※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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目指せ結界路

 

 洞窟の入り口で、外の様子を調べていると暗くなってきた。

 危険と判断したハヅキの意見で、明るくなってから出発する事になり、安全を確保するため少し奥まで戻って夜を明かすことになった。

 

 パトリックが新たに獲得した城の壁(キャッスルウォール)で、天井まで届く壁を出して安全に休める場所を作った。

 広さは40畳くらいあり、全員が足を伸ばして寛いでも余裕がある。ナーガの鱗皮(りんぴ)を、掛け布団代わりに全員へ配ってあるので、寒さにもそれなりに対応できる。

 そして、本格的な暖と食事を取るため火を起こした。酸欠対策も施してあるので、例え一晩中燃やしっぱなしだったとしても大丈夫だろう。

 

 火を囲みながら、収納スペースに入れていた塩で味付けした蛇の魔物を食べた。ハヅキの持っていたスパイシーな調味料も好評だった。

 

 女性も子どもも疲れていたのだろう。食事を終えると直ぐに寝入ってしまった。

 なのでパトリックは、ハヅキとライブスを連れて外に出ると、見張りを兼ねながら話をしていた。

 

 !? ハヅキは、小さな声で驚いていた。

 

「勇者!? おまえがか?」

「訳あって譲り受けたのだが、一応勇者だ……」

 

 話の流れでハヅキにバレたのだ。最後の『勇者』が小さな声になってしまったのは、負い目からであろうか。あの時、たまたま陽二の近くに居たのがパトリックで、勇者を譲り受ける事ができたのは、間違いなく成り行きだったのだ。

 

 とは言え、話の目的は『獲得したスキルの検証』だ。それは北へ向かうと決めた判断を、より正解に導く事に繋がるはずなのだ。ハヅキはすぐに頭を切り替えると、元々の話題に修正したのだ。

 

 ⚫城の盾(キャッスルシールド)

 指定した対象を、透明な壁が覆って守る。

 物理・魔法防御力が上昇し、状態異常にも強くなる

(パトリックが意識して発生させる。生物、無機物関係なし)

 

 試しに剣で攻撃するも見えない壁に阻まれた。とにかく頑丈で、人の力で突破するのは難しそうであった。

 魔法を試すと、ライブスの土塊の攻撃(アースボール)は吸収された。しかしハヅキの昇斬波では、2発受けると破壊された。

 

「この技は、風魔法と物理攻撃になるのだ」

 と、ハヅキから説明を受け、城の盾は土属性になり風属性に弱い事が分かった。

 しかし、その攻撃を2発も耐えられるのだ。耐久力は相当高いだろう。

 

 ⚫城の壁(キャッスルウォール)

 任意の壁を自在に出せる。城の盾より耐久力が高い

 

 地面が伸び出てくるように出現し、空中に塊を出して組み合わせることもできる。また、この壁には外側と内側が存在し、内側から外側が透けてみえる。さらに内側からの攻撃は、通過する性質を持つが、人は通過できない。

『城の盾』の強化版

 

 ⚫壁落(シューティングスター)

 城の壁を飛ばす技で、工夫次第で強力な攻撃になる。

 

「ライブス、この城の壁はとても利便性が高いな」

「有効な活用方法が他にもありそうですね。王都へ戻ったらもっと詳しく検証しましょう」

 

 両方とも強力なスキルだとパトリックは実感していた。しかし最も大きな発見は、この2つの勇者スキル、どれだけ使ってもMPが減らない(・・・・・・・)と言う事であった。

 無限に発動できるなど、まさに夢のようなチートである。その代わり、城の盾は同時に5カ所まで。

 壁落は一部分だけを飛ばすことができず、発生している城の壁の全てが飛んでいってしまう仕様だった。

 

 

 △△

 

 

 翌朝、パトリックは出口の近くでハヅキの案、森を北に抜け結界路に向かう脱出ルートの説明を行うと、洞窟の出口から『城の壁』で囲った通路を作った。

 幅1m、左右の壁の高さは5mもあり、上からの進入を防ぐ天井もある。

 それを、北に向かって50m作った。

 

