※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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そして彼女はいなくなった/ゼラレッドVSゴブリン軍団/思いやりは奇跡を生む

 

 

 その日アスモデウスは、生まれて間もない赤子と、その母親であり親友である唯(ゆい)の帰宅を待っていた。

 唯のパートナーの司(つかさ)が、自分の世界に一時帰宅する事になったので、見送りに行ったのだ。

 

 唯は予定よりも早く、闇の聖霊セナドゥースを連れて帰って来た。しかし2人は、瀕死(ひんし)の状態だった。

 当然の如く詳しい説明を求めた彼女だったが、唯の剣幕に黙るしかなかった。

 

「スキルを移す魔法を創造せい」

 

 アスモデウスは、母親から受け継いだ『魔法創造』というスキルを持っていた。しかし、そんな簡単に魔法は創造できない。

 失敗する可能性とデメリットが大きすぎるため、事前に効果など詳細に打ち合わせる必要があったのだ。

 

「せめてその前に治療を」

「回復魔法は効かぬ。時間がないのじゃ!」

 

 鬼気迫る唯の願いを聞き入れた彼女は、赤子の真上に『魔法創造』の基(もと)になる魔力の塊を作り出した。

 

 それからの出来事は、今でも彼女の中に後悔として残っているのだが、ほんの数秒で終わりを迎えたのであった。

 唯は自分の命を生贄(ベット)、セナドゥースも自分の命を生贄(ベット)した。

 

 司から預かっている『箪笥』を、赤子に移すために……

 その代償として、唯とセナドゥースは世界から消滅したのだ。

 

 桜に『箪笥』を残して――

 

 

 △△

 

 

「ここは何処じゃ?」

 

 眠りから覚めた女性の目に飛び込んできたのは、美しい模様が施された高級感あふれる扉だった。

 

 彼女は深紅の瞳で、肩より少し長い透き通るような赤髪を持っていた。色白で気の強そうな顔立ちは気品を感じさせ、慎ましい胸を包むドレスは上品で、同色の高いピンヒールを履いていた。

 

 上半身を起こすと、こり固まった身体をほぐした。

 

 眠っていたのは、扉と同じく高級感のあるベッドだった。所謂(いわゆる)キングサイズと呼ばれる物より大きかった。

 ベッドの上には、もう1人いた。

 彼女より小柄で、漆黒の美しく長い髪を体の下に広げ、胸の上で祈るように手を組んで眠っていた。

 

『闇の聖霊セナドゥース』だった。

 パートナーの事で、いつもケンカばかりしていた相手の1人だが、信頼のおける人物だ。

 

「セナ」と声をかけ、頬っぺたをムニュっと摘まんでみたが、全く起きる気配はなかった。彼女はあっさり諦めると、ベッドに座り直し部屋の中を見回した。

 

 広さは30畳ほど。設置してある家具の全てが、高級感のある漆黒の色で統一されており、天井を見上げると、漆黒のシャンデリアが優しい光で室内を照らしていた。

 

 その優しい光が照らす一角に、棚があった。

 棚の中には、この部屋の高級感にそぐわない人形やネックレス、そしてよく分からない物が大事に飾られていた。

 

 彼女は、飾られている物の大半を知っていた。

 隣で眠っている見た目10代のセナドゥースが、彼女のパートナーにお強請(ねだ)りしたり、プレゼントで貰った物だ。

 

 幸せそうな笑みを浮かべていたのを思い出した……

 

 彼女は立ち上がると、窓際まで歩いて外を見た。

 空は日が昇る前、暗と明の境目が紫色に染まった時間、薄明に酷似していた。しかし何時まで待っても、その日が昇ることはなさそうである。

 まるで朝日前の瞬間そのままで、時が止まっているように感じられた。

 

 窓の外には草原が広がり、その500m先は高低差があるのかぷっつりと切れていて、その先は湖か海なのか、水平線が広がっていた。

 

 外に出ようとしたが、窓は結界なのか開ける事はできなかった。漆黒の扉も同様で、得体の知れない大きな力が働いているようだった。

 

 睡魔に襲われた彼女は、セナドゥースの隣で横になると、その髪を撫でなから目を閉じた。

 

 △△

 

 闇の聖霊セナドゥースは、微精霊から聖霊にまで上り詰めた司の契約精霊である。聖霊とは、時に神格化されるほどの存在だ。

 

 そんな聖霊と契約を結ぶなど、まず不可能である。しかし元勇者の本条司は、彼女以外にも4人の聖霊と契約を交わしていた希代(きたい)な人物であった。

 さて、そんな常識破りの破天荒を成し遂げた彼だが、勇者をやめて1年が経過した頃、『魔菌病』に罹患(りかん)した。

 

『魔菌病』とは、簡単に説明するとアレルギー疾患であり、この世界の人は発症しない。現在でこそ治療薬があるが、当時、聖霊と契約を交わした実力を持つ彼でさえ、命を脅かされた恐ろしい病である。

 

 ひと目で分かる症状としては、全身に現れる蕁麻疹(じんましん)。

 それはもの凄く痒(かゆ)く、掻(か)かない以外の選択肢が見つからないほど。全身を蚊に刺されて、その数倍の痒みが一気に押し寄せる。と考えてもらえると想像しやすいだろう。

 

 しかしながら蕁麻疹はまだまだ軽い症状。真に恐ろしい症状は、体内に発生する蕁麻疹による弊害。そのひとつが気管狭窄(きょうさく)による閉塞(へいそく)。

 この『何気にしていた呼吸ができない恐怖』は、体験した者でなければ理解しがたいが、彼はそのせいで何度も呼吸困難に陥った事があった。

 その治療のため、彼は定期的に戻っていたのだ。

 

