※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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素材集め!/卵焼きひとつで、手作り感がでます

 

 

 スーパーヒーローゼラニオンの朝は早い。

 その中でも1番早いのはアスモデウスで、各メンバーを起こして回るのが、朝一番のお仕事だ。

 

 ところがその日の初っ端、桜の部屋はもぬけの殻だった。

 ―― 桜ちゃん? 唯?

 心当たりを見て回る彼女が発見したのは、陽二の腕に抱かれて眠る桜と、その腕に寄り添って眠っていた唯だった。

 

 △△

 

 朝4時。彼は、

「陽二くんダメですこんな場所で眠っては。探したんですよ」

 アスモデウスのそんな言葉で目を覚ました。

 ほんの数分前まで、桜と唯が一緒に眠っていた事など彼は知らない。

 

「あれっ?」

 

 ―― いつの間にか寝ちゃってた? ……これ、魔性のクッションだな。お陰でぐっすり寝れたけど

 

 アスモデウスに準備を急(せ)かされた彼は、部屋に戻るとベッドで丸まっているナーナを横目に、準備してあったジャージに着替えて屋敷の外へ。そして、準備運動をしている桜に近づいた。

 

「おはよう。ごめんな、いつの間にか寝ちゃってたよ」

「別に気にする必要はない。言っておくが、わらわは部屋に戻って眠ったのぢゃ」

「なに言ってんだお前、そんなの当たり前だろう? それよりランスはまだ? あと、唯さんも一緒に行くのか?」

「母様はちょっとスジを違えたみたいでな、あとから参加するそうぢゃ、ランスは休みぢゃ」

 

 ―― なんか、よそよそしいな……

 彼も感じ取ったように、彼女の態度がどこかおかしかった。

 ―― まっ、いいか

 

 無理を言って見学させてもらった彼は、失礼にも寝落ちしてしまった負い目があった。だが謝罪は済まし、それに対する返答も受けている。それなら桜の態度がどうであれ、いつも通りに話していれば元に戻るだろう。そう考えた彼は、いつもと違う彼女の態度からは目を逸らす事にした。

 

「ランスが休みって、何かあったのか?」

 

 ―― 昨晩マッサージしたときは、元気だったよな……

 

「心配する事ではない。後で理由は分かるのでな、楽しみにしておれ」

 

 ―― 楽しみ……?

 取りあえず、怪我や体の不調ではないと判明し彼もひと安心だ。

 

「じゃあ今日は、俺とお前の2人だけか」

「うむ。今日は違う道を走るのでな、しっかりとついて来るのぢゃ」

 

 遠くの空は若干明るくなって来ているが、足元は暗くて見えにくい。そんな中彼は、桜のあとを追って走り出した。

 

 △△

 

「ここぢゃ」

 

 彼が連れてこられたのは、小高い山の斜面。日中は陽光がさんさんと降り注ぐ日当たりの良い場所だ。

 川だろう。斜面の下をのぞくと、暗くて全容はつかめないが暗闇から水の音が聞こえる。

 

「こんな場所に何の用だ?」

「あれぢゃ」

 

 桜が指差す枝の先。上空5mのところに、拳大の実がなっていた。

 ―― あれはアケビか? なんだよここ

 

 彼は時期外れの裂開した実に、思わず苦笑をこぼした。今は5月の中旬だ。クリもそうだが、アケビも秋の果実なのだ。

 

「あれがサクラノアケビ。素材のひとつぢゃ」

 

 彼は、桜の目をジーっと見つめた。

 ―― どうして秋の果物があるんだ? クリもそうだけど、説明しろよ。

 

 それを受けた桜も、陽二を見つめた。

 ―― なんぢゃ惚(ほ)れたのか? チョロいのぉ

 

「違うわ! どうして、今の時期にアケビがあるんだよ!」

「前田クラッカー!」

「いや、そこまで略すと通じないから……」

「桃くり3年柿8年、魔技は一生がんばルビーと言うぢゃろう?」

「言わねーな!」

 

 魔王のダンジョンの中には、特殊改良された植物が根付いている。特にこの階は他の階に比べても顕著(けんちょ)であり、調合などに使う植物は1年を通して花や葉、実を付けるように改良されている。

 ただしその期間は5年未満と短く、特殊改良された植物の末路は魔物となる。

 そのため4年目の春には伐採して魔石を取り出し、接ぎ木の土台か薪(まき)や炭などの原料になる。それと同時に次世代を植える取り決めがなされており、常に採集できる形が整っているのだ。

 

 ―― そうなのか。すげぇな

 

 風魔法を駆使して、サクラノアケビを採取した彼が素直に感心していると

「次は真下ぢゃ。とおおおおーーーー」

 と、彼女の声が遠のいていった。

 ―― !?

