―― よっしゃー!
自身の成長に確かな手応えを実感した彼は、心の中で歓喜の叫び声を上げると、掛け布団に潜り込んでギュッと、体全体を縮みこませるように力を込めた。
すると、くすぐったい感触が、まるで電気のように全身を駆け巡ったのだ。その気持ち良さを楽しんだ彼は、その姿勢のまま思考の海に身を投げ出した。
―― 多分、こんな法則なんだろうな……
目を閉じたままの彼は、出現する漆黒の魔物の『強さ』の法則性に当たりをつけていた。その法則性とは、セナドゥースとレヴィアタンを除いた者の強さを基準にしている。というものだ。
今回倒した漆黒の魔物は3体で、変身前に出現した漆黒の魔物と、変身後に出現した漆黒の魔物とでは、明らかに強さが違っていた。
それに違和感を覚えた彼は
『陽二
そんな唯の言葉を思い出していた。
つまり唯の見立てでは、たとえ天と地が逆さまになったとしても、彼と漆黒の魔物の間には、覆せない実力差がある。と言うことだ。
あの唯が、漆黒の魔物と彼の実力を見誤るなど、到底考えられない。それなら考えられる答えは……
漆黒の魔物の強さは、部屋に居る者に左右される。その考えに、彼は行き着いたのだ。
そんな事を考えていた彼は、戦闘の疲れも相まって、いつの間にか眠りに落ちていた。
「お兄ちゃん、朝だー!」
「ナーナ!」
「うげっ」
それからほんの数分後。
彼は、パトリシア&ナーナの、ツープラトン・ダイビングボディプレスによって、起こされたのだ。
「おはよう2人とも。起こしてくれてありがとうね」
突然の襲撃もなんのその。
顔を出した彼は、シアとナーナの顔を確認すると、すぐに理解した。そして、漫画みたいなこのシチュエーション、妹が兄を起こしに来てくれたサプライズに感動し、毎回、起こしに来て欲しいと、切に願った。
なんなら、このまま王宮で暮らす勢いである。
そして彼は思った。
―― っ!! もしかして今なら『おはようのチュー』をしても、問題はないのでは?
彼は、起こしてくれたシアとナーナを、ガバッと抱きしめた。見つめる2人の体は柔らかい。しかし、線は細くて折れてしまいそうな感じだった。
―― でも2人とも、間違いなく俺より強いんだよなぁ
彼がそのように考えていると、パトリシアは目をそらすように腕をスルリと抜け出た。すぐにベッドに座り直すと唐突に、何かを誤魔化すように口を開いた。
「お兄ちゃんナーナと契約したんでしょ? いいなぁ」
逃げられた!? そんなショックを受ける前に話題を向けられた彼は
「別に契約したからって、何かが変わったって事はないよ。契約したのは、ナーナが進化するのに必要だって訊いたからだし」
「そうなんだねー」
「そうそう。進化じゃないけど、脱皮の日――」
「ナーナ?」
自覚のないナーナをよそに、彼は起こしに来てくれたパトリシアに、脱皮の日に侵入していた桜の話を、面白おかしく聞かせたのだった。
△△
この世界の生活にも随分慣れた彼は、顔を洗い着替えを済ませると、朝食を摂るため部屋を出た。
向かったのは、王宮で働く人たちが使用する食堂だ。
実は彼、ここで厄介になっていた間、自室や王宮の外で食事をしていたので、食堂へ訪れるのは初めてだったりする。単に食堂の存在を知らなかっただけで、起こしに来てくれたパトリシアが「みんなで食べようよ!」と教えてくれたのだ。
到着した彼は、配膳された朝食トレーを受けとると、手招きをする人物の元へ
「おはようカリン」
「おはよう陽二。ねえ聞いた? 昨日パトリック様たちが、ゴブリンの巣から女性を救出して来たんですって」
「そう言えば昨日、救助に行くって唯さんが言ってたっけ。すっかり忘れてたよ」
そう返した彼が、カリンの隣に座ると
「知っていたのなら、何かしらの手伝いをするべきじゃないかしら?」
「俺は、手伝うって言ったんだよ。でも、邪魔だから来るなって」
「同感だわ」
「なら最初から言うなよ。相変わらず、俺に対して冷たくない?」
仲が良いのか悪いのか、彼をおちょくるような話を口火に話が始まった。その内容は当然のごとく、最もホットな話題である救出作戦の事だ。
彼は昨晩、王ダグリオスに軽く話を訊いていたが、カリンの話に耳を傾けた。それによると、王宮に保護されてきた救助者たちは、手厚い保護を受けているようで、王ダグリオスも、朝早くから対応にあたっているとのこと。
当然これらはプロの仕事であり、一般ピーポーである彼がしゃしゃり出る場面ではない。
なので彼は、朝食を食べながらひと通り話を聞き、心の中で唯やパトリックに称賛を送ると、今日の予定に話題を振ったのだ。
「私? まずは、学校に退学届を出しに行くわ。エリチカ先生にも挨拶したいけど、今日は無理かもね。そのあとは、もう少しで見習いも卒業できそうだし、新人/練習用ダンジョンへ行こうかしら。見習いが取れたら、ソラマンに戻って火のダンジョンを攻略するのもいいわね」
