感傷に浸っている時間はない。
現時刻は10時過ぎ。彼は、急いで新人/練習用ダンジョンへ出向くと、さっさと受付を済ませアイテムを使用。地下4階からの、リスタートだ。
腕輪の機能で戦闘装備へ換装を済ますと、ヘルメットの隙間にスマホをセット。
「あーあーテステス。準備OK?」
『いつでもOKっしょ!』
この地下4階からは、1パーティーの魔物が4体に増え、能力も強化される。さらにフィールドは、背丈の高い木が生い茂り、陽光が届く場所は一気に少なくなる。
そこまでは暗くないが、物陰などには細心の注意が必要だろう。
地面に目を向けると、邪魔になりそうな小さい植物は、ほとんど生えておらず視界も良い。しかし、太い木の根が歩行の邪魔になるので、転倒には注意しなければならないし、魔物の待ち伏せにも利用できるため、注意が必要だ。
前回少しだけ訪れた事があるとはいえ、今日は1人ぼっちだ。スマホのあーしさんを1人と考えるのなら、2人と言えるのだが、あーしさんの目になるスマホのレンズ部は、ヘルメットの隙間にあるため使えない。なのであーしさんの視界は、彼の視界を共有する形になる。結果ふたつの目しかないので、1人と同じと言えるのではないだろうか。
彼は両手に短剣を装備して、後方には覚えたての闇魔法である
この『闇壁』は、1度発動すれば、自分で解除するか、エネルギーを消費尽くすまでダメージを受けない限り、消える事はない。発動時に使う魔力によって、強度の増減は変化できるようになったが、残念ながら
物理的な防御は紙に近いが、視界を
『でも、魔法は禁止じゃなかったっけ?』
取りあえず見てみたいと『闇壁』を後方へ出すように指示したあーしさんだが、ふと思い出したように彼へ訊ねた。
「すでに昨日、魔法を使っちゃってる訳だし、セナには闇魔法の強化も言われてるしね。それにまた来ればいいだけだしさ、とにかく強くならなきゃ」
アスモデウスから出されている課題に期限はない。それなら今日は、下見を兼ねて魔法の強化と彼は考えていた。課題など、慣れた頃に挑戦すればいいのである。
『陽二がそう言う考えなら、まあ、あーしは手助けするだけだし―― なら、変身しちゃえば良くね?』
「変身か……」
今の彼は、改造された腕輪のお陰で、桜の
その源は、リヴァイアサンのダンジョンで取れる青鉱石だ。この、腕輪に装着されている青鉱石が持つ魔力は、C魔力で換算すると約5万。使い捨てではなく、充電式の電池のように何度も繰り返し使えるので便利だ。
さらに腕輪改造の恩恵は、
つまり彼らゼラニオンは、常に自身のMPに、+5万もの魔力を手に入れたのだ。この恩恵は、めちゃくちゃ大きい。
ちなみに彼の場合、1番MPを消費するのは、変身時の500だ。今朝の、漆黒の魔物との戦闘で消費したMPは1000弱なので、ほぼ満タンと言ってもいいだろう。
なので、あーしさんの言うように、変身して攻略を進めたとしても問題はない。まあ、桜から『無駄遣いを――』と言われているので、後から小言を言われる程度はあるかもしれないが……
とにかくその程度。
安心安全・確実に攻略を進めるのに比べれば、安い出費と言えるだろう。
だがしかし、彼も男の子だ。
素の自分も強くなりたいじゃない? 何より、ピンチな状態に陥ってる場面でもないのに、スーパーヒーローが変身してもいいのか?
当然、否である。
ちなみに、王宮からスノームへの移動で変身したのは、時間が――。面倒だった――。など、効率を重視した上での行動なので……つまり時と場合による、だ。
何はともあれ、彼も、チームゼラニオンに感化されつつあった。
△△
攻略を再開した彼は、なるべく身を隠しながら、下へ降りる階段を探し始めた。何度か戦闘状態に突入したが、魔法を防ぐ『闇壁』の便利さに感謝しつつ、あーしさんのサポートを借り魔物を討伐していた。
ところが、あーしさんのサポートを受けていても、魔物の攻撃の全てを
高性能な防具のお陰で、1発のダメージは微々たるものだが、1回の戦闘で軽く50のダメージを受けていた。
原因は分かっていた。
あーしさんの
こればっかりは、慣れるしか道はない。そして、多少の痛みでも動じない精神力を、彼は身に付けなければならないのだ。
「休憩しよっか」
『休めし』
ひとりぼっちの戦闘や索敵は、思っていた以上に体力と精神力を奪っていた。周囲を確認して安全を確かめた彼は、すばやく木の上に登り身を隠すと「きっついなぁ」と、ひと段落着いた。
腕輪の機能で装備を収納すると、上着を脱ぎ汗をぬぐう。そして着替えると、桜印MP回復薬とドロップで手に入れた素材を調合して、HPとMP全回させた。
ステータスを確認すると
HP820/MP3602
と、少し増えていた。
―― おっ!?
