あーっ! あーっ困りますっあーっ! メスガキこのっ! この舐めやがってっ! じゅるるるるーっ! 作:道明寺ファンブル
メスガキ
俺の身体は宙を浮いていた。
奔る景色は、俺の目からじゃ間延びしてよくわからない。
浮遊感は墜落感へと変わり、風を切る音が夜の街の騒音をかき消していた。
身投げである。フライハイ。紐なしバンジー。
目の前のビルでは、残業に追われる哀れなサラリーマンがオフィスを右往左往していた。
いやお前デスクの仕事しかないだろうが。サボってんなよ。
あ、目があった。一瞬だとしても、意外と認識できるもんなんだな。
あいつの目が、恐怖に染まるところまで認識できた。
ふははざまぁみそらせ。お前の名前を遺書に書いといたぞ、受け取れ俺のラブレター。
んで社会的に死ね。俺の後を追え。
あーあ、なんとも面白くないような人生だった気がするぜ。
たぶんこういう時に走馬灯みたいなのが見えるんだろうけど、さっきちらっと見えたのは昨日の晩御飯だった。
晩御飯って。最後の晩餐だけども。いや最後の晩餐がコンビニ飯ってのもなぁ。
「…………」
契機ってものがあったらしい。成功者には何某かの転機があったらしい。
俺はと言えば、身に覚えのない罪を被って人生が終わって、それでやっと就職できたブラックでも腫れもの扱いされて、俺は二度目の人生の終わりを経験するんだ。
理不尽だよな。くそったれ。
あーーーーーー。今思い返しても腹立つぜ。
あのメスガキども。俺を嵌めやがって、今はどんな生活をしてやがる。
涙出てきた。惨め過ぎんだろ。
そろそろ、地面かな。まぁ、どうせすぐ忘れられんだろ。
人の悪いところはずっと忘れないくせに、自分が悪いとすぐ忘れるんだろ。
くそ――こんなことなら、こんなことなら!!
「メスガキどもレイプすりゃ良かった―――ッ!!」
光が俺を包み込み、意識が途絶えた。
俺は学園にいた。
広い廊下を行きかう生徒たちが、こっちを向いて眉をひそめた。
窓を見つめる。晴れ渡った空、整えられた庭園。
窓には茫然自失とした顔が写る。
ひでー顔。でもこうなりもする。
「…………なんで?」
問う。ここはどこか。
――『私立室橋学園』……俺の母校。
問う。今はいつか。
――5月、16日……ポケットに入っていた何世代も前のスマホで確認する。
日付は同じだ。だけど年は全然違っている。
問う。
なにが、起こった?
――ピロン。とスマホの通知音が鳴る。
メッセンジャーアプリの通知だった。相手の名前は知らない。
『神』――そうとだけ。アプリを開き確認する。
「…………」
『――我、聞き届けたり。果たして見せよ、復讐を』
なんとも、痛々しい。
というか馬鹿馬鹿しい。
こんな言葉を、一蹴できないでいるなんて。
与えられた情報を整理すれば、俺は"タイムスリップ"したってことになる。
そんな芸当、確かに神でもなきゃ出来るわけがない。
俺が死んでないってのが、現実味を持たしてる。
思わず送信。
『マジ?』
続けて返信。
『マジよ』
止まらず送信。
『三行で』
遅れて返信。
『時間遡行。
人生変わる前。
メスガキに復讐』
……なるほど。死ぬ寸前叫んだ言葉――あれを果たす機会をくれたってわけだ。
信用できるとか信用しないとか、どうでもいい。
今ある現実だけでもう十分だった。やり直し。やり直せる。
――復讐ができる! あのメスガキどもにッ!!