 つまり勇者たちは、元の世界に戻る手段を構築していた事になる。しかしそれは、最初から上手くいった訳ではない。

 

 こちらの世界とあちらの世界では、進む時間が違ったのだ。

 初めて帰った時、あちらで2カ月ほど生活して戻ると、こちらの世界では5年もの歳月が過ぎていた。つまり単純計算で約20倍、こちらの世界は時の流れが早かったのだ。

 

 それを解決したのが、豊のスキル『時間』であった。対象者が帰る前に予め『時間』を施しておくと、施した豊を目印にして帰る事が、つまり時間を合わす事が可能となったのだ。

 

 

 そして、何度目かの定期診察で戻るときに支障が出た。

 

 司の契約精霊が、聖霊に成長(進化)した事によって、『箪笥』を持ったままでは既存の『転移魔法陣』で帰れなくなってしまったのだ。

 (唯も、この魔法陣では転移できなかった)

 

 そこで職技玉を使って、唯に『箪笥(スキル)』を預けたのだが……その当時、唯と聖霊たちの仲は非常に悪かった。

 なので、当然の如く反発が起きた。

 

「なぜ、唯に仕えなければならないのかしら?」

「私も絶対に嫌だ!」

「願い下げやがるです!」

「右に同じさー」

 

 と、文句たらたらで箪笥の中にある自屋に鍵をして飛び出した。彼女たちは、司にスキルが戻る(・・・・・・・・)まで、外で待つ事にしたのだ。

 

 *

 

 王都の地下に、特別な鉱石で造られた100畳ほどの部屋があった。壁には、あちらの世界へ渡るための補助魔法陣が、特別な鉱石の粉末液でびっしりと描かれていた。

 

 床には、特別大きな魔法陣が1つ。

 その部屋の中には勇者3人と司、見送りとして唯と5名の各聖霊が居た。

 豊が『時間』を施し、司が魔法陣を起動した。

 無事繋がったのを確認すると、力の勇者・阿部隆弘(あべたかひろ)と技の勇者・佐々木純(ささきじゅん)が、魔法陣内へ歩みを進めスウッと消えた。

 自分たちの世界へ転移したのだ。

 

 次に司が魔法陣に入ろうとしたその時、事件が起きた。

 

 彼の背中から、大量の血が吹き出したのだ。

 驚いて近寄ろうとした唯とセナドゥース。しかし彼女たちもおなか(・・・)と背中から大量の血が、それと同時に4聖霊たちの体には、まとめて斬られたかの様な横一閃の黒いアザが現れた。

 

 突然の出来事で訳が分からなかった。それでも司は無意識のうちに体を動かし、唯とセナドゥースを外に転移させた。

 次は聖霊たちを……と手を伸ばすその前に、意識を刈り取られてしまった。

 

「流石は司くんだね。レベルは下がっているはずなのに侮(あなど)れないねぇ」

 

 この事件を起こした犯人は、黒い剣を鞘(さや)に収めながら呟(つぶや)いた。

 

 すると、そこに数名の人物が入ってきて司を運び去ると、部屋の中は血痕も嘘のようになくなって、何事もなかったような静寂に包まれていた。

 ただ魔法陣の上には、黒いシミの着いた4色の珠と、司の職技玉、そして、犯人が置いていった黒い珠が落ちていたのだ。

 

 

 △△

 

 

 

「な、ロリリン? 絶壁? 絶壁ロリ? ……ふっ、くらうのぢゃー!乙女矢投(ゼラバスター)!!!」

 

 アリの子を散らすように逃げ回るゴブリンたち。彼らは、触れてはならぬ禁忌に触れたのだ。

 

「おい絶望絶壁! 今こっちが話していたのに卑怯(ひきょう)だぞ」

 

 いつもの桜は、空気の読めるスーパーでエレガントな女の子である。だがこの時は、ゴブリンたちの暴言を看過できるような状態ではなかった。

 

「乙女矢投(ゼラバスター)! 乙女矢投(ゼラバスター)!」

 

 形振り構わず繰り出された攻撃の命中率は、決して高くはない。涙で視界が滲んでいたのもあったが、それでも的が多いので、数打ちゃ当たるは必至。

 

 そんな中

 

「空気の読めぬ絶壁めが! ナイトは前方を固めろ、ボブは物理結界だ。急げ!」

「ラジャー!」

「結界展開!」

 

 可及的速やかに出されたゴブリン将軍の指示で、奇跡的にも被害は0に近かった。

 

 流石の桜でも、怒りに任せた適当な攻撃では通用しない。それでも、あわてふためくゴブリン達の姿が目に留まると、怒りのボルテージと胸のモヤモヤが、スウッと晴れてきた。

 

 しかしながら、けじめは大事である。

 

 追加の矢を拾うとみせかけた桜は、拳大の石を拾って投げた。直線的な攻撃に翻弄(ほんろう)されていて、前面に気を奪われていたゴブリンたちは、気づけなかった。

 

「乙女怒隕石(ゼラメテオ)!!」と小さく呟き、大空に高々と羽ばたいた石に……。

 

「ゴブッ!?」その数十秒後、空中で軌道を変えた隕石の如く怒りの鉄拳は、ゴブリン将軍の後頭部に着弾した。

 

 それを確認した桜は、少しでも大きく見せようと考えていたのかは不明だが、いつも以上に胸を張ってポーズを決めると、ひと言。

 

「フリには応えた! さあ、名のるがよい!」

「「「 フリじゃねーよ! 卑怯(ひきょう)者!」」」

 

