※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

41 / 66
4章
パトリシアと何でも屋/依頼


 

 

 桜たちが登山の準備をしていたその頃、王都へ転移した陽二たち3人は、パトリシアと植えた花壇の前を歩いていた。花をつけた苗は無事根付いたようで、その元気な姿を見た彼は、思わず笑みを浮かべていた。

 

 その花壇を通りぬけ中央の入り口へ向かうと、唯の到着を待っていた王国兵士が「唯殿!」と走ってきた。

 

「ふむ妾はこっちか。陽二、ナーナを頼むぞ」

「任せてください!」

 

 唯と別れた彼は、ナーナと王宮内へ入ると受付から情報を得た。

 受付の人は、王宮でしばらく暮らしていたので顔見知りだ。また王妃の帰還と喜ばしい出来事も重なり口も軽くなっていたのか、特に尋ねた訳でもないのに話して来たのだ。

 

 その内容は、トパンと森で救助された母子の事。

 母子は現在、王宮内で隔離されているものの、体力面と精神面を考慮して手厚い保護を受けていた。

 

 母親たちはとても辛い出来事にあってしまった。その時間を取り戻すことはできないが、記憶を消去してやり直す事も可能ではある。しかし、宿場町でアスモデウスが提案するも、難色を示した経緯がある。子供の事もあり、まだそんな事を考えられる段階ではないのだろう。

 

 その子どもたちには、魔物化の危険性がある。しかし魔物化を防ぐ手立てがあり、その実験が始まっている。

 実はその実験こそが、ナーナに渡したネックレスなのだが……彼が知る事はないだろう。

 

「お兄ちゃん! ナーナ!」

 

 受付と話をしていた彼の元へ、訪問の報せを受けたパトリシアが元気に走ってきた。この『お兄ちゃん』呼びは周知の事実であり、王宮内で驚く人物は1人もいない。そう呼ばれる人物には、全員が感謝しているのだ。

 

「元気にしてた?」

「元気にしてたよ。あれ? ナーナの肌……大きくなってる!」

 

 パトリシアは、脱皮して容姿が変化したナーナに飛び付いた。頭をワシャワシャとこねくり回すと、まじまじとナーナを観察し始めた。するとナーナも負けじと、パトリシアの頭に腕を伸ばして撫(な)でようとしていた。

 

「王と王妃(2人)にも挨拶しときたいんだけど、会える?」

「お兄ちゃんが来たのを聞いて待ってるよ!」

 

 △△

 

「ちょっと待っててね。唯さんに伝えておくから」

 

 死んだと思っていた王妃マナリシアが生還した。その感謝がどれだけ大きいのか……しかしながら一緒に居た、ただそれだけで恩返しの標的にされてしまっては堪らない。

 マナリシアの提案で辛くも逃げ切った彼は、話の流れでパトリシアと一緒にスノームへ行くことに。

 

 王宮の外へ出るも唯の姿はなかったので、腕輪の通信機能を使い報告。すると唯から、桜たちがサラデインで捕獲したゴブリンから得た情報を元に、捕まっている女性の救出へ、今から出る事を知らされた。

 

 スーパーヒーローに目覚めたのか、彼が

「俺も手伝います!」

 と伝えるも

「面倒を見る人数が増えて邪魔じゃ、来るな」

 と、唯はあっさり拒否。

 

 仕方ないだろう。足手まといは枷にしかならない。気持ちだけではどうすることも出来ないのだ。

 

 忙しい事もあり、強く言い過ぎてしまったと感じた唯は

「うぬにはナーナを頼んだじゃろう?」と

 彼には重要なミッションがあるのだと、アスモデウスにも言われているだろうと、フォロー。

 

 そう言う事かと、適材適所か! とダメージから復帰した彼は、本日の目的を果たすためスノームまで転移した。

 ちなみに、2代目ピュアセーラーであるパトリシアのネックレスにも、クールセーラーのネックレスを改造した、ナーナがぶら下げているネックレスにも、転移機能が搭載済みである。

 

