あーっ! あーっ困りますっあーっ! メスガキこのっ! この舐めやがってっ! じゅるるるるーっ! 作:道明寺ファンブル
夢寐です。元気です。
朝が来ました。今日は朝からしとしとしてます。
髪がゴワゴワします。6月はつらいです。でも元気です。
今日は目覚めがいいみたいです。目覚ましが鳴る前に起きました。
朝は弱い方ですけど……寝つきが悪かった、のかしら?
「んにゅぅ」
寝る前は……え、えっち、をするのが当たり前、だったけど。
右京さん、レッスンがあるからって、遠慮してくれてるのかな……?
嬉しかったり、物足りなかったりします。
断じてえっちな子になったわけではありません。習慣って怖いな、ってお話です。
「んー……ぐおー……」
「ねてる」
右京さん、寝てる。なんだか不思議。
ほっぺをぷにぷに触ってみる。わぁ、サラサラだ。それでもちもちだぁ。
いいなぁ。そういえば彩美ちゃんもお肌綺麗だったっけ。
夢寐はきれいな方、かな。右京さん、あまりそういうこと言わないから。
「……そろそろ、起きないと、ね」
日が昇ってきました。でも雲ですぐ隠れちゃいました。雨、降りそう?
学園もあるし、電車の時間もあるから、右京さんを起こさなきゃ、なんだけど。
「右京、さん」
「んー? ……んー」
「……ねてる」
起きない。
ぐっすり眠ってるから、起こすのもちょっと、って感じだけど。
右京さんと一緒で学校に行きたいし。わがままでごめんなさい。
「右京、さんっ」
「あー……あぁん…………?」
「…………ねてる」
どうしよう。
目覚ましが鳴れば起きると思うけど……なんだか負けた気がします。やだ。
……そういえば。おにーちゃん、なんか教えてくれたような……?
男の人ならすぐ起きる魔法のおまじない……
耳元に顔を寄せます。右京さんの匂いがします。ドキッとしたけど我慢我慢。
思い出せる言葉を告げました。
「――あなたは、夢の世界から、覚醒します。5、4、3、2、1……ゼロ、ゼロ、ゼロ!」
「んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおお♡♡♡」
「……おきた」
びくびく震える右京さんが目を覚ました。
良かった良かった。ふふ。
「……誰から教わったんだ、あの起こし方ァ……!」
「おにーちゃんから」
「んの野郎……メスイキ催眠音声をお勧めしてきたと思ったらすぐこれかよ……!」
「…………?」
なんだかげっそりした右京さんと通学路を歩きます。
良く分からない言葉を言っていますけど、楽しそうなので夢寐も楽しくなります。
「いや、うん、まぁ。好奇心に負けて聞いた俺が悪いんだけどな?」
「催眠かけた側に催眠かけられるとか……」とブツブツ右京さんは空を仰いでました。
……困ったような表情をしています。なんだか胸がキュンとします。どうしてでしょう?
右京さんはかぶりを振って前に向き直りました。このお話はこれまでです。
駅を出た後は数分程度で学園に着きます。いつも会話は少なめだったんですが……最近は――
「げ」
「……。おはよう、夢寐!」
「う、うん。おはよう、栗生ちゃん」
一瞬だけ右京さんに対し凄い顔になってました。
なんだか右京さんのことが嫌いらしくて。右京さんが微妙な表情してます。
右京さんは栗生ちゃんの思ってるような人じゃないよって何度言っても分かってくれません。
右京さんからは放っておけと言われたので、あまり口出ししませんけど、もやっとします。こういうの。
「……つーか、アンタいつまで私らと登下校を共にする気? あら、両手に花ーとか身の程弁えないこと考えちゃってますー?」
「うっさいわ快楽堕ちしやすそうな顔しやがって」
「どういう顔よそれはァ―――!!」
……いや、仲は良いのかも?
