第2話
オレの持ち家ではないが、個性で居候させてもらっている一軒家だ。
合鍵を回し扉を開けると、ちょうど玄関に立っていた女がオレを出迎えた。
まるでオレが帰るのをずっと待ち続けていたかのようなタイミングだ。
「おかえりなさいませ。ご主人様。」
「おう。」
丸顔で外国人めいた、どこか気高さを感じるとても整った相貌。
大きく開いたパッチリとした目が幼さを残している。
肌はまるで陶器のように白く、すべすべと触り心地の良さそうだ。
胸には触れば揉み応えがありそうな素晴らしいものを持っている。
腕や足は女性らしく細いが、しっかりとしなやかな筋肉がついている。
頭の後ろで束ねた金の長い髪が、玄関の明かりに反射して輝いた。
オレをご主人様と呼ぶこの女は、この家で家政婦をしているメアリーさんだ。
いつだったか、オナホをストックしている、と言ったうちの1人だ。
日本に帰化した外国人にも関わらず、(元がどこの国籍かは知らないが、アメリカとかその辺りの見た目をしている)日本語は日本人と変わらないレベルで流暢だ。
「では、おかえりのキスをさせていただきます。」
「よろしく。」
オレが扉を閉め家に入るとメアリーさんはオレに唇を差し出した。
当然、彼女にもオレの個性で催眠をかけている。
主人に挨拶をするときは、ディープなキスをするのが常識と思い込ませている。
オレたちは情熱的にキスを交わして、部屋へと上がる。
彼女は当然の業務内容だと思っているため、キスをしたと言うのに淡白だ。
「ご主人様。ご友人の方が来られています。」
「…そうか…」
雪子はオレの事を忘れているはずなので、彼女と言う可能性はないだろう。
…と、なると、来ているのはきっと…
連れていかれるままにリビングへと入ると、そこには裸の女が立っていた。
オレは、その姿を見た瞬間、体が硬直した。
ぶわっと、嫌な汗が身体中より流れ落ちる。
やはり、友人というのはこの女だったか…
その女は、未成年故に顔と名前が公開されていないヴィラン。
「と、…トガ、ヒミコ…」
「えへへぇっ…いつもみたいに、被身子ちゃんって呼んでください♡」
オレが名前を呼ぶと、被身子ちゃんは恍惚とした表情を浮かべた。
細められた、横長の鋭い眼光。三日月のように、奇妙に不気味にツリ上がった口角。
そんな表情に、オレはぞわりと悪寒を覚える。
「いっぱい我慢してました。はやく、ください。」
「ああ…いっぱいくれてやる。」
オレはハハハ…と力なく曖昧に笑い返した。
彼女がオレに会いに来た理由には察しがついている。
被身子ちゃんは、オレとセックスしに来たのだ。
何故なら、人を切りつけたい感情を性的興奮にすり替える催眠をかけているからだ。
彼女は連続殺人鬼だった。だったのだ。
「死」を直感した出来事。
それは、これまで生きてきた中で一度だけしかない。
もう、あんな経験はしたくないとも思う。
それは、オレがまだ高校生で、無個性で、童貞で、処女厨で、いじめられっ子だった頃の話。
何年前になるかな。3年か、4年か。
その頃、オレは壮絶ないじめを受けていた。理由はわかっていた。
オレが無個性な事。そして、弟が「ヴィラン」のような個性を持っていたから。
改めて言うが、オレの名前は心操マコト。
無個性だった。この頃は。
弟の名前は人使。個性は「洗脳」。
呼びかけに応えた人間を洗脳し、好き放題操ることができる個性。
そんな悪い事し放題の凶悪な個性故に、弟もあまり友達はいなかった。
どう考えてもヴィラン向きなその個性に、進んで仲良くなろうとする奴は少ない。
そんな個性を持っている人間はいじめられるのが世の常。
しかし弟がいじめられることはなかった。何故か。
そのしわ寄せが、全てオレの方へと来ていたからだ。
本人をいじめたら、その個性で何をさせられるかわからない。
だから、無個性のオレを狙う。そういった考え方だった。
オレの足の小指の関節は無い。個性は持っているはずだ。
しかし、その発動条件がわからない。
そして、それはついぞ高校生になっても分からないままだった。
無個性扱いされても仕方ない。が、本人からしたらたまったものではない。
学校では、無個性というだけで異端者扱いされることは多い。
人間は異端を嫌う。幼ければ尚更だ。学生の殆どは個性を持っているのだから。
個性がない人間には人権がない、なんて謳っている奴もいたな。
オレにとっては全てが敵だった。
個性を与えてくれなかった両親も、オレのいじめを加速させた弟の個性も。
同級生も、下級生も、上級生も、果ては一部の先生さえも。全員が敵だった。
そんな中、オレの人生がガラリと変わった事件が起きた。
オレはいつもの通り、サンドバックにされるため人通りの少ない路地裏に呼び出されていた。
行かなければ翌日もっと酷いことになってしまうので、行かないという選択肢はない。
そして────
「アハ!見られちゃいました…」
彼女。渡我被身子に出会った。
路地裏で。何故か、一糸纏わぬ生まれたままの姿で。
魅了された。小汚い路地裏で、美しい美少女の全裸。
そのコントラストに。初めて見た生の女の裸体に。
彼女はオレを見た瞬間、にんまりと狂気的な笑みを浮かべた。
そう。オレがトラウマになってしまったあの笑みだ。
最初は、何が起きたのかわからなかった。
裸の少女がオレに向かって走ってきたのだ。
一瞬、痴女が襲ってきたのかと思った。
それは間違いではなかった。ただし、襲うの意味が違ったが…
オレはぶつかる寸前、彼女の手にギラリと光る銀色のなにかを見た。
反射的に体を捻ってそれを避けると、腕に鋭い痛みが走った。
彼女が持っていたのはナイフだった。
「外しちゃいました…避けないでください。」
「…ぁ…あ…ぁ…」
人間って、本当に怖い時って悲鳴とか出なくなるもんなんだな。
今になってそう思うが、当時は声をあげる事が頭に浮かばなかった。
なにも考えられなかった。そのくらい、恐怖して思考回路がおかしくなっていた。
そもそも、裸の女が目の前に現れた時点で情報量が多すぎて処理しきれてい。
その女がオレを刺し殺そうとして来た時点でパニックだ。
オレは無様にも腰を抜かしてガタガタ震えるしかなかった。
そして今更気づいたのだが、彼女の後ろには2人の人間が血溜まりに倒れていて。
1人はオレをいじめていた主犯格の女。もう1人は暴力的な事担当の女の取り巻き。
ざまあみろとかそんな事を考える余裕はなかった。ただただ怖かった。
何度もナイフをオレに刺そうとする裸の女と取っ組み合いになった。
腰が動かなくなってしまったため手で防いだ。
戦闘に慣れているような運動神経を見せる彼女に、オレは必死に食らいつく。
何度も刺されて、幾つも刺し傷を作った。だけど、致命傷だけは命がけで防いだ。
死にたいと思ってしまうほどに辛い日々だったが、いざ死が目の前に迫るとやっぱり死ぬのは嫌だった。
擦った揉んだの末、男と女の力の差に持ち込んでナイフを取り零させる。
どうしてこんな事ができたのかは今でもわからない。火事場の馬鹿力ってやなんだろうか。
女のナイフを取り返そうとする女の手を掴み、それを阻止する。
そのまま、慌てて「止まれ!」と叫んだ瞬間、オレの個性が開花した。
渡我被身子は、オレの忠実な僕となった。
トガちゃんは…
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