「帰っちゃうの?」
「一応ね。王妃さまには『いつまででも居ていいのよ』って言われたのだけど、婚約を断った手前ね。逆に居づらいのよ」
―― 実家のあるソラマンへ戻るのか。それなら、火のダンジョンを攻略するときは、手伝ってもらうのもありかな……
「シアはねぇ、お母さまとお墓に行くんだぁ。その後は、王宮に戻ってねぇ――――。ナーナも連れてっていいでしょう?」
パトリシアは、王妃マナリシアと丸1日過ごす権利を獲得したようだ。墓にはお参りではなく、撤去とのこと。
その後の計画は彼女の頭の中でのもののようだが、朝から晩までスケジュールは真っ黒のようだ。
「もちろんだよ。俺と契約しているからって、一緒に行動しなきゃダメって事はないし、ナーナの好きにすればいいよ」
「やったー!」
「ナーナ、ナーナ!」
ナーナは、昨日買った服を着ている。かわいらしいブラウスとピンクのスカートだ。スカートから尻尾が出ていても違和感は全くなく、似合っていてとてもかわいい。
ちなみにナーナが身に着けた衣服やアクセサリーも、加護持ち以外には見えなくなるので、透明人間!? と驚かれる心配はない。
「陽二はどうするの?」
喜ぶナーナを見て笑っていた彼に、カリンは訊ねた。
「取りあえず、リンメルの耳を触りに……じゃなくて、店に寄ってほしいって言われてたから、まずはリンメルの店に行くかな。丁度、渡したい物もあるしね。そのあとは、新人/練習用ダンジョンを攻略かな。地下5階攻略の宿題もあるし」
リンメルに渡す物とは、レヴィアタンに勧められて食べた草だ。ガンネに混ぜると、緑が良い色あいになると思った彼は、ちょっとしたお土産になると採取していた。
それと折角なので、レヴィアタンの服と浴槽になりそうな物を探してもらおうかなと考えていた。
それを聞いたカリンは
――丁度いいわね。
と彼に提案だ。
「それなら、時間を合わせて一緒に入らない? 13時頃には行けると思うわ」
「いいね心強いよ。じゃあ、その時間近くになったら一旦外に出るとして……13時に、新人/練習用ダンジョンの入り口で待ち合わせね」
△△
パトリシアたちと別行動になった陽二は、早速スノームに転移してきた。
さてここで、
つい先日まで、腕輪の機能で転移できる先は『別の腕輪の近く』か『各町にある転移門』この2つだけだった。
別の腕輪の近くへの転移は、特に問題はない。しかし、各町の転移門へ転移した場合は、色々と問題が発生してしまう。
通常、転移門の転移は、送り側が認証を発信して、受け元が承認しないと転移できないようになっている。これは、さまざまなトラブルを回避するためだ。
ところがだ、腕輪を使って転移門へ転移すると、承認もへったくれも無視して、強制的に転移できてしまのだ。
突然、正規の方法以外で現れた人物が、桜やアスモデウスなら特に問題とはならないが、顔の知られていない陽二や唯たちだと話は別だ。
それならいっその事、腕輪の転移先を、転移門から町の入口付近に変更してはどうか? そんな案が、ナーナのネックレスを製造するときに出されていた。
それを受けた桜の指示で、腕輪の位置発信機能を利用した技術を応用し、腕輪があると誤認させた『出口』が設置されたのである。当然、可憐ウィッチのネックレスにも対応している。
さて、なんだかんだで彼は目的地に到着したようだ。
カランカランと音を響かせ、彼は『黒狼の星屑』に入店した。
ここ『黒狼』は
店員の名前はリンメルと言い、オーバーオールを着た看板娘だ。
店の2階に暮らしているリンメルは、昼に『黒狼』。夜は大衆食堂『星屑』を経営している。少しオーバワーク気味な気もするが、リンメルは、充実した毎日を送っている。
店に入った彼は『あれ?』と、少し期待外れの感覚を持ってしまった。てっきり中に入った瞬間『いらっしゃいまっせー!』と元気な声が飛んでくると思っていたからだ。
パブロフの犬の実験のように。
そんな彼がカウンターに目を向けると、こっくりこっくりと座りながら眠りこけているリンメルが居た。
その手元には、夜の仕込みだろう。切りかけの野菜が転がっていた。
それを見た彼は、ピーンと
こそっと近づくと、慎重にゆっくりと片側の耳を持ち上げて
「ふっ!」
と息を吹きかけた。
すると、その息を吹きかけた耳の後ろ側から足先までを、ゾゾゾっとした何かが、全身を刺激しながら走った。後を追うように全身の毛が逆立っていくと……
「キャーー!」
リンメルは、楳○かず○先生の漫画のような、そんな悲鳴を上げたのだ。仕掛人の彼が、逆に驚かされるほどの……
「よっリンメル。こんな所で寝ちゃうと、風邪ひくぞ?」
驚いたものの、しれっとした表情を作り上げた彼は、リンメルに声をかけた。口をぱくぱくさせたまま、彼に目を向けたリンメルは
「よ、陽二さん。なんばしょっとねっ!」
と叫んだ。
―― なんばしょっとね?
