※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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洞窟へ

 

 囚われの身となっていたハヅキの母親を含む女性たちを、洞窟から連れ出したパトリックと唯は、移住の準備を進めるゴブリン達より先に、セナドゥースへ向けて出発した。

 

 ここから1番近いのはサラデインだが、そちらへ向かうとゴブリンの本拠地があり、余計な面倒が発生する可能性が高い。それにサラデインよりも、ハヅキの望み通り、親族の領主イノ・エスぺナインが住むセナドゥースへ向かったほうが、引き渡しもスムーズに運ぶだろう。

 

 そのためには、夜行性の魔物が闊歩する森か、海岸線を進む必要がある。ところが、優秀な護衛となる唯が同行するとはいえ、保護すべき女性たちは体力も少なく、魔物に対抗する力もゼロに等しいので、危険な逃避行なのは言うまでもない。

 

 そこで、パトリックのスキル『城の壁』の出番である。

 洞窟の出口から堅牢に囲った通路を作り、森の木々よりも上空を、一直線でセナドゥースに進むのだ。これで、安全性は飛躍的に向上するだろう。

 足の不自由な卯月は、殿(しんがり)で周囲の警戒をしていた唯が、小脇に抱えていた。

 

 結界路内に到着したのは、日を跨(また)いだ0時過ぎだった。唯は、念のため応援を頼む通信を送った。しかし、陽二を除いたメンバーはフジヤマに出向中。彼は就寝していたのか、応答はなかった。

 

「体を休めていて下さい。すぐに、迎えを連れてきます」

「パトリック様、ありがとうございました」

 

 女性たちは、冷たい浜風を避けた場所で、暖を囲っていた。夜の寒さは、休みなく歩き続けた彼女たちの体力を、根こそぎ奪ってしまった。

 なので、唯を護衛に彼女たちはここに待機させ、パトリックが町に応援を呼びに走ったのだ。

 

 

 △△

 

 

 卯月たちが囚われていた洞窟の近くに、活動中のダンジョンがある。知っての通りゴブリンの本拠地だ。活動中と言うことは、生きている(成長中の)ダンジョンであり、核(叡知の玉)が現存している事を指す。

 

 ダンジョン主(マスター)はゴブリンキングで、今のところ地下11階まで成長している。つまりこのダンジョンは、まだまだ深くなる可能性を秘めている、と言えるだろう。

 

 ダンジョン主とは称号であり、ダンジョン内の『設定を変更する力』を持つ者の事だ。

 ダンジョン主になるには、核と呼ばれる『叡知の玉』を必ずしも手にする必要はなく、核が設置してある『部屋』を占拠した者に与えられる。

 

 とは言え、この部屋に訪れる者の9割9分が、核の入手を目的としているだろう。

 魔物が手にすれば、魔王に進化できる力を与えてくれるし、仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)にも使われているように、稀少な素材でもあるからだ。

 しかし、その核を取られると、ダンジョンは死ぬ。正確に説明すると『成長』と『魔物の生産』が止まるのだ。

 

 『魔物の生産』は、ダンジョンの『生存』と密接に関係している。ダンジョンを構成する物質の中には、魔菌が存在しない。つまり、直に魔素を取り込めないダンジョンには、何らかの魔力に変換する生物が必要不可欠なのだ。

 それが『魔物の生産』に繋がり、魔物が余剰分で出した魔力が、ダンジョンの成長と維持のエネルギーになっている。

 

 なので、核を取られると魔物の生産ができなくなり、魔物の数かどんどん減り、ごはんが食べられなくなって、エネルギー不足になる。

 結果、ダンジョンは餓死するのである。

 

 しかし実は、ダンジョンの成長は止まってしまうが、死なない裏技がある。

 

 それは、核を奪ってダンジョン主になった魔王が、核の代わりにダンジョンを操作して、魔物を産み出せばいいのだ。常に産み出す必要はなく、魔物が枯渇(こかつ)しない程度に産み出せば、十分に維持は可能だ。

 しかしその裏技は、ダンジョン主が死亡したり、魔物の生産を怠ると、一気に瓦解する。

 

 ちなみに、そのダンジョン主の魔石は、核と融合して『炎賜珠(サラマン)』や『土賜珠(グランド)』に変化している場合が多い。

 