 なぜ50mかと言うと、『城の壁』を作り出せる有効範囲がその距離だったのだ。当然ながら50m先は行き止まりにしてあり、そこまでたどり着いたら歩いてきた通路を解除して、新たな通路を作る。

 あとは結界路までそれを繰り返す事で、女性たちを安全にナビゲートするのだ。

 

 念のため、魔物を発見したら静かに様子を見る。『城の壁』で囲まれた内部は魔物には見えない。しかし、他の方法で補足される可能性もあるため、彼らに慎重を怠る道理はない。

 

 ほとんどの魔物たちは、森の中に突然現れた『城の壁』を特にきにする様子を見せなかったが、勘が鋭いのか壁に近づき気配を探ろうとする魔物も当然いた。

 危険と判断した魔物は、内側からの虚をつく攻撃で速やかに対処した。

 

 内側からその姿を見ると、まるで動物園のようである。しかしその姿は、愛嬌などひと欠片もないとても恐ろしい魔物であった。

 超至近距離に迫る魔物。

 例え大丈夫だと理解していても、その恐怖はどれ程のものになるのか想像に難くない。頑張って声を押し殺し、静かにしていた女性や子ども達には称賛を送ってもいい。と、パトリックは感心していた。

 

 その後も問題なく順調に進み、危険な森を抜けると草原に入った。草原は高さ2m以上の草が生い茂り、想像していたのとは違って視界が非常に悪かった。

 その光景は、草原と表現するよりも細い竹林に近く、まるで壁のようであった。

 

 この草原には、体長30cm程のメッサーバッタと言う人に全く害のない魔物が生息している。他の魔物に捕食される食物連鎖最下層側の魔物だ。

 見た目は、王都近くで見られる細長くて緑色のオウトバッタに似ており、そのまま大きくした感じだ。しかし、脚が異常に太く発達している点と翅(はね)がない違いがある。

 

 そのメッサーバッタを主食にしている草原の覇者が居る。その名はトウロウ。三角の頭をしているカマキリのような魔物だ。

 

 体長は1m前後で細長く、両角にある大きな眼は視野が広い。両腕にあるノコギリのような伸縮自在の大鎌で獲物をガッチリと捕まえ、口にある鋭い大顎(あご)で骨まで食らう。

 

 体の色は決まっておらず周囲の風景と同化する能力で、獲物が自身のテリトリーに入るまでひたすら気配を消して待つ辛抱強さを持っている。

 また、獲物を捕まえるとその瞬間から捕食を始め、例え脚を千切られようが腹を引き裂かれようが、それこそ頭だけになったとしても食べ続けるのが、誕生した瞬間から食に生きるトウロウの特色である。

 

「待ってくれ、少し素材を調達する」

 

 草原の中に作った城の壁の通路を進んでいると、ハヅキが突然そう言って立ち止まった。パトリックがその視線を追って目を凝らすと、草の影でメッサーバッタを捕食しているトウロウがいた。

 

 トウロウの大鎌は加工も容易で、魔物に通用する武器の素材にもなるが、彼女の狙いは大顎だった。

 大顎は大鎌すらも噛(か)み砕き、加工には高熱を要する難易度の高い素材だが、実はそのままでも砥石(といし)として重宝するのだ。

 

 ―― この大鎌を使って武器を作れば……魔鉄不足を補えるのではないか?

 

 パトリックがそのような事を考えている間に、兵士の亡骸を地面に寝かせたハヅキは、風の刃を飛ばしトウロウの頭を落とした。

 ハヅキは、紐(ひも)の付いた矢で頭を引いてたぐり寄せる。内側からなら、外側の物を『城の壁』の中に引き入れる事ができるのだ。

 

 壁の近くまで引き寄せると、今だにトウロウの大顎は、食事をしているつもりなのか、カチカチと動いていた。考えられないが、まだ生きているのだ。

 なので、壁の中に引き入れることはできない。

 それに気づいたハヅキは、脳天に矢を放つと止めを刺した。動かなくなった頭を引き寄せると、すぐに解体し大顎を取り外した。

 

「頭だけになっても生きているとは……恐ろしい魔物だな」

 

 そんなパトリックの呟きを聞いたハヅキは、矢を回収して大顎を自分の腰巾着の中に仕舞うと口を開いた。

 

