※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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スノーム2日目。待ち合わせと陽二の話

 

 

 ゼラニオンの朝は早い。

 朝4時。アスモデウスに起こされた陽二は、ボーっとしたまま、洗濯され綺麗に畳まれている黒ジャージの袖に腕を通した。

 準備を終えるとパンッパンッと頬を叩き、気合いを注入。屋敷の外へ出た。

 

「おはようランス。早いなぁ」

「ああ、おはよう陽二。よく眠れたか?」

「まーな」

「そこの水で、顔を洗うといいぞ」

「うん? ああ、サンキュー」

 

 この屋敷にゼラニオンのメンバーが泊まった時、行われる日課として朝練がある。日々の努力を惜しまない鍛練のひとつだ。

 それを昨晩耳にした陽二も、当然の如く参加する運びとなったのである。

 顔を洗った彼は、ランスロットと一緒に準備運動と柔軟体操で筋肉痛ぎみの体をほぐした。

 

 まずはランニングだ。昨日と同じく、ランスロットの後ろを追いかけるように走る。徐々に体も温まりペースは上がる。昨日と比べると格段に速いペースだ。

 レベルアップの影響なのか、周囲の景色を見られる余裕があった。

 

 桜の所有するこのフロアは、結界路内の面積とほぼ同等の広さをもち、上空には薄暗い空が広がっている。

 あと1時間もすれば、地上と同じく朝日が顔を出し、足元も見やすくなってくるはずだ。

 屋敷に到着する頃にはすっかり明るくなり、上空には透き通るような青い空が広がるだろう。

 

 しかしここは、ダンジョンの中である。

 それなのに、地上と変わりなく朝日に照らされ闇に包まれる。山もあれば谷もある。透明度の高い水が上流から下流へと旅をすれば、それに身を委ねる魚もいる。

 

 常識。これが、魔王のダンジョンでは当たり前なのだ。

 

 山をおりると平坦(へいたん)な道に出た。少し冷たく気持ちのいい風が、前を走るランスロットの頬を優しく撫(な)で、彼女の青いポニーテールを弄(もてあそ)ぶように、ヒラヒラと舞わしていた。

 

「今日は早かったですね」

 

 軽く汗を拭った陽二とランスロットは、アスモデウスの指導で基礎をみっちりと反復練習。

 

 10分間の休憩を挟んだあと、形の練習を開始。

 

 武器を持った状態で、ゆっくりと形の動きをなぞるのだ。

 軸足の裏にしっかりと体重をのせ、地面から少しも浮かないように意識させる。もう片方の足は、初動から地面に着くまでの動きを10秒以上心がける。

 

 ―― 足の裏のイメージは、大地を掴むだ!

 

 これだけでは伝わらないと思うので、動かす移動距離を説明しよう。

 まず、両足をそろえて直立。そのままゆっくり前に倒れると、思わず1歩踏み出して、倒れるのを止めようとするはずだ。

 その踏み出した距離が、自分の基本的な1歩。つまり、形で動く際の歩幅になるのだ。

 

 その歩幅を守りゆっくり形をなぞるのだが、この練習の肝は、軸足の裏の全てを地面から絶対に離さないように心がけるところにある。これは陽二もだが、踵(かかと)が浮いてしまう傾向が多い。

 端から見れば、とても地味で楽に見えるが、踏ん張っている足は悲鳴を上げ、見た目以上にキツイ練習なのだ。

 

 ―― くっそしんどい……

 

 真面目に頑張った証なのだろう。練習後の彼は、特にふくらはぎと武器を支えていた腕筋は、パンパンになっていた。

 

「次は組み手をやります」

 

 アスモデウスは、天使の様な姿とは裏腹にスパルタだ。実はS属性持ちの女王様なのでは? と陽二は疑い始めていた。

 

「陽二くんは、出来るだけ避けるのに専念してください。でも、攻撃できる! と感じたら、ランスちゃんの体に触れてみてください。当然、胸以外でですよ?」

 

 陽二とランスロットが向かい合うと、アスモデウスからそんな指示が出た。要らぬ誤解が含まれていたが、陽二は紳士なので軽く聞き流した。

 

「わかりました!」

「いくぞ、陽二」

 

