※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

44 / 66
フジヤマ山頂

 

 

 陽二たちが王都へ転移したあと、腕輪の収納スペースに必要な資材や仮眠棟を入れたチームゼラニオンは、標高約3700mのフジヤマを目指して出発した。

 

 フジヤマとは、王都から約100km離れた場所に位置する独立峰だ。その麓(ふもと)周辺は、溶岩の上に植物や魔物の死骸などが長い間土壌として堆積し、誕生した樹海が広がっている。

 それら全てを含めた雄大な景観は、これでもかと存在感を発揮し、見た者全てを魅了するだけの力を持っていた。しかし、どの町からでもその姿を確認できると思いきや、意外と見える場所は少なく、特に港町サラデインとフジヤマの間には、聳(そび)え立つ山々が壁となっていて、見ることはできない。

 

 また景観だけではなく、周囲に与える影響も大きい。

 フジヤマや樹海に染み込んだ雨水や雪解け水は、ミネラルや魔力を潤沢に含んでおり、周辺の至るところで湧き水となって恩恵を与えていた。

 その集合体のひとつが川を形成し、大森林シノフィールや港町サラデインと海域にまで、豊富な恵みを届けているのだ。

 

 

 その樹海の上を駆ける3つの影があった。

 無駄な戦闘を避ける目的もあるが、樹海の中は方向が分からなくなる側面もあるためだ。

 3人は定期的に順番を入れ替え、体力の温存も忘れてはいない。その足は樹海を抜けても止まることはなく、そのまま登頂を目指す。

 

 通常そのスピードで登山を続ければ、体に不調が現れるのが道理だ。だが、あらゆる耐性を持つ仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)があれば、その様な心配はない。

 

 徐々に気温が下がり大きな植物が鳴りを潜め始めると、岩肌が目立つようになり突発的な落石が頻繁に起こるが、まだ雪が残っていた。

 雪は大地に覆い被さり落石を防ぐ効果がある。その反面、足元は滑りやすくなり落とし穴や、その他の危険まで隠してしまうので注意が必要だ。

 とどのつまり、常に危険と隣り合わせなのは変わらないのだが、チームゼラニオンは熟知しており、回避するだけの能力も装備も持っているので大丈夫だ。

 

 △△

 

 15時。

 チームゼラニオンは、陽光が濃い霧に包まれ視界が非常に悪い中、破壊された塔(アンテナ)の場所に到着した。

 

 まずは安全を確保するため、塔を中心に半径100mの簡易結界路を構築する。仮眠棟や資材も置かねばならないので、作業スペースは十分とはいえないが、それは仕方がないだろう。

 

 桜とランスロットで簡易結界路の構築をしている間、アスモデウスは周辺の見回りを買って出た。

 

「桜ちゃん、ひと回りしてきますね」

「うむ、気を付けるのぢゃ」

 

 山頂付近の魔物は、樹海の魔物に比べると弱くランクE程度だ。環境も非常に厳しいため元々数も少なく、前回訪れた時に討伐しているので、見て回るだけで終わる事だろう。

 

 そう考えた桜は、簡易結界路を取り出した。

 この簡易結界路は簡単に設置できる優れもので、おおよその間隔に結界を発生させる装置を置いて、元となるスイッチを押すだけだ。カップラーメンを作るのと、さほど変わりはないのである。

 

 桜と結界の構築を済ませたランスロットは、資材を取り出して書かれた番号順に並べていた。

 そのほとんどは塔の修復に不必要な物ばかりで、センサーやデータを取るための資材だ。

 滅多に来られない場所を訪れるのだ。塔を修復するだけでは勿体ないと考えた、研究者たちのさが(・・)である。

 

 それと平行して桜は、仮眠棟を取り出して設置していた。

 仮眠棟の中は気温や気圧も管理されていて快適だ。だが、1歩でも外に出れば別世界である。

 とは言え、研究者の中には優秀な人材が在籍しており、この場所が、どの様な環境なのか周知済みなので、心配は御無用である。

 