「メッサーバッタは間違いなく魔物だが、トウロウは昆虫だ」

 

 彼女はそう言うと、頭を落としたトウロウの体と捕食されていたメッサーバッタを壁の中に引き寄せた

 

「見ていろ」

 

 ハヅキはそう呟くと、取り出したナイフでトウロウを器用に解体。可食部とそうでない部位に分けると、食べられない部位を細かくバラして何処にも骨や魔石が無いことを、つまり、魔物ではなく昆虫であることを説明した。

 

「ハヅキ殿、そちらの部位にあるのではないですか?」

 

 ライブスは、可食部を指差してハヅキに尋ねた。

 

「そう言うと思ってな、幸いここは動かなければ安全地帯だ。食べて確かめてみるか?」

「食べるー!」

 

 空腹だったのか、ハヅキの言葉に喜んだのは子ども達。なので、遅い朝ご飯にする事になった。

 

「パトリック様。2度とこの様な場所で食事などできないでしょうね」

「そうだなライブス。……結界路の外、それもこんな魔物に囲まれた状況で、呑気に食事をする事になるなどと……王都に居た頃は想像すらしなかったな。ハヅキ殿は、本当に色々と逞しく勉強になるぞ。それに彼女が居なければ、あの時ゴブリンに殺されて全滅していたかもしれない」

 

 そんな話を感慨深く2人で話していると

 

「おまえの『城の壁』も素晴らしいと思うぞ? これがなければ、森の中で子どもを連れて歩くなど……それに、この草原で食事を摂るなんて私でも考えつかない。

 最初は、風の剣で草を切り開いて進もうと思っていたのだが、トウロウの生命力を見ただろう? 切り開いた先にトウロウが居たら無事では済まなかっただろう……運良く、風の剣でトウロウを斬り裂いていたとしてもだ」

 

 確かにハヅキの言う通りだ。

 頭だけになっても生きているトウロウの生命力を考えると、誰かが噛(か)まれて大怪我を負っていた可能性もあった。一番厄介なのは、草と見分けがつかない所であろう。

 しかし、彼の『城の壁』で作った通路であれば、草原の中でも安心して移動ができるのだ。

 

 △△

 

 こんがり焼けたメッサーバッタの脚肉を、パトリックへ渡したハヅキは口を開いた。

 

「そう言えば、勇者と聞いて忘れていたが、頼みがある」

「こ、これはうまい! あっ、すまない。ハヅキ殿には恩がある。何でも言って欲しい」

「勇者、それも王宮騎士ならば王に伝(つて)があると思うのだが、確実に伝えて欲しい事がある」

「それなら大丈夫です。パトリック様は王子ですから」

「えっ?」

 

 ハヅキは、彼に指を差して口をパクパクして驚いていた。通訳すると『コレがアレで勇者で王子?』だそうだ

 

 △△

 

「パトリック様申し訳ない。数々の非礼をわびよう」

「様付けは止めてほしい。ハヅキ殿は、私たちの恩人。気安くリックと呼んでもらえると嬉しい」

「そうか、ならば私も呼び捨てで頼む」

 

「ライブスもリックで構わないのだが?」

「私は遠慮しておきます」

「ライブスだけは、首を縦に振ってくれないな」

 

 食事も終わり、どうせなら先へ進みながら話そうとハヅキが言うので、彼はそれに同意した。

 

「それで話とは? 確実に、王へ伝えると約束しよう」

「そうだな、どこから話せば良いのか……昨日のゴブリンを覚えているだろう?」

 

 この森には昨日の様なゴブリンの巣が無数にあり、ハヅキはその巣を1つ1つ探し可能な限り潰していた。目的は、ゴブリンに攫(さら)われた母親を探していたのだ。

 

 母親は何故か大切に扱われており、何処かに囚われている事が判明しているのだが、その過程で、とある情報を入手した。

 ゴブリンたちは、サラデインを襲撃して町の結界路を破壊する計画を練っており、それが今、進行中なのだと言う。

 

 それを聞いたライブスは、顎(あご)に手を当て考えてから口を開いた。

「襲うも何も、王都周辺の各町も結界路で守られています。侵入などできないと思いますが……」

 

