「桜ちゃん、唯。できましたよ」
地図帳を見ていた陽二の耳に、アスモデウスの声が聞こえた。
豊の作った料理など、初めからなかったのだ。結局ランスロット以外、誰も見向きもしないどころか、存在すら認めていなかった。桜たちにしてみれば、どこの誰が作ったのか分らない料理である。おいそれと口に入れるほど短慮ではないのだ。
「陽二くんもどうですか? おいしいですよ」
「はい、ありがとうございます」
陽二は地図帳を収納スペースへ投げ入れると、起こすつもりで、隣で眠っているランスロットに目を向けた。彼女の寝息によって、見事な山脈が微妙に揺れている。
「……」
彼は伝説の忍者だ。音もなく近づき、気づいたその時には姿なし! ピンッと軽く乳首を弾いた。
「うっ、ううん……」
―― 感度は上々の様だな。流石は
直立不動の姿で眠っているランスロットを見ていると、なぜか笑えが込み上げてきてイタズラしてみたくなったのだ。決して触ってみたいとか、先っちょだけならセーフとか、
これは黄金指の試し打ち、次への練習なのだ。
頭の中で言い訳がましく
△△
「しかし、時を止める能力は厄介じゃ。正直、何が起こったのか分からんのじゃ……」モグモグ
「理想は、能力を使われる前に倒すか拘束ですね」モグモグ
「時間を操る魔法。迷惑ぢゃのう……」ムグムグ
「何か、能力を使われても対処できる方法があれば良いのじゃが」パクリ
陽二が近づくと、肉と野菜を交互に差してある串を片手に、豊の対策を話しあっていた。陽二としては、納得したがまだしこりが残っているような状態である。まだちょっと受け入れ
この御三方は、やる気だ!
「やっぱり、完全に敵対関係なんですね……」
と言いながら輪の中に入ろうとすると、誰よりも早く唯が噛みついた。
「あたり前じゃ。そもそも口火を切ったのは、奴の方。それ相応の落とし前が必要じゃろう。それに、司の事を根掘り葉掘り聞かねばならぬ」
「そうですね。司くんの事もありますが、聖霊を
「ママに手を出した豊は、死刑ぢゃ。あんな奴にサインを書いてやるんぢゃなかったわ」
―― そう言うけどさ。確かにちょっと変わった面はあったけどさぁ。俺には、そんな悪事を企む様な感じには見えなかったんだよなぁ……
何はともあれ。いつの間にか話は、豊の能力から、ただの悪口へと変わっていたのだ。
△△
さて、宴もたけなわ。ここで陽二は、唯に仕掛けようと画策していた。実験である。唯が、彼の命令に服従するのかの。
まずは軽いジャブからだ。もし大っぴらに仕掛けて桜に気づかれでもしたら……
なので、この案件。用心に用心を重ねて、慎重を新調してもおかしくないと彼は考えた。いや、新調せずに重ねろよ……
それから数十分後。
唯は、500年も閉じ込められていたので、世間の事情に
流石は魔王。と言ったところか、情報収集を
―― そろそろ仕掛けてみるか
機を伺っていた陽二は、行動に出た。
「唯姉様!」
「んっ? なんじゃ?」
「そこの、調味料を取っていただけませんか?」
まずは『お願い』だ。唯は、近くに置いてある調味料に目をくれた。
「ふむ。モブのくせに、この妾を使うのか? 自分で……まあ良い」
唯が調味料を投げ渡そうとした。だがその前に陽二は、すかさず肉の付いた串を差し出した。
「ついでなので、唯姉様の加減で振りかけてもらっても良いですか?」
「なぜ妾が連れ添いみたいな真似を―― まあ良い、こんなものか?」
唯は少し怒った困惑する表情を見せたが、ふりかけた後は満足した様な表情になる
「んんっ?」唯は、奇妙な感覚に陥っていた。
唯は、司やアスモデウスなど親しい人以外の
だが、最初こそ『なぜおぬしの願いを聞かねばならぬ、自分でやれ!』と思っていたが、『陽二の願いを
それだけだったらいいのだが、陽二の言うことを聞いてしまったら、体の奥底から形容しがたい高揚感が生まれた。
「ママどうしたの?」
「……いや、何でもないのじゃ」
―― よし! ジャブは成功したみたいだ。もう少しやってみるか?