 ただし可憐ウィッチの転移機能は、各町にある転移門とウィッチ仲間のみ。なので最初に彼が転移したのち、両方のチームに対応しているネックレスでナーナが彼のもとへ転移。最後にナーナの元へパトリシアが転移すれば、全員が同じ場所へ転移できるという寸法だ。

 

 早速、洋服屋さんへ向かった。そのあと新人/練習ダンジョンに入る予定なので、その近くの店で買うことに。

 ところが彼は、女の子の服に理解がなくセンスも皆無。なので「シアに任せといて!」と言うパトリシアに服選びを任せ、隣の雑貨屋っぽい店に入った。

 デキる男ならば、ここで一緒に入り褒め言葉のひとつでも言いながら一緒に選んで楽しむのだが……残念ながら、彼には想像すらできなかったのである。

 

 カランカラン

 

「いらっしゃいまっせー!」

 

 元気なあいさつを受けて入店した彼は、軽く品物を見回した。しかし、何を買えばいいのか全く分からない。なので聞くことにした。

 

「すみませんよく分からないので、野営やダンジョンで必要な道具を教えてくれないですか?」

「もしかして冒険者見習いっすか?」

 

 カウンターの中で何かの作業をしていた店員は、彼の言葉で手を止めると、頭を覆っていた三角巾を外して笑顔で近づいた。

 

 ―― な、なんだと……

 

 彼はやって来た店員に目をやると、そのままの姿勢で動きを止めてしまった。三角巾を外した店員の頭の上で、押されてペタンとしていたモノに思わず見入ってしまったのだ。

 

「あ、あのー? 聞こえてないっすか?」

 

 一点を見つめるように、問いかけにも応じず見開いた目をした彼に、店員は恐怖を感じていた。それと同時にムクムクと元の状態へ、ゆっくりと形を戻していくモノ

 

 ―― ケモ耳だ

 

 彼は、女性店員のピョンと立つ耳に釘付けになってしまった。違う種族の特徴をしてる人は、何度か町中で目にしたことはあったが、ケモ耳は初めてだった。

 

「ちょっとお! 冷やかしっすか?」

 

 店員は、怖いけど気合をいれた。ぷんぷんと怒りながら腕をまくる仕草をみせつつ、すぐ逃げられるポジションへ。そして彼は、そのかわいい仕草で我に帰った。

 

「すみません。名前を聞いてもいいですか?」

「えっ、何? 確かにここはお店っすけど、私は売り物じゃないですよ。それとも口説いてるんすか? た、確かに私はかわいいし、元気で気立ても良くてこの店の看板娘っすから、口説きたくなるのも分からなくはないっすが……」

 

 店員は何を勘違いしたのか、見当違いの事を口走り始めた。たまにピコピコと動く耳が、彼の視線を誘う。正直、このままずっと眺めていたいが、下心満載のナンパ野郎と誤解されても困る。彼は、同じ質問で軌道修正を狙った。

 

「冒険者が、野営やダンジョンで使う道具ってどれですか?」

 

 戸惑いを見せていた店員は、彼の言葉でハッと正気を取り戻したのか、商売人の顔になった。

 

「冒険者? そうは見えませんが、まずは装備が先じゃあ……」

「なるほど」

 

 彼は自分の格好に納得した。白いTシャツと黒いズボン。どこから見ても、冒険者には見えないと。なので、もらった短剣を取り出して見せた。

 

「武器と防具は収納スペースにしまってます。こんなナリをしてますけど、一応冒険者です。それで、先日見習いを卒業したんですけど、冒険者としての知識が全くなくてですね……」

「お客さん。見習いが取れるまで、どれだけの時間が必要だと思ってます? なじみのお客に冒険者見習いがどれだけいて、どれだけ藻掻(もが)いているのか……見習いが取れるくらい冒険者をやっているなら、知識なんてあって当然っすよ?」

 

 この店員の言っている事はもっともだ。

 普通の冒険者見習いは、練習ダンジョンのスライムを1匹倒すだけでも至難の業なのだ。当然、見習いが取れるまでに長い時間が必要になり、当然のようにその過程で知識も集まる。