 意気揚々と仮眠棟から飛び出した研究班は、特殊な装備を身につけると、我が身を実験体にしてデータを取り始めた。そして修復班には、作業を補佐する装備が配られた。

 これは身体能力を上昇させる装備で、リヴァイアサンのダンジョンで取れた青鉱石の賜物(たまもの)だ。当然の如くデータ取りも、目的に入っているのだろう。

 

 修復班が塔の残骸を調査した結果、概(おおむ)ね既存の技術力で修復可能な作りだったようで、塔の修復は数時間もあれば終わる。と、桜は報告を受けた。

 

「ふむ。慌ただしいが、明朝には帰れるかのう」

 

 ざわざわざわ……

 その呟きで、1泊2日が決定した。この決定は、研究班に取っては大きな痛手だった。折角来たんだし、もう少し居たいじゃない? しかしながら姫の決定は絶対である。

 鋭い視線を作業班に向けていた研究班は、目の色を変えて動き出した。彼らは撤収するその瞬間まで、できる限りのセンサーや、情報を収集する設備を設置するために。

 

 それでも楽しいものは楽しいのか、全員が遠足気分で緊張感の欠片もなかった。

 

 その中の1人田神佳樹(たがみよしき)もそうだった。

 彼は既存の魔法陣を解析して、新たな魔法陣を核となる対象物に刻(きざ)む『プログラマー』のスキルを持っていた。

 その彼をしても、塔本体にインプットされていた魔法陣を解析する事は叶わなかった。その魔法陣は、幾重(いくえ)にも複雑かつ立体的に組み合わされており、解析できない模様や言語が大量に含まれていた。次元が違いすぎたのだ。

 ところが彼は落ち込む様子も見せず、新しいおもちゃを与えられた、子どものように喜んでいたのだ。

 

 他にも優秀な人材が、桜の元に姫と慕い集まっているが割愛する。なぜかというと、思ってもみなかった訪問者が突然現れたからだ。

 

「やあ、サラリーちゃん。本当に修理をしてくれるんだね、ありがとう」

 

 それは、白ローブ姿の豊(ゆたか)だった。彼は、桜に気配を察知される事なく、背後から声をかけてきたのだ。

 

「くっまたしても……」

「すごいねぇ、もうバリ3だよ!?」

 

 工事は始まったばかりだが、流石は桜が率いる優秀な作業班だ。遠方に届かない事を除けば、ほぼ元通りに修復されていたのだ。

 

「バリ3?」

「そうだった。今はバリ4って言うのかな?」

「そんな事はどうでもよい。それよりお主には、聞きたい事がてんこ盛りぢゃ」

「聞きたい事? (ブブッ)ごめん、ちょっと待って ―― げっ、スタミナMAXの通知がこんなに……サラリーちゃんごめん。また今度ね!」

「逃がすか!」

 

 彼は桜に慌ただしく告げると、捕まえようとした彼女の手をすり抜けるように消えてしまったのだ。

 

「転移か!?」

 

 するとそこへ、見回りに出ていたアスモデウスが、血相を変えて戻ってきた。

 

「桜ちゃん! 今のは豊くんですか!?」

「うむ。色々と聞き出そうと思うたのぢゃが逃げられた」

 

 彼に修理する日付けは教えていない。第一フジヤマ行きは、急遽決まったようなものなのだ。ならば、彼がこの場に現れたのは偶然と見るべきだろう。

 

「それなら何のために……?」

「単純に考えるのなら、工事が本当に始まっているのか見に来ただけ、なのかもしれません。そんな事より桜ちゃん! 豊くんの力は未知数なんです。1人で話を聞きだすような事を――」

「アスモの言う通りぢゃな。すまぬ」

「桜ちゃん……」

 

 アスモデウスは、小言を遮るように謝罪した桜をギュッと抱きしめると、安堵の表情をもらした。

 ―― むむむ……

 その温もりに桜は、母親の唯と同じものを感じ取ったのだった。

 

 △△

 

 工事は問題なく進み、塔の修復は完了していた。しかし両班ともに、多種多様な装置の設置や地質等の採取、調査や試験と動き回っていた。

 

「あれは、帰る直前まで止めないだろうな」

 

