「前回のゼラニオン!」
シアたちは、雲1つない青空が広がる空の下に居ました。日を照らすその姿はどこにも確認できないけど、降り注ぐ光のお陰でここはとても明るいです。
そうです! そうなのです! ここは新人/練習ダンジョンの中、なのにです。
シアは、ダンジョンは洞窟の中にある迷宮。迷宮とは、日の光が届かない暗い場所だとずっと思っていました。ですが、そんな洞窟だけではないと、いい方向に裏切られてしまい、モーレツに感動していました。
実は、シアだけが知らなかったんだけどね。
ここには、ガナシャちゃんのレベル上げ。魔法師の見習い卒業を目指してやって来たよ。
見習いを卒業する=魔法師のレベルが10になると、属性魔法を覚えるチャンスがあるんだって。覚えられるといいね!
そしてもうひとつ。
冒険者に転職したカリンも合流したよ。カリンの話は省くけど、さあ出発! と思ったら、ガナシャちゃんのお兄ちゃんのガナットさんが、リタイアを宣言しちゃった!?
そのガナットさんのリタイアを止めるべく、お兄ちゃんがシアたちの事を熱く語ったよ
もうっ! もうっ! もうっ! ってガナシャちゃんとはしゃいでいると、カリンの錯乱? が炸裂!。
シアは見慣れていたからいいけど、ガナシャちゃんはビックリしてた。
ともあれお兄ちゃんが言うには「ガナットくんは、ガナシャとYシャツと私を残して、この部屋を出て行ってしまった」だって。意味が分からないよね!
△△
ダンジョン専用回復薬を飲み干し、なんとか復活を果たした陽二は、鋭く痛いツッコミを容赦なく繰り出したカリンを
しかし、1mmも悪いと思っていないカリンは「なに?」と、
彼女は、身長160cmで体重??kg。腰に届く長い艶のある黒髪と吸い込まれそうな黒い瞳を持つ、容姿端麗という言葉が似合いすぎるくらいの美しい少女だ。
パトリックとの婚約による
幼い頃から水魔法を操り、同時に冒険者から剣の指導を受け、魔法と同じくらい腕を磨いてきた。
そこいらの冒険者見習いより、間違いなく強く経験も豊かだ。
さらに2代目スマイルセーラーとして力を受け継ぎ、その力は未知数ながらも大きな期待をかけずにはいられない。
今回ダンジョンに来た目的はガナシャのレベル上げだが、カリンの目的もレベル上げなので一石二鳥だ。
そのため陽二のお仕事は、ガナシャを守りつつ魔物を狩っていく簡単なお仕事になる。要は寄生プレイや姫プレイと呼ばれるやり方をやればいいのだ。
パーティーメンバーは、陽二にナーナ、カリンにパトリシアと明らかにオーバーキルのメンバーが
ところがだ。見習いになったばかりのカリンはステータスが下がっていて、魔法師の頃より明らかに弱くなっていた。そして、パトリシアも魔法は使えるがステータスは低く、魔法を避けられてしまう場面も多く、あまり役に立たなかった。
それに付けて恐ろしかったのが、2人ともまともに攻撃を受けてしまったら、大怪我は避けられない事だった。
諸々を総合すると慎重に進むしか道はなく、魔物との遭遇率は1時間で3体。結果、討伐数を稼げないので経験値も得られずレベルも上がらない。そんな袋小路に陥っていた。
―― これは、今日中には無理だな……
と、ランスロットとナーナの3人で、とにかく走り回って次から次に魔物を倒しまくり、効率よくレベル上げを果たした彼は、歯痒い思いをしていた。
なので、カリンとパトリシアに相談を持ちかけた。
「めっちゃ効率悪くない?」
例え効率が悪くても、ガナシャのレベルが上がっていれば問題はないのだが……。当然、そう都合よく上がっていないのが現状だった。
しかも、彼の問い掛けに帰って来たカリンの言葉は