 ランスロットは、彼がギリギリ避けられる速度を計算して、中段突きだけを繰り出していた。上段突きや蹴りまで混ぜてしまえば、避けるのは困難になる。その配慮だ。

 

 彼は必死に避ける。

 当たり前だが、反撃を狙う余裕は皆無であった。

 

 しかし、最初は拳3つ分だった彼の避け方が、拳ひとつ分と段々縮まってきていた。これは、彼女のスピードに目が慣れたのか、見極めに磨きがかかり少ない労力で避け始めた証拠だ。

 

 ―― ランスちゃん

 ―― わかった

 

 すると、今まで一定のスピードだった彼女の突きが、遅くなったり元のスピードに戻したりと緩急がつきはじめた。

 元のスピードを避けるのには苦労するが、遅いスピードの時は

 

 ―― 攻撃できたかも。今のは、絶対攻撃できた。次こそ。今だ。よしっ触れたぞ!

 

 と段階を経て、到頭ランスロットの体に触れる事ができるようになっていた。

 

 △△

 

「次は、撃ち込みをします」

「撃ち込み?」

 

 この撃ち込みとは、攻撃側と防御側を交互に繰り返し、『魔砲』と防御技術を同時に修練するための練習である。打つではなく、撃つである。

 

 そして『魔砲』とは

 己の力と魔力を一点に集中して攻撃する魔技の根幹をなす基本技だ。その多くは拳で攻撃する場合に使われるが、蹴りでも膝でも問題はない。

 

 また、その力を宿し攻撃力を上げる応用法もある。ランスロットが剣に水魔法を付与しているのも、その一種になる。

 例えば剣に炎魔法を付与すれば、カリンが使っていた炎剣スマイルハートと近しいものになるだろう。

 

「それって魔法剣なのでは? 来たぁぁぁ!」

 

 ―― 男の子ですね。でも陽二くん、似ていますが厳密に言うと違うのですよ?

 

「陽二くん、落ち着いて。まずは防御からです。腹筋に力をしっかり入れて、そこへ魔力を集めて『壁』を作ります」

「はい」

「そこに、ランスちゃんが力だけの軽い魔砲を撃ちます。いつ撃つかはわかりませんので、集中してくださいね」

 

 いつ魔砲が撃たれるのか分からない状況は、集中力を鍛えるのだ。しかしアスモデウスの言葉とは裏腹に、ランスロットが魔砲を撃つ瞬間は、彼にも察知しやすいように仕組まれていた。

 

 腹筋に力を入れ仁王立ちで攻撃に備える陽二の腹に、ランスロットが拳を当てるゼロ距離の状態で構えた。

 

 ―― 集中、集中……来るっ!

 

 ゴスッ!

 ―― ぐえ”っ!?

 

 ランスロットの超絶に手加減された魔砲は、彼の腹筋と『防御の壁』をあっさりと貫き、彼はゴロゴロとのたうち回っていた。

 

 △△

 

「これで終わりにします」

 

 30分間の瞑想を兼ねた騎馬立(きばだ)ち+200本の突きで、朝練は終了した。

 

 彼女らにしてみれば、今朝の朝練は楽な部類に入るだろうが、陽二には超絶ハードモードだった。

 プルプルと足が痙攣(けいれん)して立てなかった彼は、朝食の準備へと向かったアスモデウスを戦慄の目で見送ると、その場にへたり込んだ。

 

「ほれっ陽二。初めてにしては頑張ったな」

「ああ、ありがとう」

 

 ランスロットに渡されたタオルで汗を拭った陽二は、疑問に感じていた事を思い出した。

 

「そういえば組み手のとき、おまえ突きのスピードを遅くしたり元のスピードに戻したりを繰り返していたけど、あれって何か意味があったのか?」

「なるほど、陽二にはそう感じたのか……。アスモの言う通りだった訳か」

「アスモさん? どういう意味だ?」

「アスモの提案だ。実は、突きのスピードは徐々に上がっていたのだ。そして、陽二がある程度避けられるようになってきたらスピードを元に戻し、またスピードを上げる。最後の方はスピードの上限も下限も随分引き上げていたのだぞ?」

 

 例えば、なんとか避けられる突きのスピードを3とし、余裕で避けられるスピードを1としよう。これを(3ー1)で表す。

 これを今回の陽二で説明すると、(3ー1)が(4ー2)へ。(4ー2)が(5ー3)へと、知らず知らずのうちに鍛えられていた。という訳だ。

 

 ―― そうだったのか……ありがたい!

