※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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お土産/ハヅキの髪は、1度も切ったことがないようです/迷宮/違和感/ 風前の灯火/救出劇

 

 

 ハヅキは、強力な魔物ゴブリンナイトに囲まれた危機的状況から、からくも脱出した。あのまま戦闘を続けていたら、間違いなく殺されていただろう。

 なので、逃げ恥ではない。高性能のカンピューターが弾き出した、戦略的撤退だった。

 しかもハヅキは、ゴブリンナイトを3体も倒す大金星を上げた。意表を突く手段だったとは言え、これは見事と言えよう。

 

 しかしながら、その代償は大きかった。

 負傷した腕の傷は、回復薬のお陰で、支障のないレベルにまで治っていたが、思慮深いゴブリンナイトに、お土産を持たされていたのだ。

 

 そのお土産とは―― 毒だ。

 左腕の傷口から、ジワジワと体中に毒が回り始めていたのだ。筋肉のしびれや麻痺から考えると、神経毒だろう。

 おそらくこれは、彼らの常套手段なのだろう。身動きできなくなった女性を、凌辱するための……

 ともあれ、早く気付いて良かった。もう少し遅ければ、毒のせいで溺死の可能性もあったのだ。

 

 ハヅキは、痺(しび)れる体を引きずるように、波打ち際へ出ると、王都で支給された常備薬のひとつ解毒剤を取り出した。

「ふう」

 と、安堵のため息を漏らすが、簡単に手に入る解毒剤は、効果があるか分からない。

 

 高い等級の解毒剤または万能薬は、MP回復薬と同等の即効性と幅広い対毒性を持っているが、今回のような等級の低い解毒剤は、対毒性の幅も狭く、回復力も低いのが実情だ。

 とは言え、高い等級の解毒剤や万能薬は、作成に稀少(きしょう)な部位が必要になる。そのため、店先に並ぼうものなら、各々がこぞって確保するので、支給品の中に入るのは稀(まれ)だ。

 貰えるだけありがたいので、ハヅキに文句はなかった。

 

 そんな謙虚な姿勢に神が微笑んだのか、日頃の行いが良かったのか、幸いにも効果が出始めていた。

 ハヅキは波打ち際で大の字になり、回復に努めた。海水で体が冷えてしまうが、気にしている場合ではなかった。

 それは、近付いてくる足音と話し声に、危険を感じ取っていたからだ。

 その声とは――――

 ゴブリンナイトを先行させた追跡者。ゴブリン将軍たちのものだった。

 

 ハヅキは、自身の状態を確かめた。

 少しずつ痺(しび)れは取れてきていたが、本調子には、まだまだ時間が必要だった。

 

「まったく、厄介な土産をもらってしまったものだ」

 

 あえて強がりを呟くことによって、冷静な判断力と心に落ち着きを呼び込むと、どうにか動く首を左右に振り、隠れる場所を探した。

 ところがここには、身を隠せる岩など1つもなかった。ハヅキは首を動かして、足音のする方向をしっかりと確認した。ずいぶん近くまで来ていたので、姿形がはっきりと目視できた。

 

 ―― やはりゴブリンか……

 

 ハヅキは、先頭よりやや後方にゴブリン将軍を3体。そのすぐ隣に、大きなハンマーを数人がかりで運ぶゴブリンと、3本の筒を運ぶゴブリンを確認した。

 

 絶体絶命だ。

 目視できる範囲だけでも、100ゴブリンをゆうに超えていた。発見されてしまえば、その場で犯され、身も心も悲惨な目にあってしまうだろう。

 たとえ暗闇だからといっても、このままでは発見される可能性は高い。

 

 そう判断したハヅキは、顔全体を覆うように風の壁(ウィンドシールド)を唱えた。

 見た目は、丸い金魚鉢を頭に被っている。と想像してもらうと一番しっくりくるだろう。要は潜水用具の代わりだ。この中に魔法で空気を供給し続ければ、魔力が持つ限り隠れられる。

 万全の準備を整えた彼女は、ゆっくり横転しながら、静かに海中へ身を潜めた。

 

 △△

 

「裏切ったアイツは、どうやって殺す?」

「埋めて、石投げの的にでもして遊ぶか?」

 

 ハヅキが隠れているとは知らない追跡者たち。そのリーダーであるゴブリン将軍たちは、裏切り者である、ゴブリン将軍の処刑方法を話し合っていた。

 裏切り者の死体もチラホラ見掛けるようになったので、ゴブリンナイトが追い付いたのは明白であり、本隊が追い付くのも、時間の問題だと確信していたのだ。

 

「それよりも女の事だけどよぉ、おっ死んじまったって事にして、俺たちで飼わねーか? おまえらも、直属の強力な部下が欲しいだろう」

 

 そんなクズのような話を持ち掛けたゴブリン将軍も、人族の女性から産まれた強力な個体だ。しかし、ゴブリンナイトを含む部下の全ては、ダンジョン産のゴブリンばかりである。

 簡単に説明すると、ダンジョン産のゴブリンは量産型であり、女性に産ませた個体より弱いのだ。

 

「おまえ……ナイスアイディアだ! じゃあ、ゴブリンナイトたちが、間違って殺しちまう前に急ぐかっ」

 