 なんと彼女は、斜面の下へ。谷底と言っても過言ではない真っ暗闇の中へ、ピョーンとダイビングを決めたのだ。

 

 ―― 馬鹿かアイツ飛びやがったぞ? ……これってまさか、着いて来いって事か? 無理に決まってんだろうが……あっ!

 

 彼は閃いた。

 ―― 桜

 そう。彼は腕輪を使い転移したのだ。

 

 △△

 

 彼が転移したのは、奥からは滝の音、足元からは川の流れる音が聞こえる、そんな場所だった。

 足元の水は目の前、大岩に挟まれた幅2mほどの通路っぽい川の水で、その奥に滝があるのだろう。彼が立っているのは、その川に掛かる丸太3本を並べた橋の上だった。

 この川は支流らしく、橋の下を通り抜けた先で別の川に合流していた。

 身を屈めて確かめると、橋から水面までの距離は手を伸ばせば届くほどの高さ。彼の隣には桜が立っていて、水面を凝視していた。

 

 ―― 婚期を逃し、焦っているハンターのような鋭い目だな

 彼女の目は真剣な眼差しで、大声を出したら怒られそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「なにを見ているんだ?」

 と小声で問いかけた彼に、彼女も小声で応えた。

 

「ここは、ダンジョンナマズの生息地(せいそくち)ぢゃ。やつらは夜行性。が、狩りをし損ねたやつがウロウロするのが朝方ぢゃ」

「あれの素材か……なるほど。夜行性だから本当は夜にしか捕まえることができないんだな? でも、朝方なら狩りに失敗したダンジョンナマズがここら辺をウロウロしている。そう、言いたいわけだな?」

「……まあそうぢゃな」

 

 彼の予想は間違いではないが、夜行性だからといって昼間に捕まえられない訳ではない。むしろ住み家が分かっていて、明るく見やすい昼間の方が、捕まえるのは楽だったりする。

 桜は面倒だったのか、彼の言葉をそのまま肯定する頷きを見せた。

 

 このフロアで取れる素材は、桜の趣味と実益を兼ねて集められた珍しい物が多い。ダンジョンナマズもその中のひとつである。

 桜は水面に目星を付けると、懐から糸の付いた昆虫のルアーを取り出して投げた。

 

 ルアーが水面に着水したのと同時だった。水中から体長1m以上の魚が口を大きく開けて吸い込んだ。桜は糸を素早く引っ張り合わせると、あっという間にダンジョンナマズを釣り上げてみせた。

 

「すげぇ!」

「このダンジョンナマズは―― 雄ぢゃな」

 

 ゴン!

 桜がダンジョンナマズの頭に突きを一撃食らわすと、気絶しピクリとも動かなくなった

 

「この部分に打ち込むのがミソぢゃ!」

 と、頭と首の境目であろう場所を指さした。

「殺(や)っちまったのか?」

「たわけ! 食べる気もないのに殺すわけないぢゃろう? ぢゃが、このナマズはうまいぞ。もし食べる場合は、寄生虫を殺すため火を通すのぢゃ。今回? 素材をもらうだけぢゃ」

 

 ダンジョンナマズをあお向けにした桜は、へそみたいな穴を指差し。

「中に手を入れてみるのぢゃ」

 と彼に言った。渋る顔を見せたので

「自分で集められるようになった方が良いぢゃろう? 自分で集めるのなら、好きに使って良いぞ?」

「それはお得だな」

 

 という事で彼は、穴に手をつっこんだ。抵抗は全くなく、ズブズブと手のひらが飲み込まれていった。

 

「棒状のものが並んでいるぢゃろう? それが素材になる。ひとつ取り出してみよ」

 

 指先に触れるソーセージみたいな物体。感触はゴムのようだった。彼はひとつ手に取り、ゆっくりと引っ張り出した。それは、真っ白くて太さは5cm長さは10cmほどで明太子に似ていた。

 

 桜は天秤(てんびん)ばかりを取り出すと、片方に袋詰めされたサクラノヒカリのもみ殻(200g)を、もう片方に瓶を素早くセットして口を開いた。

 

「やり方は人それぞれぢゃが、今日はわらわが手本を見せる」

 

 瓶の風袋(ふうたい)は取ってあるので、瓶にナマズの素材を入れて天秤(てんびん)が釣り合えばOKだ。おおよそ半分くらいで釣り合う。余った部分は、ダンジョンナマズの体内へ戻すと再生するのだ。

 

「こんな感じぢゃな」

 