「というか、アンタ……どんだけメンタルお化けなのよ。こんな人がいっぱいいる中幼女と一緒に歩いててなんで普通の顔出来るの?」
「知るか。特に何か言われたりもしないからな」
「……なんでよ」
「お前が変に絡んでくるからそういうものとして受け入れられたんだろ」
ちらっと周りを見てみると、生暖かい視線が集中していました。
栗生ちゃん、いつもは大人しめなのに、最近ずっとあんな感じだから、ギャップっていうのもあるのかな?
「……ウフーンアハーンキノーハスゴカッたぁっ!?」
「あほ抜かすなあほ」
「あ、あほじゃないもん!! 頭叩くなよぉ!!」
あの手この手で右京さんを困らせようとしてます。
でも栗生ちゃんはポンコツなので上手くいきません。本人は誇らしげなんですが。
「油断すりゃ俺がロリコン扱いされるようしくさりやがってこ――ん、のォ!?」
「おにーーーーーちゃんっ!! おはよーーーーーーーっ!!」
「彩美ちゃん」
「えへへ、夢寐ちゃんも栗生ちゃんもおはよーっ!」
相変わらずの跳躍力で肩に飛び乗ってきたのは彩美ちゃんでした。
この道を通るって教えてからは毎朝一緒です。で、毎朝飛びついてきます。
首をさする右京さんも、それほど嫌そうな顔はしていません。
「……そのうち首いわすな、これ」
じめっとした朝ですけど。
こういう朝は、夢寐の好きな朝なのです。
「――今日は特別日課だ。最近この辺で不審者の目撃情報が頻繁に上がっているとのことでな、今朝急遽開かれた職員会議にて、昼には集団下校で全員帰らすようにと決まった」
「…………不審、者?」
唐突なことだった。担任が教壇に上がるや否や、硬い面持ちでそう告げる。
そういえば、保健室でもそんな言葉を目にしたような?
「とはいえ中等部、高等部は放課後に残ることが禁止されただけで授業は通常通り行われる。帰り際、うるさくし過ぎないよう注意するんだぞ」
にわかに教室中がざわめき始める。
「……一時間目の用意をしろよ? 早下校だからって気を抜くことが無いようになー」
そういって担任が教室を去っていくと、ざわめきは爆発のように広がった。
聞こえてくるのは不審者に対する怖さだとか、そういうのばかりでした。あとは早下校に対する喜びとか。
……そこまで危機感は持ってなさそうな、そんな感じがします。
夢寐は――夢寐は、他人事のようには思えなくて……
「夢ー寐っ!」
「わひゃぁ!? く、栗生、ちゃんっ!?」
だ、だだ、抱き着いて……!? や、変なとこ触んないでよぉ!
「早下校よー、夢寐ー! そんな辛気臭い顔してどうしたのよ?」
「う、うん……えっと、不審者、こわいなー、って……」
「…………そうねー」
あ、やっと手、離してくれた……
乱れた服を直しながら、教科書を抱える栗生ちゃんを見上げる。
「……心当たり、無いとも言えなくてね」
「…………?」
「ううん。なんでもないわよ。どーせあのロリコンエネルギッシュ豚野郎が目ぇ付けられたんでしょーよ」
相変わらず、右京さんに対しては辛い栗生ちゃんでした。
時折思い出すのは、あの人の冷たい言葉。
ああ。今まで忘れてたのに。不審者って言葉に反応しちゃったのかな。
あの後、嘘をついたーっていっぱい殴られちゃったっけ。痛かったな。痛かった、けど……
外は雨が降っていた。それを見越して、今日は二本傘を持ってきていた。
だからといって、なんというか。この季節、この天気だけは意味もなく憂いを帯びさせる。
――意味は無いけど、理由はある。夢寐には一つ過去があった。
「…………」
あの時も、こんな天気だったな。
夢寐は、実はもともとこの街の生まれじゃなくて……もっと遠方に住んでた。
その時からジュニアアイドルとして活動してて、でもストーカー被害に遭っちゃって。
事務所からも引っ越した方がいいって言われてて、それで、引っ越し当日に―――
彼はいた。顔は思い出せない。見えてなかったのかもしれない。怖かったのを覚えてる。夢寐の嫌いなものが、面白いぐらい空白となった彼の顔面にぴったりとはまる。
そのどれもが夢寐の、トラウマでした。初めて、夢寐が人を拒絶した時でもありました。
