今日も今日とて火々里さん 作:赤い鳩サブレ
「という訳だ! 分かったか!?」
「KMM団緊急仮設会議室」と書かれたメモが貼り付けられた教室内。誇らしげにそう言い放ったKMM団──「塔の魔女」メデューサ派・エヴァーミリオン奪取チーム。正式名称「ケモミミを身近で愛でる会」──リーダーである猫耳少女、倉石たんぽぽのその言葉にメンバーの一人の白目がちな少女、宇津木環那がおずおずと手を挙げた。
「いや、たんぽぽちゃん。何にも分からないんだけど」
「何!? 何が分からないんだ!?」
「そりゃあ、まあ……」
「いきなり『会議だ!』って言って集めたと思ったらその封筒を置いていきなり『という訳だ!』って……鬼分かんないわよ」
環那の横に座る眼帯が特徴的な少女、目野輪冥が呆れ顔で補足する。
現在、彼女らは教室の机を5つ合体させ、半楕円形の長テーブルめいた形を作っている。たんぽぽが座るのが楕円の頂点にあたる議長席、環那がたんぽぽから見て右手前、右奥が冥だ。
今度はたんぽぽから見て左手前に座る眼鏡少女、桂虎徹がが刀の手入れをしつつ言った。
「たんぽぽ、お前が『炎の魔女』対策を編み出したというのまでは分かる。とりあえずイチから詳しく話してくれ」
「……♪」
その横、左奥に座る小柄な少女、飾鈴がそれに同意する。
一同からの反応を受け、たんぽぽは咳払いをひとつすると顔をあげた。
「そ、そうか……コホン! では諸君、改めて言うまでも無く我々はあの『炎の魔女』に日々“惜しくも”敗北を繰り返している」
「いや、そこは“惜しくも”じゃなくない? 実際鬼強いよ『炎の魔女』。物理攻撃は一切無効、魔法も鬼強けりゃ魔法抜きの徒手でも鬼強い。かざりんの骨獣を素手で殴り倒せるしアイツ」
「♯……」
「炎の魔女」こと火々里綾火。彼女らの標的である伝説的存在『白姫』エヴァーミリオンを宿す少年・多華宮仄を常に守護する強力な魔女。同時に現在KMM団が会議を行っている教室を含む冬月高等学校の理事長の娘にして、学内では理事長に次ぐ権限を有する代表生徒「姫」の称号を持つ容姿・頭脳・身体能力・カリスマ性の全てにおいて学内に並ぶ者なき完璧超人。
その強さの理由はひとつで語られるものではない。おそらく生来であろう魔女としての資質は勿論だが、契約した眷属のダメージを肩代わりする代償として眷属の魔力を使用できるダメージ転移の契約、気高く美しい姿を維持する限り元来の10倍の魔力を得るノブレス・オブリージュの加護など、幾つもの強化が重なる事で綾火を若くして精強な魔女としているのだ。
たんぽぽ達は「象牙の塔」の中では若輩ではあるが、一応は作戦を任せられる程度に一人前の魔女である。しかしそれでも「炎の魔女」が相手ではそもそも勝負が成立しない程の魔力差があるのだ。その意味において冥の評価は決して過大評価ではない。
冥の横槍に対し、たんぽぽは意外にも素直に頷き、不敵に笑った。
「確かにその通りではある。かくいう私自身もそう思っていた……しかし気付いたのだ! 炎の魔女は『強い』が『無敵』ではない。倒すことは出来なくても無力化さえ出来れば、我々は多華宮君を手に入れられる!」
「……いや、たんぽぽちゃん。それこそ無理だと思うんだけど」
「ふっふっふっ……そこで、これだ!」
既に諦めの混じった表情で意見する環那の不安を払拭するようにたんぽぽは強く言うと、机の上に置いていた封筒の口を広げた。中からやや大きめの清涼菓子めいた錠剤が転がり出る。
「これは?」
「これこそ今回の作戦のキモ、さるルートから入手した『炎の魔女を無力化できる薬』だ! 詳しい事はよく分からないが何かこう、良い感じの成分が入っているらしい!」
「偉く効果がピンポイントな上に、肝心なところがふわっふわだね……」
「これを炎の魔女に直接飲ませるのでなく、多華宮君に飲ませてヤツに転移させる。飲ませるまでが第一段階、飲ませてから効果が出るのを待ち、無力化したところに襲撃をかけるのが第二段階の二段作戦だ」