 彼から素材を受け取った桜は、あっという間に必要分を量り終わらせると、残った素材を素早く体内へ戻し川に逃がした。

 

「んっ!」

 

 ダンジョンナマズの素材が入った瓶を手にした桜に催促された彼は、彼女の考えを正確に読み取る名助手ぶりを発揮し、その瓶の中にもみ殻を投入。

 

「調合(プレパレ)!」

 

 うむ。と彼の働きに満足した桜が調合した物は、砂糖みたいな白い粉だった。これが『桜印精力薬』だ。

 

「そう言えば、ぬしの悩み……。今日の夜にでもコレで試してみればどうぢゃ? この暴れん坊さんめ! わーはっはっは!」

「ど、どうしてお前がその事を知ってる……? まさか、ランスがお前にしゃべったのか?」

 

 ―― いやっ待て。ランスが言うはずが―― 例えばだけど、相談を持ちかけていたとしたら、どうだ? はずみで口走ってしまったとか……?

 

「くくっ答えを知りたいか?」

「教えてくれ。俺は、ランスを信じる」

 

 すると桜は、見たことのある玉を取り出した。

 この玉は簡単に言ってしまうと、ポータブルビデオだ。桜が撮影した映像をこの玉にダビングして、どこに居ても見る事ができる。また、映画館に渡す媒体でもある。

 

「これぢゃ」

 

 玉に映し出されたのは

 クリ拾いをしながらランスロットと話をしている彼

 ファミレスでパフェを食べているランスロット

 協会でのタイトルマッチ、などなど

 1日の出来事が、分かりやすく5分程度に編集された物だった。

 

「盗撮していたのか? プライバシーの侵害だ!」

 

 ここは怒っていい場面だろう。

 彼は今後一切の盗撮を止めさせるべく、強く抗議した。

 

「昨日撮影したのは、本当に悪かったと思おておる。時間がなかったのでな、面白い事が起こるかもしれん。と思ったら、勝手に魔法が発動しておったのぢゃ。しかしぢゃ! わらわなら陽二の悩みをズバッと解決できるぞ? ビンビンぢゃ。この薬を使った実験では、最低でも5時間……」

 

 しかし桜は、いまさらながら恥ずかしくなってきたのだろうか、最後まで言い切る事なく俯いてしまった。彼の事を考え、精力薬の製法を伝えるため、一生懸命行動していたのだろう。

 と、それを見た彼は勝手に推測した。

 

「分かったよ盗撮の事は水に流そう。俺のために頑張ってくれたんだよな……暴れん坊とか、ビンビンなんて言わせて済まなかったよ。ありがとう。今度、試させてもらうよ」

 

 桜は、恥ずかしくて俯いているフリをしながら思った。ちょろいと、この阿呆は理解していない。なぜ、ゼラニオンに誘ったのかを……面白いからだ! 

 笑いそうになるのを我慢して彼に歩み寄ると、かわいらしく彼の手を握り、突然走り出した。

 

 彼からは見えていない。走り出した桜の口がニマッとなるのを堪えながら、頬がみるみる紅潮していくさまを。

 桜は気付いていない。頬が熱を帯び、口元がゆるんでいる事に。そして、掴んだその手に思いのほか力が入っていた事に。

 

 日が昇り始め、大地を明るく照らす。

 肌寒い風が2人の間を通り抜け、熱を帯びた桜の頬を優しく撫(な)でていった。

 彼は、手を引っ張り走っている桜の後ろ姿に、どこか懐かしさと親近感を感じていた。

 

 畦(あぜ)塗りをした田んぼの畦には、土地を有効活用しようと、ある素材の種を植えていた。その植物が大きくなり根を張れば、畦はより強固になるという。日の光を受けて屋敷まで走る2人の隣では、小さな芽吹きが始まっていた。

 

 △△

 

 いい雰囲気で桜に引っ張られながら屋敷まで帰って来た彼。と思ったら、屋敷は素通りして裏にある雑木林まで桜の足が止まることはなかった。

 

「さあ掘るのぢゃ!」

 

 到着した彼が息を整えていると、移植ゴテを手渡す桜から指示が出された。

 

 ここはボッキンミミズの生息地(せいそくち)で、ランスロットとクリ拾いをした場所だ。

 彼は文句も言わず、えっちらおっちらと穴を掘り始めた。葉っぱが幾重にも重なる栄養豊富な腐葉土なので、穴を掘るのも簡単だ。

 

 ほどなくして、大量のミミズを確認できた。

 大きさは米粒くらいから30cmオーバーまで、色も種類も豊富で、別の生物に見える黄色いミミズも居た。

 