 その裏技の事を、ダンジョン主になったゴブリンキングは、当然の如く知識として理解していた。しかし彼は、魔王に進化できるチャンスをそのままにして、ダンジョンの成長に努めていた。

 

 それはなぜか? ダンジョン主の称号を得た者は、自然と理解するのだ。

『成長したダンジョンの核ほど、強い魔王に進化できる』と。

 

 『俺は魔王になる!』そんな魔物の本能を押し止めたゴブリンキングは、意外にもダンジョンの操作に長けていた。食料になる魔物以外の生産をゴブリンに限定した事で、ゴブリンナイトすら産み出せるようになっていたのだ。

 もう少しダンジョンが成長すれば、更に強力なゴブリン将軍を、産み出せるようになるだろう。

 

 その成長中のダンジョンだが、各階層毎に部隊が存在する。部隊のリーダーはゴブリン将軍で、最低でも1部隊500ゴブリンの戦力を有している。

 つまり、『部屋』のある最下層を除く階層分の10部隊。ゴブリンダンジョンは、最低でも、5000ゴブリン以上の戦力がある計算になる。

 

 パトリックが応援を呼びに走った丁度その頃、ダンジョンの最奥にある『部屋』に居たゴブリンキングの元に、連絡の取れなかった将軍直属の工作部隊(ジェームスの部隊)や、桜と唯で討伐した部隊、そして、トパンの村で活動していた部隊の全滅が、調査部隊の手によって伝えられていた。

 

 (ちなみに、ジェームスが発明した砲台や、結界路を飛び越える装置は、彼の直属の上司であるゴブリン将軍が開発した事になっていた。ハヅキの当てずっぽう通り、手柄を横取りされていたのだった)

 

 流石のゴブリンキングも、この情報には寝耳に水であった。しかもだ、全滅に追いやったであろう『敵の情報・痕跡』は皆無。

 なので、桜たちの存在を知らないゴブリンキングは、全ての仕業を『卯月に魅了され、裏切ったゴブリンたち』と、決めつけたのだ。

 

 ゴブリンキングはこの時、献上リストに加えてしまった己の先見のなさを反省した。そして、頓挫してしまった町への侵攻計画と、失ってしまった戦力を考える。

 明らかに大打撃で、損失は計り知れなかった。

 ―― ならば……

 将来的に不安は残るが、ゴブリンキングは、卯月に強力な子どもを産ませる決断をすると、地下1階~3階の3部隊に命令を下したのだ。

 

「女以外の裏切り者どもは、殺してダンジョンの贄にしてしまえ!」

 

 その命令を受けた各隊のゴブリン将軍は、ゴブリンナイト50体を含む、総勢1500の大軍で、ゴブリンダンジョンから出発したのだった。

 

 △△

 

 パトリック達から、遅れること数時間後。

 準備に手間取っていたハヅキ率いるゴブリンたちは、ようやく洞窟へ向けて出発した。

 目的地は、トウロウやメッサーバッタが生息する草原の近くだ。

 現在地を、サラデイン寄りの森の中だと予想していたハヅキは、かなりの距離があるため、夜行性の魔物と戦闘は避けられないと判断していた。

 

 なのでハヅキは、見通しも良く、魔物との接触が少ないであろう浜辺へ出て、海沿いに北上する事をゴブリンたちに伝えた。

 了承は得られた。

 ダンジョンを出ると、第1の難関。防風林の役割をした木々を、魔物に気付かれないよう慎重に通り抜け海沿いに出た。

 

 潮が満ちており砂浜の部分は少なかったが、通れない事はない。足元は踏んばりづらいが、将軍を先頭にして移動を開始したのだ。

 

「逃げやがった。もぬけの殻だっ!」

 その少し後、ゴブリンの本拠地から粛清に出向いた部隊に、卯月たちの逃亡が発覚していた。

「探せっ!」

 周囲を捜索したゴブリンたちによって、浜辺へ出た形跡は、難なく発見されてしまったのだ。

「お前たちは追えっ!」

 

 足の早いゴブリンナイト50体に、命令を下したゴブリン将軍たちは、焦る事なく悠々と、処刑方法を談笑しながら、獲物の追跡を開始したのだった。

 