 

 彼はランスロットとナーナのおかげで、難なくレベル10まで上がり見習いが取れた。しかし、普通の冒険者は寄生プレイみたいな真似を許さない。なぜなら、死に直結するからだ。

 

 彼は悟った。無知は罪なのだと。この世界の常識を何も知らない素人だから、ボロが出まくりんぐなのだと。ではどうすればいいのか? 勘ぐられないように訂正すればいい。

 

「バレちゃいました? まだ冒険者になったばかりの新人なんですよ。なので、レクチャーをお願いします!」

「お客さんミエを張っちゃダメっすよ? すぐに死んじゃいますから」

 

 △△

 

「私の名前はリンメルっす。この何でも屋『黒狼の星屑』の看板娘で、たった1人の店員っす!」

「俺は陽二っス! よろしくお願いしまっス」

 取りあえずお互いに自己紹介との流れになり、リンメルの人徳の成せる技なのか、お友だちの距離間になっていた。

 

「まねしないで欲しいです、おちょっくってるんっすか?」

 

 そんな軽口で、距離を縮めるテクニックを披露するのが、犬のようなケモ耳を持った赤毛の少女リンメル。

 身長は150cmくらいで細身、幼い顔立ちで中学生くらいに見えるが18歳だ。この店に住み込みで働いている。

 オーバーオールにエプロンが、店での基本スタイルだ。

 

 彼は、先程までリンメルが座っていたカウンターの中に、切りかけの野菜があるのを見つけた。

 

「お昼ごはんの準備?」

「あれは夜の準備っす。この店の奥は食堂になっていて、夜はそっちをやってます。よかったら食べに来るっすよ」

 

 この店の2階で寝起きをしているリンメルは、15時まで『黒狼』を開き、店番の合間で夜の仕込をして、16時からは食堂『星屑』を切り盛りしている。

 

『星屑』は、この周辺に住む各職業の見習いや、稼ぎの少ない者が集う店なので儲けは少ない。むしろリンメルの人件費を考えれば、赤字と言っていい。しかし彼女はそれでも構わないと、充実した毎日を送っていた。

 

 彼はリンメルの耳をチラ見しつつ、世間話で情報を仕入れながら道具を選んでもらった。

 この店の商品は、スノームの見習い職人が作った物なので品質は悪くない。これはスノームならではの特色で、委託販売になっている。棚を間借りするので、仕入れ値は不要の売れた品物のマージンをもらうシステムだ。しかも、底値はあるが値段は店が決められる利点があった。

 そのシステムを開けっ広げに説明したリンメルは、良心的な値段設定だと胸を張った。

 

「あと、調理器具と薪か炭も欲しいんだけど、どこに行けば買える?」

「それもお任せです! この何でも屋、売ってないのは結婚相手とお金で、ほとんどの品物は揃います。ちょっと待っててっす」

 

 そう宣言したリンメルは、ピューッと外に飛び出した。そして周囲の店を走ると、目的の品を集めてきたのだ。

 

「他の店で買ってきただけやん」

「ぜんっぜん違います。助け合いっす!」

 

 とは言え折角集めてきてくれたので、テントに鍋やフライパン、油に炭や薪、木材にレンガなど結構な量だったが、全て購入する事に。

 

「選別してもらおうと思って集めたんですが、本当に全部買うっすか? 値段はえーと……」

 

 リンメルの表情が、曇っていく

 

「どったの? 全部でいくら?」

「えーと、払えるっすか? 私も調子にのって集めてきたとは言え、これは無理かも……銀貨87枚っす」

 

 彼は相場を知らないが、テント1つで銀貨10枚に届く。もしこれが本職人の作ったテントなら、丈夫で付与効果が盛り沢山なのもあり、安くても銀貨40枚はする。素材も集めにくく高くなる原因だが、職人の腕に値がつくのだ。