 ゴブリンキングに対する忠誠は低いようだ。そんな計画を立てたゴブリン将軍たちは、ゲヘヘと、今後の楽しみに妄想を膨らますと、全体に指揮を出した。

「おまえら急げ、スピードを上げろ!」

 ゴブリンたちの行進は、やや小走りになった。

 これによってゴブリンたちは、ハヅキに気づかず通り過ぎてしまうだろう。

 

 ところが、風の壁を顔に纏(まと)っていた海中のハヅキは、悪戦苦闘して耐えていたものの、予想外の浮力と波の力によって、波打ち際まで戻されしまった。それも、行進を続けるゴブリンたちの真横に。

 ハヅキは焦った。

 しかし長年に渡る隠密行動の経験を発揮し、素早く気配を消すと、路傍の石に成りすました。その擬態は見事のひと言で、凝視しないと気づかないレベル。この暗闇の中だと、魚の死体か海藻の類いにしか見えなかった。

 

 しかしながら、神の試練なのかイタズラなのか、不運が続く。雲に切れ間が発生して、極わずかの月光が、浜辺を照らしてしまったのだ。

 

 僅かな光があれば、暗闇の中でもほぼ問題なく見える『夜目(よめ)』というスキルがある。これは『魔眼』の一種なのだが、ほとんどの場合は、冒険者の『冒険術』や鉱夫の『採掘術』など、暗い場所で従事する者の、スキル能力に付加する形で存在している。

 

 潮が満ちている浜辺は幅が狭くなっているので、ハヅキはほぼ足元に打ち上げられた形になった。『夜目』を持たざる者でも、『ん?』と見てしまうだろう。彼女だって、体をはって笑いが取りたい訳でもないし、真面目に行動しての結果が、こうなってしまった不可抗力だ。

 

 そしてゴブリンを含む魔物たちは、能力の程度は別にして、大抵その『夜目』を持っている。なので彼女の姿は、しっかりくっきり、ハッキリバッチリと見えていた。

 見事な擬態でも、通用しないレベルで。

 

「しょ、将軍っ! 女です!」

 その瞬間ハヅキは、片膝の姿勢に動きながら、攻撃をしかけた。

「昇斬波・一閃(いっせん)」

 

 手前から森側までのゴブリンを、1m幅の斬撃が強襲。昇斬波の通り道にいたゴブリンの体は斬り裂かれ、森までの逃げ道が生まれた。

 ザザッ!

 ハヅキは、ゴブリンの隊列を横断するようにダッシュ。森への逃亡だ。それと同時に、右側にいたゴブリン将軍を狙った。

 

「昇斬波・地走り」

 

 地走りは、ゴブリンを縦に斬り裂きながらゴブリン将軍に襲いかかった。

 バチン

 しかし、ゴブリン将軍には通用しなかった。簡単に片手で受け止めると、地走りを握(にぎ)り潰してしまったのだ。

 

 その間にハヅキは、森にあと1歩の所まで到達していた。ところが彼女は固い壁に激突し、火花を見るハメになってしまった。

 ―― っ!?

 その壁とは――――

 ハヅキの動きに気付いた別のゴブリン将軍が、彼女の進路を断つように、その強靭な肉体を壁にして立ちふさがっていたのだ。

 

 そして、激突してバランスを崩してしまったハヅキは、そのゴブリン将軍の、人の頭を簡単に握り潰せるほどの握力で、両手首を掴(つか)まれ宙づりにされてしまった。

 

 ズサッと、手離された風一文字が砂浜に落ちると同時に、ハヅキは、はっ! と激突の衝撃から意識を取り戻した。

 目に飛び込んできたのは、彼女の肢体を無遠慮に、舐め回すように見ている目だった。

 ゾクリと背筋が凍るハヅキだったが、即座に腹筋の力だけで、ゴブリン将軍の顎に蹴りをくらわした。

 

 しかし、蹴りを受けたゴブリン将軍は、別の事に意識を向けているのか、全くのどこ吹く風だった。嗤いに口を歪ませると、彼女の肢体を見ながら舌舐めずりし始めた。

 間違いなく、下衆な事を考えているのだろう。

 間髪入れず、追撃を仕掛けようと試みたハヅキだったが、締め上げられているガントレットに、更なる力が加わった

 バキッ。バキバキ

 

「くっ、ぐああー!」

 

 ハヅキの悲鳴と共に、両方のガントレットも悲鳴を上げ破壊された。と同時に彼女は、左手首の骨が折れた音と、熱く焼けるような痛みと熱を感じていた。

 ビリビリビリッ

 すると、後ろから別のゴブリン将軍に、上半身の衣服を破られた。

「や、止めろ!」

 そんな戯言が通じるわけもなく、フードも下半身の鎧も、次々と剥ぎ取られてしまった。その最中、まとめてフードの中に押し込んでいた長い黒髪が、ハラリと流れた。

 

 残った装備は、内側に着込んでいた鎖帷子(くさりかたびら)と、恥部を隠すフンドシみたいな布。それと、足に巻いてあるナーガの革と自作のブーツのみだった。

 ざわざわと、周囲で見ていたゴブリンの目に、興奮の色がきらめき始めた。

 

 この流れは、輪姦(りんかん)されるパターンだ。

 ゴブリンにしてみれば、過去に何度も開催された、楽しい楽しい催し物である。だが、この催し物を耐えきった生き物は皆無。それほど過酷で残忍で、尊厳を奪う催し物なのだ。

 

「おい、おまえたちはゴブリンナイトに伝えてこい。少し遅れるが、女どもは絶対に殺すなとな」

 

 伝令を出された、先頭の50体をこえるゴブリンは、悔し顔を見せた。それは、催し物から強制離脱を宣告されたのと同義だったからだ。

 しかし、逆らうことは許されない。

 ゴブリンたちは渋々と

 急いで戻れば、参加できるかもしれない!