「コブリンは、人を操る寄生虫を見つけた。その寄生虫は、結界路でも殺すことはできない。その操った人達と人族との間に生まれた、魔石が形成されていないゴブリンたちで、町を守る『結界発生装置』を破壊するつもりなのだ。それだけではない。ゴブリン達は、結界路を越える術(すべ)を持っている」

 

「まさか!? それは本当なのですか?」

「本当だ。越えられるゴブリンの大きさは限定されるらしいが……それに『トパン』と言う村を知っているか?」

「ええ、知っています。5年前、事件があった村です」

 

「私は場所が分からず未確認なのだが、得た情報だと、トパンには特殊なゴブリンが多数住んでいて、サラデインへ攻める準備をしているらしく、寄生虫もトパンで飼育されているようだ」

 

「トパンと言えば結界路の中にある村、そこからならサラデインまで結界路を通らずに移動できる――――寄生された者達を使い町の装置を破壊し、外に待機していたゴブリンがなだれ込む―――― その襲撃の時期は分かりますか?」

「なんでも王都周辺の兵士や冒険者が、近々離れる日があるらしく、そのスキを突くと言っていたな」

 

「!? 北の砦撃退作戦か……」

 

 ハヅキとライブスが会話している間、黙って聞いていたパトリックが呟いた。

 

「ライブス。結界路に到着したら女性たちを連れセナドゥースへ向かってくれ。転移門を使って王都に行くのだ。子ども達は王宮で保護、父にはトパンへ向けて兵を要請してくれ」

「分かりました。パトリック様は?」

 

「私はハヅキと野営地に向かい、そのままトパンの調査に向かおうと思う。ハヅキ頼めるか?」

「無論だ、任せておけ」

 

 パトリックは、女性や子ども達にも説明した。

 

「王宮に着いたら好きなことをして遊んでいいぞ」

「本当に?」

「ああ。だから今からちょっと走ろうか。急ぎの用ができてしまったのでな」

「うん。頑張るよ」

「お母様方も、王宮に到着したら王を頼ってください。必ず力になってくれます」

「はい、分かりました」

「じゃあヨーイドンだ!」

 

 『城の壁』で道を作りながら、子どもの速度に合わせて草原を抜けると、荒野の中を走った。

 ハヅキは、近づく魔物を駆除。ライブスは、付いていくのに精一杯だった。

 

 1時間程で、なんとか結界路があるであろう場所が、遠くに確認できる位置まで到着した。子ども達は、身体能力が高いのか元気いっぱいだ。

 

「何とかここまで来れたな」

 

 相当キツかったのか、ライブスだけがゼーゼー言っていた。

 この距離なら歩いてもすぐに到着するだろう。と考えたパトリックは、ライブスの速度に合わせるように、結界路へ到着してからの打ち合わせを始めた。

 

 その数分後だ

 

「リック下がれ!」

 

 突然ハヅキに腕を掴(つか)まれたパトリックとライブスは、後方に引っ張られて尻餅をついた。

 

「ハヅキ、急に何を……」

 

 口走ったその時だった。破裂音がして、パトリックたちは大きな衝撃を感じた。『城の壁』に何かが飛来してきたのだ。

 続けざまに衝突する音と衝撃。するとジュー、ジュボジョボと音を立て何かが当たった壁が溶け出した。

 子どもと女性たちは、恐怖から声を上げてしゃがみ込みガタガタ震えていた。そしてライブスは、引っ張られた拍子に頭でも打ったのか、頭を振っていた。

 

 そんな中ハヅキは冷静に目を凝らして、混乱を招いた正体を目に止めていた。

 距離で言えば500mほど先。

 恐るべき視力で、明らかに大きな魔物を10体確認していた。その魔物の上には、特殊なゴブリンと思われる魔物が数十体確認できた。

 

「これは何だ? 『城の壁』が溶けただと……」

 

『城の壁』の強固さは実験済みで、パトリックは確かな自信を持っていたのだ。それが、いとも簡単に溶かされてしまい少なからず衝撃を受けていた。

「リック、これは約500m先に居る魔物の攻撃だ」

 ハヅキのその言葉を聞いて、さらに驚いた。

 