 桜の声が耳に届いたゴブリンたちは、一斉に吠えた。

 

 ゴブリン将軍は、突然襲ってきた怒隕石(メテオ)で気絶してしまった。将軍が心配なゴブリンたちは、桜そっちのけで輪を囲み、介抱するゴブリンナイトやボブゴブリンを見守っている。

 

 桜はそれを遠巻きに見ながら、落ちている矢を腕輪の収納スペースに回収していた。いま攻撃すれば、確実に半数以上は屠(ほふ)れただろう。しかし

 

 ―― そう言えばあやつら、自己紹介すると言っておったのう。撮ってやるか

 

 と考え、武器を集めることにしたのだ。

 

 

 △△

 

 

 その10分後ようやく将軍が目を覚ますと、桜とゴブリン軍団が向かい合い、距離を空けた形で戦闘が再会されようとしていた。

 

 

「耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ。われわれは地上の覇者ゴブリン様だ! そして、俺がゴブリン将軍だ!」

 言い終わると同時に、左腕を真っすぐ天に向けると

「おおー!」

「よっ将軍!」

 などの大歓声と、拍手が巻き起こった。ゴブリン将軍の背丈は2.5m前後、全身黒色でムッキムキのマッチョマン。背中には、大きなハンマーを背負っていた。

 

 

「俺たちは、この軍団の剣と盾を司るゴブリンナイト10人衆だー!」

「よっ!」

「ピューピュー!」

 先程より大きい拍手喝采が巻き起こり、人気もそうだが慕われているのが伝わってきた。

 すると、その喝采に応えるように剣を胸の前に掲げたゴブリンナイト10体が、将軍の前で横に並び片膝立ちになると、見せつけるかの様に盾を構えた。

 

 ゴブリンナイトの背丈は2m前後。体の色は濃い緑色でスラッとしているが、バランスよくガッシリしていて実力は高い。全員が魔物の素材で作った盾を装備している。武器は好みがあるのだろう、剣と槍が半々くらいで分かれている。

 

 

「われらは、支援魔法を担当するボブゴブリンだ!」

 将軍の左右に1体ずつ。ボブゴブリンの背格好はゴブリンナイトと遜色ない。剣や盾の代わりに、簡易の支援魔法が扱える小さな杖を装備している。支援魔法担当だが、その恵まれた体格もあって肉弾戦も強い。

 しかし、声はほとんど上がらず拍手はなかった。嫌われているのか、人気がないのか。

 

 

「われらが、攻撃魔法を担当するメイジゴブリンだー!」

「おおー!!」

 とゴブリンナイトに負けない拍手喝采が巻き起こった。声を上げたのは、弓やボウガンを持ったゴブリンたちだ。遠距離攻撃同士、仲が良いのだろう。

 背丈70~80cmのゴブリン10体が小さな杖を構え、ボブゴブリンの横に5体ずつ並んだ。

 属性に関係があるのか、杖の先端にある玉の色はバラバラだった。

 

 

「最後はゴブリン兵どもだ!」

「うおおおー!!」

 ゴブリン将軍の紹介で声をあげたのが、後に控えていたゴブリンたち。所謂下っ端兵のことで、ボロの剣や盾、ボウガンや弓を装備している。背格好はメイジゴブリンと同じで、おおよそ450~500体。

 

 ゴブリン兵は、合図とともに各ゴブリンナイトの前に整列し始めた。この事から、ゴブリンナイトは小隊長の役割を持つと推測できる。

 その結果

 剣と盾持ちのゴブリン兵が前列

 その後ろに弓やボウガン持ちのゴブリン兵

 ゴブリンナイト

 最後尾にゴブリン将軍。将軍を挟んで、左右にボブゴブリンとメイジゴブリンが並んで陣形が完成した。

 

 完成した陣形の最先端、つまり桜が立って見ていた場所を次々と追いやるように伸びたので。

 

「何度も何度も済みませんね」

「良い、気にするでない」

 

 などのやり取りをしながら桜はあとずさっていた。

 現在桜が立っている場所は、元の位置から100メートルは下がった場所だ。それを考えただけでも、どれだけ大きな陣形か分かるだろう。

 

 

 完成した陣形をひと通り見回したゴブリン将軍は、ゴホンと喉の調子を確認すると、不敵な笑みを浮かべて腕を組み、仁王立ちでスタンバッていた桜へ、ビシッと宣言した。

 

「われらの作戦を知ったからには、死んでもらう!」

「うおーーー!」

 

 ゴブリン兵の轟く声は、大地を揺らした。

 ゼラレッドvsゴブリン軍団。ゴングの鐘が、打ち鳴らされた瞬間であった。

 

 

 △△

 

 

 ここで、戦いの前に少し説明に入る。

 ゼラニオンに変身するには、桜の魔法(ヒーロータイム)が必要である。正確には『ゼラニオンシステム』と連携する為に必要なのである。

 

 このゼラニオンシステムとは?