「こんなものじゃないの?」
だった。
そう、時間当たり3体の遭遇率。これが普通なのだ。
とは言え、おいしいやり方を経験済みの彼は『普通』では我慢ができなかった。
「効率重視で行こう。そこで、相談なんだけど……」
彼は、カリンとパトリシアに考えを伝えた。
「そうね。なぜ思いつかなかったのかしら……」
「でも、いいのかな?」
「大丈夫、大丈夫。地下3階まで行けば、まず他の人は居ないし魔物もザックザク出てくるし」
この新人/練習ダンジョンは、各階に出現する魔物の最大パーティー数は決まっており、倒されると新たなパーティーが補充される仕組みになっていた。
地下1階~4階の面積は同じで出現パーティー数も同じ。それなら複数のパーティーになる下の階に降りれば、効率が上がるのは自明の理である。
さて、提案したものの問題となってくるのは、MP回復薬で回復できない彼女たちの変身装備だ。
それをカリンに訊ねると、ダメージさえ受けなければ問題はないとの回答。ならば、同じシステムであるパトリシアも同じだろう。
―― 変身すればゴリ押しでも問題ないな。
HPやMPに変化はないが、変身すればステータスは大幅にパワーアップし、進むスピードは当然上がる。さらに、徐々に強くなる魔物に慣らしながら進めば、低いHPでも危険度は少ないと、彼は考えた。なので、ダンジョン脱出用アイテムも使わない。
「ねえガナシャ。今からカリンとシアは、特別な装備を使って実験するから、他言無用でお願いね」
「えっ? は、はい。分かりました」
もし身バレをしたら、桜に怒られるかもしれない。念のため彼は、可憐ウィッチを隠すことにしたのだ。
「
さらに土の壁で2人を囲み、その中で変身してもらった。その2人を見たガナシャは「かわいいです!」と連呼していた。
△△
―― 下に降りる場所は、大体覚えているから大丈夫だな
「ナーナは、前回と同じく先頭で索敵を頼むね。カリンとシアは、その後ろで魔物を倒して」
「ナーナ!」
「わかったわ」
「うん」
「でっ、ガナシャはここね」
劇的にスピードアップしたメンバーは、ナーナを先頭に走り出した。ガナシャは、彼が背中に担いで走る。
魔物をナーナではなく、カリンとパトリシアに頼んだのは、経験を積んでもらうためだ。
作戦を変更した彼らは、比べ物にならないスピードで進んでいた。
先頭を走るナーナは、魔物を発見するとすぐ後を走っているカリンとパトリシアの2人に、合図を送る。
カリンの武器はスマイル
その『真法剣』を見て彼は、魔砲を剣に
―― てか……すでに目標の魔法剣士なのでは?
彼は思ったが、あえて黙っておこうと決めた。
パトリシアの武器は『ピュアスター』という杖だ。
杖の先には、正十二面体の物体が付いており……よくよく見ると、空中に浮いて杖の先でクルクルと回転しているのが分かる。どの様な構造なのか、詳しいことは分からない。
ナーナの合図を受けたパトリシアが杖を振ると、正十二面体はギュルギュルと高回転しながら弾丸のように飛びだし、魔物を貫いて倒す。その瞬間には、杖の先に戻っているから不思議だ。
―― すげぇな……
この理解不能な攻撃には、流石の彼も驚愕を禁じ得なかった。
とまあ後ろで見物しながらも、彼はブレる手元でスライムを撮影してあーしさんに訊ねると、ランクHの5と判明。
しかし、この数字を弱いと判断するのは早計だ。冒険者見習いは、それよりも弱いという事実を忘れてはならないのだから……
ついでに、カリンとパトリシアもパシャッと撮影済みだ。
2人とも100ちょっと。この、ピンクと緑の髪の毛の女の子たちは、間違いなくゼラブラックより強かった。スマホで測定した数字は正確なのである。