 ―― その距離で届く攻撃方法があるのか? 上級者の魔法や弓でも、せいぜい100mが限界なのだぞ? 考えられん

 

 ソラマンに設置してある大型兵器なら、命中率は別として300m先に攻撃を届かせる事も可能だろう。しかし魔物の攻撃は、飛距離・精度ともに上の上をいく驚くべきものだった。

 

 そんなパトリックの耳に『あー、あー。テステス、テステス』と、どこか間の抜けた緊張感のない声が聞こえてきた。ここまで聞こえると言うことは、相当大きな声で叫んでいるのか、はたまた魔法の力なのか

 パトリックは、すぐさま警戒レベルを上げた。一旦『城の壁』を解除すると、厚さ1mの『城の壁』をドームのように作成。音が聞こえづらいと言うハヅキの指示で、前方に50cm程の穴も作成した。

 

 ハヅキは、パトリックの隣で魔物を凝視し、耳をかたむけている。その後ろでは、子どもと母親を1カ所に集めたライブスが、土塊の防壁(アースバリアー)を唱えていた。

 

「もう少しだったのに…」

 パトリックが悔しそうに言葉を漏らすが

「リック少し黙っていろ。やつらが何かを言ってる」

 

 その声は、パトリックの耳にも届いた。

 

「おーい、聞こえてるでござるか? このすっとこどっこいが。聞こえていたら返事するでござるよー。って返事されてもこちらには聞こえないでござるなー」

「ござる? すっとこどっこい?」

 

 ゴブリンが叫んだ妙な単語の意味を理解できず、ハヅキが繰り返した。

 

「今からそちらに行くでござる。小鳥さん達はおとなしく待っているでござるよー!」

 

 ござるゴブリンは1番大きな魔物に乗り込み、周囲のゴブリン達もごさるゴブリンが乗った魔物より、ふた回り程小さい魔物に乗り込んだ。

 ごさるゴブリンが乗った魔物を中心にして、前方に魔物が5体守るように並んだ。左右に2体ずつ、後方に1体。

 

 ハヅキは『魔物がこちらに来る』と伝えると、魔物の数を数え始めた。

 

「あれは、ファイヤーイグナス!? 11頭だと……」

 

 前方の大きな魔物は、強力なファイヤーイグナスだった。それが11頭も……その上に、特殊なゴブリンが5体ずつ確認できた。

 その中でも特に大型なのが、ござるゴブリンが乗ってるファイヤーイグナスだ。他の個体よりふた回りも大きく、背には大きな筒を4本のせていた。

 

 敵の戦力はファイヤーイグナスが11頭と、ゴブリンが最低でも50体。そしてその中には、明らかに特殊(・・)なゴブリンが混ざっていた。

 それを確認したハヅキは、顔から血の気が引く思いがした。

 

 そしてパトリックは、ものすごい速さで土埃(つちぼこり)をあげながら近づいてくる魔物が、途轍(とてつ)もなく、避ける事のできない脅威だと悟った。

 

「リック……ござるが、こっちに来るでざるよ……」

 

 ―― ご、ござる? あ、あのハヅキが動揺している!?

 

 パトリックが、そんなハヅキに心配する目を向けていると、猛スピードで土埃を巻き上げ近づいて来る魔物たちが、ハヅキ以外にも目視できる距離までやって来た。

 

「あれは、ファイヤーイグナス!?」

 

 その姿を確認したライブスは、ソラマン近くに現れたファイヤーイグナスを、討伐した時の事を思い返していた。

 

 ―― 前後の動きは素早いが、左右に動くのは余り得意ではなかった。しかし、強靭な体に左右もカバーする尻尾と吐き出される炎酸は脅威だった……

 

 あの時のファイヤーイグナスは、運良く落とし穴の罠に嵌(は)まってくれた。それを王国兵士100人がかりで、膨大な時間と被害を引き換えにしてやっと倒したのだ。ファイヤーイグナスは、そんな強敵なのだ。

 

 △△

 

 50m程手前で魔物たちは一旦停止すると、大型のファイヤーイグナスだけが近づいてきた。その上には、詰め襟の黒い学生服を着た160cm位のゴブリンが乗っていた。彼が、ござるゴブリンのようだ。肌は深緑で目は大きくギョロっとしているが、恐ろしい顔と言うよりも、愛嬌のある顔をしていた。

 

「聞こえるでござるか? 僕の名前はジェームス。このゴブリン隊の頭脳! いや頭脳! まさに頭脳!。すっかすかでみそっカスのゴブリンたちとは、ひと味もふた味も違うでござるよ!