珍しく興奮していた。
だけど表に出さないように気を引き締める。
予鈴が鳴った。
廊下にはもう誰もいない。
俺も自然に教室へと入っていく。
空いた席に座り、記憶を手繰りながら次の授業の準備をする。
教師がやってきて、委員長が号令をして、いつか見たような授業が始まる。
俺はすぐさま、このチャンスをどう活かすか考え始めていた。
『それはどういうメスガキだ?』
『ジュニアアイドルかなんかでちやほやされてるメスガキ。
他にもつるんで俺を陥れた奴らもいたが、たぶんこいつが主犯。だからレイプする』
『なにされたん?』
『強姦冤罪』
『草』
学園からの帰り道。
最初に定めた
初等部の三年か四年の幼女、猫屋敷は俺の人生をめちゃくちゃにしやがった女だ。
おっとり系アイドルなんて巷では言われているが、全くのウソ。ありゃ悪魔だ、人間じゃあない。
俺に強姦された、などと言いやがって、結果俺は実家からは勘当されて、退学処分も下されて――思い出すだけで辛い。
泣いた。
手口も手口でな。
俺を呼び出して、強姦されているような写真を撮ってそれを警察に提出だ。
『んで、どうすんの、右京っち』
『……どうすっかなぁ』
実のところ、レイプ云々はその場の勢いでしかない。
ヤるだけなら簡単だろうが、俺としては一回で終わらせたくなかった。
警察に通報されない、誰にもバレないような計画を立てなきゃいけないだろう。
何かないだろうか――
「ん?」
金色の髪が曲がり角から覗いた。
「あれは……」
追いかける。
曲がり角の先は駅だった。迷わず切符を買い、後を追う。
忘れずに送信しておいた。
『猫屋敷を見つけた』
『はっやw』
ギリギリなのか、猫屋敷は走って電車に乗り込む。
車両を変えて、俺も電車に乗り込んだ。
学生やら定時帰りの大人たちで満員になっていた電車の中を割くように、猫屋敷の車両に移動する。
電車の扉が閉まり、発車する。その揺れから、猫屋敷が俺の前まで押し出されてきた。
『えぇぇぇぇえどうしよぉおおおお』
『ひよんなや! つーか写真! 写真見せて!』
『下着盗撮? 普通の盗撮?』
『どっちも!』
『草やろ』
俺の持っていたスマホは、この時代の俺が持っていたスマホと変わらない。
アプリ類が神によってすこし変わったぐらいだ。
無音のカメラを起動する。カメラの画面すらない、ホーム画面しか映らないアプリ。
盗撮用のカメラだった。ホームボタンを押し、撮影。送信。
『ロリ!』
身長は100行くか行かないかくらいだろうか。
金髪のくせっ毛をツインテにした姿は幼女以外何物でもない。
日本人の黒髪だらけの空間ではその髪色は浮きに浮き、猫屋敷の知名度もあり露骨ではないが注目を浴びていた。
……見ているだけで、吐き気がする。こんな少女でも、俺の人生を壊すのだ。
だから、俺が壊す。
今度は、俺の番だ。
『盗撮! 盗撮頂戴! ロリっ娘のおパンツ拝みたい!』
神が拝むとか言うなよ。
……しかし背が低いからうまくいかないな。
盗撮の経験とかないし……。
動画撮影に切り替えて、どうにかできないか――
「っ」
ガタン! と電車が一際大きく揺れ、俺のスマホが手から滑り落ちる。
偶然にも、猫屋敷の真下へと。
しめた――
「? …………」
「げ!」
と、思ったのも束の間。
猫屋敷が自分の真下へと落ちてきたスマホを拾い上げる。
カメラは起動しっぱなし……
「……どうぞ」
「…………ありがとう」
――ではあるが、ホーム画面(偽装)がバレるのを防いでくれた。
猫屋敷の赤い瞳が俺をのぞき込む。
そこに、俺の記憶にあるような汚いものを見つめるような冷たさはなかった。
……俺たちは、知り合ってすらいなかった。
「…………」
今思い返してみると、不可解なことだらけだ。
猫屋敷はすぐにどこかを見つめ、それを見た俺はかぶりを振って神に動画を送った。
……送ろうと、した。
「――え、っ!?」
声が出そうになるのをとっさに自分の手で抑える。
周りを確認して、スマホの画面――盗撮した動画をもう一度確認した。
――履いて、ない……!?