彼は早速スマホをチェック。すると、統合してある職業が
冒険者10➡11
魔法術師11➡12
錬金調合術師11➡12
とレベルアップしていた。ちなみに、現段階でのカンスト値は15。このカンスト値は、レベルキャップ制限でのもの。『異世界人』のレベルが上がれば、それに応じて上限も解除される。
ついでに熟練度も確認するが、残念ながら変化はなかった。
それとは別に彼は、度重なる戦闘経験から、とある魔物の法則を発見していた。
その法則とは、ひとつの魔物パーティーと戦闘している間、別の魔物パーティーは、絶対に介入して来ないというものだ。
それを実感する危ない場面は、何度もあった。
しかし戦闘中の彼に気付くと、あからさまに離れて行ったのだ。なので、魔物を引き連れたまま、他の魔物パーティーを探して、近づく実験をやったりもした。
読み通り。明らかに離れて行くのを見て、彼は確信したのだ。
仮にこの法則を悪用しようと思えば、魔物を1体だけ捕獲し常に持ち歩く。そんな方法が思い付くだろう。まあ、何かしらの対策もしくはペナルティがあるだろうが。
「しかし『異世界人』のレベル、上がらなくなったね」
『地道に頑張るしかないし。てか陽二、遅いしもっと速く動けし!』
「いやいや、あれで精一杯なんだってば……」
『その防具をくれた人には、感謝しろし』
現在、彼が身に着けている高品質の防具は、桜に支給してもらった物だ。希少な素材が使われており、結界路外の魔物にも十分通用する優れものだ。また、それ相応の付与が施してあり、ここの魔物相手ならば、受けるダメージをほぼひと桁にまで減らしてくれる。
流石に
もし、この防具がなかったら、痛みに我慢できずフルボッコからの死亡まであった。
例えば、骨がボキッと折られたとして……痛みを耐えられるだろうか? また、その折れた足を引きずって、魔物から逃げられるだろうか?
―― 無理だな……
なので彼は
―― この防具じゃなかったら、とっくの昔に死んでるな
と、防具を支給してくれた桜の優しさに、感謝していた。
しかしながら、そんな事を理解している彼でも、休憩すれば気が弛む。なので、つい。本気ではないにしろ、言ってしまったのだろう。
「でもさぁ。このダンジョンって、本当にありがたいよね。だって、本当に死ぬ事なんてないんだからさぁ」
『…………』
その後、攻略を再開した彼は、苦戦が続いたものの『闇壁』とあーしさんのサポートのお陰で、何とか地下5階に降りる階段を発見した。
安全地帯となる階段の途中で、ドロップ品を確認。
地下4階でのドロップ率は、
入場料を差っ引いても、1日で1万越えを狙える。月収30万以上だ。事実、彼もSRの銀貨を、2度も引き当てている。調合ができるなら、素材も売却せず『薬』にすれば、いい稼ぎになるだろう。
△△
新人/練習用ダンジョンの地下5階。この階を攻略できた冒険者見習いは、皆無である。何故ならば、この階に到達できるような見習いは、それ以前に見習いを卒業できてしまうから。
では、この階を攻略できた冒険者の数は?