 薪や炭は銀貨1枚もあれば大量に買えるが、リンメルが持ってきた量が量だったので、この金額にまで跳ね上がったのだ。

 

 しかし常識知らずの彼はピンと来ていなかった。

 日本円で換算すれば87万と大金なのは理解していたが、全財産の半分にも届かない金額。

 また、ゼロベースからの生活必需品、王ダグリオスから貰ったあぶく銭、リンメルにカッコいい所を見せたい、レヴィアタンのため等々。諸々顧みても、全く惜しくなかった。

 

「じゃあこれで」

「こ、これは金貨? 初めて見たっす……!? 陽二さんってもしかして、悪い事をしている人? 見習いがこんな大金を持っているはずがないっすよ? あっ!? もしかして馬鹿にしてるっすか。私たち貧乏人は、金貨なんて見た事ないだろうと騙(だま)すつもりっすね」

 

 金貨を握るリンメルの手が震えていた。初めて手にした感動からなのか、騙されていると思って怒りに震えているのか

 そのとき、店内にカランカランと来客を知らせる音が響き渡った。

 

「いらっしゃいまっせー!」

 

 条件反射とはおそろしいな。と彼はひどく驚嘆した。

 今の今まで怪しんで険しい表情をしていたリンメルが、カランカランの音ひとつで、営業スマイルへと様変わりしたのだから……

 

 店に入ってきたのは、パトリシアとナーナだった。彼の姿を見つけるや否や

「お兄ちゃん、お洋服のお金ちょうだい!」

 と第一声。それに素早く反応したのが、勘違いから怒りのボルテージが蓄積していたリンメルだった。

 

「お兄ちゃん? この詐欺師の仲間っすか成敗っすよ!」

 

 リンメルはタタタッーと、パトリシアに掴(つか)みかかろうと彼の横を駆け抜けたのだ。

 パトリシアは王女である。その前に大事な大事な、目に入れても痛くない妹である。なので彼はガシッと、リンメルってちょっとコントみたいな女の子だなぁと思いつつ、後ろから捕まえた。

 

「キャッー。な、なんです、なんなんすか。実力行使っすか? 止めるっすよ、まだ清い体でいたいっすよー」

 

 咄嗟(とっさ)の事とはいえ、リンメルを後ろから抱き上げる形になってしまった。

 リンメルの体は柔らかく、顔にピコピコと触れる耳が心地よい。捕まったリンメルは、ジタバタする足蹴りで彼を何度も攻撃するが、レベルの上がった彼に、リンメルの蚊の刺すような攻撃は通用しない。地味に痛いので、我慢しているだけだが……

 

 目の前での婦女暴行。

 それを見たパトリシアは、ショックで叫んだ。現行犯だ!女の敵だ!

 

「お兄ちゃんのバカ、エッチ!! その子を離して!」

「ナーナ! ナーナ!」

 

 何て事だ信じられない。だが決断は早かった。今なら未遂で減罰も可能だと、パトリシアとナーナは魔法の構えを取った。

 それを見た彼はこりゃヤバイと、ちょっと待てよと、拘束を解いて両手を上げた。

 

「誤解だって!」

 

 その間に、リンメルはパトリシアの後ろにすばやく逃げだすと、キッと彼に殺意のこもった目を向けた。

 

「た、助かったっす。危うく、乙女の大事なナニカが奪われる寸前っすよ」

「ちょっリンメル言い方! 違う。違うからねシア。俺は、リンメルがシアに掴みかかろうとしたから、それを止めようと……」

「大丈夫? エッチなお兄ちゃんにはお仕置きが必要だよ」

「だからシアさん。俺の話を聞いておくれよ!」

 

 △△

 

「なーんだ。そういう事なんだねー」

 

 彼は必死に経緯を話し説得。やっと納得してもらえた。そして取りあえず、隣の服屋で支払いを済まし服を回収して戻った。

 

 服屋の店員にナーナの姿は見えておらず、1人で見えないナニカに話しかけながら服を選ぶパトリシアを見て、どこかかわいそうにと思っていたのは別の話だ。

 

