※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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第2章
トパンへ/ナーナ/誕生!


 

 

 

 昨晩の事、カリンからトパンの調査隊へ加わらないかと打診された陽二だったが、面倒だと感じたので断った。

 しかし『私も行く!』と宣言したパトリシアに

 

「お兄ちゃん、お願いだから一緒に行って!じゃないと……お父様に裸を見られたって言っちゃうもん!」

 

 とお願いされてしまった。

 ある意味脅迫であるが、パトリシアの頼みなら何処へでも行くと、自身に誓った花壇の前。大きな権力を持つであろう王ダグリオスに、告げ口されるのが怖い訳じゃない。と一緒に行く事になった。

 ちなみに、カリンは一緒ではない。

 

「誘ってきたくせに、一緒に行かないとはどういう了見だ!」

「私もトパンへ行くわ、ただ別の班なだけよ。私たちは、パトリック様に物資を届けてから向かうのよ!」

 

 のちほど陽二が問いただすと、そういう理由だった。

 

 △△

 

 トパンとは今回の合流地点。5年前の事件で魔物に滅ぼされた村で、慰霊碑を建てようと案が出ている村の跡地だ。

 

 それとは別に、パトリックがレベル上げに出発してから1週間以上過ぎているのもあって、進捗(しんちょく)報告を受けるのと食料品や消耗品の補給を持っていく班。真っすぐトパンへ向かい先に調査をする班。その2組に分けて行動する事になった。

 

 当初は物資を届けてからトパンへ向かう予定だったが、急遽(きゅうきょ)パトリシアも一緒に行く事になり、カリンから報告を受けてすぐ、班を2つに分ける事が決まった。

 

「別に一緒に行けばいいんじゃないの?」

「陽二は知らないだろうけど、パトリシア様を危険な場所に連れて行けないでしょ!」

 

 これが、班を分けた大きな理由だった。

 ――――なるほど……じゃあこっちの道は安全なんだ

 と思った陽二だが『そっちのルートも、危険な魔獣が出る可能性は無いとは言えないのよ?』と警告を受けた。

 

 魔獣とは、オオカミなどの肉食獣もそうだが、魔石を持っていない魔物も含まれる。地域によって、魔獣や魔物など呼び方が異なり、王都では一般的に魔獣と呼ばれている。

 しかし王都以外の町では、協会関係者や冒険者たちの活動が多い事もあり、全てを含め“魔物”と呼ばれている傾向にある。

 

 △△

 

 出発当日。

 陽二たちの班は、パトリシアを含め計7名。荷馬車1台と騎馬4頭の編成で、王都を南下してトパンへ向かう。分岐点にある宿場町を一時的な拠点にして、トパンまでの経路などの調査を行う。その間、パトリシアと陽二は待機。

 

 カリンの班は、計8名。騎馬5頭と荷馬車1台の編成で、王都からセナドゥースへ向かい、町の手前から森に入り結界路沿いを進む。パトリックのキャンプ地は、荷馬車が直接通れない森の反対側のため、迂回する必要があるのだ。

 

 カリンの班は、魔物と遭遇するリスクが高いため、装備も重々しく重装備。変わって陽二の班は、革製品の胴あてなどを各パーツごとに装着する軽装備。陽二にも同装備一式と短剣が支給された。

 軽量化スキルのおかげで、ほぼ重さを感じる事なく普通に動ける。

 

「じゃあね陽二、私たちはもう出発するわ。お互い無事で会いましょう」

「ああ、気をつけて。トパンで待ってるよ」

 

 出発するカリンたちに手を振りながら見送る。陽二たちの班も準備が終わり次第出発だ。

 

「お兄ちゃん、カリンが心配?」

 

 自分の荷物を積み入れたパトリシアが、ソワソワしながら陽二に声をかけてきた。

 パトリシアの格好は、動きやすそうな探検家っぽい服装。パンツは膝下くらいまでしかなく、肌の露出している部分も多いが、上質で軽く丈夫な魔物の素材が使われており、防御力は高い。

 髪は、普段のツインテールを三つ編みにして、新鮮に見える

 

「見た事はないけど、魔物って狂暴なんでしょ?カリンは腕に自信ありそうだったけど、やっぱり心配だよ」

「カリンは魔法も上手だし、兵士さんだっているんだし、大丈夫だよ!」

 

「そっか、なら安心かな? それよりも、行きたい場所があるって言ってなかったっけ? 行かなくてもいいの?」

「うん、いい。帰ってきてから行く」

 

「どこに行くつもりだったの?」

「お母様のお墓」

 

 と、明るいトーンでパトリシアは口にした。

 ―――― あっ、そっか、やっと行けるんだね……

 少し悲しい雰囲気になりかけたが、それを吹き飛ばす弾けた声と共に、陽二の腕をパトリシアが引っぱった。

 

「お兄ちゃん、出発するみたい!」

 

 その声で馬車に目を向けると、準備を終えた兵士の声が届いた。

 

「パトリシア様、出発です。王都を南下して、分岐点までの行程を予定しています。道中で数回ほど休憩を予定していますが、それでも時間には余裕を持たせてありますので、何かありましたら遠慮なく――――」

「わかりました。皆さま、道中よろしくお願いします」

「よーし、出るぞ!」

 

 

 △△

 

 

 ギシギシと馬車の軋む音を聞きながら、王都を出て2時間。田んぼや畑、ビニールハウスみたいな物を眺めながら、農業地帯をゆったりした速度で進んだ。この道中では農業が盛んで、それを生業としている小さな村もある。

 

 農業地帯を抜けると、森や林の中を進む。

 道は幅広く整備されているので、馬車でも問題なく進める。

 ここに自生している樹木は、薪や木炭・椎茸類の原木として利用価値が高い。そのため農業地帯にも多く植えられているが、質はこちらが上になる。

 森を抜け突き当たりまで進むと、開けた場所に出た。この場所に、ふたつの町への分岐点と小さな宿場町があった。ここまで休憩を含めて約4時間。

 

 ―――― やっと到着か……しかし馬車って、案外遅いんだな。歩いた方が早かったんじゃね?