 と、淡い期待をいだきつつ駆け出しだ。

 

「ぐっふっふっ。それでは、催し物を始めるか」

「俺が1番だ」

 

 ハヅキを捕まえたゴブリン将軍が、いの1番に名乗りをあげると、次々と順番が決まっていった。

 当然それを黙って見ていたハヅキではない。彼女は虎視眈々(こしたんたん)と、脱出のチャンスを探っていたのだ。

 

「風塊の攻撃(ウィンドボール)!」

 

 蹴りあげた足を、ゴブリン将軍の喉仏(のどぼとけ)にトウキックの要領で突き刺し、そのつま先から魔法を発動させた。

 ゼロ距離からの魔法発動だ。

 流石のゴブリン将軍も捨て身の魔法攻撃を受けると、ハヅキを手を離してしまった。

 

 着地したハヅキは素早く風一文字を手に取ると、ズタズタになった、ゼロ距離魔法の反動を受けた足で踏み込み

「昇斬波・旋ぷッ!」

 しかし、出そうとしたハヅキの旋風は、服を破いたゴブリン将軍の、後方からのショルダーチャージによって防がれてしまった。

 

「ううっ……」

「へっへっへ残念だったな」

 

 弾き飛ばされたハヅキは、別のゴブリン将軍によって見事にキャッチされていた。

 ゴブリン将軍のショルダーチャージは、軽トラが激突してきたのと同じか、それ以上。おそらくハヅキは、深刻なダメージを受けているだろう。

 なのでキャッチされたハヅキは、意識を失っていた。

 

 ゴブリン将軍はハヅキを寝かせると、鎖帷子(くさりかたびら)を強引にひき千切った。そして、上半身と下半身に巻いてある布を、つまり、ハヅキの体を隠している最後の砦も剥ぎ取られてしまった。

 あらわになってしまったハヅキの体。

 鎖帷子の破片がハヅキの体に食い込んでおり、その傷跡はとても痛々しく、いたる場所から血がにじみ出ていた。

 でも、そんな事ゴブリン将軍たちには関係ない。彼らの目は、ささやかな乳房を含む女性特有の部分に集中していた。

 

 ゴブリン将軍はハヅキの股を開くと、ヨダレを潤滑油代わりに垂らし、強引に進入を開始したのだった。

 

 △△

 

 ハヅキに危機が迫っている頃、唯は、彼女の元に駆けつけるべく、浜辺を走り出した。

 

 残ったパトリックは、魔物から魔石を回収して、盾に吸い込ませていた。しかしながら、真魔王となった唯が倒した魔物の体内には、魔石がひとつも残っていなかった。

 不思議な出来事にパトリックが頭をひねっていると、そこへ招かざる客が現れた。

 その客とは、ハヅキに騙され森へ入った、ゴブリンナイトの集団だった。

 

「何だこれは? ……先行したナイトたちじゃねーか!」

「おい、あそこ見ろ。人間と裏切り者だ!」

「おまえたちの仕業か!」

「殺せ!」

「女も探せ!」

 

 周囲に散らばっている仲間や、山積みになった仲間の死体をみたゴブリンナイトは、パトリックたちを犯人と決めつけると、一斉に襲い始めた。

 

「みんな、中に戻れ!」

 

 それを見たパトリックは、ゴブリンナイトの前に城の壁(キャッスルウォール)を展開し、避難を指示すると逃げる時間を稼いだ。

 中に逃げ込むのを見届けると、入り口を閉じて剣を構えた。

 そのまま距離を保ちつつ、ゴブリンナイトを誘う。

 誘い込んだら、ゴブリンナイトの真後ろに城の壁を展開して、後ろの風景が見えないように細工すると、距離を保ちつつ拓けた浜辺まで誘導し、目的の場所まで到達した。

 

 実は、ゴブリンナイトたちは気づいていないが、ゴブリンたちが逃げ込んだ城の壁は、すでに消えていた。

 城の壁は、パトリックとあまり距離が離れると、勝手に消えてしまう性質があるのだ。そのため、ゴブリンナイトに気づかれないように、ここまで誘い出したのだ。

 きっと今頃ゴブリン達は、安全な場所に身を隠しているだろう。

 

 △△

 

「わが名は、パトリック・クルシュナイン。騎士の道を外れた勇者だ!」

 

 スッと、剣をかかげて、彼は名乗りをあげた。

 その彼に向かって、ゴブリンナイト数体が飛び出した。

 

「逃げ回ってばかりの腰抜けが!」

「おらー!」

 ゴブリンナイトの鋭い槍が、彼に迫っていた。

「今こそ見せよう勇者の力を!」

 

 その言葉と共に、彼の左腕にある、真っ白で青い十字模様が描かれた盾が、強烈な光を放った。

 不意に光を受けてしまったゴブリンナイトたちは、目を眩(くら)ませ動きが止まってしまったのだ。

 

「顕現せよ! 迷路地帯(ラビリンスフィールド)!」

 