 これを説明するには、桜の過去を少し語らねばならない。

 

 彼女は生まれて間もなく、父親の『箪笥(スキル)』をアスモデウスの協力で、母親の唯と闇の聖霊セナドゥースに移された。(その直後、唯とセナドゥースは消滅してしまったので、理由は不明)

 

 しかし、このスキルがとても厄介だった。

 後日、桜が魔力欠乏症になった事で発覚したのだが、箪笥が彼女の魔力を際限なく吸収し始めた。

 通常なら自然回復する魔力だが、箪笥のせいで常に魔力を使っている状態。そのままだと、待っているのは確実な死である。しかも、元凶である箪笥を外す手段はなかった。

 

 アスモデウスは自分の魔力を彼女に与えながら、現スノームの魔王と住民に助けを求めた。

 200年、MP回復薬70万個、130万人、魔石1千万個、皆の優しさプライスレス。

 

 彼女の魔力減少が、落ちつくまでにかかった年数と対価である。この頃から『箪笥』による突発的な魔力吸引には注意が必要だが、慢性的な倦怠感(けんたいかん)が少しあるものの、自身の回復量でなんとか補えるようになった。

 ただし飲みまくった薬の弊害で、彼女の最大MPは100以下にまで落ちてしまった。

 

 そして、話は飛んで20数年前。

 

 樹木楓(ききかえで)という女性から、1つにMPを1万備蓄できる叡智(えいち)の玉が変化した珠を4つ譲り受けたおかげで、外付けながら莫大な魔力を手に入れた。その結果、倦怠感も消えダンジョンの外にも出られる様になったのだ。

 

 その莫大な魔力とヒーロータイムを併用して作られたのが『ゼラニオンシステム(旧ウィッチシステム)』である。

 

 つまりゼラニオンシステムとは、ヒーロータイムで連携する事によって、変身時に必要となる魔力500や10秒に1消費するランニングコストの他、具現化武器や魔法の底上げ、武器の召喚など、普通では考えられない変身後の膨大な消費魔力の全てを、桜が持つ珠で一括管理して補う事である。

 

 少し話がそれるが、裏を返せばアスモデウスのように、膨大な魔力を持っている者は、珠の補助を受けなくても変身できるし、維持も問題ない。

 しかし、難なく維持できる魔力を持っていたとしても、具現化武器底上げのため、桜のヒーロータイムは必須だろう。

 

 話を戻すと

 今回桜は万全を期(き)して、4つの珠を腕輪に装着してきた。片方をパトリシアに貸しているとはいえ、普段消費する魔力量の4倍だ。

 ところが、どうも魔力残量がおかしい

 陽二の分を考慮しても、普段の2倍以上も消費していた。今現在も、10秒に6~7も消費していたのだ。

 

 

 △△

 

 

「節約モードぢゃ!」

 

 ダン! 戦いのゴングがなった瞬間、彼女は足元に魔力を送った。ゴブリンが自己紹介してる間、ただ黙って聞いていたわけではない。ゴブリン兵のちょうど中間辺りの地面に、巨大な穴が出現した。

 

「なっ――?」

 

 弓やボウガン持ちのゴブリンを中心に、100体のゴブリンが深さ10メートル以上の穴に吸い込まれた。魔物なので即死するかは分からないが、大きな怪我は負うだろうし途中退場(リタイア)決定だ!

 

「チャンスぢゃ、乙女指弾(ゼラバスター)!」

 

 混乱したゴブリンの前衛を続けざまに攻撃し、一気に50体以上のゴブリンを仕留めた。

 

「まだまだ、乙女戦闘棒(ツインステッキ)!」

 

 桜は枝を取り出すと、突撃。ゴブリン兵の攻撃をステッキでさばきつつ、もう片方のステッキで下から斬り上げた。

 左右から襲ってくる攻撃を同時に受けつつ、正面のゴブリンに蹴りをくらわせると、その反動を利用して後回転で回避。

 逃れた先にも襲ってくるが、剣をかわしつつ足を斬りすてた。

 

 追加で50体程倒したところで、ゴブリンナイトから指示が飛んだ。

「ショットガン・フォーメーション!!」

 

 ゴブリン兵はゴクッと息を飲み込んだ。“ショットガン・フォーメーション”は、ゴブリン兵最大の攻撃方法だ。息をつかせぬ連続攻撃は、止めの指示か相手が死ぬまで止むことはない。

 

「セット、ゴー!!」

 

 開始の合図で決意を固めた5体のゴブリン兵が、防御の姿勢も無視して桜に突っ込んだ。だがしかし、当然の如くあっさりと斬られてしまった。

 だが絶命するその瞬間、ゴブリン兵は自分の意思で爆(は)ぜた! 血や肉塊を体中にべっとり受けた彼女は、次々と起こる自爆特攻に視界を奪われてしまった。

 その後ろには、次のゴブリン兵が肉薄。彼女の腕や腹、太ももを、今までかすりもしなかったゴブリン兵の剣が襲った。

 

「くっ」

 

『乙女戦闘服の防御力をなめるな!』何時もなら飛び出る言葉も口にする余裕はなかった。堪らず後に逃れようとしたが、そっちもそして左右も、いつの間にかゴブリン兵で埋め尽くされていた。

 

「ちぃ」

 

 不意の舌打ち。その瞬間左右のゴブリン兵が爆ぜたので、咄嗟に顔を守ってしまった。悪手である。

 待ってました狙い通り! とばかりに、前後からがら空きの腹部、背中を集中的にゴブリン兵の剣が襲った。

 

「くぅ!」

 

 ならば、と圧を返すように上へ回避。だがそこには、弓とボウガンによる集中放火が待っていた。

 

「乙女盾(ゼラシールド)・大」

 

 盾で前の攻撃を防いだが、後方左右の攻撃は面白いようにヒット! バランスを崩して落下。その下には、串刺しにしようと待ち構えるゴブリン兵が

 

「うざい、爆(エク)!」

 

 端折(はしょ)りに端折った魔力爆発で、待ち構えるゴブリン兵を吹き飛ばしながら着地。

 第2波開始! の合図の前にゴブリンナイトから待ったがかかった。

 

 

 △△

 

 

 ゴブリン兵は、桜を中心に20メートル離れて輪を作った。その中に1体のゴブリンナイトが入ってきて、彼女に声をかけた。

 

「わい無傷やらいよ。ほしたらおいとタイマンすっが」

(無傷とは、ならば俺と1対1で戦え)

 

 ショットガン・フォーメーションを受けても、傷ひとつない桜を見て、訛(なま)りの強いゴブリンナイトは自信があるのか強い相手と戦いたいだけなのか……そんな提案をしてきたのだ。

 確かに見た目の傷は皆無であった。しかし、防御や修復にゴリゴリと魔力を削られたのは内緒である。

 

 ゴブリンナイトの提案、桜に断る理由はない。

 寧ろ願ってもないチャンスであった。

 ―― 敵に囲まれてのタイマン……映像的にもおいしすぎる!