 

 陽二がそう感じたのも仕方がないだろう。

 今回はパトリシアが搭乗していた関係で、スピードは通常の半分以外の時速2~3km。不足の事態を想定して、馬のスタミナを温存するのと乗り心地を優先した結果だった。

 

 ちなみに道中の道は、全て土(ギフト)で作られている。道路整備は重要な仕事なので、降雨日以外の深夜に穴や轍(わだち)などの不備はすぐさま補修される。

 

 △△

 

 今日は、この宿場町で一泊する予定である。

 ひとりの兵士が馬を厩舎へ連れて行き、残りの兵士が王都で頼まれた荷物やトパンへ運ぶ資材を下ろし始めた。

 ―――― ついでに配達も頼まれていたんだ。

 陽二も手伝いながら兵士に話しかけた

 

 

「トパンまで、どれくらいですか?」

「そうですね……ここからは道も険しくなり、運が悪ければ魔物と遭遇する可能性もありますから……」

 

 

 歯切れは悪いが、それはパトリシアの安全を最大限に考えているから。なので、これから王国兵士だけでトパンの村まで向かい、道中やトパンの魔物確認や討伐。雑草や低木の伐採と除去。そして安全確認を行う。

 なにせ5年前の事件以来、まともに足を踏み入れた者は皆無なのだ。陽二は、草木の除去だけでも大変そうだなと思った。

 

 

「トパンの件は我々一同に任せて、陽二くんはこの場でパトリシア様をお願いします。調査のあと問題なければ、明日の朝出発なので、準備の方よろしくお願いします」

「わかりました。気をつけて行って来てください」

 

 

 手伝いも終わり、食堂で待つパトリシアの所へ戻ろうと歩きだすと、別の場所から装備品を出していた。

 

 ―――― 軽装備だけかと思ってたけど、持ってきてたんだ。あっ、あれは? 

 

 陽二は、拳銃みたいな物を見つけたので質問した

 

「すみません。それは魔弾砲(パレット)ですか?」

「そうです。私たちの隊には、魔法を使える者がいないので」

「見ても良いですか?」

「どうぞ。弾は入っていないので、触っても大丈夫です」

 

 陽二は風俗でもないのに、おさわりOKの言葉に興奮した。

 

 ―――― おおっ!これが魔弾砲(パレット)か!カッコいい!

 

 大きさはハンドガン程で、銃口から銃身後部まで太くなっている。通常なら撃鉄がある部分、そこが開くようになっていて、直径2㎝程の穴が2つ空いている。この穴に弾を入れるのだ。

 つまり2発まで入る。

 引き金を引くと魔法が飛び出し、2発撃つと弾を入れ換える仕組になっている。

 

 陽二は、説明を聞くと空の弾も見せてもらった。

 

 ―――― 直径2㎝長さが20㎝くらいあるな。弾っていうより試験管みたい。この両端を手のひらで挟んで魔法を唱えると、中に魔法をこめられるのか……。試してみよう!

 

 兵士に確認を取ると快く了承してくれて、空の弾まで貸してくれた。陽二は、説明通りその弾に魔法を込めた。

 

 ――――水の攻撃(アクアニードル)

 

 陽二は念のため、弾に入る様にイメージ。発動と同時に魔法が吸い込まれる感覚。弾の一部が水属性の色“青”に変化し“アクアニードル”と魔法名が表記された。

 

 それを見ていた兵士に『魔法が使えるのか?』と聞かれ肯定すると、追加で空の弾を渡された。

 弾は国からの支給品であるが練習に使える弾数は少なく、不足分は隊ごとの予算で補う必要があるので、無駄撃ちは厳禁。値段はお高いのだ。

 そんな兵士の目の前で、陽二は魔法を込めた。

 練習用の弾が欲しい兵士と、魔法を込めてみたい陽二。

 win winの関係で、見事に需要と供給がまいっちんぐ!

 

 陽二は、次々と魔法を込める実験。

 アクアニードルの他にも、アクアボールや各シールド系を試した。ただ、大攻撃(カノン)系やボール系+ダブルは、ふたつの弾が合体した、特殊弾にしか込めることができなかった。

 

「ありがとうございました」

「いえいえ、これでガンガン練習できます。しかし、アレだけ魔法を使ったのに元気なんですねえ」

「それだけが取り柄なんで」

 

 陽二と兵士は、そんな会話をしながら食堂へ歩いていると、パトリシアがパタパタと走りながらバスケットを持ってきた。

 

「お兄ちゃん、お昼ご飯!準備してもらったからお外で食べようよ!」

「ありがとうシア。そうだね、せっかくだし外で食べようか」

 

 △△

 

 ここら辺は安全だと言うので、少し森に入り気持ちの良い風の吹く木陰で食べることにした。

 この一帯の木は広葉樹が多いらしく、それは枯れ葉で構成される足元や葉っぱの形でわかった。道中の木々と同じ種類らしいが、何故か地面にはきれいなドングリがたくさん落ちていた。

 

 

「これ、何か知ってる?」

「タングリじゃないの?」

「タングリって言うんだ……」

 

「何か調合に使えるの?」

「わからないけど、なるほど……調合にか。ねえシア、ご飯を食べたら一緒に集めない?」

「うん!タングリ拾いの競争だね!」

 

 

 お昼ご飯は、野菜がたっぷりのサンドイッチ。

 トマトやキュウリ、レタスに――――見覚えのある野菜が、かなりあった。陽二はこれまで、元の世界と同じ食材しか目にしていない。食材を、元の形にまで戻せばわからないが、この世界の食材は元の世界と差ほど違いはないのかもしれない。

 

 サンドイッチの材料を確認していた陽二は、パトリシアが中からキュウリを取り除いているのに気づいた。

 

「キュウリ嫌いなの?」

「き、嫌いじゃないけど……今日は食べる気分じゃない。かな?」

「まあ、俺もアレルギーを持ってて食べられない物が多いし、無理に食べろとは言えないけど、おいしいよ?キュウリ」

 

 サッと、パトリシアの除いたキュウリをつまみ上げ、口に運んだ。

 

「おおっ!お、お兄ちゃん、これもあげる。はい!あ~んして」

「あ~ん」

 

 陽二の口にキュウリを追いやったパトリシアは、陽二の胡座(あぐら)の上に腰を下ろす。自分の膝の上にバスケットを置いて陽二に体重を預けると、サンドイッチにかぶりついた。

 

「おいしいねー」

 ふたりは爽やかな風に包まれながら、昼食に舌鼓を打った。

 

 △△

 

 パトリシアとタングリを拾い集めた陽二は、返却し忘れていた調合の本で、タングリを調べた。

 

 ⚫名前:タングリ

 種類が豊富で、主に滋養強壮の効果がある。弱毒性。

 調合に使用する場合は可食部の中身を取り出し、日光で乾燥させると毒性がなくなる。

 

「素材になりそうだな。中身を出して乾燥すればいいのか」

「シアも手伝う!」

 

 陽二が短剣で半分に割ると、パトリシアは器用に中身を取り出す。

 

「うまいねぇ、職人みたい」

「簡単だよ?この中の白い部分と黒い部分の境目にね……見てて」

 

 普通のドングリは中が空洞になっていて、割れば簡単に実が取れる。しかし、ここに落ちてる種類は、クリみたいな構造になっているモノが多い。つまりパトリシアは、実の部分と渋皮の境目を陽二に見ろと言っている。

 

 陽二は、ジーっとパトリシアの作業を見学。境目が一瞬、赤く光ったのを確認。

 

 ―――― もしかして魔法?