「あっ、唯姉様」
「なんじゃ?」
少し言葉のトゲが取れて、優しくなった気がした。
「唯姉さまは呼びにくいです。なので、親しみを込めて『唯さん』って呼んでもいいですか?」
―― むむむ……。頭の中で
―― な、なぜじゃ? 名前を呼ばれるのじゃぞ? 許せる訳なかろう。じゃがなぜじゃ、陽二には許しても良い気がする……
その裏で唯は、『名前で呼ばれたい』と感じた気持ちにふたをして奥底に隠した。
「うむ。呼びにくのであれば仕方なかろう、許す!」
「唯さん、ありがとう」
唯は嬉しくなって照れた。だがコンマ1秒でその気持を隠した。特別。娘と親友の仲間なので、これは特別なのだ。もしこれが、パートナーである司と同じく『呼び捨て』であれば、スキルの強制力に逆らってでも、絶対に許しはしなかっただろう。
その会話を聞いていたアスモデウスは、普段から周囲に『アスモ』と呼ぶように宣言している。なので今のやり取りを、特に気にしていなかった。
逆に桜は、少しだけ
ここでもう少し疑っておけば、少しの間とはいえ、母親が陽二の言いなりになる事はなかっただろう。
まあ、のちの事を考えれば、陽二の思惑は結果的に良い方向へ向かうのだが……
陽二は確かな手応えを感じると、
《□強制収容》
―― 多分これを『■』にすると、部屋の中に収容できるんだな
《□命令服従》
あとの楽しみを想像しながら、命令のチェックを外し項目を閉じた。
△△
陽二は、
「唯さん、質問いいですか?」
「名前で呼ぶ……きょ、許可したのじゃったな。なんじゃ?」
チェックを外したからなのか、最後の『なんじゃ?』はぶっきらぼうで、少しトゲが含まれていた。
―― もう少し確認してみるか?
「あっその前に、コップに水を注いでくれまうっ……」
「モブ如きが、いつまでも調子に乗るでない」
指鉄砲を向けた唯は
「す、済みませんでした」
―― 痛かったけど確認OK。覚えてろよ唯さん、あとから倍返しにしちゃる。
などと口に出してはっきり言えるはずもなく……むふふと妄想を膨らませた。
「ギフトって魔法。あれって、勇者が作ったんですよね?」
「そんなものもあったのお。あれの素案は司じゃが、実際に創ったのは、そこにおるじゃろう」
唯の視線は、アスモデウスを見ていた。
―― ええっ!? てっきりガラスの十代かと思っていたけど……でも勇者の事を知ってて、この人と知り合いって時点でそうか……
驚きの表情で顔を向けた陽二に、アスモデウスは困ったような表情を作った。
「唯っ!……もう、仕方ないですねぇ。そうです陽二くん、ギフトは私が作ったんです」
肯定したが、あまり知られたくなかったようだ。
「アスモさんって、魔法が作れるんですか?」
「ありていに言えば、そうですね。……秘密ですよ?」
そう言ったアスモデウスは、普段見せないおちゃらけたウインクを、バチコーンとして見せた。
それを見た陽二の心臓は、ドッキーン! 一気にレッドゾーンを振り切るものすごい威力だった。
「かしこま! 金庫に入れて墓場まで持っていきます!」
年甲斐もなく見とれてしまった陽二は、おかしなテンションで返答してしまったのだ。
「こほん。私は、母から受け継いだ『魔法創造』を持っています。読んで字の如く、魔法を創るための魔法です」
●魔法創造
魔法を創るにはポイントが必要。
彼女は、スキルと一緒に受け継いだポイントで、魔法を創造。しかし、ポイントを増やす方法は不明である。
魔法を構築するには、綿密な打ち合わせで『細部まで細かく指定』と『その概念を理解』する事で、ポイントの消費を抑える事が可能である。
しかし、予想もしない
例えば、時間を止める魔法を創造したとする。
しかし細かな指定をしないと、魔法を使った瞬間に術者もろとも全てが止まる可能性がある。そして、止まったまま元に戻せない可能性もある。
あるいは空気の流れが止まって、全ての人が窒息死するかもしれない。
