※この作品はR-18です。

あーっ! あーっ困りますっあーっ! メスガキこのっ! この舐めやがってっ! じゅるるるるーっ!   作:道明寺ファンブル

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簡潔こそがレイプの真髄である

 ――どれほど時間が経ったのか、感覚が曖昧になっていく。一時間が経過したのかもしれないし、まだたった五分しか経っていないということもあり得る。

 確実に動いているはずの空の月が、俺の心をさらに焦らせていく。隣の栗生もまた同じ気持ちなのだろう、表情に余裕は欠片も見受けられない。

 

 まず探しに行ったのは中央区。心当たりがある場所から、手あたり次第目を光らせていく。

 俺や栗生が行ったところも全部探し回る。帰りがけの人々に夢寐を見なかったか聞いていく。

 

 ……猫屋敷夢寐の痕跡はどこにも無かった。まだ中央区全てを探し回れたわけではない。だが――なんとなく、直感的に理解してしまうことだってあるのだ。

 気付けば俺たちの足は止まり、忘れていた呼吸を取り戻したところで今の時刻を確認した。

 

 ――18:31。一秒、一分と時間が進んでいくごとに身を削られていくかのような苦痛を感じ、スマホをポケットの中にしまい込んだ。

 まだ……30分。時の流れが遅いのは喜ぶべきことだろうか。だが今のところその貴重な30分は徒労に費やされてしまっている。それでも足を運ぶ以外に俺たちにできることは無い。

 あとはただ、祈ることぐらいか。

 

 栗生も俺も繰り返し通話を試みるが、やはりつながらないままだった。

 

 

 


 

 

 

 ……何か遠くで音がする。朦朧とする意識の中、感覚を研ぎ澄ましその音を理解しようとする。

 聞き慣れたメロディ。最近になって耳にする機会が増えた――猫屋敷夢寐のスマホの着信音。誰かが呼んでいる。自分を呼んでいる。

 

 しかし音は遠いまま。自分自身が近づくことは無い。足が動かない。腕が動かない。触覚は訴える――四肢は何かに縛られている。

 身じろぎするたびに縄が食い込みぎゅうぎゅうと不快な音を鳴らす。

 

(……痛い)

 

 目は開かれているのに、いまいち視界がぼやけてそのどれもが情報として処理できない。

 それどころか辛うじて見える景色もどこか“でたらめ”な感じがした。どうしてだろう、怠け者の頭はまだ起きない。

 

 ぎゅうぎゅうと、また痛む。

 ……幸か不幸か、その痛覚が思考にかかった靄を少しだけ晴らしてくれた。

 

(倒れて……る?)

 

 これまた理解の及ばぬ問題だ。いつの間に――眠ってしまっていたのだというのか?

 今日はレッスンをして……早めに終わらせて、帰ろうとした。多少いつもと違う道を通りはしたものの。

 

 そこまでの記憶は鮮明に思い出せる。そこからは?

 

(…………どうしたん、だっけ)

 

 まさか、レッスンが思った以上に負担になっていたのだろうか。

 確かに、休憩時間も削って教わったことの復習をしたこともあった。細かい積み重ねが疲労となって出てきて、記憶があいまいになるくらい帰ってすぐに寝てしまったのか。

 

 今は何時だろうか。というか自分はちゃんと部屋で寝ているのだろうか。

 

 ぎゅうぎゅうと、再び食い込んだ。

 

(な、わ?)

 

 痛み。嗅いだこともない据えた臭い、粗雑な畳の感触。

 今度こそ意識は覚醒する。視界も思考も一気に元の状態に戻る。

 ただ一つ、純粋な疑問を以って。

 

(ここは――どこ?)