 桜は紫色のミミズを手に取ると、彼に説明を始めた。

 

「この環帯の部分に飛び出ている部分があるぢゃろ?」

 

 彼はひと目で理解した。

 その見た目は、パンツの中で盛り上がっている息子そのままだった。彼が、思わず笑ってしまうほどに

 

「わかり易いなっ」

 

 桜はそんな彼を尻目に、盛り上がった部分を指で弾く暴挙に出た。

「ちょっお前、なんて事すんだよっ!」

 彼は思わず、息子を押さえながら叫んだ。

 

 弾かれたボッキンミミズは『ギョーー!!』そんな声が聞こえるほど、激しくのたうちまわっていたのだ。

 

「つ、ついやってしもうた……すまんのぢゃ」

「おかしな性癖が身につく前に、止めるのをおすすめするぞ?」

「あいにく、そんな性癖は持ち合わせておらん」

 

 桜は、環帯の片側だけを採取したボッキンミミズを腐葉土の中に戻し、最終的に4組分を集めた。片側だけなのは、再生して元通りになるからだ。

 

「残りの素材は倉庫に保管してあるのでな。好きに使うが良い」

 

 グリーングローブや魔茸を栽培している隣には倉庫があり、この中には、様々な素材が保管してあるのだ。

 

「ありがとな。ありがたく使わせてもらうよ」

「うむ。では……お仕置きの時間ぢゃな!」

 

 桜はいつの間にか両手にイガを持って、ポンポンと弾ませていた。

 

「陽二にもわらわの乙女指弾(ゼラバスター)を伝授してやるのぢゃ。懐かしいのう、ランスが覚えたいと言うので教えてやったのぢゃが、よもや、あのように思っていたとは……わらわの心は深く傷付いた」

「ちょっと待てよ。あいつは一言も、お前の悪口を言ってないぞ。言ったのは俺だけだ!」

 

 桜は玉を取り出し、クリ拾いの部分を再生。

 ――――

「大変だったな。桜の事だ、無傷で済むわけないよな」

「陽二は知っているか? そのトゲトゲが体の中に残ってしまったら簡単には取れないのだぞ?」

「あいつ、悪魔だな」

「全くだ!」←「ここぢゃ!」

 ――――

 

「それは悪口じゃないだろう? あくまで、俺の意見に同意しただけだ」

「肯定は、悪口ぢゃっ!」

 

 そう言うのと同時に桜は、ビュンとイガを彼に投げつけた。彼は、からくも避けて

「危ねえから! 顔はやばいよ、ボディ、ボディ!」

 と山田麗子の名言でそれとなく牽制。

 

 しかし桜に通用する訳もなく……ビュンと投げられるイガを必死に避けながら逃げ回り、そのあとを桜は、なぜか笑顔で追いかけていた。

 実は本気で投げていなかったし、怒ってもいなかった。ただ何となくやってみたかった気分だったのだ。

 

「わっはっはっーなのぢゃ! くらえっ!」

 

 そのうち彼もイガを拾い応戦し始めたが、本気で狙ったりはしていなかった。

 2人とも遊びの延長だ。

 桜と彼の楽しそうな声は、屋敷にいたアスモデウスや唯、そしてランスロットの耳にもしっかりと届いていた。

 

「桜ちゃん楽しそうですね、唯」

「まったく……甘えておるのじゃろう」

「私も行けばよかった……」

 

 椅子に持たれながら眠ったことで、首のスジを痛めてしまった唯と、それをマッサージしているアスモデウス。

 今日は別行動なので、彼とナーナのために作業をしているランスロットの3人。

 口から出す言葉は違えど、いつもとは違う声質を耳にした3人の表情には嬉しさが見え隠れしていた。

 ただランスロットの顔には、悔しさに似た何かが含まれていた。

 

 △△

 

「少しは手加減しろよな」

「ほー、あれがわらわの本気ぢゃと?」

 

 そんな言い合いをしながら陽二と桜は屋敷の正面に戻った。するとそこに、門番のように仁王立ちするランスロットが待っていた。その隣に桜を迎えるアスモデウスと唯が笑みを浮かべて立っていた。

 

「楽しかったですか?」

「なんの事ぢゃ?」

 桜が困惑した顔で聞き返すも

「いいえ、何でもありません」

 

 唯に頭を撫でられる桜に声をかけたアスモデウスは、そう締めくくった。するとランスロットはむっとなり「ただいまー」と呑気に言った彼の手を引っぱると、『柔軟体操』と呟(つぶや)いた。

 

 彼は怪訝に思いながらもランスロットとペアになり、柔軟体操を開始。

 その姿を見てアスモデウスは、『ランスちゃんかわいいですね』と呟いていた。

 

 ―― 一体、なんなん?