などなど、理解の難しい概念ほど理解の及ばない事態が発生する危険性がある。
まあ実際には、桜に箪笥を移すために作ろうとした魔法みたいに、創造には失敗するだろう。しかし失敗すれば、ペナルティーとして多大なポイントを失う結果になる。
「そういう意味もありまして、軽はずみに創造できません」
「確かにそうですね。じゃあ、ギフトは何の目的で作ったんですか?」
「あれはじゃなぁ……」
唯の説明によると、復興支援の為に作った魔法とのこと。
火は、生活に欠かせない火を簡単に
水は、生命・生活に必須。遠出も安心。
風は、乾燥、時間確認。ついでに翻訳も
土は、土壌開発や消毒。分解も任せろ
光は、暗い場所は照明が必要。とってもエコ
闇は、あったら便利! 箪笥がモデルの収納スペース
嘘か本当か、これが素案。
さらに驚くことに『ギフトが使えるなら、基本四属性の魔法も行使は可能』と唯は言った。
これは本来、生物に備わっている力なのだと。
しかし深層心理で『無理だ!』と考えているので、使えないと説明した。
ギフトの補足として、唯は説明を続けた。
全ての生物は、回復量より少ないので気付きにくいが、少しずつ魔力を体外に放出している。その魔力は周囲に漂い、いずれ消える。
つまりギフトは、魔力を使ってないように見えて、実際はその魔力を消費しているのだ。
そして、掛け合わせも可能。
例えば、
可能性は無限大。それが、ギフトなのだ!
「すごいですね!」
「スノームのダンジョンに住む者の中には、多少なりとも理解しておる者もおるが、その考えはとうの昔に廃れておる」
意気消沈したような声で、桜が割り込んできた。復活させようと、何度かゼラニオンの映画で説明したようだ。しかし使える人物が現れず、結局立ち消えたので諦めたのだ。
「スノームってよく話に出るけど、魔王がいる町だよな?」
「そうぢゃ。魔王は、
「嘘つけ!」
「タツヤの事か? アレは妾の下僕じゃ」
「やっぱり
「では、兄で」
唯や言い直した桜はともかく、珍しくアスモデウスまで参戦。
「仮にも魔王に言いたい放題とか……。悪ノリしないで、町と魔王の事を教えてくれ」
「もともとは鉱山の町として栄えておったが、最新技術が生まれる職人の町ぢゃ。町の中心に土のダンジョン、西部に魔王の管理するダンジョンがある。人口500万人ぢゃ」
「500万だと!? それは流石に嘘だろ?」
「数年前のデータぢゃが、間違いない。
「地上部分? それじゃほとんどの人は、ダンジョンに住んでるって事か?」
「そうぢゃ。魔王のダンジョン地下19階までは、冒険者などの育成階になっておるが、その下には亜人と呼ばれていた多種多様な者たちが住んでおる。正直に言うと、正確な人数は妾にも分からん」
「確かにそうですね。今現在正確な人数は、誰も把握できていないと思います。各階の広さは結界路内の面積と同程度の広さですし、生活も独自で閉鎖的な場所も多いので……」
「ものすごく広いんですね」
「この程度の面積のダンジョンは、そう珍しくないですよ」
「そう言えば、この国の名前って何ですか?」
「名前はないですね。王都とかスノームとかで通用しますので……
―― 鳥籠?
「ふむ。言われてみれば、国の名前はないのお。今度、魔王に決めさせればどうぢゃ」
「桜帝国でどうじゃ?」
「ママ、それは流石に恥ずかしい」
桜なら意気揚々と『桜帝国、最高ぢゃー!』と言うと思ったが、意外と恥じらいという物を持っていたらしい
「魔王の事も教えてくれ」
「魔王は魔王ぢゃ」
「甘ちゃんじゃな」
「ステキな人ですよ!」
「もういいです」
―― 逸らされてる? てか、当たり前だけど唯さんも知っているのか。他にも聞きたい事があったような……なんだったっけ?
うーんと唸っていると、視界の中に『時間』で出していた時計の下に、もう1つ時計が現れていた。
ただし数字は、0:00:00で止まっている。
―― これはいったい……?