挑戦した冒険者パーティーの、僅か10%だ。何故ならば、この地下5階は、挑戦者を殺すための階だからだ。
攻略できた冒険者の数が少ないのは、他にも理由があって、実は地下6階から下の階は、魔石は出ず、倒した魔物はすぐに霧散、そしてドロップもない。
つまり、地下5階を攻略してまで下の階へ行く
もし、魔石も素材も、そしてドロップ品も取れれば、もう少し数字は上がるだろう。
さて話を戻そう。
彼が降りてきたこの地下5階は、今までと変わって、人工的な作りになっている。
まず、地下4階からの階段を降りきると、断崖絶壁の中腹のような壁際の狭い道に出る。上を望めば
簡単に言えば、地下5階の形状は、すり鉢のようになっている。足元や壁、その全てが光沢のある岩石で形成されており、足場は、30m毎に存在する狭い道だけだ。その幅は、僅か1m。全長900mで、壁沿いにぐるっと1周しているが、降りられる場所はない。
その代わり道沿いの壁には、10m間隔に、30cm四方の、絵が描かれたスイッチが設置してある。絵の模様は、全て同じ模様に見えるが、実は間違い探しの絵のように、少しずつ違いがある。
1つだけ赤い絵のスイッチが、ちょうど反対側の壁に見えている。あのスイッチが、最初の正解スイッチだ。
正解のスイッチを押すと、30m下の道に転移する仕組みだ。これは、どんなに離れていようが、地下5階に居ればパーティー全員に適用され、同じ場所に転移する。
逆に間違ったスイッチを押すと、さまざまな罠が冒険者たちを苦しめる。なので、正解だと判断できるまでは、むやみに触らないのが吉だ。
正解スイッチを探して次の階へ、これを繰り返し最下層まで降りると、次階への入り口があり、それで晴れてクリアにある。
ちなみに、正解スイッチを押して転移した次の道は、1周800mになる。道幅も同じ1mだ。ただし、正解のスイッチも間違いのスイッチも、同じ色になり数が増えるため、最初の絵柄を事細かく覚えておく必要があり、正解はなかなか難しい。
つまり正解すると、円周である道が100mずつ短くなるが、スイッチの数は逆に増えていくのである。
当然ながら、飛び降りなどのズルは禁止だ。厳しくチェックされており、ズルをした者及びパーティーは、厳しい罰が課される。これは連帯責任で、装備品等の没収のち協会から除名される。また、強制作業員として連行された者が居ると言う噂まである。
出現する魔物パーティーは全て固定されており、各属性魔法を使うスライムが4体とオーブタが1体。
1周につき10の魔物パーティーが、固定場所に設置してあり、100m以内に近づかなければ動き出さない。魔物パーティーは全滅しても、すぐに新たなパーティーが出現する。
ドロップ品はなし。ただし、クリア時に倒した魔物のドロップ判定があり、まとめてもらえる仕組みだ。
△△
「何だここは……?」
地下5階に降り立った彼は、今までとは様変わりした、人工物の風景に驚き、思わず声をあげた。
『ほー』
流石のあーしさんも、驚いている様子だ。
「うわぁ、道幅狭いなぁ――。下に通路が見えるけど、どっかに降りられる階段とかあるのか?」
彼は周囲を見回した。すると、等間隔に魔物が居るのを確認した。
―― 止まってるっぽい?
「あれ? あそこ。反対側の壁際。なんで、あそこだけ魔物の数が多いんだ?」
『怪しいし、なにかあるし』
右から行っても左から行っても、魔物が待ち構えていた。そこで彼は気付いた。良く見ると、どの魔物パーティーもスライム4体とオーブタ一1体で構成されていると。
「まあ、魔物の法則も分かっているし、1パーティーずつ倒していけばいいか」
『じゃあ、行くし』
そう告げた彼が、意気揚々と、右に1歩踏み出した時だった。カチリと、突然スイッチが入ったかのように、彼が進んだ1番手前に居た魔物のパーティーが、オーブタを先頭にして動き出したのだ。
ブギョョョョョ!
勢いよくロケットスタートを決めたオーブタの目は、間違いなく彼をロックオンしていた。
―― ちょっマジかよ……
ヨダレを撒き散らしながら、怒涛のように走ってくるオーブタにおののいた彼は、思わず2歩ほど後ずさった。
カチリッ
するとどうだろう。反対側の1番手前に居た魔物パーティーもスイッチオンで、同じくオーブタがロケットスタート。彼目掛けて動き出したのだ。
「どどどっ、どうして2つのパーティーの魔物が? 魔物の法則は?」
自分で発見した法則に自信を持っていた彼は、あっけなく覆されたこの状況を前にして、パニクってしまった。
あわあわと、壊れたロボットのように、右と左を交互に見てるだけ。その間にも、右手のオーブタの距離はドドドドーと、のこり50mに迫っていた。
『陽二、落ち着けし。まずはオーブタを始末するし、短剣持って突っ込めし!』
「えっえっ?」
この場に立ち尽くしたままだと、右手のオーブタとの戦闘中に、左手のオーブタに襲われる可能性が極めて高い。それなら前に出て、少しでも早く右手のオーブタを処理するのが、あーしさんの狙いだ。
彼は、あーしさんの発破によって、慌てながらも短剣を構え走り出した。
接触する、すんでのところで、あーしさんからの指示。彼は壁に張り付くようにオーブタを避けると、獲物を通り過ぎて急停止。方向転換にモタモタしていたオーブタの横っ面を強襲。
ブシャー
見事、急所を短剣で斬り裂いて倒した。
体を
しかしこれは、判断ミスだ。
距離を詰める彼の後方には、左手のオーブタが迫っていたのだ。
『跳べー』
あーしさんの声を訊いた彼は、なるべく真上に向かって大きくジャンプした。すると、彼の真下でオーブタが急ブレーキを掛けた。
―― チャンス!