 

 

 


 

 

 

「――ダメだ、繋がらない……」

 

 何度目かの同じ自動応答メッセージが流れ終わる前に通話を切る。思わずため息が漏れ、栗生もまた沈鬱な表情を浮かべた。

 かれこれ10分近く電話を掛けているが……結果は言うまでもなく、時間の無駄に終わっただけだった。

 

「やっぱり、電源切っちゃってるから……」

 

「いや、電源が切られている時の自動応答メッセージとは違った。夢寐のスマホは今も電源が入っているはずなんだ……応答できないのは――……どこかに落としちまっているのかもしれん」

 

 ――応答できない状態に身を置いているのだろう、とは言わなかった。

 だけどその気遣いも栗生には無意味だったのだろう。きっと真意は伝わっており、またその方が可能性が高いと理解しているはずだ。

 

 今日の夜は特段寒いわけではないがいつもに比べて冷え込んでいる。

 にもかかわらず栗生の首筋には汗が幾筋も流れ、彼女は鬱陶しそうにそれを拭う。

 

 今はまだ、耐えられているのかもしれない。緊張の糸が切れたら、今度はどんな手段を取るのか分からない。

 年齢で考えるならば、パニックに陥っていてもおかしくないくらいだ。やはり、あの時に無理矢理にでも家に帰らせて、閉じこもっておくようにしておくべきだったか?

 

「お兄ちゃん」

 

 短く息を吐いた栗生がこちらに顔を向けた。

 

「ごめん、ちょっと心配させちゃった?」

 

「するに決まっているだろう……あまり、無理はしてくれるなよ」

 

「うん……大丈夫だから」

 

 瞳には確固たる意志が宿っている。……大丈夫とは、言い難い、が。

 この子がそう言うのなら、今は一つのことだけに集中しよう。余裕などありはしないのだから。

 

「……もしかしたら学園に忘れ物した、っていうのは?」

 

「どうだろうな……夢寐が学園を休んでのレッスンを始めたのは昨日今日の話でもないだろ?」

 

「今週締め切りの宿題があるのよ」

 

「…………分かった、急ごう」

 

 

 


 

 

 

 ――パリン、と何かが割れる音がした。

 

 部屋の中央、何人かの男たちが円になるように座り込み何かをしている。ここからでは何をしているのかまでは分からない。

 据えた臭いの原因がその男たちであることはすぐにわかった。皆一様に浅黒い肌をしており、その色が染みついたかのような――茶ばんだ、また黄ばんだTシャツに泥にまみれた青い作業服。衛生的であるとは言えそうにもないのは、この部屋全体含めそうだった。

 

 知らない人間。知らない場所。まるで他人事のように思う――

 

(誘拐……されちゃった、のかな)

 

 危機感はある。今すぐにでも逃げ出したい気持ちももちろんある。

 だけど――動かない。動けないのもそうだが、だからと言って暴れたりする必要もないように思えた。

 

 気を付けろとは、再三言われていた。いつもは兄が迎えに来てくれるから帰り道も気にする必要はなかった。

 今日に限っては違ったのだ。今日は特別な日だったのに――こんなに心臓に悪いサプライズ、したくなかった。

 

(いたい)

 

 泣きださない自分が不思議だった。いつの間にか生に頓着しなくなってしまったのだろうか――いや、まさか、馬鹿な。

 会いたい人がいて、帰るべき場所があって、それなのに身体が冷静なままなのは。

 

(……おにぃ、ちゃん)

 

 助けてくれる、人がいるからだろう。

 前にも酷い目に遭ったから心がマヒしているのかもしれない。今はそれぐらいが丁度いい。

 

 幼心に、反抗すればどうなるかは分かっているつもりだった。

 だから大人しく、自分を誘拐したであろう男たちの背を見つめ続ける。

 

(だけど……もしかしたら)

 

 また自分が何かしてしまったのだろうか? ……そうも思っていた。

 怒りは正常な感情で、復讐は正当な行為だと考える夢寐にとって、自分に対する悪意には何か理由があるのだと考えられた。

 

 もちろん世界には私欲からの悪意がごろごろ転がっていることだろう。

 しかし彼女は信じている。この世に絶対悪は無く、故に向けられる怒りは自分に起因するものだと――

 

 ――()()()()()()()

 自分が悪かったとしても、助かりたいと思ってしまう自分のエゴを確かに認めながらも。

 

(それに)

 

 天宮栗生を思い出す。

 善意からの行動が、却って裏切りと取られてしまうような結果に終わってしまったこと。

 あれは稀有な例だろうが……この誘拐も、なにか考えがあってのものかもしれない。などと、考え耽る。

 

 ああ、これが善意によるものだとすれば、どれだけ――

 ……そんな儚い祈りは、途中で遮られてしまう。作業服姿の男が一人、急に立ち上がった。

 

「ぁ、ぁぁぁあああああああ、あ、はぁぁああああああああああ……!!」

 

 パリン、と何かが割れた。

 

(注射、器……?)