何げなく、そのままの状態で『時間』を使ってみた。すると下の数字が動き出し、もう1度使うと止まった。さらに使うと、止まった時点からまた動き出す。
―― もしかして、これが次のステップか? 今までは適当に時間を見ながら計っていたが、ストップウォッチで計れる様になったという訳か……正直、役に立つ能力とは言えないけど、この短期間で次のステップに進めたのは大きな進歩だ。
陽二は何度も動かしたり止めたりを繰り返した。そしてリセットと思えば、0に戻せる事も発見した。まんまストップウォッチである。
陽二はこの頃から、気になる事があれば時間を計る癖を身につけた。
食事のあと片付けも済んで現在15時過ぎ。唯と桜は、お互いの距離をまだまだ埋めようと、会話は尽きない。
陽二は、その2人を少し遠目で観察していた。髪の色や瞳もそうだが、何気ない仕草も似ていて、つくづく親子なんだなぁと感じていた。
アスモデウスは桜の指示で、ランスロットを連れて魔法陣で転移した。トパンの地下に居る子供たちを、宿場町に連れていき保護してもらうのだ。当然、寄生虫の確認も怠らない。
アスモデウスは、先に預けた女性が気がかりだったようで、『いやだ、私は行かない。陽二の側に居るんだ』と息巻いて、彼の足にしがみついていたランスロットを、強引にドナドナ。
その際
「うるさい。親子の甘々トークの邪魔じゃ!」
「さっさと行くのぢゃ!」
と言った2人から『ノーパンティ・ノンノンライフ』半月への短縮と、『唯さん』呼びを強かに勝ち取っていた。
ちなみに陽二からも、『帰って来たら即マッサージ』の権利も獲得していった。
「あいつ、意外に交渉上手だな。変なのに目覚めてしまったくさいけど……」
☆☆☆
アスモデウス達が出発した直後、ランスロットの馬鹿騒ぎで目覚めたらしいパトリシアが、起きて座っていた。
「おはよう。眠れた?」
「うんっお兄ちゃん。おはよう」
パトリシアは、起きがけにかけられた言葉に条件反射であいさつを返したものの、視線はすぐに陽二から豊の作った魔法の時計へ。
「時間。あんまり経ってないんだね」
よく見ると、彼女の目の下にはクマがあった。
昨日はほぼ徹夜。眠ったのもベッドではなく地面である。こんな場所で眠ったのは初めてだろうから、疲れは取れていないのだろう。
茶色の丸首長袖シャツと、ポケットがたくさんある膝下までの茶色いズボンも、土が付いて汚れていた。
「まぁ焦っても仕方がないよ。あと8時間くらいか」
死んだと思っていた母親が見つかった。と思ったら息も絶え絶えで駄目かと絶望。そしたら救いの手が差し伸べられた。
上げて落とされてまた上げて、まだ助かるか不明なのだ。磨り減らされた精神も体の疲れも、その小さな体では相当堪えるだろう。
そう考えた陽二は彼女を捕まえると、膝の上に乗せ抱っこの姿勢になって座った。彼女は陽二の胸に顔を押し付けると、体を預けて目を閉じた。
彼女の体は、震えていた。
だが、かける言葉が見つからない陽二は、ただ抱きしめる腕に力を込めることしかできなかった。
数分後、彼女の寝息が聞こえてくると、腕の力をそっと緩めた。その姿を唯と桜が
△△
―― アクアニードル!