 と桜の高性能カンピューターは答えを導きだした。

 

「ほう、自信がありそうぢゃな。妾(わらわ)に勝てるとでも?」

 

 枝を肩にのせた彼女は、もう片方の枝でゴブリンナイトをシュピッと挑発した。

 

「ふっ。わいの技はもう見切ったとよ。そいにおいの愛刀『ゴブリン狩り』がはらけっせぇわいの血を欲しがっちょっでや」

(あなたの技は見切りました。そして私の愛刀が怒ってしまい、あなたの血を欲しがっています)

 

 ゴブリンナイトは、持っていた槍を投げ捨てると、背負っていた刀を取り出した。

 

「笑わせるのう。ぬしは同族を斬っておるのか?」

「ふっふっふっ」

「ワーハッハッハ!」  

 

 睨(にら)み合う両者

 

「けちょんけちょんで、愛刀の餌やっでね」

「面白い! その愛刀へし折ってやるのぢゃ」

 

 桜とゴブリンナイトの一騎打ちが始まった

 

 △△

 

 言うだけあって、ゴブリンナイトは強かった。

 桜の攻撃はことごとく盾に防がれ、スキを見つけては確実にそこを狙ってくる堅実な攻撃。

 

「くっ、なかやかやるの!」

「はっ、そんなもんか!」

 

 30分程向かい合って攻防を繰り返していたが、お互いに決定打がなかった。しかし徐々に違いが表面化していた。

 ショットガン・フォーメーションにも耐えきった乙女戦闘服(ゼラスーツ)に、傷が増え始めていたのだ。

 

 魔力の残量を考え、修復機能をカットしたのが原因だった。さらにギリギリのラインまで防御力も落としてある。

 

 もし変身中(・・・)に魔力が切れてしまえば、変身が解除されるだけではなく、桜本人の魔力もあっという間に枯渇して動けなくなってしまうのだ。なので、最悪の事態を避けるための処置であった。

 

 ショットガン・フォーメーションで削られたのが痛かったのだ。映像的にはおいしいかもしれないが、攻撃を受けすぎた。

 本来ならば、最初に爆ぜた時点で避けるなりカウンター爆発などで、全面のゴブリンを屠(ほふ)る事もできたはずだった。

 しかし『ショットガン・フォーメーション』なる指示を聞いてしまっては、どうしても受けてみたくなったのだ。

 

 まったく彼女の悪いクセである

 あとの祭とはこの事で、今さら嘆いても仕方がない。

 桜は、撤退も視野に入れながら、ゴブリンナイトと乙女戦闘棒(ツインステッキ)を交えていた。

 

「はーはっは絶壁! いや、ごったましいおごじょ、やんね」

(強き少女、やるな)

「ぬしもなかなか……が、遊びはここまでぢゃ。妾にも都合があるのでな! 魔技弱体化(デチューン)!」

 ―― 0.7

 

 

 ⚫魔技(まぎ)。正式名称魔王勇闘技(まおゆうとうぎ)

 

 勇者と魔王の経験者・司と唯。それと『魔法創造』のアスモデウスで考案。勇者を超えるために、魔王システムと勇者システムの良い部分を取り入れつつ、自分たちなりの解釈を加え創造した裏職業(勇闘者)のスキルである。

 

 

 ⚫勇闘者(ゆうとうしゃ)

 

 魔技を得るための裏職業。

 職に就くには、ステータスの改造が必須。

 改造すると(・・・・・)裏職業と裏ステータスを取得。しかし表職業のレベルはそのままで、ステータスは1割までダウン、全ての熟練度は一定の値までダウンする。

 さらに勇者と魔王スキル以外は、賭けではあるがほぼ消滅する。ただし、裏ステータスは熟練度を重視しているため、スキル再取得時の成長は格段に早い。

 

 ●(魔技)弱体化(デチューン)

 

 自身のステータスを0.9~0.01倍にする。

 桜は、0.5倍に落としていた数値を0.7倍に引き上げた

 

 

「行くぞ!」

 

 彼女の身体能力が上昇した。たかが0.2倍されど0.2倍である。僅かに競り勝っていたゴブリンナイトは、たかが0.2倍戻しただけの彼女についていけなかった。

 

 盾で受けようと構える前に、手首を斬られた。

 迎撃を仕掛けようとする前に、腕を落とされた。

 全てが後手どころか、後手にすらならなかった。

 

 そして『なぜだ?』と考える暇なく、ゴブリンナイトは死んでいたのだ。

 

「ば、馬鹿な! 何が起こったというのだ!」

 

 ほんの一瞬であった。

 ゴブリン将軍が目を離した瞬間、ゴブリンナイトの腕と首が一緒に崩れ落ちた。今の今まで、ゴブリンナイトが優勢だったのに……何が起こったのか、全く分からなかった。

 

 とそこに届いた「乙女複弾(ゼラバスター)」の声と複数の「ゴブッ」の声。

 

 桜の保管していた石や矢が一斉に飛び出し、全てのゴブリン兵の背中が瞬く間に爆ぜた。僅かなズレがあったものの、重なった1つの破裂音がゴブリン将軍の耳にも届いていた。

 

 ゴブリン兵の爆ぜる光景は白昼夢なのか、唖然としていたゴブリン将軍とナイトたち。

 

 そこにズッ、ザンッと、軽めの音が届いた。

 まだ何か予想外の事が起こるのか――? 