 

 陽二は、自分の実力に合わせ細かな調整をして、能力を引き上げてくれた彼女たちに感謝した。そこで、ふと興味本位から尋ねた。

 

「なあ、本気で突いたらどのくらいのスピードが出るんだ?」

「私も弱体化(デチューン)しているからなぁ。この程度だ」

 シュバッ!

 引き手が体に当たる音と共に、目の前を風が通り抜けた。

 

「す、すげぇなあ。全く見えなかった」

「大した事ではない。陽二も鍛錬を続けていけば、すぐ追い付けるさ。何はともあれ今日は頑張ったな。それっ」

 

 彼に褒められ照れた訳でも嬉しかった訳でもない。ただ何となく、そうしたい衝動に駆られたランスロットは、陽二の顔面に水を飛ばした。

 水も滴る良い男の完成だ。

 

「ちょっ。いきなり何すんだよって……気持ちいいのな!」

「はははそうだろう? ひっ冷たっ!」

 

 イタズラ大成功! そんな素敵な笑みを向けたランスロットへ、陽二はお返しした。良い意味で!

 昨晩の勉強会のおかげで彼は、0℃近くの水(アクア)を使えるようになっていたのだ。また、40℃位までなら調節も可能だ。

 

「食らえ。水(0℃)、水(0℃)!」

「陽二やめろ。冷たい!」

「でも、気持ちいいだろ?」

「確かにな!」

 

 そんな2人のラブコメは間違っていない。……はず。

 

 △△

 

 シャワーを浴びてさっぱりした陽二は、ご飯と味噌汁、焼き魚に卵焼きなど、まさに和食。そんな朝食をご馳走になっていた。

 

 米は、桜が品種改良して作り出した『サクラノヒカリ』

 味噌汁は具沢山で食べ応えもあり、焼き魚は30cm近くの大物で、このフロアの川で獲れた魚だ。

 

 ―― まじであいつ、農家だろ!

 

 米に味噌まで自家製と教えられた彼は、もう何度目になるか分からない疑問を浮かべると、自室の窓から見えた屋敷の前にある田んぼの景色を思い返した。

 ランニングで田んぼの脇を走って帰ってきたので彼も知っているが、田植え前であろう田んぼは相当広いのだ。

 

 卵焼きのベースは、塩・砂糖・醤油(しょう)の3種類。特に拘(こだわ)りないのない彼は、全種類とも美味しく頂いた。

 

 ―― どれもこれも美味すぎる!

 

 最初は、食べられるのか? と思っていた彼だが、随分と食も太くなってきたらしく、ペロリと平らげてしまった。

 ランスロットは、魚の頭から尻尾まで全てを食べていた。こちらでは当たり前の事で、可能な限り一物全体を食すという考え方があり、食べられるように調理されている。

 

 あと片付けは、ランスロットと陽二が担当した。彼は、少しでも役に立ちたいと立候補したのだ。

 

「水分と含まれている微量の魔力は、空気中に出るそうだ」

「へぇ、すごい便利だな」

 

 陽二は、食べ残しや食べられない部位の処理方法に驚いていた。土(イガネオ)で出した土に短時間混ぜておくだけで、細かく分解されるのである。

 

 あと片付けを終わらせた陽二は部屋に戻り、少しラフめのTシャツと黒いズボンに着替えた。なぜか背中にワカメと染めてあったが、気にしたら負けだ。

 陽二が洗った服はヨレヨレのしわしわになっていて、町へ着ていくにはこれが一番まともだったのだ。

 

 エントランスへ下りると、ランスロットが居た。

 彼女は白の半袖ブラウスに、ジーパンみたいなズボン。頭にはキャスケット帽を被っていた。日頃のポニーテールを三つ編みにすると、それを丸めて帽子の中に入れていた。

 うなじが丸見えで非常に艶(つや)めかしく、両方の二の腕部分は、カット構造により肌が見えていた。

 

「おしゃれさんだなぁ、見違えたよ」

 

 一見すると、清潔で知的なお嬢さま風。陽二は、一緒に歩くのが、釣り合っていないような気になってしまった。

 ―― だって、ワカメだぜぇ……

 

「そうかそうか、惚(ほ)れてもいいんだぞ? 陽二も似合っているな」

「おまえの目は節穴か!」

 

 そこに、出かける準備を終えたアスモデウスが現れた。

 彼女の服装は町中でも見慣れている、質素で長スカートタイプのワンピースだった。それでも着ている人物が良いので、ランスロットに負けず輝いて見えた。

 

 ―― メイドとジャージ以外の服装を初めて見たよ。いいね!