 これは、唯との特訓で考え出した『城の壁』を応用した技のひとつだ。何度も何度も練習して、迷路の地形パターンを覚え込み、瞬時に発動できるようになった『迷路地帯』。

 ちなみにもうひとつ、『王城要塞(キングキャッスル)』という技も発明済みだ。

 そして特訓のお陰で、城の壁を出せる範囲も半径50mから70mにまで伸びており、この『迷路地帯』は490㎡と広い。

 さらに中の通路を狭くすることによって、長い武器は振り回しにくくなっている。

 

 彼が『迷宮地帯』を発動すると、一瞬で50m以上の外壁が出現し、敵の逃亡を防ぐ。壁は分厚く強固、破壊はまず不可能だろう。

 その次に迷路を構成する内壁が、地面から生えるように現れるのだが、それによって生まれる振動は、震度5以上の地震に匹敵する。なので、立っているのも困難であると同時に、逃亡または彼から意識をそらすのにも役立つ。

 また完成後の壁は高く陽光も届きにくいので、ある程度の視界阻害の効果もあるだろう。

 そして最大の特長は、城の壁とは違って、彼が『迷宮地帯』から離れたり、落壁(シューティングスター)を使っても、消えることはなく、彼の意思で消せるようになったことだ。

 

 パトリックは剣を収める。この迷路地帯に剣は必要ないからだ。攻撃方法としては、壁で押しつぶしたり生き埋めにしたりするのが効果的だろう。しかしその方法では、唯に通用しなかった。

 なので、彼の中での攻撃方法は、『落壁(シューティングスター)』一択だ。

 狭い通路に誘い込むことによって、容易に回避できない状況を作り出し撃ち込むのだ。まだまだ改良の余地も残されているが、唯からも及第点をもらっている。

 

 『迷路地帯』を発動すると、一瞬で囲まれてしまったゴブリンナイトたちは驚き、戸惑いを隠せなかった。その次は、足元から出てきた壁にあわてふためく。運悪く、出てくる壁の真上に居たものは、落下のダメージを受けてしまい、それ以外は、震動を堪え忍ぶしかなかった。

 そうして迷路地帯が完成したその時、ゴブリンナイトたちは、ほぼ分断されていたのだ。

 

 パトリックの視界には『迷路地帯』の地図が表示されている。この中では盾の能力で、自身の現在地や敵の位置などが、手に取るように分かるのだ。当然、何度も試行錯誤し、視界に映るマップ表示にも慣れているので、もし接近戦になったとしても影響はない。

 

 パトリックは『落壁』を発動。

 通常の『落壁』は、城の壁で出した壁を飛ばす技だが、この『迷路地帯』では違う働きをする。

 彼の周囲には、大人の指ほどの三角すいが、30個以上もクルクルとスクリューのように回転しながら漂っていた。

 これが『落壁』で、敵を貫く弾になる。もちろん追加も可能で、ほぼ無尽蔵の物量だ。

 

 彼はこの技を、敵に対して発動する場面になったら、心に決めていた事があった。

 それは、2度と、騎士とは名乗らない。と言うこと。

 『迷宮地帯』は、相手を罠に嵌め、一方的に攻撃するようなものだ。他人が許しても、自分が許せなかった。

 

 それから20分後。

 無残にも穴だらけになり、抵抗すら許されなかったゴブリンナイトたちの中心で、『迷宮地帯』を解除した勇者パトリックは、空を見上げていた。

 

 ▲▲

 

 僅かな月光が差し照らす砂浜の、砂を巻き上げる勢いで走る人物がいた。

 出会って間もないが、寝食を共にして、生い立ちを聞いた。最初の頃に比べれば、強くなっている。とは言え彼女から見れば、まだまだ赤子も同然の実力だ。

 生死の境目は、鋭利な刃先の如く。死が身近なこの世界では、明日も明後日も、笑って話し合えるのかは誰にも分からない。

 それは、誰にでも平等に起こり得る出来事なのだ。

 

 ▲▲

 

 

 妙な気配と魔力を感じ取ったアスモデウスは、瞑想(めいそう)を中断した。その隣には、無邪気な顔で赤い髪の女の子が眠っていた。

 アスモデウスはテントの外に出ると、妙な気配の正確な場所を特定するため集中した。

 ―― 1、2、3……ランスちゃん!?

 場所を特定していた彼女は、ランスちゃんの『ラ』の字で駆け出していた。

 するとその隣に、並ぶ影があった。

 

「アスモどうしたのぢゃ?」

「桜ちゃんも気づきましたか?」

 赤ジャージ姿の桜だった。

「いや、アスモが外に出たのでな。それで、ランスか?」

「ランスちゃんの近くに、妙な気配を感じました。危ないので、桜ちゃんは待っててください」

「待つよりも、アスモと一緒に行った方が安全ぢゃろう? それに、ランスは大事な家族。――戻らん」

 

 桜は、彼女がこの場を離れる事によって、待っていても襲撃される可能性を示唆し、一緒に行く材料にした。

 

「決して、離れないでください」

 

 ふたつの影は、暗闇の中を疾走。

 しかし、目的地に到着するまでの間に、ふたつの気配は去っていた。当然、桜も彼女もそれに気づいていた。

 目的地に到着。うつ伏せで倒れているランスロットの姿を目にした2人は

「ランス!」

「ランスちゃん!」

 と声を上げ、唇をかんだ。

 その場には鉄くさい臭いが残り、地面には大量の血痕があった。

 

 すぐに彼女は、ランスロットを仰向けにすると、体の隅々を確認した。丈夫な乙女戦闘服(ゼラスーツ)には穴が空き、損壊も多く、大量の血痕があった。間違いなく、ランスロットの血なのだが……