「パトリシア・クルシュナインです。シアでいいよ、こっちはナーナ。火の精霊ナーガだよ」

 

 自己紹介を受けたリンメルは、狐に摘ままれたような表情でパトリシアが指し示した方向を見ていた。決して残念な子だとは思っていない。

「リンメルには、ナーナの姿が見えないんじゃない?」

 と、彼のひと言があったから。とは言え、信と疑は半々くらいだろうか。

 

 ナーガは食材として流通している事から、火のダンジョンに出現する魔物として幅広く認知されている。なので、見えるより見えない方がトラブルが少ないだろうが、この様に紹介する場面だと不便だ。

 その前に、ナーガとナーナの容姿は天と地ほどの開きがあるので、ナーガと言わなければトラブルは起きないだろう。

 

「精霊って本当っすか? 私を騙しても、このナイスバディ以外は何もないっすよ」

 

 ―― 子どもみたいな体型なのに!? まあ、かわいいのは認めるけどね

 

「まあ、ナーナの事は置いといて。身分証はないけど(ゲロまみれでおじゃんになった)冒険者カードで信用してもらえない?」

「そんな物では信用できないっす」

 

 するとパトリシアは自身の収納スペースからメダルを取り出し、リンメルに手渡した。

 

「こ、これは!? シアさん。いえ、パトリシア様。お返しします。ならお兄ちゃんという事は……でもパトリック様にしては、顔がげぶんげふん。背も低いし、モブっぽいですし……」

 

 逆に怪しさが増したようだ。リンメルは怪訝(けげん)な目を彼に送った。

 

「おいっ、当たっているけど失礼だな」

「陽二お兄ちゃんはね、パトリック兄様とは別のお兄ちゃん。こう見えて優しいし、頼りがいがあったりなかったりって――あれ?」

 

 パトリシアは、王妃マナリシアが生還した事で、兄や陽二に依存していた心に、薄れが出始めていた。同様に彼を見る目のフィルターにも薄れが……

 

「あれっ? かっこ悪い、かも?」

「シアさん!?」

 

 心のより所。『妹』を失いかけている事に気付いた彼は愕然(がくぜん)とした。

 ―― 新人/練習用ダンジョンでカッコいいところを見せ付けて、気持ちを繋(つな)ぎ止めなければ!

 

「まあ、そのやり取りで十分信用するっす。じゃあ、ちゃっちゃと払って欲しいっすよ」

「さっき渡した金貨はどうなったんだ?」

「てへっす」

 

 早速、大量の商品を倉庫に収納しながらリンメルに相談を持ちかけた。

 ―― 正直なところ、銀貨10枚くらい手元にあれば何とかなるだろうし

 

「食材もたくさん買い込みたいんだけど」

 

 銀貨を10枚抜いたを袋を、リンメルに手渡した。

 しかし、金貨で支払うと『お釣りでお店のお金がすべて消えてしまい、商売が成り立たなくなってしまう』との事で、一緒に両替へ行き、その帰りに市場へ寄って食材を調達する事にした。

 

 リンメルは話しやすく、性格も相まってとても顔が広いと言う。なので仲介役と食材の目利き、値段交渉を依頼した。

 

「今日1日で、1カ月分以上も儲(もう)かったっす」

 

 市場から帰って来て早々そう語るリンメルの食堂で、お昼をごちそうしてもらう事になった。彼はナーナと椅子に座って、調理場に立つ2人の姿を眺めていた。

 

「リンメルちゃんのお話し面白い! もっと聞かせてよ」

 

 気さくなパトリシアの言葉を受けてリンメルも吹っ切れたらしく、2人はすぐに意気投合。さらにパトリシアを介してナーナとも仲良くなった。3人は、もうお友だちだ。

 その流れのまま、パトリシアはリンメルの手ほどきを受けながら料理に挑戦中。その笑顔はとても眩(まぶ)しく、彼は思わずにやけていた。

 

 ―― そうだ!