 夜番をしていたランスロットは、そんな両班を眺めながら少し呆(あき)れていた。

 

 スノームの施設内でもそうなのだが、研究者という人種は『コレ』と決めたら、とことんやらないと気が済まないようだ。

 時間は深夜2時。

 2時間前に桜と夜番を交代して、作業を眺めながら陽二との妄想に耽(ふけ)っていたが、さすがに時間をもて余していた。

 

「見回りの時間だな」

 

 桜の話だと、前回の見回りでも魔物の姿はなかったらしい。しかし魔物は、何時・何処から出現するか分からない。簡易結界路で守っているとはいえ、あくまで魔石を破壊するための装置であり、投石などの遠距離攻撃には全く役に立たないのだ。

 

「乙女戦闘服召喚(ゼラニューム・ドレスアップ)」

 

 この周辺の魔物は、強くてもランクE程度だ。彼女ならば変身せずとも討伐は問題ではない、しかし変身した。

 彼女は知っているのだ、慢心や油断は禁物だと。

 

 実は、ランク毎に分けられている魔物だが、そのランクにも幅があるし曖昧な部分も多い。

 前回の戦闘を例にすると、弱体化(デチューン)を解除したとはいえ、ファイヤーイグナスよりもゴブリンナイトの方が手強かった。確かに相性もあるだろうが、ランクがEだからといって舐めてかかっていい魔物は1体も存在しないのだ。

 

 簡易結界路を出て少し歩くも、魔物のマの字もないが、相変わらず霧も濃く、今にも何かが出そうな雰囲気に包まれていた。

 見回りは、塔の周辺1kmをひと回りする感じだ。先程までうっすらと光っていた作業用の明かりも見えなくなり、ますます何かが出て来そうな感じだった。

 

 彼女はふと、ゼラニオンに入りたての頃を思い出した。

 夜番で見回りをしていたランスロットを、あの手この手で脅かし、喜んでいた人物が居たのだ。

 もちろん桜だ。

 桜の脅かし方は、本当に上手だった。雰囲気作りから、驚かす絶妙なタイミングなどなど。彼女は驚き過ぎて、気絶や失禁を幾度も経験させられていた。

 

「甘いな、あの頃の私とは違うのだ。そこだっ!」

 

 石を拾い、何度も経験した『騙そうとする気配』を感じる霧の中に投げつけた。

 すると

 

「へぇ良く分かったねぇ。君、翔駆族なんだろ? 僕さぁ、翔駆族が嫌いなんだよね。100回死んでみる?」

 

 磨りガラスが、一瞬で透明なガラスに変わるように濃い霧が瞬時に消え去ると、黒いフード付のローブを身につけた、不気味な雰囲気を纏(まと)う男が立って居た。

 

「何者だっ!」

 

 桜かと思っていても、油断はしていなかった。この世界は、ほんの少しのボタンの掛け違いで、死んでしまう事も珍しくないからだ。

 しかし……「ぐふっ」

 ズンッと、腹部に襲いかかったその1撃は全く追えず、彼女の膝をぐらつかせると同時に、畏怖を感じさせた。

 ―― つ、強い……

 

「よわっ。本当に翔駆族? 待っててやるから変体しなよ」

「くっ、翔騎士変体(ゼラナイトフォーム)! 弱体化(デチューン)解除、超全体強化(フルチューン)」

 

 変体(フォーム)し、素早く距離を取った彼女を見て、男は少し不満顔だった。

 

「君って、翼がないんだねぇ。僕は、あの翼を引き千切るのが好きなんだけど……ああ、そうそう。仲間が助けに来るなんて思わない方が良いよ、ここは闇の牢獄。閉ざされた世界で誰も気付きはしない。そこに迷い込んだ間抜けな獲物が、君だ」

 

 男は嘲笑(あざわら)い、逃げ場所も助けも来ないことを彼女に告げたのだ。

 

 それを聞いた彼女は、ゆっくりと息を吐き出した。

 自分が翔駆族の血を引いている事や襲ってきた理由、そして男の目的など、問いたい事はある。

 しかし、先程の1撃で実感した通り実力差は大きく、余計な事を考えている暇などないのだ。

 