 さて人族の皆様方、聞こえているのなら盛大な拍手と尊敬のまなざしで応えるでござる!」

 

 ジェームスが右手を上げると、待機していたゴブリン達から拍手が聞こえてきた。

 

 パトリック達は呆気(あっけ)にとられていた。

 もっと好戦的で、いきなり攻撃を仕掛けてくるのかと身構えていたので、ジェームスがちょっと何を言っているのか分からなかった。

 

 ジェームスの声が聞こえていたのか、土塊の防壁から覗き見ていた子ども達は、おかしな言動を聞き素直に拍手をしていた。当然ながら尊敬の眼差しなどではなく、困惑に近かったが。

 ハヅキは用心深く彼を注視しているのだが、拍手していた。

 

 ―― 拍手しなければならないのか?

 

 お互いを見合ったパトリックとライブスは、疑問に思いながらも空気を読み拍手する事にした。

 

 そんな彼らの拍手を見たジェームスは、得意げな顔になった。どうやらハヅキの行動を追従した拍手は、波風立てぬ正解だったようだ。

 そんな得意気な顔をする彼よく見ると、ゴブリンとは違い少し人間っぽい顔をしていた。

 

「多少は、強者(つわもの)に対する接し方というものが分かっているでござる。では」

 

 ジェームスは、トントンッと乗っているファイヤーイグナスに合図を送り『城の壁』のすぐ近くまで前進。

 お互いの声が届く距離。それは、攻撃が届く間合いでもあった。

 ファイヤーイグナスを下りたジェームスは、亀の甲羅のような盾と槍を装備したゴブリンナイト2体を引き連れ、『城の壁』にある穴の前までやって来た。

 話しがあるのだろう。そうでなければ、わざわざこんな風に接してきたりはしないはずだ。

 

「さて、人族の皆様方。貴方がたは、ここで何をしているのでござるか?」

 

 ジェームスは追っ手ではなく、パトリック達がゴブリンの巣を壊滅させ、子どもや母親を保護した事を知らないようだ。

 パトリックは、ゴクッと唾を飲み込んだ。ジェームスは、猪突猛進・返答無用の魔物ではないようだ。

 

 ―― ここでの返答が、大きな分かれ道になるな……

 

 一瞬で、そのような考えを持ったパトリックだったが

 

「なぁに。気ままなハイキングだよ」

 

 ハヅキが、誰よりも早くノータイムで、自然に返答して見せた。

 

 ―― ハ、ハヅキ! いくら何でもそれが通用する……

 

「おおっ! ハイキングですか。今日はお日柄もよろしくハイキング日和。レッツハイキングでござるな!」

 

 ―― つ、通じただと!?

 

「そうだ。それでわれわれはもう帰るところなのだが……ジェームス殿だったか? 貴殿は話が分かるゴブリンのようだ、できれば見逃してもらえないだろうか? こちらは子ども連れ故に争う気など毛頭ないのだ」

 

 ハヅキは、警戒を解いて争う意思がない態度を見せた。

 

「なんと素晴らしい! 私たちを魔物と侮蔑(ぶべつ)せず、丁寧に接して敬(うやま)う広い心をお持ちでごさるか!」

 

 そう言ったジェームスは、少し考える仕草を見せると

 

「良いでしょう家に帰るまでがハイキング。ならば、結界路の前までお送りするでござるよ」

「ありがたい申し出だが貴殿も忙しかろう。それに自分の足で歩(あゆ)んでこそのハイキングだ」

「残念でござるよ。送る道中、話でもと思ったのでござるが……」

 

 その言葉を聞いたハヅキは、パトリックに『城の壁』を解除して下がるように告げた。

「ハヅキ……」

「大丈夫だリック。私に任せておけ」

 彼女の自信にしぶしぶ納得したパトリックは、『城の壁』を解除してライブスの隣まで下がった。しかし、瞬時に発動する準備は怠らない。

 

