してくれる。その内容からして、別に悪いことではないのだろう。要するに、呪文は覚えているけれど魔力が足りなくて使えない、みたいな状態。俺の実力が上がれば、同時に彼女が使用できる能力も増えるということだ。
それで、とどうにか言われたことを噛み砕いている俺に対してアサシンが話しかけてくる。
「どうですか、マスターさん?」
今日までに溜め込んだ
これが、魂という形而上のものに対する干渉だからなのか、それとも得られたリソースが少なすぎるから成長の度合いが小さいのか。その答えは俺にはわからない。
それに、表面上は成長したとわかりますか、と言いたげな言葉ではあるが、きっと彼女の言葉にはこういう意味が込められている。すなわちーーー。
こんな程度の成長で勝てると思っているんですか、という意味。
俺に対して諦めろと、堕落しろと要求する言葉。その意図は確かに届いている。
けれど、今の彼女がさっきまでと比べてどう違うのか。それを確かめるには実践しかない状態であるがゆえに、今はまだ諦めるわけにはいかない。
「あれ、アサシン。それって……」
どう、と問われてもなんと答えるのが正解なのか。
それがわからずに悩んで、目をそらそうとしたところで、あるものに気がついた。
「どうやら霊格を一つ取り戻したみたいですね。……気がつかなかったらさらっと流すことができたんですけど」
ため息をつくアサシン。その腰元には、これまでは存在しなかったアクセサリーがついている。金の杵、を象ったと思わしき小物。
あの言い方からするに、これは彼女の霊格が戻るのと同時に解放された代物。この小さなアクセサリーに一体どんな力があるのかわからないが、これこそが、アサシンとしての彼女の本来の武器なのかもしれない。
「まあ、力を取り戻したことをはっきりと認識できたみたいなので、ちゃんとこれも使いますよ」
気怠げなその瞳。けれどその瞳とは裏腹に彼女が全力で俺の進む道を切り開いてくれることは、すでにこの数日で知っている。
だからこそ、彼女のことを疑う余地なんて存在しない。これが例え忠義ではないとしても、彼女は全力を尽くしてくれているのだから。
「うん。ありがとう」
本気を出さずに負ける。そんな楽な道を選ばずに、俺の意思に応えてくれるというのだから、それ以上の言葉は存在しない。彼女に本心からの礼を告げる。
「行こう」
アリーナに。暗号鍵を手にしなければ勝ち目どころか勝負に挑む資格すら得ることはできない。
今もなお、アリーナにシャドウサーヴァントが残っているのかどうかはわからない。
けれど、例え残っていたとしても、今日取りに行く必要がある。
決戦までにあれを倒しきれるようになっていなければ、決戦に挑んだとしても、慎二のサーヴァントが決戦時に召喚することができる以上は勝ち目などない。
だからこそ、今日倒して暗号鍵を手に入れて、その上で明日はさらにアサシンの強化に努める。そのつもりで教会を後にする。
ーーー学園:マイルーム
もしもアリーナ内部で慎二とそのサーヴァントに遭遇した場合に備えて、その情報についてもう一度整理する。
北欧神話、ワイルドハント。その二つをキーワードとしたことで慎二のサーヴァントの真名には限りなく近づけた。
すでに残り二択なのだが、そこにあの槍が食い込んでくる。よってすでにサーヴァントの真名に関しては、あれで間違いはないだろう。少なくとも、もう片方の逸話にはそこまで大掛かりな魔術関連の逸話は存在しない。
敵サーヴァントの真名看破。
未だアリーナを徘徊しているかもしれない残留霊基への突破口と成りうるものはすでに手にした。
決戦を明後日に控え、着々と成果が重なっていく。泣いても笑ってもあと二日。残る猶予期間を油断なく過ごすのは当然として、当面の問題は依然として未解決のままだった。
それはつまり、友人を倒すということ。
そして、あの英雄たちを呼び出す者を打倒せねばならないということ。
――――自分に、出来るだろうか。
実力にしても、感情にしても。
いっそ、慎二のようにこれが本当にただのゲームだと思い込めてしまえばよかった。
不安に駆られ、足が竦む。期日が近づくにつれて、この身体に募る重圧が増大化していく。
ああ、身体が重い。対決を前にした恐怖、緊張、その他諸々の感情が圧し掛かる。
……真名、ということで一つ思い出した。アサシンの真名。彼女からは教えてもらえていないが、調べることに関しては特に何も言われていない現状、調べても問題はないはずだ。
ちょうど、霊格を取り戻した直後。
それによって戻ってきたということは、あの杵のようなアクセサリーは彼女の真名につながるような何かであるということ。
けれど何故だろうか。彼女の真名には確かに近づいているはずなのに、同時に遠のいているような予感もある。こうして新しく手に入れた情報を参考にして、そうして探すと絶対にたどり着けない。そんな確証が、なんの根拠もないながらも確かに己の中にあった。
「そうですね。今ある情報だと、私の真名には絶対にたどり着けないと思いますよ」
「それは、持っている武器とか取り戻したあれについて調べても?」
「ええ」
けれど、彼女
ということは、彼女には自分の武器ではない武器を使った逸話でもあるのだろうか。ただ、そんな感じの雰囲気ではなさそうな気がする。
……考えても仕方がない。今の自分では決してたどり着けないというのであれば、アサシンが教えてくれるのを待てばいい。たったそれだけだ。
すでに、目的であった慎二のサーヴァントの真名についてはできる限りの情報を把握した。これ以上は考えてもしょうがない。
そう判断してたどり着いたアリーナには。
昨日のシャドウサーヴァントは存在せず。
暗号鍵を手に入れる邪魔を成す存在は、何一つとして存在しなかった。
さすがにそろそろ普通にやっても無駄だなと悟って、惰性で堕落の道に誘うカーマちゃん。けれど機会があれば全力で堕落させる点では全く危険は去っていない。
そして大丈夫。別にこの子は単独顕現でサーヴァントのふりをしてるわけではない。