 

「昨晩お話しした通り、サラデインへ行ってきますね。夜には桜ちゃんも一緒に戻りますので、今日はランスちゃんと楽しんできてくださいね」

 

 スカートをチョコンと摘まんだアスモデウスは、ニコッと微笑んだ。

 

「分かりました。いってらっしゃい」

「ランスちゃん、陽二くんをお願いしますね」

「任せておけ!」

 

 アスモデウスは頷くと、腕輪の転移で消えてしまった。

 

「サラデインかー。行ってみたいなぁ」

 

 ―― そう言えば、パール達の所へ行く約束もしていたっけ

 

「それはまた今度な。きょ、今日はデートだから桜の近くはだめだ! 絶対、邪魔されるに決まってる」

「デートって、スノームを案内してくれるだけだろう?」

「2人きりで出かけるのを、デートと言うのだ!」

「お、おう。まあ、よろしく頼むよ」

「よし! ではすぐ行くぞ、急げ急げ!」

「落ち着けよ、どうどう」

「連絡するからな! すぐに来るんだぞ?」

 

 ランスロットが転移して約5分。待ってろと言われた陽二のもとへ、通信が入った。

 

 ―― 何でわざわざ待ち合わせする必要があるわけ?

 

「いいぞ陽二。私の所へ来てくれ」

「オッケー。今いくわ」

 

 キャスケット帽を被るランスロットの姿を思い浮かべた陽二は、腕輪の力で転移。瞬時に場面が切り替わった。

 今度は空中ではなく、地に足が着いていたので一安心。

 

 ―― どこだろう、ここ。公園か? 

 

 周囲を見回すと手入れされた緑の芝生が生い茂り、新緑豊かな樹木が3m間隔で均等に植えられていた。

 ずいぶん広い場所で、王都のグラウンドくらいの面積があった。

 

 ―― 展望台か? おおっ!? すげぇ

 

 どこかの高い場所らしく、随所に転落防止用の柵が設置してあった。その先、眼下にはスノームの町並みが広がっていた。

「すっげー」とその風景に感嘆しつつ柵に沿って歩くと、町に降りる階段とスロープを発見した。

 

 ―― ランスはどこだ?

 

 キョロキョロと彼女の姿を探すも見つからず。その代わり、広場の中央に銅像を見つけた

 ―― あれって……

 と興味を持ったので近づいた。

 

 銅像が乗っている土台には『たかひろ あべ』とプレートが付いていた。その他に情報は記載されていないが、この銅像の人物こそが『力の勇者、阿部隆弘』である。

 その裏には『永遠の時が過ぎようとも待ち続けます』と同じ材質のプレートが付けられていた。もう一度銅像の前に戻った彼は、少し離れてから銅像の顔を再確認。

 

 ―― 間違いない。

 

 陽二は確信した。この男を知っているのだ。

 阿部隆弘。陽二と同じくらいの年齢。

 高校卒業と同時にプロ入りし、数々の日本記録を塗り替えた野球選手だ。その後大リーグへ移籍し、あまたの偉業を刻んだ超有名人。

 

 ―― 確か少し前、突然引退を表明して話題になったな。野球一筋で独身だったっけ? ふっふっふ、謎は解けたぜぇ。力の勇者は、間違いなく野球選手の阿部隆弘と同一人物だろ!

 

 両手を胸の前で忙しく動かし、満足げに自身のジェネレートしたアンサーにコンセンサスしていた陽二は、脳内で「○れあるー!」と○おりんのシミュレートをしていた。

 

「よ、陽ちゃん! お待たせ!」

 

 とそこに、ランスロットが現れた。

 

「おい、どこ行ってたんだよ。探すついでに、謎をひとつ解いちまったじゃねーか」

 

 陽二が茶化すように言うと、ランスロットはモジモジしながら彼の唇を閉じるように指を当て、上目遣いで言ったのだ。

 

「もう。そこは『俺もいま来たとこ』でしょ。陽ちゃん!」

 

 ―― 陽ちゃん? 陽ちゃん、陽ちゃん、陽ちゃん? んんっ?