それが今でも心に棘のように刺さっています。抜こうとしたら、もっと傷つくような。
だから一生共に過ごしていかなきゃいけない棘なんです。忘れようとしたら、ダメなんでしょうね。
「……ごめんなさい」
雨音に声は掻き消える。それは世界からの拒絶のようにも思えた。
一瞬の孤独感、寂寥感――
「夢寐」
ふいに、声がかかりました。
「栗生ちゃん? ……お迎え、じゃないの?」
「夢寐と一緒。仕事よ。まぁ、家が近いから良いけど、夢寐は電車よね、確か」
昇降口で雨が少しでも弱まるのを待っていた夢寐の横に栗生ちゃんが並びます。
キリッとした顔立ちは、夢寐に最初にできた友達のまんまで――
「えへへ、栗生、ちゃん」
「……んー? どうしたの?」
「なんでも……ない、や」
「なによそれ」
話すこともないのに、沈黙が惜しくて声をかけてしまう。
友達を実感して、幸福感に浸りたい。お風呂のように、気持ちいい。
雨は声を吸い込んでいってしまうけど、周りと隔絶した小さな空間を提供してくれました。
雨の勢いは弱まるところを知らず強まるばかり。
風が出てきて、これ以上待つのも危険かな、なんて。
集団下校を無断ですっぽかしちゃったし、今更ね。
傘をさして、駅へと向かおうとしたところで。
「ねぇ、夢寐?」
栗生ちゃんに声をかけられました。
「……実はね、ついてきてほしいところがあるのよ」
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
雨はひどい。風も強い。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる。
どうやら台風のようです。警報が先ほど発報されました。
それでも栗生ちゃんは止まりません。
「どこに、行くの……っ!」
「いいから、ついてきて!」
進んでいくのは駅とは真反対の森の方。
何回目かの同じ問答をして、どんどん人里離れていきます。
学園が小さく見えました。でも雨に掻き消えてすぐに見えなくなります。
「栗生ちゃんっ、あぶ、ないよぉっ!」
「…………っ、お願い、ついてきて、よ」
ぬかるんだ地面に足を取られそうになりつつも、なんとか栗生ちゃんについていきます。
森に入ってくると道は無くなって、木の根っこをよけながら歩いていくことになりました。
栗生ちゃんはもう傘を捨ててしまったようです。
夢寐の知らない場所です。ちょっと怖いです。右京さんが近くにいてくれれば、と思ってしまいます。
でも栗生ちゃんが――友達に必死に頼まれちゃったら、断るにも断れません。
友達、だから。
「―――」
今更、右京さんに連絡しておいた方が良いのかと思ったけど、圏外なので諦めます。
スマホをポケットの中にしまう。服の中までびちゃびちゃでした。おにいちゃんに、怒られちゃうかなぁ。
そうして何分か歩いていると、どこか開けた場所に出ました。
先ほどから急ぎ足だった栗生ちゃんも一息ついていたので、ここがその目的地なのでしょうか。
「栗生、ちゃん……ここに、連れてきたかったの?」
「……ごめんね、強引で。少しだけここで待っててくれるかしら」
「どこか、行くの?」
「うん。ちょっとね。すぐ戻るから―――!!」
「あっ! ……行っちゃった」
なにかあるのかな。秘密基地とか?
それならこんな天気の時じゃなくてもいいのに。
木陰に寄りかかってほぅ、と息を吐く。白い息が出ました。
「……さむい」
制服は夏服仕様だから、雨に濡れてスケスケになってしまっている。
ブラとかつけてないから、シャツの布地の色が強調されていた。
梅雨時でも珍しいなぁ、こんな豪雨。しゅーちゅーごうう? みたいなものもあるらしいけど、よくわかんないや。
……
…………
……………………
なんだか、遅いな? どうしたんだろう。
雲に覆われて周りも暗くなってきちゃったし、そろそろ帰らないと、なんだけど……
木陰から一歩踏み出す。雨が傘を打ち付ける音が再び聞こえ始めて――
「――見ぃつけたぁ」
「…………ぇ、ぁ」
……
あ、れ?