 形勢はすこぶる悪く、間違いなく絶体絶命のピンチだった。

 だが、ゼラニオンである彼女は諦めない。スーパーヒーローは、どんな窮地に立たされようとも、泣き言を言ってはならないのだ。どんな強敵だろうと乗り越える、それが真のヒーロー。

 

「神槍(ランスロット)!」

 神槍を具現化した彼女は、己を鼓舞するように高らかに名のりをあげた。

「わが名はランスロット。いくぞ!」

 しかし男は

「君みたいな雑魚に、名のる名前はないね」

 とバカにするように鼻で笑ったのだ。

 

 好機! 彼女は神槍を構えると

「彗星神槍突(コメット)!」

 全力をもって、疾風のごとく突っ込んだ。

 この攻撃は魔砲を神槍に込めたランスロット最大の技で、いかなる敵も貫き通す。

 ところが

「当たらなければ、どうということはない!」

 と、あっさり避けられてしまったのだ。

 

 だが彼女は、はなから当たるとは考えていなかったのだ。そのまま勢いをつけ、男と距離を取るべく全力疾走で逃げた。

 

 騎士としての志も大事だが、今すべきは逃げること。

 そして、この男の事を伝えねばならない。次に狙われるのは、桜やアスモデウスなのかもしれないのだから

 ところが、どれだけ走っても目の前は暗闇で景色が変わることはなかった。

 そして、暗闇なのに自分の体だけは鮮明に見える。

 

「いや、違うな」

 

 もう1人。

 全力で逃げたのにも関わらず、彼女の少し離れた後方の闇の中にポツンと、まるで、男だけにスポットライトが当たっているかのように見えていた。

 

「闇の牢獄。逃げるのは、本当に無理というわけか……」

「気は済んだかい? さて、君は何回耐えられる? まずは右手」

「ぐっっ」

 

 激痛が走った右手に目を向けると……神槍を掴(つか)んだままの肘から先が、地面に落ちた。

 

「左手」

「ぐうあっ」

「可愛くない鳴き声だ。もっと可愛く声を出しなよ」

 

 中指の先から肘までが縦に裂けると、金縛りにあったように顔から下が全く動かず、変体もいつの間にか解けていた。

 そんな彼女を、両腕からの強烈な激痛が苦しめる。

 ゆっくりと、男が歩み寄って来た。

 顔は確認できないが、嗤《わら》っているように歪む口元だけは見えた。

 

「ア、水神の祝福(アクアヒール)!」

 

 腕はなくとも、魔法は使える。

 全身から祝福を迸(ほとばし)らせ、右手の傷を塞ぎ、左手を回復させた。

 

「やるねぇ。長く楽しめそうだ」

 パチン

 

 男が指を鳴らすと、神槍を持った右手が宙に浮いた。

 そのまま彼女の正面に移動すると――

 ゆっくりとゆっくりと近づき、そのまま止まることなく――

 腹部に突き刺さった。

 

「がっ……」

 大量の血液が正常な流れを失い、腹や背中、口元から出口を求めて飛び出した。

 

「緑の血かと思ったけど、赤いんだね」

「あ、あたりまえ、だ。クラ、ッカー」

 

 男は楽しそうに神槍を掴むと、前後に動かして苦悶に耐えている彼女の表情を眺めていた。

 

「も、もくて、きは、なんだ」

「翔駆族が嫌いって言っただろ? 馬鹿なの?」

「ど、どうして……し、ってる?」

「まだまだ元気いっぱいだねぇ。もしかしてゴキブリ?」

「ふっ、ふざけっああっ――!!」

 

 男は、神槍を乱暴に上下へ動かすと引き抜いた。

 彼女から流れ出た血液が、辺り一面に広がっていた。ここまで血を流してしまっては、助かる見込みも薄いだろう……

 

「治療の雨(キュアレイン)!」

 

 男が魔法を唱えると、彼女の傷が嘘のように元通りになっていた。そう、切断された腕さえも

 