彼は、リンメルの言葉を訊いて首をかしげてしまった。それが項を奏したのか
「い、いま、何かしたっすか?」
「ううん。なーんにもしていないけど?」
「う、嘘を言っちゃだめっすよ!」
ぷんぷんと怒りながらも、確信が持てなかったリンメルは、野菜を片付け始めた。と思ったら動きが止まった。
「もしかして今、耳を触ったっすか?」
確かめるように、キッと鋭い目を彼に向けた。その右手には、キラッと光る包丁が。
「まさかぁ。俺が触るわけないじゃん。気のせいじゃない?」
ヤベー。調子に乗り過ぎたと、耳は地雷だと感じ取った彼は、目つきの鋭いリンメルを、なんとか
「昨日持たせてくれたお弁当のお返し、すっごくおいしかったよ。ありがとう」
そう言いつつ、持参したお土産という名の雑草。ではなく野菜を、彼女の目の前に取り出した。
「なんすか、その雑草は」
彼女の言葉は、当然の答えだ。見た目はただの雑草なのだから……一般的に、薬草など丸みを帯びた草は、素材や食材として使える種類が多く、まとめて『緑草』などと呼ばれているが、ツンツンとした草は、素材に使えない『雑草』と認識されている種類が多いのだ。
とは言え、話題のすり替えに成功した彼は、内心でほくそ笑んだ。
「ガンネに使えば色目的にいいかなぁと、ちなみに食べてみたけど悪くなかったよ。少しだけど、魔力も回復する優れ食材みたいだし」
「うーん色目っすかー。ただの雑草にしか見えないっすけど……」
「まあ、毒はないから試しに使ってみてよ。ニラとかネギ? この世界にあるか分からないけど、薬味。そんな感じでどお?」
それを聞いたリンメルは、おずおずと口に入れて確かめ始めた。
「んっ!? これは、控え気味な甘味も相まって、脇役に丁度良さそうっすねっ!」
なかなかの好感触を得たようだ。
「いくらでも手に入るから、欲しいときは言ってよ」
「分かったっす」
ちなみに、この世界では常識の範疇であるが、普通の食材でも魔力が回復する事は知られている。しかしそれは、ドカ食いすれば認識できる程度の話であり、それを考慮すると、この草の回復量は結構高いと言えるだろう。しかしながら、MP回復薬と比べると雲泥の差ではあるが。
どうもリンメルの顔色が優れない。目の下に、隈らしき物が見えるのに、彼は気付いた。
「その顔どうしたん? 睡眠不足?」
「実は昨日陽二さんが帰ったあと、ガナシャのお祝い会があったんすよ」
「その感じだと、朝まで?」
「時間は覚えてないっす。それで、ラルドルフ兄妹が帰ったあとも、他のお客さんが大盛り上がりで……。お店の片付けが終わったとき、外は明るかったっす。眠いっす」
ふあぁぁぁと、彼の目も
「そんなに眠いんだったら、店を閉めて昼頃まで寝たら? その様子だと、耳を触り放題イタズラし放題。それに、野菜を切らずに指を切る可能性が、無きにしもあらずだし」
「むむっす。それは、乙女の危機っす。緊急事態っす。とっととお店を閉めるっす」
「なんか手伝うことある?」
「ないっす。陽二さんに出来るのは、さっさとお店を出て行く事だけっす!」
△△
リンメルに店を追い出された彼は、新人/練習用ダンジョンへ向かうと思いきや、馬車の乗り合い場に来ていた。
追い出された時リンメルに
「夜になったらまた来るっす。ご飯をごちそうするっすよ。そう言えばもうすぐ――――」
と、ラルドルフ兄妹が町を出て行くと訊いたのだ。なので彼は、見送りしようと、
各町ともに共通だが、町から出る馬車は、王都が終着駅になっている。なので他の町へ行く場合は、王都で乗り換えるのが普通だ。(各町の衛星村は、各町が王都の役割を果たす)
「おーい。ガナット、ガナシャ」
荷台の客席に座っていた2人を、首尾良く見つけた彼は、声を上げながら走りだした。
「陽二さん?」