 

 立ち上がった男は――もはや言語化不能の、いや、鳴き声といった方が適切だろうか――叫んでいる。

 目はどこを向いているとも言えず、動作の節々に不安定なものが見受けられる。

 

 割れた注射器の上で、今度は男はダンスを始めた。もちろん、ガラスの破片の上であるから――

 

「――ひ、ぁっ」

 

 目を閉じる。赤い飛沫が見えた。男は嗤い、踊りを続ける。

 ――ころん、と。近くに何かが転がってくる音がした。注射器の破片だった。

 

 大きめのその欠片には、何やら数字が刻まれている。

 

 ――11148955。

 

 

 


 

 

 

 すでに下校時刻を超過した学園は、数ヵ所の教室や事務室に電気が灯っているだけで随分と寂しい印象を抱かせた。

 栗生は学園の中に夢寐を探しに行っている。教師に会えば夢寐のことを訊いたりもするだろう。

 俺はと言えば、入れ違いにならないように校門で見張っておく係であった。

 

 久しぶりの無理な運動に疲労を訴える両脚を労わりつつ、スマホを握りしめる。

 何かあれば、栗生からも夢寐の兄貴や両親からも連絡が来る手はずになっているから――電池を減らさないため無駄遣い厳禁だが、万が一にも気づかなかった、なんてことが無いようにすぐ出れるようにしておく必要があった。

 

 走り回っていた先ほどに比べれば身体への負担は軽くなっているはずなのに、心臓の鼓動は早まったままだ。

 考えてしまえば――“最悪の場合”がいくつも浮かび上がってくる。だけど何かあった場合、猫屋敷一家や栗生じゃ心許ない。

 

 俺がしっかりしなければいけないのは分かっている。

 だけど、俺の“失いたくない”は、“失ってはならない”なのだ。どうしても蘇ってくる昔の記憶を振り払うように空を仰ぐ。

 

 晴天だった。

 

「――あれ、おにーちゃん?」

 

「ッ……あ、ああ……彩美か…………」

 

 咄嗟ににじみ出ていた汗をぬぐい、声を掛けてきた妹に向き直る。……声質とかまったく違うのに夢寐と勘違いしてしまったのは、良くないな。

 落ち着こう。深呼吸しだす俺に、彩美から怪訝な視線が突き刺さった。

 

「むー……? なーんかその反応、あやしー……まるで覗きがバレた人みたい……」

 

 ジト目でじりじり寄ってくる彩美に軽いチョップをお見舞いしてやると、「むきゃー」なんてへんてこな声が上がった。

 苦笑しながら頭を撫でる。

 

「痛くもない腹を探ろうとするな。……生徒会の仕事はもう終わったのか?」

 

「うん! だから帰ろうとしてたんだけど……おにーちゃんもしかして迎えに来てくれたの?」

 

 ……しかし困ったな。この子には“栗生と帰るからな”と伝えてあった。

 何と言って帰すか……帰り道はウチの女中を呼んでからでもいいし……。

 

「いや、そういうわけでもないんだが……彩美? そういえば学園に夢寐が来なかったか?」

 

「ん? 来てないよ? どうして?」

 

「それならいいんだ。……あー、それで、だな? 彩美、今日は――」

 

 女中さんと一緒に帰ってくれないか? と提案しようとしたところ。

 昇降口の方から駆けてくる姿があった。校舎内を探し終えた栗生のものだろう。

 

「――ダメ! 夢寐、こっちにも来てなかったみた……い…………?」

 

 叫びながら近づいてくる彼女の視線は、俺の顔から下へと移動して、彩美の頭に留まった。

 ゆっくりと、声に反応するように彩美が振り向く。

 

「栗生ちゃん……?」

 

「あ、えっと……あ、あはは、こんばんは、彩美ちゃん……」

 

 ……不自然すぎるだろう、アイドル。

 

 

おにーちゃん、何かあったんでしょ

 

 

「…………」

 

 流石に気付くか。

 問いの口調――いつもと変わらぬ声のトーンに有無を言わさぬ圧が込められていた。

 ……言えばもちろん手伝ってくれそうではあるが。巻き込みたくない気持ちの方が強い。

 

 悪いな、彩美。

 

「お前には関係ない」

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃ――」

 