陽二は、パトリシアを抱っこしたまま斜め上に魔法を放っては、ストップウォッチで天井に当たるまでを計測していた。
面白い事に魔力の使い方だろうか、それぞれ天井に当たるまで違いがあった。
「陽二」
それを見ていた唯が、声をかけてきた。
陽二を呼ぶ唯の声は、今までになく穏やかな声質だった。先ほどの、パトリシアに対する行動が評価されたのだ。一般モブから仲間モブへと進化した証だろう。
「何ですか?」
「母娘の会話に夢中になりすぎて、セナの事を忘れておった。少し様子を見に行きたいのじゃが、あの部屋への入り方が分からん。どうにかできぬか?」
「部屋に送ればいいですか? 少しは理解できてますから大丈夫です」
『箪笥』は勇者専用スキルなので、唯や桜では使う事はできず、全く理解できていなかったのだ。
「では、準備いいですか?」
「頼むのじゃ」
目を瞑り、管理者項目《唯》の強制収容をON。すると唯の姿が一瞬で消えた。
『入れた。すまぬな』
どんな理屈なのか、ちょっと気持ち悪いが頭の中で声がした。部屋の中と会話ができる訳ではなく、唯の念話か何かなのだろう。目を瞑り部屋の扉を開けると、中に唯の姿を確認できた。
唯にも陽二の姿が見えるのか、中に引っ張られた。と思ったら陽二も部屋の中に移動していた。ちなみに、外の陽二は眠っているように見える。
△△
部屋の広さは約30畳。
高級な家具やベッドが置いてあり、頭上にあるシャンデリアは、淡い光で部屋全体を演出していた。
ベッドの前に、ささやかな胸を包み込むように腕を組んだ深紅の瞳を持つ唯が、何やら悪巧みを考えている様な顔で立っていた。
その視線の先。ベッドの上に、漆黒のドレスを着た10代中盤くらいに見える少女が、胸の上で祈るように手を組んで眠っていた。
少女の漆黒の髪が淡い光に反射して、
―― この少女が聖霊セナドゥースか。綺麗というか美しいというか……手を出したら
その時、部屋のどこからか、声変わり前の少年のような高い声が聞こえてきた。
「初めまして
「お、おう。初めまして」
陽二は、声のする場所を探してキョロキョロと部屋を見回した。
「ふむ、話ができるようになったか。それで? セナに
「そうだねぇ……あくまでボクの主観になるけど、どうやらこの
困惑したような声で言ったセナドゥースは、「取りあえず、契約を結ぼうよ」と言い出した。
「どうして?」
「契約を結ぶと、マスターが眠っている時に、意識をこの部屋に呼ぶ事ができる。あと、ボクの力を借りる事もできるし、その逆もしかり」
「結んだ方がいいの?」
「当然。ボクみたいな女の子と結べるんだよ? そこは喜ぶとこでしょう。むしろ
緊急事態なのもあるが、聖霊と契約を結べるチャンスなどまずあり得ない。それも聖霊側からの誘いである。
「分かったよ。どうすればいい?」
「ボクに触れて魔力を送ってみて、あとはこっちでやるから」
そこへ、静かに聞いていた唯が話の腰を折る。
「のうセナ、司との契約はどうなっておる?」
「残念だけど切れてるよ。だからこそマスターには、契約して欲しい」
セナドゥースの話では、契約が切れている状態だと力が発揮できないらしい。それに、穢れに犯されている現状では、魔力の自己回復も不可能とのこと。
しかし契約すれば、陽二から魔力を得られるのだ。
「職業を変えるまで魔力が吸われていたんだけど、もしかしてその事?」
「それは違うね、この『箪笥』が吸っているんだよ。そして、ボク達にも魔力を供給していた。唯が扉を壊す前は、箪笥に
でも契約すれば、直接ボクに送られる。その方がロスも少ないし、できる事も増えると思うんだ。
それと現段階、マスターとボクの
「なるほど……セナドゥースの信頼。つまり、親密度を上げろって事だね。ギャルゲーっぽいけど、分かり易くていいかな。うんわかった、任せて」
陽二は、ドンと胸を叩いた。
「理解してくれて助かるよ。それじゃあ始めようか」
陽二は、胸の上で組まれているセナドゥースの両手を、自分の手のひらで包み込んだ。
「魔力を送るのって、どうすればいい?」
司の職技玉と同じ要領で……と思ったが、念のため尋ねた。
「それでいいから、そのまま待っててよ。あっ、ボクの顔を見ながら、ボクだけを考えてくれればやり易いかも」
免罪符の発行である。陽二はこれ幸いと、セナドゥースに言われた通り、彼女の顔や体を舐め回すように
作り物みたいに綺麗だが、血の通った美しい顔である。体の下には、艶のあるサラサラだけど深みのある黒髪が広がっていて、その姿はとても神秘的な物に見えた。
身長は140cmくらいだろうか。 肩を露出させた高級感溢れるドレスを身にまとっている。
意識して目を凝らすと、腹部にモヤモヤしたモノが見えた。恐らくこれが、穢れなのだろう。
靴はドレスと同じく、黒色の低いヒール。全く関係ないが、おっぱいは存在を主張できる程度はあった。
Bくらいだろう。変態みたいな言い方になるが、甘酸っぱい果実は収穫の日を待ち望んでいる……
「マスター『ボクの事を考えて』とは言ったけど、エッチなのはちょっと……」
陽二は、セナドゥースがそう言ったのと同時に、
説明は難しいが、体の中に、振り向いたら、隣をみたら―― とにかく、すぐ隣に居る。そんな感覚だ。
「マスターどんな感じがする?」
「んー説明しにくいけど、身近に感じるのは間違いないね。背後霊とか?」
「背後霊……そう感じるなら相性は悪くないね。これからよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
「少しだけプレゼントをあげるね。『時間』を使ってみて」
時間を、つまり時計を表示するように意識していた陽二は、既に『時間』使っていた。なので、ストップウォッチを起動。
―― あれ? なんか変だな……
《17:47:10➡17:47:12》現時刻
《00:00:00➡00:00:06》ストップウォッチ
上下の秒数が、ズレ始めたのだ。
いや違う。下が正常で、現時刻の進むスピードが遅くなっていたのだ。その差、およそ3秒。
「気づいた? その『時間』と『箪笥』って相性がとてもいいみたい。まるで、元々1つのスキルだったみたいにね。それで気付いたんだけど、それって箪笥の中で使える能力っぽい」
「とどのつまり、どういう事?」
「この部屋で3日過ごしても、外では1日しか経過していないってこと」
――なにっ!? まるで、精神と時の部屋じゃないか!