 と見つめたその先には……

 

 見覚えのない黒いドレスを身にまとった女の子が、倒れていたのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 闇の聖霊セナドゥースは、美しい女性の髪を撫で付けながら囁いた。

 

「悔しいけどボクじゃ何もできない。唯の分もボクが引き受ける、だからキミが扉を開くんだ」

 

 唯は夢を見ていた。

 セナドゥースの目を通して、現状が唯に伝わった。言いたい事も理解した。それはたった1つ、扉を開け!

 

 唯は、目を覚ました。

 隣にはセナドゥースが眠っている。

 自分の体を確かめると、傷も癒え魔力もほぼ回復していた。

 夢の中で見た漆黒の家具やシャンデリア、薄明の空に水平線まで広がる水面。

 

 唯はふと、思い出した。

 あの時、唯が『魔法創造』に込めた想い(もの)は、桜にスキルを移す事と、自分の命を代償にしてもセナドゥースを助ける事だった。

 それなのに、どうして自分もここに居るのか……

 

「考えることは一緒じゃったか……」

 

 これは相手の事を思い合ったからこそ起きた奇跡。

 閉じ込められている事など些細な問題。2人とも無事、この場に生きているのだから……

 

 唯はセナドゥースの言葉を受け、手っ取り早く破壊する手段に出た。現在できうる最高の一撃を、扉に浴びせた――

 唯は、その日から魔技の練習を始める事になる。

 

 この部屋の中では、なるべく魔力を無駄にしてはならないと、本能で悟った。嫌な予感がした、誰かに大きな負担を強(し)いているのではないかと……嘘だ。

 実は、おおよその見当がついていた。その誰かとは娘だと。

 

 実際のところ、唯とセナドゥースが無事だったのも、セナドゥースの状態が良くなってきているのも、桜の膨大な魔力のおかげなのだ。

 さらにいうなら、アスモデウスを筆頭に魔王や住民、回復薬や魔石を提供してくれた人、全てだろう。

 

 うすうす理解していた唯は、3人で開発した『魔王勇闘技』を極めるべく練習を始めた。

 部屋の中でやれる事は限られるが、基本や形・組み手に体幹。筋トレや瞬発運動など、できる事を延々とこなした。

 

 魔技が5級になった頃、部屋全体を覆っていた力が弱まったのを感じた。唯は渾身の一撃で窓を破壊して、外に広がる草原へ出た。

 次の特訓場所の誕生であった。面白い事に、部屋の外へ出ると漆黒の魔物(穢れソルジャー)が出現するようになった。

 発生源もすぐに特定できた。

 セナドゥースが練習相手でも作るかのように、唯より少し強い漆黒の魔物を出してくるのだ。

 

 そんな事より実践相手のできた唯は、新しい形や技を開発し、メキメキと魔技を極めていった。

 のちに『本条流』と呼ばれる流派の誕生であった。

 

 

 唯が鍛練を始めてから約300年後、彼女の魔技は弐段になっていた。

 

「さて、幾度となく挑戦してきたが、今日が最後になるじゃろうな」

 

 何度も跳ね返されてきた漆黒の扉。その前で精神集中。

 テレフォンパンチといわれようが、相手は動かぬ的なので関係ない。右拳を腰に当て、左の手のひらを前に突き出し半身で構えた。

 

「本条流弐段。紅蓮(ぐれん)・魔神掌(まじんしょう)!」

 

 右足の裏から足首へ力が伝わり、その力をふくらはぎと膝の力で太腿(ふともも)に送り、太腿のひねりと腰のひねりで数倍に高めると、左腕の引きで最後のひと押し。

 

 それと同時に、右の掌手にひねりを加えて一気に突いた。その攻撃は紅い閃光(せんこう)となり、音すら置き去りにした。

 

 漆黒の扉に、唯の掌打が炸裂(さくれつ)!

 ドゴン!

 魔神掌の破壊行動はまだまだ続く。炸裂した衝撃は当たった部分だけに留まらず、内部と外部を僅かにズレて走る衝撃波になって、対象の全身を駆け巡る!

 

 それによって漆黒の扉は、まるで均一に挽かれた小麦の如く、姿を変えたのだった。

 

「待たせたのうセナ。ゆくぞ!」

 

 

 △△

 

 

 変身が解けてしまったランスロットの身体能力は、大幅に落ちていた。それでも変体(フォーム)すれば、普段よりスピードは出る。

 桜の魔法(ヒーロータイム)は切れているので、陽二たちを乗せた時に比べると、弱々しい馬体ではあるが……

 

 そんな事より魔物が出て来ないのは、何よりラッキーだった。

 1体だったら何とかなる。しかし複数の魔物が相手だと、厳しい位の強さに落ちていたからだ。

 

 それでも人族の間では、5本の指に入る強さである。

 これは人族が弱いという訳ではなく、魔物1体が強すぎるのだ。故に、人は仲間と共に戦うのである。

 

 林を抜け、桜と魔物が戦っていた地点に到着した。

 そこにあったのは、おびただしい数の魔物の骨。

 

 ―― なんだこれは……桜は? 桜はどこだ?