落ち着きを取り戻し、周囲の状況が把握できるようになったのか、彼は瞬時に、オーブタに乗り掛かるように、2本の短剣を首に突き刺した。
ブギュュュー
悲鳴のような声を上げたオーブタは、逃げるように走り出すと、壁に激突して動かなくなった。
2本の短剣に付着した血を、払うようにして構えた彼は、手応えからオーブタには目もくれず、前方からくる連続の魔法攻撃を『闇壁』で防ぎつつ、ダッシュ!
先頭のスライムに短剣を突き刺して倒した。しかし、残りの3体から、至近距離での集中砲火を受けてしまった。
シュー。
『闇壁』の耐久力がなくなり霧散してしまった。
彼はすぐさま、壁に持たれながら、2体目のスライムを処理すると「闇壁!」と
『闇壁』を張り直した。
ところが、集中力不足だったのか、前方しか張り直せなかったため、背後から魔法攻撃を受けてしまった。
―― 痛ッ!
チラッと確認すると、左手に居たスライムたちが、射程ギリギリの場所で陣取っていた。まるで自走砲である。
ビシュンビシュンと、右に左に前に後ろに、目まぐるしい魔法が彼に迫っていた。
「くそがっ!」
耳にあーしさんの叫び声が届くも、正直なところ訊いている暇も、考える暇もなかった。
『闇壁』を張り直し、ただだだ堪えていた。
と思ったら、さらに奥の魔物も動き始めたではないか。
「無理ゲーかよ!」
正直、魔砲を準備する暇も、魔法を唱えるスキも欠片もなかった。
集中砲火。各種魔法の雨あられ。
―― 逃げるしかない!
しかし階段へ逃げようとした瞬間、『闇壁』の張り直しに失敗。それがもたらしたのは、魔法の攻撃をバシバシ受けるサンドバッグ状態だった。
「痛ってーよ。いたたた!」
彼のHPが、猛烈な速さで減り始めた。塵も積もればなんとやら。それと平行して、訪れる痛みが倍増。我慢できるレベルではなかった。
確かにスライムの魔法攻撃には、間隔がある。しかし、回復薬を取り出すチャンスも、激痛で集中できずに魔法も彼は使えなかった。耳元では、あーしさんがうるさいし
そんな彼はとうとう、玉砕覚悟で階段へと走っていた。
「うげぇ」
ところが、問屋は卸さなかった。背後からオーブタの突進を受けてしまい、吹き飛ばされてしまったのだ。
しかし距離は稼げた。
痛む体にムチを打ち、必死に立ち上がったその時だった……彼の意識が飛んだのは。
なんと、スライムの土魔法が、彼の右目を貫いたのだ。後頭部には、鋭利な土魔法が顔を出していた。
完全に即死だった。
その数秒後、彼の意識は覚醒する。そう、ダンジョン専用蘇生薬が仕事をしたのだ。
妙な感覚を受け覚醒した彼は、すっかり激痛が消え去り、体が軽いのに気付いた。すると、魔物の攻撃も止まっているではないか。今がチャンスだ逃げろ。
しかし彼は、瞬間的な記憶喪失にでも陥っているのか、自分が何をしていたのか……
「あれ? なんだったんだ……あっ!!」
とにかく逃げたくて必死だった事を思い出した彼は、すぐに立ち上がり走りだした。
階段までは30mほどだろうか。しかし、その道中には、固定台砲と化したスライム4体が、道を塞いでいた。
ところがだ、何故かスライムたち魔物は攻撃をしてこないどころか、微動だにしていなかった。
それに気付いていない彼は、体勢を低く保ちつつ魔法を唱えた。
「うおおお、闇壁!」
前後に闇壁を展開した彼は、棒立ち状態のスライムを1体、また1体と串刺しにして倒した。
シューと、スライムが霧散するように消え始めた次の瞬間だった。また、スライムたちの魔法攻撃が始まった。
だが、残りは2体。
―― さっさと倒して……階段はすぐそこだっ!