 

 彼女が少し怒っているような気がした彼は、様子を見がてら話しかけた。

 

「今日のランニングにおまえ来なかっただろう? それで桜に聞いたら『楽しみにしとけ』って言われたんだけど……体の調子が悪い訳じゃないよな?」

 

 背中を押す力が突然途切れたので『うん?』と思って振り返ると、彼女の顔は驚いたような、まの抜けた顔になっていた。

 

「おい?」

「そうか気してくれたのか。うん。ひと言も告げずに休んだのは悪かった。がこの通りピンピンしているし、むしろ絶好調だ。それにしても―― 桜が『楽しみに』と言ったのか?」

 

 そう言った彼女は後ろを振り向き、桜に視線を送った。

 すると桜は頷き親指を立てた。それを見た彼女の表情は、ぱあっと、明らかに変わった。

 

「そうかそうか。陽二は楽しみにしていたのか!」

「えっ? そ、そう。してたしてた」

 

 確かに気には掛けていた。しかし、楽しみにしていたとはひと言も口にしていない。

 ―― でもまあ、機嫌が直ったからそれでいいか……

 

 △△

 

 朝練が終わったタイミングで、彼は箪笥の中で起きた出来事を、あーしさんや人格の事は伏せたまま話しだした。

 その中で、魔砲を使い漆黒の魔物を倒した事を伝えると、アスモデウスは褒めてくれたが、唯は信じられなかった。

 

「妾(わらわ)が倒してきた漆黒の魔物(穢れソルジャー)は、最低でもゴブリン将軍くらいの強さはあったのじゃ、うぬの魔砲20発程度で倒せるなど、絶対にありえん」

「でも、本当なんですって。あっ! もしかしたら穢れが少なくなって、漆黒の魔物も弱まってきてるとか?」

 

「だとよいのじゃが―― ならば陽二。セナの元へ行った際には、1体でも良い、漆黒の魔物を倒すようにするのじゃ、よいか?」

「わかりました。なるべく善処します」

 

「…………」

 その会話を聞いたアスモデウスは少し考えると、彼を捕まえ魔砲の練習方法を伝授。

 

「まずは初速が大事です。即100%で撃てるようになるには、0~10cmの距離で撃つ練習が効果的です。初速が上がれば、自ずと威力も上がりますので。同時に、臨機応変に対応できる力も身に付きますね。それと魔砲を素早く準備するコツは……『発動させた魔法を、放たずに覆う』感じです。慣れれば、防具のようにまとう(着る)事も可能ですよ」

「む、難しいですね……」

 

 △△

 

 朝食まではまだ時間があったので、ガクブル足の彼はその場で汗を拭きつつ休憩していた。

 するとそこへ、大きな箱がゆらゆらと揺れながら近づいてきた。

 

 ―― 何だありゃ? 

 

 彼の手前までやって来た箱は音もなく地面に着陸を決めると、箱を運んできた人物、桜ちゃんが現れた。

 

「わらわのお古で良いなら譲ってやろうと思うてな」

 

 箱の中身は調合に使う道具だった。確かに見た目は古くさくかなり年期が入っていた。しかし丁寧に使われていた道具類は、少しだけ不便な点があるだけで、まだまだ現役で通用するレベルだった。

 桜は彼のために、わざわざ持って来てくれたのだ。

 

 ―― 調合の方法を聞いたからなのか、朝から妙に優しいなあ。

 

「入門用の道具しか持ってなかったから丁度よかったよ、ありがとう。大切にするよ」

「うむ。わらわだと思って大切に扱うのぢゃ―― ぢゃが勘違いするでないぞ? それだけ良い道具ということぢゃ」

「分かってるよ」

 

 桜が持ってきた道具類は、少しだけ不便な一世代前の物だ。その代わりこの道具で調合を練習すれば、現役の調合師が失ってしまった細かな技術が身に付く。

 それはカーナビやスマホの登場によって失われつつある、地図を読む力にも似ている。

 

「それと、ついでに素材も持って来たのでな、1度だけ手本を見せる。よーく見ておくのぢゃ」

 

 そう言った桜は「ふんふんふーん」と鼻歌混じりで、収納スペースから小分けされた調合の素材を取り出すと、地面に並べた。

 

「順番通り並べるのも、ミスを防ぐコツぢゃぞ」

 ―― なるほど……

 

 それを聞いた彼は、持っていたボッキンミミズと桜印精力薬を手渡した。

 

「助手くんよ、そこに並べたまえ」

 