「ほう、こちらを信用してい頂いたでござるか? ますます好感が持てるでござる」

「ひとつ尋ねたい」

 

 ゴブリンナイトが警戒を表すが、彼女は気にせずジェームスの前に歩み出た。パトリックはハラハラ。すぐにでもハヅキの前に『城の盾(キャッスルシールド)』を飛ばせるように手に汗握っていた。

 

「リック、そんなに心配するな。ジェームス殿は、今までのゴブリンとは全く違う。それに、彼らが本気なら私たちは既に死んでいるだろう」

 

 それを聞いたジェームスは、ひとつ頷くとゴブリンナイトを下がらせ口を開いた。

 

「流石、われわれの同士を屠(ほふ)り続けている狩人。肝っ玉が座っているでござるな。見事!」

「やはり知っていたか……。それで、本当の目的は何だ? なぜ私たちがここを通ると知っていた?」

「知っていたも何も本当に偶然。僕たちは、ここで兵器の実験をしていただけでござる。ただ『森の中を奇妙な壁が北に向かって進行中』との報告は受けていたでござるが」

 

 ジェームスは、ポンと手を打つ

 

「そうそう。子どもと苗床(なえどこ)が攫(さら)われたとも言っていたでごさるなぁ。あの子たちでござろう?」

 

 ジェームスは、土塊の防壁を指で差した。

 パトリックの警戒色がはね上がる中、彼女は平坦な声で尋ねた。

 

「目的は、子どもとその母親か?」

「いえいえ、その事に関しては全く興味ないでこざる。僕はただ研究成果を見てもらって、その事を人の町に伝えて欲しいと思っているだけでござる」

「研究成果? 本当にそれだけなのか? こちらに危害は加えないと?」

「少し語弊が、あなたは別でござった。生きたまま捕らえ、将軍に引渡し僕の功績をキングに伝えてもらえば、僕の評価はウナギ登りでござる!!」

「ふむ、確かに貴殿の同士を屠り回った私の価値は高いのだろう。しかし解(げ)せんな、なぜ直接キングに引き渡さない?」

「僕では、キングにお目通りできないのござるよ」

 

 『ふむ……』ハヅキはしばし思案した。

 

「貴殿はなかなか話も分かるし、私以外に危害も加えないと言う。そこは感謝する、だからこそ勿体(もったい)ない。あー勿体ない」

「ぬぬ、何が勿体ないでござるか?」

 

 ―― 食い付いた!

 

「聡明(そうめい)な貴殿なら気付かぬか? 私を将軍に引き渡したとしよう。貴殿ならどうする?」

 

 ジェームスは「僕ならどうする?」と呟(つぶや)きながら腕を組み、その場でクルクル回り始めた。

 

「パトリック様」

「悪い雰囲気ではなさそうだ、ここはハヅキに任せよう」

 

 ハヅキたちのやり取りにやきもきしていたライブスにパトリックが声をかけると、しばらく考えていたジェームスはポンと手を打ち「分かったでごさる!」と声を上げた。

 

 ハヅキはその姿を見て

 ――この生き物は本当に魔物なのか?

 と、どこか人間臭い言動や行動に手応えを感じると

「答を聞こう」

 と、返答を求めた。

 

「ズバリ! 横取りでごさる!」

 

 ハヅキはしてやったり顔だ。大袈裟(おおげさ)に拍手をしてジェームスを褒めたたえた。

 

「お見事。では貴殿ならどうする? 貴殿のような素晴らしい大物、いやゴブリン魔王と呼んでも遜色(そんしょく)ない大きな器を持つ存在なら……羽虫の1匹や2匹、見逃してくれても良いのではないか?」

「ござる、ござるよ。僕もそう思っていたでごさるよ! 見逃す。ゴブリン大魔王の恩赦(おんしゃ)でござるよ!」

 

 ジェームスはおだてに弱かった。ちょろい。ゴブリンならぬチョロリンだった。

 