 

「アスモ、ランスはっ?」

 桜は、心配で堪らない気持ちをストレートに伝えるも、ランスロットの体を調べていた彼女は、若干困惑気味の様子だ。

「桜ちゃん。ランスちゃんは――」

 と、その時だ

「むにゃむにゃ。ようちゃん、おまたせ」

 と、にへっと笑いながら、ランスロットが寝言を口走ったのは。それを見て桜は、深刻な状態ではないと悟ったのだ。

 

 とは言え、大量の血痕と損壊の激しい乙女戦闘服だ。当然、何があったのか、事情を聞く必要がある。

 念のため彼女は、もう1度ランスロットの体を隅々まで調べると、問題はない、との頷きを桜に送った。

 しかし、彼女は何か納得できないようで、ランスロットの頭に手を触れながら考え込み始めた。

 

 それを見た桜は『むっ?』と思ったが、起こした方が早いのぢゃ。と言わんばかりに、ランスロットのデコに、強烈なデコピンをくらわせた。

「よ、ようちゃん。そこはだ、だめ(ベシッ)ぎょへ」

 いかがわしい夢でも見ていたのだろうランスロットは、突然訪れた、おでこが陥没しそうな強烈な痛みで、強制的に覚醒されたのだ。

「だ、だめめめめ」

 おでこを手で押さえたランスロットは、桜とアスモデウスの間を、右に左に転がりながら、夢を引きずるような言葉を漏らした。

 そして痛みに慣れたのか、何事もなかったようにムクッと上半身を起こすと

「よ、陽ちゃんは?」

 と言った。

「な、なにが、陽ちゃんぢゃ!」

 心配させやがってこの野郎! そんな目覚めのデコピンを、桜は渾身の力で、ランスロットのデコに食らわせた。

 

 しかしランスロットは、ピクリとも動かず耐えきってみせた。

 そして――――「陽ちゃんは?」だった。

 まだ寝ぼけていると確信した桜は

「まだ目が醒めぬのか! ならば、もう一発ぢゃ」

 

 クスクスと、そんな2人のやりとりを見ていたアスモデウスは、笑いだした。

 しかしながら、状況は深刻である。それも、死んでいても不思議ではない程の怪我を、負っていないと説明がつかない現場状況だ。

 

 彼女が感じた気配は2つ。

 1つは、嫌な気配。ドロッとした気持ちの悪い物だった。

 もう1つは、無味無臭の水のような、妙な気配。それも、隠せるのに敢えて隠さない。むしろ、彼女に知らせるような出し方だった。

 おそらく後者は中立もしくは味方で、ランスちゃんを助けてくれたのでしょう。と彼女は予想した。

 

 それと、彼女には解析できなかったし、自信を持って断言できないが『記憶操作に似た、なにかを施した形跡』が、ありそうでないような気がしていた。

 つまり彼女は、違和感(・・・)を感じ取っていた。

 もしこの違和感の正体が記憶操作なら、彼女にも判別できない高度な術式、もしくは魔法と言うことになる。

 それは、大変な脅威と捉えるべきだった。

 もしかしたら、ランスロットが操られている可能性も、なきにしもあらずなのだから――

 

「突然なにをする―― ここはどこだ? んん? あれぇ……? 確か見回りの時間になって、その途中に約束を思い出して、デートの待ち合わせに行って……陽二は?」

「まだ寝ぼけているようぢゃな……」

「ランスちゃん。この状況が分かりますか?」

 

 そんな彼女の問いに、ランスロットは、何かこう、頭の中がうまくかみ合わない様子だった。

 そんなランスロットは、少しでも情報を得ようと周囲を見回し、血痕や自身の乙女戦闘服に気が付いた。

 

「こ、これはなんだ……? もしかして私は死ぬのか? それともここは天国?」

「死んでいませんし、天国でもありません。健康体そのものです。それ以前に、絶対に死なせたりはしません」

「そ、そうか。しかし、これは一体なんなのだ? 全く私の記憶にはないぞ?」

 

 その言葉を聞いた彼女は、ここで、何かがあったのは間違いない事実で、何者かがランスロットを襲い、何者かがランスロットを助けた。

 その事は、今さらどうでもいいと考えた。過ぎた事であり、ランスロットは無事、生きているのだから。

 しかし問題なのは、彼女が全く気づけなかった(・・・・・・・・・)事。

 そして、ランスロットを襲ったであろう人物だ。

 使った痕跡があるので分かったが、乙女戦闘服は『超全体強化』を使ったあとの防御力を自乗する仕様だ。確かに上限はあるものの『超全体強化(フルチューン)』を使ったランスロットの防御力は、かなり高くなるのである。

 

 それなのに、乙女戦闘服の損壊が激しかった。全くとは言わないが、ほとんど役に立っていなかったのでは? と彼女は予想した。

 それほどの相手だ。

 彼女が思い当たるのは、豊。それと、唯から聞いていたマモンだ。再度、襲ってこないとも限らない。大至急、ゼラニオンのパワーアップが必要だ。

 

 すぐにでもゼラニオンのパワーアップを始めたい彼女は、桜に相談。しかしそれは、ゴブリンとの決着がつくまで、延期される事になった。

 それは過去、桜やランスロットでさえ逃げ出した恐怖の合宿で、その名も『魔技強化合宿(アスモキャンプ)』だ。

 