さてさて、ガナシャをおんぶして走っている彼も、決して盗撮しながら見学していただけではなかった。アスモデウスとの約束は破っていたが、後ろに向かって魔法を放っていた。そう、熟練度を上げるために。
小さな事からコッツコツ。魔力補助を使用中なので、使わなければ損である。地道な努力が、明日を作るのだ。
地下2階への階段を見つけても止まることはない。そのまま突き進むのみ! 地下1階で、カリンのレベルが一つ上がっていた。そして、全部のドロップ品を拾えたわけではないが、緑草を5つ緑茸を1つ獲得していた。
△△
地下2階。
ここからは、少し強くなった魔物が2体ずつ出現する。ナーナは手を出さず、カリンとパトリシアに任せていた。
彼の背中に居るガナシャは「ほえぇぇぇ~ひぇぇぇえ~」くらいしか口にしていなかった。振動が酷いのだろう。だが、我慢してもらわなければならない。
カリンが剣を、パトリシアが杖を振るいどんどん突き進んでいた。
地下3階に降りる階段を発見したところで、小休止する事になった。
ナーナは余裕
成果、緑草20緑茸10
―― 1番強いのって、ナーナだな……
「疲れたわね。ガナシャ、レベルは上がったかしら ――」
「疲れたよ。シア、こんなに走ったの初めてだよ――」
「ナーナ!?」
カリンたちは、彼の背中を見て絶句した。
見られている彼は不思議に思い、ガナシャに声をかけるが返事はない。
「陽二、しゃがんで!」
カリンが叫びながら彼の後方へと駆け出すと、そのあとをパトリシアも追った。
んっ? と思いながら彼が後ろを振り向くと酸っぱい臭いが……なんと、ガナシャは白目をむいて口からは吐物が溢れていた。さらに耳と尻尾はへにょーんと力無げに垂れ下がっているではないか。
「早く降ろして!」
カリンは、降ろされたガナシャを横向きに寝かせると、口の中へ指を突っ込み吐物を
「ガナシャ、起きなさい!」
「ガナシャちゃん!」
「ナーナ!」
ガナシャは、振動に耐えきれずリバースしてしまったのだ。それでも必死に口をおさえ噴出を堪えていたのだが、不運が重なり気管に入ってしまったのだ。
「マジかよ……」
その1分後、ガナシャは皆に見守られながら天に召されてしまったのだ。
△△
カリンの行動は素早かった。
胸を支えうつ伏せ状態にしたガナシャの背中を強く叩き、気道を確保すると蘇生薬を使い生き返らせたのだ。
「皆さんっ、ご迷惑っ、おかけして申し訳ありませんでした」
カリンは、深々と頭を下げて謝罪しながら咳き込むガナシャに
「アンタ馬鹿でしょ。気づかなかったの?」
腕を組み、猛禽類のような鋭い目つきだ。
「はい。すみませんでした」
「待ってください、陽二さんは悪くないです。吐き出したら悪いと思って、我慢していた私が悪いんです」
と、すっかり元気になったガナシャが
「そうね、ガナシャも悪いわ。前ばかりを見ていた私も同罪だけどね。次は、遠慮なくぶちまけなさい! 陽二にとってはご褒美だから大丈夫よ!」
「ええ!? お兄ちゃんってそんな趣味があるの?」
「そ、そうだったんですか……」
カリンの虚言で、妹’Sがドン引きだ。
「んなわけがあるか、嘘を教えんなよ!」
△△
「それで、レベルは上がったのかしら?」
カリンがガナシャに訊ねる。
その間に彼は、市場で買った飲み物を全員のコップに注いで渡すと、お茶請の
そして、ナーナの好物グリーングローブひと房を餌に、自分の上に誘導し始めた。
「ほれ、おいしいよー」
「ナーナ!」
そしてナーナを捕まえると、鱗の状態をチェックしながら頭を
「見習いは取れたのですが……覚えませんでした」
「そう、それは残念……」