ガシュ
「いぃぃぃ痛ってーー!」
唐突に訪れた激痛。後ろを振り向くと、オーブタが
ブチブチ、ブシュー。大量の血液を撒き散らしながら、ふくらはぎが、食い千切られてしまった。
「いっーーーーーー!」
説明できないほどの激痛で、
しかし、ブチッ!
彼の中で、なにかが切れた音がした。
「てめえ、なにしやがんだよ、この豚野郎がぁ!」
痛みを怒りが上回った。
獲得したばかりの、新鮮な彼の肉を夢中に噛みしめるオーブタに、彼は飛びかかった。
グサッ、グサッ、グサササササ!
オーブタの首筋に左手の短剣を突き刺した。血をまき散らしながら暴れるオーブタを強引に押さえつけ、右手の短剣で腹部を何度も何度も突き刺し始めた。狂ったように……
バシン、バシン
そんな彼の後方には、スライムの魔法が到来しており、とうとう『闇壁』も限界を迎えて破壊されてしまった。その無防備な彼の背中に、連続で放たれた魔法が再び襲い始めた。
「くっそがぁ!」
噛み千切られたふくらはぎの激痛が、魔法の痛みが、彼を苦しめる。立とうとしても、足に力が入らない。止めどなくあふれ出れる血液のせいなのか、HPもみるみる減っていた。
そしてHPが少なくなると、受けるダメージと痛みも倍増する悪影響。
「ちょっと待て。タンマ、タンマ!」
顔をガードしながら、スライムに向かって意味のない言葉を繰り返した。
魔物が、待ってくれるはずなどないのに――
また1発、また1発。
腹を
すると、また魔物の攻撃が止まった。
ダンジョン専用蘇生薬の自動使用によって、ダンジョンの外に出されずに、彼は再びその場で復活した。
直前の痛みや怪我がウソのように消え去り、形容しがたい感覚とともに、その場に意識が戻った。
右目を貫かれた事も、足を食い千切られた事も、あまたの魔法攻撃を受けた事も覚えている。
しかし、死んでしまった事はあやふやだ。よく分からなかった。
後から考える余裕があれば、あれが死という物で、蘇生薬の効果だったのか……と気付くだろう。
しかし今は、そんな場合ではない。
何が自分の身に起こっているのか? それさえ全く考えられる状況ではない。
とにもかくにも脱出が先。階段まで
走り出した彼は、前方の動かないスライム2体に短剣を突き刺して倒すと、階段に飛び込んだ。
次の瞬間、あちらこちらから魔法が飛んできたが、すぐに止まると、静寂に包まれたのだ。
よつんばいで、階段の中腹まで逃げた彼は、やっとそこでため息を吐けた。
今頃思考が追いついてきて、自分に何が起きたのかを理解して、全身が震えた。と思ったら、痛みの記憶が彼を襲った。完治したはずの右目の奥が、ふくらはぎが、魔法で抉られた場所が、焼け
そんな、蹲って苦しみもがく彼に、あーしさんは、優しく言葉を投げかけた。
『この練習用ダンジョンって、本当にありがたいよね。だって、本当に死ぬ事なんてないんだからさぁ』
その次の言葉は、まるで豪速球のようだった。
『なんて言っていた罰だし。舐めんなし!』
「……」
階段の隅っこで、恐怖と激痛に苦しむ彼。
そこに、容赦なく浴びせられたあーしさんの言葉。
その言葉を聞いた彼は、次第に『生きている』という実感が、恐怖と激痛を過去の物にしていって……落ち着きを取り戻した。
そんな彼は、ポツリとあーしさんに語りかけた。
「1人じゃ無理だね。俺、どこかで舐めてたよ、ごめん」
『まあ悪くなかったし。見直したし』
「こんな経験2度とごめんだよ。冒険者の人たちって、すごいな……」
『死』を今までより身近に感じた。
正確に『死』を説明できる訳ではないが、実体験として何かを得たのは確かだ。
彼は地下5階の攻略を諦め、アイテムを使ってダンジョンの外へ逃げるように出て行ったのだった。
▲
この地下5階には、2つの意図がある。
『これがあなたの結末。それでも冒険者になりますか?』
そんな問いかけと…………スカウトだ。