「これはすごい。ありがとう」
「ううん別に。でも、睡眠中はこの部屋に呼ぶ事もあるからね。なるべく一緒にいてよねっ! マスター」
全く動く気配のないセナドゥースを見ていても、退屈な時間になるだけなのでは? つまり、美人は3日で慣れる。
と陽二が考えたのは秘密である。
「契約していると、マスターの考えはバレバレなんだけどね」
そんなセナドゥースの声がした。
「なんだと……隠し事ができねぇ」
「表に出さない練習が必要だね。さあて、次は唯の番だよ?」
陽二に助言したセナドゥースは、成り行きを見守っていた唯に、突然水を向けた。
「妾の番? 何の事じゃ?」
「唯も管理者なんだから、マスターと契約しないとね」
「妾が管理者じゃと?」
「そうだよね? マスター」
『何を馬鹿げたことを』そんな表情を陽二に向けた唯は
「扉には、その部屋の管理者を表す表札があるんですけど、唯さんの表札もありました」
そんな説明を受けた。
何がどうなって管理者になったのか経緯は不明であるが、『魔法創造』に込めた2人の願いが、2人を助けるその過程で、行き場のなかった唯を、管理者にして部屋に保護したのかもしれない。
「妾は契約などせぬ。陽二、管理者から妾を外すのじゃ」
―― まあ、普通ならそう考えるか。でも、まだイタズラもしていないのに逃がしたくないな……
そんな陽二の心のエロスを見抜いたのか、はたまた別の理由があるのか? セナドゥースは悲壮感を装いながら唯に告げた。
「残念だけど、一度でも管理者になったら、死ぬまでそのままだよ? 」当然、嘘である。
「な、なんじゃと……」
その呆然とする唯に、セナドゥースは管理者の心構えではないが色々と説明を始めた。
その中でセナドゥースから出た言葉
「司っちに箪笥が戻るまでの我慢だよ!」
それを聞いた陽二は、自分の評価の低さに精神的ダメージを受けていた
「俺の扱い酷い。これで親密度を上げろとか無理ゲーだろ!」
陽二の独白は、2人に届くことはなかった。
△△
「じゃあ唯。マスターと手を握って」
「仕方ないのお……」
唯が嫌々と手を差し出す。それを見ながら陽二は拗ねていた。
―― 何なのその態度。別に、嫌なら契約しなくてもいいんだけど? 何だよその表情は! あたいはバイ菌ですか? 陽ちんショックで帰りたい。むしろ帰して!!
「早くせい!」
「は、はい!」
陽二の脳裏には、『つなぐ必要ないよね?』と念押しのように宣言された拒否の感情。涙の惨劇・運動会のフォークダンスが放映されていた。
―― 緊張と喜びで、手汗がアレだったけどさあ。なんだよ、こんちくしょう。覚えていろよ。あの時の分もまとめて支払ってもらうぜ?
契約したあとの唯は、彼の毒牙の餌食となってしまうのか? 鼻息荒く目をギラつかせた陽二は、彼女の手を取った。
―― こ、これは!?
陽二は、唯のすべすべとしているのに、しっとりと吸い付いてくるような感触に、柔らかくて温かいしモノに驚愕した。
そして、改めて間近で見る彼女の美しさにも
――
「ぷぷっ!」
そんな陽二の考えが伝わったのだろうか。どこからか空気のもれるような声がした。
―― む? 人の心を勝手に読んじゃ駄目よ?