「残念だね……」
全員がガナシャに気を使い、次の言葉が浮かんで来なかった。
「でもですね、もう少しだと思うんです! 陽二さんにおんぶされている間、ずっと感じていたんです。あれ? お尻に何かを感じるって……。陽二さんあれって、魔法か魔力ですよね? 私、分かったんです。レベルを上げるだけじゃなくて、魔力を感じるって言うんですかね、待っているだけじゃ得ることはできない、自分から魔法に歩み寄って
そう言ったガナシャは、ガバッと立ち上がると深々と頭を下げた。
「だ、だからですね、魔法を教えてください。もっと私を感じさせてください! 掴まえられるように手助けをしてください。お願いします!」
「シアはどう思う?」
彼はパトリシアに、桜のハンバーグでの手助けを相談した。
「それよりも、シアがやってもらった方法が良いかも。やっぱり桜ちゃんってすごいね」
「ハンバーグって何の話? 桜ちゃんって、サラリーちゃんのことよね? 私にも詳しく教えてよ」
「サラリーちゃんって、ゼラレッドですよね? どうしてここで姫の名前……?」
「違う違う。カリンの勘違いだよ!」
これはまずい。そう思った彼は咄嗟に声を上げるも、次の言葉がうまく出て来なかった。
なので彼は、カリンの隣にそそくさと移動すると『誤魔化せ』の意味を込めて、ガナシャから見えないように後からお尻を
がしかし、通じるはずがないだろう。
「ちょっと、なに触ってんのよ、エロ陽二!」
お尻を触られたカリンは、黄金の右拳で彼を吹っ飛ばした。すると彼は「いてぇ」と声を上げながら階段を転がり落ちて行った。
「ちょっとカリン、何をしてるの?」
「私のお尻を触ったのよ!?」
パトリシアとカリンは、そう言いながら立ち上がり、彼の後を追って階段を降りていき、その場に残された意味の分からないガナシャは
「話の途中なのに……」
「ナーナ?」
と、不思議な顔でグリーングローブを頬張るナーナに、同情を思わせるように漏らすと、そそくさと階段に広げてあった荷物を片付け、ナーナの手を引くと階段を降りていった。
ガナシャが降りてくる少し前、階段の下では
「桜の事は内緒にしなきゃ駄目だって」
「ごめんなさい、つい……」
と、なぜか痴漢をした彼に、カリンが怒られていたのだ。
「でもカリンも上手だよね。お兄ちゃんとガナシャちゃんを引き離して、強引に話を終わらせたんだから」
「で、でしょう?」
と、咄嗟に口を出したカリンは、彼に『ね!』とかわいく微笑んだ。
「嘘をつくな。こっちは死ぬかと思ったわ!」
「急にお尻を触るからいけないんでしょ? これで貸し1ね」
「はあ? カリンのレベル上げにその他諸々。俺の方が山盛りで貸してるだろうがぁ!」
「あっ、ガナシャちゃんが降りてきたよ」
ナーナと一緒に降りてくるガナシャが目に入った彼は、小さな声でカリンに忠告。
「ヒーローが正体を隠すのは、基本なんだから注意してよ?」
「分かってるわよ……」
「陽二さん、大丈夫ですか?」
大きな銀灰色の耳を、警戒するようにピコピコさせているガナシャは、気づかう声をかける。
「大丈夫。それよりも話の続きだけど……良い案があるんだよね」
それはパトリシアが桜にやってもらった方法で、相手の体を通して魔法を発動する。という案だ。
彼も、宿場町で
その方法を試す前にカリンやガナシャに話を訊くと、思った通り、魔法学校ではそんな教え方はしないとの事。そして、その方法では相手に触れた部分で魔法が発動して危ないのでは? と忠告を受けたのだ。
―― なるほど。言われてみれば、確かにそうかも
と納得しかけた彼だが
―― 杖を通して魔法を使うのと変わらないのでは?