 

 ランスロットは焦る気持ちを押さえつつ、身を隠しながら死骸の山に近づいた。桜の気配は全く感じない。しかし、別の気配を察知した。

 

 隠れて近付くと、これまたおびただしい数の魔物が倒れていた。そこに大きなハンマーを持った黒い巨体がいた。全身から溢れ出る力は、明らかに彼女の手には余る程の相手だった。

 

 その巨体が対峙(たいじ)していたのは、深紅の髪で赤ワイン色の丈が短いイブニングドレスをまとった女性だった。

 彼女の周囲には、巨体の魔物と色は違うものの、どう見てもそこら辺の魔物とは一線を画するであろう魔物たちが倒れていた。

 

 女性の佇まいは自然体で気品があり、このような場に似つかわしく見えない。しかし黒い巨体の魔物は、明らかに怯(おび)えを隠すように、全身に力を入れ威嚇している様子だった。

 

 と、魔物が大きなハンマーを振り下ろしながら女性に詰め寄った。

 

 ―― 早い!

 

 だがハンマーは、女性の体を避けるかの様に空を切った。

 黒い巨体の魔物は、そのまま崩れ落ちてしまった。

 

 ―― なっ、なにが起こったのだ?

 

 状況を掴みきれないランスロットは、とりあえず警戒しながら女性のもとへ歩みを進めた。

 

 

 △△

 

 

 破壊した扉の先は、奥行のない闇だった。

 彼女は、ベッドの上で眠るセナドゥースにチラッと目を向けると、闇の中へ1歩を踏み出した。

 

 刹那、視界が一気に広がり、冷たい風とともに生臭さが鼻をついた。足元に黒いドレスを着た女の子が、うつ伏せで倒れているのに気がついた。

 

 震える手で、優しく繊細に、ゆっくりと仰向けにしながら腕の中に招き入れると、彼女は目を見張った。

 間違いない。思い描いていた通りの成長した姿だった。

 ―― っ!

 濁流のように溢れ出る高揚感に蓋をした彼女は、即座に女の子の状態を分析。

 ―― 急激な魔力の消失じゃな

 分析の結果、女の子の状態は急性魔力欠乏症と判明。

 

 ―― 扉を破壊した今、休んでおれば魔力も回復するじゃろうが……まずは

 

 彼女は小さな唇に自分の唇を重ね、マイナスをプラスにするだけの魔力を返すと「苦労かけたのう、よく頑張った。桜……ありがとう」と頭を撫でながら、感謝を口にした。

 

 あの日、もう2度と抱きしめる事は叶わないと覚悟した。しかし箪笥の中で娘を感じた、セナドゥースと奇跡に感謝した。その反面、大きな重荷を背負わせている事も感じていた。

 

 だからこそ、

 もう一度この胸で抱きしめるために、

 この一言を伝えるためだけに、頑張ってきた。

 ―― ありがとう

 

 娘を抱きしめ、その顔を確認した。

 目元は、自分に似て気が強そうである。

 口元は、司に似て優しそうである。

 チュッ

 少し苦しそうな顔が安らかになって、ゆっくりとまぶたが開いた。

 

 追加で、少し魔力を返したのだ。

 急性魔力欠乏症の場合、魔菌が活発になるため、ゆっくり回復しないと逆に危険なのだ

 

「だ、れ、ぢゃ……?」

「まだ無理をするでない。さあ目を瞑るのじゃ」

「!? うん……」

 

 たったそれだけ(・・・・・・・)。

 たったそれだけの言葉を交わしただけで、彼女の中に説明のできない幸福感と高揚感が駆け巡った。

 ようやくだ! やっと、娘の声が聞けたのだ。

 それも、自分の腕の中で。

 天使の様な、否、そんなもの比べものにならない程の寝顔を見ながら思う。

 

 桜は桜で、彼女の声を聞いた瞬間。今まで味わった事のない溢れんばかりの愛と安心感を感じて、ゆっくりとまぶたを閉じていった。

 

 そんな母娘(おやこ)の姿を、唖然として見続けていたゴブリン将軍たち。

 先程、桜が放った攻撃のショックから抜け切れていなかったのだ。

 

 だが、ふつふつと体の奥底から、正確には魔石から

 唯を見た瞬間、体の奥底から沸き上がる何か。

 これは魔物の本能である。

 

 実は魔王(・・)と呼ばれる存在は、世界に多い。

 カラクリとして、ダンジョンに眠る叡智(えいち)の玉を手にした魔物は、魔王と呼ばれる存在に進化するからである。

 当然、進化を選ばず玉を手にする事もできるが、ほとんどの魔物は進化を選ぶだろう。

 その際、ダンジョンの成長は止まるが、死ぬわけではない。

 

 進化した魔物は、そのダンジョンの支配者。つまりダンジョン主(ラスボス)になる。

(正確には、進化しなくても叡知の玉が置いてある部屋に入れれば支配者になれる)

 

 支配者になると、ダンジョン内の配置転換、発生させる魔物の種類など好きに変更できるが、詳しい事は謎のままである。

 そしてダンジョン主(ぬし)を倒すと、魔石と融合した叡智(えいち)の玉(嵐賜珠や炎賜球)などが手に入る事もある

 

 

 話を戻すと、彼女は魔王の中の特別な魔王、『真魔王』である。真魔王とは、叡智の玉の数だけ誕生できうる魔王と違い、前任者を倒した者が受け継ぐシステムのため、それ相応に実力も高い。

 しかし、そんな真魔王にも面倒な悩みがあった。行く場所、行く場所で、必ず魔物に襲れるのだ。

 