 

「おまえ誰だ、この偽者め! ランスはな、陽ちゃんなどと呼んだりしないんだよ。さっさと正体を表せ! 謎は全て解けてんだよ」

 

 唇に当てられていた指を払いのけると、偽者ランスロットをビシッと指した。

 

「陽二……今日はデートなんだぞ? これがデートの儀式だとアスモも言っていたのに………どうして分かってくれないのだ!」

 

 少し涙ぐみ始めたランスロットが、吐き捨てるように言った。

 

 流石の陽二も、マジなトーンのランスロットを目の前にして『しまった』とふざけていた事を後悔した。

 

 ―― 気分が乗っていたとは言え、すまん!

 

 すぐに頭を切り替えた陽二は、ダブルタイフーンで状況を整理。

 

 ―― あっ、あれか? 待ち合わせで女の子が遅れてきて『ごっめーん』のあれか? せめて最初に言っといてくれよ。こっちは待ち合わせの経験事態がほとんどないんだからさ……仕方ねぇ

 

「ランスすまなかった。もう一度チャンスをくれ」

「もう一度か!? よし、待ってろ。すぐにやり直すからな!」

 

 一瞬で満開の笑顔を取り戻したランスロットは、嬉しそうに走り出すと、木の後ろに隠れた。

 

 ―― なんだよ、この茶番……

 

 とは言え、女心を傷付けた陽二の罪は大きい。それを理解しているからこそ、帽子を振りながら満面の笑みで駆けてくるランスロットに付き合わなければならないのだ。

 

「陽ちゃん、ごっめ~ん。まったぁ?」

「オ、オレモイマキタトコ……」

 ―― なんて小っ恥ずかしいんだ。

 

 ここはカップル達に大人気の、町を一望できる広場である。初めてのデートでここを待ち合わせ場所にすると、その2人は末永く結ばれ幸せになると言われている。

 そのあと陽二は茶番を繰り返すこと数度。やっと満足したランスロットと共に階段を下りて行った。

 

 △△

 

 陽二とランスロットは、スノームの町中を手をつなぎながら歩いていた。それも、指と指を絡ませた恋人つなぎだ。

 

 最初陽二は、ランスロットに頼まれても断固拒否した。手に汗が出たら嫌だし、何より恥ずかしかったのだ。

 しかし予習に余念がなく、手を繋ぐのを楽しみにしていたランスロットは強敵で、かつ強靭な心の持ち主だった。

 なんと彼女はよりによって、たくさんの人が歩く道のド真ん中で、土下座をかましてきたのだ! 策士ランスロット。退路を断たれた彼は、流石に断り切れず今に至る。という訳だ。

 

「ふっふっふっふっふふふふ~ん」

 

 ランスロットは、周囲に幸せを振り撒くようにご機嫌だった。鼻歌を軽快に鳴らし、繋いだ手を見てニマニマしている姿は、誰から見ても好意が滲み出ていた。

 その姿に陽二は、居心地の悪い後ろめたさを感じていた。

 

 実際のところ、周囲の視線を集める美貌と愛嬌を併せ持った彼女に不満がある訳ではないし、男にとっては優越感に浸れる程の相手である。

 しかしながら陽二には隠している事が、元の世界へ戻る気はこれっぽっちもないが、話さなければならない事があった。

 

 この世界に来たばかりの陽二ならば、彼女に告げる事なく黙っていただろう。もしかしたら好意に胡座をかいて好き勝手な事をしていたかもしれない。

 しかし、短い間に様々な経験をした陽二には黙っている事が、騙すような真似はできなかった。

 

 なので陽二は、これ以上ランスロットが接近する前にどうにかしなければと考え、町の説明をする彼女の言葉は、ほとんど頭に入ってなかった。

 

 喫茶店みたくオシャンティーなお店がベストだと探していたが結局見付からず、王都でも行ったことがあるファミレスへ、休憩を理由にして彼女を誘った。

 