「か、関係なくなんかない! 彩美はおにーちゃんの妹だよ!? それに彩美だって夢寐ちゃんの友達だもん!」

 

 彩美が俺にしがみついてくる。月光を映す彩美の瞳にふざけは一切ない。

 俺も同じ目をしているはずだ。

 

「妹だからこそだ。……女中さんを呼ぶ。迎えが来るから、真っすぐ家に帰れ。……俺もすぐに帰るから、な?」

 

「……く、栗生ちゃんは良くて彩美はダメなの? おにーちゃん、どうして!」

 

 スマホをポケットの中にしまい込み、彩美の両肩に手を置いて、彼女の身体を少しだけ離す。

 膝をついて彩美の目線と合わせると、小さな手が俺の服の袖を掴んだ。

 

「分かってくれ……お前が、大事なんだ」

 

 多少ずるいかもしれないが、こう言えば彩美も引き下がってくれるだろう。

 

 ……そう、思っていたのが。しかし。

 

「…………彩美が? どうして彩美が出てくるの?」

 

「…………え?」

 

 彼女と俺の話はどこか食い違っていたようで、小さな齟齬に勘付いた彩美は、

 

「おにーちゃん……もしかして、夢寐ちゃんと喧嘩しちゃったとかじゃ…………ないの?」

 

「ぁ、あ……それは、だな……」

 

「…………大事、って……まさか、危険な目に遭っているの? 夢寐ちゃんが? ……行方不明? だから二人とも探し回っている……ってこと?」

 

 いともたやすく俺たちの言動を言い当ててしまった。

 ……いや、バレたからと言ってこの子を巻き込みたくないのには変わりない。

 

「……お前も危険な状態にあると思った方が良い。栗生が一緒に行動しているのは保護の意味もある。だけどウチなら安全だ、彩美、だから――」

 

「違うでしょ、おにーちゃん」

 

 彩美の両手が俺の頬を支えるように触れる。

 

「今危険な状態にあるのは夢寐ちゃんよ、彩美じゃない」

 

「……確かにそうだ、でもお前だって……どうなるか分からない。出来るだけ家にいてほしいだけなんだ……」

 

 ――相手が存在Ⅹである可能性。それが否定できない限り、()()()()()()()()()()()()()()

 未知数の脅威、洗脳アプリという強大な武器。矢面に立つのが俺であればいい。俺以外では……到底太刀打ちできない。

 

「……やっぱりおにーちゃんは……何か事件性があるものだと考えている」

 

「……ああ」

 

「人手が必要になるわ、絶対。彩美は邪魔にはならないから……。――栗生ちゃん、夢寐ちゃんが行方不明になったのって、いつごろから?」

 

「えっ、あっ、えっと……ご、五時くらいから」

 

「もうすぐ二時間……」

 

 なら、傍に置いておく? それなら確実なのは間違いない。

 だがこの子を? 日常の中に生きてきたこの子を、巻き込めるのか?

 

 ……彩美は躊躇ってからスマホを取り出した。

 電話をかけると、ワンコールで相手が通話に応答する。

 

 ――聞こえてきた名前に、俺は憶えがあった。

 

「――もしもし、邦城」

 

 

 


 

 

 

 ――まるで地獄だった。楽し気にダンスを踊り歌を交わす男たちと、鋭く砕けた注射器の破片の数々。

 ガラス片が男たちの足に埋もれていき、流れ出る血を畳が受け入れる。それがかれこれ数十分と繰り広げられていた。

 

 一人が倒れる。その倒れた人間の上でダンスが続く。今度は足に刺さっていたガラス片が倒れた男を傷つけていく。数人の成人男性の重みに耐えかね血反吐をまき散らす。……それでもまだ歌い続けた。

 見えない観客が見えている。見えない舞台が見えている。見るべき世界が見えていないのに。

 

「…………」

 

 どうにかなりそうだった。どうにかなっているからこんなものが見えるのだ――と言われた方が納得できた。

 それでもまともなのは自分なのだと思い込むことで正気を保ち続ける。大切な人たちが、間違っているわけがないんだと。

 

 ――そうして一人が倒れた

 

 歌が止まった。ダンスが終わった。だから――打ち上げが始まった

 見えないコンサートを終えた人間たちを出迎えてくれたのは、これまた立派な料理の数々だったのだ。余すことなく――いただきます

 

「ぎィァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 チョココロネはから食べる方? お尻から食べる方? いやいや、邪道だけど横から食べる方がおいしいのさ! そういわんばかりに群がり、貪っていく。

 腹部が噛み千切られ、臓物があふれ出した。零れたチョコをすするように男が食らいついた。笑い声が続いた。また一人、男が貴重な部位なんだと語らうようにアキレス腱を噛み千切る。笑い声が続いた。一人はこの場所を好むのが通なのさと自慢するように首に歯を突き立てた。笑い声が濁った。ちゃんと野菜も食べなきゃね、としっかり者の男はガラス片を頬張りながら、料理の頭を引きちぎり、目玉から中身をほじくりだそうと苦労していた。笑い声が止まった。

 

「あ、あは、は」

 

 誰かの笑い声が上がった。――ああ、また新しい料理が運ばれてきたのだ。

 複数の目が、

 

「あ、ひ」

 

 夢寐を、射貫く。

 自分がまともだから何なのか。彼らには言葉は通じず、狂った世界こそが彼らの正常だとするならば。祈りは無意味で、懇願は無用。ただの料理に、捕食者への拒絶はあり得ない。

 

 男たちの口から赤い何かが垂れた。臓物を吐き出す男もいた。視線が、外れてくれない。一人、近づいてくる。

 濁った眼をしていた。頭の中で何かが吹き飛んでしまうような感覚があった。

 

「や、だ……やだ、やだぁ……おにぃちゃん……!」

 

 手が伸びる。肉片が付着した手が、目の前に、伸びてくる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………時間だ」

 

 その寸前、目の前の男が何かを呟いた。伸ばされていた手が戻されて、呼吸を取り戻した夢寐はえずくように酸素を求めた。

 だが過度の緊張からか、本能的な恐怖によるものか、意識は再び朦朧としてくる。

 

 ただ一人の男の姿を思い浮かべながら、気を失っていく夢寐は――その刹那、男が取り出したスマホに、何かの文字列を見るのだった――。

 

 

 

 

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good bye.

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ――『犯人らしき人間から電話があった。自分で“夢寐を誘拐した犯人だ”って言ってきたんだ……“電話にはすぐ出られるようにしておけ”ってすぐに切られてしまったが』

 

 時刻にして19:00に犯人からの電話があったと連絡が入り、俺たちは猫屋敷宅へと急いでいた。

 ……とはいえ学園から夢寐の家には電車に乗って何駅か向こうにある。走っていくわけにもいかず――車で移動していた。

 

「…………」

 

 ――邦城の車だった。それだけじゃない、バックミラーには似たような車が数台並んで走っているのが映っている。

 数にして21人。ウチの組の規模からすれば端数ではあるが、今すぐ動かせる、という条件下では十分な数だった。

『井上の殺害に関わっている可能性がある人間がどこかに人質を連れ潜んでいる』――そう言われやってきた人間の中には井上と同じ雀卓を囲んだ人間もいた。

 

 ……問題は、それを指示したのが彩美だっていうことか。

 今は夢寐を救出することが最優先ではあるから尋ねたりもしなかったが……いや、後で良いだろう。

 

 夢寐の兄貴に集めてもらった目撃情報はまとめると次の通りだった。

 

『教室を出ていく姿を見かけた人は結構いた。それからウチにまっ直ぐ帰る道から外れて、丁度地盤改良工事をしているあたりからぱったりと情報が無くなった』

 

 道を外れた理由に心当たりはあるかと尋ねたところ――

 

『……今日、誕生日なんだ、俺。あの道の先にケーキ屋があって……多分、そこに寄ろうとして……っ!』

 

 ああ……本当に、胸糞悪い。絶対に助け出してやる。

 

 両隣の対極的な二人に意識を向ける。栗生はヤクザモンと顔を合わせた故の緊張もあるのだろう、顔は青ざめ肩は震えていた。

 一方彩美はというと、タブレット端末で地図アプリを、スマホでメモ帳アプリを開き、窓の外をじっと見つめていた。いつもの快調さが無いのは、緊張か、あるいは。

 