 △△

 

 無事、卯月含む女性たちの保護を、領主イノに引き渡したパトリックと唯は、結界路の外へ戻った。

 

「唯さん、困りましたね」

 ところが、バタバタと急いでいた事もあって、逃亡先の位置を、ハヅキに確認するのをすっかり忘れていたのだ。

 

「なにか見えるやもしれん。パトリックよ、上じゃ」

 

 パトリックの城の壁(キャッスルウォール)で、森が見渡せる高い位置まで上がり、見回した。

 

「唯殿。何か見えますか?」

 

 上から見渡せる景色は、月光を遮る厚い雲のイタズラもあって、パトリックには海岸線や森の境目どころか、足元さえ見えない吸い込まれそうな暗闇だった。

 夜目の利く唯ですら境界線が怪しいレベルで、人ひとりを探すなど、困難を極めるだろう。

 なので、勇者になってまだ数週間。力の使い方が分かっていない手探り状態の彼が

 ―― 私は役に立てるのだろうか?

 と、気にやむ必要は全くないのだ。

 彼は昼間の事もあって気負い過ぎているが、魔物のランクで例えると潜在能力はB。現時点での実力は、Dに手が届くくらいあった。

 

 △△

 

「あと少しだ」

 

 打ち寄せる波の音が響く暗闇の浜辺を、ゴブリンたち一行は歩んできた。海独特の磯臭さと防風林のお陰で、森の魔物に気づかれる事なく来られたのは、運が良かった。

 それでも魔物に対する警戒と緊張は、彼らの精神と体力を、極限まで摩耗していた。

 それは、いつの間にか先頭に立ち、長く長く行列が縦に延びてしまったのを、今にして気付いたハヅキも例外ではなかった。

 

 森の先に目を向ければ、草原との境目が見える。それなら、森に入り10分も進めば、目的地に到着だ。

 

「後ろを待とう。私は最後尾まで戻って、彼らの尻を叩きに行って来る。貴殿たちは休んでいるがいい」

 

 ゴブリンたちに告げたハヅキは、後続の者たちに励(はげ)ましの声をかけながら、最後尾へ歩きだした。

 彼らに対してはまだ、納得をしてないし、わだかまりも残っていた。それでも同じ目的に向かって、一丸となったこの逃亡劇は、彼女の長所でもある面倒見の良さを、自然に引き出していた。

 

 そのハヅキの表情が険しく急変すると、砂を蹴る力に強さが伴った。磯の香りと風の向き。また、波の音で足音が、かき消されていた事で気付くのが遅れた。

 しかし最も大きなミスは、まだ猶予があると、追っての存在を除外していた事だろう。

 

「ぎゃあー!」

「逃げろ!」

「助けてー!」

 

 なんと、最後尾のゴブリンたちが、ゴブリンナイトに襲われていたのだ。グッと、前傾姿勢で速度を増したハヅキは、風一文字の鞘に手を添え、戦闘態勢を取った。

 

「私が食い止める。お前たちは全力で逃げろ!」

 

 最後尾に向かって走りながら、すれ違う者たちに叫ぶハヅキの目には、ゴブリンナイトたちの、残虐な殴る刺すの殺戮(さつりく)が見えていた。

 

 その光景が彼女の脳裏に――

 惨(むご)たらしく殺された、兄と姉の姿を――

 体格の差をものともせず、ハヅキに対して精一杯の、兄と姉の威厳を振りまく姿を ――映していた。

 そして今でも彼女の耳は、兄姉の声を――

『ハヅキはいもーとでしょ、ちゃんとお願いを聞いて』

 今でも残響するし、確かに記憶していた。

「納得できるかっ! してたまるかぁー!」

 

 数十体を超えるゴブリンナイトを相手に、ひとりで突っ込むなど無謀でしかない。

 しかしそこには、兄と姉が居るのだ――

 それならば、躊躇(ちゅうちょ)する理由はないし、せめて、あの場に居れなかった無念を――

 

「昇斬波(しょうざんは)・地走(じばし)り!」

 

 魔力を込めた居合いからの初撃は、重い砂を砂塵(さじん)のように巻き上げ、ゴブリンナイトたちを襲った。

 そしてハヅキは、疾風(しっぷう)の如く駆けるように、突っ込んだのだ。

 