傘が遠いところにあった。雨が打ち付ける音がすぐそばから聞こえた。
顔が冷たい。身体が冷たい。どうして――地面に、寝てるんだっけ?
「――つ、ァ」
いたい。頭が痛い。どうして?
躰は思うように動かない。
おもたい。なんで? 動かないじゃなくて、動かせない――
「――ひっ!?」
「あれぇ? あれ、おかしいなァ、目、覚ましちゃった。サメ、様、泡、あら?」
男の、知らない男の顔が目前に現れる。
「あっははははははははは!! 僕、僕優しいよォ!! でも当たり前だよねぇ、僕は、守る。守るんだァ!! ……何を? 何をだっけ? 何を、何をォオオオオオオオオオ!?」
「あ、や、やぁ、いやぁ……っ」
チェックのシャツをインした中年の男。
泥にまみれた服を纏った姿はさながら落伍者だ。目は落ちくぼみ、頬骨は突き出ている。
「あー、あー! 夢寐ちゃん。えへ、えへへ、見てよ僕。僕は君を見る見つめるから僕は君が僕を見つめるんだァ!!」
「―――」
恐怖。こわい。こわい。なんで、わからない。急に。どうして。
正気ではない。それは壊れている。周りの空気が叫びに呼応して震えた。
「あ―――」
その顔を見て――何かを、思い出す。鮮烈に、抜け落ちていた記憶を。
彼の顔を。
彼の表情を。
パーツはそろう。
かちりとはまる。
知っている。夢寐は彼を知っている。
「い…………ぁ」
拒絶したはずの。もう関わらないはずの。
「いやぁぁああああああああああああああああああああ!!」
ストーカーが、夢寐の背中に乗っていた。
「僕、僕俺ワタクシはぁ!! 忠実に任務を遂行いたしますゥ!! ハハハハハハハハハハァアアアアア!! アァァァアアアアアアアアうるせぇんだよぉおおおおおおおおおお!!」
「ぐ、ぅぇ!?」
頭を押さえつけられ、呼吸が出来なくなる。
泥と雨水が口や鼻から入ってこようとする。えずくと余計に苦しい。
「……ぁ、うぶ」
呼吸ができない。頸動脈も絞められているのか、ボーっとしてくる。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ……ヒャ? ヒャヒャ!!」
「…………ぅ」
一瞬、視界の端で何かが光ったような気がした。
走馬灯だろうか。初めて人を拒絶してしまった時のことを思い出す。
絶望に染まっていた。
彼の表情は、絶望に染まっていた。
夢寐が、そうしてしまったのだ。
棘は、食い込む。殺さんとばかりに突き刺さってくる。
その痛みを、諦め半分で受け入れていた。
ああ、でも、やっぱり。夢寐は悪い子なのだ。
酷いことをするから、帰ってくる。悪い子だから、ひどい目に遭う。
彼を絶望させてしまったのだ、彼自身の手でこうなろうとも、自業自得というものだ。
だから。
本来であるならば。
受け入れるべきであることは理解しているのに。
「ゃ、ぁ」
曲がりなりにも手に入った新たな生活が。
それでも愛おしいのだ。手放したくはないのだ。
エゴに染まる。偽善が塗りつぶされる。それを幻視する。
傘が舞った気がした。夢寐のと一緒、ビニールの傘だった。
夢寐のが風に飛ばされたのだろう。
「ぁ、ぁ…………ぅ」
…………あんなにも、大きな傘、だっただろうか―――?
ああ。夢寐というのは、悪い子だ。
こんな時になっても、やはり誰かに縋ってしまう。自分一人では何もできないから―――
だからせめて。願うのは。
「――その子に触れるなァァァアアアアアアアアア――ッ!!」
これが、