 

「シア先生!なにをやったの?」

「ここに一瞬だけ火壁(ファイシールド)を使うと……ほら、すぽって取れるでしょ!すごい?」

 

 ―――― この子、天才か!? 発想もすごいけど、こんな細かな場所に魔法を使えるって……なるほどね。こんな風に発想次第で、いくらでも応用できるんだな……

 

 陽二は、率直に敵わないと感嘆した。

 柔軟で、着目点の鋭い発想力。その発想を、形に変える技術力。

 

「すごいよ、シア!俺にも教えて」

 

 陽二は自分の事のように嬉しくなって、パトリシアの頭を優しく撫でてからお願いする。

 

「うん!えとね、ここに集中して……」

 

 教わりながら一応、どこでこの方法を習ったのか尋ねてみる。

 ―――― 自己流。やはり……素晴らしい

 感心した陽二は、一緒に練習しながらパトリシアの話を聞いた。

 要約すると、

 魔力を使って眠るために、色々な方法を模索しては試すを繰り返していたら、細かな操作ができるようになっていた。

 

 ―――― って事は技術も発想力も、その頃に鍛えられたんだ……つまり努力型。そして多分これは魔力操作だ。覚えて損はない!

 

 陽二は、負けちゃいられないよ!と、パトリシアの真似をして練習した。結果、多くのタングリが燃えカスに変わったが、少しだけできるようになった。

 

 △△

 

 タングリがなくなったので、再度ふたりで探し始めた。

 

「お兄ちゃん、あそこ。たくさんある!」

「本当だ、よし競争だ!」

 

 宝物を探す子どもみたいに夢中でタングリを探していた2人は、いつの間にか森の奥に踏み入れていた。

 

 ブルルルーブルルルーブシャー

 

 耳に届いたびっくりする不気味な音。陽二はその方向を確認した。50メートルほど離れた直線距離にイノシシみたいな生き物を発見。

 お互い木の影になっていて、この距離まで近づいてしまったのだろう。幸いにも、威嚇の声で知らせてくれたのだ。

 陽二は、その生き物と目が合った。

 鼻息が荒く、ロックオンされている気配がビシバシと伝わってきた。

 

 ―――― なんか嫌な予感がする……

 

「シア! イノシシがいる、逃げるぞ!」

「あっ、お兄ちゃん。あれは野生のオーブタだ」

「――――なにをのんきに、逃げるよ」

「オーブタは火が苦手だから私に任せて!」

「どうして!?火に油を注がないで。いいから逃げるよ」

 

 ブルルルーブシャー

 

 パトリシアの戦闘気配でも感じ取ったのか、オーブタは警戒の色を強め、突撃するため足に力を込めると……陽二たちとは違う方向へ発射!

 

 その時、ガヴォー ギャブァ

 

 その場から逃げようとしたオーブタに、1匹のオオカミが上から襲いかかった。

 オオカミはオーブタの首に噛(か)み付き、体をドリルのように回転させた

 

 ブキャー! ブキャー! ブキャー!

 

 オーブタは悲鳴のように鳴き叫び暴れるが、その度に血しぶきが舞い、周囲を鮮血に変えた。

 

「に、逃げよう」

「お、お兄ちゃん、早く逃げないと」

 

 その光景にガタガタと震えていた陽二とパトリシア。なんとか声を絞りだしお互いの手をギュッと握りると、全力で走りだした。

 

 ――――うおー急げ急げ! 何だよありゃ、やべーよ!

 

 とにかく来た方向に走った。

 陽二は、途中でパトリシアを抱き上げ猛ダッシュ! がしかし、根っこに足が絡まり転んでしまった! 

 

 !?

 

 陽二は後ろを確認。

 

 ――――来てない大丈夫だ。多分、あのオーブタでも食べてんだろう

 

 立ち上がって進もうとすると

 グギァーと声がした。

 

 ―――― マジで最悪っ!どこだ? 

 

 少し身を屈め、周囲を見回そうとしたとき『お兄ちゃん!』と言うパトリシアの声の途中で、背中に衝撃が走った。

 ――――いでぇ!ぐわぁー

 陽二は衝撃を受けて傾斜の下に吹っ飛ばされた。その勢いのままゴロゴロと転げ落ち樹木に衝突。

 

「ゲホ!」

 

 ―――― ぐっ、痛いけど……シア? シアは?

 

 カヴァー! ガヴァー

「キャー!」

 

 無情にもパトリシアの悲鳴が聞こえた

 

「シア!?」

 

 陽二は痛む体にムチを打ち、もたつきながらも何とか斜面を登り、パトリシアの元へ急いだ。その間、パトリシアの声は一切聞こえず、陽二の足音だけが虚しく響いた。

 それがまた余計に、陽二の胸を不安にざわつかせた。

 

「はあ、はあ、シア……?」

 

 行きも絶え絶え、その場に戻った陽二の目に飛び込んできたのは――――気絶したパトリシアと首のないオオカミ。そして、小さいナニカ(・・・)だった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 オオカミに襲われた陽二たち。パトリシアを救ったのは、ゆらゆらしたナニカだった。

 果たして敵か味方か、あるいは通りすがりの吟遊詩人か!