 △△

 

 唯が走り出した丁度その頃。ハヅキは、絶体絶命の真っ只中に居た。ショルダーチャージで背後から強襲され、ゴブリン将軍に捕まり、今にも犯される寸前だった。

 

「う、うわあああ!」

 

 我に返ったハヅキは、大声を出して暴れ始めた。なのでゴブリン将軍は思うように事を運べず、イラっとしていた。

 バシッ

 ゴブリン将軍は、ほんの軽くハヅキの頬を叩いた。しかしその衝撃だけで、彼女の全身の至る場所が悲鳴を上げた。まるで、体の中を熱いなにかで突き刺して、掻き回されているような。そんな耐え難い激痛が、彼女の身に襲いかかった。

 

 それもそのはずだ。

 ハヅキの体は、全身が深刻なダメージを受けていたのだ。痛みに耐えきれなくなったハヅキは、気絶してしまったのか、暴れる事はなくなっていた。

「そうだ、おとなしくしておけ。すぐに気持ち良くなるからな」

 ゴブリン将軍は醜悪な笑みをハヅキに向け、胸に手を伸ばした。

 

 実はこの時のハヅキは、気絶している訳でも、激痛を耐えている訳でもなかった。

 ―― このままでは、何もできずに終わってしまう。せめて、目の前のコイツだけでも道連れに。お母さんたちは、唯さんとリックに任せておけば安心だ。あの2人になら……

 そんな事を、痛みを感じない朦朧とする意識の中で考えていた。

 

 ハヅキの、母親を救い出すという目標は達成された。もうひとつは、兄と姉の敵討(かたきう)ちだけだ。本当なら自分の手で、ゴブリンを根絶やしにしたかったはずだが、流石にこの状況をひっくり返せるような、手は残っていなかった。

 

 ―― それでも、こいつだけでも道連れに……

 

 ハヅキは、右手にありったけの魔力を込め始めた。もう死んでしまってもいいと。目の前のコイツさえ殺せればいい……

 ハヅキは残った力で、ゴブリン将軍に攻撃をしかけた。彼女は、ゴブリン将軍の目に指を突き刺して、内部から風塊の攻撃(ウィンドボール)で、頭を吹き飛ばそうと考えていた。

 

 しかし――

 ガシッ

 ゴブリン将軍には、弱っているハヅキのぬるい攻撃など、止まって見えていた。そのまま、掴んだ手首に圧力をかけた。

 ポキッ

 右手首の骨まで折られてしまった彼女は、目も当てられないほどの満身創痍で、風前の灯火だった。

 

 だが、それでもハヅキは諦めなかった。

 唯との特訓で学んだものは、技術的な事ではない。

 ただ、ただ、諦めない心だった。

 しかしそれは、泥水を啜ってでも生きのびるための心。死なないための、諦めない心だった。

 心の中で唯に謝罪した。

 生きるための諦めない心を、殺すためだけの諦めない心に変えた事に。

 目的が達成されるのであれば、死んでもいい(・・・・・・)などと、思ってしまった事に。

 

 ▲▲

 彼女と食事をしている時、ふと会話が途切れたので、私の身の上話をした。

 洞窟での生活、父親から教わったこと。

 母親の病、目が見えず歩けないこと。

 兄と姉の死――

 話し終えたあと私は、最終的にどうしたいかを話した。

 ふと顔を見ると、あの彼女が泣いていた――

 そして突如、抱きしめられ温もりに包まれた。

 彼女の鼓動を耳にしていると、妙に落ち着いた。私は無意識のうちに抱き着いていた。

 まるで母親に包まれている、そんな気持ちを感じていたのだ。

 そして色々な事を教わったが、これだけは覚えておけ。と言われた言葉があった。

『生きることを諦めるな』

 なんの変哲もない、ありふれた言葉だと、その時は思っていた。しかし、その言葉の意味は深いのだろう。

 彼女が、どのような意味と考えを持って、贈ってくれた言葉なのか……もう聞く事はできないだろうけど……

 少しだけ、少しだけ分かった気がする――

 ▲▲

 

「風塊の攻撃(ウィンドボール)!」

 風塊の攻撃は、あっさりとゴブリン将軍に避けられてしまった。それを見ながらハヅキは、それでも満足げに、ゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 △△

 

「やっと、おとなしくなりやがったか」

 

 ゴブリンたちの催し物は、まだ始まってもいない。

 暴れる獲物もグッタリとしてしまって、もしかしたら死んでしまったのかもしれない。

 ならば、固くなってしまう前に楽しまなければならないだろう。

 グッと、ゴブリン将軍が押し入れようとした、まさにその時だった。

 

「お姉様たち、お願いなの!」

 そんな声が響いたのは――――

 続けざまに

「鏡花水月(マーメイリュージョン)」

 そんな声も響いた。

 

 するとハヅキを中心にして、10m以上離れた南北の波打ち際や森の中に、ダイナマイトバディを見せ付ける金髪の女性が、40人以上も現れたのだ。

「将軍、女です!」

 その声で、順番待ちをしていたゴブリンも、そうでない者も、一斉にハヅキから目を離した。

 

「こっちにもいるぞ!」

「こっちにも」

「こっちにも」

「捕まえろ!」

 