「ここまでをワンセットで、100回繰り返した後、正気を保っていられたら少しだけ教えてあげるよ」

「100回程度でいいのか? 私を舐めるな!」

「元気になった途端すごいねぇ……ドM? いい人形になりそうだよ」

「確かに私はドM(可愛い)! 陽二のお墨付きっぐわあっ!」

「2回目始め」

 

 殺伐と拷問をしているのに、男は少し和んでしまった。

 なので少しだけ回数を減らして、98回にしてやろうと考えていた。どうせ10回も繰り返せば、目から光が失われ減らず口も言えなくなるのだから。

 

 △△

 

「まだだ!」

「5回目」

「ぐわあっ!」

「8回目」

「9回」

「10、11、12――」

「どうだ! あと1回だ!」

 

 男は信じられなかった。

 20回目を超えたところで、さらに悪質で醜悪で陰湿で、自ら死を望む方法を尽くしたのに、彼女の心は全く折れなかった。

 男は考えた

 このドMに弱点はないのか? このままでは、自分の手先となる傀儡人形(マリオネット)に変えることもできず、本当に殺すしか道はなくなる。

 

 ふと、彼女の口から出た人物の名前を呟(つぶや)いてみた。男も知っている人物で、もうひとりの彼が、とても話しやすく友達みたいに感じていた人物だ。

 

「陽二も連れて来ようかな。1人じゃ寂しいだろう?」

 効果覿面。一目瞭然だった。

 彼女は今まで見せた事のない表情を出し、男を激しく罵(ののし)ったのだ。

 焦っているのだ、確実に弱点。

 目の前に連れて来てバラバラにしてやろうか。何度も何度もすり潰して、食べさせてやろうか。

 

「くくっ。見つけたぞ」

 

 男の考えが伝播(でんぱ)したのか、初めて彼女が、涙を流して願い出たのだ。

「なんでもする。だから、陽二にだけは手を出さないでくれ」

 と。

 来た、これだ! 男は心の奥底から歓喜した。

 桜やアスモデウスの名前を出しても、微動だにしなかった彼女だったが、とうとう突破口を見つけたのだ。待っていた瞬間が訪れたのだ。

 

 試しに、本物そっくりの木偶(でく)を彼女の目の前に作り出し、頭をはじけ飛ばしてやった。

 飛び散る脳髄が、彼女の顔にベットリ付着すると――

『――――!』

 獣のような悲鳴をあげ、躊躇(ちゅうちょ)なく舌をかみ切ったのだ。

 彼女には、本物の陽二に見えたのだろう。しかしながら、舌をかみ切ったくらいで、人は簡単に死ねない。

 

 治癒の雨を唱えて、彼女と木偶を復活させては頭を潰した。

 体を引き裂いた。地面に寝かせて、サッカーボールの様に蹴り飛ばし快音を響かせた。etc.

 彼女の反応が面白くて、楽しくて仕方がなかった。笑いを押さえきれなかった。

 

 あーはっはっはっはっはっはっはっ!

 ざまあみろ。壊れろ!壊れろ!壊れろ!壊れろ!

 

 △△

 

 彼女の心は乱暴にねじ曲げられ、悲痛や絶望など、あらゆる負の感情を押し込まれた。愛する者が、動くことすらままならない目の前で、無慈悲に壊される。

 その現場を、何度も何度も見せられていた。

 

 時間にすれば30分くらいだった。しかし彼女には、永遠と錯覚するほどの時間だったはずだ。

 目から光が消えた。

 木偶に何をしようが反応しなくなり、ぶつぶつと、目に映っている幻影に愛を囁きだした。

 完全に心が折れたのだ、すなわち男の望み通り、傀儡人形の完成だ。

 

 彼女の姿にご満悦の男は、唐突に話を始めた。

 