 

 とにもかくにも、陽二はゆらゆらと蠢(うごめ)くナニカは無視して、パトリシアに駆け寄った。

 

「シア!大丈夫か!」

 

 パトリシアの体を隅々まで確認するが、見たところ外傷らしきものはない。

 

「う、うん……お兄ちゃん?」

「俺が分かる?大丈夫?」

「うん大丈夫。どこも痛くないし……あれ?さっきの魔物は……?ヒィッ」

 

 パトリシアの視線の先には、ドス黒い血をドクドクと流れ出すオオカミの死骸と、切り離された首。その目は鋭く見開き、今にも襲ってきそうな怖さがあった。

 

 ―――― うわっ……アレと目が合っちゃったか。臭いもアレだし吐きそう

 

 陽二は目を反らすように、ナニカに目を向けた。

 もしも襲ってきたら……という不安もあったが、“今まで危害を加えられる事はなかった”その1点に賭けて決心。

 パトリシアの気を引くように、ゆらゆらを指差した。

 

「何かは分からないけど、そこのナニカが、オオカミをやっつけてくれたんだと思う」

 

 パトリシアはゆらゆらしたナニカを見て、大きく目を見開くと、驚きの声をあげた。

 

「ナーガだ!火の精霊ナーガだよ、お兄ちゃん」

「ナーガ?このゆらゆらしたのが、精霊なの?」

「ゆらゆら?」

 と陽二に言うと、パトリシアはナニカに顔を向けた

「私の名前はパトリシア。助けてくれてありがとうね、かわいい精霊さん!」

 と自己紹介を始めた。

 

 陽二の目には、空間がゆらゆらしているのしか見えない。しかしパトリシアには、かわいい精霊の姿が見えていた。

 

「お兄ちゃん。この精霊さん弱っているみたい」

「えっ?話がわかるの?」

「言葉は話せないみたい。でも、言ってる事は何となくわかるよ。それに、ものすごく疲れた顔をしているの……ちょっと待ってね」

 

 やり取りがあったのか、突然パトリシアが、精霊に向かって魔法を唱えた。

 

「火の療法(ファイヒール)!あれ?あまり変わらないかも……」

 

 ―――― 回復魔法?って事は……そうだ!

 

 陽二は、収納スペースから回復薬とレッドグローブを1粒取り出して、パトリシアに渡した。

 

「これ、効くか分からないけど……使ってみて」

「お兄ちゃんありがとう!」

 

 パトリシアは回復薬とレッドグローブを受け取り、精霊に渡そうとすると……『キャッ!』と声をだし尻餅をついた

 

「シア、大丈夫?」驚いた陽二が手を貸すと

「大丈夫。精霊さんが、レッドグローブ目掛けて飛び込んで来たからびっくりしただけ。あっ、おいしそうに食べて喜んでるよ!良かったぁ元気になったみたい」

 

 とパトリシアが実況中継。

 すると、ゆらゆらが陽二に近付いて来た。

 

「精霊がこっちに来てるみたいだけど、なに?」

「お手て出してるよ。もっと欲しいのかも!」

「稀少(レア)品で高いんだぞ?もう1粒やるから何かくれ」

 

 さすが陽二。精霊だろうが足元をみるようだ

 

「あっ、やっぱりシアたちの言葉を理解してる。キラキラした目で、頷いてるよ!」

「シアとのやり取りで、そうだとは思ってたけどさ……ほら」

 

 収納スペースからレッドグローブを取り出し、ゆらゆらに差し出した。

 なにかが手に触れた気がした瞬間、レッドグローブが空中に浮いて、消えた。そして陽二は、レッドグローブの代わりに『火の恩義』をもらったと理解した。

 

 ⚫火の恩義

 精霊を助けるともらえる感謝の印。

 精霊認識、意思疎通、ステータスには表記されない

 

 理解した瞬間。ゆらゆらした空間が形を作り、目の前に60㎝位の女の子が現れた。

 

 ボサボサの薄赤色の髪で、褐色の肌。くりくりのお目々で、上半身は、胸の部分に蛇柄の布を巻いているだけ。

 上半身は人間そのものだが、へその下からは蛇だ。胸の布と同じ柄をしている。

 器用に尻尾の部分で立っているが、足払いしたら簡単に転ぶのだろうか? 

 

 そんなアホなことを考えていると

 

「ナーナ!ナーナ!(おいしかった。元気。ありがとう)」

 

 とコンタクトしてきたので、陽二も応える。

 

「初めまして精霊さん。俺は、そこに居るシア、パトリシアの兄代わりで、異世界より神のお告げを授けに来た、ヨージ、ナ・カ・ヤ・マ!」

 

 陽二は、ビシッとポーズを決めた。ゼラニオンと接触したせいなのか、テンションがおかしい。

 

「ナーナ! ナーナ! ナーナ!」

「えっ?お兄ちゃんって、神様のお使いだったの?」

 

 陽二の軽いジョークに、パトリシアと精霊がキラキラした目で興奮しているのが分かる。

 

 ―――― これは訂正しておかないと、後々ドツボにはまるパターンだな

 

「ごめん嘘。ちょっと格好つけた」

 

 キラキラが見るみるうちに消えていくのが分かった。

 

「痛っ!ちょっ、ちょっとした冗談だろ?逆に『そんな訳あるか!』ってツッコんでよ!って、痛いからやめて!」

 

 精霊は『アンタ期待外れだよ』っと思っているのか、陽二に米粒程の小さな火の玉を飛ばしてきた。この魔法は、一瞬だがチクッと痛熱い。

 

 それを見たパトリシア。自分も仲間になりたいのか悪ノリなのか

 

「精霊さん、やってしまいなさい!」

「ナーナ!」

 

 と参戦。精霊もノリが良くて、パトリシアにシュタッと敬礼を見せると、陽二にさっきの魔法を千本ノック

 

「ごめんって、おい!精霊やめろー!」

 走り回って逃げる陽二を見て、キャッキャッウフフのパトリシアと精霊

「おまえら仲が良いな!何時、そんなに急接近したの!?」

 

 △△

 

「えーあらためて。中山陽二と申します。現在、異世界生活満喫中です」

「妹なりたて、パトリシア=クルシュナイン。シアって呼んでね!」

「ナーナ、ナーナ!」

 

『ナーナ』しか言わないが、精霊の名前はナーナと判明。なんとなくだが、言っている事が分かる気がする陽二。ナーナの言葉には、思考が乗っていて相手に届けていると予想。

 

 ナーナの話で、この周辺はブラックウルフの縄張りだと判明。不意を突いて倒せたが、真面に戦えば素早くて危険な魔物である。また、ナーナの姿は認識できないが、気配を察知される可能性がある。