 △△

 

 ゴブリンナイトの槍を躱(かわ)しつつ、風一文字を薙ぐ。最初こそ勢いで、ゴブリンナイトたちに混乱を与えられたが、流石に長くは続かなかった。

 ハヅキを無視して一部のゴブリンナイトが、逃げたゴブリンたちの追跡に、向かう仕草を見せたので足止めを試みた。

 しかし、多勢に無勢。

 誘導に騙され劣勢へと転じ、追跡を許したばかりか、20体のゴブリンナイトに囲まれ、逃げ場のない状況へと追い込まれていたのだ。

 

「くっ、無闇に突っ込みすぎたか」

「死ね!」

 

 ゴブリンナイトの攻撃を躱しながら、なんとか撤退の道を模索するハヅキだったが、1体でも彼女より強い相手だ。そう簡単に、包囲を抜けるのは困難だった。

 

「昇斬波・旋風(せんぷう)。斬り裂け、旋風!」

 

 風一文字を高々とかかげて叫ぶと、ハヅキの周囲に渦巻き状の風が発生して、砂塵を巻き起こした。

 風と砂が合わさったそれは鋭い刃物となり、ゴブリンナイト達に襲いかかった。

 それに対してゴブリンナイトは2人1組になった。前のゴブリンナイトが盾を構えて攻撃を軽減し、後ろのゴブリンナイトは力をためた。

 

「ナイト弾丸(バレット)!」

 

 力をためていたゴブリンナイトが、次々と渦巻きへ突っ込んだ。これこそが、ゴブリンナイトの完全版ショットガンフォーメーションだ。攻撃対象を、盾で逃がさないように包囲し、後ろの攻撃部隊が360度、あらゆる方向から弾丸(バレット)で貫くのだ。

 息の合ったこの攻撃で、お互いが傷つけあうのは皆無。

 

 ハヅキの旋風は、鋭い刃物の様な荒れ狂うナイフだ。しかしナイト弾丸は、そのダメージをものともせず、次々と渦巻きを貫いた。

 その攻撃時間は、5分程だっただろうか。とうとうハヅキの旋風が消え失せてしまった。周囲には、傷だらけになったゴブリンナイトと、渦の中心には、貫かれてボロボロになってしまった、ハヅキの無惨な死体が――――

 

「い、いないぞ?」

「どこに行った?」

「確かに手応えはあったぞ」

 

 ゴブリンナイトたちは、困難していた。旋風の晴れたその場に、ハヅキの姿はなかったのだ。

 とその時

 

「昇斬波・昇龍(しょうりゅう)!」

 

 ハヅキの姿がなかった事に、困惑していたゴブリンナイトの足元から、ハヅキの昇斬波が ――――盾役と攻撃役の2体を、下から上に斬り裂いた。

 だが、それで限界だ。

 隣にいたゴブリンナイトが、すばやく地面に槍を突き刺し、反撃してきたのだ。

 

 手応えありだった。

 すると砂が弾け飛び、地面からハヅキが飛び出す。

 

 ハヅキは、槍を突き刺したゴブリンナイトの胸元に風一文字を突き刺し、そのまま肩口に向かって振り抜くと、乱れた包囲網を突破するため駆け出した。

「風の攻撃(ウィンドニードル)」

 さらに隣のゴブリンナイトに、魔法を放つ。がしかし、盾で防がれてしまった。

「ちっ」

 残念ながら格上の相手に、そう何度も不意打ちは通用しないのだ。

 

「逃がすな、追え!」

 

 地中から飛び出したハヅキの左腕は、真っ赤に染まっていた。

 先程の攻撃で、負傷したのだ。

 それでも、足にナーガの皮を巻いたハヅキの瞬発力は、衰えを見せない。ひと足で包囲網を抜け、ゴブリンナイトを置き去りにすると、次の行動を考えた。

 左に逃げれば、海。

 右に逃げれば、森。

 普通なら森に逃げ込み、身を隠す場面だろうか。

 