「そうは言うが、多華宮君と炎の魔女は24時間ほぼ一緒だ。どうやって引き離す?」
「それについてだが、炎の魔女でもどうしても多華宮君と一緒になれない瞬間がある。そこをだな……」
虎徹の問いかけにたんぽぽが自信に満ちた態度で答える。
そのやりとりを聞き流しつつ、冥は何となく机上の封筒に触れた。
「ん?」
封筒の中にまだ何か入っている。探ってみると、一枚の小さな紙が出てきた。便箋を切ったものであろうそれには手書きで「処方箋」と書いてある。
「誰だか知らないけど、ご丁寧な事で」
呟きつつ冥はその紙に眼を通し──表情を強張らせた。
「!?」
もう一度じっくりと、そこに書かれた成分表示を見る。口元が引き締まり、その額に汗が滲み始める。
「おいおいおいおい……鬼ヤバいわ、これ」
今日も今日とて火々里さん 第一話 薬飲んでも呑まれるな
夏も近づく週末の冬月市。雲は高く、初夏の陽光が街並みを明るく照らす。
「多華宮君、麻婆豆腐と麻婆茄子、どちらが好きかしら?」
「え? うーん……どっちも好き、だけど……」
「その返し方は質問者を最も困らせるわ。僅かの差でも、より好きな方をはっきりと言いなさい」
「……それじゃ、麻婆茄子で」
駅近くの大型スーパーで夕食の材料を吟味する、制服姿の少年と少女。
少年の方は人目を引くような空気を持っていない。太っている訳でもなく痩せている訳でもなく、醜悪ではないが眉目秀麗と言うほどでもない、「ごく普通の少年」というイメージをそのまま当てはめたような背格好の少年である。
どこかその顔にはあどけなさが残っており、おそらくは17、8才くらいであろう彼を2歳は幼く見せている。
それとは対照的に少女の方は非常に衆目を集めるに足りる特徴を有していた。
切れ長の瞳を持つ、長身の少女であった。隣を歩く少年も決して小柄ではなく170cm前後はあるはずだが、彼よりも更に頭ひとつ背が高い。190cm近くはあろう。夕暮れ前の買い物客に賑わうスーパー内でも、文字通り頭ひとつ抜け出た彼女はそれだけで注意を引く。その長身をして腰まで届く艶やかな黒髪も、1m程もあるのではなかろうか。
また、その身長からしてスリムなモデル体型なのかと言えばこれも違う。おそらくは女子のXLサイズの制服であろうに、それでもボタンがはち切れそうな程に胸元の布地は張り詰め、その内側の豊満な乳房の形をはっきりと浮き上がらせてしまっている。しかもそれでいて全身がふっくらしている訳でもなく、胸から腰にかけての曲線はきゅっと引き締まり、そこからまた再び豊かな膨らみを描く。厚手の布地のスカートながら、その上からでも豊かな尻の肉付きは容易に想像できてしまう程だ。
この少女こそたんぽぽ達KMM団が対策を練っていた「炎の魔女」こと火々里綾火であり、その横で買い物籠を手に連れ添う少年こそ「白姫」を宿すこの冬月市の「魔女の工房」における最重要人物・多華宮仄であった。
「牛乳、卵、茄子にピーマンに挽肉……多華宮君、甜面醤は家にあったかしら?」
「確かあったかな。母さん、結構中華も作るし」
二人は今晩の夕食の材料を買いに学校帰りにそのままスーパーに寄っていた。
ひと言では語り尽くせぬ事情を経て、現在綾火は多華宮家に居候をしている。夕食は基本的には多華宮家の母、小町が作るが定期的に綾火が作る事になっている。今日がその日なのだ。
ふと、仄が何かを感じたのか腰をもじつかせた。
「んっ……ごめん火々里さん、ちょっとトイレ行ってきていいかな?」
「分かったわ。お会計は済ませておくから」
綾火に買い物籠を渡すと、仄はいそいそとトイレへと向かう。
──その後方数m、野菜を物色する主婦たちの陰に隠れてレシーバーを手にする猫耳少女の姿があった。たんぽぽである。
「こちらたんぽぽ、標的はそっちに向かった。準備を」
「ふぅ……」
自身の竿に手を添えて狙いを定めつつ小水を出し、仄は息をついた。綾火と共に過ごす時間は楽しいが、トイレというのは別の意味で寛げる瞬間だ。