 ……当たり前か。これからやるのは素人の人質救出作戦だ。警察の手も借りられない交渉を俺たちでやる必要がある。

 さらに言えば、犯人と交渉する“交渉人”は栗生が担う。夢寐の友達であり、交友関係にも説得力があるうえ、俺みたいな男の声で威圧感を与えることもない。

 代わりにフォローに回るのは現地指揮に回る俺や彩美だ。無論彩美は情報の記録や犯人の位置特定に努めるため、大体は俺と――邦城あたりが任されることになるだろう。

 

 そしてカギを握るのは彩美が集めた組の人間たち。

 もしも人質が殺傷されたり、交渉が決裂しこれ以上の状況改善が見込めない場合、ステルス・エントリー――極秘裏に犯人のいる場所へ侵入、速やかに人質を確保する、あるいは犯人を捕らえるか殺害する。そうでなくとも、俺たちは警察でもなんでもなく、殺しに関してはエキスパートだ。突入がほぼ念頭に置かれ作戦が立案される。

 

 だから栗生の役割は人質の解放、というより位置特定の時間稼ぎといった色が強い。

 

 これでもかなり希望的観測を捨てきれていない。犯人側が連絡してきた以上、人質が無事だという確率は格段に上がりはしたものの。夢寐の死は最悪のケースだ。それがもうすでに起こっていないとも、位置が特定される前に起こらないとも限らない。栗生には……今夜だけ、頑張ってもらうしかない。夢寐を救えるチャンスも、今夜しかないのだ。

 

 時刻は19:21。猫屋敷宅が、見えてくる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数台の車を家の前に待機させるわけにはいかず、邦城を除く組の人間には近くの駐車場で待機しておくよう指示を出した。

 車から降りると、憔悴しきった表情の夢寐の親たちが駆けつけてくる。家の中には、顔面蒼白の兄貴が茫然自失といった風に座り込んでいた。

 

「こりゃ、ウチらが来なけりゃどうなっていた事か……若旦那、若頭、野郎ども待機完了です。位置を特定し次第作戦会議を始めますんで、向こうの指揮執ってる“赤坂”に通話繋いでおきやす」

 

「おにーちゃんと栗生ちゃんはこのワイヤレスイヤホンを付けておいて。プロファイリングは彩美たちがやるから、栗生ちゃんは自分の役割にだけ集中していればいいのよ」

 

 渡されたBluetoothイヤホンを左耳に付ける。栗生が手にしているのは夢寐の父親のスマホだった。犯人はこの端末に連絡してくるという。

 肩で息をし、落ち着かない様子の栗生の手を取って落ち着かせる。

 

「バックアップは任せろ。大丈夫だ、夢寐を助けたいって思って行動するだけでいい」

 

 夢寐の家族じゃなくて栗生をわざわざ交渉人にした理由の一つが、彼女の夢寐に対する思い入れの強さだ。

 いつの日か、夢寐を助けるためにとその身一つで俺の前に躍り出てきた時のような――胆力が彼女にはあった。その物怖じしない強さがこの状況下では必須だった。

 

「……それでだ、栗生。交渉中、俺はわざと威圧的な事を言うかもしれない」

 

 最終確認として、交渉人としてやるべきことを教える。

 

「例えば、『今すぐに人質を解放しなければ突入部隊を向かわせる』、とかな。その時はお前の判断で向こうにその言葉を仲介して伝えてくれ。相手がそれで投降するようだったらそれでよし、そうじゃないようだったら『突入部隊を向かわせるって方針に決まりつつある、あなたたちも傷つけたくない、だから投降してほしい』……ってな風に伝えるとかな。これはちょっと極端な例だが」

 

「……う、うん」

 

「怖いか、やっぱり」

 

 栗生は小さく頷く。俺はいつものような笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でてやった。

 

「お前は友達のためだったらなんだって出来る子だよ。俺が知っている。確かにあの時は、良くない結果に終わってしまったかもしれない」

 

「…………」

 

「だけど今は俺たちが付いてる。存分に頼っていいんだ。お前たちは……俺の妹なんだからな」

 

「……うん。そうね、お兄ちゃんがいるなら……なんだって出来るし、やって見せる……!」

 

 そう、少女が決意を固めると同時。

 ――彼女の持つスマートフォンが震えた。

 

 俺が部屋にいる彩美たちに目配せしてから、息を整えた栗生が――電話に出る。

 

「――もしもし」

 

 時刻は19:30だった――

 

 

 

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