 ハヅキは逃げながら回復薬を取り出し、左腕のダメージを回復させた。全快にはほど遠いが、支障はない。

 そして後ろに向かって地走りを放(はな)ち、砂塵を巻き起こして視界を邪魔すると、森に向かって昇斬波を放ち、海に飛び込んだ。

 

 すぐに砂塵も晴れ、ゴブリンナイトたちは、ハヅキのいた場所に追いついた。

「森に逃げたぞ、追え!」

 騙されたとも知らず、ゴブリンナイトたちは、ゾロゾロと森の中に入っていったのだ。

 ―― 案外、素直な連中だな

 海中から顔を出したハヅキは、ふうっと、ひと息ついた。

 

 △△

 

 ハヅキの足止めを抜け、追跡に向かったゴブリンナイト30体は、森と草原の境目まで到着していた。

 その道中で、ゴブリンナイトに捕まり殺されたゴブリンは、10を超えていた。

 休憩していたゴブリンたち先頭組や、からくも追い付かれず到着した者たちは、草原と森の中に分かれて身を隠した。

 

 草原には、人すら捕食する獰猛なトウロウがいる。しかし夜は、獲物のメッサーバッタが行動しないため、トウロウも眠っている。なので一応は安全と言えるが、流石に大きな物音を立ててしまえば、目を覚ます可能性もあるので、注意は必要だ。

 

 森の中は、夜行性の魔物が出歩いている可能性が高く、それと同時に、眠っているメッサーバッタを捕食しようと、身を隠した草原近くの森に、近寄ってくる可能性もあった。

 なのでゴブリンたちは、木によじ登って身を隠す事にしたのだ。

 

「おらー出て来いや!」

 

 ゴブリンナイトの狙いは、卯月を含む女性たちだ。

 パトリックと逃げたので、ここにはいない。しかしゴブリンナイトたちは、そんな事を知りようもないので、愚かにも、逃げた女性たちを萎縮(いしゅく)させる目的で、大声を出し恫喝(どうかつ)を続けながら、草原に入った。

 

 当然その声は草原の覇者、トウロウの目を覚まさせた。

 

 流石のゴブリンナイトでも、トウロウの鎌や噛みつき攻撃を受けてしまえば、大怪我は必須である。受けた場所が悪ければ、1撃で命を失う場合だってある。

 そして不幸にも、草原に来た事のないゴブリンナイトばかりだったので、トウロウという生き物を知らなかったのだ。

 

 無闇矢鱈(むやみやたら)に大声を出しながら、草原を我が物顔で捜索していたゴブリンナイトに、とうとう覇者の牙が襲いかかった。

「――――!」

「――――!」

 あっという間に草原は、大騒ぎの混沌と化した場所に変わってしまった。そしてその余波は、草原に身を隠していたゴブリンにも及んでしまった。

 なんとゴブリンナイトたちは、仲間を助けるために新たな敵となった、トウロウ狩りを開始したのだ。

 

 その最中(さなか)に見つかった者や、逃げようとしてトウロウに捕食された者など、残念ながらここまで来て、より多くの逃亡者であるゴブリンが、命を落とす結果になってしまった。

 さらに、事もあろうかゴブリンナイトは、草原に火を付けた。まだまだ緑あふれる草原だったが、白煙を上げながら燃え広がった。

 煙の風向きが森側に向かった事もあり、木の上に隠れていたゴブリンにも、多少の被害が出る結果となってしまったのは、災難だった。

 

 もし、この場所に卯月や女性がいたとしたら―――― 命を落としていた可能性が非常に高い。

 ゴブリンキングには『生きたままの捕獲』を命じられていたはずなのに、知能はあまり高くないようだ

 

 △△

 

「唯殿あれは!?」

「うむ、急ぐぞ」

 

 パトリックにも、燃え盛る炎と、もくもくと空に舞い上がる大量の煙が確認できた。

 

 ただ事ではないぞと、唯はパトリックの鎧を掴(つか)み、城の壁の道(キャッスルロード)を走り出した。

 パトリックは、掴まれて圧迫されている首の苦しさに我慢しながらも、必死に、煙へ向かって一直線に道を作っていった。

 