 

「シア、ちょっと向こうで道具の整理をしてくるよ」

「うん。分かったよ」

「盗(と)っちゃ駄目っすよ!」

「盗るか!」

 

 リンメルに釘を刺された彼は、料理ができあがる前に用事を済ませるべく『黒狼』に場所を移すと、早速セナドゥースの部屋へ。

 静かな室内。ベッドの上には、セナドゥースとレヴィアタンが並んで眠っていた。

 

 ―― 今の時間って、眠ってるんだな

 

 たまたま眠っていたのだろう。念のため、小声でセナドゥースの意識を確認した。反応なし。

 

 そーと起こさないように室外へ出た彼は、木製のテーブルとベンチタイプの椅子をふたつ設置。一応レヴィアタンの食卓だ。

 次にレンガを取り出すと、1m四方の土台を作る。水の入ったペットボトルでもあれば水平も楽に取れそうだが……そこまで必要ないだろうと考えた彼は、おおよそ水平に作り上げた。

 その上にモルタルを塗ったレンガを、コの字に積み上げる。

 完成したら中で炭を起こして、水分を飛ばすためそのまま放置。

 

 ―― よし、かまど完成。

 

 今度は部屋のすみに、調理器具と買ってきた生活用品を置く、その隣にシートを敷いて、野菜や果物、肉や魚を置く。

 ―― 好きなだけ食べていいよ

 レヴィアタンの寝顔を見ながら、起きたときの喜ぶ顔を想像した彼は、部屋を出た。

 

「お兄ちゃーん」

 

 ―― グッドタイミングだな

 

 パトリシアとリンメルが作った料理は、簡単に説明するとチーズのないピザ。丸く伸ばした生地の上に、肉や野菜をのせて焼きあげた物だ。

 それと、水に溶かした生地に野菜を絡めて油で揚げた『ガンネ』と呼ばれる郷土料理。

 もともとは、余った野菜や切れ端をまとめて揚げたのが始まりで、具材は各家庭で千差万別。なるべく余す事なく全てを食べきる、一物全体の考え方にマッチした、この国の食べ物ともいえる。

 

 食感はかき揚げみたいにサクッとした食感かと思いきや、モチッとした食感でおなかにたまる(・・・)食べ物だ。材料は当然の如(ごと)く、夜の仕込みで余った端切れで、コストパフォーマンスも最高だ。

 

 みんなで『いただきます』をして食べ始めようとしたとき、彼はランスロットのお弁当を思い出した。

 

「これも一緒に食べようか」

 

 重箱を取り出し、テーブルの上に広げた。

 

「な、なんすかこれ……食べた事のない物がたくさんっす」

「わあ、おいしそうだね。この小さい包みはなんなの?」

「おにぎりだよ。ナーナが食べやすいように、小さく作ってあるんだって」

「ナーナ!」

 

 ナーナが手に取り包みを開けると、真っ白な三角おにぎりが顔を出した。パトリシアとリンメルも手を伸ばす。

 

「おいしいねー!」

 

 絶賛するパトリシアの隣で、リンメルは震える手でおにぎりを掴(つか)むと、ゆっくり包みを開けて三角の頂点をパクリ

 

「――!? な、なんすか、これがご飯? おいしいっす、天に登って住んでしまうくらいっす」

 リンメルは、おにぎりを味わうようにかみ締めながら感想を口にすると

「何時もこんなにおいしい料理を食べているんすか? 私の作った料理なんてゴミっすよ」

「ゴミなんて言うなよ、おいしいじゃん」

 

 彼はガンネをひと口で食べ、チーズなしピザをほおばる。色々な野菜の味や食感が混ざって、本当においしいのだ。

 

「シアもありがとう。おいしいよ」

「シアは野菜をのせたり混ぜたりしただけで、ほとんどリンメルちゃんが作ったんだよ」

 

 と言うパトリシアだが、喜びの表情を見せた。

 

「うー……このお弁当はすごいっす」

 

 リンメルは、オカズゾーンの華やかさに圧倒されていた。

 