 ゴブリン将軍が叫ぶと、われ先にとゴブリンたちは、近くの金髪女性に飛びついた。誰でも、ボロボロで血まみれの死にかけより、豊満で綺麗な女性の方がいいに決まっている。

 全ゴブリンが、ハヅキをほっぽり出して駆けだした。その瞬間、ハヅキの周囲だけが空白地帯になったのだ。

 

 その空白地帯に、ザッっと空中から降りてきたのが、セイレーン姿のヴァイオレットだった。

 着地と同時に回復薬をぶちまけると、ハヅキを少々あらあらしく抱き上げ、砂浜を蹴り宙を蹴り、100mほど離れた海面に向かって翼を広げた。

 

 そこには、人魚姫パールを含む仲間の人魚が待ち構えていた。

「人魚の休息場(マーメイドエリア)」

 人魚たちは魔法で、直径1mの、円形状の泡で作った物を、海面に4つ作り出すと、それらを合体させて大きくした。

 

 その上にヴァイオレットは着地すると、ハヅキを寝かせた。

「人魚姫治癒(プリンセスキュア)!」

 すぐさま緊急治療を始めたのは、人魚姫パールだ。これは彼女が『定着の儀』で得た『姫の心得(スキル)』の中に含まれている、回復魔法のひとつだ。

 

 人魚姫パールの手の平から、小さな泡が飛び出し、瞬く間にハヅキの体を飲み込んだ。すると泡は合体を繰り返して、ひとつの大きなシャボン玉みたいになった。

 シャボン玉の中に、横たわるハヅキの姿が見えた。このシャボン玉の中にいると、身体の回復など様々な効果があるのだ。

 

「パール、どうじゃ?」

 ヴァイオレットは、パールに魔法の効き具合と、ハヅキの回復具合を訊ねた。

「分からない、でも頑張ってみるの」

 ハヅキの状態は非常に悪く、いつ死んでもおかしくない状態だった。パールは、治癒効果を精一杯高める事しかできなかった。

 

 その頃、波打ち際や森の中では、金髪の女性は、捕まえようとしてもすり抜けてしまう、触れる事のできない幻なのと、ハヅキの姿が消えたのがバレていた。

 

「将軍、女が!」

「ぐわわわぁどこのどいつだ! 探せっ!」

 ゴブリン将軍の命令で、消えたハヅキを探してゴブリンたちが右往左往していると

「将軍、あそこです」

 めざといゴブリンが、人魚の集まっている場所を発見して指を差した。

「おいおいおいおーい」

 人魚の姿を確認して、ご機嫌になったゴブリン将軍たちは、ハヅキの事などすっかり忘れてしまったのだ。

「たくさんいるじゃねーか、おまえら捕まえてこい」

「本当だ、いくぞ!」

「おおっ!」

 

 ゴブリンちは、次々と海へ入り、人魚の元を目指して泳ぎ始めた。

 

「見つかってしまったけぇ」

 だが、ヴァイオレットたち人魚は、こちらを目指して泳ぐゴブリンの大群を見ても、顔色ひとつ変えていなかった。

 それもそうである。

 ここは海だ。海は人魚の独壇場だし、浜辺から10mも沖に出れば、水深は一気に深くなるのだ。

 なので人魚にとっては有利な事ばかりで、敵の数がどれだけ多くても、全く負ける気がしなかった。それに、その気になれば、簡単に逃げられるのも大きかった。

 

 鏡花水月(マーメイリュージョン)を解除した人魚たちは、治療中のパールと、その護衛にヴァイオレットを残して海に潜った。

 驚くことにゴブリンたちは、犬かきみたいな泳法で、えっちらおっちらと泳ぎが達者だった。

 しかしながら、泳ぎの上手い下手は、海中に潜った人魚たちには関係なかった。次々とゴブリンの足を引っ張って、海中に引きずり込んだ。

 あっという間に溺死である。その被害は、軽く50ゴブリンに及んだのだ。

 

「戻れ、戻れ!」

 ゴブリン将軍は大声を上げ、戻るように指示を出した。この、姿は見えているのに、手も足も出せないもどかしい状況では、諦めるしかないだろう。

 当然、人魚たちもそう考え、余裕で出方を見ていた。

 すると――

 

「おい、アレをよこせ」

 ゴブリン将軍は筒のような物を受け取ると、片膝を付き、両肩に1本ずつ担いだ。

 筒の長さは1m弱で、直径は20cmほどだ。

 その両脇に、ハンマーを持ったゴブリン将軍が立つと、筒の後に控えていたゴブリンが何かした。

 それを確認したゴブリン将軍が、おもむろにハンマーを構えると―――― 筒の後方を叩いた。

 

 ドンッ!

 すると、大きい爆発音とともに、筒から何かが発射されたのだ。

 その何かは轟音を響かせながら、ハヅキの横たわっていた休息場の前方10mの海に落ちて、大きな水しぶきを上げた。

 その光景に、人魚たちは青い顔で唖然となった。

 

 距離もそうだが、とんでもないスピードだった。ならば、威力も桁違いに凄まじいだろう。もし、人魚に直撃してしまったと考えると、おそろしい結末を迎える事になるだろう。

 

 実はこの武器、ジェームスが発明した物だ。

 大きい筒はイグナス種の発射能力でないと使えないが、このロケットランチャーみたいな筒は、ゴブリン将軍でも扱うことができる。

 秘密は、イグナス種が排出する糞(ふん)で、その糞に土(ギフト)を使うと、なぜか1cm程の結晶が、つまり火薬に代わるものが、沢山できるのだ。

 

 そして弾を飛ばすには、1つあれば十分だ。

 筒に弾と結晶をセットして、専用のハンマーで叩くだけのお気軽仕様だ。その際、専用のハンマーがピッタリはまって、ふたの役目を果たすのである。

 しかし結晶を爆発させるためには、ゴブリン将軍のパワーと、正確に打ちつけるテクニックが必要だ。

 

 ドンッ!