「(火々里さん、また背が伸びたかな……?)」
どうも横で歩いていて彼女の顔を見る時、首を傾ける角度が上がったような気がする。もともと自分と綾火が吊り合う関係だとは思っていないが、これ以上心身共に差を付けられるのも避けたいところではあった。
その時、仄が用を足している後ろの個室のドアが開いた。
「……?」
水を流す音が聞こえなかった事に違和感を覚える。すると、背後の気配はそこまま仄の横に回り込んできた。
「……へえ、もっと小さいかと思ってたんだけど割と立派なのを持ってるじゃない。多華宮君?」
「え?」
男子トイレで聞こえる筈の無い女性の声。
思わず仄が横を見ると白いローブを羽織った眼帯の少女、冥がしげしげと仄の肉棒を眺めていた。
「え!? ええっ!?」
「ハロー、多華宮君」
「……少しの間、大人しくして貰おうか?」
更にもう一人の声。首だけ後ろに向けると、やはり白いローブ姿で抜身の刀を手にした虎徹が切っ先をこちらに向けている。
「(まさか、こんな所で!?)」
仄の身体に戦慄が走る。自分も所有しているが、魔女のローブには一般人からの認識を阻害し、自動的に人避けさせる機能がある。それでこっそりとトイレに潜入し待ち構えていたのだろう。
本来ならばここは迷わず逃げだすべきだが、未だに放出している小水は止まる気配がない。この状況にも関わらず「相手の白いローブを汚してしまうかも」と思ってしまうのが多華宮仄という少年である。
身体を動かせないまま逃げる機会を伺う仄に、冥は胸元から何かを取り出し近づき──
「よっ……と」
「ふぇっ!?」
唐突に仄の鼻を摘まんだ。反射的に口が開く。そこに何かが飛び込んできた。
「ほっ」
「………!?」
すかさず冥は摘まんでいた指を離した。鼻の呼吸が解放された事でまた反射的に口が閉じ、そのまま口に入れられた錠剤らしき何かを呑み込む。
「ケホッ、ケホッ……い、今のは!?」
「……あー、まあ、ちょっとしたお薬さ」
「いや、『ちょっとした』って……!」
仄が更に問いかけようとした瞬間、その身体が急速に横に引っ張られた。同時に虎徹が構えていた刀が真上に跳ね上げられる。
「なっ!?」
「多華宮君!」
直後、トイレ内は爆炎に包まれた。爆風が壁を破壊し、二人の魔女を文字通りに吹き飛ばす。
「きゃあぁっ!」
「やる事はやった! とっとと逃げるよ!」
炎の向こうから虎徹の悲鳴と冥の声が微かに届く。
一方の仄はそのまま引っ張られると、今度は柔らかくも弾力ある感触に押し当てられた。
「わっ!」
「多華宮君、大丈夫!?」
「え!? か、火々里さん!?」
それが綾火の胸の感触である事に気付き、仄は慌てて顔を離した。
改めて周囲に視線を向けると、男子トイレは完全に破壊されていた。壁のタイルは熱で半分ほど溶け、外壁は砕け、吹き込む風が室内の熱気を吹き散らしてゆく。
「火々里さん、どうして!?」
「多華宮君がトイレから行って戻ってくるのが、いつもの平均時間を一分ほどオーバーしていたわ。それで心配で来てみたら中から魔女の声がしたから」
「……そ、そうなんだ」
驚いて尋ねる仄に、綾火は当たり前のように答える。
どう反応して良いか分からずとりあえず頷いた仄に、綾火は言った。
「何かされなかった? 怪我は無い?」
「え、えっと、怪我は無いけど……何か、薬みたいなのを飲まされて……」
「薬?」
仄の言葉に、綾火は整った顔に僅かの怪訝さを浮かべ──
「ッ!?」
直後、その身体を大きくよろめかせた。彼女に抱きかかえられたままの仄の身体も一緒に引っ張られる。
「火々里さん!?」
「ううっ……!」
突然に体調を崩したように苦しみ始めた綾火を、仄は何とか支えつつトイレを出た。破壊されたトイレについては、『工房』の修繕担当の魔女が直した上で一般人の記憶は改竄される。心配は無用だ。
一転して綾火に肩を貸すような形になった仄は彼女の顔を見た。普段は顔色を変える事もなくクールに保たれているその表情には明らかな苦悶が浮かび、額からは汗が滲み、頬は紅潮している。