と思い直したのだった。
まさにその通りで、その考えも一種の固定観念みたいな物なのだろう。魔法にしても魔力操作にしても、地上で暮らす者は1歩も2歩も遅れているのだ。
彼は同じ土地に住んでいるのに、この差は明らかに変だと感じていたが……『百聞は一見にしかず』である。
結局のところ、アレコレと言い合うよりも見せた方が早いのだ。
「じゃあ、ナーナとシアは周囲を警戒してて――」
そう言いかけた彼は、安全地帯である階段の途中でやればいいと気付いたのだった。
△△
階段にカリンとガナシャを並ばせて座らせると、その後ろに彼とパトリシアもスタンバイ。念のためナーナには、途中だったグリーングローブを食べながらの警戒を頼んだ。
「取りあえずやってみようか。じゃあ、手のひらを前に向けて腕を伸ばして」
カリンとガナシャは、触れられている背中が気になるのか、不安を口に出す。
「私の背中で発動しないでしょうね? 本当に大丈夫なの?」
「カリンさん。私、怖いです」
体現するように、ガナシャの耳が後方の音を拾うかのように動いていた。
2人が手を伸ばしたのを確認した彼とパトリシアは、手を当てた彼女たちの背中から手のひらに流れるように、ゆっくりと魔力を送った。
彼とパトリシアがやっているのは、ハンバーグの種作り。つまり、彼女たちの手のひらを自身の手と考え、魔力を溜めているのだ。
「現在進行形で魔力を送っているんだけど、なにか感じる?」
「そ、そうね。熱いお風呂に入った時みたい? じわじわと何かが体の中を伝っている感じがするわね」
「うーんと、あっ違うかなぁ……すみません。私には良く分からないです」
カリンは実際に魔法を使えるので、敏感に魔力を感じ取れたようだが、ガナシャは、それが魔力なのか自信が持てないようである。
「シア、もう少し強めにやってみようか」
「うん。どうせなら、桜ちゃんがやってくれたようにやってみるよ」
そう言ったパトリシアは、ガナシャの背中に手を当てたまま集中すると
「
と、一気に魔法を発動させたのだ。
「くぅ、くすぐったいです」
すると、ガナシャの手のひらから魔法が飛び出した。
ビクッとしたガナシャは、体の中にぞぞぞぞっとした何かが、走り抜けるのを感じたと語った。
それを見たカリンは
「陽二早く! 私にもやって!」
と、言ってきたのだ。
―― えっお尻を触って欲しいの?
と心の中で軽くツッコミを入れつつ、彼もカリンを通して魔法を使った。
「ビクンビクンするのぉ!」
「言い方ー!」
△△
「とまあ、こんな感じなんだけど、どお?」
何度か体験させたあと、ガナシャに感想を訊ねたところ
「なんとなく……いえ、かなり前に進んだと思いますけど……」
虚ろな目をして、置いてきぼりをくらったように呟くガナシャの目の前で
「あ、失敗した……」
「こうやるんだよ、ほら」
なにかを確実に
―― この子も天才だったか……
「ガナシャ。この子たちは普通と違うから、俺たち凡人は地道に頑張ろう!」
「はい……」
その声が聞こえたのか定かではないが、誰が凡人なのよ。と思ったカリンは、彼に声をかけた。
「流石は枯れて腐って燃えて灰になって飛んでいって見えなくなっても元勇者ね。4属性も使えるとは思ってもみなかったわ」
「余計なのが半分以上混ざってるけど、褒め言葉として受け取っておくよ。だったら少しは見直したらいいと思うよ。特に、接する態度とか!」
「陽二っておかしな事を言うわね。笑えるわ!」
ツボに入ったのか、カリンは脇腹を押さえた。
「笑うとこじゃねーよ。その態度を、改めてくれって言ってんだよ!」
「お兄ちゃん笑わせないで、練習にならないでしょ」
理不尽にも程があると、なぜ怒られたのか困惑する彼は、話題を変える事にした。
「カリンは、レベルっていくつまで上がった?」
―― まだ笑っていやがる。笑う要素は1mmも存在してねーぞ!