「ねぇお兄ちゃん。これって、誰が作ったの?」

「ランスだよ。あの、青い髪のお姉さん」

「あの変態さん? 綺麗だし胸も大きくて料理上手……強敵だぁ」

 

 彼もランスロットが褒められて嬉かった。しかし、変態と言われたのは訂正しなかった。

 

 ちなみに、パトリシアやリンメルが気に入った料理は、おにぎり。今まで食べた中でも、ダントツのおいしさだと感じていた。

 

 このサクラノヒカリは炊きたても当然おいしいが、冷めていく過程で、甘みを増す特徴が強い。さらに、その美味(うま)さを数段引き上げる手法を施したランスロットが如何(いか)にすごいか。残念ながらリンメル以外、誰も気づくことはなかった。

 

「陽二さんたちは、これからどうするっすか?」

 

 耳をピコピコと動かすリンメルが、彼に尋ねた。

 

「今教わっている人から課題を出されていて、練習ダンジョン地下5階のクリアを目指してるんだよね。前回は地下3階まで進んでるから、その先を目指すかレベルアップか……」

「地下3階……。本当に見習いが取れてるんですね。人は見かけによらないって本当っすね。びっくりっす」

 

 地下3階と聞いたリンメルは、なるほどと、そこまで到達しているなら見習いも取れているはず。と納得した。そもそも、ほとんどの冒険者見習いは、地下1階で経験と知識を身に付けながらレベルアップを目指しているのが現状であり。進んでも、精々地下2階まで、その先は魔物が強力で時間の無駄になる。そんな話を聞いていたからだ

 

「仲間の助けがあって、見習いを卒業したんだけどね。それに今日はシアも一緒だし、地下1階でレベルアップかな」

「えっ!? シアさんも冒険者? 王族が? まさかっすよね?」

「シアは魔法師(まほうつかい)だよ」

「魔法師!? すごいっすね。見習いを卒業するには、魔物を倒してレベルアップしないといけないっすもんね。その口で来たんすか?」

 

 ―― へぇ、魔法師ってそんな条件があるのか……

 

「シアはレベル12。とっくに見習いは終わってるよ?」

「まじっすか? 魔法、使えるっすか?」

「使えるよ」

「えっ? シアって見習いが取れてるの? いつ? てか、急激にレベルが上がってるけど……!!」

 

 彼は気付いた。

 カリンとのタッグで、ゴブリン将軍を倒したあの時だと。

 あの戦いのあと、パトリシアもカリンも見習いを卒業。

 そして、パトリシアは風属性を。カリンは、火属性と火魔法を獲得していたのだ。

 2つの熟練度を上げていけば、いずれ『魔術師(上級職)』になれるだろう。

 ちなみにパトリシアは、基本4属性の魔法を全て使える。これは桜との訓練の賜物(たまもの)であるが、本人の努力、並びに常識に囚われない柔軟な思考があってこそなのだ。

 

「いいっすね……。やっぱり、お金がないと何ともならないんですかねー」

 

 唐突に、愚痴るように呟いたリンメルは、ため息をついた。

 

「言っとくけどシアの見習いが取れたのは、お金の力じゃなくて本人の努力の結果だよ。俺は魔物とシアの戦いを間近で見ていたけど、本当に凄かった。腕が折れても諦めなかったし、尊敬してる」

「えっ、そ、そうかなぁ。あの時は無我夢中で……。それに、カリンも一緒だったし」

 

 ナーナもあの戦いを思い出しているのだろう。興奮しているのか、パトリシアやカリンのものまねを始めた。

 

「それは凄いっすね。話は変わりますけど、普通は見習いを卒業するため練習ダンジョンで魔物を倒すんですけど、魔法師1人で挑戦した場合の成功率を知ってるっすか?」

 

「んー50%くらい?」

 

「0%っす。だからこそ冒険者を雇って入るんです。この時ばかりは、寄生プレイを嫌う冒険者も協力するっす。ですが……雇うための金額がバカ高いんっすよ。そして、レベル9で止まっている魔法師見習いは、お金集めで苦労してるって話です」