仄の心配そうな視線に気付いたのか、綾火はこちらを見て言った。
「多華宮君……買い物袋は、そこのテーブルに置いてあるから、持ってもらえる、かしら……?」
「そ、そんな事言ってる場合じゃ……!」
「……お願い」
「………」
片手に茄子や卵が詰まった買い物袋を持ち、反対側で綾火に肩を貸しつつ仄はスーパーを出た。
──スーパーから数十mほど離れた地点。
「ケホッ、ケホッ! 相変わらず無茶苦茶だね、炎の魔女は!」
「………」
「塔の魔女」の証である白いローブの煤を落としつつ、冥は言った。
一方の虎徹もぱたぱたとローブを叩きつつ、こちらは何かを考えている。
やがて、虎徹は煤を落とし終えると冥に聞いた。
「……なあ、冥。あれは何の薬なんだ?」
「へ?」
「会議中、何か紙を見て渋い顔をしていたろう。たんぽぽは良く分かっていなかったようだが、どういう効果で炎の魔女を無力化するのか程度は知っておきたい」
「……ん~」
虎徹の言葉に冥は歯切れの悪い反応を返すと、眉をハの字にしつつ答えた。
「媚薬だよ、媚薬。それも鬼致死量のヤツ」
「致死量の媚薬?」
「淫魔の角の粉末とか、
「……それで、ソレを飲んだ場合は普通はどうなるのだ?」
「そこらの魔女なら
「………!?」
冥の言葉に虎徹は流石に動揺を見せた。
「まァ、炎の魔女の事だから死ぬってのは無いだろうけど……まともじゃいられないだろうね」
僅かばかりの同情を顔に浮かべつつ、冥は呟いた。
「た……ただい、ま!」
「多華宮君、このまま、私の、部屋に……」
「和室の方が風通し良くて涼しいよ?」
「大丈夫……部屋の方で、いいから……」
どうにか帰宅した二人であったが、多華宮家は無人であった。母の小町は会社勤めで帰宅するまでまだ時間がある。妹の霞は友人宅にでも行っているのだろうか。
綾火を支えつつ、仄は一階の居間の先にある彼女の部屋に辿り着いた。
「ごめんね火々里さん、部屋、入るよ」
このような状況であれ女性の部屋に入る事に申し訳なさを覚えつつ、仄はドアを開けて一旦綾火を座らせた。部屋の片隅に畳まれていた敷布団を広げ、そこに制服姿のままの彼女を寝かせる。
「ふぅ、あぁ……」
「凄い熱……火々里さん、このまま横になってて。とりあえず水を……わっ!」
水を用意しようと腰を上げかけた仄は慌てて顔をそむけた。綾火がおもむろに制服のネクタイを緩め、ベストのジッパーを下ろしたのだ。やはり相当に押さえつけられていたのだろう。それだけで綾火の乳房は大きくブラウスの布地を張り詰めさせた。白い布地越しに、うっすらとブラが透けて見える。出来るだけ見ないようにと思ったが、否応なく視界に入ってしまう。
「ちょ、ちょっと火々里さん! 脱ぐなら僕が出てから……!」
「私は気にしないわ」
「気にしてよ! 嫁入り前なんだから!」
呼吸は荒いが、綾火はいつも通りの調子で言ってくる。改めて仄は水を取りに行こうとした。
「……水は要らないわ。多華宮君……私なら大丈夫だから、そのまま部屋に戻って、一人にして貰えるかしら?」
「そんな……」
「多華宮君も、私の身体の事は知っているでしょ? これは、多華宮君が飲まされた薬の影響を、私が肩代わりしているだけ……放っておいてくれれば、明日には治るわ」
「………?」
仄は違和感を覚えた。
綾火は日常的に仄と常に共に居ようとする。それはもう、風呂とトイレと寝る時以外はほぼ一緒なくらいだ。その彼女が自分から仄を遠ざけようとしている。
「お願い、一人にしておいて」
表情から仄の疑問を察したのだろう。綾火は更に言った。
こういう時の綾火は決して引き下がらない。仄はそれを知っている。
「……分かった。火々里さん、何か必要なものがあったらすぐに呼んで」
「ありがとう、多華宮君」
そう言うと仄は立ち上がった。どうしたのか、少し前かがみだ。
仄は綾火を気遣うように何度か振り返りつつも部屋を出る。綾火は足音が階段を上がってゆくのを確認し、大きく息をついた。