 そんな冗談を嬉しげに口にした桜は、箱から大きな容器を取り出した。容器の内側には、そこまで水を入れれば10Lの印が付けてある。

 その印まで魔法で水を張った桜は、次々と材料を投入して調合―― あっと言う間に赤い液体の『桜印万能薬』を完成させた。

 

「最後の行程では『調合』を使わないのが最大の特長で、重要なミソぢゃ。少しずつ混ぜて、透明の液体になれば完成。ここからは、魔法もお金も陽二のエロも一切必要ない」

「そりゃ、エロは必要ないだろうなっ! って悪かったなエロで!」

 

 砂糖みたいな桜印精力薬を少しずつ混ぜていくたびに、容器の中はボコボコと激しく反応。まるで沸騰した鍋のように泡立ち、湯気がもうもうと立ちあがっていた。

 

 終息するまで、どれくらいの時間が必要なのか? 彼は油断なく『時間』で確かめていた。その泡立ちが収まったのは、見守って約10分後。

 

「完成ぢゃな。あら熱もとれておるぢゃろうし、すぐにでも使用可能ぢゃ。あとコレは、他の薬品類と違って『摂取制限』もないのでな、安心して飲むが良いぞ」

 

 桜は完成した桜印MP回復薬を漏斗で小分けしながら、初めて耳にした重要な情報を口にした。

 

「今、すっごい重要なことを言ったよね?」

「んんっ? パンよりご飯。ごはんはおかず、なのぢゃ!」

 

 桜は、重要な事を宣言した。彼もパンよりご飯なので、その意見に全く異論はなかった。

 

「そうそう。ご飯って何にでも合うんだよな。左のご飯を右のご飯で食べて、右のご飯を左のご飯で―― って、なんでやねん。せめて卵か納豆をよこせよ―― ってそれも違うわ!」

「三角のおにぎりで、丸いおにぎりを食べる高等テクニックもあるぞ?」

「いや、もうお腹いっぱいです。ごはんだけに」

「うまくも何ともないのう」

「じゃあ、おまえが手本見せろやっ!」

 

 △△

 

「まあご飯は置いといて『摂取制限』って何だ? 初めて聞いたんだけど」

「常識(つねしき)ぢゃ!」

「内輪ネタはいいから教えろ」

 

 摂取制限

 最大MPを超える量の回復薬を、服用してはならない。

 1日に服用する量は、最大MPの2倍を超えてはならない。

 

「2倍を超過すると『その量に準じて最大MPが減少する』副作用があるのぢゃ」

「まじか!? そんな大切な事は、もっと早く教えといてくれよ」

「薬品を買えば、注意事項にも書いてある」

「そうだったのか……」

 

 桜にお礼を言って、譲渡された道具と完成した桜印MP回復薬を倉庫に片付け屋敷へ戻った彼が、汗を流して部屋に戻るとナーナはまだ眠っていた。

 

 ―― 今さらだけど、精霊も眠るんだなぁ

 そんな不毛な考えを浮かべながら、得た情報をスマホにメモした。

 

 △△

 

「陽二、朝食だ」

 

 ぐでーと疲れを癒していた彼の部屋に、ランスロットが呼びに来た。彼女は眠っているナーナを目に止めると、彼の隣に座りナーナのほっぺたをツンツン。

 

「ナーナ?」

「ご飯だ起きろ。ん? 肌色……大きくなってないか!?」

 

 彼女は、ナーナがとぐろを巻くように眠っていたのと

 ―― 私たちの間に子どもが授かったら、こんな感じなのだな。ぐふふっ

 と妄想いっぱい胸おっぱいだったので、ナーナの変化に気付いていなかったのだ。

 ささっと腕を広げて、ナーナの体長を測りながら呟(つぶや)いた。

 

「10cmくらい大きくなっているのかな、夜に脱皮をしててさあ―― 髪の毛も伸びたし肌も白くなって、少し大人びたな」

 

 ぼけーっと寝ぼけ眼のナーナを見ながら彼が説明すると、「ほう」とあっさり納得した彼女は、ナーナにシャツを着せ始めた。

 

 ―― 手慣れてるな

 

「私はナーナの顔を洗ってくる。陽二は先に行ってくれ」

「ありがとう、頼むよ」

 

 脱皮した事を覚えているのか、いないのか。イマイチ理解してなさそうなナーナを彼女は抱っこした。面倒を見るはずの彼に変わって、かいがいしく世話を焼く彼女の姿……今、彼の中では彼女の評価が急上昇中だろう。

 

 △△

 

『報連相』という、報告・連絡・相談から生まれた言葉がある。主にビジネスで使われるもので、作られた当初を予想すると、上司と部下の情報共有がひとつの目的だったのだろう。しかし現在では、上司の常套句(じょうとうく)。ただの一方通行に成り下がっている場合が多い。

 

 ではチームゼラニオンはどうだろうか?