毛も生えそろっていない、ぴったりとくっついた割れ目。
本来そこにあるべき布地は見えない。
送る。震える指で、送信した。
返信は来ない。
猫屋敷が駅で降りるのを見るまで、俺は茫然としていた。
『エッチコンロ点火! エチチチチチチチ』
ふざけた返信がやってくるのは、それから2時間経った後だった。
猫屋敷についていってしまったものの、これといったレイプ案は浮かび上がらず、近くの漫喫に泊まることにした。
家には友達の家に泊まると送っておく。
『友達いるの?』って来た。ちくしょう。
銭湯で身体をきれいにし、猫屋敷に関することについて考えていた。
まさか履いてないとは。
近頃の小学生はみんなあんな通気性重視なのだろうか。
『いやー、まさかドスケベ幼女アイドルだったとは……この剣を抜かされてしもうたわ』
抜くの意味がまぁ違うだろうな。
驚きに関しては同意だ。知らぬ一面、というか知っちゃいけないような一面だった。
『アイドルってもんは注目を浴びるし、そういうあれで新たな性癖が開花した……?』
『アイドルがみんな変態みたいな言い方はNG。ありゃもともと才能があったんじゃろ』
パソコンを立ち上げ、猫屋敷夢寐を検索する。
天真爛漫な出で立ち、猫のような繊細さもあり、性格としてはおっとりと。
掲示板なんかpart28まで来ていた。
ファンは大勢いるみたいだが、中には邪な目で付け狙う者もいるらしく――とにかく劣情を煽るような写真ばっかアップされていたりもした。
「鉄壁ガード……くそ、どっちだ……!」
小学生のスカートの中を見ようとネットで検索を繰り返す。
自分が虚しい。
「ノーパン疑惑はないな……まぁアイドルの衣装ならパンツまで衣装だろうし」
ファンサービスってやつだ。
チラリズムで客の心をわしづかみにする魂胆だ。
だがそうなると、やはりさっきのあれは何かあったってだけなのか?
例えば……汚したり。ノーパンだったから、急いでいたのかもしれない。
「だからって満員電車に乗るか……?」
一本遅らせば電車は見違えるほどに空く。
早く帰りたいのならそういうことなのかもしれないが……。
『脅しに使えんか、これ』
……うすうす感づいていたことだった。
なんにせよ、猫屋敷が露出プレイじみたことをしたのは間違いないのだ。
明日。明日、猫屋敷と同じ電車に乗る。
『もしも、また履いてなかったら――』
どんなふうに人生をぶち壊してやるか、俺はそれだけを考えていた。
「くーず」
気だるげな声が聞こえる。
気持ち悪い。
「この人に、おそわれた……」
指をさされる。
悪者扱い。気持ち悪い。
「ゆるせなくて……っ」
ああ、アイドルよりも女優の方が向いてるんじゃねぇの。
こちらを白眼視する何十もの瞳が、じーっと、じーっと。
「くーず、くーず」
なんだよ。こっち見んじゃねぇよ。
その目、うざいんだよ。ああ、くそ、いてぇな。
「くーーーーーず」
なんで俺なんだ? 退学? 絶縁? は? ふざけんな。
おい。おいおいおいおいおい!
「くすっ」
さっきからうるせぇ。
その首へし折ってやる。てめぇのせいだよ、全部。
「くすくすっ――」
奴は、奴は笑っていた。
俺はぶん殴られた。奴は笑っていた。
俺は居場所を失った。奴は笑っていた。俺は人生を失った。奴は笑っていた。親が俺に絶望した。奴は笑っていた。誰もが俺を罵った。奴は笑っていた―――
ふいに。
笑う猫屋敷の首に。
俺を苛んできた猫屋敷の首に。
届く。
初めて、俺の手が届く。
初めて、奴の顔がゆがんだ。
俺は来たぞ。お前の人生ぶっ壊しに来てやったぞ。
待っていやがれ、メスガキ―――!