「んんっ!」
その身体がびくんと跳ねた。ブラウスのボタンを外し、ハーフカップのブラに包まれた豊満な乳房を外気に触れさせる。
「……まずいわね」
瞳を潤ませつつも、綾火は静かに言った。これは──かなり
地下の隠し部屋に行こうかと綾火は考えたが、それはかなりリスクが高かった。確かに地下ならば自分の声は届かないだろうが、治まるまで戻ってくるのは難しくなる。そうなれば仄や小町は自分を探すだろうし、それで隠し部屋を発見されれば余計に問題となる。
「ここで……するしか無い、わね……ンッ、んうっ……!」
乳房が熱く張っている。ショーツに包まれた股間が激しく疼いている。
「はあっ……た、多華宮、君……!」
想い人の名前を口にしつつ、スカートのホックを外すと迷わず綾火はショーツに手を差し入れた。
「うぅん……」
一方、部屋に戻った仄は仄でベッドの上で落ち着かなげにしていた。
「火々里さんが大変だってのに、何でこんな……?」
もぞもぞと股間を持て余す。少し前から肉棒が勃起したまま治まらないのだ。きっかけは先ほどの綾火の緩められた胸元を見たのが原因だが、一向に治まる気配が無い。
仄は知る由も無かったが、これは彼が飲まされた薬の残渣による影響であった。確かに彼が飲まされた媚薬の効果の99%は綾火に転移された。しかしながら、残った1%でさえその効果は市販の高級精力剤のそれを数倍上回る。ズボンの中の仄の肉棒はびくびくと跳ね、解放と射精を求めてくる。
今なら綾火は近くにおらず、家族も帰ってきてはいない。自慰をするには最良の状況である。
「うぅ……ごめん、火々里さん」
綾火が苦しんでいるのに自分が自慰をしたくなっている事に仄は申し訳なく思いつつ、ズボンのジッパーを引き下ろした。臍に貼り付きそうな程に反り返っている肉棒に手を添え、ブリーフの隙間から外に──
『おっと、それ待った!』
「わあっ!」
突然の天井からの声に仄は思わず悲鳴をあげた。慌てて見上げると天井の一部が外され、そこから吊り目がちの猫耳少女と目つきの悪い人形が顔を覗かせている。
「あとりさん!?」
昏峰あとり。冬月市を守る5人の魔女の一人にして、日常的に綾火を補助している猫耳を持つ少女。綾火が動けない時などは彼女に代わり監視役を務めているようだ。しかしこんな状況でまでそれを務めているとは。
天井から降り立ったあとりは、手にしたパペットめいた人形の口から言葉を放った。彼女は基本的に内気であり、腹話術人形が代弁する形で会話するのだ。
『大体の状況は分かってるぜ。お楽しみを始めようとしていた所悪いが、そいつはちょっと待ってくれ』
「……どういう事?」
その口調はシリアスだ。肉棒を半ば露出させたままの状況であったが、仄は表情を引き締めた。
『お前も気付いてると思うんだが……今回の姫様、相当にヤベえ。ああは言っていたが、傍に居てやってくれねえか?』
「でも、火々里さんが素直に聞いてくれるとは……」
『その位は手前の甲斐性で押し切れよ! 本気で心配だってんなら、多少の強引さは必要だぜ?』
あとり本人は無表情のままだが、人形は器用に怒りの表情を浮かべて仄を叱咤する。
「あとりさんは、今の火々里さんがどうなっているのか分かっているの?」
『大体だがな。だが、俺から言うのはナシだ。それこそ姫様と一緒に居れば否応なく分かると思うぜ』
「……分かった。ありがとう、あとりさん」
ズボンのジッパーを引き上げ、仄はあとりに微笑んだ。ベッドから身を起こし、部屋を出るといそいそと階段を下りてゆく。
「………」
『あ? 「これでいいのか?」って?』
無言のあとりが何かを言ったように人形が首を動かす。
『さあな……だからって、あれじゃ姫様が惨め過ぎるだろ。同じ屋根の下にいる相手の名前を言いながらオナニーなんざ』
人形は腕を組み、口元に苦笑を浮かべた。
『それに、案外いい機会かもしれないぜ? これで一線を超えられないようなフニャチンなら……もともと姫様には相応しくないだろうよ』
【続く】