「あっ、陽二さーん!」
ペコリと頭を下げたガナットの隣で、ガナシャが大きく手を振っていた。
お土産を渡した彼は、出発まで話をすることにしたのだが、その2人の顔は、とても清々しく、
「今度、村に遊びに来て下さい!」
とガナシャが伝えると
「えっいいの? 俺って遠慮を知らないから、本当に来て迷惑かけちゃうよ?」
「大丈夫です! 特に観光する場所はありませんが、案内します。それに、お父さんが育てている果物と、お母さんの焼きたてパンは美味しいので、ご馳走します!」
彼にそう告げたガナシャは、魔法を使えるようになった自信の現れなのだろう。尻尾はマントの中に隠しているが、フードは外しており、大きな
「俺が弟子入りしている、セナドゥースの店にも来て下さい。安くしますよ」
そう言うのは、調合師見習いに復帰するガナットだ。
「ガナットくんには、調合を教わりたいな(チラッ)」
「まだ俺は見習いのなので、教えるなんて……でも、工房を見学できるように頼んでみます」
彼は呼称発動のお陰で、調合はできる。しかし、スキルとしては持っていないので、チャンスがあれば教わって、スキルとしての形で手に入れたいと、前々から考えていたのだ。
そんなガナットの言葉に、彼は思った。
―― あれ? ガナットくんって、年単位で見習いをやってなかったか?
これは何事にも言える事だが、何かを得るには、相応の犠牲と覚悟が必要なのだ。それは時間だったり、お金だったり色々だが、楽して得られないのが、普通なのだ。
「そっか、じゃあ近くによった時には、顔を出すよ」
彼はお店の名前を訊き出すと
「そう言えば、冒険者の装備って、もう必要ないよね?」
どれだけの金額なのか不明だが、兄ガナットは見習いで貯めたお金を、妹ガナシャのために相当使ってしまった事を、彼も知っている。なので、必要ないのであれば、少しでも足しになるように、買い取ろうと思い立ったのだ。
と思ったのだが、ガナットは昨日ガナシャの帰りを待っている間に、リンメルのお店で出会った冒険者の見習いパーティーに、無償で譲ったと言うではないか。
なんと言う人の良さ。無償で譲るなど、お人好しの度が過ぎると言うものではないか。
しかしガナットは、かぶりを振って語った。
彼やカリン、パトリシアが一緒なら、間違いなくレベルアップして帰ってくるはずだと。信じていたのだ。
そして武具は『妹が魔法を覚えて帰って来ますように』と、願掛けみたいな気持ちで、冒険者の見習いパーティーに無償で譲ったのだ。
結局、ガナシャのお祝い会のお金は、その見習いパーティーが支払ってくれたようだが……
とまあ、なんやかんやと話をしているうちに、出発の時間がやって来た。
「それでは陽二さん」
「絶対、遊びに来てくださいね!」
「必ず行くよ。それじゃあガナットくん、調合師目指してがんばって。ガナシャも、魔法の練習がんばってね」
「「はい!」」
兄ガナットは、セナドゥースの店に戻り、調合師を目指して再出発する。彼は冒険者に鞍替えした期間が短いので、特に問題なくリスタート出来るが、長い期間、違う職業に就いてしまうと、レベルは下がらないが、感が鈍って支障が出る場合が多い。
普通の人ではステータスで確認できないが、これの原因は、熟練度が下がる事で起きる。
そして妹のガナシャは、実家のある村へ戻り、両親の手伝いと平行して魔法の練習に励む。それと同時に、兄の
『入法』は、一定の威力が必要なのと、競合相手との兼ね合いもあり、最初から軌道に乗るのは難しいだろう。しかしガナシャなら大丈夫だと、彼は思った。
―― だって、がんばり屋さんだもんな。
近い将来。アバンヴィレジの村に、兄妹が経営するお店が誕生するかもしれない。
彼は再会を約束して、大きく手をふり兄妹を見送ったのだった。