 これ幸いと彼女に約束のパフェを、彼は果実ジュースを注文した。ほどなくして、注文した品物がお互いの前に置かれた。

 

「陽二知ってるか? 騎士にはパフェを食べる作法があるのだ」

「ほう、ちなみにどんなのだ?」

「こうやって食すのだ。上級騎士の作法だぞ!」

 

 ―― 何だよそれ。ただの空気椅子だし、プルってるし……

 

「珍しい作法を知ってるな。ちなみにそれ、誰に聞いたんだ?」

「桜だ」

 

 ―― だよね。予想通りすぎて、逆に知ってたわ!

 

「おまえなぁ騙(だま)されてるって気付けよ。そんな作法、ある訳ないだろうがよ」

「な、なんだと……私は騙(だま)されていたのか……」

 

 そんな他愛(たわい)もない話で場が和(なご)んでいた。

 ―― そろそろかいくか。

 と思い立った彼は、ジュースを一気に飲み干した。

 

「あのな、ランス」

 

 その声に反応したランスロットは、頷いた。パフェをスプーンですくうと、陽二の口の前に差し出したのだ。

 

「あ、あーん」

 ランスロットは恥ずかしのか、目は泳ぎ回り今にも飛び出しそうだ。

 ―― ちっげーよバカ! 恥ずかしいならすんなよ、こっちまで意識しちゃうだろうがよ!

 

「いや、そうじゃなくで……」

 

 彼の言葉は聞こえていなかった。

 期待していた展開が予期せず訪れたので、いっぱいいっぱいだったのだ。頬を染め自分の世界に浸っていた彼女は「えいっ」そんな感じで、スプーンを彼の口に突っ込んだ。

 走り出した乙女心はノンストップ! ブレーキはぶっ壊れているのだ。 

 

 神聖なる儀式を完遂した彼女は、スプーンを引き抜くとそのまま自分の口へ『パクッ』。頬っぺたが落ちゃうの! そんな感じで頬に手を当てながら、彼のエキスを堪能し始めた。

 その行為は騎士としてどうだろうか? それでいいのかランスロット!

 

 何はともあれ、一連の行動を呆れた表情で見ていた陽二は、あえてツッコまずスルー。腰を折られた話の続きを始めた。

 

「おまえに大事な話がある。誰にも話していない大事な話だ」

 

 流石に、恋に夢中なランスロットも陽二の雰囲気が変わったのを感じたのか、居住まいを正した。

 

 ―― きゅ、急に何なのだ? あれか?あれなのか? 私たちは、既にキスも済ませてあるし、つ、次は……。ラ、ランスロットよ、落ち着け!落ち着くのだ! 遅かれ早かれ、私たちはそういう仲になる運命だったのだ。よし、陽二来い。私は全てを受け止めてやるぞ。バッチコイだ!

 

「俺は、結婚してる。だから、おまえの事は受け入れられない」

 

 ランスロットは、一瞬驚いた顔をした。しかし

 だから?

 それが何だ?

 そんな顔をしていた。いや、作っていた。

 

 ―― あれ?

 その表情を見た彼は、伝わらなかったか? と考え説明を続けた。

 

「俺は結婚しているんだよ。それに本当の歳は42で、中身はおっさんだ」

「それは、あちらの世界での話だろう? それに王へ問いただしたときに訊いたぞ? 陽二に戻る意思はなく、こちらの世界で生きて行くと……何か問題があるのか?」

 

「問題ならありまくりだ。仮にも嫁を捨てて、この世界で生きて行こうと決めた人間だ! 最低なやつだろう?」

「なるほど一理あるな。だが、断る。私はおまえが好きだ。それに、あちらの世界に戻る意思がないと言うならば、例えこっちの世界で恋人を作ろうが結婚しようが、関係ないのではないか?」

 

「ちょっと待て、そもそも話が違うんだよ。いいか? 俺は“契りを交わした女性を、簡単に捨てる”人間なんだ。おまえの事も“簡単に捨てる”可能性があるんだ。俺はそんな人間なんだぞ? 帰る帰らない、関係あるなしは問題じゃない」

「陽二は……私を捨てるのか?」

 