 ブラックウルフは木の上を根城とし、縄張り内の枝から枝へ移動する。攻撃も上方死角からと気付きにくい。

 幸いな事に縄張りは雄1頭しかおらず、その範囲はかなり広い。当面の安全は問題ないようだ。

 

 ちなみに、地上に生息するオーブタは草食なので、人を襲うことは稀である。しかし、迂闊に近づき刺激すると、突撃される可能性が高い。

 

「それでナーナは、ここで何をやっているの? もしかしてここ、精霊の森とか?」

「ナーナ、ナーナ」

 

 ナーナの説明によると、ナーナがやって来たのは、ここからさらに南下した、結界路近くの洞窟。

 

 そこには、ケガをして何年も眠り続けている人がいる。

 ナーナは治癒結界(リカバリーゾーン)で保護して、人が訪れるのを期待して待っていたが、一向に現れる気配はなかった。

 そして最近ケガの状態が悪化して、治癒結界の回復量を上回ってきた。

 さらにナーナの魔力消費が増え、魔力の回復が追い付かなくなってしまった。

 そこで、治癒結界にありったけの魔力を込めて、助けを呼びに出た。

 

 しかし、ここで思いもよらない事実を突き付けられた。

 ナーナを認識できる者が居なかったのだ!

 

 トボトボと途方にくれ諦めて帰ろうとした時、精霊たちに好かれる精霊の加護(・・・・・)を感じた。ナーナは走った。するとブラックウルフに襲われている場面に出くわしたのだ。

 

「なるほど……なけなしの魔力で助けてくれたのか、本当に助かったよありがとう。じゃあ、レッドグローブは助けてくれたお礼だ!」

 

 陽二は、感謝を込めてナーナの頭を撫でた。するとナーナは、キリッとした顔で『ナーナ!ナーナ!』と懇願(こんがん)してきた。

 

「うん、そうだよね。お兄ちゃん、ケガしている人を助けに行こう!」

 

 パトリシアとナーナは、期待をこめたキラキラした瞳で陽二を見つめた。

 ―――― そんな目で見られたら答は1つしかないじゃないか!

 

「その人を助けに行きたい気持ちは、俺も同じだ。だがしかし、却下!」

 

 ―――― 俺とシアの2人で、助けに行ける訳がないだろ……辿(たど)り着けるかも分からないのに、誰が行くねん。死にに行くもんだろう

 

「ナーナ!ナーナ!」

「お兄ちゃん。そんな……」

 

 2人の態度に『人でなし!』と言われてるようで、心が痛い。だが実際の話、無理なのは明白。よしんば洞窟まで到着できたとして、どうやって連れ帰るのか。

 怪我人を背負って歩く? それこそ自殺行為である。

 陽二は頭をフル回転して、言い訳と妥協案を構築すると話し出した。

 

「まあ話を聞いてよ。俺とシアで助けに行っても危ないだけだよね?さっきだって、ブラックウルフ1匹で窮地に陥ったわけだし。もし、あんな場面に遭遇したら……次はないよ」

「そ、そうだけど……」

 

 パトリシアとナーナはショボーンと意気消沈しているが……2次災害は避けねばならないのだ!

 

「そこで代案。兵士さんに頼んでみよう。彼らなら何とかしてくるはず」

「お兄ちゃん天才!?」

「ナーナ!ナーナ!」

「いや、普通に考えることだから……」

 

 △△

 

 宿場町まで戻って来た。

 パトリシアにナーナの食事と休憩をお願いして、陽二は兵士を探しに出た。

 

 宿の人に話を聞くと

「まだ帰って来てないね。もうすぐ日も落ちるし、そろそろ帰って来る頃じゃないかな?」

 

 まだ帰って来ていないらしい。

 仕方がないので、自分に支給された武具を取りに行こう、と乗ってきた馬車に向かう。

 馬車には、魔弾砲や魔法を込めた魔弾、剣などが置いたままになっていた。

 

 それから1時間くらい経過した。日もすっかり落ちてしまい真っ暗だ。

 都会の生活では、まずお目にかかれない光景だ。宿灯りから離れると30センチも前が見えない。平衡感覚は狂い、どこに立っているのかも分からない本当の暗闇。怖くなったので、すぐ宿灯りの前まで戻る

 

 ―――― これで森とか無理ゲー。即、魔物の餌になるぞ……

 

 と考えていると『お客さん。兵士様が帰ってきました』と宿のスタッフが知らせてくれた。

 その場へ向かうと、なにやら騒がしい。魔物と遭遇してケガ人が出たのか

 あわてて騒ぎの方に駆け寄ってみると、兵士達は疲れた顔をしていて装備がボロボロになっていた。しかし、ケガ人はいない様子

 

「どうしたんですか?」 

 

 陽二が尋ねると

 

「いやー落とし穴に落ちてしまって、抜け出すのに時間がかかってな」

「そうそう。しかもくせーの、たまげたぜ!気づいたら装備もボロボロになってるしな」

 

 兵士たちは不測の事態で苦労したにも関わらず、思いだし笑いしながら、まるで自慢話のように話し始めた

 

「宿場町を出てしばらくしたら魔物が出て来て、倒しながら進んでいたら、いつの間にか大群に囲まれてしまって――――。

 まぁここら辺の魔物は魔石なし。大した脅威ではないけど、さすがに数が多かったな」

 

 ―――― マジか?この人たち頼もしいぞ!

 

「それで、迎撃しながら後退していたら落とし穴に落ちて」

「出るのに苦労したけど、幸い魔物は跡形もなく消えててな。そう言えば、戻る途中も出なかったな!」

「行きは結構な数が出たのになぁ」

 

 兵士たちはわいわいと、お互いの武勇伝を楽しそうに話しだした。どうやら心配する程でもなかったみたいなので、陽二は話をきり出した。

 

「あの突然なんですけど、ここから南下したところにケガをした人が居て――――。そう言う訳で今から一緒に行ってもらえませんか?」

 

 陽二の声で王国兵士たちの話はピタリと止まり、隊長が代表して詳しい話を尋ねた。精霊の話が出ると彼らにも珍しい存在らしく、兵士たちからどよめきが起こり驚愕の表情を見せていたが、隊長のひと声で静かになった。

 

「――――なるほど、精霊が……信じがたい話だが、確認は必要だな。しかし皆の消耗は見た目よりも激しいし、ミイラ取りがミイラになっても困るしな……悪いが、食事と体力回復のため1時間だけ時間が欲しい」

 