 煙の出所に到着すると、ゴブリンナイトによる殺戮(さつりく)が、繰り広げられていた。また、炎から逃げるために飛び出した者を捕まえ、拷問も始まっていた。

 そして、森からも悲鳴が響いていた。

 煙の影響で木の上から落下したゴブリンに、騒ぎを聞きつけた魔物が、襲いかかっていたのだ。

 

「妾(わらわ)が注意を引きつける。パトリックは、ひとつでも多くの命を救うのじゃ」

「分かりました。クルシュナインの名にかけて、最善を尽くします」

 

 パトリックは、燃える草原の上に城の壁を展開して、トウロウとの接触を防ぎつつ、燃え盛る炎を押しつぶして、強引な消火に成功した。

 そのまま籠城できるスペースを作り上げた。

 さらに襲われている者へ、城の盾(キャッスルシールド)を飛ばしつつ、近くの魔物を倒しながら「中に入れ!」と、城の壁の中に誘導した。

 

 唯は、パトリックの位置から遠く離れた反対側。浜辺に降り立つと、職業を本来のものに変更した。

 それは、どういった理屈なのかは分からない。

 その存在を、目にしたからなのか

 虫を誘うような香りがするのか

 とにかく、体内にある魔石が、その存在をキャッチして

 『襲えっ! 殺せっ! 奪えっ!食えっ!』

 と、魔物の本能を揺さぶった。

 

 するとゴブリンナイトや魔物の目つきや表情が、凶悪なものに豹変し、目の前の獲物などほったらかしにして、唯ひとりに注がれたのだ。

 幸いにも、卯月の影響を受けたゴブリンたちに、豹変する者は出なかったが、もし出ていたのならば……豹変した魔物たちと同じ運命を辿っただろう。

 

 その間にパトリックは、全員を壁の中へ避難させる事に成功し、入り口を閉じると、唯の戦いを見届ける事にした。

 

 本当なら、ザブンザブンと潮のさざ波が、心地好い音を奏でる場所なのだろう。

 ところが今響いているのは、普段は出さないような、狂気の入り混じった魔物のうめき声だけだった。

 今の魔物たちは、自我のない魔石に操られた人形だ。

 だが、この状態の魔物は、とてつもなく強い。

 無意識に抑えてあったリミッターが外れた状態であり、ランクで表すなら、間違いなく1段階は上昇しているだろう。

 

 そんな身の毛もよだつ、魔物の視線が集中する先に『真魔王』本条・キャロル・唯は、静かに。そして、近寄りがたき厳(おごそ)かな風格を持って、佇《たたず》んでいた。

 

 そんな唯に、熱烈なラブコールを送る魔物たちは、囲む距離をどんどん縮め――――

 次の瞬間、一斉に飛びかかった。

 唯は、次から次に襲って来る魔物を

 華麗に、そして鮮麗に

 1撃で2体3体。はたまた4体5体と、破壊した。

 咲き乱れたのは、魔物だったものなのか

 

 魔技の基本技、魔砲。

 ものの、数十秒の出来事であった。

 華やかに鮮やかに、唯の周囲に、死体の山が築かれた。

 

 シュッと、付着した汚物を払い職業を戻すと、唖然とした顔のパトリックの目の前に跳び寄った。

 

「すまぬのう。パトリックの出番まで奪ってしまったか?」

「い、いえ……お気になさらずに」

 

 パトリックは、やっとの事で、震える声を絞り出した。

 出番を失ってショックを受けたからではない。

 真魔王だった唯の姿から、言い知れない恐怖を感じていたのだ。

 

「ふむ。ハヅキの姿が見えぬのう」

 

 慈愛を含むようなその声で、ハッと、気を持ち直したパトリックは、助けたゴブリンに事情を訊き始めた。

 その間に唯は「ほれ」っと、回復薬を配っていた。

 

 これは、卯月を受け渡す際に領主イノから譲られた、大量の回復薬や食料の1部で、ゴブリンたち移住先の生活を考えた、パトリックの手配だった。

 それを、唯の腕輪に収納していたのだ。

 

「唯殿。ハヅキは、足止めのために残ったと……」

 それを聞いた唯は、ひとつ間をあけると、口を開いた。

「パトリックは、ここで皆を守れ。妾がハヅキの元へ行く」

 

 そう告げた唯は、残ったハヅキの元へ、走りだした。

 

 

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