「ちょっと待て。捨てる捨てないの話の前に、俺たちは付き合ってもいないし……いや、そうじゃなくてだな……それに俺の言い方も悪かった。嫁もおまえも物じゃないし捨てるだなんてな……」

 

 陽二は考えがまとまらず言い淀(よど)んだ。

 ランスロットの好意は正直とても嬉しいと感じているが、結婚しているという現実がある以上、受け入れられる訳がない。

 それに、こんな話をしている事こそが、嫁とランスロットに対して不誠実ではないのか? と考えていた。

 

 その様子を見ていたランスロットは、パフェを口に運ぶと自分の考えを口にした。

 

「陽二は、この世界で生きて行こうと思っているのだろう? と言う事は、既にあちらの世界とその女性にも未練はないのだろう? それならケジメさえ付ける事ができれば、私との事を考えてもらえるのか?」

「確かに未練はない。夫婦関係も既に崩壊してたしな。……ケジメって、離婚して来いって言ってるのか? 帰ったらこっちの世界に戻れる方法はないんだぞ?」

 

 ランスロットは目を閉じると、何かを思い出すように話しだした。

 

「勇者の話を覚えているか? 彼らは世界を行き来していた。なら、その方法を見つければいいのだ。それと、離婚うんぬんはこちらの世界では関係ない。一夫多妻、一妻多夫が認められているからな。そして陽二、あっちに戻る時は私も一緒に行ってケジメを付けるつもりだ」

 

「一緒に行くって言われてもな……。まあそれは置いといて、俺の国では重婚は認められていない。だから関係ないとか言うのはなしにしてくれ。あと、こんな事言うのはあれだけど、離婚するのは可能だろうな。なにせ俺が船の旅を計画したのは、あいつの浮気現場を目撃した衝動からだからな。まぁ一方的に責める事はできないよな。うすうす気付いていたし、俺にも問題があったからな」

 

「問題だと? 無理にとは言わないが詳しく聞いてもいいか?」

「簡単に言えば、夜のお勤めを全うできなかったんだよ。多分それが、あいつの心を傷つけたんだろうな。子どももできなかったしな……そして他の男に走ったんだろうな。まぁ俺の自業自得だ」

 

 それは、彼が35歳くらいの時からで、切っ掛けは不明。

 男の生理現象である朝立ちと、本とかビデオを見ると元気になる。しかし、いざ彼女と本番行為に至ろうとすると、ウンともスンとも元気がなくなってしまうのであった。

 朝は普通なので、彼はあまり気にも止めていなかった。ところが何気なくネットで調べると質(たち)が悪い事に気がついたのだ。

 

 それが数度続く頃には、夫婦関係は完全に冷め切っていた。そして数年前から役立たずのATM呼ばわり。次第に彼女の外出が増えていき、最近では家で顔を合わすのも週に3回あればいい方であった。

 一緒に食事をしたのも、最後に会話を交わしたのも、何時だったか思い出すのが難しいほどのすれ違い生活。

 

 夫婦としての関係は終わっていた。なのにどうして陽二夫妻は離婚しなかったのだろうか。彼女の気持ちは分からないが、彼には懺悔(ざんげ)か贖罪(しょくざい)の気持ちがあったのだろうか。

 

 しかしあの日、偶然男とホテルに入るところを目撃してしまった陽二は、終わりを決意した。そして着の身着のまま飛行機で沖縄へ渡り、そのまま船に飛び乗ったのだ。

 

 △△

 

 話は変わるが、パールとの間にあった出来事を、彼は違う意味で本当にもったいないと思っていた。

 もしかしたら治ったのかもしれないと……

 しかし、よくよく考えてみると朝が一番元気がいいのだ。もし彼が起きていたら、息子は役立たずになっていた可能性も否定できないが

 

「まあ、そんな話だ。どうだ? あきれ果てて俺に興味がなくなっただろう?」

 

 陽二は、精霊の泉でパール達との間に起こった出来事も、覚えている限りを隠さず話した。

 彼女には、話すべきだと思ったからである。

 

 ランスロットは、彼の嫁の話を訊いた時は、光明を得た! 的な顔をしていたが、パールの話を訊くと驚いて落胆したあと、顔をふさぎ込んでしまった。

 ―― 当然だな

 