 

 魔法学校でも対策として、年2回。生徒を連れて、練習ダンジョンに入る。しかしながら、そこでレベルが10になれる魔法師は稀。そのため近年では、たんに魔物を倒して経験値を得るのではなく、何かしらの条件を達成しなければ駄目なのでは? と疑問の声が上がっている。

 

 カリンやパトリシアは、生まれながらにして魔法を使う事ができた。いわば選ばれた人間であり、別格なのだ。

 さらに

 カリンは幼い頃、ダンジョンで魔物を討伐した経験を持ち、水魔法の練習も欠かさず行っていた。

 パトリシアにしても、死を恐れず毎日倒れるまで魔法を使い続けていた経緯があり、2人とも常人以上の魔力を持っているのだ。

 

 しかし普通の魔法師は、魔法を使うどころか魔法属性を持っている者も極わずかで、魔法での魔物討伐は難しい。レベル9までは、魔法の勉強や精神鍛練の修行で上げられるが、最終的に壁となるのが魔物の討伐。

 剣や盾を装備して倒せばいいのでは? と思われるが、不馴れな武器では焼け石に水。殴るのと変わらないダメージしか与えられないのだ。

 

 そして1番のネックがHP。

 ほとんどの魔法師は多くても30ほどしかなく、これはレベルの上げ方に問題がある。と言われているが定かではない。

 

 なので、将来を見越して援助してくれるスポンサーを探すか、自分で負担しなければならない。1回で見習いを脱却できればいいが、回数を重ねればそれと比例して負担が膨大になる。その費用は、冒険者1人につき銀貨10枚。

 

 高いと思われがちだが、冒険者を1日拘束するこの契約は、冒険者協会で決められた金額なので文句は言えない。その反面、白タクみたいなもぐりの冒険者もいる。しかし、騙(だま)されても文句は言えないだろう。

 

 そして最後の難関が、見習いを卒業した時スキル(魔法)を得られるかどうか。これは運を天に任せるしかないが、その数は多くないという。

 魔法師になれなかった者に残るのは、莫大(ばくだい)な負債になるが、この難題を突破した者の未来は約束されたと言っていい。

 

「そこで相談っす。実は、私の知り合いに兄弟がいるんですけど……レベル上げを手伝ってもらえないっすか? 今日だけでもいいんです。陽二さん、私の耳ばかり見ていますけど、手伝ってくれるのでしたら、断腸の思いで触らせてあげてもいいっすよ?」

 

 彼は鼻で笑った。

 ―― おいおいリンメルさん。オイラを舐めてないか? 俺がそんなに安い男だと? ふぅやれやれ。だかしかし、色々と世話になったのも事実だし、あの耳を触れるのなら……

 

「分かったリンメルちゃん。シアたちが手伝うよ!」

 

 ビシッとバシッと、恩着せがましいセリフを考えていた彼の思考を遮るが如(ごと)く、先にパトリシアが手伝うと宣言してしまった。

 

「ちょっとシア……大人には駆け引きという物があってだね。もうちょっとよく考え」

 

 ところが、彼の言葉を邪魔するように、リンメルが口を開いた。

 

「シアさんありがとうです。流石はお姫さま! やっぱりどっかのモブとは違うっすねぇ! あ、陽二さん。耳の件はなしっすからね!」

 

 ニヤリ。リンメルはしてやったりの顔だ。

 

 ―― クソがああ! どうして即答しなかった!

 

 彼は、ダンダンとテーブルを叩いた。

 それを見たパトリシアは、痴漢行為を未然に防げてご満悦。当然、ナーナもやる気まんまんだ!

 

「そんなに触りたいっすか?」

 

 と、そんな彼に救いの声が向けられた。

 ―― いいの?

「触りたい!」

 即答である。すると静寂の後

「「エッチ!」」

 

 ―― 耳に触るのはエッチなんだな……

 またひとつおりこうさんになった彼は、女子たちの冷たい目を見ながら思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。