 その後ろで成り行きを見守っていたジェームスの部下たちは、何も見ていない。聞いていないし話さない。

 これから始まる作戦で得られるであろう褒美に比べれば、ハヅキひとりを見逃す事など些細(ささい)な出来事。ジェームスに付いていけば苗床(なえどこ)だろうが住み家だろうが、欲しい物を好きなだけ選べるのが分かっているのだ。

 

 

 △△

 

 

「安心しろ話はついた。ついでに送ってくれるらしいぞ」

 

 とハヅキに言われ、半信半疑その言葉に従ったパトリックとライブスは唖然と、そして子どもたちは、大はしゃぎするあり得ない体験をしたのだった。

 

 まず体験したひとつが、ジェームスの乗るファイヤーイグナス。キャロラインという名前だが、その背中に招かれた事。

 その背中には、大人が10人軽く座れるベンチと、キャロラインと同程度の長い筒が4本装備されていた。

 初めから目に止まっていた筒で、直径1メートル近くはありそうだ。

 

 キャロラインの乗り心地は、馬車に比べると揺れも少くスピードも速かった。

 はしゃぐ子どもたちを見て気を良くしたジェームスは、少し遠回りをして、ジグザグ走行や軽いジャンプなどで大いに楽しませてくれた。まるで、エンターテイメントの心得を持っているかのようなクルージングであった。

 

 人が魔物の背中に乗って移動するなど、まず、あり得ない経験だろう。

 

 結界路に到着すると、ジェームスは子どもを抱き上げベンチの横にあった溝に投げ入れた。

 あまりの快適さに油断していたパトリックは『なにをする!』と声を荒げ、罠だったのかと後悔した。

 

 しかしその時「キャー!」と、子どもの声が聞こえた。

 悲鳴というよりも喜びの声、歓声に近かった。下を覗き見ると、ピョンピョンと跳ねる元気な姿をした子どもが『もう1回!』と諸手を挙げて叫んでいる。

 

 ―― なるほど……これは降りるための装置だったのか

 

「ジェームス殿、すまなかった」

 

 パトリックは非を認め素直に謝罪した。ジェームスは全く気にしている様子も見せず、子どもたちを投げるというか、優しく溝へエスコートしていた。

 

「うおおっ!?」

 

  子ども達と同じく、キャロラインから滑り降りたパトリックは激しく興奮していた。

 座って下を見ると高さから来る恐怖に、滑っている時のスピード感と、どこにも掴(つか)まれずにされるがまま滑り落ちて行く恐怖感。

 下に到着する頃には頭が下になり、そのまま背中で地面を滑走していた。

 子どもたちは上手に足から降りていたのに……

 鎧を着けていたおかげで、痛くも痒(かゆ)くもなかったが、滑る前からのドキのムネムネが止まらなかった。

 

 ―― これは面白い! 必ず王宮に作らねば!

 

 △△

 

「魔物のじぇーむすさんありがとう。ばいばーい!」

 

 ライブスに引率を任せた子どもと母親が、手を振りながらセナドゥースに向けて出発した。

 徒歩であっても2時間かからず到着できるはずだ。運んできた兵士の遺体、その手配も任せてある。

 

 パトリックには信じられない光景であった。

 ジェームスを筆頭に、ゴブリンたちが出発する子ども達に手を振っていたのだ。

 それを受けて『手がもげるのでは?』と思うほど子どもたちも手を振り大声でお礼を言っていたのだ。

 

 考えてみれば、あの子ども達は人族とゴブリンのハーフなので、彼らにしてもかわいいわが子の様なもの(・・・・・・・・)なのかもしれない

 

 この光景を見てパトリックは、しみじみ思っていた。

 

 ―― こんな風に人と魔物が共存できるのならば、どんなに素晴らしい事だろうか……

 

 子ども達を見送ったパトリックとハヅキは、ジェームスとの約束でここに留(とど)まっていた。

 子ども達を安全に逃がす為の人質云々ではなく、今からジェームスの研究成果を見学し、その感想を聞かせる約束なのだ。また、ありのままを人族の王に、つまり彼の父ダグリオスに伝えてもいいと承諾まで貰っていた。

 何を見せられるのかは分からないが、彼はジェームスの思惑を見抜かねばならないのだ。

 

 

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