 陽二は今すぐにでも出発してほしかったが、隊長の言葉を聞いた今そんな事は口にできない。隊長はプロであり、兵士たちの命を預っているのだ。

 なので『お願いします』と感謝を伝える。

 

 隊長は頷く

「陽二くんも手伝ってくれ。我々の装備は見た通りボロボロだ。馬車から武具の取り出しを頼む。それと、詳しい場所や状況をまとめてくれると助かる。

 お前は、宿の主人に食事と携帯食の準備を頼め。あとの者は汗を流し――――よし動け!」

「了解!」

 

 隊長は仲間にてきぱきと指示を出す。

 その気迫と姿に、陽二も思わず駆け足になってしまった。

 

 陽二は光源(ギフト)を作って馬車に走り、装備品を手当たり次第に引っ張り出すと、灯りの近くに運んで見易いように仕分けて並べると、自分の装備を身に付けた。

 次に宿で地図を借りると、洞窟の詳しい場所を聞くためパトリシアと一緒に休んでいたナーナの元へ

 

「今、居る場所がココね。これが結界路。それで洞窟はどこら辺かわかる……?」

 

 地図は5つの町と道が記載されたものに、結界路や宿場町などが手書きで印がしてあり、結界路の外は大体の地形が書かれている簡素なものだった。

 するとナーナは、迷いなく結界路の外に指を置いた。それも、だいぶ結界路から離れた場所に

 

「えっ?結界路の近くって言ってなかったっけ?」

「ナーナ!」

 

 ナーナが『間違いなくココ!』と意思表示すると、地図が苦手なパトリシアは『ナーナすごいね!』と感心していた。

 その横で陽二は

 ―――― 話が違うぞ。おもいっきり結界路の外じゃねーか!

 これは、非常にまずい状況じゃないのか……?結界路の外って本物の魔物(・・・・・)が出るんだろ?こんな少ない人数で大丈夫か?

 

 陽二は、ない頭を必死に働かせ考えた。

 

 ―――― 1つだけ、方法があるけど……

 

「ナーナ、この辺りって魔物いないよね?」

「ナーナ!ナーナ!」

 

 ナーナは、洞窟の周辺を指でポンポン差しながら

「ナーナ!(ここは魔物の巣)

 ナーナ!(ここも、ここら辺も)

 ナーナ!(見つからなければ問題ない)」

 と教えてくれた。

 

 ―――― めっちゃおるやんけ!ナーナの姿は、魔物には認識できないからいいだろうよ……でも、俺たちは無理じゃん

 

「結界路の外なんだね……」

 

 それを見ていたパトリシアも、事の重大さに気づき不安の声をもらした。

 

 ―――― あのまま2人で向かっていたら……

 

 陽二はゾッとした。もしあそこで蛮勇的判断を下していたら陽二とパトリシアは今頃、魔物たちの晩餐会(ばんさんかい)に招待されていだろう。 

 

 ―――― これはSOSだ。光の早さで助けを呼ばなきゃな

 

 建物の外に出た陽二は、腕輪を操作

 

「あーテステス、こちら堕天使ルシファー。聞こえてますか?応答お願いします」

「はいテステス、こちら鉱山ピザボット。ご注文伺いますぢゃ」

「あっいいですか?じゃあ、ミックス2つと飲み物はコーラで……ってふざけんなよ!」

「……」

 

「おい!なにか言えよ」

「つまらぬ奴ぢゃ、このモブリンめが!」

 

「んだとーコラ!そのモブリンに抱きついて、涎(よだれ)を垂らしながら『もっと撫(な)でてー』って寝言を言ってた絶壁はどいつだ!」

「ふんっ戯言(ざれごと)を!妾(わらわ)はそんなこと言わん!」

 

 まあ、ひと通りのお約束なのだろう。しかし、陽二がドイツとふったのに、桜はオランダと応えなかった。

 

「桜、頼みがある。俺の手に負えない助けてくれ」

「モブリンの頼みなぞ聞けぬのぉ。妾(わらわ)は、便利屋ぢゃないのでな」

 

「聞いてくれ!実は、結界路の外に怪我人が取り残されている。近くには魔物のたまり場が複数あって、俺たちだけでは無理なんだ!」

「妾には関係ない話。モブはモブ同士でやれば良いぢゃろう?」

 

「そこを頼むよ。麗しいナイスバディな桜なら可能だろう?」

「ほう。妾にケンカを売っておるのぢゃな?」

 

「違う待ってくれ!よし分かった、とっておきの歌を聞かせてやるよ」

「……そんなに歌いたいなら魔物相手にご披露すればよいぢゃろう?」

 

 そう言い放った桜は通信を切断した。その後、何度接触を試みても応答が返ってくる事はなかった。

 

 ―――― 着信拒否かよ、クソが!

 

 冷たい対応に不満がもれた。

 

 ―――― 全く聞く耳なしだったな。最初のつかみ(・・・)が悪かったのか?しかしこのままでは本当にまずい。死への片道キップだ。

 そうだ。このままバックれてしまえば……

 

 人間追い込まれれば、たいていの奴は本性が出て自己保身に走る。陽二もそうだ。

 彼は基本、優しい人間なのだろう。だが優しいだけで、力もなければ金もコネもない。元世界でも、都合の悪い事は見なかったフリをして、逃げるように生きていた。

 人間のゴミ・オブ・ゴミ。キングゴミである。

 

 パトリシアは本当の妹ではない。

 本当の家族すら自分が一番かわいいと、逃げる人間も多いご時世。陽二はそんな代表的な人間だ。自分が、自分だけが助かるためなら当然逃げただろう。

 

 ―――― !? 俺は……何を考えていた……? シアを置いて、行けるはずないだろ!

 

 ただし、異世界に来るまでの陽二だったのならば!!

 

 調子にのってしまい適当な言葉を発することもあるだろう。だが、少しだけど魔法が使える。調合もできる。何よりも、側にいると誓った妹がいる。

 ここで逃げたら本当のゴミ。ゴミリンになってしまう。

 

 ―――― ならば、やれる事は全てやる。モブの底力を見せてやる!

 

 陽二はスマホを取り出し、職業をMPが減らなかった異世界人に変更。陽二は気づいていないが、ここで初めて愚者が仕事をした。愚者が天才(ヒラメキ)になったのだ。

 すると、頭の中に次々と新たな調合方法が浮かんできた。

 陽二は無我夢中で、その調合を繰り返した。

 

 まずはMP回復薬を調合できるだけ作った。

 無意識に調合ダブルが発動!効果は約7割程に落ちるが、数は倍できる。全体で約4割もお得だ。素材と数が合わないが、魔法なのだ!気にしたら負けである!