カリンはレベル3まで上昇。HP30/MP300
パトリシアは13 HP30/MP400
ガナシャは10 HP80/MP110
カリンとパトリシアのMPは異常なので参考にならないが、ガナシャもレベル10で一気に増えた。ガナシャのMPもかなり多い部類に入る。ちなみに彼は、現状維持だ。
そしてカリンは、スキルとして魔法を得てはいないが、パトリシアと魔力操作の練習をした事で、何かを掴んでいた。
△△
軽い打ち合わせをした結果、時間までこの階に留まり、ガナシャに魔力を感じさせる特訓を続ける事になった。時間になったら地下4階に降りて、アイテムを使って帰るのだ。
ナーナとカリンは別行動。
彼女たちは、地下4階に降りる階段の捜索だ。レベル上げが目的のカリンには、うってつけの役だ。また、カリンとナーナなら問題なく任務を遂行できる実力があるので、心配する必要がないのもその理由だ。
2人を送り出した彼とパトリシアは、ガナシャに魔法の感覚とイメージを、徹底的に覚えさせるため時間を費やしていたが、とうとう残り時間が1時間と迫っていた。
なので、取りあえず経験できる事はやってしまおう精神を発揮したパトリシアの発案で、ガナシャにも魔物を討伐させる事になった。
と言っても魔法を使えないガナシャでは、討伐は厳しい。そこで、ガナシャは魔法を真剣に使う振りをしつつ、パトリシアが手助けをするのだ。
使う魔法は
では出発その前に、彼はアスモデウスに通信を試みた。結界路の外に居るのは分かっているので、ダメなのは予想済みだ。次は、カリンのペンダントへ通信を試みるが、これまた予想通り不可能だった。
―― 転移と同じか
彼の予想通り、転移のシステムと通信システムは同じだったのだ。
△△
気を取り直し出発。
ここからは3体セットで魔物が現れるため、下手をすればダメージを受ける可能性もある。特にHPが低く、運動神経の鈍いパトリシアが危険だ。
と思っていたのは彼の錯覚だったようだ。走ってきた時に分かっていただろうと。
変身したパトリシアは身体能力も相当に上がっていて、不意打ちに近い攻撃じゃないと、まず当たることはなかった。また、彼は失念していたが、当たったとしてもダメージを魔力で相殺するため、潤沢な魔力が残っている今、危険度はゼロだった。
彼は短剣を両手に装備して、魔砲を
彼が魔物を探す索敵役で、パトリシアがガナシャの護衛だ。
『あーしに任せるし、暇で退屈してたし』
そう言う心強い助っ人と一緒にスライムを探し始めると、すぐにその姿を確認できた。
『1体は残して倒すんだっけ?』
「そうそう。なるべく俺が1人で討伐するから頼むね。パトリシアは、ガナシャをよろしくね」
「うん」
彼がスライムの群れの前に躍り出ると、早速、スライムの先制攻撃だ。体が1秒程光ったので、魔法の攻撃だと判別できた。
右斜めに進みながら短剣でスライムの魔法を左に弾く。正直彼は、余裕のよっちゃんで
真ん中のスライムが突進してくるのに合わせて、短剣で迎えるように刺す。抵抗もなくスライムに突き刺さり、霧散した。
―― よしっ!