 彼女は普段、ステータス改造の恩恵で、表の職業を主婦に変えて面倒事を避けていたが、扉を破壊するため本来のスペックである『真魔王』に戻していたのが仇(あだ)になった。

 

 つまり魔物には、本能的に『真魔王』を奪おうとする性質があるのだ。

 

 だが、流石である。彼女はあっという間に主婦へ戻した。

 真魔王から主婦へ変更すると、約1割までステータスが落ちてしまうが、それでもゼラレッドを軽くあしらえるほど実力は高い。その秘密は、熟練度である。

 

 △△

 

 一瞬、自我を失いかけたゴブリン将軍たちは、改めて唯と対峙(たいじ)していた。圧倒的な力を振るった桜が、なぜ倒れてしまったのか? 彼らには不明である。だが、このチャンスを逃すほどお人好しではない。

 

 目の前にいる彼女からは、何の脅威も感じなかった。何時どこから現れた? などと思考に時間を割くよりも、桜が目を覚ます前に事を終わらせるべき、と判断したゴブリン将軍は命令を下した。

 

「ゴブリンナイト、今のうちに始末だ」

 

 ゴブリンナイトたちも、実力ナンバーワンの仲間を殺した桜を危険視していた。一斉に武器を掲げると、彼女の腕の中で眠る娘を狙い、横並びで走り出した。

 

 彼女は娘の寝顔を堪能すると、足元に揺りかごの様なモノを魔力で作り、その中に寝かせた。

 そして振り向くと、お互いの中間距離まで到達していたゴブリンナイトに向かって、地を蹴った。

 

 たった1歩で肉薄した彼女は、勢いのまま手刀を振るう。その一撃で、中心3体の首が落ちた。そのまま体をひねりながら、両側6体の首もはねて着地した。

 

「な、何だおまえは……」

 

 コブリン将軍は、完全に臆していた。ゴブリンナイト1体に負けることはないが、9体全員と戦闘になれば、ゴブリン将軍でも無事とは言えないからだ。

 

 だが、将軍と呼ばれるナンバー3の地位にいる者である。このままおめおめと引き下がる事はできない

 

「ボブとメイジは、魔法で援護射撃しろ。俺が突っ込む」

 

「うおー」と力を溜め始めたゴブリン将軍。それに合わせ、詠唱を始めたボブゴブリンと杖を構えたメイジゴブリンたち。しかし、魔法が放たれる事はなかった。

 

 彼女が、指鉄砲を摸(も)した指先から放った風魔法(ウィンドニードル)で、ゴブリン将軍を残した全てのゴブリンの頭を吹き飛ばしたのだ

 人差し指に「ふう」と息を吹きかけると「来い」と端的に要件だけ伝えた。

 

 彼女は、漆黒の魔物に比べて弱すぎる。と落胆していた。なので、さっさと終わらせて、娘の寝顔を堪能しに戻ると決めたのだ。

 

「よくも!」

 

 背水の陣なのか、ゴブリン将軍は臆す心を隠すように全身から殺気を飛ばした。しかし彼女は、その殺気をそよ風の様に受けて感心していた

 

「ふむ。少しはマシになったか。ならば、弱体化(デチューン)」―― さらに0.1まで身体能力を落とした。

 

 ―― これで、こやつの3割程度か……まあ、これぐらいのハンデがないと、練習にもならんのう

 

 ゴブリン将軍は、ハンマーを振り上げて距離を詰めると一気に振り下ろした。

 

「死ね!」

 

 彼女は、ハンマーを上段受けすると見せかけ、そのまま力の流れを外に逃がした。

 ゴブリン将軍にしてみれば、攻撃を外したというよりも、武器が勝手に外れて振り回された形になった。

 

 空振りするより質(たち)が悪い。当然、体は崩れスキだらけ、彼女の目論み通りである。そのまま魔石ごと手刀で貫くと「ゴブッ」とゴブリン将軍は崩れ落ちた。

 

 するとそこへ、前から存在に気づいていた見慣れぬ青髪の女性が、警戒しながら近づいてきた。その女性は娘に気づくと「桜!」と言いながら駆け足に変わった。

 

 ―― ふむ

 

 彼女は、スッと娘を隠すように割って入った。娘の事を心配している。つまり、知り合いなのは顔を見れば一目で分かった。だが、流石に桜の母親である。簡単に近づかせる気は毛頭なかった。

 

「何者じゃ?」

 

 深紅の眼力で問うと、女性は困惑の色を見せたが、すぐに口を開いた。

 

「私はランスロット。そこで眠っている桜の仲間だ。貴殿が助けてくれたのだろうが申し訳ない。先に仲間の容体を見せてもらえないだろうか?」

 

 彼女は、値踏みするようにランスロットを下から注意深く観察すると、視線はある1カ所で鋭くなった。

 

「胸の贅肉が気に入らん。小さく削ぎ落としてくれば、寝顔を見させてやっても構わん」

「えっ? ……そ、削げと言われても困るのだが……それに寝顔ではなく容体を……」

「ふむ……張り倒されたいようじゃのう」

 

 彼女の言い様は滅茶苦茶である。だが、触る事は許されなかったが、近くに寄る事は許されたのだった。

 

「とりあえず、場所を変えませんか?」

「ならん。目が覚めるまで無理は禁物じゃ」

 

 ランスロットの提案は一蹴されてしまった。

 桜の事を思っての考えだと理解していたが、寝顔を堪能している彼女に話しかけても『邪魔じゃ』のひと言である。

 なのでランスロットは、一応断りを得てから魔物の処分に没頭し始めたのだった。

 

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