 

 次に回復薬を調合できるだけ作る。そして乾燥前のタングリも混ぜ合わせ、さらに効果の高い回復薬を作り上げた。

 当然、これもダブルで大量生産。

 これは、一般に出回っている回復薬の中でも上位の物だ。

 

 それら全てを素材に使い、余ったタンドリとレッドグローブ10粒を調合すると……最上級の完全回復薬(オリジナルエリクサー)が2つできた。

 

 陽二とパトリシアの分で、もしもの時の保険だ。

 当然、正規の作り方ではない。調合方法どころか、現在作れる者も皆無だと言われる完全回復薬。それを陽二は作り上げた。まさに奇跡的快挙であった!

 残りのレッドグローブは10粒以上も残っている。魔力の回復も心配ない。

 

 ここまでの作業で約1時間。

 兵士たちは風呂と食事休憩を終え、ぼちぼち出発の時間だろう。

 職業を魔法術師に変えて、パトリシアのところに戻ろうとした陽二は、不意に視線を感じた。

 

「そこにいるのは誰だ!」

「にゃ~ご」

「何だ猫かよ、びっくりさせんなよ」

 

 陽二は手のひらに水の攻撃(アクアニードル)の応用で氷のボールを作った。

 実はこの操作、水と火を同時に行うとても高度なものだが、天才(ヒラメキ)のおかげだという事に陽二は気付いていない。

 

 そして……

 

 9回裏ツーアウト満塁。

 1打出れば逆転のこの場面どうするピッチャーの陽二君。

 キャッチャーのサインにうなずく、いや首を振ったぞ!

「さあゲストの中胃さん、この場面はどう攻めてきますかね」

「そうですね、後ろにはそらしたくありませんし、1打で逆転ですからね」

 さあ、ピッチャー振りかぶって投げた!

 

 陽二は、猫の声がした方へおもいっきり氷球を投げた

 渾身のストレート、真っ向勝負! 三振でゲームセット

 優勝するのは俺たちだ!

 

 だ!

 だ!

 だ!

 

 カキーン!

 

「あーと、ピッチャーの陽二。この回に捕まってしまったぁ!打球は伸びる、伸びる! 入った!! 満塁ホームラン! 逆転サヨナラだー!」

 

 陽二は、マウンドの上に膝から崩れ落ち頭を垂れた

 

「わーはっは! わーはっは!! しょせんアマチュア! アマアマアメージングよ。貴様の球など、止まって見えるわ!」

「桜なのか? 来てくれて本当にありがとう」

 

 陽二は頭を下げた。

 期待していなかったと言えば嘘になる。桜ならば、悪態をついても来てくれるのではないか?と思っていた。

 

 ―――― 本当に来てくれた……

 

「桜……おまえら最高だ。さすがゼラニオン!」

「陽二」

「陽二くん」

「アスモさんにランスもありがとう」

 

 桜はバットをくるくる回しながら、陽二に近付き口を開いた

 

「たまたまぢゃ。たまたま撮影と重なってのついで……2本撮りぢゃ」

 

 桜はそっぽを向きたまたま(・・・・)だと強調した。陽二の感謝に照れている訳ではなく、桜が2本撮りと言えば2本撮りなのだ。そんな桜を追い越し、アスモデウスとランスロットのふたりは陽二を立たせる。

 

「それでは陽二くん。詳しい話をお聞かせください」

「はい。実は……かくかくしかじかで」

 

 それを聞いたランスロットは、首をコテンと倒して呟いた

 

「かくかくしかじか?」

 

 ―――― こいつ……かわいいって言われて調子に乗ってやがるな? でも来てくれた手前、無下にはできない

 

「こんな時は『かくかくしかじか』で話が通じるんだよ。空気読め! いや読んでください」

 

 ランスロットは腕を組み、『うーん』と唸りながら首を縦に振ると『そうか分かった』と呟(つぶや)いた。頭の上には『?』マークがウヨウヨ浮いていそうだが

 

 するとそこに話を理解した桜が、ブオンブオンと大リーガー以上の素振(すぶ)りを披露しながら考えを口に出した。

 

「なる程のぉ。しかし兵士(やつら)は邪魔ぢゃな」

「そうですね。大人数で救助に向かっても魔物に見つかる可能性が増えるだけですね」

「桜たちなら魔物が出て来ても平気じゃないのか?」

 

 桜はサマになったバントの構えのまま、あきれ顔で言った

 

「妾らとて多勢に無勢。(カメラワークの)邪魔は少ないに限る。それに、魔物の巣が多数あるのぢゃろう? あっという間に囲まれて面倒ぢゃ(カメラワークが)。まあそれも(邪魔が少なければ)『おいしい』がな」

「どんな魔物がいるのか分からない場所で、無闇矢鱈(むやみやたら)と魔物を呼び寄せる必要はない! と言うことだ。無論、遅れを取るつもりはないがな」

 

 桜の説明に、ランスロットが補足の意味で口を開くが、噛み合っているようで実は考えている事が違うのはいつもの事。

 陽二は『それぐらい俺でも分かるわ!』と反論しようとしたが、『待てよ……』とこの波に乗る事にした。

 

「それなら俺も邪魔だな。よし。ここの守りは任せろ!」

 

 陽二はホッとしながら胸をドンと叩いた。君子危うきに近寄らずである。それを聞いた桜は、バント職人のような構えで

 

「なにを言うておる。陽二が一緒に来なければ、物語が進まぬであろう」

 

 と口にしたが、当然、陽二には意味がわからない。そこへランスロットとアスモデウスも声をかけてきた

 

「そうだぞ! 私が守るから一緒に行くのだ」

「そうですね。陽二くん一緒に行きましょう。それに……専用の腕輪も準備してあるんですよ。さあ、手を出してください」

 

 疑問を感じる暇もなかった。言われたから素直に手を出してしまった。そう感じた僅かな時間、あっという間に腕輪が交換されていた。陽二は疑問の目で腕輪を見ると、つい育ちの良さが顔を見せた

 

「なぜ俺の腕輪があるのか、意味が分からないんですが……ありがとうございます」

 

 その様子をじっと見ていた桜ちゃん。陽二の言葉を聞くと

 

「ふっふっふ、陽二! ゼラニオン入隊おめでとうなのぢゃ! 今日からゼラブラックと名乗るが良い! わーはっは、わーはっは!」

 

 と言い、何故かバットを投げ渡してきた。

 

「ちょっと待て。俺は入隊するなんて言ってない。腕輪だけに俺をハメたのか? それと、投げ渡されたバットの意味が分からん」

「なぜ妾たちが、ここにおると思う? 別に帰ってもよいのぢゃがのう」

 

 桜はニヤリと勝ち誇(ほこ)った顔をしていた。ドヤ!