そう心の中で、ガッツポーズをした瞬間、右から衝撃を受けた。別のスライムの魔法が、彼に
『弱くても相手は3体が連携してくるんだし、舐めんな!』
「だったら教えてよ」
『さっき、1人で倒すって言ってなかったっけ?』
「そうだったね!」
受けたダメージは魔法で10、横っ腹の体当たりで5と大した事はなかった。しかし何度も受けていては、塵も積もればである。
1対1なら問題はない。しかし彼から見た動きは遅いとはいえ、相手は常に動いているのだ。片方だけに気を取られていては駄目なのだ。気合いを入れ直し吠える。
「まだまだ発展途上。ダメージ覚悟でコツコツと!」
『その通り、コツコツと!』
片方のスライムに突進して短剣を刺し込み、身を
『適当!? いつも反対とは限らないし』
「確率で、後から攻撃が来るのかなあって……まあ、あと1体。行くぜ!」
スライムとの距離を縮め、魔法を使った直後にヒョイと避けると「
「よっしゃ!」
『だから、調子にのんなし』
すぐにパトリシアとガナシャに手招き。
「す、すごいです陽二さん。あんなに早いスライムを3体も相手にして」
ガナシャは彼の戦いを見て興奮しているのか、耳がピーンと立っていた。あーしさんが、耳元で『ダメダメだし』と言っているが聞こえない。純粋な瞳で褒められるのが、とても気持ちよかったのだ。
「シアも手伝おっか?」
ところがもうひとつの純粋な瞳には、手こずっているように見えたようだ。その瞳に驚きはなく、逆に心配しているように見えた。実際の話、パトリシアのほうが彼よりも強いので、もっと上手に処理できるだろう。
「大丈夫。もう少し1人で戦わせて」
だが、彼にだって兄の矜持がある。本音では、妹離れを防ぎたい一心なのだが……
「うん分かった。お兄ちゃん頑張れ!」
パトリシアは、できた妹である。
「じゃあ、ガナシャの番ね」
閉じ込めた土の壁の上部を少し解除して、穴を開ける。
その穴の中に、パトリシアの
ガナシャにも自分で魔法を使ってるようにイメージさせ、あたかも『自分の魔法で倒している』ように思わせるのが、この作戦の肝である。
これを繰り返して、5回目にさしかかった頃だった。
「「土塊の攻撃!」」
とうとう、ガナシャの土魔法が発動した。
「できました! MPも減ったので間違いありません!」
スキルとして土魔法は得られていないが、ガナシャは無詠唱で、土塊の攻撃を発動するに至ったのだ。
明らかに、今までと違う感覚を掴んだ様子で大はしゃぎのガナシャは、
―― たった1度体現するだけで、こうも違うのか……
「陽二さん。MP回復薬をください!」
余程嬉しいのか、ギリギリまで使い切ってもガナシャは、元気いっぱいだった。
まだだ、まだ終わらんよ! そんな大尉の声が聞こえてきそうだ。
ガナシャにMP回復薬を渡した彼は、パトリシアにカリンたちへの連絡を頼んだ。残り時間は30分を切っていた。
―― ギリギリだったけど、使えるようになって本当に良かったなぁ
「うん、分かったよ。うんうん、了解だよ」
どうやらカリンと連絡が取れたみたいだ。と思ったらナーナが転移してきた。
「ナーナ!」
ビシッと敬礼を決めて、階段を発見したとの報告だ。相変わらず敬礼の手が逆を向いているが、それがまたかわいくていいね! と彼は思っていた。
そんなナーナの頭を、褒めながら撫でると
「ナーナ」
ペンダントに向かって合図を送ると、遠くの空を指した。
その指先の空を見上げて彼は思った。
―― 夢中で気がつかなかったけど、少し暗くなってるな
日もだいぶ傾き、空には宵の明星が顔を出していた。と言ってもダンジョンの中なので、本物かは分からないが。あと、王宮の庭でも彼は感じていたが、見慣れた星も多い。
そしてナーナが指さす空には、カリンの炎魔法なのだろう、ピョンピョンと空中を飛び跳ねて、階段の場所を示してくれていた。
「じゃあ、ちゃっちゃと帰ろうか」
装備を外してガナシャをおんぶすると、ナーナを先頭に走り出した。
空ではカリンが見事に舞い、近づく度に、その幻想的な美しさにガナシャが感嘆の声を上げていた。
ガナシャ・ラルドルフ14歳。