 朝食の席は本日の予定を確認し、情報を共有する場になっていた。

 

「陽二くんとナーナちゃんは、練習ダンジョンの攻略ですね。期日は設けませんが、約束通り、魔技と渡した短剣だけで頑張ってください」

「分かりました」

「ナーナ!」

 

 背が伸びて、イスの高さが丁度よくなったナーナが、フォーク片手に返事をした。

 その横で陽二が自身の膝の上に寂しさを感じていると、「はい」と、アスモデウスから銀貨5枚を手渡された。

 

「本日は、泊まりで帰ってこられません。これは食事や宿泊に使ってください」

 

 ―― 寝る場所や食事をお世話になってるのにお金まで……俺ってヒモなのか?

 

「王様にもらったお金がまだあります。なのでお気使いは不要です」

 男には格好をつける場面があるんだ! そう思って彼は言ったが

「では、ナーナちゃんのお洋服や、ダンジョンで必要な物に使ってください。このお金はチームゼラニオンの仕度金ですが、用途は自由です」

 

 と、突っ返せない笑みを向けられた彼は返す言葉も浮かばず、ありがたく受け取った。

 

 話題は、桜たちと唯へと移っていた。それを聞きながら彼は、今日の行動をどうするか考えていた。

 

 ―― まず、シアにナーナの事を話しに言って、ついでに王様と王妃にも会っておこう。カリンの事も気になるから、王宮で会えるといいけど……シアに聞いてみるか! あとは……ナーナの服とレヴィの食料と調理器具かなぁ

 

 朝食も食べ終わり、各自が準備を始めた。特に準備もへったくれもない彼は、ヒモらしくあと片付けを買って出た。すると、すぐに準備を終えたランスロットの手伝いもあって、早く片付いた。

 

「手伝ってくれてありがとうな」

「気にするな。それより、これを持っていくがいい。ナーナの分もあるから仲良く食べてくれ。感想は、400字以上を希望する」

 

 照れ隠しを言いつつ彼女が手渡したのは、重箱(お弁当)だった。

 

 彼はその重箱を目にして、小学校の大運動会を思い出していた。彼と姉、2人の頑張る姿を思い浮かべながら、前日の夜に仕込みをして、朝早くからお弁当作りに精を出す母親の姿を

 

「母ちゃんありがとう!」

「わ、私は母親ではない。これは、愛妻弁当と言ってだな……」

 

 

 このお弁当作戦は、彼とナーナが入浴中の時に、桜が授けた知恵だった。

「胃袋を鷲掴みぢゃ!」

「それはいい案ですね。明日は別行動になりますので、お弁当とかどうですか?」

「陽二のどこがよいのじゃ? うぬの趣味には同意できん」

 唯の言葉は耳を素通りさせたランスロットは、それだっ! と歓喜に震えていた。

 ―― なるほどなるほど、桜の言う通りだ。今のうちに私の料理の腕を見せ付けて、好印象を与える。鷲掴みだっ!

 彼女は倍返しする勢いで頭をフル回転させ、献立を考えた。

 ピコーン!

「アスモ。食材を使っても構わないだろうか?」

「もちろんですよ。好きに使ってくださいね」

 

 △△

 

 彼は唐突に、パカッと重箱のふたを開けた。

 

「な、なぜ、今開ける!?」

 

 彼女は、お昼時にお弁当を広げた彼とナーナが

「おっすげーなっ!」

「ナーナ!」

 と喜んでいる姿を想像して作ったのだ。台無しである。

 

 ところが……

「おおっ! すんげぇうまそう!!」

 ―― !!?

 彼女は彼の言葉に、心から震える喜びと感動を得たのだ。

「くぅっ!」

 顔を隠すように横を向いた彼女は、こぼれ落ちそうになる涙を堪えた。

 ―― 陽二、グッジョブ!