 さらにもう1発、弾が発射された。

 だが、今度の弾は少し変わっていた。

 丸く固まった物が空中で広がると、唖然と立ち尽くすようにしていた人魚を、捕まえたのだ。

 まるで投網(とあみ)のように。

 

「おっしゃあー! おまえら引っ張り上げろ」

「おおー!」

 

 筒を持つゴブリン将軍の手には、網につながる縄が握られていた。これは、そこらへんの普通の縄ではなく、魔物の素材で作った強靭(きょうじん)な縄だ。

「オーエス、オーエス!」

「オーエス、オーエス!」

 そして素材に使った魔物の物だろうか、網には小さな毒針がいくつも付いていて、運悪く刺さってしまえば、体の自由が奪われる鬼畜仕様なのだ。

 

 捕まった人魚は、慌てて網から逃げようともがくが

「痛い、痛いよぉ!」

 運悪く毒針の餌食。パニックになって暴れるほど、毒針の餌食になるのだ。

「痛いよ――」

 とうとう網にからまったまま、泣き出して動きを止めてしまった。当然、黙って見ている人魚たちではなく、助けようと網に手をかけたのが間違いだった。

 

「痛っ! これは……なに?」

 そこに、ゴブリンが集まってきた。

 助けようと必死だったのだろう。ずいぶん浅瀬まで来ていた人魚も、毒で体の自由が奪われていた。

「コイツも捕まえろ!」

 気づいてみたら、周囲はゴブリンだらけだ。

 その間も縄は引っ張られており、網の周囲にはゴブリンがわらわらと群がり、人魚の姿も見えなくなっていた。

 

 ヴァイオレットや仲間の人魚も、網に捕まった瞬間、助けに向かっていた。だが間に合わなかった。

 しかし、浅瀬で毒に苦しんでいた人魚は、なんとか救出してパールの待つ場所まで戻っていた。

 

 ヴァイオレットは、毒を受けた人魚をハヅキの隣に寝かせると、パールに告げた。

「パールは、仲間と一緒に人魚の休憩所を押して逃げるのじゃ」

「嫌なの!」

 それを聞いたヴァイオレットは、ゴブリンが集まっている波打ち際に指を向けた。

「ゆうことを聞かんか! あれを見るけぇ」

 

 その中心では、捕まった人魚が網から出されようとしていた。網がこんがらがって、うまくいってないようだが。

 そのゴブリンたちの歓喜の叫び声は、パールたちの耳にも聞こえていた。仲間の姿を確認できない人魚たちの頭には、最悪の光景がよぎっていただろう。

 その時ヴァイオレットは決断していた。今は、とにかく姫を逃がすのが先決だと。種も授かり、人魚界はこれからなのだと。

 

「パールが、陽ちんを探しに行きたいって、わがままを言ったせいで……ごめんなさい」

「なにを言うけぇ、そのお陰で人を1人救えた。それに陽ちん殿には、みんなが会いたがっていたけぇのぉ。パールが飛び出さなくとも、ワシが探しにいっとったけぇ」

 

 △△

 

 ヴァイオレットは、仲間の人魚に指示を出して、しぶるパールもろとも全員を送り出しだ。

 筒は、こちらに狙いを向けているし、仲間1人もゴブリンの手の内。

 

 ―― おそらくじゃが、殺すのが目的ではなく、生きたまま捕らえたいと考えているはずじゃ。しかし、交渉が始まってしまう前でよかったわい。パールは優しすぎるから、自分を犠牲にしても仲間を救おうとしたはずじゃ。じゃけんど、それでは人魚に未来はない。これでいい、最悪2人(・・)の死で、未来がつながる。

 

 黄金の翼を広げ、海面を蹴り宙を蹴り、ヴァイオレットは決死の覚悟で救出に飛び立った。

 その頃ゴブリンたちは、誰1人としてパールたち人魚を見ていなかった。目の前の捕まえた獲物に、釘付けだったのだ。

 筒を持つゴブリン将軍でさえ、筒は海に向けていたが、目はすぐ近くの人魚をロックオン。

 まず『触れた』というのが大きなポイントだった。

 幻であれだけ大騒ぎした後だ。落胆した気持ちが、触れるボインボインにマックスバインだった。

 

「すげえ上玉だな。早く網を取れ! だが、慎重に慎重に外せよ」

 

 捕まった人魚は、最年少の人魚だった。見た目は、20歳くらいのピチピチなお姉さんだ。

 暗闇でもキラキラと光り輝く金髪と鱗、種族を簡単に凌駕する色香と、それを感じさせる全体像。貝殻で先っぽを隠しているが、あふれる果実はチラリズム。そして、黄金の鱗から分泌されている興奮を滾(たぎ)らせる香りの正体は、蜜の味なのか。

 

 ―― くううっ! 早く犯(や)りてぇ――

 

 全ゴブリンが、そう考えていた。

 人魚の姿が見えない場所では、見える場所をめぐってイザコザまで起こり始めていた。

 

 このあと開催されるであろう催し物は、大荒れになりそうだった。

 

 

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