「むかし1人の魔王がいたんだけど、その魔王は、人間と仲良しだったんだ。人間は魔王の言うことを守って、尽くしてくれたからね。

 でも、その人間の周りには獣人が住んでいて、嫌がらせをしていたんだ。それを魔王が注意しても、獣人は耳を傾けずやりたい放題。

 だから魔王は怒った。人間を助けるために立ち上がったのさ。

 ところが意地汚い獣人たちは、汚い手段で魔王を1人ぼっちにすると、全員で襲いかかったんだ。

 獣人1匹では、魔王に勝てないからね。

 魔王は言った。

『卑怯だぞ、1対1で戦う勇気もないのか』って

 流石に頭にきた獣人たちは、1匹の獣人を代表として出してきたんだよ。

 それが、当時翔駆族の長だった、ペガサスのニトロ・ランスロットだ。

 手負いの魔王と活気あふれるニトロの戦いは壮絶を極めたけど、魔王が獣人風情に負けるわけないんだ。だからニトロは、またしても汚い罠を使って……なんとか魔王に勝てた。

 ちっ。これでおわりだよ。

 まあ汚い手を使ったニトロは獣人からもほされて、翼を引き千切られるんだけどさぁ……ところで、君の母親はなんて名前だい?」

 

 男は、虚(うつ)ろな表情のまま、1点を見つめる彼女に問いかけたその時だった。

 頭上から響いた鈍い音と同時に、スーパー戦隊スーツを全身にまとった金色の戦士が、男から彼女を守るように飛び込んできたのだ。

 

 スッと立ち塞がった金色の戦士は、男の疑問

『ど、どうやってここに』を遮るように

「そこまでだ、マモン」と言い放った。

「黙れっ!」

 

 男の正体は、豊の中に居るマモンだった。

 マモンにとって『闇の牢獄』の中に侵入された事実は大きい。それは、闇の牢獄が破られた事を意味するからだ。しかしそれだけではなく、自分の正体までバレていたのに驚いた。

 口封じ一択。襲いかかったのだ

 

「本条流三段。炎飛(えんぴ)・錐(すい)!」

 

 ところが、懐に潜り込んだ金色の戦士から、炎を纏った肘鉄を、下顎と鎖骨に叩き撃たれるカウンターを受けてしまった。

 

「ぎゃあ」

 

 その攻撃でマモンは右肩を破裂され、そのまま吹き飛ばされてしまった。それを見届けた金色の戦士は、彼女の元に駆け寄り、状態を確かめると呟いた。

 

「間に合って良かった(・・・・・・・・・)」

 

 彼女の頭に手を翳(かざ)し魔法を2度唱えると、その場に寝かせたのだ。

 

「貴様はぁ、何者だっ!」

 

 そこに、治療魔法を施し全快した、鬼の形相をしたマモンが戻って来た。

 金色の戦士は、ゆっくり立ち上がると

「ゼラ・ゴールド」

 と名のった。

 

「なぜ僕の正体を知ってる? まあいい……100回殺してあげるよ」

 そう言いつつ、黒い剣に手をかけ抜き取ろうとすると

「止めておけ。ポイントの少ないお前に、私を倒すことはできない。それに……」

 

 闇の牢獄に亀裂が走ると、崩れ落ちながら消えてしまった。そして周囲は、フジヤマ本来の景色に戻ったのだ。

 

「今、アスモデウスが気付いたな。すぐに駆け付けるだろうが、今のお前で勝てるか? まあ、無理だろうな」

「ポイントだと? 何の事か意味が分からないけど……仕方がないね、今回はひいてやるよ。貴様、覚えてろよ」

「生憎と、物覚えは悪い方でね。それよりマモン、お前も覚えておけ。ゼラニオンと、唯に手を出したら―― 私は、必ず現れる。何時いかなる時も、私に見られていると覚えておくといい。でないと……」

 

 ふっと、ゼラ・ゴールドの姿が一瞬消えた。

 

「こうなるぞ」

 そう告げたゼラ・ゴールドの前で、マモンが膝を着いていたのだ。

「覚えておくよ。でも勘違いしているようだけど、僕が本気を出せば貴様なんか……」

「それでも、タダでは殺られんさ」

 

 ゼラ・ゴールドの言葉を耳にしたマモンは、すうっと、闇に溶ける様に消えてしまった。

 

「さて、私も見られる訳にはいかないな」

 呟いたゼラ・ゴールドは、彼女に目を向けると

「起きているな? 悪い子だ」

 軽く頭に触れると、記憶を消し去る魔法を唱え、ゼラ・ゴールドもその場を立ち去ったのであった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。