大きな銀灰色の耳を持ち、ふさふさとした太くて立派な尻尾の手入れを欠かさない女の子。
今日の出来事が、彼女にとって大きな第一歩になるのは間違いないだろう。
その兄ガナットは、何でも屋『黒狼の星屑』の店内で待っていた。
ガナシャを引き渡し、見習いの卒業と魔法が使えるようになった事を報告すると、ガナシャはもみくちゃにされながら兄妹2人で号泣していた。
奥の食堂で忙しそうにしていたリンメルに、無事終了の報告だけを簡単に済まし、急ぎの用があることを告げると
「明日、来られるなら来てください。きちんとお礼がしたいっす」
と言いながら、ランスロットの重箱を渡してきた。その重箱は重く、彼は
―― お返しを入れるなんて粋だな
と感心していた。なので
「分かった。明日も来るから、耳を綺麗に洗って待ってなよ、子猫ちゃん」
と、冗談めかして言ったのだ。
「やっばり私の体が目当てっすか!?」
驚きながらも冗談と取ったリンメルと別れると、先に戻るように伝えたパトリシアとナーナの元に転移したのだった。
△△
「それで、なんでカリンもいるの?」
そのまま別れると思っていたカリンも、一緒に居た。
「ほら、婚約候補の件を直接謝罪しようと思ってね。それに退学手続きもまだだったし……ね」
王宮に着いたのは、19時30分。
時間は決めていなかったが、常識で考えれば少し遅いだろう。
しかし王宮へ到着すると、王ダグリオスは全く気にした様子も見せず、温かく迎えてくれ、逆に風呂を勧められたのだ。
なるほど。古今東西、裸の付き合いはこの世界にもあるのか。
彼はナーナをパトリシアに任せ、ダグリオスと一緒にお風呂に入った。当然、
隣の女湯には、王妃マナリシアとカリンたちが一緒に入っているのがわかった。それは
「ねえスマイル。触ってもいい?」
「いつでも王妃を譲るわよ」
などと、スマイルセーラーの大ファンであるマナリシアの声が聞こえてきたからだ。
その後、とても豪華な食事をごちそうになった。パトリシアでさえ滅多に食べられない食事は、ダグリオスの感謝の気持ちだろう。また、王妃が作ったデザートも出され、彼はおいしさに舌鼓をうちつつ歓談していた。
どれくらい時間が経っただろうか、バルコニーに出て、リンメルからもらったガンネや焼き鳥っぽい物を肴に、彼とダグリオスは酒を飲みながら話をしていた。
「唯さんやリックは、どうなりました?」
「一緒に行った者たちは、保護した女性を連れて帰ってきた。だが、パトリックは戻っておらん。特訓で河原に泊まって帰らない日もあったし、今日もそうなのだろう。唯殿もハヅキも一緒だろうな」
―― 唯さんに連絡を……遅いし、明日にしようか
「陽二もゴブリンのダンジョンへ行くのか?」
「俺は足手まといなので、お留守番です」
「そうか……。勇者を渡した事、後悔しておるか?」
「全然。あの玉のお陰で桜に拾われ、色々な事を教わっているので、寧ろ勇者を譲ったのはラッキーでしたね」
「そうか。スノームの姫、本条桜。その発言力は、魔王と同等以上じゃ。唯殿が母上と聞いたときは、たまげたわ」
「えっ? 桜って本当に姫なんですか?」
「誰が言い出したのかは分からんが、ほとんどの人はそう呼ぶな」
「へぇ~」
彼は、今度からかってやろう、と心に決めた。
ナーナはパトリシアと一緒に寝るらしく、カリンも部屋がそのままなので、泊まるとのこと。なので、結局そのまま王宮に泊めてもらう事になった彼は、以前と同部屋を借りると、ベッドの上でステータスを開き、あーしさんと熟練度を確認していた。
剣1 火1 水1 土2 風0
闇0 光0 時2 空0 魔技1
統合職業で、レベルが上がっている職業はなかった。
「結構な数の魔物を倒したと思ったんだけど、上がらなかったね」
『そんなもんっしょ』
「そっかぁ」
『そんな事より、あーしの出番がなかったし』
「
『面倒くさ! あいつ中途半端に強いし、いっそのこと、変身してちゃっちゃと倒しちゃえば良くね?』
「やっぱりそうなのかな」
『んだんだ』
「どこの方言だよ」
そんな会話をしていた彼は、いつの間にか眠りについていた。