「マスターダダ漏れ! でも、面白い!」
「そう? 親密度増えた?」
「増えた、増えた!」
ケタケタと、部屋の中に少女の笑い声が響いた。
「作ったような少年の声より、その声の方が可愛いよ」
「えっ? う、うん」
「セナ、黙っておれ。陽二も早くせい」
「すみません!」
とは言え、ここからどうすればいいのか? 陽二にはわからない。早く進めなければ更なる雷が……そんな気持ちでセナドゥースに助けを求める。
「セナでいいよ、愛情を込めて呼ぶこと!」
―― なぜこの場面で?
「じゃあセナ? ここからどうすればいいの?」
ここでセナドゥースは待ってましたと言わんばかりに、イタズラ心を込めて、ウソの契約方法を告げた。
「唯は初めての契約だから、マスターとチューをするんだよ」
契約にも色々あるが、キスが必要などと聞いた事は一度もない。なので、今までのは全部茶番で、騙されていたと確信した唯は、憤慨して手を振りほどくと、横たわるセナドゥースに掴みかかった。
「お、お主は……司とち、ちすをしたのか?」
騙されていたと確信はしている。しかし、念のため確認する案件だと唯は考えたのだろう。
しかしセナドゥースは唯の問いに耳を貸さず、追撃の構えだ。
「先にボクを売ったのは、誰だっけ?」
「はて? なんのことじゃ?」
「なんだったかなぁ? 確か……『触り放題揉み放題じゃ――』って言ったんだよね?」
陽二の思考は、契約者である彼女に筒抜けなのだ。つまり、この部屋に訪れてから、その会話を思い返し劣情した証拠でもあった。
「ど、どうしてそれを!? 違うのじゃセナ。あれはな、こやつに箪笥を押し付けるための策――」
「問答無用だよ唯。マスター、お仕置きターイム!」
実に楽しげにセナドゥースは宣言した。
だが、彼女の言う通りである。結果的に2人を
陽二は管理者項目《唯》を開くと、命令服従にチェックを入れて命令。
「お座り!」
唯は抵抗できないらしく、かわいく女の子座りをした。
それでも鋭い目付きでキッと
陽二は、めっちゃビビった!
―― 怖ええっ!
逃げるように視線を外した陽二は、もう一度管理者項目《唯》を開くと、害を成せないように項目を変更した。
「セナ、本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃちゃとお仕置きしちゃって!」
陽二は腹を決めた!
―― 俺は、鬼教官になるっ!
と決めたものの、正直あとが怖いので本当なら手を出すべきではないのだろう。しかし、
△△
―― まずは
「お手!」
「んっ」
唯は恐ろしい形相で、言われた通りお手をした。
「おかわり!」
「んっ」
睨んだままだが、素直にお手をする。
―― ほう。なかなか従順ではないか!
陽二は、自分が強くなった気になっていた。
―― ちんち……は止めておこう。あかんやつや
「はい。それじゃあ唯にゃん笑顔! 目が怖いですよー? 笑って笑って!」
「だ、誰が唯にゃ……」にぱー
「あははははははっ! 唯にゃん。唯にゃんてぇぇー!」
セナドゥースのツボにハマったのか、まるで腹を抱えて転げ回っているような笑い声。それに文句を言おうとした唯だが『にぱー』と強制的に笑顔が発動! そのにぱーには、屈辱と羞恥が見え隠れしていた。
それを見たセナドゥースは、この世の春かと思うほどの大爆笑!! それが部屋中に響き渡る中、唯の顔は真っ赤であった。
絶対に怒ってる。もう止めた方が良いかも。やらない後悔を選択すべきだった。と感じていると
「ねぇマスター。ボクにも命令させてよ」と言い出した。
『揉み放題』当事者からの頼みである。彼女には当然、その権利があるだろうし場の雰囲気的に断われなかった。そして、自分から目をそらせるかも? そんな打算的な考えが無かったとは言わない。
「あんまり無茶振りしたら駄目だよ?」
「分かってるって。遊びだよ、あ・そ・び」
「じゃあ唯にゃん。次からは、セナの命令を聞くこと」
「嫌じゃぁぁぁ!」
△△
「よしいくよー! それじゃあ唯、土・下・座!」
唯は、女の子座りから正座に移行しようとする足を、必死に掴んで止めていた……だが残念無念! 逆らえなかった。
「ボクに謝って!」
「ご、ごめ、ごめ、んんん」
めちゃくちゃ抵抗した
「ごごごご、めめんめんちゃい」
「しっかりと! ちゃんと謝って!」
「むーーーじゃ!」
唯は土下座のまま両手を自分の口に押し当て、床にものすごい力で押さえ付け、強制力に逆らった。
―― 唯さん凄ぇよ。そこまで謝りたくないなんて、逆に感心する。
それを見た陽二は、自家発電していた事を家族団欒の席で暴露した姉が、頑なに謝ってくれなかったのを思い出した。
行為中の姿を姉に見られた回数は、1度や2度ではない。なぜか姉は、自家発電している時に部屋へ訪れていたのだ。
打率で例えると3割近い。偶然などではなく、観察と研究を怠らない立派なアベレージヒッターだ。
―― 奴はプロか!