 

 ―――― くそ、痛い所をつきやがる……でも桜の手助けは欲しい……まあ別に? 入隊が嫌と言う訳でもないし腕輪ももらえるし得だな……でも、言いなりになるのはやっぱり癪(しゃく)だな……はっそうだ!

 

「( ̄ー+ ̄)フッ。俺がブラックだと? レッドの間違いじゃあないのかい?」

「陽二、こっちへ来い」

 

 ――――あん? 何だ

 

 “少しでも有利な条件を”と探りをいれた陽二に、桜は何かが映っている小さな玉を取り出して見せた

 

「こ、これは……!!」

 

 驚きながらも食い入るように玉を見つめる陽二に、桜は笑みを浮かべながら言う

 

「ゼラブラックには、この玉を進呈しよう。ぢゃが、陽二くんはレッドにご執心の様子。ならこれは処分するしかないのお」

 

 ニヤニヤしながらポンポンと玉で遊ぶ桜に、陽二は焦(あぜ)るように待ったをかけた

 

「ちょっと待ってくれ! じ、実は俺、昔からブラックに憧れていた! さっきのは、あまりのうれしさで動揺して、おかしな事を口走ってしまっただけで……て、訂正させてくれぇ!」

 

 その陽二の返答と表情を見て、桜はニヤリとした。

 

「お主(ぬし)もワルぢゃのお」

「お代官様。それはお互いさまではないですか」

「「わーはっはっ! わーはっはっ! わーはっはっ!」」

 

 まるで青春ドラマの、夕日を望む親友同士のように意見が一致した。そしてこの時が、チームゼラニオンの4人目“ゼラ・ブラック”誕生の瞬間であった。

 この時ランスロットは何が起こっているのかサッパリだったが、陽二が入隊すると聞いてどうでも良くなった。

 

「よし。ではアスモ! 作戦会議を開くのぢゃ」

「はい、わかりました」

 

 その時だった。

「お兄ちゃん大変だよ! 兵士さん達が」

 と、パトリシアの大声が響き渡った

 

 △△

 

 ゼラブラック誕生1時間程前。

 

 スノームにあるゼラニオン本部。

 数台のモニターに、ヒーロー戦隊の基地に置いてあるような機械や装飾品を描いたポスター。

 部屋の中心には、直径1メートルの水晶玉。

 

 この水晶には、結界路内にある腕輪の正確な位置が表示されている。桜たちは、表示されている場所なら1分以内で行く事が可能だ。

 

 秘密は腕輪をつなぐ魔法陣にある。

 そのおかげで、腕輪の半径10メートル以内に転移が可能。

 また、王都などにある“転移門”にも転移できる優れものだ。

 

 この腕輪は、スノームの研究チームが本条司の作成した転移門を改良して作った物。桜も仕組みまでは理解していないが、要は桜のおもちゃなのだ。その腕輪の数は6つ。

 

 1レッド(桜所持)

 2ブルー(アスモデウス所持)

 3イェロー(ランスロット所持)

 4ブラック(陽二、桜の中では決定事項)

 5ピンク(未定)

 6シルバー(未定)

 1と5は桜が所持。2と4はアスモ、3がランスロット、6は本部に置いてある。ちなみにスノームにも転移門がある。

 

「桜ちゃん。陽二くん用に調整してもらいました」

「うむ、ご苦労。あとはどうやって引き込むか、なのぢゃが……」

 

 その時、桜の腕輪に通信を知らせる振動があった。ポチッとな

 

「あーテステス、こちら堕天使ルシファー。聞こえてますか?応答お願いします」

 

 ―――― テステス?堕天使ルシファー?この言い回しは陽二か?

 

「はいテステス、こちら鉱山ピザボット。ご注文伺いますぢゃ」

「あっいいですか?じゃあ、ミックス2つと飲み物はコーラで……ってふざけんなよ!」

 

 ――――なんぢゃもう終わりか……? 小粋なトークで盛り上げる事もできぬとは……つまらん男ぢゃのう。ぢゃが、少しばかりの焦(あせ)りを感じる――――

  ・

  ・

  ・

「……そんなに歌いたいなら魔物相手にご披露すればよいぢゃろう?」

 

 くっくっく。ワザと冷たく接して妾参上! カッコイイではないか! ドキがムネムネこれはチャンスぢゃ! 恩を山積みで押しつけてやるのぢゃ

 

「わーはっはっは! アスモ、陽二の現在地は?」

「王都南の分岐点。宿場町ですね」

「ランスを呼べ! ゼラニオン出撃ぢゃ!」

 

 その頃ランスロットは、ベッドの中で今朝の出来事を思い出していた。

 

「ああっ、体が熱い」

 

 ジンジンとする場所を触ると気持ちが良い。ランスロットは陽二と同じような手の動きをやってみた

 

「あっあっ、よ、陽二!」

 

 そのベッドの隣に、アスモデウスが居た。

 何度ノックをしても出て来ない。

 眠っているのかと考え部屋に入った。

 黙ってではない。声をかけて入ったにも関わらず、ランスロットは気づいていないのだ。

 

 よほどプレイに集中しているのだろう……

 

 アスモデウスは困った。シーツの中でランスロットが何をしているのか分かっている。  

 

 声をかけるべきか、黙って出て行くべきか……

 

 桜なら間違いなくシーツを剥(は)いで、大笑いの中撮影するだろう。

 アスモデウスは静かに部屋を出た。彼女を辱(はずかし)める必要はないのだ。何も見てない聞いてない。

 

 本部へ戻ると、悪代官(桜)が何かを見ていた

 

「これは良い取引になりそうぢゃ、ヒッヒッヒッなのぢゃ」

 

 そこには、自分でシーツを剥(は)いでしまったのだろう。全裸で自分の体を弄(まさぐ)っているランスロットの姿が映っていたのだった。

 

 

 

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