 

 その間彼の目は、どの段もおいしそうな物であふれている重箱に釘付けだった。

 

 1段目は、おにぎりゾーン。

 ナーナが食べやすいようにだろう。小ぶりで1つ1つが丁寧に何かの皮で包まれていた。

 2段目は、肉や魚のガッツリゾーン。

 香ばしく溢れる暴力的なにおいで、口の中の唾液が止まらない。

 3段目は、華やかなおかずゾーン。

 見た目に力を入れたのだろう。色鮮やかに配置された野菜は、まるで花壇のようだ。

 

 彼は、愛妻弁当という響きを思い返した。

 結婚1年目は腕によりを掛けて作った、見た目も味も素晴らしい物だった。

 2年目からは、冷凍食品が混ざるようになった。冷凍食品がダメという訳ではない。毎日毎日、弁当を作るのは大変だ。それくらい彼にだって分かっていた。

 そして3年目。おかずは全て冷凍食品。それも、そのまま入れれば昼に溶けて食べられる。という物だ。ご飯は、朝炊いたものではなく、残った冷やご飯を詰めた物。

 

 毎回同じおかずに、パサパサのご飯。

 文句を言う気はなかった。実際おいしいし、作ってもらえるだけ幸せだと思っていたからだ。

 ところがある日、彼は何気なく言ってしまった。会社で注文できる、温かい弁当が食べてみたいと……

 そのとき麗香がどう受け取ったのか、彼にはわからなかった。だがそれ以降、麗香が弁当を作らなかったのが答えだ。

 完全に自業自得で、大罪は彼にあるのだ。

 

「ありがとうな、本当に嬉しいよ。味わって食べるから!」

「そ、そうか。いつでも作ってやるからな」

 

 彼はあの時学んだのだ。

 伝えるべき感謝は、きちんと口に出さなければならないと。

 

 △△

 

 ゼラニオン本部のある階は秘匿されている。様々な重要施設や危険な実験場が主な理由だ。

 その施設のひとつで、今朝の出来事をニヤニヤと思い返しながら、フジヤマに運ぶ物資を腕輪のスペースに収納しているランスロットの姿があった。

 

 その隣の施設では桜が、先日から進めていた実験報告を受けていた。

 

「姫。この青鉱石のお陰で、収納スペースに入る実験は成功しました」

「ふむ。どれだけ連続で入っていられるのぢゃ?」

「種族で差異はありますが、少なく見積もっても5時間は可能です」

「5時間か……体に不調の出た者は?」

 

 別の研究員が答えた。

「皆無です。検証実験では、それ以上の時間でも安全だと確証は得ていますが、今回のための5時間。是非とも、ご一緒させてください!」

「ふむ、ちと心配ぢゃったが、色々と確証済みなのぢゃな。であれば、許可する」

 

 話は『精霊の園』襲撃事件の日に、フジヤマにある塔の修理を依頼したのが切っ掛けだった。物資は腕輪の収納機能を活用すれば、簡単に運搬できる。

 しかし作業員、人は別だ。

 フジヤマまで行って登山する時間もそうだが、様々な要因が複雑に絡み合ってくる。

 

 そこで桜は、とりあえず物資だけ運んでライフラインを整えたのち、登山チームを選別するつもりでいたのだが、研究者の1人が案を出した。

 

「確かに直接入る事は死に繋がります。ですが、その青鉱石であれば、今まで魔力不足で試せなかった物があります」

「一緒に行けるのであれば便利ぢゃな。で、それは何ぢゃ?」

「姫。それはですね……アレです!」

 

 研究者が指差したのは、窓の外。研究に没頭したい人の要望で作った仮眠棟だった。といっても6世帯のアパートに匹敵する建物で、住居も問題ない。2LDKが6部屋、共同の風呂とトイレが2つずつ設置してある。

 当初は、この建物に結界を張り空気を発生させたのち、近くの湖か海に沈める計画であった。しかし、結界装置の魔力不足で断念、要望もあって仮眠棟となったのだ。

 

「アレならば、結界を張り腕輪の収納に入れられます。問題としましては、結界の持続時間と人への影響です」

「すぐさま実験ぢゃな。まずは、わらわが入る」

「姫! それは駄目です!」

 

 自分たちの主でありスノームの姫に、そんな危険な真似はさせられない。と、ほぼ全ての研究者が声を上げた。

 

 結局、動物を使って実験する事になったが、ひっそりと何人かの研究者が、喜々として入っていったのは黙認された。

 魔力が切れた場合の危険は、当然ある。しかし、青鉱石1つで7時間は余裕で持つ事が判明しており、安全を考慮して目安を5時間と定めたのだ。空気の問題は、なんなく解決されている。

 ちなみに桜は、研究者から姫と呼ばれている。

 

「では一緒に行く者は準備するのぢゃ。建てる棒は大丈夫か?」

「大丈夫です。あとは、埋まっている実物を見て判断できます」

「うむ。アスモ、ランスはどうした?」

 

 そこへ、出待ちしていたかのようにランスロットが現れた。

 研究者や作業員が入った仮眠棟を収納スペースに入れると、桜たち3人は、フジヤマへ向けて出発した。

 

 その頃、唯と陽二とナーナは王宮に居た。

 

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