陽二は姉に、無性に問い
「もういいよねセナ。終わりにしよう」
「まだまだ、お楽しみはこれからだよ。逆らえなくなるまで、徹底的に
セナドゥースは完全に暴走気味だった。逆らう気持ちが起こらないよう徹底的に追い込む考えも理解できない事もないが、それは諸刃の剣であるし、倫理的に駄目である。
―― 唯さんは間違いなくプロ側。ここで止めないと、俺も終わる
「ちょっとセナ、俺の話を聞いて。俺の国の有名な話だけど、ある男が3両入った財布を拾ったんだ」
「3両って?」
「お金の事だよ。金貨3枚って考えてくれれば良いよ。話を戻すけど『三方一両損』って話があって―――― 結局、落とした男は財布は受け取るけど、中身の3両は礼で全部やるって言いだして『やる』『受け取れない』のケンカが始まったんだ」
「馬鹿じゃないの? 拾って届けたんだから報酬でもらっちゃえばいいのに」
「ここからが名奉行なの―――― 自分の財布から1両取り出したんだ。合わせて4両だ! さあ、どうしたと思う?」
「どうでもいい。唯を屈服させるのに忙しいんだよ」
「本当にいいの? 名奉行のすげーいい話よ? この話で飯3杯はいける」
「じゃあ話して」
「―――― て事で、財布の持ち主と拾い主に2両ずつ渡したんだ。―――― それで結局、全員が1両損して大団円! すごいでしょう?」
「それで? この状況と何か関係があるの?」
「つまり、少しマイナスなくらいで許しておけば、全員が丸くおさまるって話だよ。だからもう止めよう?」
「財布を落とした男は間抜けで1両損。財布を拾った男も届けたばっかりに1両損。そして名奉行も1両の損。でもそれって、拾った男は2両得してるよね? 見方を変えれば、財布を落とした人もゼロから2両と財布が戻ってきるし、結果得してるよね? 損したのって名奉行だけじゃない?」
「違うでしょうよ。名奉行にケチ付けないで!」
「でも、今の話を聞いて分かったことはあるよ。拾ったら届けずに3両もらって、財布も売り飛ばせばいいんだよ。だから唯にも徹底的に仕返しして、売り飛ばせばいいんだね!」
「全然違うから。俺の例えチョイスが悪すぎた。今の話は忘れて。違う話を用意するから」
「いや!」
セナドゥースは、まだまだやり足りないようだ。だが、唯も悪かったとはいえ、これ以上は正当防衛の範疇外である。
陽二は、強制力を失くすため管理者項目《唯》を開こうとしたが……
―― あれ? 管理者項目《唯》にアクセスできない……
陽二は、首筋に鎌を当てられている感覚に襲われた。
恐怖を感じて唯を見みると、セナドゥースからの命令に耐えているのか、手でふさいだ口を床に押し付けた姿勢のまま、体全体が小刻みに震えて……いる?
違った。
唯はゆっくりと顔を上げた。
口が、大きな三日月のように笑っているのが見えた
万策尽きた。手遅れである。大魔神唯さまは、お怒りになっておられるのだ。
唯が何かしたのは明白であった。管理者を強制する力を何らかの方法で破ってみせたのだ。
それは、管理者項目が通用しなくなった事を意味していた。