 口では『結婚してるから』と高尚な戯れ言を垂れながし、裏では『いやんばかん』とよろしくヤッてる下半身だ。聞いて呆れるとはこの事で、申し訳ないと思う気持ちが湧き出ていた。

 

 すると突然、ランスロットはガバッと顔を上げた。

 

「わかったぞ。朝(アレが元気なのを)確認して、襲ってしまえばいいのだな!」

「違うわ! 何でそうなる」

「良く分からないが、私もその問題を一緒に考えよう。どうせ心の問題なのだろう? ついでに心も鍛えてやる。それに、人魚のパー子? とかいう小娘の時は、意識もなく襲われた結果なのだろう? セーフだ! 誰がなんと言おうがセーフだ!」

 

 ―― すげぇなコイツ。どうして、こんなに前向きなのか分からないけど、悪い気はしないな

 

 その後も2人で話し合った。その結果、お互いの関係は今まで通り。という事を着地点にした。それでもランスロットは、今まで通りアプローチを続ける所存だ。

 

 そして、往来できる方法が見つかった暁には、一緒に世界を渡り、彼の嫁に一言申す。とランロットは息巻いていた。

 ただし、あちらの世界でのランスロットの立場は、不倫相手(?)である。訴えられれば、慰謝料を取られて敗訴は確実だろう。なので一緒に行くのはいいが、話が拗(こじ)れる要因になる可能性は高い。

 

 しかしランスロットは、本当にできた女性である。(他人から見れば、都合の良い女。恋は盲目)陽二の嫁から言わせれば、横恋慕してくる泥棒猫。恋愛ゲームで言えば悪役令嬢だろうか。世界が違うため、これに当てはめるのは間違いだが。

 とにかく陽二は、ランスロットに対して真摯(しんし)に対応しなければならない。それを今回自覚したはずだ。

 

「陽二! パフェをおかわりだ!」

 

 問題も一段落したからなのか、彼女はお腹が空いたようだ。

 

「いいよ、好きなだけ食べろ。ちなみに付き合っていない今だから聞くけど、俺の問題が解決したら男としてハーレムを目指したい思いもある。それでもいいか?」

 

 真摯(しんし)が早くも旅に出たようだ。最低野郎と罵られても文句は言えまい。ただ、陽二の言葉に補足として付け加えると、彼はハーレムに『体の関係』や『持ち上げ』を求めてはいない。と言うことだ。

 とは言え、そんな考えは口に出さなければ相手に伝わらないし、また、伝えられたからと言って、そんな荒唐無稽な話を信じる人は存在しないだろう。

 

 ランスロットはどう考えたか? ハーレムなどと馬鹿げた話を陽二が口に出しても、そのハーレムそのものを冗談として信じなかった。それでも彼女自身の言葉で、それに対する答えを表明しておくのは大事だ。

 

「そういう事は女に聞くな。最低だぞ? そして答えは駄目だ! どうせ、私以外は見えない様にするからな!」

「そうか、肝に命じとく」

 

 

 ちなみにこの国の出生率は、男性4女性6と偏っている。

 死亡率の高さでいうと

 第1位が、未婚の女性

 第2位が、既婚の男性

 第3位が、未婚の男性

 となっている。

 国としては、女性が冒険者になるのは好ましく思っていない。大きな声では反感が大きいので言えないが、子どもを産んで欲しいのだ。なので重婚を認めているのは、未婚の女性の死亡率。それを少しでも歯止めがかけられないのか。と苦肉の策である。

 そして重婚した場合、男性と女性両方に補助金も出ている。

 

 ちなみに重婚者の順位は僅差で

 第1位が、夫を亡くした女性(多くは、仲間が娶る)

 第2位が、妻を亡くした男性

 第3位が、未婚の男性となっている。

 

 一夫多妻、一妻多夫の割合は全体の10%ほどで、その内訳は一夫多妻が3%一妻多夫が7%で、女性のほうが積極的に利用している。

 重婚が認められているのは『一夫側』と『一婦側』だけで、『多妻側』及び『多夫側』には当然認められてはいない。

 また、初婚の『妻や夫』の権限は法律で守られており、当然の如く重婚を拒否できる。認めた場合は『多妻側』及び『多夫側』に対して『一夫側』と『一婦側』よりも大きな権限を持てる。

 

 

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